雷鳴の轟き終えた朝に



「はい。はい。新郎の方も準備が終わったそうです。そろそろ式場へと移動して下さい」


新郎側の楽屋と連絡を取っていたスタッフから移動を促されて新婦である彼女はゆっくりと席を立って式場へと移動を開始する。

素早く動く事を全く考慮していないウェディングドレスの上にハイヒールまで履いていた今の彼女は実にゆったりとした足取りで一歩一歩と式場への歩を進める。

10mの間合いを一足飛びで詰められるほどの素早さを有する彼女にとってはあるまじき鈍重さ。

……だが、その遅さがまた今の彼女には心地良かった。

幼い頃から常に戦いに身を置き続けた彼女が今日この日、この時だけは唯の女の子で居られるのだと実感出来る証であったからだ。


凄絶なる雷撃魔法と紫電の剣技の数々によって誰ともなく畏敬の念を以って呼ばれ始めて定着した彼女の通り名。

凶(まが)つ雷……『凶雷のルーフィシス』。

数々の戦場でその勇名を馳せていた彼女は今日という日を境にきっと姿を見せなくなっていくのだろう。

………いや、正確には勇名を馳せるべき戦場こそが無くなっていくのだろう。

ミラージュ率いる新生ファントムとうみねこセブンとの最終決戦より既に十年以上が経った今、人間と幻想との戦いは小競り合いすらそうそう起こらないほどにまで落ち着き、安定期に入りつつあった。

だからこそ、彼女はようやくこの挙式を挙げるまでに至れたのだ。


好きな色ではあったが「自分のイメージに合わないのでは…」と控えていたピンク一色のウェディングドレスは今の自分には予想外にも良い感じで馴染んでいた。
胸元には幼少の頃から身に着けて幾度となくその身を護り続けてもらった愛用の蒼い宝石の【防護魔石(バリアクリスタル)】。
両手で握るウェディングブーケは『強敵』と書いて『親友』と読むのがぴったりな蒼髪ツインテが自分の髪飾りの一部をばらして造ってくれたお手製で、「必ず自分に向かって投げろ」という念が込められた呪いの一品実に感慨深い一品だ。


「よう、思った以上に良い女になってるなぁ。あの時の冗談、本気にしておくべきだったかな?」


背後から掛けられた声に振り向き彼女は驚く。
それは今日の挙式には招待していないはずのウィラード・H・ライトであったからだ。


「…なん…で?」

「愚問だな。こういうめでたい話ってのは誰ともなく伝達し合って思わぬところにまで届いちまうものなんだよ。礼拝堂は正規の招待客の数倍は居るだろうから今の内から覚悟しておくんだな」

「す、数倍も?何で…そんなに…」

「再びの愚問だな。お前達を祝福したいから、に決まっているだろう?」


意表を突かれてきょとんとしたルーフィシスをしたり顔で見つめるウィラード。
その一言は当然の事のようであって当然の事ではない。
そう、十数年前までは彼とも鎬を削り合うほど苛烈な敵対関係にあったのだから…。


「ルーフィシスさん、新郎がもう式場の入り口で待っているそうです!急いで下さい!」


スタッフの催促が入った事で見合っていたお互いの胸に去来していた過去の出来事が途切れて共に我に返る。
催促に応じて式場の入り口へと急ごうと振り向いたルーフィシスの背へとウィラードはもう一度だけ声を掛ける。


「幸せになれよ、ルーフィシス」


その言葉にルーフィシスもまたもう一度だけ振り返って言葉を返す。


「ええ、幸せになるわ」




6月の某日
前日の梅雨の雷雨が嘘の様に晴れ渡った朝

彼女は『6月の花嫁(ジューンブライド)』の一人として幸せになるべく嫁いだのだった。



fin










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