六軒島戦隊 うみねこセブン番外編

  〜蒼き戦士グレーテル物語〜


 第二章 対決 蒼き天使対漆黒の将軍


 「…ヘンゼルとグレーテル、兄と共に悪い魔女を倒し父親の元へと帰る物語ですか…」
 ファンタジア城の一室、その窓から外を眺めながらロノウェは呟く。 しかし言葉にしてみたもののその名前にどんな意味があるのかロノウェには分らない、しかしまったく意味のない名前とも思えなかった。 しかしそれだけが彼女に興味を持った理由ではない、エヴァによるとグレーテルはエヴァに対し異常な殺意を抱いていたらしい、それに対し漠然とだが危険なものを感じていた、直感と言ってもいい
 「……ふむ?」
 ロノウェは軽くその右腕を振う、次の瞬間光の粒子が集まりブレードの形を形成した
 「…未知の敵を相手に戦う、リスクはありますが…やむをえませんか…?」

  ここ数日縁寿の夢見は悪い。 それはこの前の戦いで戦人が死にかけたからだろうと思う、過去の”自分”が変身することで最悪の事態には至らなかったからと言って不安が消えるわけではない
 「……やはり今の戦力ではファントムは倒せない、早く残り二つの”コア”の使い手を…」
 縁寿はベッドから降りると着替えるためパジャマのボタンを外し脱ぐと床に放る、その時だった…
 「…お嬢起きてますか…あ…」
 「…へ?」
 バタンと扉が開き天草が入って来た、そして両者はそのまま数秒間固まってしまう。 そしてこの後女の子が悲鳴を上げて部屋の物を手当たり次第天草に投げつけるのが相場ではあるが縁寿の反応は違った
 「…あ〜ま〜く〜さ〜!!! コアパワー・チャージオン! チェンジブルーっ!!!」
 「ちょ…何変身して…【天使の双刃】まで出して…お、落ち着いてお嬢…どわぁぁぁああああああああっっっ!!!!?」
 憐れな天草の悲鳴が響き渡る。 しかし女の子の部屋に入るのにノックをし忘れたのだから自業自得と言えばその通りなのであった…

 今回の金蔵からの依頼はある通り魔の正体を探り、状況しだいでは退治してくれとのことだった。 その通り魔というのは尋常ではなく、暗闇から出現し鋭い爪のようなもので人間を襲うのである
 「…どう考えても人間じゃないわね? ファントム?」
 「…さあ? 現時点では何とも…分っているのはちゃんと姿を見た者がいないってこと、そして今のところまだ死者までは出てないってことですね」
 あちこち傷だらけの天草が縁寿に答える。 昼間の内に現場を確認しておこうと出てきたがこれと言った手掛かりはまだ得られていない
 「…しかし単独で通り魔というのもファントムにしては妙と言う気もしますがね…ファントムとは無関係という線もありえるでしょうや」
 「…この前のババルウみたいな奴か…ま、敵ならすべて倒すだけよ」
 「……相変わらず過激なことで…ん?」
 ふと天草は道路の脇に段ボール箱が置いてあるのを見つけた、長い間風雨にさらされていたようでボロボロである。 天草はそれが気になり近寄ると蓋を開く
 「…こいつは……」
 「…どうしたの?…これは…捨て猫? 死んでいる…?」
 中にいたのは…いや、あったのは二匹の仔猫の死体だった。 まだ生まれて間もないように見える
 「・・・おそらく面倒を見切れないから捨てられたんでしょうが…可哀そうなもんです」
 人間の都合で捨てられ生きていくことすらできなかった小さな命、それだけではない人間は時に遊びで命を奪う。 自分が生きていくための食糧とするのではなく本当に八つ当たりや遊びでだ、そういう人間の残酷な一面を思うと縁寿は少しぞっとする
 「……天草、この子達のお墓…作ってあげたいんだけど…」
 「…は?…はぁ…分りました」
 天草は縁寿のその言葉に少しほっとするものを感じた、復讐のため多くの敵を討ってきた彼女ではあるが、すさんでいるかに見えた彼女にこうして失われた命に悲しめる心が残っているということだ
 (…大丈夫、お嬢は殺戮マシンみたいになったりはしないさ…いや、俺の…護衛の意地にかけてそうんな風にはさせない…)
 
 縁寿が”犯人”を発見したのは満月が真上にこようという時間だった、怪しげな影をとあるビルの屋上で見つけた二人が駆け付けると見事のビンゴだった
 「コアパワー・チャージオン! チェンジブルー!!」
 「キシャァァァアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!」
 グレーテルへの変身と同時にそれは襲いかかって来たが天草が【スナイパー・イーグル】を撃ち変身を援護する
 「ナイスっ! 【天使の双刃(エンジェリック・ツインブレード)】!!!!」
 月が雲に隠れた暗闇の中二本のブレードが白く光る、それを見た”犯人”はグレーテルが今まで襲ってきた人間とは違うと思ったらしく警戒し動き止めた。 その時再び月が顔を出し”犯人”の姿が現れる
 「…こいつは…化け猫…!?」
 それは人間程もある巨大な猫だった、しかしその瞳は恐ろしく憎悪に満ち、するどい爪は容易く人間を引き裂くと思える。 とても可愛いとは表現できない化け物である
 「…お嬢、こいつは…?」
 「ファントムの怪人…には思えないけど…何にしても放置はできないわ!」
 グレーテルは僅かに身体を沈めると一呼吸おいて一気に地を蹴る、化け猫はそのグレーテルを食い千切ろうと大きく口を開きワンテンポ遅れれ飛びかかる。 体格を生かしたその体当たりのような一撃に怯むことなく間合いを見極めブレードを振う、その勢い任せで直線的な動きを読むことはグレーテルには造作もないことだ
 「たぁぁぁああああああああああっっっ!!!!!」
 「ぐぎゃぁぁぁあああああああああああっ!!?」
 【天使の双刃】は化け猫の右前脚を斬り裂く、苦痛に絶叫しながらも突撃の勢いで化け猫はグレーテルの後方へ走り抜ける
 「…覚悟はいい?」
 素早く反転し油断なくブレードを構え直したグレーテル、その両者の間に黒い影が割って入ったのはその時だった…
 「…弱い者いじめというのはいただけませんな、グレーテル嬢?」
 「…なっ!? あんた…ロノウェ…!!」
 「ほう? 私の事を知っている…?」
 ロノウェはグレーテルの反応に驚いたような興味深げなような、そんな表情を浮かべる。 彼が人前に姿を現したのはセブン調査で学校を襲った時だけのはずだから彼らの関係者でもない限りロノウェの事を知るはずもない
 「…あんたが来たってことはやっぱりそいつはファントム…?」
 「ふむ…残念ですが違いますな、彼は…いえ、彼らは人間に殺されていった猫達の怨念の集合体…とでもいいましょうか? それに私が通りかかったのは偶然ですよ?」
 嘘ではない、グレーテルの調査に赴き偶然彼女とこの化け猫が戦っていたというだけの話なのだ
 「怨念の…集合体…?」
 「…天敵に襲われその餌とされた…そんな自然の摂理であれば彼らも諦めがつき成仏もできましょう、しかし人間の身勝手なエゴで無駄に命を失った者達であればそうもいきませんでしょう?」
 「…それって…?」
 「…正当な復讐ですよ、彼らのしていることは…ね? 疑うなら赤字宣言をしてみせましょうか?」 
 そう言って彼はぷっくっくっくっくっと笑う、グレーテルはそんなロノウェをぞっとした顔で見つめていた。 その頭に過るのは昼間見た仔猫の死体だった
 「…くっ! だからって人が殺されるのを黙って見てられないわっっっ!!!!」
 「私としてもこのような憐れな存在をこれ以上人間の身勝手に付き合わせるわけにはいきませんのでね?」
 グレーテルが【双刃】を構え、ロノウェもまた右腕にブレードを出現させる。 一人取り残された形の天草だが彼の傭兵としての感が告げている、これは自分の手の出せる戦いにはならないだろうと…無念だがそれが分ってしまった
 「……天草はあいつを追って、ここはあたしが何とかするわ」
 グレーテルとロノウェが会話している間に化け猫は逃げ出していた、人間であれば死亡確実な高さを飛び降りるのは流石というとこであるが感心している場合ではない
 「……分りました、お嬢も気を付けて……」
 そう言って立ち去ろうとする天草をロノウェは止める様子はない、というより最初から大した関心をもっていないようだった、おそらく顔も覚えていないだろう
 「……我が名はファントムの将軍ロノウェ!」
 「……戦士グレーテル…」
 互いに名乗り合いブレードを構えると互いを鋭い目で見据え合う
 「「いざ勝負っっっ!!!!!」」





六軒島戦隊 うみねこセブン番外編

  〜蒼き戦士グレーテル物語〜


 第二章 対決 蒼き天使対漆黒の将軍

 グレーテルとロノウェの間の距離はおよそ六メートル、このビルの屋上はそこそこ広くブレードで斬り合うには十分だったがグレーテルに不利なのはこの場所の高さだ。 ロノウェは飛行魔法があるからいいがグレーテルは万が一フェンスを越え下へ落下すれば即死だろう。
 (……でもっ!!)
 迷いを振り払いグレーテルは勢いよく地を蹴る、ロノウェはその先制攻撃を迎撃ではなくサイドステップで回避するとさらにバックステップで間合いを取る
 「……くっ! やはりそういうのらりくらりとした戦い方をっ!!」
 「……む?」
 グレーテルの追撃がロノウェを襲う、しかしそれも彼は回避だけするのだった。 グレーテルに攻撃しようという気配はまるでみせない。 
 「……そうやって相手の力を測りつつ疲労を誘う戦法、承知しているわよ!!」
 「私の戦法を知っている? 貴女とは初対面のはずですが…!!?」
 「【天使の飛翔刃(エンジェリック・フライブレード)】っっっ!!!!!」
 グレーテルは答えることなく左腕を勢いよく振いブレードを飛ばす、とっさに回避するには距離が近すぎると判断したロノウェは自らの左手に【シールド】を展開しそれを弾く。 しかしそれはグレーテルも承知済みだった、【飛翔刃】よりワンテンポ後にすでにロノウェめがけて突貫していた。
 「たぁぁぁああああああああああっっっ!!!!!」
 「何とっ!!?」
 自らの首を狙った右のブレードの一撃をロノウェはブレードで受け止めて見せた、グレーテルは舌打ちをすると一旦ジャンプし後退する。 そこで初めてロノウェが素早くブレード突き出すことで攻撃に出たがグレーテルもまたそれを予測していたかのように回避して見せる。 
 ロノウェの戦法は相手の流れに逆らわずに押せば引き、引けば押すというものだ。 グレーテルは未来でロノウェと戦った経験からそれを知っていた。
 「……やはりあんたは強い、だからこそ絶対倒すっっっ!!!!」
 「貴女もですな? そしてその危険なまでに憎悪を持った瞳……放って置いては多くの同胞の命が奪われてしまう……」
 「ふざけないでっっっ!!!! あんた達がいるからみんなが死んじゃうのよっっっ!!!!!」
 「ずいぶん身勝手な言いようを! さんざん我が同胞を殺してきたのは貴女でしょう!?」
 「ファントムが来るから!! あんた達があの人達を殺すから!! 戦うしかないんでしょうがぁっ!!! 死にたくないならあたし達の世界へ来ないでよぉっっっ!!!!」
 絶叫となった言葉と共にグレテールが斬りかかる、それをロノウェはやはり回避だけする。 
 「貴女が何を言ってるやら私には分りません! しかし、私達にも為さねばならないことがあるのですよ!! それを邪魔するから私達も戦わねばならないのですっ!!!」
 ロノウェも負けじと言い返す、しかしそれでも攻撃に転じようとはしない。 それをグレーテルは自分が馬鹿にされているためと思った。
 「そっちから一方的に攻めてきておいてそう言うのっ!!!?」
 「我らとて滅びるわけにはいかないのですよ!」
 「何を言うのよ!? あんた達がくるからみんな死んで……あんな酷い世界になって……ふざけたこと言ってんじないわよっっっ!!!!」
 「……みんな死ぬ? 酷い世界?」 
 ロノウェにはグレーテルの言ってることは意味不明だった、これまでのファントムの活動で人間の死者が出たという報告は聞いていないしまだ人間社会にさして打撃を与えているわけでもない。
 「【天使の十字斬(エンジェリック・クロスブレード)】!!!!」
 「むっ!!?」
 グレーテル渾身の一撃を【シールド】で防御したロノウェはこのグレーテルという少女に対しての興味が増していくのに気がついていた、しかしいつまでも彼女と戦っているわけにも、ましてや見逃すわけにはいかないのである。


 ロノウェとグレーテルが檄戦を繰り広げている頃ファントム本部にいるワルギリアに来客があった、その人物の来訪にワルギリアは酷く驚いた。
 「……リリー…何故貴女が…?」
 「……貴女の友人として貴女達がやっている暴挙を止めるよう説得に来ました」
 リリーと呼んだ魔女の言葉をワルギリアはある程度予想していた、だから特に驚いた様子は見せない。
 「……貴女の言いたいことは分ります、しかし……我らがやらねば幻想の存在に未来はないのです」
 「だからと言って人を襲い恐怖を植え付けて得た未来が素晴らしいものになるのですか? 私には人にも魔女にも不幸な未来しか待っていないよう思います!」
 リリーの言う不安はワルギリアも感じていないわけではない、しかし彼女には他の方法を見出すことは出来ない。 だからこそ中途半端な迷いは無用と思うのだがそうも出来ないのが自分の甘いところだと自覚してもいた。
 「ですが……私達に他に道があるのですかリリー?」
 しかしリリーはその言葉に対する答えを持ち合わせていなかった……

 ロノウェは決して相手を過小評価しないにも関わらずグレーテルと本気で戦おうとしないのは相手の実力を見極めるためともう一つある。 ロノウェは自身の実力を曝した相手に逃げられ情報が漏れるリスクを嫌う、彼が真の実力を見せるのは相手を確実に倒せると判断した時なのだ。
 「……そ、それは…!?」
 ブレードを消したロノウェの両手に握られたのは漆黒の刀身を持つ大鎌、月の光に照らされたその姿は美しきも恐ろしげであった。
 「これが我が真の相棒……【黒き死神(ブラック・デスサイズ)】です、この黒き鎌の姿を見た以上貴女はもう生きては帰れませんよ?」
 「冗談じゃないわ! あたしは死なないっ!! あんた達を皆殺しにするまでは絶対にねっ!!!」
 そう言い返してみせるがグレーテルも【黒き死神】から発せられる大きく禍々しい魔力の奔流を感じとっていた、気を抜くと飲み込まれてしまいそうだった。 そこでグレーテルは気がつく、いつ間にか自分がフェンスを背に立ってロノウェがビル内部への出入り口前に立っていることにだ。
 「……逃げ道を塞がれた!?」
 「ぷっくっくっくっく、そういうことです。 まあ、そこのフェンスを越えて下へ飛び降りるという選択はありますがね?」
 バトルスーツ装着でも飛び降りて打ち所が悪ければ即死、運よく死ななくとも相応のダメージで動けなくなりロノウェに止めを刺されるだけだ。 つまり目の前の悪魔を倒さない限りグレーテルに未来はないということである。
 「一応遺言があればお聞きしましょう?」
 「……あんた達に言うことなんてないわ!」
 「……そうですか……ではっ!!」
 言うや否や跳躍するロノウェ、その速度はそれまでの動きを凌駕していた、グレーテルがその一撃をブレードをクロスさせることで受け止められたのは幸運だったと言ってもいい。 
 しかし次がない事はロノウェもグレーテルもないことは理解している。
 「……ジ・エンドです!」
 そして次の瞬間鈍い音と共に紅い鮮血が宙を舞ったのだった……


 ※リリー:魔女スレ企画にて誕生した時間泥棒の魔女の一人、今回はワルギリアの友人としての設定  
       を使い彼女を説得しにくるファントム外の魔女として登場





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  〜蒼き戦士グレーテル物語〜


 第二章 対決 蒼き天使対漆黒の将軍

 何が起こったのかすぐには分らずグレーテルは茫然と立ち尽くしていた。 【黒き死神】が振り降ろさせる寸前に黒い影がロノウェの顔面を蹴り飛ばしたようには見えた、そして気がつくとロノウェは盛大に鼻血をまきちらしながら吹き飛んでいたのだ。
 「……いったい何が……え?」
 自分を助けてくれた黒い影の正体が月明かりに照らされ現われると彼女は驚く、そこにいたのは紛れもなくファントムの黒山羊だった。
 「……どうして…!?」
 「……その人?は仮面ランナー・ゴート、別にあんたの敵じゃないわ!」
 今度は女の子の声がした、十歳くらいの銀髪で蒼い瞳の少女がそこにいる。
 「あたしはエターナ、時間泥棒の魔女エターナよ!」
 「……そして私の名はゴート、正義の使者仮面ランナー・ゴート!!」
 現われた二人組が名乗りを上げた、グレーテルは事態が理解できず混乱していた。 何しろ魔女を自称する女の子と姿は多少違えど黒山羊が自分を助けたのである。
 「……魔女や黒山羊ならファントムじゃ…どうして!?」
 「いや……どうしても何もねぇ? あたしは別にファントムじゃないし、ゴートなんかどっちかって言うとファントムと人知れず地味〜〜に戦ってるし……問題ある?」
 「……むう? エターナ、地味〜〜とは失礼な……」
 あっけらかんと言うエターナに唖然となる、そこへ立ち上がったロノウェがよろよろと歩み寄って来た。 グレーテルとゴートは反射的に警戒し構えをとる。
 「……仮面ランナー・ゴート? まさかあのマジョッカ―を壊滅させた!?……そしてそちらのお嬢さんは時間泥棒の魔女……何故魔女でありながら人間の味方を?」
 「ん? 人間の味方って言うかどうみてもあんたの方が悪者でしょう? そんな感じするもん! ゴートもそう言ってるし」
 「……ファントムの行いは許せることではない! されど未来を担う人間の若者達の勇気に水を差すわけにもいかん、ゆえに私は影となり彼らを支援しようっ!!!」
 エターナとゴートの返事を聞いたロノウェは憮然とした顔でエターナ達を見つめる。
 「それで貴方方は私を倒すと?」
 「うん! どうしてもやるって言うならとっちめて反省してもらうわよ? 言っとくけどゴートはすっごく強そうだし今日はリリーも来てるから地獄を見るかもよ? リリーのお説教はそりゃもうすごいんだから!」
 「危ないから君は下がっていなさい、ここは私が引き受ける!」 
 「リリー……? な、まさか……あの偽神リリーが来ているのですか!?」
 リリーの名前に驚愕するロノウェ、そしてこの小さな魔女がリリーと知り合いという事にもさらに驚かされた。 
 「うん、え〜と……ワル何とかっておばちゃんを説得するとか言ってたよ? んで、何か面白そうだったかついて来たんだ〜♪」
 そしていつもの気まぐれでふらふら散歩中にゴートと出会い意気投合したのである。
 笑いながら言うエターナの近所のおばちゃんの買い物にでもついて来たかのようなノリにロノウェは唖然となる。 しかしロノウェにとってはそんな簡単な問題ではない。
 「……むう? これは予定が変わりましたね……ここは引き揚げた方がいいですね?」
 そう言うや否やロノウェの身体が浮かび上がる、それまで茫然としていたグレーテルだったが弾かれたように突っ込んでいこうとする。 それをゴートが手を翳し制した。
 「やめるんだ! 今の君では彼には勝てない!!!」
 「邪魔しないで! ファントムは……ファントムはっっっ!!!!」
 「……やめるんだっ!!」
 「ああもう聞き分けのないっ!! 【煉獄の金ダライ】!!!!」
 次の瞬間バコン!という音とともにグレーテルの悲鳴が夜の屋上に響く…… 
 

 「……人と魔女は相容れない、しかし人なくして魔女は…幻想の者は存在できない……」
 そう言って黒山羊の用意した紅茶を啜るワルギリア、二人の魔女はひとまず再会を祝し軽いお茶会を開いていた。
 「……それゆえに恐怖を植え付け魔女の存在を認めさせるですか?」
 リリーの問いかけにワルギリアは頷く。
 「しかし攻撃を受ければ人間も抵抗します、そして抵抗されれば貴女達もさらに激しい攻撃をせざるを得ない……そして……」
 「……さらに人は抵抗する…それは分りますリリー。 しかし他にどうしようがあるのです? 速やかにファントムが勝利を収めることで犠牲を最小限に留める……それしかありません」
 そのやりきれないという顔を見ればその言葉が必ずしもワルギリアの本音でないとリリーは分る、だからこそリリーは言う。
 「……大人は物事を難しく考えすぎるのかも知れませんね? あの子なら何て答えるのかしらね?」
 「……あの子?」
 今頃そこらをふらっと走り回っているだろう小さな魔女を思い浮かべてふっと笑うリリーをワルギリアは不思議な顔で見つめるのだった

 
 蒼い閃光が夜の闇を斬り裂く……そして化け猫の姿が霧のように霧散した。
 「……お前達が悪いわけじゃないが……仕方ないんだ」
 【スナイパー・イーグル】を降ろしながら呟く天草、こういう仕事はあまり後味のいいものではないが今は感傷に浸っている場合ではない。 素早く縁寿の元へ行き彼女を援護しなくてはならないのだ。
 「……もう一度化けて出るなら俺を恨めよ? 間違ってもお嬢だけは恨んでくれるな……」


 縁寿が気がつくとそこはベッドの上だった、まだぼーっとする頭で見まわしてみるとどうやらホテルかなにかの一室らしい。
 「……あ、気がつきましたね?」
 「……え?」
 そこにいたのは縁寿と同じくらいの年頃の少女だった、知らない顔なのだが何故か初めて見る気がしない。
 「あたしは離操刻夢(りそう きざむ)……貴女を助けたエターナの妹です」
 「な…じゃあ、あんたも……魔女!?」
 少女の自己紹介に驚く縁寿だったが刻夢はにっこりとした顔のままそれを肯定する。
 「今は……ですけどね、あたしもエターナ…永遠(とわ)お姉ちゃんも昔は普通の人間だったんだけどいろいろあって今は二人とも魔女なんです」
 刻夢は自分達姉妹はとある事情で生き別れ、エターナは一人放浪の魔女に、自分はある魔女の養子になりその後再会したのだと説明した。 
 「……ファントムのことは聞いています、彼らと戦う戦士の話も……どうしてファントムが人間を襲うのかは分らないけど全部の魔女がファントムの仲間というわけじゃないわ」
 「……でも!」
 「貴女にはお姉ちゃんが悪い子に見えました?」
 そう言われると縁寿は返答に困る、邪悪というより天真爛漫と言う方が似合うあの少女……一緒にいたゴートとかいう黒山羊も今思うとまるっきり邪気を感じなかった。
 「……でしょう? さ、元気になったら貴女の家に帰った方がいいですよ。 あたし達もリリーさんが戻ったら時城町へ帰らなきゃいけないの」

 「……リリー卿はひとまずお帰りになりましたか…」
 「彼女には彼女のするべきことがあります、我らへのこれ以上の干渉はないでしょう……」
 ロノウェとワルギリアはそんな会話をしながら人気のない深夜の遊園地を歩く、何となくベアトに会話を聞かれたくなかったからだ。
 「ファントムは決して魔女すべての総意で動いているわけではない……分ってはいましたが……」
 「……そうですな、そして我らの行いは決して”正義”ではありません。 むしろ”悪”なのでしょうな?」
 「貴方が会ったというそのエターナという魔女、リリーが言っていました、無邪気で自由奔放でまっすぐな心を持った魔女だと……そのエターナが我らの方を悪と見る……」
 「……所詮は子供の言うことです、大人には大人の事情と言うものがあります。 あまり気にされぬよう……」
 ワルギリアは黙って頷く、しかしワルギリアにはもうひとつ気がかりな事がある。 エターナと一緒にいたという黒山羊――仮面ランナー・ゴートの事だ。 かつて存在したマジョッカ―という組織を壊滅させたという存在……自分達が言うのも何だが彼らの行いは残虐非道でありワルギリアもロノウェも彼らが滅んだことにほっとしたくらいであった。
 そしてそんな組織を壊滅させたゴートと、ファントムにもセブンにも何の因縁もない無邪気な魔女がファントムを悪と認識するという事実はまるで誰もかれもが自分達ファントムの方が間違ってるとでも言うかのようである。


 天草と合流し帰宅した縁寿はそのまま自分の部屋に戻りバタンとベッドに倒れるように横になった。
 今日はいろいろなことがありすぎてどっと疲れが出たのだろう、もう何もする気が起きなかった。
 「……あんな純粋でいい子が魔女なんて反則よ……それにあんな黒山羊がいるなんて……」
 縁寿にとって魔女とは人間とはまったく違う邪悪な存在でなければいけなかった、これまで自分が斬ってきた相手に人間と同じような心があると想像したこともない……したこともないから躊躇いなく斬ってこれたのだ。
 魔女達にも心があり、そして大事に想う家族がいたとしたら……そう考えてしまうとぞっとし身震いすらしそうになる、そんなことあってほしくはなかった。
 「……ねえ、お兄ちゃん…縁寿は悪い子じゃ……ないよね?」


第二章 終


〜NEXT STORY〜

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