【今回予告】
よォ!妾のお前たちぃ? 黄金の魔女にしてファントムのNo.1、ベアトリーチェだぞ。
近頃は七姉妹も揃ってやられており、大した戦果も上げられておらぬ。このままじり貧が続いては、侵略に更なる支障が出るが……どうする? ここは妾が出て、さっさと終わらせようかの……
――……む? 何、戦人と真里亞が新しい店を? ベアトも一緒だったらいいのにね……、とな。そうかそうか!そんなに妾が恋しかったんだなァ、よーし今行くぞぉ♪

二人と共に店巡りを楽しんでいた時、不意に外に出てみないかと誘われる。この広い遊園地より、さらに大きな世界があると言うのか? むぅ、これは面白い!連れていってもらおうか!
と思った矢先に起こった強烈な眩暈。何だこれは……。何故だ、何故こんなちゃちな門の前で倒れねばならぬのだ!?

その頃一体の幻想獣が遊園地内に。何やら調教が終わる前に逃げ出したそうだが……
縦横無尽に暴れ回る怪獣と戦うセブンたち、それを物陰から静かに見つめる黒き瞳。そなた、迷っておるのか? それとも……

『六軒島戦隊 うみねこセブン』 第17話 「内と外・光と闇」

教えてくれ友よ。妾は一体……何なのだ?



【オープニング】



「……まったく!」
ここはファントムのアジト。誰もいない冷たい廊下を、不快に靴を鳴らしながら歩くベアトリーチェ。彼女はいつになく不機嫌だった。
「せっかくの妾の草案を即座にポイしおって!昨日どれ程悩んだか分からんのかっ……」
ついさっきまでワルギリアやロノウェと昼食がてら、今後の方針について相談し合っていた。いつしかベアトリーチェは自分で考えた侵攻計画を揚々と見せるが、すげなく取り下げられてしまったのだった。
近頃の二人は休日返上も良い所。ベアトも彼女なりに気を利かせたつもりだったが、却って邪魔になってしまったらしい。慣れぬことはしなければ良かったとは思いつつ、特にロノウェの対応に不満を感じていた。
「まぁ? お師匠様はこの後も仕事で暇が無かったし、逡巡してはいたものの評価してくれた。だが気に入らんのはロノウェ!よく見もせずに眺めただけで『ボーダーには程遠いですな。』……だと!? えっらそうにぃ!それならお前の戦果はどうなのだっ!」
ロノウェ自身そこまで強く言うつもりではなかった。ベアトリーチェの計画はきちんと練られたものだったが、そこそこくらいだったため普段の彼でも苦笑はしていただろう。
しかし主様の案は苦言を呈すきっかけに過ぎなかった。長らく溜めこんでいた不満もあるだろうが一番の要因は一つ。
最近密かに受け持ったある難題。ベアトリーチェも認知はしているが深く関わっていない、関わらせてもらえない非常に危険な実験。
これに捗々しい結果が見られず、珍しく顔に出ても隠そうとしない程イラついていた。その憤りを自分にぶつけられ、何くそと感じていた。
「――むうぅぅぅ……!つまらぬ、つまらぬ……」
にべも無く隅に追いやられては誰でもカチンとくる。それを吐き出そうという所で足元に浮遊感。気付くと親友にお得意のワープホールで部屋から遠ざけられた次第。
しばらくは大人しくしていましょうと言われ、了承も拒絶もしない内にガァプが消えて今に至る。
「こういう時は外に出て、誰ぞからかってやらねば。うん、それが良いそれが良い。……ロノウェが外には出ぬよう言っておったが、だーれが聞いてやるものか。正面から堂々と出ていってやるっ。」
そう決心し、一旦立ち止まって振り返る。お目付け役のいる部屋の方に向かって舌を出し、またのっしのっしと歩き始める。

――そんなに邪魔なら、こちらから出ていってやるわ!妾を怒らせたこと、後悔するが良い!――

ふと淋しげな表情を見せるも、すぐに表情を変える。ふんと鼻を鳴らし、いつもの場所へ向かっていくベアトであった。










虫の居所が悪い時にはぶらつくのが一番。そう思って森から出てみたが、どうも園内全域を使った催し物が行われているようだった。
でかでかと掲げられた看板によると、こんならしい。

『あなたは奇跡のカケラを探せて? 黒猫の祭具店』

祭具……とな。祭り、といえば飲食物やら何やらを思い浮かべるが、添えられた絵によれば装飾品を揃えている様子。だが肝心の場所が書かれておらぬ。ということは、探せということ? それを示すように注意書きもされておる、今回の企画は探索が目的のアトラクションか。
「動く宝探し、か。始めてしばらく経つようだが、見つけられた風でも無い。ガァプシステムでも使っておるのか?」
謳い文句にはこうもある。『見つかる確率は奇跡。あなたは待つ? それとも追う?』と。
神出鬼没に園内を動き回る店舗。当たりを付けて動かずにいるか、どこまでも追って練り歩くか。好きなように楽しめ、ということか。
ここならではの仕掛けを使った、面白い試みであるな。南中も過ぎた頃合い、腹ごなしには丁度良い。
「……ん。あれは………戦人と真里亞?」



「――それで? 当てはあるのかよ。」
「うー。無い。」
「おいおい……。俺たち家族にすら教えられていないんだから、そう簡単に探せっこないぜ? ぐるぐる回っている内に見つかりゃ良いんだけどな………」
「絶対見つける!だから戦人も気合入れる!」
「お、おう。……はーっ。こりゃ見つかるまで解放してもらえそうにないな――」

二人も何やら探し物のようだ。真里亞の握っているチラシを見るに、二人もこの祭具店なるものを探しているのか?
万人をこうも惹き付け、尚も逃げ続けるか。面白い!妾も参加しようぞ、その遊戯!
まずは手始めにあの二人をお付きにでもしようぞ。三人寄れば文殊の知恵と言うしな。むぅ。だがただ呼びかけるのもつまらぬな。ここは一つ……くっくっく!

「ベアトは何しているのかな?」
「あいつか? そうだなぁ。どこかで優雅にティータイム、ってか。ははっ、見た目通りのことをしていると思うと、なんか笑えちまうぜ。」
「うー。失礼。」

そうだそうだ!何がおかしいというのだ痴れ者め!
唸る真里亞を尻目に尚も笑うか。戦人め……、後で覚えておれよぉ?

「いっひっひ!……それにしてもどんな店なんだろうなぁ。どういう外見なのか分かればもう少し楽なんだけど。」
「でかでかと書かれてある。黒猫が目印。」

ふむふむ、あの絵の通りで良いのか。園内のどこかにいる黒い猫を見つけて、その後は追いかければ良いと書いてあったな。見つけて追いかけさえすれば辿りつけるような風でも無かったが。

「んー。黒猫と言われてもねぇ……」
「遊園地の中に普通猫はいない。見ればすぐ分かるよ。でもどこにもいない。」
「だよなぁ。そう簡単に見つかるもんなのかよ。……、魔女ならいざ知らず。」
「うー?」
「何やってんだベアト?」
「うー!」

おぉっ?!よ、よもやこうも簡単に見つかるとは……。何故ばれた?

「よ、よぉ!奇遇だな。それにしても、よく分かったものだな?」
「いや、なーんかふと後ろ振り返ったら見えた。」
「気付かなかった!戦人、何で分かったの?」

気になるぞ。妾の気配の消し方は完璧だったはず。それが何故……

「今時木の描かれた看板持って隠れようとする奴がいるかって。」
「そうか、やはり場所に合わせたもので行うべきだったな……」

この男中々観察眼がある。案外推理物の一つを愛読書として挙げているに違いないわ!
と感心しているとあからさまに溜め息を吐かれる。何だ、何かおかしなことを言ったか?

「そうじゃねーよ。不自然この上無しってことだよ。そんなハリボテで、この戦人様を欺けると思うな? ひっひ!」

しかし下手糞な、と終いには笑いだす始末。むむむ、よくお師匠様たちがやっているのを見て使えると思ったんだがなぁ。

「そいつらきっと大真面目に隠れようとしているのと、くすくす笑いながらやっているのといると思うぞ。」
「真里亞もそう思う。シュール。」

おっと、お師匠様たちは今は考えてはいかん。特にロノウェなんか思い出したら胸糞悪くなる。封印封印。まずは話題を変えねばな。

「そ、それよりも!そなたたち、二人で何をしていたのだ? 何かを探しているような雰囲気だったが。」
「ん? ああ、そうなんだ。真里亞が新しく出るっていう店を探しに行きたいって言うんでな、半ドンで暇だった俺が強制的に。」

ほう。土曜でも休みではないのか。感心なことよ。親類も忙しいのかの? どこも同じ……って、またロノウェたちのことをっ!今は忘れる忘れる!

「戦人、嫌?」
「だってよ、探すなら皆と一緒の方が効率良かったんじゃないか? 土日毎にやるって話だろ。だったら明日とか。」
「ママはかく語りき。『初物よ!人生は初物を奪ったもん勝ちなの!分かるわね!? 初物万歳ッ!そして、どちくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』……と。」
「……頑張れ、楼座叔母さん。」

何だか妾も無性に哀しくなってきたぞ。めげるな、楼座とやら……
妾と戦人があさっての方向を向いて涙を拭く。真里亞は不思議そうにそれを見ている。分からないなら今はそれで良いのだ……

「そしてそれを真面目に取る真里亞も、子供らしいというか。それは置いておくとして。ベアトはどうしたんだ?」
「ん? 妾も少々気になったのでな。面白そうな話は大好物だ!というわけでだ、まだ探すのであれば妾がついていってやっても良いぞぉ? いつもは高い利子が付くのだが、今回は特別に途中でアイスを買ってくれれば良しとしよう!」
「へっ、一緒に来て下さいの間違いだろぉ? つか、お前ちゃっかりねだるんじゃねーっ。金出すのは俺なんだぞ。高校生厳しいんだぞ!」

と言いつつ嫌そうな顔をしないのが戦人らしい。こういう所でケチ臭くないのは好印象であるな。
隣で真里亞もはしゃぎだす。

「うー!ベアトも探そう!戦人とベアトと真里亞、三人で探す!」
「俺も特に問題は無いぜ。但し、お菓子は一つまで!良いな? 小遣いもう無いんでね。」

そこはもう少し羽振り良くはいかぬか? ふん、まぁ良い。庶民派気取りをせっついても大して出しはせんだろう。
二人の快諾に妾の気分も高まっていく。景気良く天高く拳を突き上げ出発の音頭を取る。

「異論は無いな? では行くぞ、付いて参れ!」
「お前もどこにあるか知らないんだろーが。とりあえずは散歩って所だな。」
「ベアトとお散歩!うーうー!」
「うむ!真里亞と散歩だ」!うーうー!」
「ははは、俺もいることをお忘れなく、っと。こんなにぎやかだとこういう所じゃなきゃ浮いちまうなぁ。まっ、楽しけりゃ良いか。」



「さーて、三人になったわけだが。どう探す?」
「目印は猫なのだろう? 他には何か無いのか。もっとこう、場所を限定できそうな情報は?」
「どうだ真里亞?」
「知らない。」
「だよなぁ。どっかに気の良い情報屋でもいないものか……」
「ふむ……」

そういえばお師匠様は何か言っていなかったか? 立案者が誰かは知らぬが、経営者の一人なのだから何か知っていて良いはず。

「こうやって散策しているだけっていうのもなぁ。」
「うー、絶対見つける。ママと約束した。初物手に入れたらプレゼントする。」
「そうかぁ。なら、張り切って、と行きたいんだが……」

戦人が言うにはそろそろ機嫌が悪くなる頃らしい。小さい子特有の何とやらだそうだ。探そうと言った手前、見つけられずに悲しませてはいかぬ。むぅーん、何か言っておった気がするのだがなぁ。

「戦人は何も分からぬか?」
「そりゃあな。秘密の企画だし、噂も流れてこなかったからな。今日になって初めて知ったくらいだ、どうにも――ん?」

と、手を繋いで歩いていた真里亞の足が止まる。横道をじっと見つめているが、何か見つけたのか?

「真里亞? どうした。」
「……うー。」
「何かいるのか? ――む。」

ある一点を凝視する真里亞。この先は森の奥へ通じる道だが、昼間といえど少々見辛い。あの暗がりに何かを捉えたか。

「……猫。猫だ。」
「猫? 本当にそうだとすると、走っていたか?」
「うー、見てる。黒猫、ずっと見てる。奥で止まって、見てる。……うー。」
「んー……」

戦人と共に目を凝らす。どうやら件の黒い猫らしいが、あの極小の点、よく見ると生き物らしい物体がそうか?
しばらく見つめていると点がふっと消える。それに合わせて真里亞が走り出す。

「お、おい真里亞!」
「追うぞ戦人、ぐずぐずするな!」
「あ、えっと、おう!」

これは幸運と言うべきか? それとも見間違え? 何でも良い、まずは行動あるのみだ。待っておれ、奇跡の黒猫よ!






一方その頃。
「ロノウェ様!」
一人、否一体?の山羊が悪魔の執事に話しかける。
ベアトリーチェと喧嘩別れをした後、ロノウェは終始表情を曇らせたままだった。ここ数日よく見るものだったが、今は拍車を掛けて暗い顔をしている。
「……どうかしましたか。」
笑顔とも言えない顔を取り繕うこともせず、走り寄ってきた部下に応じる。
「かくかくしかじか……」
事のあらましを聞いていく内、苦笑いが零れる。
抱えていた案件が悪い方向へ行ってしまっている。予想通りといえばその通りだが、現実となるとやはり――。そんな様子が垣間見られる。
「……やはりそうなってしまいましたか。来た時にはいずれこうなるやも、と申し上げましたのに。やれやれ、彼らにも参ります。待遇の差こそ違えど、同じ目的のための同志でしょうに。」
「お察しします。して、如何致しますか?」
「しばらく様子を見ましょう。――これも下に就く者の定めですかねぇ。」
自虐的に小さく笑うロノウェ。しかしすぐに顔を引き締め、賢い山羊さんへ細かな対応を言いつける。
部下がいつもより大きな足音を立てて走り去る。それを見送りながら、抱いてきた恐れの開花に思いを巡らせる。

――せめてここだけでも守らねばなりませんか。困ったものだ……――

深い溜め息を一つ。そして己の仕事を全うするため、今一度心の中で喝を入れる。
彼も一人本部を後にする。後ろ姿は急ぎ足ながら、纏う空気は常と同じ優雅さが戻っていた。










果たして妾たちは件の店に辿り着いた。そして今はその帰り道。
今でこそ笑い話を茶菓に散策再開、だが数刻前は地獄に等しい時間だった。僅かとはいえ体が悲鳴を上げる瞬間が永遠に続くかという恐怖を味わった。

「ふーっ、一時はどうなるかと思ったぜ。」
「うー!とっても楽しかった!」
「走ってばかりで疲れたとしか思えなかったがのぅ……。妾は爽やかな汗をかくより、知的な営みに心血を注ぐ方が好きだぞ。」
「はいはい。まぁ良い運動になったんじゃないか?」

戦人はああいうが皆全速力、更には森中をあっちこっちと走り回ったため息も絶え絶え。店に着く頃には妾はおろか戦人ですらぼろぼろになっておった。真里亞? 小児の体力は無限大というてな……すげぇよ子供。
その後は三人して発見記念にもらったラムネを並んで飲み干した。一気に飲んだから三人とも揃ってむせたがな。それでもとても爽快だった。一人がくすくすから大笑いに、そして店主と四人で爆笑。何とも馬鹿馬鹿しい、そして小気味良いものだった。

「売り子は男一人だったが、あれだけ抱えてこれまで園内中を練り歩いていたとはな。」
「ははは、確かに。真里亞追い掛けるのにぜぇぜぇ言っていた俺たちとは比べ物にならない程体力あるよなぁ。そしてその人の場所をきちんと察していたあの猫も凄いぜ。」
「きっと奴の行動パターンを読み切っているに相違無いわ。まるで長年連れ添った相方よのぅ。……羨ましい限りだ。」

あの黒猫、店主の青年が言うには案内役だったらしい。走る看板娘といったところか。
本気で追い掛けてくる者には必ず奇跡を見せる、それに向かえない者は容赦無く残して去る。一見慈悲も愛も無いように見えて本当は優しい子だと話していた。本人――本猫は振り返ってこちらを見るそぶりはしたものの、すぐに走って先に行ってしまったから優しさなんて感じなかったがな。妾たちが着いた頃には悠々と木陰で休んでおったし、後で寄っていってもそっけなかった。あれでもそういうものなのか? むーん……

「にしても従業員の人をあいつって言うのは気が引けるけど、そう言って良い程気さくな好い人だったな。」
「戦人と似た感じがした。知り合い?」
「じゃねぇけど、どこか親近感が湧くぜ。ああいう男友達は良いもんだ、お互い腹割って話せそうな雰囲気だったな。」
「お互いに口説いてきた女の話でもするのか? くっく!」
「んな!俺がいつ女口説いていたよ。てかお前俺の日常知らないだろうが。」

知らずとも分かるわ、きっと星の数程の女性を泣かせてきたに違いない!きっとあの男も大層な、えっと確かスケコマシ……か?であるだろう。根拠は無いが絶対そうだ。うむ!
ところであの青年、今日は自分の当番だと言っておったが何故か哀しそうな眼をしていた。まさか本来は当番制ではない? よもや罰ゲームか何かなのでは……
っと。話が逸れたな。
猫の巧みな案内術に翻弄されながらも見付けた黒猫の祭具店。やはり普通のアクセサリー屋だった。品自体もよくよく見てみれば子供向けの偽物宝石等が大半。さりとて値の張る物は置かれていなかった。
だがそれ自体に何の意味も無かったのだろう。売り子の男も言っていた。

『確かにこいつはいわゆる偽物だよ。俗に言う宝石の構成要素は皆無、単なるガラス細工だから何にも詰まっちゃいない。子供の時分によく飛び付く、単なるおもちゃの宝石。でもさ、それに思い出っていう“本物”を入れてやればどうだ? 走って走って、ようやく見つかった場所にある色とりどりの宝物。例え何億とするダイヤやルビーだって、この数百円しかしないガラスの欠片に勝てやしない。そう考えると、中々良い企画だと思わないか?』

本気で駆け回った後の冷えた飲み物は老若男女に総受けだけどな。素直に目を輝かせていた真里亞に微笑みかけながら、そうつけ加えつつ彼は言った。妾も戦人も理解できた。
辿り着いた結果にあったのが偽物でも、過程が辛く苦しく、それでいて思い返して微小でも快いものであったなら。その贋物でしかなかった玩具は楽しい思い出という魔法で、この世に二つとない宝物に変わる。
ふっ、まさに無限の魔法ではないか。あの男、年若い形の割には既にその境地に至っておるのか。かつて何か大きな存在を打ち破ってきたに違いない。

「つーか真里亞、荷物持ちがいるからってこんなに買って。皆に配るのか? 全部叔母さんにじゃないよな。」
「皆にあげる!それと猫さんとの勝負も話す!うー!」
「真里亞の見事な粘り勝ちであったなぁ。根気強く追い続けた結果だ、誇って良いぞ。」
「ありがとベアト!真里亞勝った。ママ褒めてくれるかな?」
「ああ。きっと褒めてくれるさ。こんなに良い顔しているんだからよ。なんなら俺が先にしっかりがっつり褒めてやろうか? いっひっひ!」

ママが良い、うー!と真里亞が唸る。戦人も分かっているよと手をひらひらさせる。その度に、袋一杯に詰まった思い出が軽やかな音色を奏でる。
三人で過ごす和やかな時間。とても心地良い。何か考えていたような気がするが、まぁいいや。やはりこういうのが一番よのぅ。

「ベアト、やけににやついているな。」
「今日一番の笑顔だねとでも言えんのか。」
「へーへー。……楽しかったな。」
「うむ。悪くはなかったぞ。」

こんな一時がずっと続けば良い。こんな時間を無限の魔法で続けられたらとても素敵。
だがもう楽しい時間は終わりに近づいていた。あらぶるものの地響きは静かに確かに、我等の足元に迫ってきていたのだった――










「――はいもしもし? あぁ父さん。……え? ファントム!? いや、私は気が付かなかったけど……」



「うん、……うん。まさか!突然気配を発するだなんて、そんな怪人聞いたことが……。あのガァプだったらそんなそぶりさえ見せずに事を運ぶだろうし。じゃあ一体……?」



「……いえ、私も聞いたことがありません。でもさっき確かに突然怪人の、これまでより遥かに強力な波動を感じました。ですが隠されていたとしてもあの大きさは私たちでなくても……」



「「「これは……どういうことなんだ?」」」









「……あれは……」

気付いた時には惨劇は始まっていた。
木陰で思案していた嘉音。一際大きな叫び声に思想の海から引き揚げられた所だった。周りを見ると一目散に逃げ出す者、腰を抜かす者とそれを助ける者、各人様々にそれから遠ざかろうとしていた。

「あれだけ大きな怪人――いや怪獣か? どこに置いていたんだろう。幹部級でなければ知らされなかったとか……なのか。」

既に嘉音も遠巻きに観察できる位置まで退いている。付近に建物が無いため、辺りで一番背の高い木に駆け上がって注意深く見守っていた。
と、怪獣が残してきたと思しき足跡に鈍く光るものを見つける。注視するとどうやら拘束具か。それもうっすらとだが魔法的な処理が施されていた風にも見える。

「――ッ!? 凄い……絶叫だ……っ!」

状況把握に気を取られていたため再度響く咆哮に耳を防げなかった。その大音量に押される形で眼下の人々が数人倒れ込む。
牛を思わせる風貌はとてつもなく大きい。
その巨躯からも納得の雄叫びは至近距離なら常人なら気絶しかねない。ショック死すらあり得る。
コンクリート製の固い壁をやすやす突き抜く太く鋭い両の角。人間の貧弱な体など造作もなく破れるはず。
四足は丸太など比ではない程の筋肉で覆われ、それを支える蹄は力を込めれば舗装路をいとも容易く踏み抜く。
これ程までの幻想が、我がファントムにいたとは。当然と思えば当然、だが今までと比べると遥かに攻撃性を増している。果たしてこれは――

「まさか……脱走? いや、管理体制はきちんとしているはず。それじゃあ……故意に? ――ッ、くうっ!!」

そんな思案の途中、耳の奥が鋭い痛みに襲われる。自分から遮蔽物が無い空近くに赴いたせいだが、それ以上にあの幻想の獣は凄まじい唸りを上げている。そこいらを駆け回って手当たり次第に破壊する度に叫ぶ。お陰で耳鳴りは治まらない、どころか悪化の一途を辿っている。

「……うみねこセブン!」

ふと後方に目をやると、地鳴りに戦きながら三人の勇士が全速力で走っていた。視認できるのは黄・緑、そして――白色。
このままだと鉢合わせる。今でこそ誰も木の上など見るわけもなく逃げているが、こちらに来る以上目に入る可能性は大。一旦降り、過ぎるまで隠れるか?

「――はっ!」

僅かに木の葉を舞わせつつ速やかに着地、通るであろう道からは見えない木の裏側に背を付ける。
そして数秒経たない内に三人は走り抜ける。敵対する自分がいるとも知らずに。
何か言い合っていたが大騒ぎで聞こえなかった。あるとすれば今いない残りの仲間のことか。いの一番に駆けつけそうなのはレッドだが、彼らしい気配は後にも前にも感じられない。恐らく仲間が集まっていないことに不安を感じている所か。

「それにしても……」

嘉音の頭によぎるのは疑問。
パレードの時間帯でもない。動物園でもないのだから脱走も基本的には無い。
あんな獰猛な獣だ、幻想であろうが本物であろうが見れば必ず何かしら噂されていて然るべき。それがアナウンスも一切されていなかったし、目視していたのなら今の今まで誰も逃げるなり離れるなりしなかったのは何故?
――そもそも僕だって傍にいた。否、正確に言えば僕の傍で奴は姿で表した。もっと言えば、……突如出没した。何らかの魔法を使っていたとか?――

「……ロノウェ様?」

不意に強い魔力を感じ、横に目をやる嘉音。
ロノウェだった。その視線はあの怪獣に向けられている。今は任務に赴く者に相応しい精巧な顔つきをしているが、どこか虚ろで心ここに非ずという印象を受けるのは気のせいか?
声を掛けようか迷っていると当人も気付いたらしく、ふっと微笑み挨拶する。

「……おや。嘉音君ですか。元気にしていましたか。」
「はい、心身共に壮健です。……ロノウェ様、あれは一体?」
「見ての通り怪人です。それ以外にどう見えますかな? ぷっくっく!」

人間の余興にしては手に余りそうですねぇ、といつものように一人含み笑う。だがその挙動もどこか惰性的。別段行動が活発な方ではないが今は特にそうだ。覇気が見られないといったところか、と嘉音は黙考する。
周りの音だけがひとしきり鳴り渡り、徐々にそれも消えていった時だった。様子を眺めるだけのロノウェに嘉音が問いかける。

「……ロノウェ様。あれについてのことなのですが。ロノウェ様は何か御存じでしょうか。」
「はい。それはもう、関係大いにありですねぇ。私の知っていることで構わないのであれば教えましょう。」
「有り難う御座います。――まず、あの怪獣そのものではないのですが聞きたいことが。言葉を選ばすに申し訳ないことではありますが、これまでのものとでは比較にならない程強い気を発しています。そして実際に凶暴で、いつになくらしくというか、正常に破壊工作を推し進めている。何と言いますか、本気の度合いが違うというか……」
「良い指摘ですね。……ええ。あれは本国からのサンプルです。曰く、『自分たちの本分を再確認せよ。』とのこと。いやはや、口調は穏やかでしたが、あれは全くそうではない。」
「本国から……。ということは、七姉妹が悉くやられていることや、……紗音の離反等が?」
「そうなのでしょうね。彼等からすれば、見事に手を尽くされた手抜き、だそうですよ。困りましたねぇ、明日から本気を出すと申したのですが。ぷっくっく!」

また笑う。笑顔ではあるが、そうではない。憤怒、自虐、苦悩、そんな負の感情を押し殺すための仮面。
辛い立場に置かれているのは自分だけではない、そう感じる嘉音。そしてそれを表に出さない責任ある者としてあるべき姿を見せるロノウェに、尊敬と悲哀の籠もった視線を向けるのを憚らなかった。

「僕たちは……間違っているのでしょうか。敵から見ても、味方から見ても。」
「その判断はあなたが決めなさい。……まだ時間が必要でしょう。」
「そんなことはありません!僕は……人間ではない。だから……」

人間に見放された者。それはすなわち人間であることを許されなくなったということ。
紗音と嘉音、二人は人間をやめさせられた。だがそれを受け入れたのなら、自ら辞めたに等しい。だからこそ彼等は家具であるはず。

――にも拘らず、また人間に戻ろうとするなんて。紗音は愚かだ。僕には……できない。しちゃいけないことなんだ。――

あの怪獣が現れて忘れていたが、未だそのことについて悩んでいた。結局答えは出ないまま。
判断のつかない問答に嘉音は一度区切りをつけ、今し方暴れている怪獣について尋ねることにする。

「申し訳ございません、話を戻します。よろしいでしょうか?」
「ええ。まずは名前から教えないといけませんか。あれはアバレタオックス。牛の見た目にこの名前、まさに名は体を表すですねぇ。ぷっくっく!」
「アバレタオックス……ですか。では――」
「好きにお聞きなさい。あれが何故誰にも気づかれずに園内を闊歩できたのか、ということ以外なら。」

やはり何でもお見通しか。恐ろしさを感じつつ肯定し話を進める。

「……何らかの魔法、いや遠目に見えましたがあの拘束具で?」
「ええ。殆どの動きを制限しますが外れるまでどんな方法でも認識させない物品です。視認はもちろんレーダーすら確認不可能、例え見える範囲にいても何もいないと認識される。質量は今の所そのままですがね。“フォースバインド”と呼ばれる隠密・奇襲用武装の試作品だそうで、侵攻も兼ねてそれぞれテストしておけと言付かりました。ファントム内にいれば効果が出ないため問題無く管理できるのですが、行動制限も作動しなくなるのが課題でしょうね。」
「通常の拘束具では奴を止め切れなかったということですか……」
「そうです。調整し切れていれば下級の山羊でさえも操れる程従順な怪人ではあります。だが元々この世界には存在しない生物です。地球の環境が合わなかったのでしょう、当初は大人しかったのですが目に見えてストレスを溜めていきました。それだけが要因ではないようですが。」
「そして募らせていた憤りがここに来て爆発……、ですか。」
「出たら出たでフォースバインドの力で束縛されて、更に不満を溜めたことでしょう。あの爆発ぶりは聞いた以上ですよ。いやはや、ここまでの逸材を任されるとは。」

ロノウェの口ぶりから多少の悪意はあるものの、少なくとも能力については高い評価を受けている牛の幻想獣。嘉音にはそれでも尚ロノウェの心が晴れないのが不思議だった。

「ですが、あれならうみねこセブンは一網打尽。暴走しているとはいえ問題は無いのでは?」
「困ったことに、未だに壊して良いモノと悪いモノの区別がつかないのです。それが人だろうが山羊だろうがお構い無し、それこそ我々やベアトリーチェ様であろうと容赦しません。ファントム本部も例外ではありません。」

前者は対処可能ですが、後者が地味に痛いですねぇと朗らかに笑う。笑いごとではないだろうと青ざめつつ、嘉音は再度暴れ回る猛牛を見やる。

「つまり……攻撃対象にされたら損害は免れ得ないということですね。」
「見えるモノにひとしきり攻撃する分かりやすい性質なので、進撃の調整に気を付ければ心配は無いでしょう。もしもの時は私が止めに行きます。所詮は怪人ですからね。」

所詮と言い放てる所が幹部の幹部たる所以か。今一度ロノウェの力に畏怖する嘉音だった。
すると今までの騒ぎが嘘のように静まる。どうやらようやくセブンたちと対峙したようだ。

「かなり遠くまで駆けていったようでセブンの方々も大変そうだ。あの先は西部劇の催し物がありましたか。」
「はい、ワイルド・ウェスト・シューティング周辺の荒野エリアですね。」
「ショー会場から飛び出た本物の猛獣が荒野を行く!B級映画にもってこいの構図ですねぇ。そういうのは嫌いではありませんよ。ぷっくっく!」
「近付きますか? それともこのまま?」
「見えさえすればすぐに向かえます。高みの見物と行きましょう。」
「分かりました。では僕は監視を行います。」
「頼みますよ嘉音。」

頷くと即座に元いた枝へ跳び上がる嘉音。
少々遠くはなったものの目を凝らせば人影が見えた。
そして三つの輪郭と比べて格段に巨大な塊。
三対一となっても負ける要素が見当たらない。質量は段違い。実力も相応。
勝てる。勝ててしまう。
嘉音は味方である怪獣に安心感と一抹の不安を、そして敵であるセブンたちに何とも言い難い感情を覚えるのだった。










少し遡って戦人たち。

「今日は大分脚使ったなー。筋肉痛にでもならなきゃ良いんだけど。」

しばらく適当にぶらついていた戦人たち。そろそろ門が見えてくる所までやってきていた。
昼を過ぎ腹も空いてきた頃。

「軟弱な。若い者。それも男があれくらいで疲れてどうする。」
「そういうお前だって時々脚さすってんじゃんか。」
「むむむ……」

飽きもせずお互いに罵り合う。だがそれも同じ戦い?を潜り抜けた者同士の挨拶のようなもの。嫌悪感のない、爽やかな雑談。今日という日を心から楽しんでいた。
そんな折一番気に入った宝石を眺めていた真里亞が戦人の袖を引っ張る。どうやら楼座のことを思い出し、自分の成果を報告したくなったようだ。

「戦人、真里亞早くママにこれ見せたいから戻る!」
「ん? そうか、じゃあ……」

本部に行こうかと言おうとして無関係のベアトがいることに気が付く戦人。下手なことを漏らして皆に迷惑をかけるわけにもいかず、ひとまず園外へ出てから別れようと思いつく。

「――今日はここらで帰るとするか。じゃあなベアト、また今度な。」
「何だもう行くのか? むぅ、つまらん。だが真里亞も母親のために頑張ったのだし仕方あるまいな。」
「うー、また今度もっと一緒に遊ぼう? 今日は御免なさい。」
「そうか。妾も少し休みたい、一服も兼ねて今日はここまでとしようぞ。」

また今度、そんな約束が当たり前のようにできる程彼等は仲良くなっていた。
だから戦人も自然に、あることを提案していた。

「ん、そうだ。まだ暇なんだろ? 真里亞を送りがてらどこかぶらつこうぜ。腹も減ったことだしな。」
「む? だから今日はここまで――」
「園内ではここまで、だろ。外で……ってことだけど?」
「外?」

外。この遊園地という囲いから抜け出た世界。
外。言われなければ思いつきもしなかった世界。
その何の気無しの提案が、彼女の心に興味という芽を出させる。

「戦人ー!早く行くのー!」
「ああ、わりぃわりぃ!ほれ、来いよ。たまにはここ以外で食う飯も良いもんだぜ。」
「ん、あ……あぁ。」

それはほんの些細な一言。
それがどれだけ重い一言か。
彼等は気付いていない。






「きゃっきゃっ!」
「おいおいそんなに走ると危ないぞ真里亞!ったく子供って奴はやんちゃでいけないぜ。」

弾けんばかりの笑顔で門を駆け抜けていく真里亞。それを見て肩を竦める戦人がいつものように軽口を叩く。

「……」

答えは返ってこない。
求められた女はただ前に開けた向こうの世界に目を向けていた。

「お? 何だよ、そなたも子供だろうにー、とか言わないのかよ?」
「……なぁ戦人。」

半笑いだった戦人に真面目な顔で問い掛けるベアトリーチェ。

「どうした。」
「――この先には何があるのだ?」
「は?」

それは全く以て不自然な問い。
しかし彼女には何も分からなかったのだ。だからその問いは間違っていない。

「この門をくぐったら、何が視えるのだ?」
「何が見える、って……普通に街並みじゃないか。後は人通り? それがどうかしたかよ。」

いつしかスカートをぎゅっと握りしめていた。手にはうっすらと冷たいものが浮かんでくる。
足が重い。時折小刻みに震える。それが疲れから来るものか、今や定かではない。
――それは一種の不安。
子供の頃、小学校に初めて行った時は緊張したことがあるだろう。見知らぬ土地であればどこでも良い、とにかく未開の地に赴く時どこか怖い気持ちがあっただろう。
目の前に広がる世界は関心をそそるものばかりではない。ある程度危険なものを知りつつある中で、知らない世界に飛び込むことは躊躇われるもの。

「……」
「おい、ベアト……?」
「――怖いものは、無いか?」

自分のやってきたことを否定された。そんな中自分の常識が通用しない世界に素直に行けるか?
自分を蔑ろにした者たちから離れられるとも思った。だが離れたら会えなくなるかもしれないのではないか?
興味は尽きぬ、だが頼れる者は――

「どうしたよ、この俺が近くにいるのに怖いものなんてあるか?」
「――!」

――否、何を恐れるか。
妾は黄金の魔女、絶対無敵のファントムの主。
そしてその隣には――

「……?」
「……いや、何でも無い。行こうぞ戦人。案内せよ、外の世界とやら!」
「……へっ、御意。姫様の御心のままに、てか?」

差し出されたのは大きな手。
握る。
動かすのは鉛入りの細い足。
滑らす。
太陽のように熱い掌が妾を掴み、力強くあちらへ引っ張っていく。
連れていってくれ。
霞がかった心の底から何かが告げる、か細くもこちらへ戻れと叫ぶ。
構うものか。
あちらとこちらの境目が近付く。
ああ、その先には何が――



――あれ?――

――身体が、動かぬ。――

――耳が、遠い。――

――目が、回る。――

――光が、弾ける。――

――闇に、覆われる。――

――世界が、暗い。――

――……世界って、何だ?――

――ここは、どこだ?――

――妾は、……何だ?――










「レッドたちは!?」
「園内にはいる!でもまだ時間掛かるって……」

アバレタオックスの破壊活動を止めるべく飛びだしたグリーンたち。
しかしその巨体から繰り出される重い突撃を止めるには、残念ながら味方の数が少なかった。
建物に猛進する所に横やりを入れてもみた。
逃げ遅れた人々に追撃を仕掛けるのを正面から対抗してもみた。
分かったことと言えば、圧倒的な威力の差。

「厳しいな……、ホワイト!あとどれくらい耐え切れる!?」
「うぅ……ッ!もう、長く持たないかも……」

無論ホワイトの防御はとても優れているから、そうそう破られはしない。
グリーンもイエローも一撃を加える隙さえ見つかれば、すぐにでも反撃する準備はしている。
だがその隙が生まれない。相手はただ闇雲に走り続けているだけにも拘らず、だ。

「畜生、防戦一方じゃないか!あれだけ突進し続けて、まだ動けるのかよ!?」
「遠巻きに注意を逸らそうにも僕等の遠距離攻撃じゃ焼け石に水だし、真っ向からぶつかろうにもあと一人は攻撃を支援してくれる人がいないと……!」

絆の力が彼等の武器。それが今はまだ揃っていない。
まさに総力戦の様相を呈していた。






「……凄い力だ。」

嘉音も遠巻きに監視をしつつ、一体だけで三人と拮抗し今や優勢を得ようとしている荒れ狂う獣に驚愕していた。

「確かに恐ろしいまでの強さだ……。見えるもの全てを破壊し尽くす。それだけに特化しているからこそ、あれだけ痛打を入れられても突進することだけはやめない。」

セブンたちも一応アバレタオックスが動きを止める瞬間に攻撃を当てている。それまでの怪人だったら倒し切れるはずの大技も使っている。怪獣の方も当初から比べれば遥かに動きも落ちてきているのだ。
予想の通りの完勝とはいきそうになかった。だが尚怪獣の強靭さは際立っていた。彼らの敗北も有り得ない話ではないだろう。

「足は動くから、走る。動けるから、壊す。できるから、……やり続ける。」

心中どんなものかは分からない。そもそも奴らに心なんてあるはずがない。
それでも、他者からの悪意によって集積された怒りは、そして生来持ち得た折れぬ闘志は、嘉音に強く響いていた。

「ふん、馬鹿馬鹿しい……。何を考えているんだ僕は……」

不意に、遥か後方人混みを掻き分け進む者たちの気配を感じる。
その力強い意思は、彼らの要。

「うみねこレッド、うみねこピンク……!」

討つべきか?
ロノウェ様は特段指令を下されなかった。それでも状況に応じ動くのが臣たる者の務め。
だが……それで良いのか?

「……良いさ、きっとあいつらもアレにやられる。そうしたら後始末を代わってやれば良いんだ。僕自ら出る場面じゃない……」

そう決めた。そう言い聞かせた。
そして気付くそぶりも見せず走り去る二人を虚ろに見下ろし、嘉音はまた観察に戻る。何についての観察か、定かでなくなりながら。



「悪い、遅れた!……こいつか今度の敵は!」
「うー……酷い、皆めちゃくちゃ。全部……こいつが?」

五人が揃った時、辺り一帯はまさに荒廃した土地となってしまっていた。演劇のセットなどでは生み出せない、生半可でない現実の荒野。そのあまりの甚大な被害に、レッドもピンクも苦虫を噛みつぶしたような顔を浮かべる。

「おせーぞレッド!」
「待っていたよピンク!さっそくだけど陽動を頼むよ。あいつの目を回してくれるかい?」
「野郎、こんなにめたくそにしてくれやがって……。お返しは三倍どころじゃねえな。百倍返しにしてやるぜ!」
「うー!……下がってホワイト!さくたろ、皆と一緒にあの牛みたいなのの前を飛んで回って。」
「うりゅ!」

もう何度盾を構えたか数えるのも忘れる程ぶつかり合い、心身ともにぼろぼろなホワイト。
自慢の拳を打ちつけても手応えどころか反動ばかり食らい、煮え切らない気持ちに溢れるイエロー。
戦場の崩壊を何とか防ごうと画策するも自身の疲労に負け、結局為されるがままの状況に苦心するグリーン。
三者三様だが、全員が疲労困憊。誰もが気を抜けばじり貧になる戦いに心を砕いていた。そんな様子を見てレッドは済まなそうにするも、すぐに顔を引き締め最後にしたい戦略会議を始める。

「状況はすこぶる悪い、けど二人が来てくれたなら引っ繰り返せるはずだ。もう一度正面から盾で防いでもらって、抑えている内に僕等が左右から叩く。足を集中的に狙ってきたからそろそろ止められるはずだ、体勢を崩したらレッドにとどめの一撃をやってもらう。」

砂の上に簡単に図を描きポイントを指し示すグリーン。話は簡単、受ける者、崩す者、そして撃つ者。役割を分けて叩く、それだけ。本来ならすぐにやれていたことだけに、レッドも作戦の単純さを笑う余裕は無かった。

「初めから最後まで戦ってくれたのに、遅れてきた俺が良いとこ取りか。こいつは後に引けないな。」
「精々きっちり仕事しろよ? 言っておくがあいつの突進をまともに受けちゃ駄目だぜ。何度か額を小突いてやろうとしたんだけど、向かってくる時の風圧やら威圧感やらで動けなくなってさ。だから正面は絶対にホワイトに任せる。卑怯な手だけど背後からやるしかないぜ。」
「まともに立ち合ったら万全でもきついか……、恐ろしいな。おし分かった。ただ皆満身創痍だろ? 特にシールドはもうそんなに出せないんじゃないか? どれだけ耐え切れそうだい? 案外まだまだバーンと跳ね返せない?」

ようやく前線から離れることができ、息を落ちつけていたホワイトに尋ねる。あれだけの圧力を受け続けられる力は素晴らしいものの、それすら無かったらと考え身震いを抑えきれない。和ませようとした軽口もやや上擦ったものになる。

「いいえ。回復に回す力も防衛に費やしてしまいましたから、できて一・二回全力の突進を受け止められるかどうか……」
「こうなるとピンクにもまだしばらく陽動してもらわないとね。行けるかい!?」
「うー、任せる!皆を守る!頑張れさくたろ!」

グリーンが向かいの瓦礫の影にいるピンクに声を掛ける。今もさくたろうたちに指示を出し、つかず離れずの威嚇を行わせていた。いきなりのことだが疲弊した相手のため何とかこなせているようだ。

「おっ、闘志満々だな。頼んだぜー!……まったく、ここまで苦戦するとは思わなかったぜ。一体何やっていたんだよ? 事と次第によっちゃ……」
「駄目だよイエロー、今は戦闘に集中するんだ。――ただレッド。詳しくは聞かないが、後で親族の皆でパーティーをする予定でね。時間は開けておいてくれよ?」

二人の視線が痛い。しかしその眼も強い怒気は無く、むしろ期待に満ちていた。

「おお、こえー。どんな歓迎をされるんだか。――野暮用があってな、あのまま放っておくわけにもいかなくってさ。埋め合わせは……こいつでするぜ!」

希望を託されたレッドのコアが強く光り出す。増やしてしまった被害への申し訳無さ、悲しみを生んだ悪を憎む気持ちに呼応する。

「それじゃあ行こう。号令、頼むよ。」
「ああ!うみねこセブン、出撃だ!」
「「「「了解!」」」」






「これ以上の好き勝手はさせねぇ!うみねこレッド!」
「猛獣退治の総仕上げだぜ!うみねこイエロー!」
「そろそろ怪獣ショーも幕引きだよ。うみねこグリーン。」
「もう壊させはしない!うみねこピンク!」
「守り切ってみせます。うみねこホワイト!」

五人の掛け声に猛牛の咆哮が応える。激しい攻防を続け、尚も叫ぶことができるのはその強靭な肉体ゆえか。それとも?

「ぎっ……!何だよ、まだこんなに張り上げられるのか?」
「さぁ来るよ、ピンク!ホワイトの後ろで待機して。突進してきたらとりあえず邪魔してくれ!」
「うー!さくたろ、準備は良い!?」
「うりゅ、いつでも良いよ!」
「イエロー!右から頼むよ、僕は左からだ!進行方向を盾の方にする、真っ直ぐ向かってこちらに誘導。ある程度近付いたら横に急旋回して一旦離れて、ぶつかり合ったら左右を突く!」
「要は真正面からと見せかけて横からドンッ!だろ? 任せとけ!」
「レッドはあいつが走り始めたら裏へ回り込んでくれ!」
「レッド、私のことは気にせず全力で攻撃してください。そうじゃなきゃ止められないはずです。お願いします……!」
「大丈夫……だよな。信じるぜホワイト!」

確認完了と見たか、全員が前に向き直した瞬間嘶く声と蹄の音が鳴り響く。

「今だ、走れ皆!」
「おっし、回り込む!」
「行くぜ兄さん!」
「シールド……展開!」
「さくたろ、皆、ホワイトを守って!」

黄色と緑の閃光が真っ直ぐ走り抜ける。
その横を大回りに赤い閃光が駆ける。
獰猛な黒き粉塵を白き盾が迎え、桃色の守護隊が脇を固める。

「……それっ!!」
「……よっ!!」

ほぼ直角に二つの光が分かれる。そして盾と頭蓋がぶつかろうとした刹那、高速の拳と脚が地を踏みしめようとした両足に飛来する。

「突き崩す!『破岩魔王脚』!!」
「連撃必倒!『破魔連撃拳』ッ!!」

勢いを殺された猛牛の突き、だがそれでも衝撃は重く盾にぶつかろうと倒れ込むことは無かった。

「ピンク、囲んで!」
「張り付いて、さくたろ!」
「うりゅりゅりゅー!!」

退きながらグリーンが指示を飛ばし、続け様人形たちが取り囲み動きを抑える。我を忘れた猛牛は盾を突き破ることしか頭に無い。

「後ろはもらったぜ、……行くぞ皆!唸れ幻想砕く弾丸よ、突き破る!『レッド・ガンナーズ・ブルーム』ッ!!」

様々な思いを込めた必殺の弾丸が、蒼き閃光となって放たれる。土砂も瓦礫も纏めて吹き飛ばし、光の波動は狂獣の背中を覆い尽くす――






「勝った……?」

噴煙が収まった時、そこにはあえなく横たわる牛の怪物がいた。

「……へ、へへっ。やったぜ、俺たちの勝ちだ!」

他のメンバーは力を使い切り動くこともままならない。グリーンもイエローも盾の後ろの二人を左右に退避させた姿勢のまま気絶している。唯一全力の一撃を放っただけのレッドが立てているだけ。

「何だよ、結構……楽に終わった――!?」

と、垂れ下がっていたはずのアバレタオックスの尾が跳ね上がる。
近付いていた足を止め警戒をするレッド。

「ま、まだ動けるってのか……!」

すると徐々に上体を持ち上げ、ふらふらとしながらもしっかと地面を踏み怪獣が立ち上がっていく。その姿にレッドは戦き後ずさる。

「待てよ、もう充分だろ? ここいらで倒れちまっとけよ……な? な……っ?」

そんな情けない声に闘志が戻ったか、今一度高らかに猛牛は雄叫びを上げる。そしてゆっくりと蹄を鳴らし、大きく足を振り上げ――

「……ッ!!」

――何も音はしなかった。
恐る恐るレッドが覆った腕を下ろすと、そこにいたのは……

「ロ……ノウェ?」

大悪魔、ファントムの柱、最強とも噂されるその男は今――ヒトではなかった。

「……グウゥゥゥゥゥゥッ!!!」

汗が止まる程の戦慄が走った。
呼吸が止まるかと思う程の攻撃が放たれた。
それはおぞましくも美しい、悪魔らしい暴力の円舞。
そして気が付いた頃には、もう何が先刻の惨劇を起こしていたのか誰にも分からなくなっていた。

「――このような刺激も良い薬でしょう。」

悪魔は風のように去っていった。何の感情も無く、仕事を淡々とこなしていった。
何のためにここに現れ、何故味方である幻想を自ら打ち砕いたのか。彼等は知らない。
彼が何を思い暴れさせ、何故それの後始末を自ら行ったのか。誰も知らない。
残ったのはいつものように甘く、どこか悲しい香りだけだった。










「……チェ。」

――誰……――

「リ……ェ。」

――呼んでいる……――

「……リーチェ。」

――私……?――



真っ赤な夕日が差し込んでくる。
目が痛い、誰かカーテンを閉めてくれ。
あれは嫌いだ。

「起きた?」

脚を組み壁にもたれかかっている人影が見える。
その奇抜な衣装、間違い無い。

「……ガァプ。」
「驚いたわ、まさかニンゲンの休憩所で魔女を見付けるだなんて。」

いつの間にやらベッドにいた。
脚元の空いたスペースに座り、今までにない程優しげに声を掛けてくる。
何故だろう?
そもそも妾は、どうしてここにいるのだろう?

「……何があったのだ。」
「疲れて寝ちゃったのよ。若いからって無茶しちゃ駄目よ?」

ああ、お前は知っているんだな。そして言わないんだな。
顔に掛かった髪を払ってくれながら笑いかけるガァプはそう言った。その言葉が正しくないことだけ分かる。そして彼女もそれを承知した上で、聞きたい?とでもいう風に見つめてきた。

「善処しよう……くっく。」

ならば聞くまい。
何を感じたか、何を見たのか、全て自分が知っている。当人が思い出せば良いこと。
妾が悩まなければならぬ、自分の知らない自分の異変を。

「リーアも心配して飛び出して来そうだったから、早めに戻って報告するわ。あなたも歩けるようになったら自分で帰ってきなさい。真っ直ぐ、ね?」

さらりと釘を刺しつつ、ふわりと立ち上がっていつものように消えようとする。
その前に、これだけは聞いておかねば。

「なぁガァプ……」
「ん?」
「妾は一体……何なのだ?」

ああ、またその顔か。
何も答えぬか。
知っていて、何も答えてはくれぬのか。
眠ればこの気持ちも消えるのか?
聞きたい。聞きたくない。でも眠ればそんなことを思ったことすら忘れるのか?
そうなんだろう?
そうなのか?
――ああ、やっぱりその顔……か――

「……それに答えるにはまだ早いわ。もう少しお眠りなさい、時期が来たらきっと教えてあげる。それまでは――」

カーテンの向こうの日差しが熱い。
赤々と燃える太陽が来る、誰か閉めてくれ。
あれは……嫌いだ――



【エンディング】


《This story continues--Chapter 18.》


inserted by FC2 system