『今回予告』
……くすくすくす。
今回のお話は、よく晴れた休日の遊園地で繰り広げられる、うみねこセブンとファントムの戦いのお話です。
戦士達や七姉妹の一人マモン、それにニンゲンとの交流を通じて、何かを守るという戦士の使命か何かに目覚めていくうみねこブルーことグレーテルと、これまたニンゲンとの交流を通じて、大切な人を守りたいという願いか何かに気付いたベアトリーチェ。
やがて、それぞれの守りたいもののために彼らはぶつかり合うことになります。果たしてどちらが勝つのでしょうか。
……くすくすくす。せいぜい楽しませてくださいね、我が主を!
――六軒島戦隊 うみねこセブン 第22話「たったひとつの光をめざして」
……ええ? 私の出番ってこれだけですか!?
【オープニング】
――エンジェルモートFantasyland前店 店員控え室 12:44
うみねこセブンにマモンを本気で始末しようとした青い戦士が入った。
そのことを知ったからといって、煉獄の七姉妹の生活が変わるわけではない。なぜなら彼女達は既に力を失い人間となった身だから。
それでもかつてはファントムの一員だったことに変わりはないわけで。
「青い戦士ってとっても強いからまさか他のみんなもやられたりしないよね?」
「冗談言わないでよアスモ。私達レベルの面々はともかくワルギリア様やロノウェ様がやられるわけがないじゃない」
「じゃあサタンは私達レベルの面々がやられてもいいの!?」
「いいわけないじゃないレヴィ! これ以上力を失う面々が出たらヤバいことくらい分かってるわよ」
「私達が倒されたことは本国にも伝わっているのだろうか。だとしたら……いや、だとしても、私達が弱かったのは事実だから、どのような悪評も甘んじて受けよう」
「私は厳密には倒されたとは言わないような……お腹すいた」
故に、そのことの知った後の彼女達の会話には、一般人が世間話をする時のような他愛なさの中に、複雑な気持ちがこめられていてもおかしくはなかったが、その実、繰り広げられたのは傍から見ればいつも通りの会話だった。
やがて会話は「……そもそもそこまで心配する必要はあるの? いくらコアとやらの力を身にまとい戦う戦士とはいえ所詮相手は人間。そして人間の力ではまだ、ファントムには勝てない」というルシファーの言葉に皆が頷いたところで終わり、午後からの仕事を持つ者は店のフロアや厨房に向かっていった。
そして控え室には、ルシファーとマモンが残った。
「どうしたの? 元気ないけど」
「…………。ルシ姉。私は心配なの。彼女とうみねこセブンがうまくやっていけるのか」
「いい? うみねこセブンはあんたの命の恩人で青い戦士はあんたの『主』だけど、それ以前にファントムの敵なの……その辺り分かってる?」
「分かってるよ。でも、上手く言えないけど――彼女とうみねこセブンは目指すものが違う気がするの」
「味方同士なのに?」
「うん……」
「…………」
悩める妹を見て思わず話にのってしまったのだが、本来ルシファーにはうみねこセブンに助け舟を出す気はない。目指すものとやらの違いで内部分裂を起こしても別に構わないとさえ思っている。
――しかし、マモンはそうは思っていないのね。
「……青い戦士とうみねこセブンは何が違うのか。追究したかったら追究すればいいじゃない。それこそ強欲に。それがうみねこセブンに利するかどうかは気にしないで」
それだけを告げると、ルシファーはフロアと控え室を結ぶ廊下に続くドアを開けて控え室を出た。
一人残る形となったマモンは、しばらくうつむいて押し黙っていたが、やがて何かを決めたような表情をすると、店の裏側に続くドアを開けて控え室を出た。
さて、どうなることやら。
《第22話 たったひとつの光をめざして》
――Ushiromiya Fantasyland 〔プリズムオブフューチャー〕エリア 13:35
午前の訓練を終えた戦人、朱志香、譲治、真里亞の四人は、久々にUshiromiya Fantasylandを堪能するべく集まり、ゆったりと園内を歩いていた。
日曜日によく晴れたいい天気とくれば、当然のごとく遊園地は大勢の人で賑わっている。
「そうか……嘉音くんも、紗音ちゃんが入っている料理部に入ることにしたんだね」
現在、話題の中心となっているのは、この場にいない紗音と嘉音のことだった。
「ああ。今日は嘉音くんにとって初めての料理部での活動の日だ。昨日から紗音は何を作ろうか迷っていたけど……結局クッキーを作ることに決めたってさ。私達の分も作って、持ってきてくれるそうだぜ」
「へえ、紗音ちゃんと嘉音くんの手作りクッキーかぁ。そりゃあさぞかし美味いだろうな!」
「『午後3時くらいにそっちに着くから、それまで遊んでいてください』だそうだ。さて、今日はどこに行く?」
そう言いながら朱志香が遊園地のパンフレットを白いテーブルの上に広げると、他の三人はそれを覗き込みながら次々と希望を出していく。
「俺はワイルド・ウエスト・シューティングに行きたい。今日こそクソ親父のスコアを越えてやるぜ!」
「それがいいね。入り口に近いエリアにいれば紗音ちゃん達とも合流しやすいだろうし」
「うー! 真里亞リーダーズバンドのコンサート見に行きたいー!」
「それは午後4時半に始まるからまだ早いな……始まるまでその辺をぶらぶらしてようぜ。私はどこでもいいし」
「4時半までまだ早い? ……うー」
しょんぼりする真里亞。どうやらよっぽどリーダーズバンドのコンサートを楽しみにしていたようだ。
「『リーダーズバンド』って何だ?」
「なんでもこの辺りの高校の吹奏楽部から選りすぐりの面々を集めて結成されたバンドらしい……私の入っているバンドとはまた違うバンドだな」
「バンドはバンドでもブラスバンドだね」
またはウインドオーケストラとも言います。
――その時、アイスを売るワゴンが近くを通りかかった。
最初にそのことに気付いたのは真里亞だった。さっきまでのしょんぼりはどこへやら、元気を取り戻すと他の三人に言った。
「真里亞アイスが食べたいー! みんなの分も選ぶー! うー!」
「おお、それは楽しみだな! ぜひともみんなにぴったりなアイスを選んでくれよ?」
* *
「…………。何が『ぴったりなアイス』よ」
そんな戦人達の様子を、グレーテルは少し離れた位置から、不機嫌そうな顔で見ていた。
「お嬢にぴったりなアイスですか。それは新発売の蒼いアイスじゃないですかねえ」
「ああ、蒼き幻想砕きの一撃をイメージしたって言われてる――」
背後から聞こえた男の言葉に相槌を打とうとして、途中で言葉を停めて振り返るグレーテル。表情はきっつい。
「天草……城の方はいいの?」
「交代したから大丈夫です。それに、お嬢の護衛が本来の俺の仕事ですから」
平然とそんなことを言う男――天草に、グレーテルの表情は変わらずきっつい。
「なら、護衛らしくさっさと状況を報告しなさい」
「へいへい。今のところキャッスルファンタジアの方に異常はないですよ」
「そう」
グレーテルがUshiromiya Fantasylandを訪れたのは他でもない、キャッスルファンタジアの様子を探るためだった。
無人の遊園地でマモンが暴れた日。無人のはずのキャッスルファンタジアが、攻撃を受けたにもかかわらず、何かの力により破壊を免れていた様子が、司令室のモニターに映し出されていたことがわかった。
そこでキャッスルファンタジアを「ファントムの拠点の可能性がある場所」とみなしたグレーテルは、勇みきって天草とともに遊園地へと向かったのだが――
――戦人達と出くわして、グレーテルだけ彼らと一緒に遊ぶことになって現在に至る。
「だいたい天草一人で本当に大丈夫なの? もし様子を探ってるのがバレでもしたら」
「早まらないでください。まだあの城がファントムの拠点と決まったわけじゃないですよ。それに……」
「それに?」
少しばかりの不安をにじませて問うグレーテルを、しっかりと見返して天草は答えた。
「俺は大丈夫です」
「…………」
「大丈夫すぎてむしろお嬢の心配ばかりしているほどですよ。セブン達との関係は良好かとか、ちゃんと遊んでいるかとか。だからせっかくですから今日だけはせめて――」
「ちょっと待ったー!!」
突然二人の背後から聞こえた声。
それは他でもないマモンの声だった。
* *
「遊ぶのは大いにけっこうですけれど、今のまま遊んでも主とセブンとの距離は縮まりませんよ、そこの護衛」
「そ、そこの……ッ!?」
驚いて固まる天草をよそに、マモンはグレーテルにつかつかと歩み寄った。表情はいつになく真剣で、さしものグレーテルも一瞬たじろぐほどであった。
「ご機嫌麗しゅう。いきなりで、しかも主に無礼を働くようですが訊かせてください。――貴女は、何のために戦ってるんですか?」
「これはまたいきなりね。もちろん、ファントムを倒すためよ」
即答を聞いて、マモンはなるほど、と思う。
「――ファントムを倒すために戦っている貴女は、うみねこセブンが貴女と同じ目的で戦っているようには見えなくて困っているのですね」
「……そうよ。ファントムを倒す気がないというなら、いったい何のために戦ってるっていうの? あんたを助け、この前も敵を倒そうとした私を止めた彼らは」
「…………」
「…………」
見つめ合うというよりは、もはやにらみ合っているマモンとグレーテル。
その時。
「ちょっとそこのアンタ! その子はもう謝ったんだから許してやりなよ!」
突然聞こえた少女の甲高い声に、グレーテル達はいっせいにそちらを向いた。
そこはアイスを売っている、エリアコンセプトに合わせた近未来的な小さな建物の近く。アイス屋の制服を着た少女が、三人の柄の悪そうな男――要はチンピラから、女の子をかばっているところだった。
よく見ると真ん中のチンピラのズボンにアイスが付着している。それもコーンごと。
「女の子がうっかりぶつかってズボンにアイスをつけてしまったのを、チンピラ達が責め立ててるんですかね」とマモン。
「……みたいね。まあどうでもいいけど」
「ヒャッハ。相変わらずクールですぜ、お嬢」
「私には関係ない。そんな事より、早く帰りたいわ。……?」
だが溜息を吐きながら身を翻そうとしたグレーテルの視界に入ったのは、迷わずアイス屋に駆けて行く、戦人達の姿だった。
その様子を見ただけで、グレーテルの溜息は一層深いものとなった。
* *
「おい、てめーら! 女の子相手に何やってんだよ!」
「いっひっひ〜、可愛い女の子を苛めるのはよくねぇぜ? 巨乳なら尚の事!」
「うー? 巨乳で可愛い女の子は、苛めちゃいけない?」
「どんな人でも苛めちゃ駄目なんだよ、真里亞ちゃん」
チンピラと少女の間に割り込む、四人。
しかし戦人はともかく、残りは少女二人に優男一人。こんな者達に止められたからと言って、チンピラ達が怯む筈もない。
「んだてめぇら、関係ねぇだろうが。すっこんでろ!」
「それとも何か、てめぇらが弁償してくれるっつーのか、ああん!?」
「金持ってそうな坊っちゃんどもだしな。払ってくれんだろうなぁ?」
むしろにやにやと笑い始める始末。その仕草に苛立ち、朱志香が掴み掛かろうとしてしまう。
だけどその手を、素早く譲治が掴んで止めていた。
「譲治兄さん、何すんだよ!」
「駄目だよ、朱志香ちゃん。遊園地内で騒ぎなんて起こしちゃいけない」
「だけど、コイツら!」
「……僕たちからは、起こしちゃ駄目だよ」
譲治は笑顔だった。少なくとも、口元は。
今日は晴天。輝く太陽の光が、彼の眼鏡に反射していて、彼の瞳を覗き見る事を許してはくれない。
彼は笑っている筈だ。だけど何故だか、濃い威圧感を感じる。瞳が見えないだけで、人間とはここまで恐ろしく感じられるモノだったのか。
その威圧感は、まさに魔王と呼ぶに相応しい貫禄を持っていた。
ただのチンピラとはいえ、譲治のその闘気は感じ取れる。否、譲治が感じ取れるようにしている。暗に、手を出すなという事を示しているのだ。手出しをすれば、容赦はしないと。
「な、なんだテメェ……」
「……きひひ、お兄ちゃんたち。帰った方がいいんじゃないかなぁ?」
真里亞もにたり、と笑う。通常であれば「この餓鬼」とでも何とでも言って罵ったのであろうが、譲治に怯え始めた彼らの思考は、そんな事を考えられない。不気味な男と不気味な少女を前にして、これ以上戦おうという気持ちは一気に削がれてしまう。
「ち、ちっ……。し、仕方ねぇから見逃してやる!」
「覚えてろよ、クソ餓鬼共!」
そうして最後には。捨て台詞を残して、走り去ってしまった。彼らの姿は、すぐに見えなくなってしまう。
「いっひっひー、美味しい所をかっさらうなんて、譲治の兄貴もやるなぁ!」
「僕は何もしていないよ。彼らが勝手に走り去っただけさ」
「へっ、譲治兄さんってば、相変わらず気障だよなー」
「うーうー、譲治お兄ちゃんはキザ、キザー!」
「ま、真里亞ちゃん。大声でそんな事叫ぶのはやめようね……」
先ほどまでの空気は何処へやら。譲治はすぐに笑顔を浮かべ、真里亞もいつもの無邪気な少女として、くるくると皆の周囲を回っている。
そんな彼らに、助けられた少女はそっと近づいて。
「あ、あの……ありがとうございました……!」
「ん? 何の事かな。僕たちは彼らと、少しお話をしていただけだからね」
「まーたやってるよこの兄さん……」
「譲治の兄貴って、本当になー……これで紗音ちゃんも落とした、って訳か」
「い、今は紗音の事は関係ないと思うんだけどな……!?」
「あっははは! 面白い、良い人達だね! あたしからのお礼に、好きなアイスを選びなよ」
気前良く笑うアイス屋の少女。真里亞は「うー、アイスー!」と騒ぐが、譲治がそっとそれを窘める。
「僕たちは何もしていないですし……売り物を勝手に、なんて駄目ですよ」
「気にしない気にしない。後で代金は払っとくしね」
「あ、私も支払いますから……」
「でも……」
「どーしても気になるってんなら、譲治の兄貴と真里亞だけもらっとけよ。折角の好意なんだしよ」
「そーそ。私たちは勝手に買うからよー」
「んー、全員に奢りたいんだけど……まああたしも、全員に奢るとまずいかもね」
「いや、僕たちも……」
「うーっ、真里亞はね、イチゴ味のアイスが良いー!」
「はいよー、お兄さんは?」
「え、だから僕は……」
「譲治お兄ちゃんはー……ミント! ミントのアイス、うー!」
「分かった分かった。ほら、どーぞ」
「うーうー、ありがと、おねえちゃん!」
きゃっきゃと無邪気にアイスをもらう真里亞。強制的に味を決められた譲治も、なんだかんだで受け取ってしまう。
そんな様子を、グレーテルはやはり、一歩離れた場所から見ていた。
「……本当に、何をしているのよ彼らは」
「何って、フツーに困ってる人を助けてるだけでしょう?」
「別に助ける理由なんてないわ。関わりなんてないんだし」
「……分かんないんですか?」
「分からないわよ、そんなの」
マモンは、冷えた視線をグレーテルに送る。グレーテルもまた、先ほどのようにマモンを睨み返した。また視線の応酬が続きそうだった。
だが、二人の間に天草が割り込む。
「アレが、彼らの戦う理由なんでしょうね」
「……何よ、それ」
「だーから、お嬢が知りたがってた、彼らの戦う理由ですぜ」
「はっきり言って。アレの何処が戦う理由? 説明になってない」
苛立ちを隠そうともせずに、グレーテルは言い募る。だけど天草とマモンは何も語らない。それどころか「どうして分からないの」と言いたげな、言う事を理解出来ない子供に向けるような視線で、グレーテルを見つめた。
無論、グレーテルがそんな視線を我慢出来る筈もなく。
「私、やっぱり帰る……っていうか、キャッスルファンタジアに行ってくるわ。元々、それが目的だったんだし」
グレーテルは踵を返して、この場から立ち去ろうとしてしまう。だが、
「うーうー! グレーテルのアイスも買って来たっ!」
「きゃ……!?」
グレーテルの服の裾を真里亞が引く。その勢いにつられ、彼女の足は止められてしまう。
真里亞は、片手に青いアイスを持っていた(真里亞の分のアイスは、どうやら戦人に預けられているらしい)。
「グレーテルのアイスはね、「蒼き幻想砕き」をイメージしたアイスっ! うーうー!」
「……いらないわ。もう行くし」
「いきなり何だよグレーテル。どうせだしお前も一緒に行こうぜ」
「そーだぜ。私たちはまだあんまり話してないしさ、チームワークのためにも、仲良くしようぜ?」
「私はあなたたちと馴れ合うつもりなんてないわ」
朱志香の笑顔にも、グレーテルは冷たく返す。取りつく島もない、とはこの事に違いない。
「うー……駄目ー、グレーテルも一緒に遊ぶー!」
「……人の話、聞いてたの?」
「一緒! うみねこセブンはみんな一緒! うー、うーうー、うーうーうー!!」
真里亞は、癇癪を起こして地団駄を踏む。譲治や戦人が宥めにかかるが、一向に聞く様子はない。むしろ、火に油を注いだかのように更に騒ぎ立ててしまう。
「グレーテル様ァ? あのまんまだと、ずぅっと癇癪起こしてそうですけどォ……」
「煩いわね」
グレーテルは、一つ舌を打ってから、真里亞の目の前に立った。
「……分かったわ、付き合う。付き合うから静かにして」
「うー……ほんと?」
「本当よ」
本当はすぐさま帰ってしまいたい、と思っている。だけどグレーテルには出来なかった。
真里亞が煩かったから、だけではない。彼女の悲しむ姿、泣く姿を、これ以上見ていたくなかったのだ。
――ファントムアジト 14:13
「ベアトリーチェ……! ベアトリーチェは何処に行ったのですか……!」
ファントムのアジトでは、焦るワルギリアの声が響く。
彼女がこうして居なくなるのは何度目か。だがワルギリアは、初めての時のようにベアトリーチェを捜していた。
だが無理もない事。ベアトリーチェが遊園地の外に出ようとして倒れたのはそこまで遠い過去ではないし、同時に彼女は元気もあまりなかった。
だからこそ、ワルギリアはベアトリーチェを捜して走り回る。彼女の姿を求めて。
……が、普通冷蔵庫の中には居ないものと思われる。
「ワルギリア様、慌て過ぎですにぇ。阿呆みたいですにぇ、にひ!」
「アレ、確か結構前もやってたわよね。あの時は鍋を覗き込んでたけど」
「ぷっくっく……マダムは少々慌てん坊のようですな」
「慌て過ぎであります……」
「ど、どうか落ち着いて下さい……! ベアトリーチェ様は、恐らく、多分、きっと、すぐに戻ってくると……!」
「そのような保証はありませんっ! 今すぐ捜しに行かなければ…!」
「落ち着いて、ワルギリア!」
「ベアトリーチェ様はきっとご無事よ!」
慌てるワルギリアを諌める為に新たに現れたのは、二人の悪魔。
湖のような冷たい色の髪の少女と、蜂蜜のような暖かい色の髪の少女が立っていた(片方は男の筈では、とのツッコミは受け付けていない)。
「ゼパル、フルフル……あなたたち、仕事はどうしたのですか」
「あ、ツッコむのは其処なんだね!」
「キャッスルファンタジアの案内役なら、ちゃんとこなしているわ! 今はちょっとした休憩よ!」
元々はベアトリーチェが案内役をしていた、キャッスルファンタジア。しかし彼女が遊園地で倒れて以来、ゼパルとフルフルが案内役を担当するようになっていたのだ。
「それに、一つ報告があるんだよ」
「何だかキャッスルファンタジアに探りを入れに来ている人が居るみたい!」
「……ほう?」
ロノウェの目が光る。報告を続けるよう、瞳で促していた。
「少し前、黒い服に銀髪の男が来ていてね。キャッスルファンタジアを観察していたんだ!」
「アレはただ者じゃないわ! 何か恋をしていそうな気配もあったもの!」
「恋は関係ないにぇ」
「ええ!? 世界で最も重要な要素だよ!」
「そうよゼパル! 410も、恋をすればきっと分かるわ!」
「「だって、愛は一なる元素、全ての源なのだから!!」」
分かりたくねぇ、と思ったのは誰だったか。全員かもしれない。はぁ、とワルギリアの溜息が聞こえた気がした。
「しかし、偵察ですか……向こうも、こちらの事を嗅ぎ付けてきているようですな」
「そうですね。…少し、警戒をしておくべきかもしれません」
「そんな奴、とっとと殺しちゃえばいいんじゃなァい?」
ワルギリアの呟きに呼応するかのように、盛大な足音を響かせながら、一人の少女が姿を現していた。悪役のような笑みを浮かべながら、杖をどん、と地面にぶつけている。
「……エヴァ。以前の失態を忘れたのですか?」
「忘れる訳ないわよぅ、あんなムカつく事! だけど、キャッスルファンタジア内なら私たちのテリトリーよぅ? 何かしたってバレやしないわ!」
「ああ、エヴァの言う通りだね!」
「だけど、たった一つ問題があったのよ!」
「はぁ? 何よ、それェ?」
「僕たち!」
「私たちは!」
「「戦闘って得意じゃないから!」」
……冷たい風が、吹き荒んだような気がした。背景にきらーん☆とか星マークが飛んでいそうな二人とは、対照的な空気が流れてしまう。
「……威張りながら言わないでよぅ!」
「ねぇ、リーア。アレで良いの? 一応、アレもファントムの幹部格よね……?」
「………………言わないで、下さい」
「ワルギリアたちってば、テンション低いわね!」
「そんなキミの為に、元気になれるような重大な報告をしてあげよう!」
「おや、今度は何でしょう? 作戦に有効な事であれば……」
「「鯖アイスが、ついに商品化されたんだ!」」
……冷たい木枯らしが、吹いた気がした。全員が遠い目をした事は言うまでもない(なお、あからさまに嬉しそうな顔をしたワルギリアは除く)。
――Ushiromiya Fantasyland 〔プリズムオブフューチャー〕エリア 14:25
「……戦人。あなたはいつまで其処で立ち止まっているつもりなの?」
「へ、へへ……悪いな、グレーテル。俺はもう進めそうにないぜ……」
「うー、戦人、立ち止まっちゃ駄目! 捕まっちゃうー!」
「戦人くん、諦めちゃ駄目だよ。進もう。そして僕たちは、逃げ切るんだ」
「ここで捕まっちまったら、今までの努力が全部水の泡だぜ!? 早く走れ、戦人!」
戦人は動かない。否、動けない。彼はこれ以上進む事など出来ないのだ。
だが、それでも真里亞は彼の腕を引いて進もうとする。グレーテルは彼を待つ。しんがりを務める譲治と朱志香も、彼の背中を押しているのだ。
にも関わらず、戦人は動けなかった。仲間の意志は理解していても、戦人の身体は言う事を聞かない。
「俺の事は置いてってくれていいさ。これ以上みんなの足は引っ張りたくねぇからな……」
「うーうーうーうー! 仲間はみんな一緒じゃなきゃ、駄目ー!」
「真里亞の言う通りだ。私たちは仲間を置いてく程非情じゃない!」
「いや……無理。マジで無理。死ぬだろ、明らかに」
「死なないよ。安全性を考えて設計してるからね」
「ほら、さっさと行くわよ」
「乗り物使ってても、ビルの屋上から落下とか、本気で落ちるじゃねぇか、らめぇえぇぇぇえぇ!!!」
戦人の叫びが、木霊した。
ここはプリズムオブフューチャーのアトラクションの一つ、「ビルからダイブ」。
戦人たちは黒服の追跡から逃れ、ビルの屋上へと辿り着いた。辿り着いたのはいいの、だが。
本当に逃げる為には、ここから飛び降りなければならない(乗り物は使っているが)。
しかし、戦人は乗り物が大の苦手だった。船ですら「らめえぇええぇぇ!!」と叫ぶ程、乗り物がダメだった。そんな彼がビルの屋上からダイブ、なんて無茶ぶりし過ぎである。
(ちなみに、先ほどまで居たマモンは仕事場に戻り、天草は再びキャッスルランドの偵察に戻って行った)
「いやっ、つーか死ぬだろ絶対!」
「今まで死んだ奴は居ないし、平気じゃね?」
「うー、怪我人も出してない」
「今は一番下にマットを敷いてあるから、万が一事故が起きたとしても安全だよ」
「無理ッ死ぬッ、地獄に堕ちる! 俺は帰るぞッ、らめぇぇぇえぇぇ!!!」
「……………煩いわね」
いつまでも往生際が悪く、叫び続ける戦人。そんな様子に苛立ちを感じたのか、グレーテルが動いた。
「うー? グレーテル、どうしたの?」
「先に行くわ。じゃね、シーユーアゲイン、ハバナイスデイ」
「は? おい、グレ……!?」
彼女の靴がとん、と軽い音を立てて。
グレーテルの身体が宙に、浮いた。
そうしてグレーテルの姿は重力に従って、暗い闇夜の中に落ちて行く。炎のような赤が、だんだんと小さくなって。どんなに手を伸ばそうとも、届かない。
「ぐ、グレーテルーーーッ!!?」
「ちょ…だ、大丈夫なのかよ、アレ!?」
「わ、分からない……。とにかく、急いで僕たちも降りよう!」
「うー、急ぐ、急ぐー!」
さすがの戦人も、もう騒がずに。四人全員で降りる為の乗り物の中へと入って行った。
* *
「……意外と早かったわね」
「早かったわねー、じゃねーよ! 危ないだろ!」
降りてみれば、グレーテルは涼しい顔をしながらアトラクションの前に立っていた。……『ビルからダイブ』のスタッフの叫びを聞き流しながら。
「以前も言いましたが! 本気で飛び降りるのはやめて下さいぃぃいぃぃ!!?」
「……お前、コレやるの2回目なのか?」
「知らないわ。人違いじゃない?」
朱志香の問いかけも、素知らぬ顔でグレーテルはそっぽを向いていた。しかしスタッフの必死の主張と涙目な表情は、彼女の平然とした言葉が嘘であると雄弁に告げている。
「グレーテルちゃん、あまり危ない事はしちゃ駄目だよ。君が怪我をしてしまったら、僕たちは悲しいよ」
「うー、グレーテルが怪我して、お兄ちゃんたちが悲しい? そんなの駄目ー! うーうーうー!」
「だな。ちゃんと説教されてこい、説教」
「……」
戦人の一言に、不機嫌さを隠さない表情を作るグレーテル。
だが、なんだかんだ言って.スタッフの涙と汗と勇気とその他諸々のこもった説教から、さっさと立ち去ってしまうなどという事はしないグレーテルであった……。
――Ushiromiya Fantasyland 〔レインボーステーション〕エリア 12:45
「……戦人のせいで疲れた気がするわ」
「オイオイ、人のせいにすんなよ。元はと言えばお前が飛び降りたから、」
「うー、その前に戦人が降りたくない、って駄々こねたからー」
「でも嫌がる戦人を無理矢理『ビルからダイブ』に参加させたのは真里亞だよな」
「一番最初に提案したのは朱志香ちゃんだね」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
しばし、無言が続いた。気まずそうに全員で目を逸らしている(譲治と不思議そうに首を傾げる真里亞除く)。
「………全員で、反省するか」
「……少しなら、しなくもないわ」
「お前は全力で反省しろよ」
「戦人くんもね」
「…………はひ、すんません」
「うー、戦人弱い! 譲治お兄ちゃんに弱い! うーうーうー!」
「こら、真里亞。ンな本当の事言っちゃ駄目だぜ〜?」
「…何が本当だ、コラ?」
「戦人は弱いって事だよ、きひひひひあ痛っ!」
ぽかり、とチョップが一撃飛びつつ、真里亞のうーうーという叫びが響き渡る。いつもの戦人と真里亞のじゃれ合いである。そこに朱志香も混ざって、さらなる大騒ぎを生み出すのだ。
譲治はいつもそれを見守って、グレーテルはその馬鹿騒ぎに溜息を吐く。馬鹿だろう、とでも言いたげな視線がちらりと戦人たちに向けられていた。
* *
ばたばたとした騒ぎが数分続き。何故だか、戦人と朱志香は鋭い視線で睨み合っていた.
「よーっし、言ったな戦人! んじゃ決着つけてやろーじゃねぇか!」
「上ッ等だ! 俺が勝ったらお前の胸を揉ませろよ〜、いっひっひ!」
「…………何がどうなってこんな阿呆話に発展しているのよ」
「はは……まあ、二人は仲が良いから」
譲治は苦笑で返す。実に拙いフォローであるが、正直これが限界だろう。
だがどうやら二人は本気で勝負をするつもりのようだ。戦人がきょろきょろと、勝負の題材になりそうなモノを探し、一つの屋台に目をつける。
「うっし、じゃあ……あそこのアイス屋で、早食い勝負にでもするか!」
「はんっ、私が勝つに決まってるぜ!」
「うー、アイスは一日一個まで、ってママが言ってた」
「止めてくれるな、真里亞。男には戦わなきゃいけない時もあるんだぜ…」
「あったとしても、今じゃないわ。それにあんたはともかく、朱志香は女よ」
真里亞の常識的な意見も聞き入れず、グレーテルの辛辣なツッコミも無視し、戦人と朱志香は同時に走り出し、アイスワゴンの店員の元に駆けて――
「「お勧めアイスいっちょおおぉぉぉ!!!」」
「ほっほっほ……かしこまりましたよぉ、戦人さん、朱志香さん☆」
――何故だか、物凄く見知った顔が、そこにはあった。
「うー? 熊沢さん?」
「ええ、ええ。熊沢でございますよぅ? お手伝いとして、一時的にアイス屋をしております」
熊沢は笑顔で声をかけながら、二人に手渡す為のアイスの準備を始めている。対照的に、戦人と朱志香の表情は凍り付いていた。
「朱志香。俺ら、今なんて注文した…………?」
「……………お勧めアイス……」
「熊沢さんなら、何をお勧めすると思う……?」
「…………………あ、アイスには、混ぜないだろ。多分」
「だけど、相手は熊沢さんだぜ………………?」
「………無理かな……」
「……………無理だろ」
熊沢の手元を見る。普通に白いアイスだ。バニラアイスか何かだろうか。そうであってくれ、と切に願う二人組が居た……。
「………なぁ、朱志香。俺ら二人だけ、っつーのは何か不公平だと思わねぇか?」
「分からねぇでもないけど、そもそも頼んだの、私たち自身だし……」
「そうだよな。つー訳で、熊沢さん。グレーテルもそのアイス食いたいって言ってるぜ」
「…………はぁ?」
「おやまぁ、グレーテルさんも? 了解でございますよ」
熊沢は二人にアイスを手渡してから、素早く新たなアイスを準備する。グレーテルが止める隙もない、完璧な手際の良さだ。
「待ちなさいよ、何で私まで?」
「あまり気にするな、きっと美味いぜ……多分」
「そーだぜ、なんたって、熊沢さんのお勧めだし………」
「絶対鯖でしょう、それ」
思いっきり嫌そうな顔で、グレーテルは戦人を睨みつける。しかし戦人は口笛を吹きながらグレーテルから視線を外すという、あからさまな事をやってのけた。
「ほっほっほ、さぁどうぞ、グレーテルさん?」
「……いらないわよ、」
「うー、ちゃんと食べなきゃ駄目ー! 食べ物を粗末にしちゃ駄目、ってママが言ってた!」
「でも食べたら、アイスは一日一個まで、に反するわよ」
「う、うー……。……でも、ちゃんと食べないと駄目」
真里亞は若干悩みつつも、どちらが重要なのかの判断を下す。前者を選べば良かったのに、とグレーテルは一つ舌打ちをしていた。
「皆様、食べないのですか?」
「みんな、頼んだんだから、ちゃんと食べようね?」
「私は頼んでないわよ……」
「諦めろ、グレーテル。さっき人を心配させた罰だ」
「説教受けたんだから、多めに見なさいよ」
そうして、三人が全員同時に、スプーンでアイスをすくう。
同時に、そのスプーンが口の中に吸い込まれていって――――
「「「*!?※★△:□●!!!!???」」」
――とても人のモノとは思えぬ、三人分の絶叫が、響き渡った。
「………………死ぬかと思った」
「いや、あれは一回死んだだろ、私たち……」
「なんで、私まで食べる羽目に……」
三人はベンチで死にかかっていた。朱志香とグレーテルはそれぞれ肘掛によりかかり、中央の戦人は背もたれに両腕を広げた状態で倒れている。
「うー……三人とも、大丈夫? はい、お水」
「おお、ありがとよ真里亞ー……今のお前は天使に見えるぜ……」
「勧めちゃってごめんよ、まさかここまで拒絶反応を起こすとは思わなかったんだ」
「悪いと思うなら、兄さんも食べて来いよー、天国見れるぜー…?」
「遠慮しておくよ」
「……っていうか、何であんなおかしなモノが出来るのよ。一応売り物でしょう」
「多分……なんか、配合ミスがあったとか……? じゃなきゃ、あんな酷いモノ売らねぇだろ」
「一応、ファンタジアのとあるお偉い方に監修を受けたのですけれどねぇ…」
熊沢が呟く。ちなみに、その"とあるお偉い方"が悪義 梨亞――もといワルギリアを指している事は言うまでもないだろうが、戦人たちはそれを知るどころか、予想する事すら出来ないのが残念である。
「……ファンタジアって、まともな会社かと思ってたんだけどなー」
「まともですよぅ? 私からすれば、この鯖アイスは美味し過ぎて涙が出てしまいそうでございます」
「私は逆の意味で涙が出そうよ」
「そもそも鯖とアイスなんて混ぜるなっつの。そんな妙なモノ、家で食っとけってのー……」
「本当にね。作った奴は出て来なさいよ。ボディプレスぐらいしてやりたいわ」
「なら私はメリケンサックでぶん殴りてーぜ!」
グレーテルと朱志香の愚痴は止まらない。戦人は(ビルからダイブの時の精神ダメージも相まって)最早会話にすら混ざれなさそうだが。
そして、そんな二人の様子を、譲治は微笑ましそうに見ていた。
「……ねぇ、譲治。何なのその視線。気になるんだけど」
「ああ、ごめん。グレーテルちゃんも、みんなと大分打ち解けたみたいだと思ってね」
「だなー。最初は結構感じ悪かったけど、『ビルからダイブ』から飛び降りたり、面白い奴だしさ」
朱志香も笑いながら同意する。……が、グレーテルは不機嫌そうに顔を顰めていた。
「……私は、あんたたちと馴れ合おうとは思わないわ」
「お前、まぁだそんな事言ってるのか? お前もうみねこセブンの仲間なんだぜ?」
「うー、仲間なんだから仲良し! みんなで仲良くするー!」
「……仲間、ね。目的が違う人間同士が、仲間って呼べるのかどうかは甚だ疑問だけど」
グレーテルには戦人たちの目的は分からない。だけど分からなくても、"自分"と"うみねこセブン"の目的がズレている事ぐらいは、分かる。だって彼らは、ファントムを滅ぼす事を目的としていない。
「……グレーテルちゃん。君は、何を目的として戦っているんだい?」
「ファントムを倒す。それだけよ。……あんたたちは、違うみたいだけどね」
譲治は、少し前に現れたマモンと同じ問いを投げかけた。だからグレーテルも、同じような言葉で返事を返した。
そうして嫌味を込めてグレーテルが放った言葉に、真里亞はこくり、と頷いていた。
「うー、確かに違う。だって真里亞たちは、みんなを助けたかったから、戦う事を選んだんだよ。ファントムを倒す事が一番の目的な訳じゃ、ない」
真里亞たちは、"守りたい"っていう強い意志を持ったから。だからコアに選ばれたんだって、お祖父ちゃんが言ってたよ。
一番小さく、だけれども一番最初にコアを手にした真里亞が、真っ直ぐにグレーテルを見つめる。グレーテルはその瞳と言葉に、反論を口にしようとして――――
ドォオオォォォォオン!!!
グレーテルの言葉を飲み込むかのように、爆発音が鳴り響いた。
全員がとっさに戦闘態勢を取りながら、音の方向を注視する。方角は、プリズムオブフューチャー。……と、エンジェルスノウ。この二つの地点だった。
『みんな、ファントムの出現よ!』
「いっひっひ……さすがにこっからでも分かるぜ、霧江さん。…にしても、2箇所同時かよ」
『話が早くて助かるわ。……敵の場所は大分離れてる。二手に別れた方がよさそうね。
……っと、それと。嘉音くんがクラシックセレナーデエリア、紗音ちゃんは……ウィッチハートエリアに居るみたいだわ』
鳴り響いたのは、戦人の携帯。そこから霧江の声が響き、その言葉を正確に戦人が全員に伝える。冷静な指示に、譲治は現在の状況を素早く組み立てていた(何故紗音と嘉音が共に居ないのか、という疑問も沸き上がるが、一時置いておく事にした。今言及しても、ファントムの襲撃とは関係ない)。
「分かりました。それじゃあ戦人くん、グレーテルちゃん。僕たちはプリズムオブフューチャーに。真里亞ちゃんと朱志香ちゃんはエンジェルスノウの方をお願い出来るかな」
「うー、分かったっ!」
「でも、紗音と嘉音くんはどうすんだ?」
「距離的に考えて、紗音がプリズムオブフューチャー。嘉音くんにはエンジェルスノウに向かってもらいたい。……って、連絡お願いできますか、霧江さん」
『ええ、分かったわ。任せておいて』
その言葉を最後に、霧江との通信が切れる。それと同時に、全員が各々の向かうべき道へと走り出した。
――Ushiromiya Fantasyland 〔ウィッチハート〕エリア 14:52
紗音は少し困ったような瞳で、目の前の女性を見つめていた。以前出会った時の威厳ある姿も、リスのような愛らしさもない。どこか沈んだような、金髪の女性を。
「………ええ、っと」
会話がない。というか作れない。何を話せば良いのか分からない。
何かこの状況を打開出来るような、"何か"を求めて視線を彷徨わせる。しかしここにあるのは、広大な森とテーブルと紅茶ぐらいのモノ。
「紅茶が美味しいですね」という世間話は、「…そうか」という短い返事で片付けられた。森は木々が多い、としか言えない。花ならともかく、木の種類なんて知る訳もないし。そもそも森なんだから、木が多いのは当たり前。テーブルについて語り始めたら、最早自分は変な人だ。
思考は焦り続け、そういえば今日の料理部は楽しかったなぁなんて現実逃避に走ってしまう――って、料理部?
「そうだ……っ、このお菓子、食べませんか?」
「む? それは……クッキーか?」
「はい。今日、部活で作ったんです。もしよろしければ……」
「…そなたの手作り、か。ふむ、頂こう」
鞄の中から、小さくラッピングされた袋を取り出す。本来ならばうみねこセブンのメンバーに配ろうと思っていたものだが、クッキーは何袋か用意してある。紗音の分がなくなるだけなら、何の問題もないだろう。
ベアトはクッキーを受け取り、こりこりと小さく齧っている。可愛らしいが、以前ちんすこうショコラを食べていた時のような柔らかな雰囲気は、何処にもなかった。
何故、また魔女の森でベアトと二人っきりなのか。何故、こんな無駄に重たい空気が流れていたのか。それを思い出すには、少々時間を遡る必要がある。
* *
――Ushiromiya Fantasyland 〔クラシックセレナーデ〕エリア 14:40
「人が多いな……姉さん、はぐれないでよ」
「もう、子供扱いしないでよ、嘉音くん」
紗音は口を尖らせながら、嘉音に抗議する。だが、今日の人ごみは相当だ。真里亞ぐらいの少女であれば、親が少し視線を外してしまっただけで、あっという間に人の波に攫われてしまうに違いない。少々危なっかしい所もある紗音に忠告をするのも、当たり前の事と言えるかもしれない(最も、紗音自身は認めていないが)。
「姉さんは、たまにドジするじゃないか。これじゃ譲治先輩も心配になるよね」
「そ、それどういう意味……?」
「そのままだよ」
酷い、と紗音は心の中で呟く。主張したって、嘉音くんは冷たく受け流すに違いない。幼い頃の可愛くて素直な嘉音くんは何処に行ったのだろう、とちょっぴり不満に思ってしまう。
「……あ、」
そんな思考も束の間。視界に、見覚えのある金の髪が映った。
嘉音くんがうみねこセブンに入る前に出会った女性、ベアトさん。強引さと、快活な笑みが印象的だった。
だけど、今の彼女にはその勢いが見られない。何処か沈んだような瞳が、目を惹いてしまう。
それを見ているのが何か辛くて、私の身体は自然と動いていた。
「…………姉さん?」
そして嘉音が後ろを振り向いても、誰も居なかった。
彼のポケットに収まっていた携帯の振動音だけが、小さく聞こえた気がする。
――Ushiromiya Fantasyland 〔ウィッチハート〕エリア 14:55
そんなこんなで。紗音はベアトを追いかけてしまい、そのまま魔女の森へと共に行く事となったのだ。
嘉音には悪いとは思ったが、心配しないように、そして先に譲治さんたちと合流しておいて欲しい、と携帯でメールを送った。同時に謝罪もしっかり入れておいたが。
「……あの、それでベアトさん。何かあったんですか?」
「……………」
お菓子の力で若干空気が和んだ所で、そっと疑問を切り出す。しかしベアトは、少し辛そうに眉を顰めてしまう。その様子に紗音は焦りかけるが、
「…………お師匠様が、構ってくれないのだ」
「お師匠様……?」
つまり、ベアトの先生なのだろう。何を教えているかは分からないが。というか普通、お師匠様なんて言わない気がする。
紗音の困惑は余所に、ぽつりぽつりと、ベアトは呟き続ける。
「最近、ずっと思っていた。みな、妾に対して隠し事をしている、と。
妾抜きで会議をしているし、この間だって……」
ベアトは呟きながら、数日前の事を思い返していた。珍しくワルギリアがドジをして、薔薇の棘で自らの手を傷つけてしまった、その日。ガァプがふざけながらワルギリアに絡んでいた時の事。
* *
『リーアぁ? どうしたの、その包帯?』
『ガァプですか。大した事はありませんよ、薔薇の棘で傷つけてしまっただけで――』
『えい』
『――って、包帯を剥がさないで下さい!』
『うわ、ざっくりやってるじゃない。コレ、ホントに薔薇の棘で?』
『そうです! まったく、あなたは……』
ワルギリアは、何事もないかのように返事をしていた。だけどベアトリーチェには分かったのだ。
その傷は、ベアトリーチェが簡易の治療をした時よりも深く広がっていた。
ガァプの言う通り、薔薇の棘如きであんな傷は出来ない。つまり、ワルギリアは何らかの嘘を吐いていた。
理由は、考えなくても分かった。わざわざ誤摩化すのだから、包丁で切ってしまった、などという可愛らしい理由ではない。
(うみねこ、セブン……)
ベアトリーチェの知らない何処かで、きっとワルギリアは彼らと小競り合いをしたのだ。そして、ほんの少しの傷を負った。
ワルギリアはいつも優しい。自分を心配させないよう、守ってくれる。その優しさは、ベアトリーチェに罪悪感と悲しみを持たらしていた.
それに、そのように自分を守ってくれるのは、ワルギリアだけではないのだ。
煉獄の七姉妹たちは、それぞれがうみねこセブンに戦いを挑み、敗北してしまった。
シエスタ姉妹たちも、会議でうみねこセブンへの対策を全力で考えてくれていた。
ロノウェはいつも笑っているけれど、本当はファントムの為に色々と尽力してくれていると知っている。
ガァプだって、自分をいつもサポートしてくれて、様々な仕事をしている。
エヴァだって、既にうみねこセブンと直接戦っているのだ。ただ城でのうのうと暮らしているベアトリーチェとは、雲泥の差だ。
そんな他のメンバーたちの努力を考えると、胸が痛む。ベアトリーチェは総指揮官であるというのに、彼らのように何かをした事など、ない。
* *
この間、と何かを言いかけてから、ベアトは暫く黙り込んでしまった。声をかけていいものかと紗音は考えあぐねていたが、ようやくベアトが口を開く。
その声は、寂しがっている子供のような、か細く震える声だった。
「……いつも、そうなのだ。妾は守られてばかり。妾は何もせず、ただ見ているだけ……。妾には誤摩化し、関わらせてもらえない。……私は、どうすればいいの……?」
「お師匠様はいつだって、妾の事を考えてくれている。だけど、それは辛いのだ。それに、ロノ――」
「ベアトさん」
何かを捲し立てようとするベアトの言葉を、凛とした声が留める。ベアトは喋る事をやめ、紗音の顔をしっかりと見る。
紗音は、真っ直ぐな瞳でベアトを見ていた。
「守られている、っていうのが何の事か、私には詳しくは分かりません。ベアトさんのお師匠様の事だって。でも、一つ分かる事があります」
「分かる、事……?」
「きっと皆、ベアトさんが大好きなんですよ」
「え………?」
ゆるり、と紗音が微笑む。まるで聖職者のように胸の前で手を組みながら、神の教えを説くシスターのように、ベアトに語りかけていた。
「ベアトさんも、その人達が大好きで大事だから、守られるだけなのは嫌だって、思うんですよね?」
「……そうだ。妾は、お師匠様たちの事が、大事なのだ」
言葉を呟くだけで、その意志がはっきりする。日本では言霊には力が宿ると言われているらしいが、それは真実かもしれない、とぼんやりと思った.
「その気持ちと、同じなんです。ベアトさんの事、大事だから守りたいと思っている……んだと、思います」
私はその人たちの事をちゃんと知らないから、間違っているかもしれませんけど。なんて少しおどけたように、紗音は笑う。
「だけど、ベアトさんを見ていると……コレが正しいんじゃないかな、って思います。そんな優しい人たちが居るから、ベアトさんはこんなにも明るくて、素直な方になっているんじゃないかな、って」
「だから。あなたが笑うだけで、あなたがその人たちを労うだけで、きっとその人たちは、何よりも力を得られると思います。それだけで、何かと戦う事だって、出来るんだと思います。それが、何よりの報酬なんだと思います」
紗音は、ワルギリアたちの事を知らないはずなのに。何故だか、ベアトリーチェよりも彼らの事を理解しているように、見えた。
そういえば穏やかに微笑んで、柔らかく諭すように語るその様子は、何処かお師匠様に似ている気がした。だからこそ、理解出来るのかもしれない。お師匠様の、想いを。考え方を。
「……だが、そんなの、本当に報酬になどなるのだろうか? 妾には、そうとは思えない……」
「自信がないなら。自分に出来る事を、してみたらどうでしょう?」
「で、出来る事……?」
先ほどと同じように、鸚鵡返しのように疑問をぶつける。幼い子供のように。
「小さな事でもいい。何か恩返しを。今度はベアトさんが、その方たちを助けるのが一番良いんじゃないでしょうか」
「助ける……お師匠様たちを?」
「ええ。…私は、そうしました。何度も守ってくれた人を、皆を守りたいと思った」
だから、私は此処に居るんです。そう言って、紗音はベアトの手を両手で包んだ。暖かな両手で。
思い出すのは、うみねこホワイトとして初めて戦った日。自分を守り、気遣ってくれた譲治先輩。私を信頼してくれたあの人を守るために、彼の決意を守るために、そして世界の人間たちを守るために、力を願ったのだ。
そして紗音は力を得た。彼女の願い通り、守るための力を。全てを包む、紅き結界の力を。
「……助ける。妾が、お師匠様たちを」
小さく反復するように、ベアトは何度も繰り返し呟いていた。瞳に浮かぶのは、戸惑い。そして、願い。
守られるだけではなく、守りたい。そう思う、小さな願い。
自分に出来るのか、という迷いもある。この行動は戦人や真里亞、紗音たちを傷付けるかもしれない、という恐怖もある。だが、ベアトの手を包むやさしい両手が、その不安を打ち消してくれているような気がした。
「大丈夫。あなたなら、きっと出来るよ。たとえ力が及ばなくても、想いは届く。絶対に」
ベアトの胸に響くソレは、やさしい姉のような母のような、言葉だった。
だけど紗音を傷つけるかもしれない自分に、そんな優しさを与える必要はないのに。なんて、心の中で小さく思っていた。
そうして、ベアトの顔の暗い影は薄くなっていた。本当にすべてを吹っ切ったようには見えなくても、笑みを見せてくれるだけで十分だと、紗音は思う。
ベアトが紅茶のお代わりを準備しようとした、その時。
大気を劈く轟音が、魔女の森にまで届いたのだ。
「こ、これは……!」
「…………ち、また誰かが勝手に動いたか」
ベアトの小さな呟きは、紗音には届かなかった。その言葉と同時に、携帯が着信を告げたからだ。
ベアトに一言断ってから、携帯を耳に押し当てる。連絡をしてきたのは、楼座だった。
「はい、もしもし」
『こちら楼座。紗音ちゃん、ファントムの襲撃よ。今は何処にいるの?』
「は、はい。今は…ウィッチハートエリアに、居ます」
以前にもこのような事があったような。……ベアトと初めて会った時、だっただろうか。あの時も、ベアトと話している途中にファントムが現れた。
『紗音ちゃんはウィッチハートエリア、ね。敵はどうやら、プリズムオブフューチャーとエンジェルスノウの二箇所に居るみたいなの。多分、二手に別れる事になると思うわ』
「二箇所……ですか」
二箇所。つまり、相手は二手に別れても問題のない戦力で来た訳だ。
それ程の戦力ともなると、ロノウェ様やガァプ様たちが来るのではないかと、胸が痛む。離反したとはいえ、彼らと戦うのはあまり嬉しい事ではないのだ。
『あ、ちょっと待ってて。…………紗音ちゃん、譲治くんから伝言よ。そこからプリズムオブフューチャーに向かって欲しい、だそうよ』
「分かりました」
『それじゃ、よろしくね。私たちもサポートを頑張るわ』
「はい、よろしくお願いしますね」
ぷつり、と通話が切れる。携帯をポケットにしまって、ベアトに向き直った。
「ごめんなさい、ベアトさん。用事が出来てしまいました。…また、ガァプシステムをお借りしてもいいですか?」
「うむ、かまわぬ。それに、妾も急用が出来てしまったのでな」
ベアトは鋭い目で、プリズムオブフューチャーの方を見ていた。まさかあそこに向かうつもりでは、と少し不安になる。
「あ、あの……急用って、何処にですか?」
「キャッスルファンタジア。……お師匠様たちに、話したい事があってな」
その返事に、紗音はほっと息を吐いた。肩の力を一瞬抜きかけたが、すぐにそれどころではないと思い直す。
早く仲間の、皆の所に向かわなければ。
「では、私は先に失礼します。ベアトさん、また会いましょうね」
「…………そうだな、そう出来れば良いが」
ベアトの返事は、何だか煮え切らないものだった。気になるけれど、問いかけている暇はない。紗音は身を翻し、ガァプシステムの方へと駆けて行った。
【アイキャッチ】
――Ushiromiya Fantasyland 〔エンジェルスノウ〕エリア 15:05
「る〜♪ る〜♪ わたぁしはぁ、お菓子大好きかいっじ〜ん♪ 世界はぁ、お菓子と幻想でぇ、あっふれっちゃえ〜♪」
エンジェルスノウの『ぽんぽんゼリー』のゼリーが飛び散る場所で、調子外れな歌が響く。
そこに居るのは溢れる山羊さんたちと、全身をお菓子で彩ったグロテスクな怪人、(わたっしは〜♪ 可愛いかいじ〜ん♪)
……えーと、可愛い?(かわっいい〜♪)
……多分可愛い、きっと可愛い、可愛いのではないか、可愛かったら良いな、と思う怪人が居た。ところでそろそろ「可愛い」がゲシュタルト崩壊起こしそう。
まあ、この怪人が可愛いかどうかは、視聴者諸兄の優しさとかそんな物に任せるとして。
お菓子を身に纏う怪人は、身体から次々お菓子を生産していく。作っては食べ作っては食べ、そしてたまに思い出したかのように、肩らしき所から、お菓子が勢い良く飛び出て――
「メェエェェ!」
「メ!?」
「おかぁしはぁ〜♪ おっいしっいの〜♪ みんなで食っべっよ〜♪」
地面や壁にぶつかると同時に、小さな爆発を起こす(小さいと言っても、勿論人にぶつければ相当の大怪我を負うであろう)。適当に気が向いたときだけ撃つので、山羊さんまで巻込んでいるが。
そのように山羊さんたちの破壊活動と共に、遊園地を傷つけているのであった。
「おかぁしぃ〜♪ おかぁしぃ〜♪ ママの美味しいお菓子が欲しい〜♪ だけど鯖味は勘弁し――」
「何でファントムまで鯖ネタ出すんだよッ!? つーかお前のママって誰だよ!」
歌う声を遮るように、強い女性の声が響く。
その声に、怪人は歌もお菓子を作り出す事を止め、山羊たちも一斉に動きを止めていた。
「イエロー、登場の台詞がツッコミって言うのはどうかと思う、うー」
「う、うぜーぜ! 私だって、あの怪人が変な事言わなけりゃ、普通に名乗りをあげてたっつーの…」
黄色と、桃色。二人の戦士が現れていた。
怪人は嗤う。獲物が現れたと、まるで甘い甘いお菓子を食べる直前のように舌なめずりをしながら。
「ええいっ、とにかく! これ以上暴れるなら、私たちがお前たちを倒すぜ! うみねこイエロー!」
「ファントムにコンサートの邪魔はさせないの、うー! うみねこピンク!」
「「輝く未来を守るため! 六軒島戦隊 うみねこセブン! ただいま参上!!」 」
「あらあっら〜♪ どうも自己紹介、あっりがとう♪ 私の名前は"スウィーツ・ラヴァーズ"よ〜〜♪ 長ぁいか〜ら〜、スウィーツちゃんって呼んでぇね〜♪」
怪人――改め、スウィーツ・ラヴァーズも名乗りを返す。最も、歌うような喋り方は変わらないが。
「ホント、何なんだアイツ……なんかあの歌、気ぃ抜けちまうぜ」
「うーうー、真里亞も歌いながらお喋りすーるー♪」
「真似んな! ややこしくなるだろーがっ!」
「そもそも〜♪ これは私の専売特許、なんだっもぉん♪」
「この怪人、ふざけてんだろもう!」
イエローは怒りつつ、拳を構えてスウィーツ・ラヴァーズを睨みつける。その視線の鋭さには、並の人間であれば竦んだであろうが、スウィーツ・ラヴァーズは何も気にせずに生み出したお菓子を食べ始めてしまっていた。
「うー……お菓子、美味しそう…」
「なぁらぁ♪ 食っべてっみてぇ♪」
ピンクの呟きに反応して、スウィーツ・ラヴァーズは肩をピンクに向けて、
「ピンク、避けろ!」
「うー、分かってる!」
先ほど、遊園地を破壊した時と同じように、お菓子が溢れ出す。それらは迷わずピンクへと向かっていくが、それほどスピードがない事、直線にしか進まない事から、身体能力が若干低めなピンクでも悠々と避ける事が出来た。
「へっ、何だ大した事ねーじゃねぇかっ! 行くぜっ!」
「うーうー! ピンクも援護するー! さくたろも、お願い」
「任せてっ、うりゅ!」
イエローはスウィーツ・ラヴァーズに向かって疾走する。そんな彼女を止めようと、山羊さんたちがブレードを構えるが、ピンクの杖から飛び出る魔法弾と、戦闘形態を取ったさくたろうが彼らの進軍を阻む。
そしてイエローは、左拳に力を溜め、振り上げる。
「食らえぇえぇぇぇッッッ!!!」
「わたっしを〜♪ なぐっると〜♪ ……あなたが死んじゃうよ?」
「は……?」
彼女の拳は、正確にスウィーツ・ラヴァーズの身体に当たっていた。
だが、倒れるのはイエロー。吹き飛ばされ、ピンクのすぐ横にまで身体が投げ飛ばされる。
「イエロー!? 大丈夫!?」
「つっ、いてて……! 大した事はねーけど……」
「私のお菓っ子〜はぁ、世界っい〜ち〜♪ 私を守る、盾でもあるの〜♪」
「盾ぇ? その菓子が爆発してるだけだろ!」
イエローの言う通り。拳がぶつかった瞬間、スウィーツ・ラヴァーズの身体を彩るお菓子が爆発を起こしたのだ。先ほど放っていた、お菓子の銃弾と同じように。
その上、既にお菓子は再び生み出されており、スウィーツ・ラヴァーズ
「うー、でもそれなら、どうしてスウィーツは怪我してないの?」
「わぁたしっは強いっ子〜♪ 爆発なんかに負けないのぉ♪」
「ああああもうマジでうぜぇえぇぇぇえ!!!」
苛立ちの叫びが響きつつも、ピンクは少し思案して、杖を振り上げる。
「うーっ、行っちゃえ、『フレイム・バレット』!」
炎の銃弾。それはライフルのように連射され、スウィーツ・ラヴァーズに目がけて飛んで行く。
もちろん炎はお菓子に当たって爆発し、威力を削ぐ。しかし、何発かの弾はお菓子が復活する前に、スウィーツ・ラヴァーズ本体に当たる。が――
「とっても優しい炎さん♪ あったかくて、素敵な火♪」
「……うー、つまり彼女はとっても堅いみたいだね」
「って事は、相当強めの技じゃなきゃ、通用しねぇって事か……」
だが、イエローの拳であればお菓子の爆発に阻まれる。そして、お菓子はすぐに生み出され、爆発する。となるとピンクが力を溜め、彼女のお菓子ごと吹っ飛ばすのが一番良い。
「……でも、こりゃちょっとキツいかもな」
「山羊さんいっぱいだし、スウィーツのお菓子砲撃も痛いよ」
スウィーツ・ラヴァーズの無差別攻撃、ピンクの魔法やさくたろうの力で少し数を減らされてはいるが、それでも大量の山羊さんが居る事に変わりはない。
山羊さんはイエローとピンクを囲むように、じりじりと近づいてきている。
「ちっ……まずは山羊さんを減らすっきゃねーか! 行くぜピンク、さくたろう!」
「うーうー、分かってる!」
「う、うりゅ、僕も負けないよ!」
――Ushiromiya Fantasyland 〔プリズムオブフューチャー〕エリア 15:05
「にっひひひ! 遅いにぇ〜!」
「わっ、と……!」
「ちっ……! 中々やるなぁ、ウサギのねーちゃん!」
「た、確かに兎耳ですが……私は、シエスタ45ですっ!」
「あんたたちの名前なんてどうでもいいわ。潰すだけだもの」
「それはこちらの台詞であります」
『ライブバトルステーション』の中心では、既に熾烈な戦いが起きていた。
シエスタ410と45の正確な射撃、00の近接攻撃にうみねこセブンたちは苦戦を強いられていた。
「45、アレ行くにぇ!」
「え、は、はいっ!」
「…何か知らないけど、やらせないわよ」
「私の存在を忘れないで欲しいであります!」
45と410を止めようとブルーが動きかけるが、00がそれを阻む。
レッドとグリーンも動こうとするが、グリーンは先程、彼女らの矢を避けるために距離をとった事が災いし、レッドは【蒼き幻想砕き(ブルー・ファントムブレイカー)】のチャージに時間がかかり、彼らの攻撃は届かずに――
「にひひっ、410。追撃狙撃戦準備」
「地形データ収集、射撃用データ収集。410へデータリンク」
「410データ受領。標的を捕捉。地形誤差修正。射撃曲線形成、制御点補正完了。45へデータリンク」
「45データ受領。危険区域確認。射撃準備完了。弾種選定、装填」
「410、にひ。射撃ィ!」
蛇のようにうごめく黄金の矢が、グリーンの身を狙う。だが、とっさに身体を捻って、その矢を避けていた。しかし、
「にひひ、避けたって無駄にぇ!」
「っ!? 矢が…!?」
グリーンが避けたと思った矢は、唐突に反転し、再びグリーンを追尾する。
さすがにこの一撃を避けるのは難しいのか、グリーンは動く事も敵わないと思われた。
「へっ、やらせっかよ!」
だが、矢がグリーンを捉える前に、レッドの【蒼き幻想砕き(ブルー・ファントムブレイカー)】が矢を、その名の通り、砕く。
「すまない、レッド。助かったよ」
「いっひっひ、気にすんなよグリーン!」
「…あの矢は厄介ね。破壊するしか回避策はないけど、あの速さだと、『蒼き幻想砕き』とかじゃチャージが間に合わない可能性が高いし。さっさと射撃手を倒す方が楽ね。00とか言うのが邪魔だけど」
「ブルー。だからって前のマモンやカスミンみたいに殺そうとすんなよ」
「あんたは甘いのよ。そんなんじゃ、ファントムには勝てないわ」
「あのな、あいつらも姉妹なんだぜ? 家族が殺されるのは、辛いに決まってる」
「だから何よ。あんな奴らが悲しもうがどうなろうが、知ったことじゃないわ」
「お前な…!」
レッドとブルーは睨み合う。仲間割れをしている場合でもないというのに。
無論、シエスタ姉妹がその隙を見逃すはずもなく。
「戦場で言い合うなど…隙だらけにも程があるであります」
「す、すみませんが、倒させていただきますっ!」
「にひひ、やられちまえにぇ!」
言葉と同時に、無差別に黄金の矢が乱射される。とっさに全員で散開して避けるが、また次の矢、次の矢と、避けても避けてもキリがない。
「くっ……これはかなり、まずいかもね」
「何処かで隙を見つけないと、攻撃する暇もないわね」
「ブルー! お前は攻撃するな!」
「あんた、まだ言ってるの? 私はあいつらを滅ぼす。それこそ、あいつらがやってるみたいにね」
黄金の矢を避ける合間に、レッドの声が響く。
ブルーは、そんな言葉を聞かない、聞きたくない。
そんな甘さを持っていては、駄目だと知っているのだから。
「…お前は、何で戦士になったんだよ? お前は、誰かを守りたい、って思って戦士になった訳じゃ、ねぇのかよ!」
「……わたしが、戦士になった理由? そんなの、ファントムを滅ぼすために決まってるわ」
……でも、本当に、そうだったっけ……?
一番最初、本当に幼い頃。まだ私の世界の"みんな"が居たときって、何を思って戦ってたんだっけ……?
今はもう、大分薄れてしまった記憶。12年の長い時を経て、消えてしまいそうになる、記憶。
だけど記憶の隅の、そのまた端にあった筈の記憶が、蘇る。
『俺達が戦う理由? いっひっひ、そりゃ皆を守るためだぜー?』
『うーうー! 私たちは、ファントムには負けない! 絶対に守りたいから!』
『当ったり前だ! 私たちが負ける訳ねーぜ!』
『――ちゃんも、分かるよね。その気持ちで、僕たちは戦ってるんだよ』
『じゃあ、わたしもみんなを守りたい! おにいちゃんやおねえちゃんたちを守りたいの!』
一番最初の、理由。誰かを守りたくて、大事な人を守りたくて、そこにいた。
だけど大事な人が居なくなって、私の傍には誰も居なくて。寂しくて辛くて、『みんな』ではなく、『大事な人』だけを助けたくなっていって。『大事な人』を奪っていった、ファントムをただただ憎んでいた。小さな頃の自分の気持ちも忘れて。
ファントムを憎む気持ちは、変わらない。消せるものではない。
でも。でも、うみねこセブンがファントムの敵を殺さない理由。見知らぬ誰かを助ける理由は、分かった気がした。
「っ! おいッ、あそこ……!」
レッドの焦るような声が響く。彼の視線の先には、一般人の女性――少し前、戦人たちが助けたアイス屋の店員だった。何故だか分からないが、戻ってきたらしい。
アイス屋の店員にも、容赦なく黄金の矢は向かって行く。
レッドは間に合わない。グリーンも間に合わない。彼らでは、距離がありすぎる。
間に合うのは――ブルーだけ、だ。
「…やらせないわッ!!」
アイス屋の店員と、黄金の矢の斜線上に、ブルーが飛び込む。
矢は、ブルーの左腕を貫いてしまう。メットの下で、ブルーの顔が歪む。
「ブルー!」
「っ…ゴキブリどもの攻撃にしては、中々痛いじゃない」
「そんなふざけた事を言ってられるのは、今のうちにぇ!」
にひひ、と笑う410が、再び黄金の矢を放つ。それは迷わず、ブルーの心臓を狙って飛んで行く――。
――Ushiromiya Fantasyland 〔エンジェルスノウ〕エリア 15:10
「ホンット、無尽蔵に居るよな、山羊さんって……!」
「うー……イエロー、さくたろ、大丈夫?」
「僕は平気……でも、このままだとスウィーツに攻撃も出来ないよ…」
全員で山羊の数を減らしているものの、まだ壁となる山羊さんは多く居る。
スウィーツ・ラヴァーズは未だのんきに歌ったり、気が向いた時にお菓子砲を発射してきたり、お菓子を食べたりと、余裕そうな姿を見せていた。
「あなぁたたぁちは〜♪ 山羊さんに潰されちゃ〜え〜♪」
「こんな奴らに私が潰されると思ったら、大間違いだぜ!」
「でぇもぉ〜♪ 私の所に来れないで〜しょ〜♪」
笑うスウィーツ・ラヴァーズ。たとえ行けたとしても、爆発で全てを阻む、とでも言いたげな笑顔。
「そぉしてあなたは、自分の事に、集中したら〜?」
「うるっせーぜ! お前のその喋り、やっぱムカつ、」
「イエロー! 後ろ!」
さくたろうの叫びが届く。イエローの後ろには、一体の山羊さんが迫っていたのだ。
げ、というイエローの呟き。彼女が避ける前に、山羊さんのブレードは煌めいて、
「……やらせない」
だが、そのブレードは紅き剣が受けとめる。
黒い戦闘服に身を包んだ少年――ブラックが、イエローの背中を守っていたのだ。
「うー、ブラック!」
「すみません、遅れました。……イエローを傷つけようとした罪、償え」
受けとめた刃で、迷わず山羊さんを切り裂く。その一撃で、山羊さんは簡単に黄金の蝶となり、消えてしまった。
「あぁらなんだか増えちゃった♪ 可愛い可愛い黒い子さん♪」
「……誰が可愛いんだ」
「あなたよあなた♪ イエローちゃんが大切で、守ろうとする健気な子♪」
可愛い可愛い、と連呼するスウィーツ・ラヴァーズ。メットの下で、ブラックは盛大に眉を顰めているに違いない。
「そんな可愛いあなたにお菓子のプレゼントぉ〜♪」
笑って、スウィーツは食べようとしていたお菓子を放り投げる。勿論そんな怪しいものを受け取る筈もなく、ブラックは素早く避けた。
そうすると、またお菓子の爆発。
「ブラック。あいつふざけてるけど、今見た通りあのお菓子が爆発しまくって面倒くせー奴なんだ。近接攻撃はやめた方がいいよ」
「…………うー……でも、どうにかなるかも」
「は?」
「きひひ、ピンクに任せてよ」
にっ、と笑うピンク。彼女の杖が、ゆらりと揺れる。
「イエロー、スウィーツに向かって走って、思いっきり殴っちゃっていいよ」
「でも、爆発しちまうぜ!?」
「大丈夫、ピンクが守る。うー」
イエローは少し逡巡するが、ピンクを信じて走り出す。幼いとはいえ、彼女も戦士。何か策を思いついたのだろう。
山羊たちはさくたろうが応戦してくれている。少しの間なら、彼に任せておけば平気であろう。
「……疾風付与、貫通付与っ!」
走りながら、イエローは自身を強化。拳に力を込める。
「うーっ、行くよ『フレイム・バレット』!」
イエローの横を通り過ぎて、炎の弾丸が再びお菓子とぶつかり合い、相殺する。だが、すぐにその部分のお菓子は復活してしまう。
「イエロー! 今ピンクが攻撃した所を狙って!」
「分かったっ! 『ハート・ブレイク・サイクロン』!!」
「きゃああぁぁ〜? 意外にやられちゃうのは、いやいやよ〜♪」
たった今、復活したばかりのお菓子に、当たる。
だが何故か爆発はせずにお菓子は吹き飛び、スウィーツも吹き飛ばされてしまう(歌う声は変わらないため、余裕そうに聞こえるが)。
「だぁけど…このままじゃ終わらない〜♪」
吹き飛ばされながら、イエローに向けてお菓子砲を連射する。
だがしかし、イエローはそれを予期していたかのように、笑っていた。
「だから、言ってんだろ…? んなゆっくりな弾、当たんねーぜッ!」
見事に身体を捻って、その砲撃をかわす。スウィーツ・ラヴァーズの笑みが、驚愕に彩られた。
「ブラック、行くよ! うー!」
「はい、了解しました!」
ブラックが、吹き飛ばされたスウィーツ・ラヴァーズの元に駆けて行く。ピンクは杖を構えて、
「「『スターレイン・ブレード』!!」」
ピンクの杖が振るわれ、スウィーツ・ラヴァーズは勿論、山羊さんに対しても星の雨が降り注ぐ。
その星の雨をかいくぐり、ブラックの紅き剣が、煌めく。
既にお菓子が失われた部分に、ブレードが突き刺さっていた。
「ざぁんねぇん……♪ スウィーツちゃんは、負けちゃったぁ……♪」
「最後までそれかよ」
「負けたくなかったのぉ…♪ だって負けちゃったら、またファントムの夢が遠ざかるぅ〜…♪ ……私たちは、認めて欲しい、だけなのにぃ……」
小さな小さな呟き。それを最後に、スウィーツ・ラヴァーズは、消滅した。
その言葉は、寂しげな気持ちを含んでいるようで。……何処か、後味が悪い。
「……ファントムも、なんか思う事があって、願いがあって、戦ってるのかな」
「…そう、ですね。そうかもしれません」
「うー、でもそれなら、もっと皆が幸せになれる方法を選べばいいのに……」
ブラック――嘉音は知っている。彼らが、何らかの理由で"その方法"を選べない事を。
理由までは分からない。だが、彼らだってこんな事望んでいないのだろう、と思う。
山羊さんたちも、さくたろうやピンクとブラックの『スターレイン・ブレード』で全て倒され、全員でプリズム・オブ・フューチャーに向かって走っていた。
「……つか、ピンク。さっきのお菓子、何で爆発しなかったか、分かるか?」
「うー。多分あのお菓子、生み出されたばかりじゃ爆発しないんだよ」
「え……何故ですか?」
「多分、爆発能力を付与するのに時間がかかるんだと思う、うーうー」
「へー……って、何で分かったんだよ」
「スウィーツが食べてたお菓子は、爆発しなかった。でも食べようとしていたお菓子をブラックに投げたら、爆発した。そこから推測したの」
もし違ってたらイエローはまた吹っ飛ばされてたけどね、きひひひひ。なんて言いながら笑う。……結構博打だったんじゃ、とイエローは顔を引き攣らせた。
――Ushiromiya Fantasyland 〔プリズムオブフューチャー〕エリア 15:20
黄金の矢は、あとほんの少しでブルーの胸を抉る。そんな位置で、静止していた。いや、何かに阻まれて、止まっていると言うべきか。
ブルーも、シエスタ姉妹も目を丸くしていた。何故、と。
そんな疑問に答えるかのように、女性の声が響いた。
「皆さん、お待たせしました…っ!」
「ホワイト……!?」
そこには紅き結界の使い手、ホワイトの姿があった。
彼女が結界を消すと、それに刺さって停止していた黄金の矢は力を失い地面に落ちる。
「……ごめんなさい、助かったわ」
「気にしないで下さい、仲間なんですから」
ブルーの礼に、ホワイトは穏やかな笑みを返す。
そしてブルーは、たった今庇ったばかりのアイス屋の店員に視線を向ける。
「逃げた方がいいわ。ここは危険よ」
「あ、ああ……ごめんよ、ありがとう」
アイス屋の店員はふらふらとした足取りで、プリズムオブフューチャーから走り去る。(手には、何か小さな物を持っているように見える。もしかしたら、何かをなくしてしまって探しに来ていたのだろうか、なんてブルーは思った)。
その様子を見ながら、ブルーが何処か変わったような気がする。とレッドとグリーンは頭の隅で思うのだった。
「…いっひっひー、ホワイトが来たなら、俺らの反撃のターンだな!」
「そうだね。…ブルー、怪我してる所悪いんだけれど、お願い出来るかな。攻撃」
「……ええ、分かったわ」
さっきは攻撃するな、とレッドは言った。だがグリーンは、ブルーの微弱な変化を信じる事にしたのだ。もう、ファントムを殺したりはしないだろう、と。
その心の内に気付いたのか、ブルーは鋭い視線でグリーンを睨みつける。
「……一応言っておくけど、私の目的は一切変わらないわよ。ただ、今は譲歩しておくだけ」
「うん。今はまだ、それでいいと思うよ。少しずつ、理解を示してくれればいい」
グリーンの反応を横目に、ブルーは駆ける。手には、FK−07 【キリエ】。
走りながら、その銃を連射する。シエスタ姉妹に向けて。
だが、シエスタ姉妹には当たらない。避けるか弾くか、どちらかで。
「そんなすっトロい銃弾、当たる訳ないにぇ〜☆」
「よ、410。油断は禁物です……!」
「だが、当たる軌道ですらな……ッ!?」
「当たらなくても、隙は出来るだろう?」
ブルーの銃弾に気を取られた隙に、グリーンが一気に距離を詰め、蹴りを放つ。
近接担当の00が、彼の蹴りを受けとめていた。しかし、追撃がそこで終わる筈もなく。
「いっひっひー……俺達の存在を忘れてもらっちゃあ、困るぜ!」
レッドが銃を構えている。そんなレッドの横で、ホワイトは祈るように手を組んでいた。
ただ祈っている訳ではない。ホワイトが、レッドの銃に力を込めているのだ。
「レッド、準備出来ました!」
「おうっ、行くぜ、俺達の必殺技!」
「「『白き守りの幻想砕き』!!」」
いつもの【蒼き幻想砕き】とは違う、白の弾丸。ホワイトの力も合わさっているからか、普段よりも速いそれらは、真っ直ぐにシエスタ姉妹を狙っていた。
410は数発くらいつつも、何とかそれを防ぎきる。しかし、柔軟性に欠け、とっさの事態に対応出来ない45、グリーンの対応をしていた00には直撃してしまう。
「きゃぁぁっ!?」
「くっ……!?」
「ちっ、お前らぁ……!」
「これ以上の交戦はお勧めしない。…そっちの二人は、もう戦闘は難しいだろう?」
「私一人でも、どーとでもなるにぇ! むしろ45と00は足手まといだにぇ、にひ!」
「よ、410……」
「410、やめろ! 恐らく勝ち目はない…!」
「00ともあろうものが、臆病風に吹かれちゃったのかにぇ〜? 私は負けねぇにぇよ!」
「……一応言っとくけど、本気で戦うなら容赦しないわよ」
いきり立つ410を、00が抑えようとしているが、彼女は聞く気配を見せない。
ブルーが銃を構えたとしても、410は黄金弓を手放さなかった。
「おぉ〜いッ! まだ戦闘終わってねぇよなっ!?」
「うーうー、みんな強いから終わってるかも!」
「皆さん、無事ですか」
だが、エンジェルスノウの方から欠けていた三人――イエロー、ピンク、ブラックが走ってきていた。
完全に不利であると45と00は悟っていた。410も、やや顔を顰めている。
「……でも、このままじゃ終われねぇにぇ!」
「だから、410……!」
「本気で潰されたいなら、止めないわよ。……殺すだけだもの」
ブルーの銃は、410の心臓を照準している。彼女は、外さない。それぐらいは、410にも伝わっている。
ぎっ、と410がブルーを睨んで――
「そこまでだ」
凛とした声が、その場に響く。
コツン、と杖が地面を叩く音。軽い足音を立てて、誰かがこの場に近づいてきたのだ。
うみねこセブンも、シエスタ姉妹も、その声の主を視界に入れた。
「シエスタ姉妹、ご苦労であった。しかし、今は下がれ」
「べ、ベアトリーチェ様……ですが……!」
「45。00もだが、そなたらの怪我は相当の物だ。これ以上、戦闘する事は許さぬ」
「…了解したであります」
「私は一切怪我してねぇにぇ」
「そなただけで、うみねこセブンに勝てる訳でもあるまい。一時退き、後日、万全の状態で挑むのが良かろう」
「……………」
410は不機嫌そうであるが、何も口を挟まない事からすると、了承したようだ。
そして、声の主はうみねこセブンに視線を向ける。静かな、真っ直ぐとした、瞳。
艶やかな金の髪を結い上げ、美しい花で飾り立てた魔女が、そこに居た。
「顔を会わせるのは初めてだな、うみねこセブン。妾がファントムの総指揮官、ベアトリーチェである」
ドレスに身を包んだ、美しき女性――黄金の魔女ベアトリーチェが、言い放った。
「……ベアトリーチェ、か。確かに、初めての戦いの時にルシファーが言っていたね。自らの主であると」
「で、あいつが、ベアトリーチェ……?」
「丁度いいわ。『キャッスルファンタジア』は、あんたたちの根城なの?」
「その通り、あそこは妾の城だ。貴様らに土足で踏み入る権利などない」
ブルーの問いかけに、ベアトリーチェは動じる事も、虚偽を吐く事もなく答える。あっさりとした返事にブルーは訝しむような表情を浮かべていた。
だがそんなブルーを気にせずに、ベアトリーチェは笑う。嗤う。
「うみねこセブン。貴様たちは今まで我が眷属達を倒してくれていたようだが…これからは、そうもいかねェぜ? なんてったって、この《黄金の魔女》ベアトリーチェ様が、お前たちの敵になるんだからなァ、くっひゃひゃひゃひゃひゃ……!」
「……へっ、上等じゃねぇか。首洗って待っとけベアトリーチェ! この俺がお前をぶっ倒して、ファントムの野望を潰えさせてやる!」
嗤うベアトリーチェを、レッドが力強く睨みつける。
ベアトリーチェは面白がるように、けたけたけたけたと魔女らしい笑みを零していた。
「よっく言うじゃねェか、うみねこレッドォオォォォ? その自信を砕け散らせて、妾の家具にしてやりたくなっちまうぜェ?」
「はっ、誰がなるかよ! この俺を屈服させられると思ったら大間違いだ!」
「くっひゃひゃひゃ、生意気な男よ、気に入ったッ! 次に会った時が、お前らの命日だぜェエエェェェェ!!!」
下品な笑いを響かせながら、ベアトリーチェはシエスタ姉妹と共に黄金の蝶へと姿を変え、消えて行く。
その顔に何処か陰りがあった事は、誰も気付かないまま。
ベアトリーチェ一行が消え、後に残されたのはうみねこセブンのみ。
一同は感じていた。確かに彼女は《黄金の魔女》に相応しい貫禄と力を持っていると。今の自分たちで敵うかどうか、正直分からない、とまで。
消えて行ったベアトリーチェの居た場所を見つめて、ぽつりとピンクが口を開く。
「……うー、ファントムの拠点が分かったんだから…ついに、決戦?」
「そうなるな。…だけど、俺らは負けねぇぜ。そうだろ、みんな!」
少し不安げな顔をしていた一同であったが、レッドの言葉にはっと顔を上げる。
そこに浮かぶ表情は、笑顔。
「当ったり前! 私たちが負けるなんて、ありえねーぜ!」
「そうだね。僕たちは絶対に負けないし、負けられないんだから」
「うーうー! 真里亞も頑張るー!」
「私も…微力ながら、全力を尽くします」
「はい。絶対に、勝ちましょう」
「……負ける訳にはいかないのよ。絶対に」
いつものうみねこセブンの面々。たとえ強大な敵が現れたとしても、彼らは絶対に負けないのだと、全員が信じている。
幾らファントムが罠を張ろうとも、乗り越えられる力を全員が持っていると。
【エンディング】
――ファントムアジト 15:15
うみねこセブンに出会う前、紗音と別れた後。ベアトリーチェはキャッスルファンタジアへと戻っていた。
その姿を認めたワルギリアは、ほっとしたような笑顔を浮かべて「おかえりなさい、ベアト」と声をかける。しかしベアトリーチェは、口を真一文字に結んだまま緩む事を知らない。
「……ベアト?」
「お師匠様。……次の戦いは、妾も出る」
「え……!?」
ワルギリアは瞳を瞬かせる。まさかベアトリーチェがそんな事を言うとは思っていなかったからだ。
無論、彼女だけではなくロノウェやガァプですら、動揺を隠しきる事は出来ていなかった。
「…リーチェ、どうして?」
「守られるだけは嫌だ。妾も守りたい」
「僭越ながら、お嬢様。あなたは総指揮官です。総大将は、一番後ろでどっかり構えているだけでよろしいのですよ?」
「今まで、ずっとそうだったであろう。もう、妾が出る頃合いだ」
「ですが、ベアト……」
「妾は、ロノウェの言う通り総指揮官だ。故に、自らの仲間を守る義務、責務がある。今まで守られ続け何もしなかった分、妾はお師匠様達を守るのだ」
真っ直ぐとした瞳は、ワルギリアを射抜く。
ベアトリーチェは、揺らがない。瞳が、立ち振る舞いが、口調が、全てが彼女の決意を伝えてきているようだ。
ワルギリアは、そんな彼女を見て――
「……分かりました、ベアト。ただし、あまり無茶はしないように」
「ちょっと、リーア!?」
「ベアト……総指揮官が決めたのです。私たちに口を挟む余地はないでしょう」
ワルギリアには、分かったのだ。ベアトリーチェの決意がどれほど強く、尊いものであるのかを。
だから止めない。止められない。ただ、これまで以上にベアトリーチェを守らなければ、と思うだけだ。絶対に、傷つけさせないと。
ガァプはまだ不満を持ちつつも、「……分かったわよ」と小さく呟いた。親友を危険に晒すのは本意ではないが、それは彼女の願いだ。今まで籠の鳥だったベアトリーチェが持った、数少ない願い。それを叶えてやりたいと思うのは、決して間違った事ではあるまい。
そうして宣言をしたベアトリーチェは、くるりと身を翻す。
「お嬢様、どちらに行かれるので?」
「……シエスタ姉妹を迎えに行くついでに、うみねこセブンの奴らに挨拶でもしてやろうと思ってなァ? くっくくく、この妾が直接出向いてやるなんて、滅多にない機会だぜェ! うみねこだかなんだか知らねぇが、妾に感謝せよ崇めよ奉れよォ!」
「お嬢様、少し品がないかと」
「あー、すまぬすまぬ。くっくくく、この妾が奴らを倒し、この世界を幻想の闇で包んでくれようぞ!」
先ほどまでの落ち着いた雰囲気は何処かに消え、悪魔のように魔女のように嗤い続けながら、彼女は歩く。
三人は誰も止めずに、そんなベアトリーチェの背中を見送った。
だが、全員気付いているのだ。あの口調や挑発的な態度は、わざとであると。
自分を鼓舞するために、うみねこセブンたちを挑発して憎ませて戦うしかない、と思わせるために。
もう迷わず、悩まないように、するために。
だから何も言わなかった。言えなかった。彼女の決意を、無為にする事は出来なかったのだ。
ただ、自分の力を最大限に発揮し、ベアトリーチェを守ろうと誓うだけ。
何も言葉を交わさずとも、全員その想いだけは共通していると、知っていた。
だけど三面鏡の向こう。黒い影が笑う気配には、誰も気付かないまま。
《This story continues--Chapter 23.》
※原案はチョコ・バナナさん。
執筆者はリレナでお送りさせていただきました。
《追加設定》
幻想怪人スウィーツ・ラヴァーズ
身体中をお菓子で彩った、気味の悪い外見をした怪人。
歌うような喋り方が特徴。
そしてお菓子好きで、いつでもお菓子を食べている。
生み出したお菓子は、一定時間経つと爆発能力が付与されるようだ。
『スターレイン・ブレード』
ピンクとブラックの連携技。
ピンクが星の雨を降らせて目くらましとダメージを与え、その隙にブラックがブレードで敵を切り裂く。
戦人と嘉音が連携技の練習をしているのを羨ましがり、真里亞が嘉音を巻込んで練習を始めた。
『白き守りの幻想砕き』
レッドとホワイトの合体技。
レッドの『蒼き幻想砕き』に、紗音の魔力を与えてさらに能力を強化した物。