※この番外編は26話の頃を想定しています。可能な限り本編の展開に近付けて構成していますが以降の物語が同じ流れになるとは限りませんので御了承下さい。…特にフェザリーヌのキャラや立ち位置はかなりの確率で変化すると思われます(笑)



雷鳴の轟く夜に ????



???「なかなか面白い見世物であったな。『中立派』のルーフィシス…か」


年代物の木製椅子に深く腰掛け、先程まで目の前の空間に映し出されていたうみねこセブンとルーフィシスとの激闘の光景に心躍らせていた余韻に浸っていたのはその書斎の主、フェザリーヌ=アウグゥストゥス=アウローラ。
尊厳なる観劇と戯曲と傍観の魔女と呼ばれる魔界有数の伝説の魔女の一人である。


フェザ「雷塵事件。我が図書の都の無尽蔵の蔵書の中から記述のある書を探し出すのはかなりの骨であったようだが……何とか見つかったようだな」


先程の戦いの終盤にうみねこブルーの口より2度ほど名が挙がったその事件に興味を持ったフェザリーヌは自身が所有する広大な図書の都の司書の数名に命じてその事件の事が記された書を探させていたのだ。
司書が見つけ出したその本は比較的新しいものであったが…その装丁には数カ所に渡って大きな滲みや傷が刻み込まれていた。
様々なカケラ世界の書という書が網羅された図書の都ならではな品の一つ。書の内側よりそのカケラ世界で生じた怨嗟や怒りといった負の感情が溢れ出して書自らが自傷行為を引き起こすという呪われた書物によくみられる現象であった。


フェザ「ふむ、この書の…第三章の終盤か。ご苦労であった、下がって良いぞ」


司書から本を受け取り、労いの言葉をかけて退室を促すフェザリーヌ。
司書の退室を確認してから早速ぱらぱらと本の頁をめくり始める。

本のタイトルは…『一つの世界の終焉録  上巻 〜抗える者無き空白の歳月の人と幻想との戦闘記録〜』。

うみねこブルーこと右代宮縁寿が元々いた世界が辿った歴史が記された書だ。
副題の通り上巻では縁寿が成長して『ファントム』に戦いを挑めるようになるまでの空白の年月の間に起こった人と幻想との戦いや事件の記録が四章構成で詳細に記されている。

第一章は『ファントム』の襲来とその直後から戦いを挑んだ者達の攻防と敗北の記録。…つまり、右代宮一族の戦いの事だ。
第二章は敵対者を排除した『ファントム』の人間界侵攻の記録。…いや、侵攻と言うよりは橋頭堡確保の為の政治的な駆け引きや外交、裏取引といった侵略の下準備段階と言うべきか。
…そして件の第三章は世界崩壊の序曲。…人間界への侵攻準備を整え終えつつあった『ファントム』が万全の態勢で人間界征服に望む為に魔界の政敵達を一掃して全体主義へと傾き世界の終焉を決定付ける転機が訪れるまでの記録。


フェザ「人間界での命名は凄まじい落雷によって街一つが塵と化した事から『雷塵事件』…魔界側での正式名称はルーフィシスが起こした戦いと言う事で『凶雷戦争』。うみねこブルーの世界の時間軸で今より6年の後に起こる戦い。事の発端はこの戦いが起こる2年前、人間界への侵攻を着実に押し進めていた『ファントム』が意見を違える『穏健派』や『中立派』を一掃する為に攻撃を開始して魔界で内戦を勃発させた事から…となるのか」


一言に『穏健派』や『中立派』と括っていても広大な魔界をたった数派で割拠している状況なのだからそれぞれの派閥の規模は大国と同様に考えても差し支えはない。
当然、その戦いの規模は世界大戦並みに魔界各地で繰り広げられる事となったのだが…


フェザ「元より人間界への侵攻を成功させつつあった事で血気盛んな魔界の猛者達や頭脳明晰な魔術師や魔女達の多くの支持を集めていた『ファントム』は質、量共に圧倒的優位に立ち、量産に成功した幻想怪人による実験的な掃討作戦をも含めてたった半年で内戦を完全勝利で終結させ『穏健派』、『中立派』に属していた者を全土から駆逐し尽くした。…当然、『中立派』の重鎮であったルーフィシスの父、ディアシス=フラグベルト少将も戦場の露と消えたわけだな。…いや、正確にはルーフィシスを除く家族全て…か」


ここまで事情が分かれば後の成り行きはもう思考を巡らせるまでもないだろう。


フェザ「…凶雷戦争時は齢16の時になるのか。…悲劇、だな。もう数年の時を耐え忍んでいれば成長してファントムに戦いを挑み始めたうみねこブルーと共に戦う未来もあったやも知れぬが…歴史は残酷だ。一人虚しく復讐戦を挑み、街一つを巻き込んで壮烈な最期を遂げた…か」


戦いに至った経緯から推察する限り……自らが生き残るつもりのない『特攻』であったことはまず間違いないだろう。


フェザ「…最期を迎えた時の表情はあの娘ならばさぞ安らかなものであろうな……」





先の展開が読めて興が醒めてざっと流し読みし始めていたフェザリーヌの目が『特記事項』の欄に来てようやく文面に再び興味を示す。


フェザ「……この戦争でのファントム側の人的損害は五千以上、最終的には業を煮やしたミラージュが直接手を下しに戦場に現れた…か。その際にミラージュが放った一撃こそが正式名称不明で仮称として【インドラの矢】と呼ばれた弓撃型殲滅級大魔法、これが街を灰塵に帰した…と言うのが事の真相か」


ルーフィシスは確かに凄まじい攻撃力を有していたが街を一つ消し飛ばすともなればどうしても『爆発力』が必要だ。【サンダーブラスト】など雷撃を爆発に変換する技術も持ってはいたが規模の違いからフェザリーヌは街を消し飛ばしたと言う点については彼女が行った行為なのかに疑問を抱いていたのだが…やはり第三者によるものが直接的な原因であったのだと得心する。


フェザ「…右代宮縁寿はこの雷塵事件を『中立派』が『ファントム』に与して起こした一件だと解釈してルーフィシスを後々に敵に回る者と思ってあの場で討ち取るべきだと判断した。…『自身の心の闇に向き合えない様なら貴女は呪われたブルーダイヤになる』とは、上手く表現したものだなルーフィシスよ。致命的なまでに敵を増やす元となる猜疑心、幻想の存在全てを復讐の業火で焼き尽くさんと燃やし続けられた敵愾心。これは確かにどうにかせねばならん事案よな。…くく、もしうみねこブルーが最期を迎える時が来たならば…彼女とは対称的に全てを呪い殺さんとする怨嗟に満ちた表情になるのであろうよ」


ミラージュを呪われたブルーダイヤとして広く知られる『ホープダイヤ』と評した上で縁寿にそう忠告したルーフィシスの辛辣にして洒落た表現にフェザリーヌは口端を軽く釣り上げて微笑する。
最も一緒にされたくないファントムの首領と言う存在と同一視されるなど、右代宮縁寿にとってどれだけの侮辱、屈辱であるかは言うに及ぶまい。
…いや、既に自らが迎える最悪の末路の一つを知っていたはずのこの時のルーフィシスの精神状態を思えば互いの在り方の違いに憎悪の様な思いも込められていたのかも知れない。


フェザ「それにしても…まさかあのミラージュを引き摺り出す事に成功していたとは。…ルーフィシスは命懸けの敵討ちとなったこの戦いで奴に一矢報いる事には成功していたとみてよい様だな」


うみねこセブンとの戦いで見せた鬼神の如き強さをその『たった一人の戦争』でも奮って見せたのだろう。
神速の高速機動に疾風の剣技。
驚異的な柔軟性から繰り出される不可思議な体術。
近距離から遠距離まで千変万化の凄まじい雷撃魔法。
百花繚乱に狂い咲く凶雷の災禍。
そして…少女が自らの死に場所と定めて生み出した血風吹き荒ぶ地獄の戦場はその慟哭に応えて姿を現した魔王より放たれた裁きの一矢によって街一つと共に消し飛び閉幕の時を迎えることとなる…。




『………この戦いが『穏健派』、『中立派』が完全に駆逐されて魔界での内戦が終結したという確たる証となり、それが終末への最後の引き金となる。
憂いを無くした『ファントム』は政敵排除後も各地で整え続けていた侵攻作戦をこれを契機として一斉に発動させて人間界へと怒涛の勢いで攻め寄せ、世界を滅びへと加速させていったのだった。』

…人の世が人の世らしく在れた最後の歴史となる三章を結ぶ最後の頁に綴られた一文である。
上巻の最終章となる第四章は滅びの記録。どの都市から、どの島から、どの国から順に人が居なくなり、生き物が消えていったのかの羅列と言っても過言ではないこの世の終わりを絵にかいたような凄惨極まる内容であった。


フェザ「……第四章は世界大戦すら比では無い無数の死の記録…か。『ファントム』の存在に対抗する特定の人物や派閥の動向、戦いにスポットが当たっていた第三章までとは打って変わって世界規模での一方的な殺戮の記録とは…『一人の死は悲劇だが、集団の死は統計上の数字に過ぎない』、とは正にこのことだとでも言いたげだな。…この未来の書…一見には値する物語だろう。…だが、二度見て面白いものではないな」


パタンッ。と書物を閉じて机の片隅に詰まれた数冊の本の上に無造作に積み上げるフェザリーヌ。
縁寿のこれまでの反応や言動から見て取れる限り、おそらく未来の戦いにおいてミラージュがその姿を表舞台に現したのはこの時が最初で最後なのだろう。
だとするならば……この歴史が繰り返される時、それはうみねこセブンが倒された時だ。
それはフェザリーヌにとって最も面白くない結末の一つに向かう事を意味している。


フェザ「…うみねこブルーが過去へと回帰した事による世界の変化がいよいよ大きな力となり始めている。…それでも、ミラージュという強大な存在を前に果たして運命の壁を打ち破ることが出来るものかどうか…」


いったいこの世界の中ではどれだけの存在が傍観者でいることを赦されるのであろうか?
新たな駒を遠方から操る形で動かして投じたとはいえ、きっと自分でさえも真の意味ではもう傍観者では無いのだろう。
彼等の戦いがどれだけのものを背負いながら続いてくのか、どれだけのものの運命を狂わせ惑わせる事になるのか、それはもう誰にも分からないことなのかも知れなかった。

そう、それは正に運命のカオス。
旺盛な好奇心から退屈を嫌う彼女は何より未知を好む。


フェザ「精々励むのだな、うみねこセブンよ。ルーフィシスという少女の未来が何処へ向かうのかもまたお前達の頑張り次第、その手の内にあるのだからな。…ふふふ、はーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはッ!!」


大きく変わり始めたこの世界の未来はどの様な結末を迎える事になるのか?
傍観者では無くとも未だ遥か遠くからの観劇者であるこの大魔女にとってこの世界の戦いは最高の愉悦へと変わりつつあったのだった。











??「……危なかったわね。このフロッピーから予測出来る情報が無かったら…数年以内に『中立派』は滅ぼされていたかも知れないわ」

????「?神妙な顔付きだが…そんなにヤバいデータだったのか、リィ?」


カタカタとキーボードを叩き続けていたリィと呼ばれた少女の手が止まり、後ろから話し掛けてきた青年へと視線を向ける。
二人とも蒼い髪が薄く輝いて見えるその特徴的な髪質から縁者である事は想像に難くない。
青年の名はラディス=フラグベルト、少女の名はリーフィ=フラグベルト。
ルーフィシスの兄と姉に当たる二人だ。


リィ「ええ、ルーが手に入れたこのフロッピーディスク。データの内容としては改竄が加えられたデタラメばかりだったんだけど、こちらの戦力データや基地データの詳細が分かっていないと到底書き換えられない様なことばかりなの。曖昧な点が多いから憶測になる点も少なくは無いんだけど…それでも間違いなく私達にとって命綱になるだけの重要情報だったわ、これは」

ラディス「そりゃ有難ぇな。うみねこセブンの重要情報に続いてファントムの重要情報まで半月と掛からず軽々と得て来られるとは流石はルーだ。…とことん、出来の良い妹だな。俺とは違って…(涙)」

リィ「ラディス兄さん、自虐しないの。それにしても…やっぱり不自然なデータだわ」

ラディス「ん?何が不自然なんだ?」

リィ「このデータ…実はまだ配備されていない武装データのダミーまで入っていたの。納期が来月末って話なんだけど、発注を掛けたのはそれこそ昨日の事よ?…だけど、ルーが随時更新されていると言われて渡されたこのフロッピーを持ち帰ったのは三日前。解析を進めたからこそ、今になってそのズレの違和感に気付く事になったけど…いくらなんでもおかしいのよ」

ラディス「2、3日の差異なら口頭連絡とか在庫の確認とかの盗聴で事前に情報を得る機会はあったんじゃないか?」

リィ「…昨日の納期の打ち合わせの際にロットの都合で急に発注数が変更になった数字で織り込まれていたのよ?そんな時系列が前後した事まで情報が筒抜けるなんていくらなんでもおかし過ぎるわ」

ラディス「そうなのか?それならほら、俺も一応親父から聞いたんだが『うみねこブルー』ってのは未来から来たって話だったろ?そいつが持って来た情報がファントム側に流れて
それでその武装を仕入れる事も事前に知る事が出来たって話なんじゃないか?」

リィ「その推測には致命的な無茶があるわラディス兄さん。第一に、『ファントム』はまだ彼女が未来から来たって情報を掴んでいないのだからそんな情報が向こう流れている訳が無いわ。そして、第二に彼女が未来からもたらした技術や情報によってうみねこセブンはあのベアトリーチェ達の打倒に成功した。…それが以前歩むはずだった歴史から大きくかけ離れた事象である以上、それによって『中立派』や『ファントム』とのパワーバランスが変化した『今の状況の未来』まで再構築して未来が読まれている、と言うのはどう考えても有り得ない事よ」

ラディス「………まぁ、俺等は魔界に籍を置く悪魔の一種で人間じゃあねぇからなぁ…。それなりに予知能力者とか異端な能力者が絡んでいてもおかしくはねぇんだが……それを込んで考えても確かに妙な話だな」

リィ「…この作戦の立案者は『あの』ミラージュよ?…私にはこの現象は最も考えたくも無い恐ろしい事を意味している気がしてならないわ。ミラージュはもしかしたら…ヨグ=ソトースに近い存在なのかも知れない…とさえね」

ラディス「よぐ…え?なんだって??」

リィ「…ラディス兄さん勉強不足、ルーならちゃんと分かってそれなりの反応をしたと思うよ?」

ラディス「くっ…、そ、それで、そのヨグ何たらと似ていたらどうヤバいんだ?」

リィ「もう、すぐそうやって誤魔化そうとするんだから。簡単に言えば次元が違う上位世界の存在なのかもって話かな?…まぁ、そこまで危険な存在かはさすがに深読みかも知れないけどね。まだ比較的普通な予知や未来視かも知れないし…とにかく、お父さんにも連絡してデータの解析と分析はキッチリと進めておくわ。…その辺りがどう転ぶにしても、『ファントム』が暴走するようなら私達『中立派』や『穏健派』は最後の盾として阻まなければならないって事はハッキリしたのだしね」

ラディス「…そう、だな。最後の盾…か。…まぁ、だからといってルーを一人残して死ぬわけには……いかねぇがな」

リィ「…うん。『雷塵事件』が起こるその未来だけは何としても阻まないと…ね」


二人の表情が沈痛な面持ちとなり俯き加減で揃ってその両手を強く握り締める。
ルーフィシスは優秀であるが故に得た情報の全てを然るべき存在に包み隠さず子細に報告を上げていた。
……つまり、うみねこブルーがこの世界に持ち込んでいた全ての情報を、である。
彼女からの情報はあくまで人間側からの一方的な視点で見た情報であり、魔界側の情勢やそれぞれの派閥の動静については疎く、殆ど記されてはいなかった。
…だが、現状の自分達の立場と状況、その行動理念を鑑みれば『中立派』や『穏健派』の終焉と自分自身に訪れたであろうその末路を察するには充分過ぎるだけのヒントであった。
ラディスとリーフィは雷塵事件の発端が何であったのか、ルーフィシスが自らをそこまで追い込み覚悟を決めるだけの理由に気付いていたのだ。


ラディス「……今日の訓練は一通りこなした後なんだが…今からもう一度鍛え直すとするか。じゃあなリィ、解析の方は頼んだぜ」

リィ「うん。肌が随分と荒れちゃうだろうけど目処が立つまで2、3日は完徹で調べ上げてみるわ。兄さんも頑張って」


悔しさに沈んでいた表情をキッと持ち直して今し方まで練兵場で振るっていた剣を片手に再び練兵場へと戻って行くラディスと簡素な非常食を数日分足元に揃えてから再びパソコンのキーボードを素早く叩き始めるリーフィ。
ヱリカがもたらした情報によって少なくとも、『この世界』ではルーフィシスにとっての終焉の悪夢となる『雷塵事件』が起こり得る可能性は大きく軽減されつつあった。



こうして、フロッピーディスクから得られた情報の徹底解析によって『中立派』の参謀の一翼を担うリーフィ=フラグベルトはこれまで謎の存在とされてきたファントム首領、ミラージュの正体へと大きく近付く事になる。そして、その情報を元に『中立派』がこの世界でどの様なイレギュラーを引き起こす事になるのか?

何もかも、全ての者の全ての行動が………それぞれの運命にどう作用するのか今はまだ誰にも分からなかった。




雷鳴の轟く夜に ???? 終


雷鳴の轟く夜に Tipsへ続く









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