【うみねこセブン番外編】Wうみねこセブン現る?!


「…風邪、ですか」
試作品のバトルスーツを抱えなおしながら、基地内の廊下を歩く南條。
並んで歩くのは留弗夫だ。
「まぁ、風邪っつってもただの風邪だからなぁ。南條先生の手を煩わすまでもないと思って、風邪薬飲ませてさっさと寝かしたさ」
真里亞が学校で風邪をもらったらしく、それが基地内のトレーニングルームで訓練していたセブンメンバー全員にうつったらしい。
こういったことはメカニックであり医師でもある南條に真っ先に知らせられるはずだが、寝る間を惜しんで武器や装備の開発、改良を行う彼に気を遣ったようだった。
「そうですか…わかりました。目を覚ました頃に、私も診てみましょう」
「あぁ、助かります」
司令室に入ると、なんともまったりとした空気が流れていた。
今日は休園日。アトラクションのメンテナンスは業者に任せ、経営陣はのんびりと事務作業をこなしていた。
最近は、七姉妹全員を倒されたからかなんなのか、ファントムもおとなしい。
「あぁ、南條先生。お疲れ様です…おや、それは?」
「バトルスーツをちょいと改良してみました。今のものと比べると、受けるダメージは3分の2ほどに軽くなる計算です」
「ほう! それは素晴らしい」
どさりと司令室中央のデスクに置いたスーツを、ちょうど休憩の頃合とばかりにわらわら囲む親たち。
「しかし残念ですな。すぐに調整して実践に投入できるようにしたかったのですが」
「そうねぇ。ファントムも今はおとなしいけど、またいつ襲撃してくるかわからないもの」
「そうよね。ダメージが少なくなるものなら、早く実装してあげたいし…」
ふーむ、と唸る親たちの中で、霧江がくすりと笑って手を挙げる。
「…それ、調整のテストは戦人くんたち本人でないと駄目なのかしら?」
「せやな! わしらの誰かが着て、テストするっちゅうんでもええんとちゃうか?」
その言葉に、南條もぽんと手を打つ。
「そうですな。コアパワーが関係するところは大体調整が済んでいますから、別に戦人さんたちでないといけないということはありません」
「じゃあいいじゃねぇか。誰か1人なんて時間の無駄だぜ。ここにゃおあつらえむきに7人いるんだしよ」
「そう…ですね。一気にやってしまった方が、南條先生の手間にもならないでしょう」
着替えたらトレーニングルームに来るよう言い残し、南條は機材準備のために司令室を出て行く。
残された親たち7人は真新しいバトルスーツを囲み、なぜかちらちらと互いを牽制するように視線を交わす。
「……ふむ」
「って何が『ふむ』よ! 勝手にレッド取ろうとしないでくれるぅ?!」
自信満々にレッドのスーツに伸ばした蔵臼の手を、容赦なく払いのける絵羽。
「何をするんだね! レッドはリーダー。次期司令官、つまり次期司令室リーダーであるこの私にこそふさわしいだろう!」
「おいおい兄貴ィ。次期、っていつまで戦い続けるつもりなんだぁ?」
「そうよぅ! 縁起でもないこと言わないでちょうだい! …うふふ、女性のレッドっていうのもいいわよねぇ♪」
蔵臼からスーツをひったくった絵羽が、体に当てながらくるりと回る。
「何を言う! 長男である私がレッドに決まっている! くっ…返したま、え…っ!」
「お、い…っ、姉貴、レッドである戦人の親父の俺がレッドに決まってんだ、ろ…っ!」
レッドのスーツを取り合う3人を尻目に、後ろでは和やかに別の色のスーツが手に取られていく。
「私は朱志香と同じ色がいいです」
「わしも譲治と同じ色にするわ!」
「じゃあ私も真里亞と同じ色にしようかしら。…くす、可愛いわね♪」
「私は寒色系が好みね。ブルーにしようかしら」
レッドを取り合う3人の戦いは、決死のジャンケン大合戦に突入し、どうやら留弗夫が勝ったようだった。
「く〜っ、いいねぇ。ナントカ戦隊のレッドなんて昔は憧れたもんだぜ」
悦に入る留弗夫を睨み付けながら、絵羽は素早くブラックのスーツをひっ掴む。
「…ふん、じゃあ私ブラック! 兄さんはホワイトね、はいどうぞ」
「なっ…なんだとおおおおお! ホワイトは女性用だろう!」
「いいじゃない、朱志香ちゃんや紗音ちゃんや真里亞ちゃん、新しく入ったグレーテルちゃんだって最前線で戦ってんのよ? 男女なんて関係ないでしょ。これだから兄さんの男尊女卑は」
「私はスーツのスカートのことを言っているんだっ!///」
「あぁらいいじゃない。可愛いわよぅ? うっふふふふ!」
「ぬおおおおおおおおおおおお!!」
想像してのたうち回る蔵臼を哀れに思ったのか、秀吉がフォローに入る。
「ま、まぁまぁ絵羽。わしは絵羽のホワイト姿も悪くない思うで? 純粋なお前にはピッタリな色やないか!」
「んもう、あなたったら…じゃあホワイトにしようかしら」
純粋というより単純なんでは、と誰もが思ったが、懸命にも口に出す者はいなかった。

それぞれ着替えを終え、トレーニングルームへ向かおうと扉の前に立った、そのとき。
「…ちょっと待って」
霧江が一行を呼び止める。
彼女が見ているのはモニターだった。
遊園地内や学校や街のいたるところに仕掛けてある、モニター。
その一つ、黒い山羊の群れが人通りの多い地域へ向かう様を食い入るように見ていた。
遅れてファントム出現を感知するセンサーランプが点滅する。
普段ならすぐさまアラームを鳴らし、うみねこセブンの出動を要請する場面。
7人が顔を見合わせる。
うみねこセブンである子どもたちは、皆風邪で寝込んでいる。
出動して、風邪が長引いて、その間に山羊よりもっと強い、あの七姉妹のような悪魔や幹部の魔女が攻めてこないとも限らない。
…いや。それ以前に、親として。
風邪で寝ている子を引っ張り起こして、戦って来いだなんて。
ぽちりとランプの点滅を解除する。
「…行くか」
短く留弗夫が呟いた。
反対する者はいなかった。
後方支援は彼らの大切な任務だ。それはわかっている。
遊園地の経営、運営業務も彼らにしかできない、重要な仕事だ。それもわかっている。
誰に恥じることもない、前線で戦う子どもたちにも胸を張れる、大人の仕事。
でも。
子どもたちとファントムとの戦いを映すモニターを見るときの、胸が潰れるような思い。
ボロボロになって帰ってきた子どもたちを迎えるときの、涙がこみ上げるような思い。
なぜ自分が代わってやれない。
そう思ったことのない親はいなかった。
もちろん、コアと共鳴する彼らだけが唯一ファントムに対抗できる戦士だということは理解している。
それでも。
痛みだけでも、苦しみだけでも…何度代わってやりたいと思ったことか――。
ザッと司令室の扉が開いた。
開発室にいることが多い南條は、司令室で感知したものが全てモバイルに飛ぶようになっている。
ファントム出現を知らされ、慌てて戻ってきたに違いなかった。
そしてアラームが鳴らされていない現状と、全員の妙な雰囲気を敏感に察知し、呻くように釘を差す。
「い…いけませんぞ、皆さん。危険すぎます…!」
「へへ、わぁってるって。顔見せだけして、奴らがビビって逃げたらとっとと帰ってくらぁ」
「幸い、出てきているのは山羊だけのようだしな」
「そうそう、私たちなら大丈夫よぅ。私は武術の心得があるし、兄さんもボクシングやってたしねぇ?」
「そ、そうね。留弗夫兄さんと霧江姉さんも銃の腕前は相当のものだし」
「しかし…」
「まぁまぁ南條先生、あの暴れとる山羊たちにちょ〜っと痛い目みてもらえればええだけなんや。そんな大それたことはせぇへん! な? みんなそうやろ?」
ウンウンと頷く中、夏妃だけが「いえ私たちが立派に戦って勝利してみせます!」と叫びかけるのを塞ぎつつ、霧江がにこりと笑う。
「…ということですので、南條先生。私たちに合うような武器、出してくださいます?」




無数の山羊たちが行軍する行く手を阻むように、7つの影が立っていた。

「おっと、ここから先は進んでもらっては困るね。うみねこブラック!」
「ちょっと! なんでブラックから名乗り上げるのよぅ! うみねこホワイト!」
「だーーーーっ! たく、レッドより目立つんじゃねえぜ! うみねこレッドぉ!」
「じゅ、順番くらいいいじゃない…うみねこピンク!」
「異形の者たちよ! 私たちが成敗して差し上げます! うみねこイエロー!」
「せや! 山羊さん、できれば大人しく帰ってくれへんかなぁ? うみねこグリーン!」
「…くす、まとまりないわねぇ。うみねこブルー」

「これ以上お痛するようなら、月にかわってオシオキよ♪っとくらぁ! 『六軒島戦隊 うみねこセブン』参上!」

「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」

…敵以上に味方から冷たい視線を受ける留弗夫であった。
「あんた、レッド向いてないわ」
「るど…レッド、そういう趣味をお持ちだったのですね…」
「兄さ…レッド、今後うちの子に近づかないでくれる?」
「………………(にっこり)」

ともあれ、戦闘が始まった。




「…ち、まずいな」
銃のエネルギー残量を確かめながら留弗夫が舌打ちをする。
どこから沸いてくるのか、戦闘開始からずいぶん経つ気がするが、山羊の集団は一向に減る気配がない。
山羊一体一体は、生身の丸腰ならともかく、冷静にかかればセブンと同じ装備がある以上、戦い慣れしていない分を差し引いても何とか凌げる程度ではある。
しかし、こちらの装備や武器は、コアのパワーを充填したものを消費しているだけだ。
いつかはエネルギー切れ、効果切れをおこす。
「…へへ、やべぇよなぁ」
ひとりごちても状況は変わらない。
奴らは無限。
こちらは有限。
体力だっていつまで続くかわからない。
くそ、どうする―――。

と、そのとき。

留弗夫の目に映ったのは、ふらふらと走ってくる7つの人影。
同じバトルスーツを着た新たな7人に気付いたのか、山羊の動きも止まった。

「…と、とりあえずくしゃみが止まらねぇ…っくしょい! うみねこ、ずび、レッド!」
「う…目の前がくらくらするぜ…うみねこイエロー…」
「…レッド、大きな声出さないで…頭に響く…うみねこグリーン…」
「うー…おなかごろごろする…うみねこピンクー」
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふうみねこホワイト♪」
「げほがほげほげほごほがほげほうみげほねこげほブラッ、ごほごほげほ!」
「ずるずるずるずるずびーずるずるずびずびう゛み゛ね゛ごぶる゛ーずびずび」

「『六軒島戦隊 うみねこセブ、ぁぁっっっくしょおん!!

ふにゃん

名乗りも締まらないが、朦朧としながら決めるポーズもさっぱり締まらなかった。
しかし親はそれどころではない。
「じぇし――」
「じょう――」
「ばと――」
「まり――」
「「「「しーーーーーーーーーーっ!!」」」」
こんなところで大声で名前を呼ばれて正体がばれたりしたら、笑い話にもならない。
音声を内部通信のみに切り替えて、どうして来たんだと怒鳴る親たちの武器をそれぞれひったくる。
そして――自分たちの装備している、コアパワー満タンの武器と交換した。
「悪ぃけど、ここまできたら最後まで付き合ってもらうぜぇ? いっひっひ…っくしょん!」

そして戦人たちを迎え、第2ラウンドが始まるのだった。




「朱志香! あなたは私の後ろに隠れていなさいッ!」
「…んなわけいくかっての…母さんこそ、私の後ろに隠れてて…」
眩暈を堪えながら夏妃の前に立つ朱志香。
しかし、一歩歩くだけでふらりとよろけてしまう。
「じぇ、朱志香! 大丈夫ですか? ほら、あなたは安全なところに――」
避難していなさい、という言葉を発する間もなく、朱志香の背後に山羊の姿を認め、夏妃はキッと顔を上げた。
「朱志香に何をするのです! せぇえああああああッ!!」
夏妃に手を放されて座り込んだ朱志香の頭上を、かまいたちのような風が切った。
「え、母さ」
「私がうみねこイエローですッ! かかってくるならこの私にしなさいッ! せぇええええいッ!!」
槍のような先端に刃のついた長い武器を、流れるように操る夏妃。
「…えーと、薙刀は護身術程度とか言ってなかったっけ…って、うわっ?!」
「朱志香!」
夏妃1人では、朱志香の前は守れても後ろまで守りきることはできない。
「…ってー…」
攻撃を受けた箇所を庇いつつ立ち上がろうとした瞬間、今度は二つの黒い影が駆け抜けた。
「じぇ、朱志香の可愛い顔に何をする貴様ぁぁぁあああああああああああ!!」
「げほげほごほがはごほごほげほげほ!!(朱志香を傷つける奴は容赦しないッ!!)」
ブォン!
蔵臼の痛烈なアッパーカットで浮き上がった山羊を、上空へ跳躍した嘉音のブレードが地に落とす。
「次、奴だ! さっき朱志香の華奢な体に体当たりをしていた!」
「げほげほごほごほ!(なんですって!)」
ブォン!
「はっ、そこの山羊! 朱志香に近づくことは許さんぞおおおおおおお!!」
「ごほごほごほんがはげほげほ!!(朱志香あああああああああ!!)」
「…さっきから朱志香を呼び捨てにしていないかね?!」
「…げほげほ」




「ふ…ふぇ…ぶぇっくしょん!」
ズダダ!
「うぉお?! ば、馬鹿野郎! 殺す気かぁ?!」
くしゃみの反動で思わずあらぬ方向にトリガーを引いてしまう戦人。
「ずびび…いっひっひ、悪ぃ悪ぃ。…ふぇ…ぶえっくし!」
ズダダダダ!!
「てめ、わざとやってねぇかぁ?!」
「へっ、日頃の行いが悪いんじゃねぇかぁ? このクソ親父…っくしょい!」
ズダダダダダダダダ!!
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
そんな2人を遠目に見ながら、正確な射撃で山羊を倒していく霧江とグレーテル。
「くす。なんでこう男っていうのは子どもっぽいのかしら」
「ずびずびずるずる(まったくね)」
会話の合間にも攻撃の手は緩めない。
周囲の敵はあらかた倒し終わり、2人が戦人と留弗夫に合流しようとしたそのとき。
「霧江」
「グレーテル」
不意に留弗夫と戦人の視線と銃口が、2人を捕らえる。
直後。
背後でドォンと音を立てて山羊が倒れた。
忍び寄っていた山羊を、留弗夫と戦人が撃ったようだった。
「…そして、なんでいいところを持っていくのだけは上手いのかしらね、男って」
「ずるずるずびー(ほんと謎よね)」
「「ぶぇっくしょん!!」」




「…ママ、トイレ」
「え、ええっ?!」
「吐きそう…」
「ちょっ、ま、待ってなさい! すぐママが用意してあげるから! ちょっとだけガマンよ、いい?」
「うん…うぷ」
「い、いいから座って楽にしてなさい。この杖は真里亞の? …これ、頑丈かしら」
「うん、魔法がかけてあるから絶対壊れたりしないよ」
「そう」
真里亞に向かってにっこり微笑みかけると、楼座はすっと息を吸った。
「うおおおおおおおおおおおおお!! 真里亞の盾になりたい奴から前に出ろよおおおおおおおお!!」
楼座の手元からこの世のものとは思えない音が連続して発生する。
まさにちぎっては投げちぎっては投げ、を体現するように黒い巨体が吹っ飛んでは真里亞の周りに積み上げられていく。
もはや真里亞の魔法のステッキはただの鈍器と化していた。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
ものの数分で真里亞の周りに黒い城壁を積み上げると、楼座はにっこりと笑って真里亞の背中を擦った。
「ほら真里亞、もう他の人たちからは見えないからここでゲーしなさい」




「メェーーーーーー!!」
「メェーーーーーー!!」
雄たけびを上げながら突進してくる山羊たちをかわしつつ、譲治は眉間に皺を寄せる。
「…ははは。攻撃するならもうちょっと声量を落としてもらえないかな…」
少し体を揺らすだけでも頭痛に響くのに、その上大声を出されてはかなわない。
「メェーーーーーー!!」
「…………」
「メェーーーーーー!!」
「……」
「メェーーーーーー!!」
「…だから」
「メェーーーーーー!!」
「…静かにしてほしいって」
「「メェーーーーーー!!」」
「……言ってるよね?」
――ふと、時が止まったように山羊の動きがぴたりと止まる。
マスクの中でにっこりと、この上なく優しい笑みで語りかける譲治。
しかし山羊は、隠されたマスクの向こうに目だけ笑っていない、果てしなく恐ろしい笑みをたたえた魔王を幻視するのだった。
「メェ…っ(ガタガタガタ)」
「メェ…っ(ブルブルブル)」

「…そうそう、良い子だね。もうお帰り。見逃してあげるから」
可哀想なほど震えながらも、それでも可能な限り足音を消して逃げる山羊たちだった。




「うふふふふふふふふふふふふふ♪」
「うふふふふふふふふふふふふふ♪」
「やるわねぇ、紗音ちゃん。楽だわ〜」
「絵羽様こそ、その足技素敵です♪」
「ふふ、ありがと。次、あっちの集団行きましょ」
「はい♪」
「あなた〜! 次行くわよぅ!」
「おう! 任しとけぇ! わっはっはっは!」
バリアを張る紗音と背中合わせの絵羽。
くるくると華麗なダンスを踊るように山羊の群れへと突撃していく。
「あなた〜! いいわよぅ、じゃんじゃんお願い!」
「ほいきた!」
秀吉がその重量をフルに使ったボディアタックを仕掛け、山羊を絵羽の目の前に突き飛ばす。
紗音のバリアの境界ギリギリまで引きつけ、回し蹴りを決める絵羽。
そのパワーはもちろん、紗音のバリアで弾かれる力+スーツで増強された絵羽渾身の蹴り、なのだから山羊にとってはたまったものではない。
「絵羽様、次あっち行きましょう♪」
「いいわねぇ♪」
次から次へと山羊をお空のお星様へと飛ばしていき、テンションを上げる絵羽。
ついでに普段おっとりした紗音も、熱ゆえにテンションはとどまることがなかった。




死屍累々と倒れた山羊たちが黄金の蝶となって消えていくのを見ながら、セブンメンバー及び親セブンは肩の力を抜く。
「はー、つっかれたぜぇ!」
「ははは、まあ誰も何事もなくてよかったよ」
「まぁなー! …ん〜っ! 運動して汗かいたら何か熱とか引いた気がするな」
「うー! 真里亞も治った! ママのおかげ!」
すっかり元気になった子どもたちに、親もほっと息をつく。
「しっかし戦人ぁ? 基地に帰ったら銃の訓練みっちりやらねぇとなぁ?」
「う、うるせぇな! ありゃ不可抗力だろ? 普段だったら俺だってもっと命中率あるぜぇ?」
「へっ、散弾ばっかばらまいてる奴がよく言うぜ。男なら急所に一発ズドン、だろ? …女のハートもな」
「…ほんと、散弾ばっかばらまいてる人がよく言うわね(にっこり)」
そんな(留弗夫家では)他愛ないやり取りに顔をほころばせるグレーテル。
「お、なんだよグレーテル。今笑ってなかったかぁ? いっひっひ!」
「べ、別に笑ってないわよ」
「嘘つけ。お前ももっと笑えば可愛いのによぉ」
「ううううっさいわね!/// あんた目ぇおかしいんじゃないの?! 笑ってないったら笑ってない!」
「ひっでぇ! 真里亞〜今の聞いたかぁ〜?」
「うー! 戦人、目おかしい!」
「うがあああああああ真里亞までひでぇだろおおおおおおお! 兄貴いいいいいい!」
「ははは。…あ、それはそうとちょっとフォローしておかないと」
「フォロー?」
「うん。もしかしたらどこかからファントムの幹部連中が見てるかもしれないからね」
そう言って、譲治は音声を外部に聞こえるように設定し直す。

「…まったく、困りますよ。うみねこセブンヒーローショーのスタッフである皆さんにケガなんてあったらどうするつもりだったんです?」




「…なるほど、驚かされました。そういうことなら合点がいきます。あれはうみねこセブンの衣装を着た一般人だったというわけですね」
「どうも動きが悪いと思ったわー。また新たな戦士が現れたのかと思ったけど、心配なさそうね。使ってた武器は本物みたいだったけど、こういったことを見越してすり替えていたのかもしれないわねぇ」
「今後うみねこセブンヒーローショーの上演中は襲撃を控えるべきでしょうな。通達を出しておきましょう」
ワルギリアが設置した三面鏡の前で腕組みをする、意外にピュアなファントムの面々だった。




次の日。
「…あれ? 兄貴、南條先生は?」
「あぁ、母さんたちを診てるよ」
「へ?」
昨日の戦闘で酷い怪我をした者はいなかったはずだ、と考えて、戦人はニヤリと笑う。
「ははーん、アレだろ? どうせベタベタの、今度は親がみんな風邪ひいちゃいましたーってオチだろ、どうせ」
「あはは、ある意味もっとベタというか、何というか…。まぁ、戦人くんも手伝ってね」
「手伝う?」
怪訝な顔でドアを開けると、そこはさながらゾンビの這い回る野戦病院のようだった。
「うぅぅぅ…いててて…」
「シップ…南條先生…足にもシップを…」
「真里亞…もっと優しくマッサージして…いたたた!」
運動不足な体に急激な負荷を与え、その後クールダウンもせずに放置しておくと乳酸がたまってエライことになるあれだ。
「…筋肉痛かよ」
「…ま、まぁ、筋肉痛が次の日に出るなんて、みんなまだまだ若いって証拠なんじゃないかな…はははは」
「ちぇ、カッコ悪いったらねぇぜ。昨日はあんなに――」
「あんなに?」
「な、なんでもねぇよ!」
ずかずかと部屋に入ってぐるんと腕を回し、シャツの袖を捲くる。
「いっひっひ! クソ親父ぃ、俺がぐりぐり揉みほぐしてやるぜ〜? ありがたく思いやがれ、おりゃあああああ!」

一際大きい留弗夫の叫び声が、六軒島にこだまするのだった。


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