※注意
このSSには残酷な表現があります苦手な人は注意して下さい。
ネタは一切ありません。
超シリアスです。

第一話となっていますが、「仮面ランナーゴート第一話」までがタイトルです。
特撮ヒーロー物の第一話風SSという意味で第二話以降の予定は全くありません。




「はぁ、はぁ、はぁっ」
 背後から迫るものから、死にものぐるいで逃げる。
 走った。とにかく走った。
 余力を残す、などということはしない。いや、考えられない。
 追い着かれれば、待っているのは死、だ。

 夜の街を全力疾走する私を通行人が奇異の目で見る。
 当然だ、私の姿は尋常ではない。服はボロボロだし、ところどころ血も滲んでいる。何より…………

 私は走り続ける。
きっともう追い掛けて来てはいない。もし追い掛けて来ているのなら、とうの昔に捕まっているはずだ。
 そうは思っても走ることをやめられない。

「はぁ……はぁ……はぁ……」
 もうどれくらい走っただろう。足はまるで棒のよう。自分では走っているつもりだったが、端から見れば歩いているようにしか見えないだろう。
 
 限界を感じた私は、路地裏に転がるように潜り込み、物陰にへたり込む。
 荒い息を出来うる限り殺し、辺りの気配を窺う。
 ……………………
 ………………
 …………
 ……追っ手はいないようだ。

 動く気力も湧いてこず、壁を背に足を投げ出し空を見上げる……
 ……月が綺麗だった。

 そこに小さな黒猫がとぼとぼとやって来た。首輪がないところを見ると多分野良猫だろう。縄張り争いに敗れたのかもしれない。
 なにやら親近感を感じ、黒猫に手を伸ばす。
「っ!!!」
 とたんにフー!と威嚇し、私の手を引っ掻いて逃げていった。
 野良猫が簡単に懐くはずもない。当たり前なのだが、これが人懐っこい飼い猫でも結果は変わらないのではないか?という疑念が湧く。



 血の滲んだ手や顔は毛むくじゃら、頭部には二本の角。
 異界に端を発する異形。魔女に造り出された魔女の下僕たる黒山羊。
 

 ……それが私だ。










『仮面ランナーゴート 第一話「我が名は……」』











 ……ナゼ?


「ママぁぁっ!!」
 少女が倒れた母親に縋り付く。
「……う……っ」
 呻き声を上げつつ母親が立ち上がる。
「……いい子……だから……さ、下がって……なさい……」
 少女の小さな体をそっと引き離し、庇うように前へ出る。
 その姿は息も絶え絶え、いつ力尽きてもおかしくない。
 だがその目は、目の前の私を鋭く射貫く。
 視線に力が宿るなら、きっと私は命を落としているだろう。

 しかし、現実にはそんな力はない。ただのか弱い女だ。


 ……ナゼ?


「がっ、はぁっ……」
 幾度倒されようとも起き上がる。何度も、何度も。
 立ち上がる力など、もはや残っている様には見えない。
 現に足元が定まらず、フラフラだ。
 だが、その目に宿る力は、先程と……いや、最初から変わらない。

 その目の力を奪おうと、女を打ち倒す。


 ……ナゼ?


「……はぁ、はぁ……」
 ゆらりと起き上がる女。
「ママぁっ、ママぁっ!」
 少女の悲痛な声が辺りに響き渡る。
 幾度も幾度も立ち上がる。
 その度、私は打ち倒す。


 ……ナゼ?


「……この子には、手を出させない! 絶対に!!」
 女の宣言。
 だが、それは無意味だ。
 少女が未だ無事なのは、私の主の気紛れに過ぎない。
 女がいつ力尽きるか、それを座興にしているだけ。
 主が命じれば、私は直ぐさま少女の命を奪うだろう。

「……ほう、『絶対』とな? かの魔女の加護が貴様如きにあるとは思えんが。くっくっく……どれ、試してみようか……おい、やれ」
 女の宣言が主の興味を引いたらしい。
 私は命に従い、少女に近づく。

「……いかせない!」
 女が立ちはだかる。

「ぎぇっ」
 奇妙な声を上げ、女が吹っ飛んだ。
 私が無造作に腕を振るった結果だ。
「ママぁっ!」
 私は女に駆け寄ろうとする少女の前に立ちはだかる。
「ひっ」
 息を呑む少女に向け、私はゆっくりと腕を構えた。

 ズシュ。
 肉を貫く感触。


 ……ナゼ?


「……ぐっ……!!」
 貫いたのは少女ではなく、その母。
「ママっ……ママぁぁっ!!」

 娘の悲鳴を背に、女は変わらぬ鋭い視線で私を射貫く。
「……この子は……私が……守る!……」

「く、くはははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!! 確かに娘を庇ったのは大したものだが、その様で娘を守る? 貴様の命が尽きるのは時間の問題ではないか!」
 主の哄笑。

 私は先の命令を遂行するため、女の胴を貫いた腕を引き抜いた……いや、引き抜こうとした。
 ……だが、


 ……ナゼ?


「……がはっ……」
 引き抜こうとした腕を、女が血を吐きながら、しがみつくようにして押さえている。私の腕を掴む力は、命が尽きかけようとしているとはとても思えない程。

「……マ、ママ……」
 少女が女に近寄ろうとする。
「……早く……逃げ…なさい…」
「で、でも……」

「早くっ! 逃げるのっ!!」

「っ!!」」
 叩き付けるように怒鳴る女。
 それに感じることがあったのか、少女は未練を残しながらも走り去る。

「逃がすな!」
 主の命が飛ぶ。

 死力を振り絞っての怒声だったのだろう。女の身体から生気が抜けていくのを感じる。
 ……だが、またしても。


 腕が抜けない。


 目は虚ろ。視力が残っているかも怪しい。そんな状態で一体どこにこんな力が残っているのか。

「何をやっている! 早く追え!!」
 腕を抜くべく、女ごと腕を振り回し地面に叩き付ける。
 それを数度繰り返し女を見ると、すでに女は事切れていた。

 ……それでも。


 腕は抜けない。


 何度も何度も地面に叩き付ける。
 それでも女の身体は振り払えない。

 まるで、死して尚、娘を護るかの如く。


 ……ナゼ?









 ようやく女から腕を引き抜き少女の後を追う。
 程なく少女は見付かった。
 隠れているつもりなのだろうが、物陰にうずくまっただけのその姿を見付けるのは容易かった。

「ヒッ!」
 私が近づくと、足音に気付いたのだろうビクッと身体を震わせ小さな悲鳴を上げる。その瞳は恐怖に彩られていた。

「ママぁ、ママぁっ……」
 少女がかすれた声で母を呼ぶ。
 ……いや、どうやら血に染まった私の腕、女の姿が見えないこと、それで母の身に何が起きたかおぼろげながら理解したようだ。
 その悲痛な声は母の身を案じ、そしておそらく二度と母と会えないであろうことを察して悲しむ声。

 私は少女の前に立ち、血塗れの腕を振り上げる。



 ……私はその声を摘み取らねばならない。


 ……ナゼ?


 ……なぜ、この少女を殺さなければならないのだろう?
 ……あんなにも必死でこの少女を守ろうとした者がいるのに……









 ……いや……主に命を受けたのだ。その命令は絶対。
 私は主の命を遂行するために生み出された。それ以外に存在意義は無い。


 ……そのはずだ。




 そして私は、恐怖で身を強張らせ嗚咽を漏らす少女に






















 血塗れの腕を振り下ろした。

















ー前編了ー





「ーーーーーーーっっ!!!!」
 心臓を鷲掴みにされるような光景に、私ははね起きた。
 思わず両腕を確かめる。
 血などは付いているはずもない。
 今のは夢なのだ。それは自分でも分かっている。
 ……だが、あれは確かにあった過去の光景……。

 腕を見て、ふと気付いた。
 包帯が巻いてある。
 全身を確かめると腹や足にも手当がしてあった。

 ????どういうことだ?
 いや、それよりここは?
 辺りを見回すと、あまり広くはない和室に布団が敷かれ、私はそこに寝かされていた。
 ??全く見覚えのない場所だった。

 覚えている限りの記憶を辿ってみるが、
 ……確か……路地裏から出て……街を彷徨った……その後は……?
 すぐに途切れた。

 追っ手に襲撃を受け、気を失った?
 ……いや、それならこんなところに寝かされている理由が分からない。


「おっ、目が覚めたか?」
 その声に振り返ると初老の男が襖から顔を覗かせていた。
「身体は大丈夫か? あんた二日も寝込んどったんだぞ」
(……追っ手には見えないが、何者だ?)
 男の正体が分からず、どう対処したものか躊躇する。
「そう警戒しなさんな。取って食いやせんよ」
 私のわずかな緊張を読み取ったらしく、男はおどけてみせる。
 私は、
 ぐぅ〜〜〜〜。
 立ち上がろうとした私の気を削ぐかのように、間抜けな音が響いた。
「その様子なら大丈夫そうだな」
 私の腹の音を聞きカラカラと笑う男。
「ちょっと待っとれ。何か作ってやる」
 そう言って男はドタドタと階段を降りていった。
 その様子を見て、二つ気付いた。
 一つは、この部屋は二階らしいということ。
 二つ目は、どうやらあの男は悪い人間ではない、というより善良な人間のようだということだ。


 窓の外を見ると海が見える。
 確か、自分が逃げ惑ったあの街は、海に面した港町だったはず。
 ということは、ここは港付近か?
 ただ、自分が逃げ込んだ路地裏から海までは結構な距離があったと思う。
 私の体格は山羊の戦闘員の平均からすれば小柄な方だ。が、それでも180pはある。
 気を失った私をそれなりに年嵩であろうあの男が、それだけの距離を担いで歩いたとは考えにくい。
 いや、車を使ったとか、一人ではなく複数人いたとも考えられるか?
 いやまて、単に記憶が無いだけで私が自分の足でここまで辿り着いたとか?

 …………。
 ……記憶がはっきりすれば別だが、そうでない以上いくら考えても分かるはずもない。あの男に聞いてみた方が早いだろう。
 ただ、参ったな……人の言葉が喋れない私では意志の疎通の方法が無い。魔女やその眷属相手なら方法もあるのだが……。

 ドタドタドタ!
 無遠慮な足音が私の思考を遮った。
 まあ、家主はあの男だ(おそらくだが)、遠慮する理由など何も無いが。
「すまん、待たせたな。」
 鍋を持って男が部屋に入ってきた。
 何とも言えない食欲をそそる香りが私の鼻をくすぐる。
 ぎゅるるるるる〜〜〜。
 先程より派手さを増した腹音が鳴り響いた。
「ぶははははははっ、こりゃまた派手な音だな」
 遠慮無しに笑われた。
 が、嫌みな響きは全くない。気持ちが良いくらいの屈託の無さだ。
「さあ、特製『サバト鍋』だ! 遠慮はいらん、たらふく食え。おかわりもたっぷりあるぞ」
 ………………。
 サバト……鍋……?
 私が黒山羊だからって変な儀式でもするつもりなのだろうか?
「ん? ああ、サバトだからといって変な儀式をやるわけじゃないからな。鯖と鳩の鍋だから『さばと』ってわけだ」
 ああ、なるほど。どうやら私の早合点だったようだ。
 しかし、よくサバト=妖しげな儀式などという知識があるものだと感心してしまう。彼には悪いがそのような知識があるようにはとても見えない。
「はっはっはっ、前にこれを出した女の子も勘違いしてな。その子に教えてもらったんだ」
 ……彼はどうやら私の分かりにくいはずの顔色を読む特技を持っているらしい。

 腹も減ったので遠慮なく鍋に箸を伸ばしたところで凍り付いたように腕が止まる。
 …………何だ……これは?
 鍋の中身はドロドロで全面緑色、所々に紫色の斑点が浮いている。鯖と鳩は……所々に浮いている何だかよく分からない物体が……そうだろうか。
 ……これは……本当に食い物……なのか?
 思わず彼の顔を伺う。

「この鍋は知り合いの婆さんに教えてもらったんだがな。さっきも言ったとおり鯖に鳩、そこに朝鮮人参、アセロラ、霊芝、モロヘイヤ、すっぽん、ロイヤルゼリーにブルーベリー、に○にく卵黄、や○やの香醋、最後に青汁をたっぷり入れて煮込むんだ。ちょっと色は悪いが病気や怪我にはめっぽう効くぞ」
 ……おい……ただ身体に良いと言われているものを闇雲に放り込んだだけじゃないのか? 特に最後の方は通販の健康食品だろう?
 いやそんなことより、ちょっと色が悪い?……ちょっと?……これが?
 またも彼の顔を伺う。

 さあ、遠慮無く食ってくれ!
 そんな声が聞こえそうなほど爽やかな笑顔だった……。
 ダラダラダラダラ。
 冷や汗が顔を伝う。
 確かに香りは空腹を激しく刺激する(何故こんな良い香りがするのか理解に苦しむ)のだが、いかんせん色が不気味すぎる。
 はっきり言って『サバト(魔女の夜宴)』の名に相応しいとしか言いようが無い。
 鍋に箸を伸ばしたまま固まっていると、
「どうした? 腹が減ってるんだろう? ん? そうか、怪我で腕が巧く動かないんだな!」
 そう言うと彼は私から箸を奪い、緑色の物体(紫の斑点付き)を私の口に次々放り込む。
「ーーーーーーーーー!!!!」
 覚悟が出来ていなかった私は声にならない悲鳴を上げた。
 何故か香ばしい香りが口中に広がる。
 …………そこで私の記憶は途切れた。



「っっっ!!!」
 バッと飛び起き辺りを見回す。
 以前と同じ部屋、同じ布団に寝かされていた。
 窓にはカーテンが掛けられていて空の色は伺えないが、部屋の電気が着いていることから考えて多分夜。
 先程は昼間だったから数時間気を失っていたようだ。

「おっ、目が覚めたか。今度は三日、寝とったぞ」
 彼が襖から顔を覗かせていた。
 三日?!
 数時間どころか、三日……だと?
 ……やはりあの鍋はまともな代物ではなかったようだ……。味に関して記憶は無いが、それは幸いだったと言えるかもしれない。

「もう傷は治ったか?」
 いや、五日やそこらで治る傷では……な……い???
 ペタペタと身体を触り確認するが、
 傷が……無い。
「治ってるだろう? どうだ! サバト鍋の効力は!!」
 ……あの……鍋のお陰……なのか?!
「ふっふっふっふっふ、傷に効くと言ったろう」
 彼が自信満々に胸を張る。
「しかし、何日か寝込んでしまうのが難点なんだがな」
 …………。
 ……一瞬まともなものだと錯覚しかけたが、やはりまともだとは言い難い。


「さて、傷が治ったのなら、お前さんのことを聞かせて欲しいんだが……っと、ワシの自己紹介がまだだったな。ワシは川畑。知り合いからは、おやっさんと呼ばれとる。お前さんもそう呼んでくれ」
 …………。
「ん? おやっさんは抵抗があるか?」
 ふるふると首を振る。
 彼をおやっさんと呼ぶのは、やぶさかではないのだが、私のことを聞かせて欲しいと言われても人の言葉を話せないのでは、どうしたらいいものやら……。
「そうか……なら、やっぱり喋れない……のか?」
 彼――おやっさんはやはり察しがいい。
 私が頷くと、おやっさんは腕を組んで考え込み、
「なあ、字は書けるか?」
 その言葉にハッとした。
 筆談か!
 頷いた私を見て、おやっさんはドタドタ階段を降りていく。
 そして、何やら階下でガサゴソやっていたかと思ったら、またドタドタと戻ってきた。
「こいつを使え」
 そう差し出されたのは、小さなホワイトボード。
 ペンと白板消しも、ちゃんとボードに紐で結ばれている。
「これなら紙が無くなることもないだろ」


「じゃあ、聞くぞ。お前さんの名前は?」
 ちょっと考えて、
【510号】
 と書いた。組織ではそう呼ばれていたのだ。
「……それは番号だろう? ちゃんとした名前は無いのか?」
【無い】
「…………」
 何か言おうとして、その言葉を飲み込み、おやっさんはふぅ、と溜息を吐いた。
「……じゃあ、名前を考えないとな」
 そう言って腕を組み、うんうん唸り始める。

「……なあ、その傷跡」
 何も思いつかず、ふと私の顔を見たおやっさんが指差したのは額に残る大きな傷跡。
「凄い傷だがそれ、どうしたんだ?」
 ……………………。
 …………。
 ……。
 
 これは……この額に刻まれたのは……私の犯した罪の印。
 


 ……そして、ある男から受け継いだ……正義の魂の証。









 ギュッと拳を握りしめた私の意識は、過去へと遡り飛んだ……。












中編その1、―了―

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