「キサマ達、見事だ。」

ルシファーは、身動きの取れない中で、賞賛の言葉を送った。
目の前には、譲治・朱志香・戦人・真里亞の4人がいる。


ここはIFの世界。この世界では、ファントムの襲撃時にコアはなかった。
突如現れたファントムに成す術なく逃げ惑う人間たち。
数年もすると、世界の半分は闇に落ちた。

しかし、人類もただ手を拱いていたわけではない。
若きリーダー「右代宮戦人」率いるレジスタンス組織「UMINEKO」が抵抗を始めたのだ。

自力に勝るファントムは、UMINEKOを潰しにかかる。持ち前の勇気・知力・財力で抵抗を続けるUMINEKO。

戦人の参謀である譲治は、多大な犠牲を払い、ファントムの一人ルシファーをおびき出すことに成功。更に、数年間で蓄えたデータにより開発した兵器により、魔力を封じることに成功したのだ。


「いや、これは賭けだったのさ。ルシファー。ここにお前が一人で来るには、あらゆる全てのことが成功しないと実現できなかったのさ。」

譲治はそう言った。
もう、魔力を封じられたルシファーには逃げることはできない。
UMINEKOの初勝利だった。

「そうか。ならば仕方が無い。策略に嵌った私の負けだ。お前たちのリーダーと話がしたい。」

ルシファーの前に、精悍な顔つきの戦人が立つ。そうか。この男か。そういうことだったのか。ルシファーは、とある感情を抱いたが、それを口にすることは無い。

「俺がリーダーの戦人だ。歓迎するぜ、ルシファー。お前にはこれからいろいろ喋ってもらうことになる。悪いようにはしねえさ。」

だが、この4人には確信があった。ルシファーが次に取る行動がどんなものであるか。
なぜルシファーを捉える必要があったのか。

「そうだろうな。魔力を封じられた私だ。抵抗することも出来まい。だが、我らがファントムに不利になるようなことを、私がするわけにはいかぬ。さらばだ。・・・若きリーダーよ。。貴様が進む道は、果てしなく厳しい。どのような結末が待っていようとも・・・・後悔・・・しないこと・・・だ・・・」

そう言うと、ルシファーは目の輝きを失った。
彼女は、保身ではなく、ファントムへの忠誠を優先させたのだった。

「これで・・・よかったんだよな。」

朱志香は、少し切ない声を出した。散々苦しめられた相手であったが、それでも心が痛むのか。
譲治はそれには答えない。変わりに、動かなくなったルシファーを見続けている。

と、ルシファーの体が変化し始めた。まばゆい光を放ち、光が収縮し、最後に小さな結晶となってコロンと床に落ちた。戦人が呟く。

「南條先生の言う通りだったな。みんな見るんだ。あれがルシファーの『コア』だ」





【うみねこセブン番外編SS 「EP0:たった一つのコア」】


第1話

 コア誕生


話は、1ヶ月前に遡る。

科学者南條は、ある可能性を示唆した。

「諸君、よく見たまえ。これが、以前に戦人君が仕留めた山羊さんだ。」

目の前には、山羊さんの姿が無い。真里亞が聞き返す。

「うー。何も無いよ?」

ふぉっふぉっふぉ。南條が笑って、何も無い床の、小さなごみを指差した。
いや、ごみの様だが、ごみではない。小さな小さな結晶がそこにあった。

「見えるかの?小さな小さな欠片があるじゃろ?これが山羊さんの正体じゃ。仮に『コア』と名づけておこう。まあつまり、魔法の原動力じゃな。」

南條が言うには、ファントム側の兵士はコアから誕生していて、その強さによってコアの大きさが違うらしい。

「ワシは、数年をかけて、コアを研究した。結果を言うと・・コアは力を蓄える容器と言えるじゃろう。もしこの容器に我々の科学力を融合させれば、人間側に有利な武器が作れるかもしれん。そこで、ちょいと実験をしてみたのじゃ。」

南條は、ケースに入った、1カラットほどの結晶を取り出した。

「これは、先日、真里亞ちゃんと朱志香ちゃんが仕留めてくれた、怪人「トリ=アエーズ」の『コア』じゃ。かなりの犠牲も伴ったが、収穫もあった。結晶が比較的大きいじゃろう。このコアに、エネルギーを注入してみたのじゃ。・・・だが結果、何の変化も起きん。」

南條が振ってみても、叩いても。何の変化もない。南條はお手上げのポーズを取った。
コアは、コアだけあってもしょうがないのであろうか。

「はっはっは!!傑作だぜ南條先生! 失敗は成功の元さ。今はまだ実験中かもしれねぇけど、期待してるぜ!!引き続き、研究を頼んだぜ。
 いいかみんな。俺たちが、UMINEKOが、この世界を救うんだ!!その決意はかわらねえ!!俺様について来いや!」

戦人が決意を示す。
すると、その決意に反応したように、小さな結晶が赤く光った。

「おい戦人!! 今、結晶が光ったぜ!!持ってみろよ。」

朱志香に促されるように、戦人は結晶を手に取る。すると・・・
戦人が一瞬輝き、結晶は銃のような形に変化した。コアが戦人の気持ちに反応した。そんな印象を受けた。

「・・・よく分からないけれど、これって凄いことじゃないかい?」

譲治が感嘆の声を上げた。
戦人はその銃を手に取り、人のいないところに向けた。

バシュッ!!
ドオン!!

爆音と共に、銃口の先にあった椅子が粉々になった。そして、銃も形を失い、「コア」に戻った。もう、触っても変化が無い。

「うひゃあw凄いなこれ。何かわかんないけど凄い・・・」

おっかなびっくりで朱志香が触るが、もう反応しない。
南條は冷静に分析し始める。

「長年の研究が実を結びそうじゃな・・・つまり、人間であっても、資質と決意があればコアを使いこなせるのかもしれん。
 ・・・じゃが、どうやらコアが小さすぎるようじゃ。あれ以上のエネルギーを注入すると、コアが砕けてしまう。」

「うー。つまり、実用的にするには、もっと大きなコアが必要?」

真里亞の意見が、南條の言いたいことを代弁していた。
そう。南條は、もっと大きなコアがほしい・・・

「南條先生よ、冗談キツイぜ・・・もっと強い敵・・・つまり、あの『七姉妹』クラスを倒せってことかよ・・・」

「うむ・・・そうじゃな。七姉妹であれば、相当大きなコアが入っていると思われるのう。」

南條の推論によれば、七姉妹も同じような造形物ならば、コアが埋め込まれているはずだという。それも、相当大きな。

一同が静まり返る。
7姉妹とは、ファントムの中心であろう7人のことである。UMINEKOは、一度も勝利したことがない。しかも、常に複数で行動するため、とても厄介な相手なのだ。7姉妹によって世界が闇に落ちたといっていい。

そんな敵を、倒せと?

「なんじゃみんな。威勢がないのう。」

南條は不満げだが、それもそうだ。今まで勝ったことのない相手に勝てと言っているのだから。
少し誇らしげに、南條が付け足す。

「ほれ、ここに今まで集めたコアがある。これで全てじゃ。このコア全てを使って、魔力を封じるアイテムを作ってみせようじゃないか。
7姉妹は強大じゃ。人間の科学力全てを投じても、一人の魔力を封じるのが精一杯じゃろう。皆は、何とかして一人をおびき出す方法を考えるのじゃ。」



こうして、UMINEKOは総力を挙げて7姉妹の一人をおびき出すことになる。
そして、そのコアが、彼らの運命を大きく変えていくことになる。





南條が魔法を封じるアイテムを作る間、譲治・朱志香・真里亞の3人は策略を練った。
すべてはその日のために。

まず、7姉妹の誰を孤立させるのがいいのか。
討議の結果、ルシファーに的を絞った。他の姉妹よりも忠誠心が高いこと、感情のままに行動しない性格であること、一人でも行動しそうなことが理由だ。

ルシファーをおびき出す場所(正確には『現れそうな場所』)は、計10箇所。
どこに現れるのかは、分からない。策略の結果次第なのだ。

かくして、その1ヵ月後に、策略は成功した。伏線を張った1箇所に誘き出せたのだ。
多大な犠牲。それは後述するが、結果としてはルシファーの魔力を無効化し、『コア』を手に入れることが出来た。




【うみねこセブン番外編SS 「EP0:たった一つのコア」】


第2話

 内偵


ルシファーのコアを、即座に持ち帰った4人。早速南條に手渡す。
その時の南條の顔は、皆の苦労に見合うものであった。

「よくぞやった!!流石UMINEKOのリーダー達だのう!早速実験開始じゃ!」

南條が言うには、波動・パターン・傾向・種類等、エネルギーを注入するには何百というパターンが存在するという。その全てを解析しなければならないらしい。検証結果は至って簡単だ。

「・・・つまりは、人体実験か・・・」

戦人が呟く。

「そういう事じゃ。じゃが、その検証は過酷じゃ。莫大なエネルギーを注入したコアを、その身に受けるのじゃからのう。ここからはいい難いのじゃが・・・
 今のところ、コアに反応したことのある人物は・・・お主しかおらん。つまりは・・」

南條は、申し訳なさそうな顔を戦人に向けた。
先は言わなくても分かる。リーダーでもある戦人本人に、人体実験を提案しているのだ。

しかし、譲治が反対する。

「何を言ってるんですか先生!!戦人君は、この世界の中でも数少ない希望の光なんですよ?!
その光を失ってしまったら・・・人間の希望の光が潰えてしまうかもしれない。そんな危険なことをさせるわけにはいかない!」


戦人はケラケラと笑って、気軽に言った。

「譲治の兄貴、気持ちはうれしいけど、俺に任せてくれ!俺は南條先生を信じてるし、人体実験に他の人を使おうなんて思わねえ。むしろ、俺様以外に頼むつもりはねえ!!
 危険な仕事は俺の分野だ。兄貴達は、これからの戦術でも立てながら気軽に待っててくれや。」

その問答は、1時間にも及んだ。
だが、最終的に譲治が折れた。

戦人は実験のためにその場に残った。
残りの3人は会議室に移動し、今後について話をし始めた。

「うー・・・戦人は相変わらず頑固・・」

ずずっとコーヒーを啜りながら、真里亞は溜息を漏らす。
実は、真里亞の杞憂は戦人のことではない。これから交わされるであろう話がどんなものなのかが分かっていて、話を少しでも先に延ばしたくて戦人の話題を出しただけだ。

真里亞の視線の先には、複雑な顔をしている譲治・朱志香がいる。
2人の心境はどうなんだろう。まだ子供の真里亞には、察するのは難しい。



冒頭に「多大な犠牲を払った」と述べたが、その理由を書こう。

彼等3人は、以前から不思議に思うことがあった。内情がファントムに漏れていたのである。
間違いない。内偵者がいるのだ。

今回のルシファー確保は、実は内偵者の絞込みも兼ねていたのだ。UMINEKOの中で、内部の極秘情報を知りえる人物。その数十人に様々な「ニセ情報」を掴ませた。ルシファーが、どの場所に、いつ現れるのか。そして、どのように捕まえることが出来るのか。その時の反応はどうなのか。

全てが計算されつくされた策略だった。そして、結果が出てしまった。


「真里亞ちゃん、気遣いありがとう。さて。もう、この3人には分かっていると思うけど・・内偵者が判明したね。」

譲治が切り出す。内定者。考えられる中で、最悪の結果だった。
朱志香が、その2人の名前を言う。

「紗音と嘉音君だね。間違いない。この二人がファントムにリークしなければ、ルシファーがあの場所にくることは無かったと、思うよ。」


言わなくても分かるであろう。
このIFの世界において、嘉音は朱志香の想い人であり、紗音は譲治の恋人である。

「そうだと分かって、譲治お兄ちゃんと朱志香お姉ちゃんはどうするの?」

確固たる決意で、2人が目を合わす。
それぞれが、話をしなければならない。

「真里亞ちゃん。僕たちにはやらなければならないことがある。戦人君には内緒だ。後は頼んだよ。」

「・・・うん。これは、私たちが自分で何とかする話だね。真里亞は戦人を見ててやってくれ。」

2人は、そう言うと会議室から出て行った。
それぞれが、それぞれの人の下へ。



今、譲治は紗音の前に立っている。
その曇りない瞳に、紗音はうろたえる。以前から譲治には違和感があった。こんな自分と、なぜ交際しようと思ったのか。

「さあ、何か反論があったら教えてくれないかな、紗音。」

強い口調ではない。責めるというよりかは、労るような優しさがあった。
紗音は、どう答えるのか。



今、朱志香は嘉音の前に立っている。
その澄んだ瞳に、嘉音はうろたえる。以前から朱志香は不思議に思っていた。なぜこの子には何とも言えない影があるのか。

「君は一体、どんな答えを聞かせてくれるのかな、嘉音君。」

強い口調ではない。責めるというよりかは、切ない口調だった。
嘉音は、どう答えるのか。




それぞれの想い人が、それぞれの言葉を、発した。

「はい、私は・・・」
「はい、僕は・・・」

これ以上、聞いてはいけない。
聞いてはいけなかった。





「「ファントムのスパイです。」」





「戦人君!!」

南條が慌てて駆け寄る。
ここ実験場では、想像を絶する過酷な実験が、数日にわたって行われていた。

すでに数十種類のエネルギー波を実験している。そのすべてを身に受ける形で、コアを手に取る戦人。

「かはっ。・・・・・・げほっ。げほっ・・・・」

四つんばいになり、激しく咳き込む戦人。
彼の体は、コアの影響によって様々に変化した。形らしいものになることもあったが、殆どは無形物。ここまでの実験結果は、決して芳しくなかった。

「・・・ま、まだまだだぜ・・」

強気なことを言っているが、彼の体は限界を超えていた。
握り締めていたコア。今までは、赤く輝いていた。しかし。
今、コアは輝いていない。それはつまり、彼の意思・素質に関わらず、もうコアが反応しないことを意味している。

「戦人・・・一回休もう?」

心配になって見に来た真里亞が、背中を擦るようにしながら労わる。
その手を振り払って、立ち上がろうとする戦人だったが、上手く立つことが出来ず、よろよろと2・3歩歩いたかと思うと、糸の切れた操り人形のようにとの場に崩れ落ちた。

「戦人!!しっかり!!!」




【うみねこセブン番外編SS 「EP0:たった一つのコア」】


第3話

 裏切り



戦人は今、集中治療室に入っていた。過酷な実験によって、彼の体はボロボロになっていた。
責任感の強さが、気持ちの強さが、悪い方に出てしまったのだ。

ガラス張りの治療室の前には、真里亞がいた。今、彼女には、そこにしか居場所が無かったのである。


紗音と嘉音は、それぞれ別の独房に入れられ、誰であろうとも中に入ることは出来ない。
たとえ朱志香や譲治であろうともだ。極秘に行われたことであるはずだが、UMINEKO内では誰もが知っている。

皆が朱志香と譲治に同情し、また紗音と嘉音を憎んでいた。
あの日、ルシファーのコアを手に入れた代償は大きかったのだ。まだ数日しか経っていないにもかかわらず、UMINEKO内は今、重々しい空気が流れている。

あの日以来、朱志香は姿を見せない。嘉音に、相当のことを言われたとされ、ショックのあまりUMINEKOを飛び出したと噂されている。

あの日以来、譲治はUMINEKO本部の防犯設備を、たった一人で仕込んでいる。早朝から深夜まで。設計図を引き、対魔法の設備を黙々と取り付けている譲治。その鬼気迫る行動に、誰も声をかけられなかった。



誰もが重苦しくなる中、その男は帰ってきた。

「いよぉ、真里亞ちゃん。シケた顔(ツラ)してんなおい!」

その重苦しいUMINEKO内において、底抜けに明るい態度。
輝く銀の髪、全身黒の衣装。全身から溢れるエネルギー。

「あ・・・天草。」

集中治療室に現れた男は、UMINEKOの戦闘隊長、天草であった。
彼は、遠征の疲れも見せず、ここにやってきた。

「実験は、あんまり上手く行ってないみたいっすねぇ、南條先生よ?リーダーなんて寝込んでるじゃないっすか。心配っすねぇー。」

「うむ・・・流石に無理がたたったんじゃろう。。戦人君のおかげで、様々なデータが集まった。ある程度の方向性は掴めてきたんじゃ。これからは今までより負担はかからないとは思うが、今の戦人君にはもう無理じゃ・・」

ニカっと笑って、天草はコアを鷲づかみした。
じっと見つめる天草。先ほどまでのへらへらした表情は、少しずつ真顔になっていく。
ここUMINEKOに集まった同士は、皆それぞれに決意を持って集まっている。
だから、決意という意味では、誰もがコアの主になりえる。問題は、コアに選んでもらえるような資質があるのかどうかだ。

天草の顔が真顔になった時、それは起こった。
コアが・・・光った。無色透明のコアが、紫に。

「へへっ。南條先生。こりゃあ、俺にも資質があるってことじゃないっすか?」

元のヘラヘラした表情に戻った天草。とんでもないことを言い出した。

「んじゃそういうことで、リーダーの変わりに、俺が実験を引き継ぎますわー。よろしくたのんますっ。びしっ!」

南條は、躊躇った。これ以上の負担を、誰かに強いていいのか。
だが時間は無いのだ。ルシファーを失い、スパイも捕まえられた。ファントムはすぐにでも報復行為に出てくる可能性がある。

これからの被検体は、この数日よりは負担が少ない。だが、決して楽なことではない。
もう、選択肢は残っていなかった。

「天草君よ・・お願いしよう。じゃが、決して無理はせんようにな。」

「へへっ。任しておいてくだせぇ先生よ。体力だけはリーダーに負けない自信はありますぜw」

当然、天草の口調は空元気だ。
でも、自分しかいない。リーダーは集中治療室。朱志香は傷心のあまり現実逃避。譲治も話しかけられる雰囲気ではない。真里亞には荷が重過ぎる。



こうして、戦人に代わり、天草が実験を引き継いだ。
彼は勇敢だった。そして我慢強かった。
戦人と天草が担った人体実験。
そのデータが役に立ったのだろうか、コアは完成することになる。




しかし、完成を待つ間に、事件は起こった。
たった一つのコア。そのコアを守るために。
そのコアを奪い返すために。

事態はもう、一歩も引けないところまで来ていたのだ。
天草が人体実験を了承してから4日後、深夜3時のことである。

独房の看守が、あまりにも不自然に熟睡してしまっている中、紗音・嘉音の独房に1人の影が
現れた。

ガチャリ。鍵が開けられ、その人物は、紗音と嘉音を自由にする。
「2人とも、動けるね?時間が無い。行くよ。」

紗音・嘉音・もう1人。3人の影が、本部から抜け出した。
1時間ほど移動したであろうか。それまで沈黙していた3人が、話をしだした。

「ふう。ここまで来れば大丈夫かな。紗音・嘉音」

落ち着いた表情。
暗闇に光る眼鏡。

「あ・・・あの・・ありがとうございます。譲治さん。」

3人目の影は、譲治だった。
間違いない。彼は、2人の逃亡の幇助をしたのだ。

「でも、本当にこれでよかったんですか?」

嘉音が、少しだけ戸惑いながら、譲治に確認する。
これから3人は、ファントムの本拠地に向かうのだ。
ルシファーのその後、コアの状況、譲治の対魔法設備の設計図。様々な情報を持って。

「ああ、僕に迷いは無い。僕は、紗音の信じる道を、供に歩むと誓った。UMINEKOのためでもなく、ファントムのためでもない。世の中すべてを敵に回そうとも、僕は紗音の進みたい道を、全力で守りたいんだ。」


夜明け過ぎに、彼らはファントムの本拠地前に立っていた。
これからの1日は、とても長くなる。
彼ら3人は、残りの7姉妹(6姉妹)を連れて、譲治の設計図・配置図を参考にし、すべての対策設備をすり抜けて、最中心部にまで到達することになる。


未だに目覚める気配のない戦人。
姿を見せない朱志香。
戦人と同じように疲労困憊の天草。
一人きりの真里亞。

彼らはどうなるのか。
その答えは、コアに委ねられている。





夜明け過ぎに、彼らはファントムの本拠地前に立っていた。
これからの1日は、とても長くなる。

彼らは、紗音の案内で中に入る。
重々しい雰囲気の中、会議室に通された。会議室に待っていたのは、残り6姉妹と、ガァプと名乗る女性だった。

「あらぁ、UMINEKOの幹部さんが、我々のスパイと一緒にここに来るなんて、一体何の御用かしらぁ?」

余裕の現れであろう。
UMINEKOの幹部を、何もせずにここまで通したのだ。譲治は用件を先に伝えた。

「はっきり言おう。僕は、この紗音と嘉音に肩入れすることにした。勘違いしないでくれ。ファントムに肩入れするわけじゃない。」

その態度に、ガァプは少しの高揚感を覚える。
嘉音・紗音の役割は、情報スパイだけではない。こういった「UMINEKOの切り崩し」も兼ねている。確かにルシファーを失ったが、得るものもあった。まずは成功と考えて良さそうだ。
だが、まだ信用できない。

「・・・ふうん。まあ、私たちはあんたが味方になってくれる必要もないんだし、好きにすれば?」

譲治は、にやりと笑って、目の前に設計図を放り投げた。
この1週間、書き続け作業し続けた、施設内部の図と防犯システム図だ。

「僕には、ちょっとした計画があってね。その計画の遂行のためには、ファントムの力が必要なんだ。この設計図は、僕の誠意の表れでもある。受け取ってくれ。」

もう引けない。ガァプも譲治もそう感じていた。
譲治が設計図を出した以上、何かの算段があるのだろう。また、他の情報もあるのだろう。
また、譲治も何かの見返りを要求するのだ。しかも、譲治が出す情報に見合うものの。

「あんた、切れそうね。いいわ。話に乗ってあげても良いわよ?そのかわり・・・あんたが信用のおける人物かどうか試させてもらうわ。それでいいかしら?」

「ああ、僕はそのつもりでここに来ている。どんな試験でもやってもらって構わないよ。」




【うみねこセブン番外編SS 「EP0:たった一つのコア」】


第4話

 決意



譲治・嘉音・紗音の前に、魔法の弓矢が、ギリギリと音を立ててセットされている。
真実の弓矢。この弓矢を前にして嘘を言えば、弓矢は正確に3人の心臓に突き刺さる。

「簡単よ。嘘さえ言わなければ大丈夫だわ。」

ガァプと6姉妹が見守る中、毅然と座る嘉音・紗音。
悠然と寛ぐ譲治。

「僕は、面倒な駆け引きは嫌いだ。質問は後。僕が先に要求を言おう。嘘など言うつもりはない。」

「いいわ。どうぞ。」

ガァプは紅茶を飲みながら、聞くそぶりを見せる。

「まずはその設計図。それは僕が作った防犯設備・配置図だ。かなり緻密に見えるが、君達ファントムが上手くすり抜けられるようにしてある。」

譲治は一気に話す。UMINEKOには、魔力を無効化できる設備があり、その設備でルシファーの魔力を封じたこと。対魔法技術を応用して防犯設備を作っていること。
ルシファーは命を落とし、その「コア」によって人間仕様の武器を作る実験をしていること。
まだ実験は完結しておらず、その実験によって戦人と天草は身動きの取れない状態であること。
UMINEKO内部の士気が落ちつつあること。

「・・・というわけだ。そこでだ・・・もし今、今すぐに本部を襲撃すると・・・どうなると思う?」

弓矢の反応はない。
ガァプは、理解した。『譲治は、ファントムの力でUMINEKOを襲えと言っているのだ』と。

納得がいった。なぜ、ルシファーが負けたのか。しかし、疑問が残る。

「譲治。主張は分かった。でも・・・なんであんたがUMINEKOを裏切る必要があるの?」

譲治は、迷いもせず、こう言い放った。

「最初に言ったろう。僕は別にUMINEKOがどうとか、ファントムがどうとか、そんなことのために提案しているんじゃない。全ては紗音のためだ。
 確かに、彼女はスパイだ。正直落胆したし、裏切られたと思った。僕は、何時間も彼女を説得したさ。UMINEKOに寝返ってくれと。でも、彼女の意志は固く、僕は紗音の寝返りを断念した。」

一呼吸おいて、決意を述べる。

「僕は決心した。彼女と共に生き、共に死のうと。僕は誓った。彼女の信じる道を進もうと。僕は、紗音を愛している。その愛を証明するために、この場所に座っている。」

彼の決意は本物だ。ガァプは判断した。
すっと手を振り上げ、ぱちんと指を鳴らす。
彼ら3人の前にあった弓矢が、消えた。

「なるほど。本当に愛は盲目ね。残りの7姉妹、好きに使っていいわよ。あんた達もそれでいいわね?・・・・ルシファーのコア、取り戻していらっしゃい。コアさえあれば、ルシファーを戻してあげられるかもしれないから。」

色めき立つ6姉妹。

彼女達は、この1週間、悲嘆にくれていた。精神的支えでもあるルシファーが、人間ごときに負けた。もう会えない。この1週間、怒りに身を任せていた。UMINEKO許すまじ。めちゃくちゃにしてやる!!

彼女達に、又とないチャンスが現れたのだ。

コアさえ取り戻せば、ルシファーは生き返るかもしれない。彼女達にとって、何にも変えがたい報酬が、目の前にある。

かくして、3時間後。
譲治・嘉音・紗音・6姉妹の9人は、とある場所に来ていた。

ぼろぼろの外観。かつて、そこは右代宮家の栄華を象徴する場所のひとつだった。
「ここは・・・廃校か。」

マモンがつぶやく。

「ああ、そうだ。うみねこ学園。ここがUMINEKOのアジトだ。周辺をよく観察してごらん。」

注意深く辺りを見る6姉妹。

「なーるほどね。よく出来ているわ。あちらこちらに監視機器が付けられていて、しかもカモフラージュされているわね。」

間違いない。廃校に見えるだけで、何らかの施設である。こんなところにアジトを構えていたのか。
設計図にミスはない。9人は、譲治の設計図を下に、どんどん最深部にまで進む。
誰にも会わず。全ての監視機器をすり抜け、電子制御装置の付いた部屋の前までたどり着いた。

6姉妹は感嘆していた。これだけの防犯設備を、譲治はたった一人で作り上げたというのだ。しかも、恐らく精魂込めたであろう設備を逆手に取り、敵を中心部にまで招き入れたのだ。

「さあ、準備はいいかい? いくよ!!」

カードを通し、ドアを開錠する。
勢い良くドアを開け、9人が、突入した。


彼ら9人はどうなるのか。




譲治たちが廃校に突入してから遡ること3時間前のことである。
真里亞が、気付いた。

「あれ?なんか変。」

独房の隙間から、光が漏れていない。それは些細な変化。
だが、毎日見ていたからこそ気付くこともある。
慎重に、扉を開ける。そして、眠らされている看守を、誰もいない独房を発見した。

「・・・大変!誰かに知らせなきゃ!!」

そのまま、集中治療室に駆け込む。そこには、相変わらずベッドの上の戦人、倒れこんでいる天草、黙々と作業している南條がいた。

「先生、大変!!」

南條を呼ぶ。
南條は振り返る。そして、不思議そうな顔でこう言った。

「ん?何かあったかね?どうしたんじゃ。朝っぱらから2人で。」

真里亞は、何か違和感を覚えた。
2人で?

2人ってどういうこと?私は1人でここに駆け込んだ。
もう1人って、誰のこと?

と、気付いた。自分の背後に、誰かがいることに。一緒に誰かが集中治療室に入ってきたのだ。
ゆっくり、真里亞が振り向く。

「え・・・あ、」

そこまでしか言えなかった。
背後にいた人物は、何も言わずに、手に持っていた薬品を、治療室内に撒いた。
と同時に、マスクを被る人物。

「どうして・・・」

薄れ行く意識の中、真里亞は見た。倒れこむ南條。
そして、コアに触れようとする人物。

真里亞の意識は、ここで、途切れた。







「ファントムのスパイです。」

あの日、紗音は告白した。自分はスパイであると。
譲治は責めなかった。変わりに、UMINEKOへの寝返りを勧めた。だが、紗音は拒絶した。

「僕には、君が必要だ。君と一緒にいたい。・・・紗音は・・そう思ってくれているのかな。」

紗音にとって、譲治は情報源でしかなかった。最初は、である。
彼女の失敗。それは、譲治に好意を寄せてしまったことだ。

立場は違えども、思い描くものは同じ。2人は惹かれるべくして惹かれた同志だったのである。
だから、死が2人を別つまで寄り添っていたいと思うのは当然のことであったし、外的要因程度で別れを選ぶことはなかった。

だが現実は非情だ。この先、紗音がUMINEKOに溶け込むことは困難であろう。
2人は、数時間話し合った。紗音は言った。

「譲治さん。あなたの愛は、本物ですか?」





「ファントムのスパイです。」

あの日、嘉音は告白した。自分はスパイであると。
朱志香は責めなかった。変わりに、UMINEKOへの寝返りを勧めた。だが、嘉音は拒絶した。

「私は、嘉音君が好きだ。一緒にいたいよ・・・」

嘉音に近づく朱志香。感情の高鳴りを抑えきれず、嘉音に抱きつく。しかし、嘉音はやさしく距離を開けた。

「朱志香さん。僕は姉さんを、ファントムを裏切れません。また、朱志香さんの気持ちに答えることもありません。スパイであることがばれてしまった以上、今すぐここから立ち去らなければいけません。捕らえるなら今しかありませんよ?」

寂しげに笑い、嘉音は背を向け、部屋を後にする。
朱志香は、追わなかった。追えなかった。自分の拒絶され、UMINEKOを拒絶された。
でも、捕らえるなんてことは出来ない。

「さようなら。」

嘉音は、部屋を後にした。
嘉音はその後、紗音の元へ寄ることとなる。こうして、譲治・嘉音・紗音の3人は、行動を起こすこととなる。

彼らの目的は、一体何なんだろうか。
全ては、コアの為。

それだけ、コアというものの存在が大きいのだろうか。




【うみねこセブン番外編SS 「EP0:たった一つのコア」】


第5話

 信念



「さあ、準備はいいかい? いくよ!!」

カードを通し、ドアを開錠する。
勢い良くドアを開け、9人が、突入した。譲治・嘉音・紗音・6姉妹である。


だが、そこには。
何もなかった。薄暗い施設。全ての機器が、動いている形跡がない。

「・・・どういうこと?譲治。悪ふざけが過ぎてよ?」

アスモデウスが譲治を睨む。
譲治は、扉を閉めた。電子音がし、施錠されたことを伺わせる。
その時の譲治の表情は、とても安らぎに満ちていた。



「そんな顔で僕を見ないでほしいな・・・そして、われわれの墓場へ、ようこそ。」




一瞬、何を言われたのか分からない6姉妹。だが、この状況だ。
間違いない。譲治達3人は、6姉妹と共に心中することを選んだのだ。
うみねこ学院。ここは、UMINEKO本部ではない。旧アジトだ。譲治は「本部に行く」と思わせて、本部には来なかった。



嘉音は決めていた。紗音と共に生き、死ぬときは一緒だと。
紗音はUMINEKOに潜入して気付いた。自らの過ちに。

この2人は、自らを犠牲にすることを、もっと前から決めていたのだ。今となっては分からないが、ルシファーを誘き出した時も、自分達がUMINEKOに利用されていることを知っていたのかもしれない。

2人には心残りがあった。朱志香と譲治だ。嘉音は朱志香との別れを選んだ。紗音も譲治との別れを望んだが、譲治の決意は固かった。

譲治は、UMINEKO本部の防犯システムを早朝から深夜まで1週間かけて構築した。
自分がいなくなってもいいように。

それだけではない。彼は・・・彼は。深夜から早朝にかけて、旧アジト「うみねこ学院」に同じシステムを構築した。ただダミーとするためだけに。つまり彼は、1週間、寝ることなく働き続けたのである。

彼ら3人は、UMINEKOのためでもなく、ファントムのためでもなく、自分達の信念において、6姉妹のコアをうみねこ学院に封印することに決めたのだ。文字通り、ここは墓場になるのだ。


「足掻いても無駄だよ。もうどうやってもこの場所からは逃げ切れない。」

躊躇うことなく、手に持った起爆スイッチを押す。
ここは最深部。何をやっても、どうやっても、安全圏まで逃げ切るのは不可能だ。

「ちょっと!!何考えてるのよあんた!!自分達の命なんて、どうでもいいって言うの?!!」

6姉妹がぎゃあぎゃあと騒ぎ出し、部屋は混乱した。
計算通りだ。騒げば時間が稼げる。あと5分。5分でうみねこ学院一帯は壊滅する。

「譲治さん、愛しています。貴方と出会えてよかった。」
「紗音、僕もだよ。たとえどんなことがあっても、僕たち2人は永遠に一緒さ。」

そんな2人を見て、穏やかな表情で嘉音が呟く。
「ちぇ。いいな2人は。ヒーロー・ヒロインって感じで。」

あまりにも潔い3人。
彼ら3人は手を繋ぎ、その時を待った。







だが。







「ふぅん。そういう温ーい手だったのね。もう少し出来る子達だと思っていたけど、残念ね。」

どこからともなく、そいつは現れた。
大胆な服装。小ばかにしたような笑み。
数時間前に顔を見た女性が、目の前に、立っていた。

「え・・・ガァプ?」

譲治は呆然とした。いったいどこから入ってきたんだ?
得意気に、語りだすガァプ。

「あらぁ?知らなかったの?私って、瞬間移動が出来るのよ?私って凄いのよ?6人くらいなら、なんとか移動させられるくらいにね。クスクス。」


落ち着きを取り戻す6姉妹。
譲治の誤算。それは、7姉妹がファントムの幹部だと思い込んでいたこと。
ファントムは魔法を使う。瞬間移動なんてバカな考えを今まで考えたこともなかったのだ。
ガァプは、7姉妹以上の実力を持っていたのだ。見誤った。


もう、譲治達に打つ手はない。まさに、無駄死にとなってしまう。
譲治は、背後に2人を庇い、言った。

「・・・どうやら、僕達の抵抗はここまでのようだね。残念だよ。」


悠然とするガァプ。

「そうみたいね。でもまあ、楽しい余興だったわ。あんたたち、来世で幸せになれるといいわね〜。じゃあ、バイバイ。」

指を鳴らした。すると、3人もろとも魔法の縄でぐるぐる巻きにされた。

「詠唱の邪魔をされないようにしなきゃね。」

そう言うと、ガァプは呪文を唱え始めた。
ガァプを含めて7人。7人が光に包まれていく。





3人は奇跡を信じた。
だが、3人では奇跡は起きなかった。




彼らはガァプの前に敗れてしまうのか。
結論から書こう。
彼ら3人は、ガァプに敗れた。



だが。

彼らは3人ではなかった。
3人では負けたが、












4人では負けなかった。






彼ら3人は、ガァプに敗れた。
だが。

彼らは3人ではなかった。3人では負けたが、
4人では負けなかった。

4人目の登場により、戦局は大きく変わる。


ここからが全ての始まり。EP0
たった一つのコアがもたらす悲劇。
その思いが、EP1に届きますように。






ガァプは、詠唱をやめた。
6姉妹・譲治・嘉音・紗音以外の気配を感じたからだ。

「・・・・どうやらこの部屋には、私たち以外にも、誰かいたみたいね。」

ガサリ。
もう一人。

譲治たちが突入する前から、彼女は潜んでいた。
この一週間、彼女が見たもの。
この一週間、彼女が感じたこと。それは一体なんだったのだろうか。

「え・・・」

驚きの声を、嘉音があげる。

「朱志香・・・さん?どうしてここに・・・」

彼女は、3人に負けない決意を持って、ここに立っている。
その強い眼差し。戦う意思がみなぎっている。

その手にはコア。

コアは、眩いばかりに黄色く光っていた。




【うみねこセブン番外編SS 「EP0:たった一つのコア」】


第6話

 奇跡



あの日。嘉音からさよならと言われた日。
朱志香は、UMINEKOを飛び出した。そして、宛てもなく歩いた。
深夜になるまで、彷徨い続けた。

気がつくと、彼女はうみねこ学園にいた。
ここは、嘉音との出会いの場だったのだ。

「あの頃は良かったよなぁ〜、無邪気で、平和で。」

いつからこうなったのだろう。
いつから、こうなってしまったのだろう。

いつも謎めいていた彼。
いつも輝いていた彼。

いつも・・・眩しかった彼。

「この年にもなって、また振られるとはねー。うぜーぜ・・」

あの時、大学合格祈願にあげたお守り。
私は勢い余って告白したんだっけ。
嘉音君の大事な時期だったのに。。。

それが一回目の失恋。

あの時、UMINEKOを結成した時に渡したペンダント。
私は勢い余って告白したんだっけ。
嘉音君の気持ちも考えずに。。。

それが二回目の失恋

そしてあの時、スパイ疑惑が浮上した時。
私は・・・・また告白した。
嘉音君を失いたくなかった。

それが三回目の失恋ってわけだ。

「さすがに無理だったなー。えへへ。・・・えへ・・っ」

彼女は、一人で、もはや廃墟となった校舎で、泣いた。


だが、一人の時間は長くは続かなかった。
足音が聞こえたのだ。

嘉音が探しに来てくれたのかと期待したが。。。
物陰に隠れ、確認する。

「え、譲治の兄貴・・・」

そう。朱志香が見た光景。
それこそ、ファントムをおびき寄せるトラップ作りの現場だったのだ。
朱志香は偶然にも、譲治の計画を知ってしまった。



それからというもの、譲治の孤独な作業を、影から見続けるという奇妙な日が続いた。
かなりの量の爆薬。厳重なまでの警戒態勢。
間違いなく、何かをする。

女性の勘というのは恐ろしいものだ。
その鬼気迫る姿に、譲治の死を思い浮かべた。

1週間後、いつも来るはずの譲治が来ない。
朱志香は直感した。

ああ、今日が決行日なんだと。
そのまま、UMINEKO本部に足を運ぶ。
風の噂で、嘉音・紗音が独房に入れられていると聞いた。

独房に行ったが、眠りこけている看守がいるだけだった。
もはや疑う余地はなかった。

彼ら3人は、3人でファントムに戦いを挑むつもりなのだ。
朱志香の取る道は決まっていた。






「・・・これでよしっと。」

真里亞と南條を薬品で眠らせた朱志香は、コアを手に取る。
見ると、戦人と天草もそこに眠っていた。

実験は途中のようだ。
自分には、覚悟がある。ファントムと戦う覚悟が。
この不安定なコアで、何が出来るのかはわからない。
でも、私は戦う!このコアを使って!!

「さあ・・・私には、自分の全てを投げ出してでも助けたい人がいるんだ。コアよ・・私の気持ちに答えて!!!」

やっぱり、私は嘉音君が好き。
嘉音君の傍にいたいし、守ってあげたい。
その優しさに、もう一度触れたい。

「おねがい。」

彼女の決意は本物だ。
そして、コアの主たる資質も持ち合わせていた。

だが。

「なんで・・・なんでだよ・・・・」

コアは、朱志香の気持ちに答えなかった。
呆然と立ち尽くす。朱志香。


タネを明かそう。
南條の研究は、失敗に終わっていたのだ。
数ある偶然が重なり、数回の奇跡が起きていた。それだけだったのだ。
あと5年。いや10年。その間中、いかに戦人が、天草が身を捧げようとも、南條の力ではコアは完成しないのだ。

人間の英知の及ばない世界に、コアは存在する。

絶望を知った人間がとる行為。
呆然と立ち尽くし、朱志香の心は無になった。




様々なIFの世界において、ルシファーを倒すことは、ごく稀にあった。
コアの存在に気づいた世界も。
コアを人間に利用しようとした世界も。

数多の世界で、それら全てが徒労に終わっていたのだ。

全てが徒労。今まではそうだった。
徒労を重ねると、世界はどうなるのか。
そこには、数多くの失敗と、成功が折り重なっている。






その徒労の中、最も退屈していた魔女が、いた。

奇跡だった。
南條は、徒労の中に、とある奇跡を起こしていた。

確かに、南條の実験は失敗に終わった。だが、得るものはあったのだ。
奇跡的に、南條はコアの存在に気づいた。
その数少ない世界のうち、奇跡的に譲治たちがルシファーを捕らえた。
さらに少ない世界のうち、奇跡的にコアを持ち帰ることが出来た。
もっと少ない世界のうち、奇跡的に、コアが光った。しかも、戦人と天草の2回。


さらに。2回の微弱なコアの反応を、察知した魔女がいた。



このIFの世界で、初めて、コアが人間にも反応することに、奇跡の魔女が気づいたのだ。
絶望により、心を無にしてしまった朱志香の元に、彼女はやってきた。
醒めた目。冷酷な笑み。令嬢を思わせる衣装と佇まい。かつて、奇跡を呼ぶと言われた魔女。
どうやって集中治療室に入ったのか。なぜ今このタイミングでここにいるのか。

「くすくす。あんた達、面白いことをしているのね。」

朱志香の反応は、ない。
あまりにも色んな事が起こりすぎて、彼女は反応できない。

「コアは人間にも反応するのね・・・知らなかったわ。私にも分からないことだらけ。人の世は、まだまだ飽きるには早い。」

ようやく、朱志香は我に返る。

「おめぇ・・・誰だよ・・・」

朱志香の問いに、魔女が答える義理はない。
かわりに、魔女が質問を返す。

「・・・朱志香、力が欲しい?」

魔女の問いに朱志香が答えるのは当然だった。
即答。

「欲しい。」
「そう。いい答えね。まあ、失敗するかもしれないけど・・・あんたに加担してあげるわ。」

魔女は、朱志香の手にあるコアに、少しだけ、触れた。

バシュッ!!

目が眩むほどの光。その光の集合体が、コアの中に吸い込まれていった。
見た目は先ほどのコアのまま。だが、何かが違う。

朱志香は確信した。私は今、コアを使う事ができる。
満足げにうなずく魔女。

「さあ、あんたの好きなうみねこ学園に行ってらっしゃい。面白い事が起きるわよ。あ、お礼の言葉は要らないわ。
 ・・・・・最後まであがいて見せなさい。人間の悪あがきって好きなのよ。」

そう言い残すと、魔女は消えた。
考える余裕はない。悩む時間はない。疑う必要はない。

朱志香は誓った。
私は全てを守りたい。

何があっても。






ガァプは、詠唱をやめた。
6姉妹・譲治・嘉音・紗音以外の気配を感じたからだ。

「・・・・どうやらこの部屋には、私たち以外にも、誰かいたみたいね。」

朱志香は身を潜めたまま隙をうかがっていたが、余裕はなかった。
そして、感付かれてしまった。腹を括るしかない。

父さん。母さん。あんた達のおかげで、今日まで生きている。本当にありがとう。

UMINEKOのメンバーには感謝している。独り身になった私をここまで守ってくれた。

そして・・・嘉音君。人を好きになるってことを教えてくれてありがとう。

私が、コアを使って、みんなを守るんだ!!
だから。。。コアよ。私に力を貸してくれ!!!


わざわざ確認しなかった。
彼女は、コアを握り締めたまま、ガァプの前に立った。
確認するまでもない。その手が熱い。コアは、私に力を貸してくれている!!!


「え・・・」

驚きの声を、嘉音があげる。

「朱志香・・・さん?どうしてここに・・・」

彼女は、3人に負けない決意を持って、ここに立っている。
その強い眼差し。戦う意思がみなぎっている。

その手にはコア。

コアは、眩いばかりに黄色く光っていた。

「えっへっへ。嘉音君、久しぶりだね。私ってストーカーだよな。何回も振られてるのに、何回も告ってさ。しかも、こんなところにまで回り込んで待ち伏せしちゃってるんだぜ?怖いよなー。」

もういいんだ。嘉音君のことは。
私は、彼を守りたい。今の私に出来ることは、数少ないのかもしれないけれど。

「な、なんでこんな所にまで来ちゃってるの!!この状況分かってるんですか?!あと数分で粉々になっちゃうんだよ?!!」

あーあ。やっぱり叱られちゃったよ。嘉音君はいっつもそうだ。
素っ気なくて、いつも怒ってばかり。それでいて・・・

「怪我だけじゃ・・・済まされないんだよ?どうしてここまで来てしまったの・・・?」

それでいて、心の中は、優しさで満ちている。

「わりーな。惚れた男には、最後まで尽くすってのが私の性分さ。あきらめなよっと。」

コアを握り締めたまま、朱志香は、3人にまとわりついている魔法の縄をぶん殴る。
拳は光り輝き、獰猛な獣が狩りをするかのような素早さで、縄のみを引きちぎった。

ドサリ。譲治・嘉音・紗音は解放され、床に崩れ落ちる。

くるりと向き直り、ガァプと対峙する。

「ってわけだ、巨乳のおばさん。もうしばらくお付き合いいただくぜ!」





爆発まであと3分。
朱志香は3人とともに無事逃げ切れるのだろうか。

6姉妹は、ガァプは、無事逃げ切れるのだろうか。




もう宣言してしまっている。



4人では負けないのだ。




負けない。











勝つことも、ない。






数多の瓦礫の中で、嘉音は目を覚ますことが出来た。
致命傷と言える大きな傷が体中に何箇所も出来ていた。

「・・・・・」

彼は、何か呟いている。

「・・・・朱志香・・・まだ・・・死ねない・・・」

霞む意識の中、彼は確かに見た。
青黒く光る、コアを。

彼の中から、不思議な力が湧き上がる。
まだだ。まだ眠るわけにはいかない。

朱志香を、ここから連れ出すまでは。






【うみねこセブン番外編SS 「EP0:たった一つのコア」】


第7話

 守りたいもの



「人間の分際で・・・よくも、よくも私の邪魔をおおおお!!!!!」


ガァプは怒り狂っていた。
目にも止まらぬ速さで、朱志香の急所に容赦ない一撃を次々と繰り出す。

ドォォン!!!
ガシュッ!!!
ギィィン!!!

その衝撃だけで、一撃一撃の重さが伝わってくる。
朱志香は確かにコアの力を手にした。だが、怒り狂ったガァプの前では、あまりにも無力だった。

「ちっ。おばさんのくせに、やるじゃねーか!」

それでも、なんとか攻撃を受け止める朱志香。
バシュッという音とともに、ガァプの攻撃が目に見えない壁にぶつかり光を放つ。
朱志香は、攻撃を受けるしかない。彼女の後ろには、生身の人間が3人もいるのだ。

「ハァ・・・ハァ・・・威勢のいいわりに、防戦一方なのね、クソガキちゃん?ん?」

怒りのあまり、息の上がるガァプ。それを見て、朱志香が更に挑発する。
まずは、自分に注目させるんだ。ここには譲治の兄貴もいる。今は私が攻撃を受けていればいい。きっと、何かチャンスがあるはず!

「あらら。やっぱ年なんだねぇ。息が上がってるぜ?もう引退したほうがいいんじゃねーn」

ドォォォン!!!
朱志香は、ガァプの強烈なスピンドルキックをまともに受け、体ごと壁に叩きつけられた。
咳き込みながら、朱志香が立ち上がる。

「・・・・あんた、認めてあげるわ。その根性だけは。でもね、所詮勝てないのよ。私達には。あんたの持ってるの、誰のコアだか忘れたわけじゃないでしょ?」

彼女の持っているコア。たった一つのコアは、ルシファーのもの。
この戦場には、残り6姉妹とガァプ。つまり、ルシファーがこれら全ての敵と戦うようなもの。
最初から、勝てない。

よろりと立ち上がり、パンッパンと埃を払う。

「へっ。恋する乙女にゃ、そんなこと関係ねーんだよ。こっちは青春真っ盛りなんでね。」

ニヤリとガァプは笑った。
おもむろに、隣にいたレヴィの腰を右手で掴んだ。

「えっ」

レヴィは一言喋ったが、喋り終わった頃には、杭状の武器に変化していた。
ガァプは、何も言わず、全力で、武器と化したレヴィをブン投げた。

(これはヤバイ)

朱志香の本能がそう告げる。きっと避けられない。
きっと防ぎきれない。
朱志香は、そのまま前に走り、右手に全神経を集中する。全ての力を右手に集める。

「うおおおおおおおおお!!!!!」

世の中で最も美しく、最も正確で、最も威力のある攻撃は何かと聞かれたら、読者は何と答えるだろうか。

軽く曲げたひざを回転させ、右のつま先が上がる。同時に腰の回転。下半身のバネと回転の力が朱志香の右肩に伝わる。右肩に蓄えられたエネルギーが肘へと伝わり、その先へ螺旋状に解き放たれる。

「正拳突き」

朱志香の拳は、コアの力により、眩いばかりの獅子となり、レヴィを呑み込んだ。

ガキィィィン!!!
青い火花が飛び散り、杭となったレヴィは粉々に砕け、彼女のコアが床に落ちた。

(よしっ。)

朱志香はレヴィを倒した。残り6人。
その姿勢のまま、ガァプを見た。
ガァプは、まだ杭をぶん投げた姿勢のままだ。

(チャンス!!)

朱志香は、そのままガァプに突進しようとした。










慢心だった。
彼女は、ガァプの姿勢で気づかなければいけなかったのだ。








ガァプが投げた杭は、一本ではなかったことを。
彼女が見た光景。それは、ガァプが二本目を投げた姿だったのだ。

ガァプは狡猾だった。
気づかれないように、背後から。杭となったマモンが、背中から心臓を狙っていた。


ドスッ。
背中に鈍い痛みを覚え、朱志香はもんどりうって倒れた。
彼女の神経は、コアの力は、拳に集中している。背後からの不意打ち。直撃なら、死を免れることは出来ない。

ゆっくり、恐る恐る。痛みの走る方向へ振り返る。


「か、嘉音・・君・・・」



そこには、朱志香を庇うようにして仁王立ちしている嘉音がいた。
わき腹には、大きな穴が開いている。

ガァプの投げたマモンは、確かに朱志香の背後から心臓を狙った。だが、間に嘉音が飛び込んだのだ。結果、嘉音が犠牲になった。嘉音を貫いてなお、マモンは勢いを止めず、朱志香まで辿り着いた。嘉音がいなければ、朱志香は即死だったであろう。だが・・・

「ゴフッ。」

嘉音の口から血が溢れる。
そのまま、前のめりに倒れる。

「嘉音君!!!」

朱志香は、自分の背中に刺さった杭を抜きそのままガァプへ放り投げた。
醒めた目でガァプはそれを払いのける。

パキィン。
杭となったマモンは、ガァプによって粉々になり、コアとなった。

そんな光景を確認するまでもなく、嘉音に駆け寄る朱志香。手に持っていたコアすらも放り投げた。


「や・・・ちょ・・嘉音君何してるの!!!しっかりして・・・バカ・・・何やってんだよ!!」


頭が混乱して、よく理解できない。
目の前に、血だらけの、嘉音君がいる。何が起こったのかまだ理解し切れていない。
どうしよう。嘉音君が、倒れている。

嘉音君、嘉音君、嘉音君、嘉音君、嘉音君・・・・・

「いやあああああああ!!!!!!」

朱志香の心は、急速に衰えを見せた。
光り輝いていたコアは、今となっては無色となり床に転がっているだけ。


「朱志香・・・さん・・・・ 逃げ・・て・・・」


なぜ、何で私が嘉音君をおいて逃げる必要があるの!


「争いのない・・・場所へ・・・幸せに・・・・」








嘉音は、物心付いた時から天涯孤独だった。
彼が唯一心を許せたのは、同じ境遇で共に暮らした紗音だけであったのだ。

彼ら2人は、人間に虐げられて生きてきた。彼は、紗音を姉と慕い、尊敬していた。恋心とは違う。
自分の全てをさらけ出せる、安らぎの場所がそこにはあった。
ひっそりと慎ましやかに暮らす二人であったが、行く先々で慎ましやかな生活を破壊されてきた。

2人とも、人間不信だった。
気がつけば、ファントムの一員として諜報活動をしていた。




「人間に恋なんかして。恥ずかしくないの?」

何度も何度も、姉さんをなじってきた。
なじればなじるほど、自分の気持ちに気づかされる。

『こ、これ・・もうすぐ大学受験だろ?・・・・ががががんばって』

お守りだった。僕は、今でも肌身離さず持ち歩いている。
何かある時、僕はいつもそのお守りを握り締めた。心が落ち着いた。

『一緒に・・・戦って欲しい』

ペンダントだった。自分が一員として認められた証拠だった。お守りが、もう一つ増えた。
僕のことを想ってくれる人がいる。

嬉しくないわけがない。自分の好きな人が、自分のことを好きだと言ってくれる。
でも・・・・でも。

「お守り、ありがとう。大事に使うよ。でもその・・・ごめん。気持ちはうれしいけど。僕は朱志香さんを友達以上に見れないよ。」

なんで・・・なんで。

「ペンダント、ありがとう。悩んだけど、UMINEKOに入るよ。でもその・・ごめん。気持ちは嬉しいけど。僕は朱志香さんを同志以上には見れないよ。」

どうしてだろう。

「朱志香さん。僕は姉さんを、ファントムを裏切れません。また、朱志香さんの気持ちに答えることもありません。スパイであることがばれてしまった以上、今すぐここから立ち去らなければいけません。捕らえるなら今しかありませんよ?」

分かっていた。
僕は、スパイ。いつか知られてしまうことを恐れていた。
いや・・・・自分の醜さを、自分の心の中を知られるのが怖かった。

何より、嫌われるのが怖かった。

今の距離なら、朱志香さんに嫌われることはないのかもしれない。
嫉妬深い僕を。いつも朱志香さんのことばかり考えている僕を、朱志香さんの前だけクールにしている僕を、眩しくない僕を、見せることが怖かったんだ。

僕は、心の底から後悔している。

もう一度やり直したい。最初から。
上手くいかなくてもいい。

それでもいいから、本当の自分をさらけ出してみたかった。







「・・・好きでした・・・・ずっと・・・傍にいてくれるだけ・・・で・・・幸せ・・・」

横たわる嘉音に寄り添うように、強く手を握る朱志香。

「もういいから。。。喋らないで。。。お願いだから!! 起きるんだよ嘉音君!!!」

苦しいはずの顔には、笑みすら浮かべている。
今まで我慢してきた気持ちが、ほとばしるように口から溢れ出す。

「僕は・・・後悔しています・・・あの日から・・・ずっと・・・もう、離さないから・・・もう、嘘付かないから・・・僕だけのものに・・・・」

「・・・うん・・・うん・・・ありがとう・・だから・・起きてよ・・・一緒に幸せになろう?諦めたりしないで!!!」






ガァプは、興味のない顔で、3つのコアを拾った。

「ああ、泣けることで。『おばさん』は涙もろくなったわ。んじゃ、そういうことで。4人仲良く瓦礫の下に埋まりなさい。コアも回収できたし、そろそろ本当に失礼するわ。」

残りの4姉妹を集め、手に3つのコア。魔法陣を描く。



何度も書いた。


「熱っ!!!」


詠唱が中断した。ガァプは、条件反射により、手からコアを離す。
無色だったコアが、光りだした。


緑色。いや、エメラルドグリーン。
あまりに美しい色。







何度も書いた。

4人では、勝てないが、負けない、と。
朱志香は一人で戦ったわけではない。

4人で戦ったのだ。


逃げたいガァプ。統率力のない姉妹達。

自らの死を賭す覚悟の2人、生きたいと切望する1人、そして死を覚悟したものの生きる力を培った1人。



土壇場において、どちらの方が勝るのか。
死を賭した2人、譲治と紗音。2人はようやく気づいた。自分達のこれから成すべきことを。


「・・・僕達2人は永遠の愛を誓い、成就された。もう、僕達に未練はない。」

コアが緑に光る。

「でも、今そこにいる2人には、まだこれからの先があるの。ここで死なせるわけにはいかない。」

コアが純白に光る。

「「絶対に、死なせない。」」

2人の決意は、自らの命を捧げるのに十分なものであった。
2人の決意が融合し、コアは、エメラルドグリーンに輝いたのだ。


バチイィィン!!!!

コアは、巨大なバリアを張り、魔女達を吹き飛ばした。そして、優しく嘉音と朱志香を包み込む。







爆発まで、あと30秒。








どんな人にも、どんなことにも、必ず役割があり、必ず結末がある。
何一つ無駄になることはない。



そう信じている。
そして、そう信じたい。





嘉音は、コアを懐に入れ、瓦礫の中を手で掘り進んでいく。もう、手先の感覚はない。
感じる。彼女の息遣いが。

激痛が彼を襲う。鈍い痛みが、彼を襲う。
どうしようもないほど眠い。一瞬でも気を許せば意識が飛びそうだ。

それでも、懸命に真っ暗闇を掘り進む。
彼女の生を感じる。まだ諦めちゃいけない。

決めたのだ。もう、後悔しないと。
決めたのだ。もう、諦めたりしないと。

決めたのだ。


もう、離さないと。



「朱志香・・・大丈夫。僕が必ず・・・・助け出すからね・・・待ってって」


感覚の無くなったはずの、彼のボロボロの右手が、何かに触れた。
瓦礫の中、彼はついに朱志香までたどり着いた。






【うみねこセブン番外編SS 「EP0:たった一つのコア」】


第8話

 運命



光り輝くバリアが、若き2人を包み込んだ。
莫大なエネルギーだった。

ガァプは、2人を包むバリアが自分ではどうにもならないほど強大であることを瞬時に理解する。
正直、もう2人には興味はない。だが・・・

「ちっ。姑息な真似を・・・」

そのバリアの中には、エメラルドグリーンに光り輝くコアと、レヴィ・マモンのコア。
何とかして、3つのコアを取り戻さなければ。ガァプは1秒だけ考えた。

1秒の間に、最も効率的な回収方法を見つけた。
要は、コアの力を消せばいいのだ。

意地悪に笑うガァプ。

「譲治、紗音。あんた達もバカね。もう少しだけ寿命があったのにね。死に急ぐ必要なんてなかったのに。」

すっと両手を上げる。同時にサタンとベルフェが杭に変化した。
ガァプが考えた回収方法はシンプルだった。

身構えた譲治と紗音。

その2人の心臓に、

杭は、

容赦なく、

突き刺さった。


「バカね。あんたたちが死んだら、コアのバリアもなくなるのよ?キャハハハ!!!!」


意識も途切れ途切れの嘉音・朱志香はもう何も出来ない。
譲治と紗音の2人は、心臓に杭を打たれた。

ガァプは、悠然とバリアが消えるのを待った。


・・・

が。


譲治と紗音は、ニコリと笑った。


「「ありがとう。」」


2人はそう言うと、杭を抱え込んだまま、バリアの中に入った。
心臓が止まった状態で動くというのは、想像を絶する痛みを伴う。激しい消耗。

彼ら2人は、心臓を貫かれようとも、爆発の瞬間まで、この状態で生き抜くことを、朱志香と嘉音を守り抜くことを、5個のコアを守り抜くことを決めたのだ。

ドゴオオオオオンン!!!
ガシッ!!!!

怒り狂ったガァプは、恐ろしいほどの衝撃をバリアに浴びせる。

「この・・・・この!!!!なんで心臓を貫いても死なないのよ!!!!さっさと死ねぇぇぇぇ!!!!!!!」


ドゴオオオオオンン!!!
ガシッ!!!!


残り20秒。


「譲治・・・・さん・・・・幸せでした。貴方と出会えて、良かったです。」


ドゴオオオオオンン!!!
ガシッ!!!!


残り15秒。


「それは・・・・・・・僕の台詞だよ、紗音。こんな・・・・僕を・・・・・愛してくれてありがとう。」

朦朧とする意識の中、2人は手を取り合った。
散り行く命は、かくもはかなく美しい。

まだ。まだ眠ってはいけない。後20秒、いや15秒でいい。若き2人を守りきるまでは。


「僕たちは・・・とても不幸なめぐり合いをした・・・それでも・・・愛し・・・・合えた。」
「はい・・・」



ドゴオオオオオンン!!!
ガシッ!!!!


残り10秒。


「もし・・・・奇跡的に、また巡り合えたら・・・・今度こそは・・・幸せに・・・・なろう・・・」
「はい・・・必ず・・・・探し出します・・・・」


ドゴオオオオオンン!!!
ガシッ!!!!


残り5秒。


「クソガァァァァァァ!!!!!!!」


すさまじい爆音・衝撃派。
全てが一瞬で粉々になる。

その衝撃は、うみねこ学院一帯の数キロにまで及ぶ。
数キロの範囲が、一瞬にして粉々に砕け散った。



バリアの中は、平穏そのものだった。
もう、いいだろうか。もう、眠ってもいいのだろうか。






「必ず・・・・・幸せにするから・・・・ね・・・・愛し・・・る・・・紗・・・・」
「必ず・・・・・見つけ・・・・・・・・ね・・・・愛し・・・す・・・譲・・・・」





爆音の中、衝撃の中、永遠の愛を誓った2人は、抱き合いながら、息絶えた。
2人は、この衝撃から、6姉妹とガァプの襲撃から、見事に若き2人を守りぬいたのだ。


彼らは、永遠の愛を誓った。
2人は、次の世界でも、別の世界でも、どの世界でも、必ず巡り合う。




そして、必ず恋に落ちる。
そして、必ず結ばれる。



魂同士の結びつきは、ファントムであろうと、絶対の魔女であろうと、奇跡の魔女であろうと引き裂くことは出来ない運命なのだ。





2人の肉体が主を失った瞬間だった。
その瞬間、バリアが消えた。

バリアが消えた瞬間、若き2人は瓦礫の仲に放り出された。




嘉音と朱志香。
若き2人はどうなるのか。

後は、2人にかかっている。
2人はまだ死ねないのだ。

命を投げ出してくれた譲治・紗音の為にも、生きて脱出しなければならない。
そして、幸せにならなければならない。


それまで、死んではいけないのだ。








とある疑問が湧いた。

すべての事は、過去からの積み重ね。ならば、これから起こる事象は、すでに決まっているのではないのだろうか、と。


私は、更に考える。

 世の中に「永遠」はあるのだろうか。
 世の中に「絶対」はあるのだろうか。
 世の中に「奇跡」はあるのだろうか。


冒頭に対する私の答えは、「否」である。

我々は、過去の積み重ねでここまで来ているけれども、今から先の未来は、我々の力次第で良くも悪くもなると信じている。

だから、永遠の苦しみを信じない。永遠のつながりを信じる。
だから、絶対に逃れられない悪夢を信じない。絶対に裂けない愛を信じる。


だから、

「奇跡」を

信じる。







「ハァ・・・ハァ・・・あのクソガキどもぉぉぉ!!!」


うみねこ学院から離れること数キロ先。

ガァプは、かろうじで瞬間移動し難を逃れた。
両手にアスモ・ベルゼを抱えるだけで精一杯だった。

なんという失態!
幹部であるガァプは、ただの人間に、勝てなかった。
しかも、7姉妹のうち5姉妹を失った。

一面は瓦礫の山。この中からコアを探すなど不可能。
また、爆発を見て人間どもがやってくるだろう。魔力を使い切ったガァプは、引き返す選択を余儀なくされた。

「・・・UMINEKO・・・あんたたちは、なんでそこまで足掻く・・・?」


同じ疑問を、ガァプは自分自身にぶつける。
なぜ自分たちは、ここまでして人間と戦っているのだろうか。

この殺戮の先に、本当に我等がファントムの幸せが待っているのであろうか。
ひょっとしたら自分達は、幻想の住人たちに踊らされているだけではないのだろうか。




【うみねこセブン番外編SS 「EP0:たった一つのコア」】


第9話

 意思



・・・

暗い。
嘉音が意識を取り戻して最初に思ったことは「暗い」であった。

瓦礫に埋もれ、身動きが取れない。自分ではどうしようもない閉塞感。
徐々に、何があったかを思い出していく。

悲しんでいる暇は無い。
「自分達」は、偉大な2人によって守られたのだ。



(姉さん・・・譲治さん・・・)

意識がはっきりしてきた。
もう、離さないと誓ったじゃないか。もう、後悔しないと決めたじゃないか。

懐が暖かい。
理由は分からないけれど、コアが僕に力を貸してくれている。
「生きろ」と言ってるみたいだ。

右手に感覚が戻ってくる。僕の右手は、確かに「何か」に触れている。
無機質な瓦礫じゃない。間違えるものか。

この感覚。間違いない。

「・・朱志香・・・今・・・助けるから・・」

僕は、どんなことがあっても、朱志香を助ける。


どんなことがあっても。たとえ、自分がどうなろうとも。





暖かい。
朱志香が目を覚まして最初に感じたことは「暖かい」であった。

私の右手が、温かい。
私は・・・瓦礫の中に埋もれている。身動きも取れないし、体中が痛い。


何も見えない。

それでも、何故か怖くなかった。
なぜなら・・・

「・・朱志香・・・今・・・助けるから・・」

この声。私の手を握ってくれている、暖かい手。

「・・嘉音君・・・2人で、頑張ろう・・・」

私たちは、最悪の状況だけれど、それでも繋がっている。
大丈夫。私たちは助かる。嘉音君が何とかしてくれる。
私は、そう信じてる。

「嘉音君・・・信じてるからね・・・2人で・・・幸せに・・」

眠い。

ねえ、嘉音君・・・

少しだけ、眠って・・・いいかな?
へへっ。

なんだか、こんな状況のくせに、幸せなんだよ。
だから、幸せな気分のまま、眠らせてくれよ・・・





爆発から3時間後、真里亞はうみねこ学園の目前に立っていた。
爆発の情報が入り、UMINEKOメンバーとともに偵察に来たのだ。

「真里亞さん、見ての通りです。ひどいモンですわ。」

率直な感想を伝えるメンバー。
不満げな顔を浮かべる真里亞。

何かがおかしい。爆発の規模が大きすぎる。
もうこのあたりは、人すら住んでいない廃墟。一体何が起きたのか。

爆発したとすれば・・・

「みんな、うみねこ学院周辺を調べて。きっと、何かある。」

そこは、元アジト。
何かが起きたんだ。私の知らないところで。真里亞はそう直感した。



1時間後。


真里亞は、何かを感じた。


「うー・・・・感じる。とても弱いけれど、暖かいエネルギーを。」

真里亞は、瓦礫の隙間にもぐりこんだ。
携帯ライトを、暗闇に照らす。

真里亞は、確かに見た。
トランシーバーを手にし、メンバーに知らせる。


「大変!!真里亞の所在地まで来て!!人が埋まってる!!!」


間違いなく、人の手だった。
その手は、埃にまみれ、血にまみれ、傷だらけではあったが、それでも微かに動いていた。

上へ、上へ。
少しでも地上へ。

その腕は、いや嘉音の腕は、本人の意識が無くなってもなお上を目指していた。
朱志香を抱えながら、彼は、暗闇の中を、瓦礫の中を、見事に上りきったのだ。


こうして、嘉音と朱志香は、救出された。
二人とも体中に深刻なダメージを受け、まさに瀕死であった。

即座に、UMINEKOで集中治療が施されることとなった。瀕死な2人であったが、お互いの手は握られたままだった。それを見た南條は、手を繋いだままで治療する。

ぼろぼろになった服。ぼろぼろの体。致命傷の傷。
思わず目を背けたくなるほどの状態だ。

「こりゃあひどい・・・どうしてこの状態でまだ生きていられるのか・・・ん?」

合点がいった。嘉音の懐に、コアを見つけたのだ。深い色に光っている。
そうか。コアが守ってくれたのか。あの時、朱志香が持って行ったコア。

コアが光っているうちに、治療を終えなければいけない。

心配そうに待っている真里亞に、現状を正確に伝える南條。



「真里亞ちゃん・・よく聞いてくれ。実は・・・とても言いにくいことなんじゃが・・・」


最新の医学をもってしても、助かる見込みは限りなく低い。
また、助かったとしても、健常な生活を送ることはまず不可能。むしろ、今生きているのが奇跡だ。

「そ・・・んな・・・」

膝から崩れ落ちる真里亞。
優しく肩に手を置く南條。


「出来る限りのことはする。真里亞ちゃんも、出来る限り手伝ってくれないか?」
「・・うー、もちろん!!」


大好きな朱志香お姉ちゃんと、本当はとってもやさしい嘉音君。絶対死なせるものか!


朱志香の手術は8時間にも及んだ。
そして、嘉音の手術は、16時間という長さだった。


傷は縫合した。内臓のダメージも、出来る限り修復した。
UMINEKOの病棟に移された二人。

あとは、2人の体力・気力にかかっている。
嘉音の懐には、コア。

コアがなければ、間違いなく死亡しているレベルの重症だった。
また、コアがなければ、生命維持も厳しい。それほどの病状。
だから、回復するまで、彼の懐にコアを置いておくことにしたのだ。

すぐ隣のベッドには、朱志香。彼女もまた、深刻な状況だ。
そんな二人の手と手は、しっかり繋がっていた。


どう言えばいいのか。
2人は生死を彷徨っている。


しかしそれでも、

とても幸せそうだった。






彼ら2人が奇跡的に目を覚ましたのは、集中治療を終えてから1週間後のことだった。

1週間。

1週間は、短いようで長い。





1週間。それは・・・・




戦人が目を覚ますのに十分な時間であり、







ファントムが朱志香・嘉音を見つけるのに十分な時間であった。





戦人は、若き2人に立ちはだかる危機に、間に合うだろうか。

若き2人は、幸せになれるのだろうか。




UMINEKOに幸せが来るのだろうか。



ファントムに幸せが来るのだろうか。






結論を書く。






戦人は、









間に合わなかった。








私は思う。

この世の中に、「悪」はあるのだろうか。
また、誰が「悪」と判断するのだろうか。

判断するのは、時代であり、風習であり、風土であり、法でもある。

日本においても、「切り捨て御免」など、現代では通用しない常識もあったのだ。
麻薬だってそうだ。合法的に売られている地方もあれば、販売目的の所持だけで死刑になる国もある。

では、ファントムが悪だと言い切れるのだろうか。
人間が善だと言い切れるのだろうか。

言い切れること。

それは、

愛し合う2人を引き裂いてはいけない。
繋がりたいと願う気持ちを引き裂いてはいけない。

このことは、ファントム・人間双方に言える。


だから私は、ファントムにも人間にも味方をするのだ。






ここはファントムの本拠地。
重い空気が、応接室に漂っている。

「・・・ボスは、大層お怒りです。どう責任を取るおつもりですか?」

寛ぐガァプとロノウェの前に、「ボスの使者」が立っている。

ボス。幻想世界の住人。
人間の世界への進出を目論んだ張本人だ。

つまらなそうに、ガァプが答える。

「べつにー。ボスに迷惑がかかったわけじゃないでしょー。あんたも暇ね。いつものようにボスのご機嫌でも取ってりゃいいのよ。ヱリカ」

そう。ボスの使者はヱリカという。非常に頭の回転の速い女性だ。

「私はボスの代理です。失礼ですよ。ガァプ。」

見下した口調に、ヱリカが噛み付くが、ガァプは意に反さない。
ロノウェを見ると、ロノウェも退屈そうにしている。最早、興味もないようだった。早々にお帰りいただこう。

「ふぅん。で、ボスの代理のあんたに、何が出来るの?人間共と激しく戦って、世界の半分をようやく手に入れた私たちに、あんたは何をしてくれるの?」

「・・・」

「もっと言うわ。半分を手にして、私たちは暮らしやすくなった?どうなの?あんたがボスの代理なら、どうしてこんなことになったのか納得できる説明をしてみなさいよ。」

「う・・ぐ・・・。わ、私は代理です。ボスのお考えは、高貴ゆえ、下品なあなたたちには理解のしようがありませんわ。話すだけ無駄です。」

苦しい言い逃れだった。これでは、ボスから何も聞かされていませんと暴露しているようなものだった。

口を閉ざしていたロノウェが、一言だけ、言った。

「何も聞かされていないあなたのような小者には用がありません。お引取りを。これ以上長居されるのでしたら・・・それなりの覚悟をすることですな。」

引きつった笑みを浮かべ、ヱリカは体裁を保とうとするが無駄だった。
このままでは返れない。ボスからの命令で、内情を視察しなくてはならない。

自由行動はなし。ロノウェとガァプの監視下において、指定された場所のみ視察可能ということで、ヱリカは妥協せざるを得なかった。



【うみねこセブン番外編SS 「EP0:たった一つのコア」】



第10話

 自由



ふと、目を覚ました。
ここは・・・どこだろう。無機質な天井が視界に入った。恐る恐る、声を出してみる。

「う・・・あ・・・・」

記憶がよみがえってくる。
温かい左手。誰かと手を繋いでいる。

「朱志香お姉ちゃん!!!・・・よかった・・・お姉ちゃあああああん!!うあああああああ・・」

不意に、甲高い声が聞こえた。その声は・・・真里亞か。

「ん・・・・真里亞・・・ここはどこだ?」



先に気がついたのは、朱志香だった。泣きじゃくる真里亞の頭をなでてやる。
そうか。私は助かったんだ。体中が痛くて呼吸するのも苦しいが、私は生きている。

程なくして、嘉音も目を覚ます。
温かい右手。朱志香の手を握っている。そうか。僕は生きてるんだ。


暖かい午後だった。
意識を取り戻したものの、危険な状態が去ったわけではない。特に嘉音。彼の顔面は蒼白。体の機能が回復していないことは明白だった。

もう少し寝るように言われるが、嘉音は拒否した。
まるで、もう自分には時間がないことを知っているかのようだ。

「朱志香・・真里亞ちゃん・・・よく聞いてほしい・・・ファントムのこと・・・そして・・・あの時・・・何があったのか・・・・僕の意識があるうちに・・・」

冗談を言える状態じゃない。
2人は、嘉音の言葉を聞き逃すまいと、神経を集中した。
また、朱志香も、自分の知る限りの情報を真里亞に話す。


本拠地の場所も、奇跡の魔女も、コアの在り処も、コアの秘密も何もかも。
互いに驚き、互いに理解しあう瞬間だった。

嘉音の懐で光るコア。
たった一つの「奇跡のコア」。

なんとしても、守らなければいけない。
なんとしても、UMINEKOにファントムの本拠地情報を伝えなければいけない。なんとしても、たった一つのコアの秘密を知らせなくてはいけない。



「・・・自分でも分かるよ・・・僕はもう長くない・・・先に、姉さん達の所へ行くよ・・・」

弱気な嘉音を、朱志香が責める。

「何言ってるんだよ嘉音君。そんなことさせやしないよ。私は嘉音君のいない世界に興味はないんだ。一緒に生きよう。一緒に幸せになろう。もし君が歩けないなら、私が足になる。2人で、いろんな所に行こう。もしその目が見えなくなったのなら、私が君の目になる。綺麗なものを見に行こう。美味しい物を食べよう。いっぱいいっぱい笑おうよ・・・ねえ・・」

朱志香もまた、身動きのとれない身だが、繋いだ手から熱意を伝える。
ふっと、嘉音は笑った。



その時だった。
つかの間の幸せが、するりと逃げていった。



ドオオオオオン!!!
大きな地響きとともに、部屋は衝撃波に見舞われた。







「許さない・・・許さないぃぃぃ!!!!!」

ベルゼは、怒りのあまり、冷静さを欠いていた。
もう、自分とアスモ以外いない。

仲良く過ごし、時には喧嘩もしていた7姉妹であったが、最早それもかなわない。

「アスモ・・・私たちで仇を取るよ!!」
「うん・・・・嘉音め・・・あの裏切り者!!!!」

UMINEKOには、まだ他にもスパイがいたのだ。スパイからの情報で、嘉音と朱志香が生きていることを知ったアスモとベルゼ。2人に復讐を果たそうというのだ。

ファントムにおいて、独断による行動は大罪である。
だが今、幹部であるロノウェとガァプは、ヱリカの視察を監視するために手が離せない。

動くなら、今しかないのだ。

「いくよ!!」
「うん!!!」

自分たち7姉妹を引き離した張本人、嘉音。
あんただけは、絶対に許さない!!

アスモが最後につぶやく。

「仇をとった後は・・・」

ベルゼが最後につぶやく。

「ああ、・・・分かってるよ。私たちはいつまでも一緒だよ。」






「けほっ・・・けほっ」

舞い上がった砂煙に、真里亞が咳き込む。
一瞬パニックになりかけたが、今までの経験上、この状況が何なのか理解する。

「襲撃!!!」

病室にある緊急ボタンを押し、全員に危険を知らせる。
そして、衝撃波で飛ばされた嘉音・朱志香の所に駆け寄る。

慣れた手つきでタンカに朱志香を移動させる。
慣れた手つきで、朱志香を避難させようとする。それに朱志香が反応する。

「待てよ真里亞。嘉音君はどうするつもりだよ。」

分かっていたが、朱志香は確認をする。見返した真里亞の強い眼差し。その目には大粒の涙を湛えていた。

非常時においては、瞬時の判断を迫られる。分かっている。
今の真里亞は、2人同時に救出させる力はない。また、応援を呼ぶ時間もないことは明らか。

真里亞は、この状況下で、判断したのだ。嘉音を置いていくと。
こうやって、今まで生き延びてきたのだ。だから今まで生きてこられたのだ。誰が真里亞を責めることができるのか?

嘉音もそれは承知している。震える手で、懐にあるコアを取り出す。

「真里亞ちゃん・・・頼みがある。コアを・・守って・・・」

力強く頷く真里亞。コアをポケットに入れ、朱志香をタンカに乗せて走り出した。

「バ・・おい真里亞!!ふざけるな・・嘉音君!!やだ!!」

目覚めたばかりで上手く自分の体をコントロールできない朱志香には、抵抗する力はまだない。
嘉音は、朱志香に届くよう、最後の声を振り絞った。


「朱志香!!僕の為にも、自分の意思で、自由に生きて!!今までありがとう!!」

病棟の地下には脱出用の川が流れている。ボートも常備されている。
また、襲撃を受けた際は、UMINEKO側の情報を少しでも漏らさないように、その施設を爆破する。


だからもう、嘉音は助からない。
真里亞達も同じだ。逃げ遅れれば、助からない。

朱志香をタンカに乗せた分だけ、時間をロスした。
状況は芳しくない。

真里亞が最後の角を曲がった時だった。



ドオオオオオン!!!
大きな地響きとともに、第二波に見舞われた。

ガラスが飛び散り、2人とも吹き飛ばされた。

「げほっ。」

すぐに真里亞が立ち上がる。
そして、朱志香をタンカに乗せようとする。しかし、朱志香はそれを制した。

「真里亞、もういい。お前一人で逃げな。」

真里亞は・・・見てしまった。朱志香のわき腹に、大きなガラス片が深々と刺さっていた。
致命傷なのは間違いない。もう、助からない。

「・・・いやだ・・・お姉ちゃん・・・いやだあああああああ」

泣きじゃくる真里亞。それを叱責する朱志香。

「いいか真里亞!!よく聞くんだ!!あんたしかいないんだ!!コアを守るんだ。そして、嘉音君と私が言ったことを、誰かに伝えるんだ!!じゃないと、私たち4人の命が無駄になるんだ!!早く行け!!」

ぴたりと泣き止んだ。コアを握り締める。

「・・・真里亞・・・頑張る・・・うー。逃げ延びる!!!!」

強い意志。真里亞は今、自分の役割に気づいた。

全員で手に入れたコア。ガァプの能力とコアの可能性を見つけてくれた譲治お兄ちゃんと紗音ちゃん。奇跡の魔女の存在、ファントムの本拠地の場所。何もかも。すべてを教えてくれた朱志香お姉ちゃんと嘉音君。

私、真里亞は、全てを誰かに伝えなきゃいけない!!
それまでは・・・死ねない!!!






コツ。
コツ。

静まり返った病室で、2人の影がたっている。


「無様な姿ね、嘉音」

ベルゼは、あざ笑った。隣には、アスモ。
病院を襲撃したのは、もちろんこの2人。

息も絶え絶えの嘉音を見下ろしながら、どう料理してやろうかと思案している。
ふっと、嘉音は笑った。

「好きにしなよ・・・僕の命は残り僅かさ・・僕の命で・・・・・あんた達の怒りが少しでも収まるのなら・・・それもいいさ・・・
 僕はあんた達をいつも羨ましいと・・・思ってた・・・・いつも仲良くてさ・・・だから・・悲しい気持ちも・・・分かる・・・」

嘉音は、理解していた。
ファントムにいた頃。7姉妹は残虐ではあったが、とても仲が良かった。陥れたのは間違いなく自分だ。生涯孤独な自分だからこそ、失うことの恐ろしさを、悲しさを理解している。

「・・・ふうん・・・意外な言葉ね。裏切り者のくせに。」

もう彼に逃げる術はない。ベルゼは、話しに付き合うことにした。
アスモは少し戸惑っている。

「ちょっと・・・嘉音は仇でしょ?」
「まあそうだけど・・もともとは同志よ?最後ぐらい無駄話に付き合ってもいいじゃない。」

ガチャリ。ドサッ。
と、不意に、病室のドアが開いた。そこには、ふらふらになりながら、血を流しながら、ようやくたどり着いた朱志香がいた。

「え・・・朱志香・・・何やってるの・・・」

愕然とする嘉音。だが、わき腹の深手を見て、全てを理解した。
そうか。逃げそこなったのだ。あーあ。全部水の泡だ。

「ゴメンよ嘉音君・・・・やらかしちゃった・・・・でもさ・・・嘉音君は私に・・・・言ったよね・・・・自由に・・・・生きろって・・・・じゃあさ・・・・私が嘉音君と・・・・・一緒にいたいって・・・・思うのも・・・・自由だよね・・・」

へへっ。と笑う朱志香。と、アスモが朱志香を持ち上げ、嘉音の横に並ばせた。

「・・・あんたたち、お似合いね。どう見てももうすぐ死ぬわよあんた達。・・・まあ、最後くらいは見届けてあげるわ。」

「「ありがとう・・・」」

意外な言葉に、ベルゼとアスモは戸惑う。
そこにはもう、ファントムとか、人間とか、敵とか仇とか。そんな蟠りはなかった。

「嘉音君・・・私はもう天涯孤独なんだ・・・・・君がいない世界に興味はないよ。・・・・私を・・・・・一人にしないで」

そんな朱志香の頭をなでる嘉音。

「ああ・・・僕の意識が無くなる時まで・・・・・僕は朱志香のことだけを考えてるよ・・・」

考え事をするベルゼ。
恋人を、少しうらやましそうに見続けるアスモ。

「私は、嘉音君がいるから一人じゃない・・・・同じように、私が・・・・嘉音君を・・・・一人にさせない・・・自分が一人だったなんて・・・思わないで・・・最後まで・・・一緒・・・だ・・・よ・・・」


「朱志香・・・・てる・・・・また・・・・・から・・・」
「私も・・・・・てる・・・・」



若き2人は、確かに生き延びることが出来なかった。

嘉音は、今まで逃げてきた自分を後悔した。もっと早く朱志香の想いを受け止めていたら、今の状況にはならなかったのかもしれない。
朱志香は、最後まで嘉音と一緒に生きることを選んだ。違う選択肢もあったかもしれない。

では、今の2人を、不幸だと決め付けることが出来るのだろうか。
譲治・紗音が引き延ばした時間は無駄だったと決め付けることが出来るのだろうか。
寄り添いし二人は、誰にも引き裂かれることなく、静かに幕引きとなったのだ。

願わくば、次の世界こそは・・・
そう切望して止まない。




動かなくなった二人を見て、アスモは感慨にふける。

「なんか複雑ね。私達は一体、何をしてるのかしらね。やんなっちゃう。」

ベルゼも少し思う所があるようだ。

「私もそう思う。でもまあ、もう遅いんだけどね。」

凄まじい爆音が、病院を襲った。
UMINEKOが、病院爆破に踏み切ったのだ。だが、2姉妹は動く素振りを見せない。
爆破されることは分かっていた。そして、逃げないことも決めていた。

「姉さん・・・今から行くから。待ってて。向こうの世界って、パフェとかあるのかな・・」
「ルシ姉・・・今の私達を、褒めてくれるかな。それとも、怒られちゃうかな。。へへっ。早く会いたいなぁ・・・もうすぐ会えるんだよね・・・」


ファントムにおいて、独断の行動は大罪だ。その禁を犯した2人は、戻っても大罪に処される。
もともと、戻るつもりもなかった。

7姉妹は7人で1つ。
アスモとベルゼは、決めていた。仇を討ったら、姉さん達のもとに行こう、と。

嘉音と朱志香の上に、寄り添うように抱きつく2人。4人は、手を繋ぐ形で、最後の時を待った。






最後の爆音。







戦人が目を覚ました時だった。
病院が襲撃されているとの一報が届いた。

「ぐ・・・ファントムめ・・・病院を・・・病人を襲うだと・・・?」

聞けば、朱志香・真里亞・嘉音がいるはずだという。2週間昏睡状態であった戦人は、これまで起こった状況をまだ理解していなかった。隣には、天草が治療を受けている。

すぐさま起きて、戦闘準備をする戦人。

「いかん!戦人君はまだ動ける状態じゃないぞ!」

南條が制するが、跳ね飛ばした。

「南條先生は、そこで伸びてる天草の介護でもしてな!!俺は救出に向かう!!」

手馴れた手つきで戦闘服に着替える。
これが本当に自分の服なのだろうか。2週間寝たきりだった戦人には、少し大きめに感じた。
だが、気づかないふりをする。

「戦人君、行かせないよ。」

手を広げて立ちふさがるのは、操縦士川畑。

「わりいな、川畑さん。実力行使させてもらうぜ。」

落ちた力。鈍い体。倦怠感。そんなハンデであっても、川畑が相手になろうはずもない。
目にも留まらぬ回転とスピード。強烈な足払いを受け、川畑は転倒した。

「・・・悪く思うなよ。じゃあな。」

「戦人君!!」「戦人!!」

誰の制止も効かなかった。
誰よりも仲間想いの戦人。だからこそ求心力があるのかもしれない。

反面、いつも危ない橋を渡ってきた。


彼は一人で病院に向かった。



そして彼は目撃する。
見るも無残に瓦礫となった病院を。











真里亞は生き延びることが出来たのか。
コアはどうなるのか。



戦人は、どうなってしまうのか。








南條・川畑が、生きている戦人を見たのは、これが最後だった。
UMINEKOはこの日、若きリーダーを失うこととなる。








人は醜い。
自分のために他を犠牲にし、思い通りにならないと他を傷つける。人のエゴにより、一体どれだけの被害が今までにもたらされたのであろう。

人は儚い。
志半ばで消えていった人の数を、私は数えきることが出来ない。彼らの志により、一体どれだけの者・物が救われたのだろう。

「人」だけで括ってはいけない。いい人もいれば悪い人もいる。一方だけを見て「人は醜い」「人は儚い」と判断してはいけない。ある日、あなたはそう言った。

あなたに問いたい。
人は、生まれながらに悪と決まっているの?
人は、生まれながらに善と決まっているの?

私は、人の善悪は後天的であると信じている。環境が善悪を作ると信じている。
人の「善」と「悪」は表裏一体なのだ。

同じように、人とファントムも表裏一体。
どちらが悪い・善いではないと信じている。


じゃあ、この世界にとって、最善の答えって何だろうと考える。
もう、答えは分かっているよね。

最善の答えは、

きっと、

愛がなければ見えない。






「それでね・・・・真里亞は、ジェリービーンズをあげたの・・・」

大きな瓦礫。その麓。
目を閉じながら、誰かに話している。

「さくたろうは・・・うりゅーって・・・喜んでくれて・・・」

その小さな体には、とても痛々しい傷があった。

「それでね・・さくたろうは・・・ママが帰ってくるまで大人しくしてるって・・・」

真里亞は、爆発から逃げ切ることが出来なかった。
正確には逃げ切った。だが、本当に不幸なことに、爆発のあおりを受けた隣のビルの破片が・・・・彼女を襲った。

本当にすぐ目の前には水路とボート。

「ママ・・・ママ・・・どこにいるの・・・・?」

薄暗い地下通路で、真里亞は楼座の面影を探した。




【うみねこセブン番外編SS 「EP0:たった一つのコア」】



第11話

 絆



「ひでぇ・・・」

戦人の第一声は、端的だが的を得ていた。
瓦礫の山。

戦人はいつも心を痛める。やっと作り出したコミュニティーを、ファントムの襲撃のたびに壊してきた。

くそっ!!くそっ!!
朱志香と嘉音の発信機は反応していない。入院中だったし、元々持っていなかった可能性もある。安否は確認できなかった。

「・・・・! 真里亞!! 近いな。」

戦人の受信機は、真里亞の発信機に反応した。ここから50mも離れていない。
付近を捜索するが、何もない。

「・・・地下か。脱出用の水路だな。」

辺りを確認し、地下水路へと降りる。見ている風景が、ぐにゃりと歪む気がする。

よく考えるんだ戦人!!脱出用の水路?何でそこに真里亞がいるのに脱出できていないんだ?!
いやいや、そんなことはないさ。きっと、脱出の途中で発信機が落ちたのさ。

5%の期待と、95%の絶望。
非常灯の明かりが、薄暗く水路を照らす。

そんな中、

彼女は、

いた。


「真里亞あああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

血に染まった真里亞を、戦人が、抱き起こす。


「・・・・・」

涙を流しながら、真里亞を抱きしめる戦人。
見れば分かる。この出血量だ。もう、真里亞は・・・

「・・・うー・・・戦人・・・」

「もういい。喋るな。今、本部から応援をよこすから!!もう少しの辛抱だからな!!!」

嘘だった。
何度、同じ状況に遭遇してきたことか。何度、同じ悲しみを味わったことか!!!!
もう、この状態では助からない。
真里亞も、分かっているようだった。


「・・・・・朱志香おねえちゃん・・・真里亞、頑張ったよ・・・戦人・・・コア・・・・」

真里亞は、戦人に、赤く染まったコアを・・・大事に渡した。
朱志香・・・朱志香だと!!!  朱志香がどうしたんだよ!!!

「あのね・・・譲治おにいちゃんと・・・・紗音ちゃんと・・・・嘉音君から・・・・伝・・・言・・・」

譲治の兄貴がどうしたって?! 
紗音ちゃん・・・・嘉音君が・・・・なんだって言うんだよ!!!!!

「・・・・ファントム・・・・本拠地・・・・ガァプっていう魔女・・・・・」

何で俺に、真里亞が伝言してるんだよ!!!!
何で皆で、俺に報告してくれないんだよ!!!!!!

「・・・・戦人・・・・・褒めて・・・・みんなを・・・・・褒めて・・・あげて・・・・」


ばかやろおおおおおおおおおお!!!!!

「真里亞!!! おい真里亞!!!!」

「・・・うー・・・・ ママ? ママどこにいるの・・・・?」

そんな真里亞を、戦人は抱きしめることしか出来ない。インカムに怒鳴る。

「こちら戦人!!!さっさと救援部隊を出せよコラアアアア!!!」

「・・・?ママ・・・来てくれた・・・真里亞・・・うー・・・頑張った・・・・」

戦人は、真里亞を背負い、地上に出た。

「・・・ああ、真里亞。お前はよくがんばったよ。。。。 クソッ!!!・・ああ、朱志香も紗音ちゃんも、嘉音君だって!!!譲治の兄貴も・・・みんなみんな頑張ったよ!!! クソッ!!クソツ!!!!・・・」

もう、涙で前が見えない。
自分は非力だ。誰も助けることが出来なかった。
自分に力があれば・・・

誰かにおんぶをしてもらったことがあるだろうか。
人は無意識のうちに、相手に負担のかからないように、重心バランスを取る。

人形をおんぶした時に、何か違和感を感じるのはそのせいだ。

今、この瞬間、


戦人は、

その違和感を、

感じた。


「・・う・・うぐっ・・・クソ・・・・」


戦人は、そっと、真里亞を横たえた。
手を組ませ、顔を拭いてやる。

戦人はそこに、発信機もインカムも、何もかもを置いた。

くそ・・・
くそ・・・


くそくそくそくそ・・・


「ぶっ殺してやるぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」


コアが・・・
紅蓮の炎をまとった。

その炎は、戦人を包み込んだ。
炎は消えることなく、戦人の身を焼く。戦闘服は解け、彼は溶鉱炉の鉄のように、紅く輝いた。

不死鳥。
そう、不死鳥だ。

彼は、不死鳥のようなフォルムとなり、野原を焼き尽くした。

「ファントム!!!!待ってやがれ!!!!!」

怒りは、人を純粋に強くする。
だが、それでは何も生まれない。




真里亞は2つのミスを犯してしまっていた。

ミスの1つは




今の戦人に
ファントムの本拠地を教えてしまったこと。

最後の力を振り絞った真里亞を責めてはいけないが、戦人の性格を考えれば教えるべきではなかったのだ。



怒りに身を任せた戦人は、

そのまま、

単身で、



ファントムの本拠地に、向かってしまった。









トントントン。
薄暗い、小さな部屋。その小さな部屋の小さな台所。

慎ましやかな食事を作る、幼い女の子。

手馴れた手つきで、みじん切りにした野菜をフライパンで炒める。卵をとき、ジャっと流し込む。

両親に先立たれてから、兄妹で仲良く暮らしてきた。
でも、最近は一人で食事をすることが多い。最初こそ寂しかったが、もう慣れた。

そろそろ目を覚ますかもしれないと、南條先生は言ってたっけ。
お兄ちゃんは、いつも無茶ばかりする。天草にまで押し付けちゃって。

と、小さなテーブルに乗せておいた、不安定なカップが、床に落ちた。

カチャン。
陶器の音が耳に障る。

「あ・・」

やってしまった。お兄ちゃんの大事にしていたカップ。
不意に、何か、嫌な予感がした。

お兄ちゃん?
あれ・・・ちゃんと寝てるんだよね?


ご飯を食べたら、本部に行ってみなきゃ。







幼き縁寿は、自分が天涯孤独になることを、この時は知らなかったのだ。







いよいよ物語前半もクライマックス。
戦人は、ファントムと対峙。

ルシファーのコアで、ボスや幹部を倒せると思えない。
それでも、本拠地に向かってしまった。

今の私に出来ること。
それは、彼がいかに勇敢だったかを書き記すこと。
それから、皆が守ってきたコアを、回収すること。

大丈夫。
皆の志は、必ず無駄にはさせない。

どんなことでも、必ず役に立つ。
無駄なことなど一つもない。

私はそう信じているから、

奇跡は、


きっと起こる。






ヱリカは、ガァプとロノウェの監視下で、ファントムのアジト内を視察していた。
窮屈この上ないが、得るものもあった。

(ふん。ファントムって言ったって、この程度なのね。)

本部は大きい。そして、大量の山羊さん部隊も心強い。
幹部クラスも、十分な戦力が残っていた。

ただ、組織系統はまるで機能していない。これでは、宝の持ち腐れだ。
まだまだ強くなる余地があるのだ。だが、今ヱリカが忠告しても聞く耳を持たないだろう。

(・・・まあいいわ。ボスから助言って形にして、次に来たときにでも教えてやるとするか。)

ロノウェは、冷ややかな視線でヱリカを見ている。それはガァプも同じだ。


あまり良好な空気ではない中、第一報が、入った。


「て、敵襲であります!!!、データリンク・・・ほ、炎を身に纏った人物が、本拠地に乗り込んで来たであります!!!」

「迎撃に入るにぇ♪ファントム兵、正面入り口を封鎖するにぇぇぇぇ!!!」


動揺するヱリカを横目に、ロノウェが言った。

「・・・・のんびりしている余裕はなさそうです。ヱリカ嬢、申し訳ないですが、お引取りを。」

背を向けるロノウェとガァプに、ヱリカが意地悪な笑みを向ける。

「・・・そうは行きませんわ。ロノウェ、ガァプ。貴方達の戦いぶりも視察の範囲。どのような戦い方をされるのか、観戦いたしますわ♪」



【うみねこセブン番外編SS 「EP0:たった一つのコア」】



第12話

 運命の人



「死ねええええええぇぇぇぇ!!!!!!」


怒りの一発が、正面玄関に打ち込まれた。
たった一発の銃弾だった。

膨大なエネルギーが込められた弾は、ジャイロ回転をし、回りの空気すらも焼き尽くす。
その軌跡は唸りを上げ、炎を纏い、不死鳥を模った。

メエエエエエ!!!!!
正面玄関には、大量の山羊さん。目を爛々と輝かせ、戦人に襲い掛かろうとしていた。


だが・・・・


たった一発の銃弾は、大量の山羊さんを吹き飛ばし、門を直撃した。

ドオオオオオオォォォン!!!

凄まじい爆音とともに、あたり一面は焼け野原と化した。もう、本拠地に入っていく障壁は存在しない。

と、そこには2人の影。
影は、何も言わずに黄金の矢を放った。

「くっ!」

ギリギリで避ける戦人。

ドオオオオオオォォォン!!!

戦人が放った銃弾にも負けない衝撃が、背後から聞こえた。
目の前には、護衛隊であるシエスタ。その戦闘力は折り紙つきだ。

「しゃらくせええええええ!!!」

戦人は、天井に向かって一発放った。
ガシャン!!ドゴォォォ!!

大きなシャンデリアもろとも、天井が崩れ落ちる。

「にぇ?!」「回避!」

2人とも見えない速さで回避する。
周りは瓦礫の山と化した。

スタッと瓦礫の上に着地し、気配を探る。

「むむっ」

炎が20箇所。今の一瞬で、戦人が炎を灯したのだ。
どれだ?本物は・・・・シエスタは慎重に間合いを計る。

「データリンク!!全箇所までの位置と到達時間を計測!!」
「リンク完了!!フルパワー発射にぇえええええぇ!!!」

ドォォォン!!!

20。
20の矢が、同時間に、全20箇所に、寸分の狂いなく飛んだ。

すべての炎が、消えた。

「掃討完了。確認作業に入ります!!」

慎重に、全箇所を捜索する。
本物は、どこだったのか。




いや、この中に本物はいないのだ。



戦人は冷静に判断した。いきなりファントムのリーダーが相手に来るはずがない!!
幹部には用などないのだ!目指すはリーダーのみ!!!


「やられたにぇ!!ヤツはさっきの爆発の時点で、もうここにはいなかったにぇえええ!!」
「き、緊急事態発生であります!!警戒レベル4!!取り逃がしたであります!!」





「・・・忠告はしましたよ。万が一怪我を負われても、責任は取りませんので。」

螺旋階段を駆け下り、ヱリカに最終忠告をするロノウェ。
意に返さないヱリカ。

「あら、あなたたちは自信がないのですか?たった一人相手に、ファントムの大幹部ともあろう2人が?クスクス・・・・」

ヱリカには分かっていた。たとえ敵襲があったとしても、この2人なら負けない。
そして、自分のことも守ってくれる。要は、早く幻想世界に送り返したいだけなのだと。

「ちっ・・・本当に食えない子ね、ヱリカ・・・・まあいいわ。ボスにちゃんと報告することね。」


もう、諦めた。
どうやらシエスタは取り逃がしたらしい。正面突破をしたのなら、玉座まで真っ直ぐ。
この先の謁見の間を通るはずだ。

「行きますよ!!」

丁度、戦人と鉢合わせのタイミングで、謁見の間に突入した。






謁見の間に、4人が同時に入った。
その距離20m。


「うおおおおおおっっ!!!!」

一気に距離を詰める戦人。
前傾の姿勢のまま、逆手で銃を上に向けて乱射した。

ドォン。ドォン。ドォン。ドォン!!!

4発打つ間に、ロノウェの目前4m。
ガァプは瓦礫を避け、戦人の背後にワープした。

手刀を戦人の首めがけて振り下ろす!!

「?!」

まるでその動きを分かっていたかのように、戦人は振り下ろされた手を、振り向きざまにガッチリと掴んだ。

「捕まえたぜ!!」

見た瞬間分かったのだ。あの衣装。ヤツがガァプ!!
真里亞の言ったとおりの・・・あいつだ!!
ワープするとしたら、俺の背後!!


「うおりゃああっ!!!」

その手を掴み、ガァプをロノウェにブン投げた。
避けることもしないロノウェ。当然だ。ガァプはワープできるのだから、当たる前に空間移動するだろう。

目前に広がるガァプ。
そして、ロノウェの予想通りに、目の前から、消えた。

しかし、ロノウェの予想とは違うことも、起こっていた。
目の前には、消えたガァプの代わりに、戦人の放ったエネルギー弾が、あった。

戦人は、ガァプが消えることを予想していたのだ。あくまで、ガァプを投げたのは、ロノウェの視界を防ぐ為の目隠しだったのだ。

「ちぃっ!!」

魔方壁を咄嗟に作るロノウェ。

バチィィンン!!
紫の壁が、ロノウェへの被弾を妨害した。
だがそれすらも、足止めの一手に過ぎなかったことを、ロノウェは痛感する。

戦人の放った銃弾は更に2発。

一つはワープした先のガァプ。
そしてもう一つは、ヱリカに向けて放っていた。

「「「!!!」」」

初めて見る実践に、硬直して動けないヱリカ。
ガァプは、ロノウェの後ろにワープし、ロノウェを掴んでヱリカの前にワープした。
意図を察したロノウェが、強靭な陣を組む!!!

ドゴォォン!!
かろうじで、間に合った。

「姑息なまねを!!」

ロノウェが振り返る。その手には、青白く光る鎌。

しかし・・・

もう、

そこに戦人の姿はない。


まんまとすり抜けられた!!

「ひぃぃぃ!!!」

腰が抜けたヱリカを放置し、ガァプとロノウェは王室の間へと急いだ。

「追うぞ!!!」
「言われなくても分かってるわよ!!!」



とうとう、来た。

「てめえがリーダーかぁぁぁ!!!死ねえええええぇぇぇぇ!!!!」

銃を乱射する。
凄まじい爆音と衝撃が、王室の間に襲い掛かった。

「よく来たなぁぁぁぁ!!褒めてやるぜぇぇぇぇ!!!」

巻き上がる砂煙から、膨大な魔力を湛えたリーダーが姿を現す。
姿を確認する間もなく、突っ込む戦人。


「我らUMINEKOの恨み、覚悟しやがれぇぇぇぇ!!!」

「ふん!!!返り討ちにしてくれるわぁぁぁ!!!」


お互いのエネルギーが、


相手に


ぶつかる前に、


あっけなく、





勝負はついた。






「え・・・お前・・・・」





一瞬の心の動揺が、戦人にとって致命的だった。




彼の踵に、背後から、ナイフが刺さり、彼の動きを止めた。



魔法の蜘蛛の糸が、彼のエネルギーを押さえ込んだ。



続いて、2本の黄金の矢が、彼を射抜いた。



更に、魔法の鎌が、彼の背中に深々と刺さった。



それだけではない。雷とともに、天空から槍が彼を貫いた。





そして最後に、



正面から、



魔法の杖が、



彼に突き刺さった。







彼は、大きな間違いを犯してしまった。


彼は、戦人は。
あまりにも無計画に飛び込んでしまったのだ。

それだけではない。

相手のことを知らなさ過ぎた。



王室の間には、

ナイフを投げたガァプが。
魔法の糸を練りだしたエヴァが。
矢を放ったシエスタが。
鎌を投げたロノウェが。
槍で射抜いたワルギリアが。


これだけの幹部がいたことを、知らなかったのだ。




戦人の体を覆っていた炎が消え、不死鳥のようなコスチュームも消えた。

「う・・・・ぐ・・・・」


満面の笑みを浮かべ、近づく幹部たち。

最初に異変に気づいたのは・・・・






ガァプだった。


「キャアアアアアアア!!!!!」



ガァプは、今までに感じたことのないほどの絶望と悲しみを覚えた。
その心の叫びが、声となって、部屋に響き渡った。



ワルギリアも、その意味に気がついた。





「ガァプ!!!!!!!!何をやってるのですか!!!早く遠ざけなさい!!!!」







「ん?どうしたのじゃ?仕留めそこなったのか?・・・・妾が止めを刺し・・・」


その声を最後まで聞く間を与えず、ガァプは声の主を抱きかかえ、有無を言わさず外へ連れ出した。

「ちょ・・・こら!!ガァプ!!何をする!!! 憎っき敵に妾が止めを・・・」


「いいから!!早くこっちへ来るのよぉぉぉ!!!!」


ガァプの声は、最早悲鳴であった。


ロノウェが、その意味を理解したのは、更に1秒後のことであった。


「あ・・・・ああ・・・ああああああ!!!!!!」



わなわなと震え、がっくりとひざを落とした。

なんということだ・・・・


なんということだったのだ!!!!



目の前で倒れている青年。

彼は、相手のことを、ファントムのことを知らなさ過ぎたのだ。



「あなたは・・・・・戦人・・・・あなただったとは!!!!!」






戦人。彼は、若きUMINEKOのリーダーだ。



薄れ行く意識の中で、戦人は思い出す。


最後にルシファーが言った言葉を。


『貴様が進む道は、果てしなく厳しい。どのような結末が待っていようとも・・・・後悔・・・しないこと・・・だ・・・』


そうか・・・・・そういう意味だったのか・・・・




俺は知らなさ過ぎた。



ファントムのリーダーが、まさか、






ベアトリーチェだったとはな!!!!!





なんて・・・・・こった・・・


・・・



・・・










戦人。

ファントムのリーダー、ベアトリーチェにとって、


彼は、


運命的に出会った人。






かつて、彼女が恋に落ちた、唯一の人間。







彼女は、UMINEKOのリーダーが戦人であることを知らず、




自らの杖で、


戦人を・・




貫いてしまったのだった。









読者は、明日の世界に進んでみたいと思うだろうか。
ほら、「早く、明日にならないかな。」って思ったり。じゃあ、実際に行ってみたい?
100人いたら、何人が「はい」と答えるのだろう。

読者は、一日でいいから過去に遡りたいと思うだろうか。
ほら、「ああ、昨日のうちに〜しておけばよかった」って思ったり。じゃあ、実際に行ってみたい?
100人いたら、何人が「はい」と答えるだろうか。

私は、後者のほうが圧倒的に多いと思う。未来は(殆どの場合)やってくるが・・・過去は遡ることはできないのだ。

だから、みんな、今日を精一杯生きるのだ。
みんな。今の貴方は、明日から来た未来人なんだ。今からならまだ間に合うことって、きっとたくさんある。

ちょっとしたおまじないみたいだね。



過去に遡る。
そんなことが出来たなら、本当に「奇跡」といえるかもしれない。





「・・・ダメですな・・・もう、手遅れだ。」

ロノウェは、懸命に処置をするワルギリアに、諭すように語り掛けた。
そんなことは分かっている。だが・・

「それでも・・・クッ。・・・・あの子のためにも!」

2人の視線の先には、深手を負った戦人。傷は塞がったが、ダメージは深刻だ。
少しずつ、彼の生命力が弱くなっていく。

「・・・無駄よ。分かってるんでしょ。せめて、最後に家族の顔でも拝ませてあげちゃえば?」

エヴァの意見も、その通りかもしれない。
部屋の奥では、まだガァプとベアトリーチェが言い合いをしている。連れ出すのは今しかなかった。

「ワルギリア、エヴァ。すみませんが彼をご家族の元へ帰してやってくれませんか。」

頷く2人。2人は、戦人を抱え、姿を・・・消した。


考え事をするロノウェ。目の前には、無色透明のコア。

「我々は一体・・・・何のために・・・虚しい戦いを・・・・お嬢様の幸せの為に戦ってきたのではないのか?」

コアに手を伸ばす。
だが、手に触れる前に、行動を咎められた。

「そこまでよ、ロノウェ。戦人が手にしていたコア、私が預かるわ。」

振り返った先にいるのは、見知った魔女だった。
目を瞑り、溜息をするロノウェ。

「・・・・いつからいらっしゃったのですか?」

冷酷な目で、その魔女は用件だけを伝える。

「答える義務は無いわね。・・・床にあるコア、あなた達が持つ意味はないわ。あなたが渡さないというのなら・・・」

場が魔力で満たされる。
ロノウェは少しだけ考えたが、抵抗することを諦めた。

「ご冗談を。私とあなた様が戦えばどうなってしまうのか、お分かりでしょう・・・いいですよ、あなたに『お返し』いたしましょう、奇跡の魔女様?」

コアを作り出したのは誰かを知っているような口ぶりだったが、魔女は聞こえない振りをした。

「借りが出来たわね。いつか返しに来るわ。・・・・ごきげんよう。」

魔女は、コアを手に取り、消えた。
残ったのはロノウェただ一人。

彼は、考え事を再開した。
ロノウェの考え事が正解にたどり着くことは・・・残念ながらない。





【うみねこセブン番外編SS 「EP0:たった一つのコア」】



第13話

 かすかな希望(ひかり)



「敵襲!!」

赤いランプと、けたたましいサイレンの音。
UMINEKOはパニックに陥っていた。

第一報は、縁寿からだった。
ファントムと思わしき一行が、突如縁寿の家の前に現れたという。

一行の長らしき魔女が、ぐったりした戦人を携えていた。
恐怖のあまり、声の出ない縁寿。





ワルギリアとエヴァは、出来うる限りの慈愛を持って戦人を運び、縁寿の元へと送りにきたつもりであったが、幼い縁寿にどれほど伝わったのだろうか。

いや、伝わるはずも無い。
今まで苦しめられてきた、大量の山羊さんを従えた一行。
それを束ねているであろう、魔女2人。

その足元には、もう身動きも取れないほどに弱ってしまった、大切なお兄ちゃん。

「ひっ・・・お兄ちゃん・・・」

恐怖に足がすくむ。絶望の中、身動きも取れない。


「縁・・・寿・・・・だめだ・・・戦っては・・・・ファントム・・・・だめだ・・・」

消え行く生命の灯火。
戦人は必死に伝えたかった。ファントムと戦ってはいけない。

幼い縁寿は、護身用の緊急ボタンを押すことしかできなかった。
もう彼女にある感情は、恐怖。絶望。そして・・・・

闇よりも深い、憎しみだけであった。


「・・・怖がることはありませんよ。私たちはただ、戦人さんをお返しに来ただけなのですから。」

ワルギリアの声が聞こえるはずもないのだ。

「ほらほらー、最後なんだから。最後の挨拶でもしちゃえばー?」

エヴァの、不器用ではあるが、場を明るくしたいという配慮が、届くはずもないのだ。
縁寿は、何かを吹っ切った。

今は・・・生き延びなければいけないのだ。
お兄ちゃんのためにも!!

「ファントム・・・・許さない・・・許さない!!!! 」

勇気を振り絞り、逃げる。
そんな縁寿を、2人の魔女は、見送ることしか出来なかった。





どこかで、何かがずれちまっただけなんだ。
お互いの勘違いが、こんなことになっちまっただけなんだ。

簡単なことだったんだ・・・・あの時・・・俺が・・・UMINEKOのリーダーだって言っていれば・・・
ベアトのアホが、俺に・・・・ファントムのリーダーだって言っていれば・・・


きっと・・・こんな・・・世界に・・・・ならなくて・・・・・済んだんだ・・・

へへ・・・
俺って・・・

仲間を思ってるとか、人類の為だとか、オヤジの仇を取るとか・・・バカみたいだぜ・・
何にも分かっちゃあいなかったぜ・・

ああ・・・

あの頃に・・・

いや、一日でもいい。
戻り・・・・・てえな・・・・・

ああ・・眠いぜ・・・縁寿・・・

先に・・・オヤジたちのところに・・・・・行くぜ・・・・






「縁寿さん確保!! 精鋭部隊は引き続き討伐作戦を遂行せよ!!」

部隊の一人がインカムに怒鳴る。
容赦ない攻撃が、2人の魔女に襲い掛かる。

避けることもせず、ただ、立ち尽くす2人の魔女。

「攻撃をする意思は無いのです・・・我々はただ、戦人さんをお返しに・・・」

ワルギリアは、何とか誤解を説きたかった。
だが・・


「鳳05、07!ランチャー発射!!」

爆音と共に、咳き込む2人。

僅かに、衣服の焦げるにおいがする。
チリチリと、髪が焼ける。

「ちょっーと、話し合う気になっちゃわない?」

エヴァは、話し合いの機会を得たかった。
だが・・

「貴様達の言葉など、聞く耳持たぬわ!! よくも・・・よくもわれらの家族を!!!」
「お前たちファントムは害虫と同じ!! お前たちのいる場所は・・・ここには無い!!!」


(ここには・・・ない・・・?)

場の空気が、変わった。
今までは、爆音と熱気だった。

そんな熱気が、一瞬にして、冷たくなる。
爆音が、一瞬にして、消え去る。
精鋭部隊の放った銃弾が、ぴたりと停止する。

時が止まる。
まさにそう感じさせる光景だった。



「一方的な都合で見えないものを否定してきたあんたたちに・・・・・ファントムの何がわかるの?」

今まで、我慢していたエヴァが、我慢するのをやめた。


「自分のことだけしか考えないあなた達に・・・ベアトの・・・何がわかるというのですか・・・?、」

理性を保とうと決めていたワルギリアだったが、放棄した。
すっと、手を上げる。


周りの空気が、ワルギリアの手に集まってくる。
精鋭部隊の放った銃弾が、気の渦に巻き込まれる。

その渦は、さらに周りの空気を取り込み、バチバチと音を立てて、まばゆい光を発し始めた。

「いいでしょう・・・・あなた達がその気なら・・・・・
 あなた達が自然を破壊し、動物を追いやり、私たちの楽園を奪ったように・・・・すべてを無に返してやりましょう!!!!
 私たちそして人間たちはは、何のために戦っているのですか?!お互いの幸せのためではなかったのですか?!」

光の玉にエヴァが杖を振りかざす。
光の玉は、大きなうねりを伴い、天高く舞い上がった。

「あんたたち、挙句の果てに、自分たちのリーダーを見殺しにしてるのよ?ばっかじゃないの?!
 そんなに私たちの言葉が聞きたくないなら・・・・何もかも聞こえなくなっちゃえばあぁぁぁ!!!!!!!!!」


天高く舞い上がった光の玉は、精鋭部隊の中心に、あっという間に叩きつけられた。
この頃になって、精鋭部隊は、自分達の取った行動が正解ではなかったことに気づくが時すでに遅しであった。




爆音と熱風。








「天草君よ・・・生き延びるのじゃぞ・・・」

UMINEKO本部は、たった二人の魔女により、壊滅的ダメージを受けていた。
南條は、最後の脱出カプセルに、昏睡した天草と自身の研究資料を入れ、脱出ボタンを押した。

プシュッという小さな音とともに、天草を乗せた脱出カプセルが遠のいていく。

誰もいなくなった研究室。
南條は、慣れ親しんだソファーに腰掛け、かつての友と語り合った時に重宝した酒を取り出す。

「金蔵さんよ。もうすぐワシもそちらに行くことになりそうだ。また武勇伝を聞かせておくれ。」


思い出に耽りながら、最後の一口を飲み干した時、2人の魔女が現れた。



「ふむ。来たか。」

動じることもなく、2人にソファーを勧める南條。
優雅に座る2人の魔女。

「あなたがUMINEKOの科学者だったとは、驚きですね。南條先生?」
「随分てこずったのよぅ?・・・でも、もう終わりね。」

ワルギリアが手を上げると、美しい茶器が並ぶ。魔女たちは束の間の休息を取る。
どうやら、多少の面識があるようだ。

思い出に馳せながら、南條が呟いた。

「どこで間違えたのじゃろうな。あの頃は良かった。」

ほぅ。っと溜息をつく。
そんな南條を見て、少し切なくなる2人。だがもう後には引けないのだ。

「そんなことを言っても始まりませんよ。我々はもう進むしかないのです。
 ・・・今回、あなたたち人間は敗北し、人間にとって壊滅的ダメージを受けるでしょう。
 ですが・・・あなたたちは必ず結束し、きっと、また私たちに挑んでくる。そう感じるのです。」

「縁寿とか言ったわね、戦人の妹。いい目をしてたわ。復讐の目。あの子がもし生き延びれば・・・
 新たなリーダーとなって襲い掛かってくるかもね。私たちは逃げないわよぅ?クスクス」


幾ばかりの時間がたったであろうか。
と、よろりと南條が立ち上がり、壁に掛けてあった黒マントを羽織った。
さらに、傍らに据え付けてあった指輪をはめる。

今は亡き主、金蔵の形見だ。
君主の指輪には、コアが埋め込まれていた。
また、君主のマントにはコアが鏤められていた。

先述したが、南條の力ではコアは完成しない。
だから、そんな南條が魔女2人を倒せるはずもない。それでも。

「お主たちは強大じゃ。だがそれでも・・未来への希望を捨てるわけには・・・いかぬのじゃ!!」

周りに、僅かばかりの魔力が集う。
その信念。人間でも魔力を扱えるほどにまで昇華できることに、魔女たちは驚く。

と同時に、悲しみを覚える。

「南條先生。無駄ですよ。確かにあなたの努力は素晴らしい。目を見張るし尊敬に値します。しかし・・・」
「そうね。あなたの程度の魔力じゃあ、足止めにもならないわよぅ?」

お互いが対決姿勢を見せたことで、休息は終わりを告げる。
南條が長年研究してきた結晶であるコア・魔力は、2人の魔女が放った気だけで消し飛ぶ。

吹き飛ばされた南條だったが、また立ち上がった。
その眼差しに、少し気圧される。

「あんた・・・正気? 死ぬわよ?」

ニヤリと、南條が笑った。

「南條死すともUMINEKO死せずってのぅ!ワシの命ひとつでUMINEKOが生き延びるやもしれぬ!それに・・・」

「それに・・・何ですか?」

(金蔵さんよ。これで良かったのかのう。雅行よ・・・あとは頼んだぞ・・・)

「ワシは、何故か負ける気がせんのだよ!!!」







「・・・随分と遅かったですね。」

閑散とした、ファントムの本拠地。
そこには、傷ひとつない2人の魔女が、憂鬱そうにお茶を嗜んでいた。

「ロノウェ。今は放っておいてください。お茶が不味くなります。」

お手上げのポーズで、ロノウェは続ける。
その手には、焼きたてのクッキーが添えられた。

「もう既に、不味そうに飲んでいらっしゃる。」

違いない。エヴァは、ロノウェにも座るように促した。
ベルガモットの香りと、焦げたバターの香りが、3人の心に染み入る。

「ああ、UMINEKOの科学者ってのを葬ってきたわ。本部も滅茶苦茶にしてきた。とりあえず何年間はファントムも安泰よぅ?」

ロノウェは、その意図に気づいた。

「なるほど・・・つまり・・・あなたたちは・・他の幹部たちに手を付けず、科学者の命ひとつで手を打ったということですな。」

おそらく正解だろう。
ワルギリアとエヴァが本気を出せば、幹部全員を根絶やしにすることもできたはず。そうしなかったのには理由があるのだろう。
若きリーダー、戦人。彼がもし生きていれば。若き幹部たち。彼らがもし生きていれば。何か違ったのかもしれない。
3人は、自問自答を繰り返す。


「ロノウェ。憶測が過ぎますよ。科学者を葬るのに時間がかかりすぎ、他の者を取り逃がしたのです。失態です。」
「そーよ。あの科学者・・恐ろしく強かったわ・・・二度と対戦したくないわね。」

傷ひとつない2人が嘘を言っているのは明らか。
しかしロノウェは、それ以上話をすることを止めた。




代わりに、隣の部屋を見る。
2人の魔女も、意図に気づいて同じ方向を見る。

視線の先には、2人の魔女。

悲しみに暮れ、ぐったりと休むガァプ。
そしてもう一人。

もう何年も会っていない想い人を心に描き、優雅に煙管をふかす魔女。


「ベアト・・・」









人間・ファントムお互いの思いが交錯する中、この時代の戦いは収束を迎えた。
ファントムの優勢で時間切れ。

以後、ファントムは表立った攻撃をせず、占拠した土地の修復を開始。
UMINEKOは解散。小規模なゲリラ運動は行われるが、デモ程度で収拾する。




だが。


数年後。


組織を整え直したファントムが、人間への侵略を再開する。


その侵略に立ち上がる人たち。
彼らが求めるのは、新たなリーダー。

そのリーダーの名は、



縁寿。



彼女は、ファントムへの復讐を胸に、活動を開始する。
彼女は、いかにしてリーダーになったのか。


ひっそりと暮らしていた縁寿。
本当に些細なこと。








その日、彼女は、地下通路で、水を汲みに行っていた。
ふと、水底に、あるものを発見した。


「?何これ。懐かしい紋章ね。」


醒めた目で、水底から『それ』を拾う。

『それ』は・・・





「まさか・・・指輪?」


縁寿が手にしたのは。


そう。

あの日、南條が最後にはめた。君主の指輪。


偶然なのか必然なのか。
それとも奇跡なのか。


金蔵の形見であった。


「私は・・・・縁寿。そうよ。お兄ちゃんの仇・・・・お父さんお母さんの仇・・・・お姉ちゃんの仇!!」






復讐を思い出した縁寿は、ゲリラ活動を開始する。
活動を通して、彼女は数多の奇跡を起こす。



その「奇跡」こそが、人間に希望を与え、ファントムにも希望を与えることになろうとは、今の縁寿には知る由もない。


第14話につづく

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