「おい、『GO田のマジカルレストラン』に、超可愛い女の子がバイトに入ったってよ! あそこで昼メシ食おうぜ!!」
「マジで!? 行く行く! で、どんな娘(こ)なんだよ?」
「何か、すっごい大人しくて、語尾が『〜しちゃえばいかがでございますか?』とか言うんだってよ!」
「よっしゃ! とりあえずメアド&電話番号ゲットするぜ!!」






日本有数の遊園地、「Ushiromiya Fantasyland」。
休日ともなれば、人・人・人の大洪水。
もちろん、訪れる人たちは皆、笑顔。この混雑をも楽しもうと、喜び勇んで入場ゲートをくぐる。
しかし―――まあ、それだけの人の波が押し寄せれば、当然、お昼時は戦場となるわけで。
この話は、この巨大遊園地でも1、2を争う人気レストランの、とある一日。









とあるバイトのとある一日









「このクソ忙しい時に何訊いてんだてめえらアアアアア!? ヘソ噛んで奥歯ガタガタ言わしたろうかアア!? それとも一日中鍋にブチ込んで最後の一滴までダシ絞りとったろうか!!?? あぁん!?」
「ひ……ひイイイイイイイイイッ!!」
「助けてください!! 誰か助けてください!!」


何かどっかの中心で愛を叫ぶみたいにして、足をもつれさせながら走り去っていくふたりの若い男。
……あ、そういえばあいつら、代金払ってないじゃない。

だだだだだっ!!

「ひいいいいいいっ!? 追いつかれた!?」
「嫌だ! 嫌だ!! まだ死にたくない!! 助けてください!! 誰か助けてください!!」
「………代金、払いなさいよ。七代先まで、祟 っ て あ げ よ う か?」
「「ひいいいいいいいいっ!! これでお助けを〜!!」」

2人の男が、同時に一万円札を出す。
瞬時にお釣りを計算し、全速力で駆け去っていく男の胸ポケットに滑り込ませる。
そして。

「ありがとうございました〜♪ またのお越しをお待ちしております〜^^」
「「二度と来るか〜!!」」

ゆっくりと遠ざかっていく男たちの捨て台詞を聞きながら、踵を返して店に戻ろうとする。
………まったく。
昼時のこんな忙しい時間に「電話番号」?「メールアドレス」? あいつら何なの? 馬鹿なの? 死ぬの?
そんなナンパ野郎に付き合ってる暇なんか、こっちにはこれっぽっちもないんだから。
今まさに私たちは、戦場に立ってるの……あ、いけない。こんなところで油売ってたら、またお店が大変なことになってるわね。何でか知らないけど、私がバイトに来るようになってからまたお客さんが増えたって店長も喜んでたし……まったく、私がいないとあの店は駄目なんだから!
からん。
足早に扉をくぐると……そこには。

ぱちぱちぱちぱち……!!

「な……何よ? みんな揃って………!」

店に戻った私を出迎える、バイトの人たち……って、店長もいるじゃないの(汗)この忙しい時間に何やってんのよ!? というかお客さんもみんな私の方見て拍手してるわ。これは何!?
と、文句を言おうとしたけれど。

「エヴァ先輩……ありがとうございます! あの人たち、月に一度はやってきて、私たちにしつこく言い寄ってくるんです。これであの人たちも懲りたと思いますし……本当に、ありがとうございます!!」
「あの……私、そんな大層なことしてないんですけどね(汗)というか、貴女の方がずっと先輩の件について(汗)」

「エヴァ姐さん、カッコ良かったですぜ〜! 一生ついていきます!!」
「いや、ついてこなくていいから(汗)君は早く仕事覚えなさい。一日でも早くこの店の戦力になってもらわなくっちゃね?(ウィンク)」
「へい! 姐さんのためなら、たとえ火の中水の中!!」
「いや、何でヤクザ口調なの君は(汗)」

「よっ! エヴァちゃん! 勇ましいね! さすがこの店の看板娘だね〜!!」
「お客さん………勘弁してください///」

「エヴァさん……本当にありがとうございます。あなたが働き始めてから、この店も売り上げがうなぎ昇りです。」
「いや店長、今はそれより早く厨房に戻ってくださいよ(汗)お客さん、店の外ですんごい待ってますよ?」
「あ……これは忘れていました。それでは皆さん、仕事に戻ってくださ〜い!」

店長のその声を合図に、バイトのみんなもそれぞれ持ち場に着く。……まったく、あの店長ったら、本当に頼りないんだから! 
ホテルに勤めてた頃からの根っからの料理人で、人はいいんだけど………何か頼りなくて、危なっかしくて……私がいなくなったら、この店本当に大丈夫なの!?
私は、いつかいなくなるんだから。
みんなを裏切って、お客さんを裏切って………いつか、この店を去って行かなくちゃいけないんだから。



「あら? 何、で………?」


ぽろりと零れた、一しずくの水滴。
お客さんに見られないように、そっと目元を拭う。
そのことは、今は考えないようにしよう。










考えたら、つらくなるから。










「おう! どけどけ!! ………よっと。
ああん!? 何じろじろ見てやがんだよてめえら! 見せもんじゃねえんだぞ!!」


その汚いだみ声に、私は我に返る。
店の中央に陣取り、テーブルを占領してふんぞり返るひとりの若い男……この店で割り込みなんて、命知らずなことしてくれるわねぇぇぇ? ちょうどよかった、軽くシメてあげようかしら。
腕まくりをして、その男の元に向かおうとして……肩をつかまれる。

「………店長?」
「エヴァさん………。あの人は、この遊園地の有力スポンサーの御曹子さんです……。どうか、我慢してください………。」
「え……?」

店長がその巨大な身体を折り曲げて、申し訳なさそうにうなだれる。これが初めてのことではないのか……他のお客さんも、諦めの表情を浮かべて、関わり合いにならないように視線を逸らしている。
店の外を見ると、相変わらず長蛇の列。この男は、そうするのが当然であるかのように、ふんぞり返って挑発的にこちらを見ている。「早く注文を取りに来いよ」と、言わんばかりに。
私はその男に向かおうとしていた足を―――止めた。
多分、この店に来たばかりの時だったら……躊躇なくあの男をぶちのめしていたはず。この店がどうなろうと、この遊園地がどうなろうと………知ったこっちゃなかった。
でも、今は、違う。
認めたくない。私はファントム属する身。人間は私たちの敵。いつか、うみねこセブンを倒さなきゃいけない。
でも………やっぱり、ここで働くのは……………楽しい。
この店がなくなるのは、嫌。
だから……今は、我慢、しなくちゃ。


「おにいちゃん! わりこんじゃだめだよ! みんな、ちゃんとならんでるんだから!!」
「ああん!? 何だこのガキは!? うるせえ、引っこんでろ!!」

ドガッ!!

「……………………!!」


その男に注意をした小さな男の子が、胸倉を掴まれて突き飛ばされる。
その瞬間。
私の理性も何もかも、吹き飛んだ。




どか―――ん!!

「ぎゃああああっ!!」




思い切りタックルをかまして……間髪入れず、男の顔面に往復ビンタを20回くらい食らわせる。
あっという間に男の顔は真っ赤に腫れあがって、二倍くらいの大きさになった。

「この店で子供を傷つけるなんて、よくもそんな上等をキメてくれちゃったわねぇ?
ヘソ噛んで死んじゃう? それとも、生きたままヘソ噛んでそのままこの遊園地の見世物になるぅ? どっちか選びなさいよ。」

「ひ……ひいいいいいいいいっ! 覚えてろよ!! パパに頼んで、こんな店すぐ潰してもらうからな!?
うわあああああん……! 痛いよママ―――――!!」

「何なの、その典型的なアホ捨て台詞は……(汗)
――――――――――――――あっ」


男の後ろ姿を見送って………我に返る。
私、ついキレちゃって、とんでもないことを……………!


「店長……すみませんでした! 私のせいで、この店に、迷惑を………!!」


顔を、上げられない。
私のせいで、この店が潰れちゃったら、どう責任を取ればいいの……!?
……もう一度、肩に触れる、店長の大きな手。


「エヴァさん……ありがとうございました。私は臆病で、この店を守ることしか考えていませんでした。
でも、それは間違いでした。お客様が怪我をさせられているというのに、何もしないなんて、料理人以前に人間として失格です。たとえこの店に何かあったとしても、私はあなたを恨んだりなんか、決してしません。いや、あなたのような人を雇っていたことを、きっと誇りに思うでしょう。
本当に、ありがとうございました………。」
「店長……………。」

店長に深々と頭を下げられ、うろたえる私。
そして。

「そうですよエヴァ先輩! 先輩は間違ってなんかいません!! この店がもし無くなるっていうなら、私たちは徹底的に戦いますからね!」
「いや、だから貴女たちの方が先輩なんですが………あり、がとう、ございます………。」

「俺はどこまでもエヴァ姐さんについていきますぜ!! 姐さんは正しいことをしたんだから、胸を張っていてくだせえ!」
「うん、君はまずその口調を直すところから始めようか(汗)でも……ありがとう。」

「おいおいおい、この店がなくなるなんて冗談じゃねえぞ! 俺はエヴァちゃんがこの店にいるから、この遊園地に来てるんだぜ?」
「私も! このお店無くなるなら、もうデルゼニーランドに乗り換えるから!!」「俺も!」「僕も!」「アタイも!」「おいどんも!」
「お客さん……………皆さん……………本当に、ありがとうございます………。」


どう感謝の気持ちを伝えればいいか解らなかったから………私は、ただ頭を下げた。
この店に来たのは、先々代ワルギリア様からの罰。そうとしか、考えてなかった。
でも。
いつの間にか、私には、こんなにもたくさんの、繋がりが――――――!
……私が助けた少年が、とことこと歩いてくる。
ぺこりと一礼して、太陽のような笑顔で。

「おねえちゃん、助けてくれてありがとう!!」
「……どういたしまして。
この遊園地で、変なヤツに意地悪されたら、この店に来てちょうだい。すぐに飛んで行って、君を助けてあげるから………解った?」
「うん!!」

もう一度私に頭を下げて、元気に走り去っていく少年。
それを、見送ってから。


「ほら店長! いつまでのんびりしてるんですか!? まだまだ外にはお客さんがたくさん並んでますよ!? ほらみんなも早く持ち場について!!
あとお客さん!! とっとと食べて席を空けてくださいよ! こちとら遊びでやってるんじゃないんですから!!」


慌てて厨房に戻る店長と、バイトのみんな。そして、苦笑いしながら再びナイフとフォークを持って食事を再開するお客さん。
………まったく。
この店、私がいないとどうしようもないんだから!! 今日のバイトが終わったら、ワルギリア様にバイト期間延長の申請をしておかなくちゃ!! 
時計を見ると、午後2時。
ピークを過ぎたとは言っても、まだまだ混雑する時間帯。
私は一度店を出ると、楽しそうに歩いている人たちに、思いきり呼びかける。




「皆さん、お腹がすいたら当遊園地一のレストラン、『GO田のマジカルレストラン』にお越しください!
とびっきりの笑顔で、お迎えいたしますよ!!」









<終わり>

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