『今回予告』

 初めまして……とはいえ、名乗る必要はありませんね。私を知らない人はまずいませんし、いたとしてもすぐに忘れられなくなりますから。
 それにしても……今までのファントムの醜態、皆さんはどう思われますか? 少なくとも私は正直見ていられません。
 しかしそれも終わりです。私が登場した以上、ファントムの汚名は必ず返上して見せます!
 あの方も本格的に動き出しました。うみねこセブンが全滅する日もそう遠くないでしょう。

『六軒島戦隊 うみねこセブン』 第26話 「再編成」

 ……これ以上語るのは野暮ですね。百聞は一見に如かず。本編にてしっかり実感していただきます。








 ――魔界に響き渡る銃声。 間隔を置いて不定期に何度も。
 それは新たな災いの産声だった。



【オープニング】



 魔界のとある平地。そこで山羊達が二人一組になって訓練をしていた。身体は汗にまみれ、傍から見ても疲労に満ちている。それでも休むことはしない。――いや、できないと言った方が的確だろう。何故ならその時は――。
 山羊達の様子を少し離れた場所から眺める少女がいた。ツインテールの蒼髪が小刻みに揺れている。そして、その表情は不快に満ちている。苛立ちも隠せていない。もとより隠す気もない。右手には彼女の身長より少し長くて大きい鎌。その鎌を縦にして支え、山羊達の方を見据えている。
 少女の隣にはシエスタ姉妹。同じように山羊達の方を向いているが、少女とは打って変わって怯えた表情をしている。視線が定まらず、どちらかというと山羊達のそれに近い。
 ――一匹の山羊が体力の限界に達し、両膝に両手を置いて自分の体重を支えた。
 それを見た少女はしびれを切らし、その山羊と目に余る他の山羊2匹の頭蓋に向けて、左手に持っていた拳銃で素早く発砲。致命傷を負った山羊達はその場で黄金の蝶の群れと化し、その蝶達はすぐに散り散りになり、跡形もなくなる。
 シエスタ姉妹は悲鳴を上げそうになるが、少女に目をつけられるのを嫌い、それを飲み込む。
 一瞬の静寂の後、少女は叫んだ。

「警告はしません! 手続き保障もしません! 見込みがないと私が判断したら、今のように即処刑します!」

 その言葉に山羊一同は身体を硬直させる。 シエスタ姉妹も少女の行動は予想していたが、直に見て怯む。
 山羊達のその様子も彼女の癇に触れたらしく、声を張り上げた。

「何をしているんですか!? 続けなさい!」

 一同は少し躊躇した後、訓練を再開する。せめて彼女視点でそう見えるように努めながら。
 少女は深く溜息をつき、今までのファントムの失態を回想していた。

(今更ながら、この生ぬるい空気には耐えがたいものがありますね。真剣さが足りません、足らなさすぎです!)

 ファントムのアジトをベアトリーチェ達が居るにも関わらず爆破した彼女は、山羊達の現状を目の当たりにし、改めて衝撃を受ける。

(まぁあの遊び人は問題外として、任せていた組織の幹部があのような指揮をとっていたのなら、山羊達がこのようになっていても不思議ではありませんね。……少しでも信頼した私が馬鹿だったということでしょう。少なくともベアトリーチェは始末して正解でしたね)

 それでも後悔せずにはいられない。

(もっと早く引導を渡して自分が場を仕切っていたら……)

 そして、これからのファントムについて思案する。

(しなければいけないことは色々ありますが、とりあえずの懸念は、行方不明になったファントム幹部の安否の確認と、うみねこセブンに寝返った家具達への制裁サンクションと……このグズ共の扱いですわね……)

 山羊達は複雑な命令を理解できない。だからどうしても命令の範囲は限られる。しかし、だからといってこのままでは、ファントムの戦力としては心もとない。
 ――左手を庇いながら訓練を続けている山羊が少女の視界に入った。彼女は鎌と拳銃を持ったまま早足で近寄る。その際注意が削がれ、少女の方を向いた山羊に対して確認できる範囲で発砲。シエスタ姉妹も怖じ気づきながらそれに続く。

「どうしたんですか?」

 その山羊は質問に対して、訓練中に先程左手を負傷し、痛みのせいで今まで通り訓練を続けることが困難であることを傷を見せながら告げた。

「そうですか。でしたら――」

 言うと同時に、少女の鎌が山羊の左手首を垂直に横切った。手首を切断された山羊は左腕を握りながら悲鳴をあげる。

「ヱリカ様っ!?」

 シエスタ姉妹が思わず少女の名を口にする。しかしヱリカはそれを無視。床に落ちた左手を蹴飛ばす。他の山羊達は恐怖しながらもそれを避ける。

「うるさいですわね。これで左手の痛みは取れたでしょう、左手がなくなったんですから。あっ、あまり腕を振り回さないでください! 新調したての洋服に血が付いたらどうしてくれるんですか! ……あとは――」

 拳銃をホルスターにしまい、空いた手を上の方に翳すと、手の周りの空間が歪み、先の方が赤く太い棒が彼女の左手に舞い降りた。棒の赤い部分からは白い煙が立ち、高温であることを物語っている。そして赤い部分を左腕の傷口に押しつける。山羊は絶叫した。

「あーもう、うるさいと言っているでしょう。これで止血と消毒が同時にできました。迅速な処置に感謝してほしいくらいです」

 ヱリカは口端をつり上げ、目を細めて笑う。一方、彼女の処置を受けた山羊はあまりの激痛でその場に膝をついた。

「まだ痛みがとれないんですか? 仕方ありませんね……。痛みというのは身体への刺激に対する脳の信号です。そして脳の信号は首を経由します。つまり首を――」

 説明しながらヱリカは鎌を大きく振りかぶる。膝まづいた山羊はそれを見て、「もう痛みは取れました」と必死になって訴える。もちろん激痛を堪えながら。

「痛くないんですか? まったく、混乱させないでください。それくらいの連絡は的確にできるでしょう? 戦場では師団ディヴィジョンそのものの壊滅に繋がるんですよ!?」

 体勢を元に戻し山羊を気にかけることなく説教をした後、元の監視場所に戻る。
 シエスタ一同はヱリカの後についていく途中で、二回ほどこっそり山羊達の方を振り返る。
 その様子はヱリカには悟られていたが、今は何も言わないことにした。
 再び山羊達の訓練の様子を窺うヱリカとシエスタ姉妹。
 
「処刑の仕事は今回は私が引き受けます。次からはお願いしますね?」

 山羊達の方へ視線を向けたまま依頼する。 有無を言わさぬ物言いにシエスタ達はただ「はい」と答えるしかなかった。

(このままでは埒があきませんわね……)

 訓練の様子を見てそう思う。

(一度、自分達がどういう存在なのか直接教える必要がありそうですね)

 そう実感した彼女は山羊達に向かって「聞きなさい!」と声を張り上げ注目させる。
 その際、反応が遅れた山羊数名を射殺。

「いいですか、貴方達はファントムの中でも下位の存在です。そんな貴方達の存在価値がどれほどのものか考えたことはありますか? ありませんよね? 教えてあげます」

 山羊達が固唾を飲む。

「貴方達は個体としての価値がない上に個体数は無限ですので供給曲線は縦軸に近くて縦軸に並行。そして需要曲線は横軸にとても近くて横軸にほぼ並行。この2曲線の交点が労働市場における貴方達の価値です」

 もちろん彼らは具体的な内容を理解できない。ただ、彼女に言われるまでもなく、自分達が他のファントムと比べて劣っていることだけは分かっていた。だからそのような内容だと判断する。

「もともとgoodsグッズとしての価値がほとんどない貴方達です。効用逓減どころかbadsバッズになったと判断したらすぐさま処分します」

 つい先程のやり取りで自分達が大切に扱われていないと痛感し、半ば諦めの感情に囚われる。
 そんな彼らの心情を知ってか知らずか、ヱリカは止めの一言を放つ。

「……それでも貴方達にはここ以外に居場所がないんです」

 鎮まる場。今度は士気を高めるため、山羊達をとことん貶めたヱリカは口を開いた。

「目的達成に置いて必要なものは二つ。フォース知恵ウィズダムです。貴方達に知恵ウィズダムは期待できません。フォースです、貴方達に求めるのはフォースです! この点に置いて貴方達には戦力としての価値があります」

 山羊一同は自分達の存在価値を一応認めてもらえたことに安堵した。
 その気配を察し、ヱリカは激励する。

「鍛えなさい! それだけが今のあなた達にできることです!」

 その一言に山羊達は訓練を再開する。今まで以上に訓練に集中している。
 鬱憤も晴れ満足したヱリカは口元を歪め、シエスタ姉妹と共にその場を後にした。



【アイキャッチ】



 大会議室の机の上に置かれた書類。椅子に腰掛けることもなく、机の上に手を置き、今までの戦歴などが書かれた資料に目を落としながら、ヱリカは眉をひそめる。

「全く……あれだけうみねこセブンと接触してきたのに使えそうな資料はこれだけですか?」
「は、はい。何せ情報収集を目的とした戦闘ではありませんでしたので……」

 シエスタ達はベアトリーチェ一同を擁護する。しかし、それはヱリカの逆鱗に触れる結果となった。手に取った資料に目を通しながら、

「それだけが原因ではないでしょう。私が何も知らないとでも思ってるんですか? うみねこセブンの情報収集も早々に止め、やみくもに自らの手の内を晒し続け、挙句の果てに自分のアジトの場所を教えるなど、やる気があるとはとても思えません! 目的をはっきり意識していない証拠です!」

 鎌の柄の先を床に思いっきり突き立てた。顔を凝視されたシエスタ達はたじろぎ、二の句が継げなくなる。

(ベアトリーチェはある意味山羊以上のbadsバッズでしたね。城ごと吹き飛ばしたのですから、まず死んでいるでしょう。それはともかく、他のファントムから情報を得たいのですが……)

 現時点において、うみねこセブンと直接戦ったファントムの中で証言が得られるのはアバレタオックスとゲリュオンだけ。行方不明のファントム幹部に少し期待しかけるも、今までの彼らを思い返し、あてにはしないよう努める。
 そしてこれからのファントムを案じ、頭を手で押さえる。

大隊バタリオンを率いて電撃的ライトニングに攻めれば一気に片を付けられたものを……)

 かつて彼女はワルギリアにそのような旨を勧告した。
 しかし今になって考え直すと、その場の勢いでの発言だったことを自覚する。何故なら、固有名詞を持つ、いわゆる強いファントム達は個性が強すぎて、統率がとれない。そういう意味ではベアトリーチェと変わらない。

(山羊達の手前あのように脅しておきましたが、あまりに制裁サンクションしすぎると、今度は私に対するファントム達の信頼が揺らぐかもしれない……。内部崩壊なんて本末転倒ですものね、少し気をつけることにしましょう)

 先程の指導でやや感情的になったことを反省する。

(今後どうやってまとめていくかも視野に入れないといけませんね……)

 数々の懸念にこめかみを押さえる。
 突然、思いついたようにシエスタに問う。

「貴方達に出題します。貴方達は狙撃専門でしたよね? 狙撃の際、相手が狙撃手に気付いて、攻撃を避けようと動きまわっているとします。 さて、このような場合、山羊を使えば簡単に仕留めることができるのですが、それは一体どんな方法でしょう?」

 シエスタ達は突然の出題に思考が働かない。お互いに目を合わせる。が、確信できる答えどころか、答えの候補すら浮かばない。
 その様子を見て、ヱリカは呆れる。

「時間の無駄ですから答えを言いますね。正解は、『人海戦術で山羊達に敵の動きを封じさせて、山羊ごと射抜く』です」

 彼女が出した答えにシエスタ達は驚く。
 シエスタ達の表情を見ながらヱリカは淡々と口を開く。

「何を驚いているんです? 目的の為には手段を選ばない、基本じゃないですか。それに先程のやり取りを貴方達も聞いてたでしょう? 山羊そのものの存在価値は皆無に等しいんです。捨て駒サクリファイス、使い捨ての戦力です。躊躇する理由はないでしょう?」

 彼女の説明にシエスタ達は黙り込む。

(このうさぎ達にも教育が必要ですわね。先程の処刑も、できればシエスタにやらせたかったんですが……。お陰で余計に疲れましたわ)

 半ば分かりきっていた結果を突き付けられ、仕事量の多さに辟易する。

(うみねこセブンにも私達と同じく背後に組織があるはずです。それについて全く情報がないのは痛いところですね。しかし、現代の技術であのような武器が作れるとは思えません。……うみねこセブン達はもちろん、背後にいる組織にも要注意……いえ、注意だけでは足りませんね、こちらから積極的に情報収集しないと……。どのように仕掛ければ尻尾を出すのか……)

 今後の方針について黙考するヱリカ。
 突如、シエスタ達の耳が廊下に響く小さな足音を拾った。それと同時に別の恐怖に戦慄する。

「どうなさいました?」

 怪訝な顔で訊くヱリカに、

「廊下で……足音が……」

 歩く為の場所なのだから足音がしてもおかしくない。しかし、シエスタ達は今の状況と足音の特徴から、足音の主の正体に気付いてしまい震えあがる。

「とりあえず、少し休憩しましょう」

 シエスタの言動の理由を察知したヱリカはそう告げ、早足で廊下に出る。その際、背後でシエスタ達が「あの方が……」と言っているのを耳にし、自分の勘は正しかったと確信する。薄暗い廊下の中、足音の方向に身体を向けると、暗闇が彼女に話しかけてきた。

「山羊達の士気はどうだ?」
「はい、今までのような遊び感覚を払拭しておきました」

 ヱリカにしては珍しく畏まる。つまりはそのような相手ということ。彼女にそのような態度を取らせる者など、そう多くはいない。

「そうか。お前は本当に優秀だ。感謝している」
「もったいなきお言葉でございます」

 姿が次第に彼女の目で確認できるくらいまで声の主が近づいてくる。少しずつ……少しずつ。

「謙遜はよい。それと今後の計画プランは? 何か立案はできたか?」
「も、申し訳ありません。もうしばらく時間を……」

 年齢は外見から判断するに十代後半といったところだろうか。だが、その身から発せられるオーラはとても歳相応のものをはるかに超えている。身に纏っている軍服も、下級兵士のものとは違う。

「急かしているわけではない。じっくり考えてくれ。何せ大がかりな再編成だからな」
「はい、必ずやご期待に添えるよう」

 一般的な短髪より少し長めの黒髪。清潔感にあふれ、一般人がすれ違えば振り返るほど。

「済まぬな、お前ばかりに負担をかけて。今ファントムの管理ができるのはお前だけなのだ」
「滅相もありません! 何かありましたら、またお申し付け下さい」

 右の瞳は黒。そして左の瞳は赤。いわゆるオッドアイ。この特徴が存在感を一層引き立てている。

「お前を部下に持てた私は幸せ者だ」
「ありがとうございます、ミラージュ様」

 ミラージュと呼ばれた少年は微笑を浮かべる。他意のない微笑。

「とにかく、この混乱した状況を一刻も早く回復させて、態勢を整えねばな」
「はい」

 ヱリカの眼は恍惚に満ちている。その理由は容姿か、存在感か、能力か、あるいは全てなのかもしれない。
 その様子を見て、ミラージュは提案する。

「どうだ、休憩がてら私と一緒に食事でも?」
「は、はい、是非!」

 そうして二人は横に並んで歩き、暗闇の中へ消えていく。
 ふと、ミラージュが思い出したように呟いた。

「一人の死は悲劇だが――」

 ヱリカを見て無言で続きを促した。彼女もそれに応える。

「集団の死は統計上の数字に過ぎない!」



【エンディング】




《This story continues--Chapter 28.》

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