※この番外編は26話の頃を想定しています。可能な限り本編の展開に近付けて構成していますが以降の物語が同じ流れになるとは限りませんので御了承下さい。



うみねこセブン 番外編 雷鳴の轟く夜に





ある日の朝、右代宮戦人は遊園地『Ushiromiya Fantasyland』の礼拝堂の椅子で静かに佇んでいた。
『ファントム』との…いや、『ベアトリーチェ達』との決戦を終えて以来、数日に一度は彼女と初めて出会ったこの場所で、静かに時を過ごすのが日課となっていたのだ。

…決していい意味での日課では無い。
また彼女がひょっこりと現れるのではないかとの期待からだった。

都合の良い期待な上に益体も無い話だ。
最後という最後までお互いの正体を知らなかった事とはいえ…彼女との死闘を演じ、倒した上で生存と再会を望んでいるのだから。

…もし、仮に現れたとしても、その時自分は彼女とどう接すると言うのか?

もう出会ったあの頃には戻れない。
出会えた事自体が悲劇となってしまった今の彼と彼女では、再会すらも新たな悲劇の始まりにしかなり得ないのだから…。


??「…ねぇお兄ちゃん、『ハロウィーン・ミラー・ハウス』って、どの辺りにあるんですか?」

戦人「あん?…って、何だ子供か」


たどたどしい口調で声を掛けられて椅子の隣を見てみると10歳ぐらいの小さな女の子の姿があった。
ランドセルでも背負っていればそのまま小学校への通学中かと思うような白のブラウスに赤いスカート姿であったが、ポニーテールに後ろでまとめてある蒼く薄く輝いて見える独特な髪の色に深い真紅の瞳から外国の娘と思えた。



戦人「え、えーっと、英語…かな。それともフランス語とかじゃないと無理か?」

??「もしもーし、お兄ちゃん、普通に日本語で大丈夫だよ。さっき声を掛けた時もちゃんと日本語だったでしょ?」

戦人「え?あ、そうだっけ?悪ィ、ぼーっとしてたんもんだからつい…」

??「こんな時間にこんな所でぼーっと…。ねぇ、お兄ちゃんってもしかしてお家が無い人なの?」

戦人「は?いやいやいや!そんな事はねぇぞ!第一、遊園地なんて無料で入れるもんじゃねぇんだし閉園時間だってあるんだからこんなところで一夜を明かしたって訳はねぇから!!」

??「ふぅん、そうなんだ。でも、じゃあなんで施設を回って遊びもしないでこんなところで座り込んでるの?それだったら別に公園のベンチとかでもいいと思うんだけど?」

戦人「……。あー…確かにそりゃ正しい分析だな。ちょっとこの場所に思い入れがあってな、…誰かに会えるんじゃないかって、そう思って来ちまうんだよ」

??「そうなんだ。その誰かって、お兄ちゃんにとってとても大切な人だったんだね。今にも泣きそうな…凄く寂しそうな顔になってるよ?」


少女の真紅の瞳が戦人の横顔を覗き込む。
子供ならではな無邪気な鋭さがズキリと戦人の胸に突き刺さる。
鏡を持ち歩く習慣のない戦人にとって自分がどんな表情でこの場所で待ち続けていたのか、どんな思いで此処に来ていたのかのその全てを見透かされた様に感じての事だ。


戦人「………。悪いな、自分でも気付いてなかったみてぇだが…どうも俺、余裕がねぇみてぇだ。話し相手が欲しいんなら誰か他の人を当たってくれねぇか?」

??「他の人って言われても…この礼拝堂にはお兄ちゃんしか居ないし…ルーは話し掛けるのって結構苦手だし…」

戦人「そうなのか?こう話していて別に苦手って印象は受けねぇんだが…俺なら大丈夫ってのか?」

??「うん。お兄ちゃんに似た年頃の兄姉がいるからお兄ちゃんには話し掛け易かったの」

戦人「そう言うもんか?…って、おい!何だよその上目遣いポジションは!?」


何となくの勢いで雑談に入っていた隙を衝く様に戦人の右腕を掴んで右肩の腋下辺りから見上げて来る少女。


??「ねぇ、お願い。ルーはこの遊園地に来るのって始めてなの。だ・か・ら、案内して欲しいの、お兄ちゃん♪」


大きな瞳を潤ませている上に高さ的にほのかに香る髪のシャンプーの香り、捨て犬の懇願の尻尾を思わせるポニーテールという幼女ならではな魅力(?)をパーフェクトに引き出してお願いして来る少女。

先程の兄姉が居ると言う話から俺くらいの年上の兄をこうやって籠絡しているんだろうなぁ…と直感的に察してしまったのだが……だからといって保護欲に萌える燃える全国数千万のお兄ちゃん達には決して抗えるレベルの必殺技では無かった。


戦人「仕方ねぇ、こう見えても案内なら縁寿や真里亞で慣れてるんだ。こうなったらこの遊園地を余すことなく満喫させてやるぜええッッ!!」

??「わぁい♪ありがとう、お兄ちゃん♪」


案内の了承を得てはしゃぐ少女の姿に頬が緩む戦人。
昏く深く沈んでいたはずの心が何時の間にか少女に乗せられる形で軽くなっていた事に気付き、戦人は驚く。
この娘は子供ならではな心の踏み込み方が非常に上手いと言うか…心の殻を見事に切り崩される形で突破された様な……そんな不思議な印象を受けつつ、戦人は一度請け負った以上は、と遊園地を案内する事にしたのだった。


戦人「そう言えば、まだお互いの名前すら聞いてなかったよな?俺は右代宮戦人。戦に人と書いて『ばとら』って読むんだ」

??「宜しく、戦人お兄ちゃん。私はルーフィシス。ルーフィシス=フラグベルトって言うの♪」

戦人「るーふぃしす?やっぱり外国人なのか?」

ルー「うん、一応はそう言う事になるのかな。長い名前だから家族や友達とかはルーって愛称で呼んでるの」

戦人「じゃあ俺も友人達に倣ってルーって呼ばせてもらうぜ。…それにしても人の事は言えねぇが変わった名字だなぁ」

ルー「そう?右代宮ほどじゃないと思うんだけど?」


お互いの名前を名乗り合いながら遊園地をぶらぶらと歩いて回り始める戦人とルーフィシス。
案内を頼んで来た時点で気付いておくべきだったのだが、聞けばルーフィシスは一人で遊園地に来ているとの事だった。
いくら迷子案内やスタッフが充実している遊戯施設の中とは言え、不慣れな場所に子供一人で来させると言うのはどうかとも思ったが…当の本人が楽しんでいる様子だったのでそれは口には出さない事にした。



一言で言ってルーフィシスという少女は非常に活発で無邪気な少女であった。
『ハロウィーン・ミラー・ハウス』では何度も壁に激突しながらもひたすら突っ走って好タイムでゴールし、『ウエスタンヒーローズ』では二丁拳銃で照準無視で撃ちまくって「銃撃数」のコースレコードを更新、『ガァプのティーカップ』では遊具が回り終わるまで絶えずはしゃぎ続けるといった大暴れっぷりであった。





戦人「子供はエネルギーの塊って言うけど…ルーは縁寿や真里亞と比べても別格だなぁ」


もう一歩も歩けないと膝が悲鳴をあげる程くたくたになって『GO田のマジカルレストラン』の屋外席に座り込んでジュースを飲みながら一息つく戦人。
縁寿や真里亞をも上回ると評された当のルーフィシスは汗一つ掻かずに涼しげな顔色で今は『セブンズバトルコースター』のジェットコースターを全力で楽しんでいた。


????「随分と楽しそうだな、右代宮戦人」

戦人「あん?あんたは確か…七姉妹の四女のベルフェゴールだっけか、なんでこのレストランでウェイトレスを?」

ベルフェ「郷田に臨時のヘルプを頼まれたのだ。それで今日はここで働いていたのだが…お陰でお前に幼女趣味があったと知れたわけだ。ルシ姉の反応が実に楽しみだ、ふふふ」

戦人「女三人寄らなくても姦しいなぁお前等は。それに、ルーとはそんな危ない関係じゃねぇよ。遊園地を案内して欲しいって言うから色々と見せてやってんだ」

ベルフェ「ほう、あの娘はルーという子なのか。特徴的な髪の色だから此処からでも良く見えるが…何とも元気いっぱいな子供らしいな」

戦人「ああ。こっちは朝から引っ張り回されてもうへとへとだってのに…あいつはちっとも疲れた様子がねぇんだ。外国の子ってのは日本人の子供とは体力まで根本的に違うのかねぇ?」

ベルフェ「それほど極端な差があるわけでは無いとは思うが…国や地域による生活環境での差はそれなりにあるのかも知れないな。どの辺りの出身の子なんだ?」

戦人「どの辺りかは聞いてねぇな。フラグベルトって名字はどの辺りの国にありがちなんだ?欧州系か?」

ベルフェ「…フラグベルト…だと?あの髪の色でフラグベルトのルー……まさか」

戦人「おっと、もうこんな時間か。そろそろジェットコースターも終わりだろうし、戻って来たら家に帰してやらねぇといけねぇな。じゃあな、四女の姉ちゃん」

ベルフェ「ッ!ちょっと待て戦人!あれは…」


もうじきジェットコースターから戻ってくるルーフィシスを迎える為にレストランを出る戦人。最後にベルフェが何かを言い掛けていたが、別のお客に注文を頼まれる形でその言葉は遮られていた。

気が付けば辺りはすっかり日が沈み、夕暮れ時となっていた。
ジェットコースターも今のが最後の便だったらしくルーフィシス達が降りるのと同時に係員がチェーンを張って閉鎖し、片付けの準備に入る。


ルー「あー、楽しかった。安全バーとか足場ってもっと小さいほうが面白いのにねぇ?ぶらーんってお空で宙吊りになる区間があったらもっと良いと思うのに」

戦人「じ、冗談じゃねぇ!落ちる!そんなことしたら落っちまうだろおおおぉッ!!」

ルー「あはははは、お兄ちゃんって高い所駄目だったよね。そういうところって可愛いなぁ」

戦人「おいおい、年上の男に可愛いなんて言うんじゃねぇよ」

ルー「ごめんなさい。でも、多分戦人お兄ちゃんが可愛いと思っているのは私だけじゃないと思うよ?」

戦人「う…。やっぱりそう思われてんのかなぁ…」


譲治兄貴や朱志香からもやっぱりそう思われてるんだろうなぁ…と、思い至る点が多くて落ち込む戦人だった

戦人はルーフィシスにそろそろ帰るよう提案したがルーフィシスは「折角だから…」、と最後に『ホイール・オブ・フォーチュン』の観覧車に乗りたいと頼んできたのだった。
あの観覧車の最上部からは見事な夜景が見える事は戦人も知っていたので今日の締め括りとしては悪くない、とその話に乗るのであった。


ルー「うわ〜〜〜〜〜、綺麗な夜景〜〜♪」

戦人「おう!この観覧車からは遊園地も一望出来るからな〜。今日回ってきたアトラクションもほとんど見えるんだ」

ルー「あ。あの大きな工事現場って、お城の跡地だったんだ」

戦人「……ああ。ちょっと大きな地盤沈下で崩落しちまってな。城壁の部分とか…まだまだ解体中なんだ…」

ルー「……ふぅん、地盤沈下…ねぇ。一体何十メートル崩落したんだか。地下に大クレーターでもなきゃああはならないでしょうに。それとも、そんな大穴が出来ちゃっただけの大爆発でもあったのかな…。ふふふ、なかなか派手な事するじゃない」

戦人「………え?」


ほんの一瞬、戦人はルーフィシスの表情に背筋が凍る恐ろしさを感じ取る。
城の崩落現場を見るその姿は破壊の爪痕を憂える者の姿などでは無く、嬉々として愉しんでいたアトラクションの数々の中でも一度として見せた事のない冷酷な冷笑であったからだ。



戦人「…お…おい、ルー…」

ルー「ん?ああごめん、何でもないよ。ちょっと見て見たかったなぁ〜、って思っただけだから」

戦人「み…見たかったってお前…」

ルー「あはは、冗談だって。それにしても…この観覧車に戦人お兄ちゃんと一緒に乗れるなんて…色々と面白い事になりそうだなぁ♪」


話題が一転して子供らしい笑顔に戻るルーフィシス。
雰囲気が一気に元に戻った事もあって戦人は困惑を覚えたが…無理に神妙な雰囲気に戻る必要は無いと判断して振られた会話に乗る事にする。


戦人「は?…あ、あぁ?俺とお前で乗ると何かあるってのか、この観覧車って?」

ルー「それなりに面白い曰くがあるってところかな?あはは♪」


意味深な笑顔を戦人に向けつつ隣に座り込んで腕を絡ませて来るルーフィシス。
やはり縁寿や真里亞と比べると位置取りや仕草に計算された魅力があり、見た目の年齢以上の『妖艶さ』が見え隠れするのがこの娘の特徴だ。
戦人は「幾らなんでも俺にそんな属性は無いはず…」、そんな必死な葛藤に苛まれつつも、何とか観覧車が無事一周を終えるまで、何事も起こさずに耐え抜く事に成功する。
「ちょっと残念…」と、誘惑に失敗したルーフィシスは少しだけ悔しそうな表情を見せつつ、当初の予定通りに帰路に着く事になった。


戦人「随分と遅い時間になっちまったな。家まで送ってやった方がいいか?」

ルー「ううん。後は適当にどうにかするから大丈夫。じゃあ、また会おうね、戦人お兄ちゃん」

戦人「ああ、またなル―」


遊園地の出入り口で手を振り合って別れを告げる戦人とルーフィシス。
戦人はそのまま帰ろうかとも思案したが…何となく今朝の礼拝堂の椅子へと戻る事にした。

この時間帯からではどうせ帰っても数時間の内に夜の戦闘訓練の為にこの遊園地に来る事になるのだ。なら…このまま閉園時間まであの場所でひと眠りするのもいいだろうと思ったのだ。



【アイキャッチ】



ルーフィシスと別れてより30分後。
礼拝堂に辿り着いた戦人は変身用のウォッチのアラーム機能を2時間後にセットしてからごろりと椅子に横になって眠りに入る。
楽しくもあったが疲れもした今日一日を思い出しながら数分の後には微睡み始めていたところだったが…


戦人「うおぁッ!!?な、何だァッ?!!!!」


激しい光と轟音が礼拝堂の外に轟きその微睡みを一瞬にして覚醒させる。
礼拝堂を飛び出した戦人は礼拝堂前に広がる広場の一帯を見回すと…10mほど前方に立ち込める煙と幾つかの発火の跡が見て取れた。
青天の霹靂によるものであった。


??「…ふふふ、てっきり遊園地の外で再会する事になると思ってたのに…此処に戻って来てたんだ。探しちゃったよ、戦人お兄ちゃん♪」

戦人「なッ!?お…お前、ルー…フィシス…か??!」


落ちた雷の残滓と思しき雷光をその身に絡ませながら立ち込めていた煙から現れたのはほんの数十分前に別れたルーフィシスであった。


ルー「あはは、ビックリしてるビックリしてる♪ターミ○ーターの登場だとでも思った?折角だからインパクトが出る様にちょ〜〜と演出を真似てみたんだ〜♪」

戦人「インパクトってお前…その、何だ。マジシャンの見習いか何かだったのか?」


あまりにも予想外かつ突然の再会に混乱を隠せない戦人。
そんな戦人に満面の笑顔を向けてからふわりっと、ワルツを踊る様にその身を回転させると同時に服装を一新させて見せるルーフィシス。
全身で小学生を体現していたかのような控えめな服装から、下地にピンクの服に深い紅色の長いコート。その上にRPGゲームの騎士や剣士を思わせるプレートアーマーとマントいう奇抜な姿へと着替えて見せていた。


戦人「すげぇな。目の前で一瞬で服装が変わっちまったのにどうやったのか全然分からなかったぜ」

ルー「あっはは。お着替えの決定的瞬間を必死で見ようとしてたんだったら残念でした♪」

戦人「そ、そんなつもりはねぇよ!と言うより、目の前でいきなり着替えたのはお前なんだから変な疑惑を持たれる言われは断じてねぇぞ!!」

ルー「えー。そうなの?」

戦人「そうだよ!って、それよりもだ。夜遅くなって来たから帰らしたってのに、何で戻って来てるんだよ?」

ルー「…ふふふ、それは…ねぇ、今日一日遊園地を楽しく案内してくれた戦人お兄ちゃんと、もうひと遊びしておきたいと思って…ね?」

戦人「もうひと遊び?おいおい、さっきの観覧車で最後だって言ったろ?」

ルー「ねぇ、戦人お兄ちゃんって…巷で有名な『うみねこレッド』でしょ?」

戦人「なッ!?……何の事…かな?…いっひっひ」

ルー「んふふ〜♪誤魔化そうとしても無駄だってば。ルーにはねぇ、ちょっと特別な特技があるの」

戦人「特別な…特技?」

ルー「うん♪ルーにはその人が持つ『潜在能力』の規模を視る事が出来るの♪磨き上げればどれぐらいの宝石になるのかを把握出来る宝石の鑑定士って表現の方が分かりやすいかな?」

戦人「どのぐらいの宝石になるか…ねぇ。視えるって割にはずいぶんと曖昧って気がしねぇでもねぇが?」

ルー「確かに一般的な人達を対象にしたら路傍の石もいいとこだから甲乙の付け様も無くて大した効果も無いんだけど…お兄ちゃんの『それ』は今まで私が見た事も無いぐらい大粒で稀少なピジョンブラッド級だよ。この遊園地…ううん、この地域一帯でそんな異彩を放つ原石なんてうみねこセブンの七人の内の誰かぐらいしか考えられない」

戦人「そりゃあ…随分と俺を高く買ってくれてるってのは悪い気はしねぇが…それで俺がうみねこレッドだなんて決めつけられるのは暴論で………ッ!!?」


ルーフィシスの言を如何に反論しようかと誤魔化しに入っていた戦人の表情が固まる。
少女の紅の双眸が一切の反論を受け付けぬだけの確信に満ちていた事もあったが、それ以上に何時の間にかその左手に握られた『もの』が全ての思考を停止させていた。


……『刀』、だ。
薄い紫色の鞘に納められていてその中身が本物か否かは傍目には判別不能であったが、これまでのファントムとの戦闘経験で培われてきた危機管理能力が、それを紛れもない『本物』だと警鐘を鳴らしていた。



戦人「おいおい…何でそんな物騒な物を持ってるんだよ?!冗談にも程が…」

ルー「…戦人お兄ちゃん、ルーは10秒後に仕掛けるつもりだから変身しておかないと……一瞬で死ぬよ?」

戦人「ッッッ!!?」


スゥ…と無造作に構えられた居合の構えを前に戦人の全身に悪寒が奔る。
あまりにも自然体な構えの移行とそれに伴って視認出来るほど集束され始める魔力の奔流。
そのプレッシャーから来た大気の震えはそのまま遊園地に設置された対ファントム用の緊急避難警報装置を発動させて瞬く間に遊園地全体をファントム襲来時の『戦闘状態』へと導く。
宣言された十秒後にそれだけの一撃が放たれると言うのならば…今のままでは間違いなく死ぬ事になる。


戦人「くそッ!コアパワー・チャージオン!チェンジレッドッッ!!」


ルーフィシスの構えのプレッシャーに気圧され急かされる様にうみねこレッドへと目の前で変身して正体を晒す戦人。
自らがうみねこレッドである事を認めざる負えない行動だったが、それ以外に選択肢は無かったと自身に言い聞かせつつ次なる行動へと移る。
変身を終えたレッドの行動は、まずは退避の一手であった。


充分な距離をとって相手の間合いから出てしまえばこの突発的な戦闘状態を回避出来ると判断してのことだ。


ルー「遅い!【雷光一閃】ッ!!」

レッド「なッッッ!?がはッッ!!」


発生した初手の攻防は僅かゼロコンマレベルの瞬きの一瞬。
間合いから退こうと後退していたレッドが瞬時に間合いを詰められてルーフィシスの居合の一閃の直撃を受けて左後方へとアスファルトを削りながら吹き飛ばされるという最悪の形で終わっっていた。


レッド「ごほッ!…な…なんてスピードとパワー…だ。そんなちっこい体のどこにそんな力が…」

ルー「咄嗟に【ブレード】を出して防御したみたいだけど必殺性の高い居合に受け太刀は良くないよ。スピードで刀身ごと斬り飛ばされる場合もあるし、今回みたいに勢いを殺し切れなくて多大なダメージを負う事があるからね」


ところどころに裂傷を負って立ち上がる事もままならないレッドを悠然と見下ろしながら淡々と先の攻防の問題点を語るルーフィシス。

…レッドは事此処に到ってようやく目の前の相手が幼い少女などではなく、超一流の『戦士』であることを思い知る。


レッド「…お前は……ファントムの一員なのか?」

ルー「ううん。確かにルーは人間じゃなくて魔界の住人だけど、ファントムとは別の組織の一員なの」

レッド「別の組織…だったら、何故俺を狙う?」

ルー「ルーは別にそんなつもりじゃないよ。戦人お兄ちゃんをちょっと鍛えてみようと思ってるだけなんだから」

レッド「鍛える…だと?」

ルー「うん。これまでの戦闘情報だとうみねこセブンの個々の戦力ってまだまだだって印象があるの。で、今の一撃で試してみたら案の定ってところかな?」

レッド「ッ、今のは油断…だ」

ルー「尚の事減点。死闘に次なんてものはないんだよ?…う〜〜〜ん、これはもうちょっと気長にギアを入れてもらうところから入らなきゃ駄目かぁ…。仲良くし過ぎちゃったのかなぁ」

レッド「仲良く…か。はは…、今日一日…一緒に楽しくはしゃいでいたが…ありゃあ全部演技ってことかよ?」

ルー「そうだッ!…って答えたらキレて本気になるのかな〜とは思うんだけど…嘘は良くないからそうでもないって言っておくね」

レッド「…ふざけてるのか」

ルー「友人よりもまずは仕事優先って話なだけだよ。そこそこ回復はしたみたいだから次は中距離戦のテストでもやってみようか!」


間合いを先程と同じぐらいまで調整してから左手をかざして魔力を集束させ始めるルーフィシス。
数秒で集束された魔力が電気を帯びて輝き始めた時には居合の一閃に勝るとも劣らぬ威力があるとレッドは悟る。


ルー「防いで見せてよ、お兄ちゃん!雷撃魔砲、【サンダースマッシャー】ッ!!」

レッド「ッ!くっそおおおぉッ!撃ち砕けッ!【蒼き幻想砕き(ブルー・ファントムブレイカー)】ッ!!!」




蒼き魔弾と雷撃の魔弾が相互に食い潰し合ってひと際まばゆい光を放つとともに消滅し合う。


ルー「相殺…か。その武器の特殊性も大きいけどやっぱり中、遠隔攻撃は今でもかなりのものだね」

レッド「そういつまでも余裕でいられると思うなよ!反撃開始だッ!!」


中、遠距離での戦闘を活路と見たレッドの判断は素早く、すぐさま【ガン・イーグル】で蒼き魔弾を連射してルーフィシスへの攻勢へと転じる。


ルー「あっはは、やっぱり優しいに『過ぎる』が付くねぇ、戦人お兄ちゃんは♪明らかに狙いがあまい…よッ!」

レッド「ツッッ!??」


眼前の出来事に再び瞠目する事を禁じ得ないレッド。
狙いがあまいと断じたルーフィシスは【ガン・イーグル】より放たれた蒼き弾丸の弾幕に飛び込む様にレッドへと直進して間合いを詰めて来たのだ。

頭部へと強襲した一撃は首をひねる様にして躱し、
腹部へと強襲した一撃は腰を捻る様にして躱し、
脚部へと強襲した一撃は舞踏の様にその身を一回転して翻しながら躱し、

これと言ったロスも無いまま最短距離を疾走してレッドの眼前にまで迫って見せたのだった。


ルー「刺突、袈裟斬り、逆袈裟、その反応速度じゃ三度は終わってたよ?」

レッド「くッ!…うおおおおおッッ!!」


レッドの側面を通り過ぎるその去り際に血の気が引く言葉を残してそのまま走り抜けてレッドの後方数十メートルの所で踵を返して再び相対の態勢に入るルーフィシス。

単純な距離だけに留まらず、銃撃でさえもものともせずに躱して襲い掛かってみせたルーフィシスに戦慄するうみねこレッド。

ロノウェ達ファントム幹部…いや、こと接近戦においてのその戦闘能力は最強の敵であったベアトリーチェさえも上回るのではないだろうか?


ルーフィシスは依然として無邪気に微笑みかけてきていたが……それがレッドには死神の微笑にすら見える程の恐れを抱かされていた。


ルー「お兄ちゃん、私が怖い?でもね、それで心が折れちゃうようなら……それ以上は決して強くはなれないよ?」

レッド「くッ…。距離をとるにしても、あのスピードをどうにかしねぇと…」

ルー「どうにか出来そう?体力がある内じゃないと思い付いても実行出来なくなっちゃうんだから、チャンスはもう数えるほどしか……ッ?!チィッ!!」

レッド「ブルー!?」

ブルー「う…嘘でしょ!?そんな避け方が…可能だと言うの?!」


ルーフィシスの背後に一瞬にして現れて斬撃の奇襲を放って見せていたブルーは驚愕した。
斬り付けたはずのルーフィシスがバッタの様に膝が身体の上に来るほど深く前屈みにしゃがみ込んで背後より両断を狙った攻撃を躱して見せたのだ。
両の足裏は地に付いたままの低重心で咄嗟にそれを行うなど、半端では無い柔軟性だ


ブルー「ッ?!蹴りが横から…がはッッ!!」

レッド「馬鹿な!なんだあの蹴りは!?」


低重心で前屈みにしゃがみ込んでいたルーフィシスの身体がブレたかと思うとブルーの左脇腹に強烈な衝撃が奔る。
地を這う様な低姿勢状態から全身を独楽のように回転させて放たれた強烈な蹴りが死角から深々とブルーに炸裂していたのだ。


レッド「ッ!下がれブルーッ!」


【ガン・イーグル】を連射してブルーの後退を援護するレッド。
ルーフィシスはその援護射撃を踊る様に軽々しいバックステップで躱しつつ、レッドとブルーの両名を正面に捉えて対峙の態勢をキープする。
ブルーは蹴りを受けた脇腹を押えつつ、レッドに合流して戦闘態勢を立て直す。


ブルー「ごほっ、ごほっ!…不覚…だわ…」

レッド「おいおい、大丈夫なのかブルー?」

ブルー「…多分…肋骨が何本かが折れているでしょう…ね。はぁ、はぁ、…外見は子供だけど…今まで戦ってきた敵の中でも間違いなく……はぁ、最強クラスの相手だわ」

ルー「…ふぅん。うみねこブルー…か。原石としてはかなり研磨の進んだブルーダイヤってところみたいだけど…不純物が混ざらないかが不安って感じかな?」

ブルー「不純物とはまた随分と…はぁ、失礼な事を言ってくれる…じゃない…はぁ、はぁ…」

ルー「喋るのも随分と辛そうだね。…レッド、うみねこブルーのダメージは肋骨数本だけで済んでないよ。決着を急いで早めに処置をしないと危ないかも知れない」

レッド「なん…だと?お、おい、本当なのかブルー?」

ブルー「…ッ。ええ、あの子の言う通りよ。…はぁ、さっきの蹴り…くらった時につま先からスタンガンみたいな強力な電流が…はぁ、体内に流れ込んで来たの。…多分それで臓器の方にもダメージが…はぁ、はぁ、…」

ルー「【刺電蹴】、蹴り足に集束させた電撃が体内で炸裂する蹴り技だよ。ほとんど防御力無視で効果があるから変身してても意味を成さなかったみたいだね」

レッド「………逆鱗に触れたぜ……てめぇ……」


…。
…倒す。

これまでの戦いでルーフィシスと言う少女の桁外れの戦闘力を散々思い知らされ殺されかけてきたが…それでも…どうしても本気で倒そうという意志は持ち切れなかった。

今日一日だけの話だったとは言えその出会いから戦いへと至るまでの過程はあまりにもベアトリーチェと似通っていたからだ。

何者なのかも知らずに出会い、日が沈むまで仲良く遊び合った存在が…夜の帳が落ちると共に、その正体を明かして牙を剥いて襲い掛かって来た。

嘘だと思いたかった既視感の思いの深さ故か、自身の生命の危機に際してすら尚、全力で戦う事をよしとせず、押し留めていたのだ。

だが、


仲間の命が危機に晒されたこの状況で惑う事など断じてあってはならない!


レッド「ルーフィシス=フラグベルトォッ!!ここからは全力勝負だッ!覚悟しろォッ!!」

ルー「あっははははははッ!いいよ、やっとその気になったね!戦人お兄ちゃんの本気がどの程度になるのか、しっかり試させてもらうよ!!」


【ガン・イーグル】をこれまでで最高の速さの連射で、敢えて間合いを詰めながら撃ちまくるうみねこレッド。
射撃間隔が短くなっているにも関わらず、照準精度は狙撃手並みにまで向上していたその斉射の前に後退しつつ刀で魔弾を迎撃すると言う初めての守勢に回らさせられるルーフィシス。


ルー「……ッ。これは…思ったより…」

レッド「なるほど。そういう事だったのか」


本当の意味での攻勢に転じれた事でレッドはようやくルーフィシスと言う少女の戦闘力の特性を理解する。
高速剣技を主軸に据えつつ多様な攻撃手段でこれまでレッドを翻弄してきた彼女であったが…逆を言えばそれこそが彼女の戦闘力の『最大値』だったのだ。

何という事は無い。相手が最も得意とするフィールドで真っ向勝負を挑めば相手の実力が最大限に発揮されるのは当然の帰結。ましてや、こと攻撃において特化した異才を持つ相手ともなればその際の自身の致命的なまでの不利は必然である。

ルーフィシスは体術、剣技、電撃魔法を得手とし、クロスレンジからロングレンジに至るまであらゆる攻撃オプションを持つ強力なアタッカーだ。

スピードも尋常では無く半端な間合いでは瞬時に詰められて得意な距離に引き込まれるのがオチだ。そして、何よりもその速さによって攻撃がまず『当たらない』、のだ。

当たらない攻撃に戦力を振り分けるのは無意味な行為。
必要性を感じぬ以上、その護りは限りなく薄くなっていくのは道理であり、自然な流れだ。


ルー「痛ッ!?頬が切れた?…掠ったのか……痛ッ!」


一つ、また一つと蒼き魔弾がルーフィシスのその身を掠めながらその至近をすり抜け始める。
決定打となるには数百からの当たりを要するであろう程度のダメージだが、これまで圧倒的に優勢だったルーフィシスを焦らせるには充分な効果があった。


ルー「ッ!いい加減…これ以上は当たってあげられないよッ!!」

レッド「消えた?!いや、そこだアァッッ!!」

ルー「しまったッ!読まれて…ガハッ!!」


飛び退く様にその身を翻して【ガン・イーグル】より【蒼き幻想砕き】を短時間で可能な限り集束させて撃ち出すレッド。
その高威力弾は一瞬にしてレッドの視界より消え去り背後に回り込んでいたルーフィシスの腹部に吸い込まれる様に直撃する。

攻撃が確実に当たらない位置で尚且つ相手に強烈な一撃を加えられる場所への高速移動。
焦りで単純化したルーフィシスの思考を思えばそれはレッドの背後である事は冷静であれば充分に予期して狙い撃てるピンポイントであった。


レッドの起死回生の直撃弾は小柄なルーフィシスを数十メートルに渡って吹き飛ばし、路上に造られた花壇の煉瓦壁に背中から激突させて片膝を衝かせるまでの会心の一撃となる。


ルー「…う…ぐッ……」

レッド「はぁ!はぁ!はぁ!…いくら動きが速くても、どう動くか読めれば何とかなるもんだ…なぁ」


吹き飛ばされて刀を支えに立ち上がろうとするルーフィシスを視認しながら呼吸を整え【ガン・イーグル】のカートリッジ交換を素早く行うレッド。
充分な手応えはあったが、これではまだ終わるまいと次の先手を打つ為の行動だったのだが…


レッド「うわッ?!な…何だ、これは!?動けねぇ!!?」


地中より突然現れた雷の帯によってその身を拘束されてしまうのだった。


ルー「…ふふふ、ルーちゃんからのご教授その1♪クリーンヒットで吹き飛んだ相手に対しても警戒を怠らなかったのは悪くなかったけど、警戒する上で少しばかり注意力と予測能力が足りていなかった、かな。重大な見逃しがあったよ」

レッド「ぐッあッ!!一体何を見て置いて…予測しておけばよかったってんだ?」

ルー「私の特性が攻撃に特化したアタッカーだと分かった時点で単体でも多勢の囲みを破る為の拘束、あるいは足止め系のスキルを持っているはずだと予測しておかなければいけなかったってこと。まぁ、それ以上に身体の支えに使っていた魔剣が『突き刺さっていた』点は重要だよ。武器に魔力を籠めたり放出したりする系統の魔法は剣先や穂先に集束させる場合が多いからその部位が死角に入ったら何かあると思っておいた方がいいよ」

レッド「それがこの…剣先から地中を這って伸びた電気の拘束魔法ってことか…。へへ、ヒントが足らねぇにもほどがあるッ!」

ルー「あはは、確かにこういうのは経験で掴むところも大きいからね。それじゃあ、経験に基づくご教授その2。拘束系魔法は相手に攻撃を直撃させる上で非常に有効だから厄介な強敵ほど使える。そして、ご教授その3。強力なアタッカーは単体で囲みを『喰い破れる』だけの大技をまず間違いなく持っている…てね。ほら、こんな風にッッ!!」

レッド「なッッッ!!?」


ルーフィシスが大地に突き刺さしていた刀を準手で引き抜き高々と天へと掲げると同時に周囲の大気が大きく鳴動し、上空は急激な勢いで雷雲に覆れ始める。

掲げられた剣先より遥か上空の雷雲の雲間より現れるは巨大な雷球。
雷雲の中で生成された鈍く輝く稲光りの全てが雷球へと吸い寄せられるように集まり肥大化を続けているが………一向に一筋の稲妻として地に落ちる様子は無い。


レッド「…冗談…だろ?」

ルー「凶悪な雷の使い手で『凶雷のルーフィシス』。それが私の二つ名だよ。えへへ、格好いいでしょ♪」


歳相応の子供らしい笑顔で死刑宣告とも言える自らの二つ名を自慢するルーフィシス。
雷の帯で縛り上げられて身動き一つ出来ない今の状況であの雷雲が丸ごと落ちるかのような極大雷撃が直撃しようものなら、間違いなく瞬殺だ。


レッド「うッぐッオオオォオオォオオオオッッ!!…なんで…パワーが…こんな肝心な時に力が上がらねぇん…だッ…!?」

ルー「無駄だよ。【地雷震】の雷光拘束帯を気合で破るにはお兄ちゃんの消耗は大き過ぎる。この短時間の攻防で【蒼き幻想砕き】を始めとした高威力弾の使い過ぎがコアのパワーダウンを引き起こしたようだね」

レッド「な…にィ…」

ルー「さっき私がダウンした時に追い打ちに入らなかったから、気合いに反してパワー消費が甚大で無意識にセーブしたんだろうってことは読めてたよ。ご教授その4、猛り狂う赤い炎は強力だけど『燃費』としては宜しくない。ガスバーナーの蒼い炎のイメージかな?猛る中にも常に平常心を、明鏡止水な心掛けを持つようにしておくこと」

レッド「く…そ…。冷静にキレろってのか…よ?」

ルー「心に余裕を持つ事を忘れるなってコト。さて、残念だけど逆転の一手はもう期待出来ないかな?それじゃあ、そろそろこの一撃を落として終わりに……くッ!?」


咄嗟に首を捻ったルーフィシスの眼前をナイフが擦り抜け数本の髪を斬り飛ばす。
緊急回避で集中が途切れた故にレッドに絡まっていた雷の拘束帯が外れ、態勢がぐらついたその左右より黒と黄色の影が素早く迫る。


????「悪ィが手加減は出来ねぇぜッ!!」

????「僕のこの刃で、倒すッ!」

ルー「援軍?うみねこイエローとブラック、かッ!?」


遠方からグリーンが投げたナイフによって態勢を崩させたうえで左右より同時に奇襲を仕掛けてみせるイエローとブラック。

対ロノウェ戦を経た事によって磨き上げられた二人の連携はコンマゼロ秒の誤差もなく理想的な『同時攻撃』を実現してルーフィシスへと襲い掛かる。

その強襲に晒されたルーフィシスの行動はイエローの拳に対しては左腕のガードで防御。
ブラックの【ブレード】に対しては掲げていた刀を右手に逆手で構えて盾として用いての防御。
そして、左右の視界の不足は両眼を個別に別動作させる【散眼】を用いて凌いで見せていた。


イエロー「このッ!細腕のガードなのにロノウェのバリア並みに固ぇ!腕にガントレットか何か着けてやがるな!」

ブラック「この刀…実剣だけど全然刃毀れしない。かなり高位の魔剣なのか」

ルー「イエローダイヤにブラックダイヤ…か。やっぱり粒揃い…だね。連携も相当のものだし、長引くといい一撃貰いかねないし眼も疲れるから…一気に脱するよ!はぁッ!!」

イエロー「ツッ!?」

ブラック「チィッ!!」


気合いと共に二人の拳とブレードを強く弾き飛ばしてその隙に俊足によって囲みを破って間合いを取るルーフィシス。
イエローとブラックから10mほどの距離を取ってから逆手に構えていた刀を準手に持ち直し、刀を足元に一閃させて『何か』を斬り裂く。


???「うー!ピンクが仕掛けた罠、気付かれてた!?」

????「それでも、一瞬程度の隙は作れたッ!!【魔王破岩脚】ッ!!」


刀を足元に向かって一閃させたことで二の太刀が遅れ上空より飛来したグリーンの体重の乗った踵落としがルーフィシスの左肩口へと吸い込まれる様に直撃し、本戦闘が始まって以来二度目のクリーンヒットとなる。


ルー「痛ッ!いい攻撃だけど…狙いが読めてたッ!!」

グリーン「ッッ!?まさか防御を捨てて攻撃をッ?!」


肩口に【魔王破岩脚】の踵落としの直撃を受けて足元の大地ごと腰が沈んだルーフィシスの右手の刀がそのまま【右片手一本突き】の構えへと姿勢を変化させる。
相手の攻撃を敢えて受ける事によって成立するラグタイムゼロの近接カウンター。グリーンの態勢は未だ『攻撃中』であり回避も防御も到底出来る状況にはない。

元より突きは最短軌道、最短動作で相手を貫く『最速』に通じる業の一つである。
この距離で、ましてや剣技に長けるルーフィシスのそれとあってはコンマ一秒の遅れでも致命的なタイムロスだ。

突き込まれる剣先の狙いは寸分の狂いもなく心臓の中心点。
腰に構えていた自身の左腕をなんとか防御か迎撃に回そうとするグリーンだが、1cm動かす間に迫る剣先はその10倍の相対距離を狭めて最短軌道でただ心臓の中央一点のみを貫かんと直進する。

グリーンのあらゆる防御行動は断じて間に合わない。
それは、相手の全く無駄のない洗練された突きの『構え』を見た時点でグリーン自身も理解していた。
だが、グリーンの表情は諦めのそれではなかった。


????「そうはさせませんッ!!」

ルー「クッ!障壁魔法!?」

グリーン「生憎だけど、僕達は一人じゃないんだ!」


ルーフィシスの刀の剣先が心臓まであと数センチにまで迫ったところで白きバリアによって阻まれてその動きを止める。
うみねこホワイトによる護りのバリア展開がギリギリのところで間に合ったのだ。


ホワイト「手順は変わりましたがこれで動きは封じられました!攻撃をお願いします、グリーン、ピンク!」


バリアの威力を高めてルーフィシスの刀の動きを制しつつ、各自に攻勢を促すホワイト。

ピンクが張った拘束魔法陣でルーフィシスの機動力を奪い、その直後にグリーンの踵落としによる痛烈な一撃を加え、動きが止まったところをホワイトのバリアで囲い込んで封殺。
本来の三者の連携はこうであった。

…しかし、その狙いはルーフィシスに瞬時に看破されて逆手に取られていた。
拘束魔法陣を先手で斬り裂かれて無効化された上に、狙い通りに決まった踵落としを利用しての近接カウンター。
仕上げとして囲い込む為にホワイトがバリアの展開準備をしていたからこそグリーンへのカウンターを防げたものの、当初の狙いからは完全に違った展開へと持ち込まれてしまっていたのだった。


ピンク「分かった!攻撃魔法で援護するからグリーンはそのまま接近戦をお願い!」

グリーン「…ッ!駄目だッ!ここは退避だ!ピンクとホワイトも下がるんだああああぁぁッ!!」

ホワイト&ピンク「「ッ?!」」


ホワイトとピンクの攻撃要請を却下して弾かれた様に飛び退きながら二人に退避を叫ぶグリーン。
剣士の刀を封じたこの好機で何故?…その疑問はグリーンが離れた事で視認しやすくなったルーフィシスの刀の剣先を見てホワイトとピンクは得心する。

ホワイトのバリアを僅かに突き貫いていたその剣先に雷光が集束して球状化していたのだ。
レッドとブルーの二人を相手取って追い込んでいたこれまでの交戦状況から鑑みても彼女が危険な『何か』をしようとしている事は明白であった。


ルー「不発っぽいけど仕切り直すには丁度いいかな、爆ぜろ!【サンダーブラスト】ッ!!」


剣先に集束されていた雷球が凄まじい光量と音を伴って周囲に爆ぜる。
雷球を爆弾の様に炸裂させたのだ。
剣先より扇状に炸裂された雷の爆裂は広場の地面を長さにして5m近く、深さに至っては大人が立ったまま潜めるほどの塹壕の様な大穴を抉って見せていたのだった。


グリーン「…ふぅ。この数秒の攻防で僕は2度も死に掛けたって事になるのか…」

ルー「…それでも、その2度の死を見事に回避して見せた…。戦人お兄ちゃんには教えないといけなかったご教授のその1が身に付いている見事な状況判断能力だね」


よほど上手く凌がれて倒せなかったにしても、ダメージ覚悟の今の攻防で一人か二人は戦闘不能に追い込めると睨んでいたルーフィシスはグリーンの判断の見事さを素直に賞賛する。
【サンダーブラスト】の炸裂によってそれぞれの距離は再び離れ、自身の左側面の10mほどの場所にイエローとブラック。そして、抉れた大穴を間に挟んで正面の15mほど先の場所にレッドとブルー、それに合流したグリーン、ピンク、ホワイトという間合いへと情勢は変化し、暫しの『仕切り直し』の間が出来る。


ルー「新たな三人はグリーンダイヤにピンクダイヤ。そしてホワイトダイヤ…かぁ。ふふふ、凄い!これだけ強くてもまだ全員に磨き上げる余地がある色彩豊かな大型ダイヤの原石ばかりだなんて!…流石はファントムに、あの男に挑んでいるだけの事はあるよッ!」

グリーン」「…あの男?」

ルー「ホープダイヤな蜃気楼のことなんだけど…まだ知らない…か。さて、ブルーはホワイトにいくらか治療してもらって重体レベルからは脱したみたいだけど、まだまだ重傷だね。そしてレッドの消耗も重度でこの戦闘中での回復はほとんど見込めない…か」

イエロー「おっと、そっちが優勢ってことはねぇぜ。こっちの攻撃だって当たってるんだ。ダメージはかなり重んでるはずだぜ?」

ルー「…確かに、ね。左腕の誘導レールもイエローの鉄拳で壊れちゃったから【手首電磁砲(リストレールガン)】は出番の無いまま使えなくなっちゃったし…レッドとグリーンの攻撃の直撃で最高級の宝石クラスの【防護魔石(バリアクリスタル)】もかなり消耗しちゃってる。…このまま七対一で経戦するなら……余裕はあんまり無いのが本音だね」


そう言って左手を軽く頭に当てて困った様子を表現しようとしたルーフィシスだったが…思った以上の激痛に苛まれてその左腕をだらりと下げる。…どうやらイエローの鉄拳は魔力強化した特注の鋼鈑製誘導レール付の手甲の上からでも尺骨に亀裂を入れたらしい。…それに、グリーンの踵落としが飛来するポイントを読んで力と【防護魔石】の守護力を集束させていた左肩についても、同様の亀裂が鎖骨に入っているのが痛みの流れで感じ取れていた。
この分だと…と、服の胸部に装飾されている【防護魔石】の方も直接視認してチェックしてみると、魔石に充填された魔力は完全に枯渇し、本来の蒼い輝きは失われて砕け散る寸前と言っていいまでに摩耗し切っていた。


ルー「…戦車砲の直撃2回でもここまでの損壊は普通はしないわね。…攻撃力に対幻想補正値でも付いてるのかな…?…訂正。全く余裕はないかも…だね」

レッド「…なぁルー、お前はファントムには属していないって言っていたよな?それなら…ここでもう痛み分けって事で、終わりでいいんじゃねぇのか?」


ブルーのダメージ状態が危険域を脱し、うみねこセブンの仲間が揃ったことで優位に立ちはじめた事でレッドはルーフィシスに停戦を申し出る。
これ以上の交戦に意味は無い、と感じてのことだったが…

「…単なる俺の『臆病』からなのではないか…?」、そんな自問がレッドの脳裏を過ぎる。

この戦いが最悪な形を向かえる前に適当に終わらせたいだけなのではないのか?
このまま続けた先にあるのはどちらかが潰えるしかない『あの悪夢の戦い』の再現になるのではないか…?

レッドはまた同じことを繰り返すのではないかとの『恐れ』からの思いなのか、素直に状況を鑑みての自身の『判断』なのかの自らの意思の迷いに逡巡する。


ルー「痛み分け…ねぇ。…戦人お兄ちゃん、ご教授その5、だよ。指揮官は自分の発言に確固たる信念と理念を持たなければならない。…今のこの戦況に何か思う所があるのかも知れないけど、リーダーがちゃんと明確な意思を持たないといざと言う時に集団はちゃんと機能しないよッ!」

レッド「ッッ!?」


迷いに満ちていたレッドとは対照的にルーフィシスはその迷いの深い根元近くまでも見抜いた上で鋭くレッドを一喝する。

「唯の思い付きの発言などでは止まるものも止まらない」、そう断じたのだ。

停戦を相手に要求するのであればそれ相応に相手を説き伏せるだけの交渉のカードを、妥協させるだけの条件の提示などの外交としての『論戦』をするつもりで備えるべきであったのだ。


レッドは今更ながらにあの戦いが途中で止まらなかった理由の一端を思い知りつつあった。

お互いがお互いを知らなさ過ぎたのだ。
きっとあの日、あの場所にベアトが居たのは偶然では無く、彼女は彼女で背負うものを背負ってあの場に居たのだ。
そして、自分はあの日、あの場所に辿り着いたのは偶然では無く、仲間達の思いと願いを背負って前へ前へと前進し、その末にあの場所へと辿り着けたのだ。

ベアトも自分もそのお互いが背負ったものを何も知らなかった。
だから……止まらなかったのだ。


レッド「……済まなかった、ルー。確かに、そうだよな。自分の意思が地に足着かずでいい加減な今の俺の言葉で人の心なんて動かせるわけが無ぇ。もう一度、言い直させてくれ」

ルー「…うん、いいよ。ちゃんと考えた上で言ってみて」

レッド「感謝する。ルー、この戦いだが、これでもう終わりにしよう。俺は、お前が俺を鍛え上げる為に戦うと言って始まったこの戦いをこれ以上続ける事に意義があるとは思えない。俺とブルーだけだった時には随分と不利に追い込まれて学ばせてもらったが、仲間が揃ってからは戦況はもう一転してる。何より、もう5つもありがたいご教授を頂いちまってる身だ。6つ目は流石にもう無ぇと思うぜ?」

ルー「…確かに、これ以上の交戦は鍛えようかって戦いの状況にはならないかもね。大悪魔や大魔女とも互角に渡り合えるぐらいの自負はあったんだけど…七人揃うと手強いなぁ…ホント」

レッド「なら、これで仕舞いって事に出来そうか?」

ルー「…ううん。残念だけどルーにはまだ教えられる事がいくつかあるよ。だから、それを消化する為に…『これ』で終わりにしようかッ!!」


自身のダメージと状況を再認識し、交渉を行った上で停戦の申し出を蹴って経戦を宣言するルーフィシス。
勢いよく逆手に構えると同時にその手の刀が大地に突き立てられる。
先の教訓からレッドはいち早く反応して次のアクションの阻止にかかる。


レッド「同じ手は食わねぇ、よッ!」


連射された【ガン・イーグル】によって突き立てられたルーフィシスの刀の周囲が大きく抉れて地中が地表に露わになる。
先程レッドが絡め取られて窮地に追い込まれた地下を這って襲い掛かる雷光拘束帯を視認出来る様にする為の一手だ。


ルー「さっそくのご教授その6だよ、戦人お兄ちゃんッ!同じアクションから使われる技や魔法が同じだと頭から思い込まないことッッ!!」

ピンク「うー!何これ…何か、絡まった??」

イエロー「痛ッ?!って、なんだこれ?ピリピリする?」

ホワイト「極小の…電気の糸…ですか?」


拘束用の雷光の帯が襲い掛かかって来ると身構えていたレッド達は拍子抜ける。
確かに七人全員に電気で構成された極細の糸の様なものが絡みついたが…その威力はマッサージ用の電極一つにも劣る威力しか無かったからだ。


ルー「さぁッ!ぼんやりしている余裕は無いよ、お兄ちゃん達ッッ!」


大地に突き立てていた刀を準手で引き抜きそのまま高々と振り上げて天を仰ぐルーフィシス。
その姿を見てレッドを始め七人全員がハッとなる。
振り上げられて仰ぎ見られた剣先の先、その遥か上空には先程よりも更に大きくなった極大な雷球が一つ、雷雲の雲海より再びその姿を現したのだ。

ルーフィシスを除いてその場に居た全員の思考と背筋が一瞬にして凍り付く。

グリーン、イエロー、ブラックの三者の奇襲によって構えを解かせた時点で霧散したと思い込んでいた雷雲内の巨大な雷球は主の手を離れつつも未だ健在であったのだ。

しかも、手を離れ続けていたその間にも延々と集束を繰り返し続けていたと言う凶悪なおまけ付きである!


ルー「我が名において狂い堕ちよッ!地上の寄る辺に寄り添い堕ちて、全ての者を死へと誘えッ!凶つ災禍たる雷よッ!」

イエロー「お、おいおいおいおいおいッ!あんな山みてぇな巨大な雷球が此処に落ちて来るってのか!?」

ブルー「まさか……これって雷塵事件の……けほっ」

ピンク「うー!みんなホワイトの元に集まって!」

グリーン「そ、そうか!ホワイトのバリアをピンクの魔法で強化すればある程度の威力は防げるかも知れない!」

ブラック「それに、チャージの時間さえ確保出来ればベアトリーチェの魔法を弾き飛ばしたあの一撃だって使えるはずです!」

ホワイト「可能な限り厚くバリアを張ります!皆さん、急いでください!」

レッド「…妙だな。『狂い堕ちよ』と言っているのに…『地上の寄る辺に寄り添い堕ちて』……てのはいったい何の……そ、そうかッ!!さっき全員に絡みついた電気糸…これはロックオンなんだ!散開だみんな!固まってたら逆にやられるッ!無理でもなんでも…あの攻撃は各個撃破するっきゃねぇッッ!!」


ルーフィシスが紡いだ詠唱の違和感から全員が一カ所に集まる事の危険を察して土壇場で散開しての各個迎撃を命じるレッド。
残る時間が何秒あるかという所での突然の命令変更に戸惑うイエロー達だったが、グリーンもまたその真意に気付いて散開を促した上で自身も迎撃態勢に入る。

全員にロックオンが掛かっていると言う事は、『それぞれ』に『精密』にあの雷球は落ちる、と言う事だ。
上空から襲い掛かって来る攻撃に対して有効な防御策となれば直上に円錐状にバリアを張ってエネルギーを斬り裂いて受け流す『傘』とするのが最も効率的だ。実際ホワイトとピンクはその迎撃手段を用いるつもりで全員を一カ所に集合させようとしていたのだ。

…しかし、その防御手段には大きな『前提』がある。
それは狙われるはずの全員が集結する事で雷球が『一方向から襲い掛かる事』を想定しているのだ。
ルーフィシスが布石として仕掛けた雷糸によるロックオンは電気というものの特性を思えば有線式の避雷針を取り付けられたと評する方が正確だろう。
それぞれに括り付けられた雷糸を辿って雷球が七方向へと分散して追尾炸裂するとあっては一点集中防御では到底対応しきれるものではない。


ルー「…ふふ、散開した点はまず合格…だね。じゃあ、行くよ!うみねこセブンッ!私の対多人数戦の最大の切り札、防げるものなら防いで見せてッッ!!!!」


詠唱を終え、七人の構えを見遣ってから雷球へと視線を向けるルーフィシス。
その場に居た全員が理解する。
その視線が再び自分達へと向けられるその瞬間こそが、落雷の瞬間だ、と。


ルー「均等雷房炸裂魔法……【サンダークラスター】ッッッッ!!!!」


天高く掲げられたルーフィシスの刀が裂帛の一声とともに振り下ろされる。
その気合いと一閃に呼応して巨大な雷球は七本の御雷の槍へと姿を変えて地で迎え討たんとする七人の獲物を目指して一斉に降り注ぐ。



「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」」」」」」」




絨毯爆撃もかくやという凄絶な轟音と震動が遊園地のエリア一帯を震撼させ、太陽の如き極限の光の輝きが遊園地の敷地全域へと迸る。





終焉の光の炸裂を思わせるその結末は……





ルー「………凄い。…【サンダークラスター】で一人も倒せなかったなんて…今まで一度も無かったのに…」


自身が得手とする魔法と言う事もあり、音と光に慣れていたルーフィシスには七人の行動の全てが見えていた。

自らの拳を天高く打ち上げて降り注いだ雷槍を正面から打ち払ったイエロー。
黒きブレードで雷槍を切っ先から一刀両断したブラック。
自らの渾身の蹴りを雷槍の先端側面よりぶち当てて軌道を逸らしてみせたグリーン。
白きバリアを上方に向けて円錐型に極限まで高圧縮展開して雷槍の弾いて凌ぎ切ってみせたホワイト。
自らの雷撃魔法弾を最大出力で放って雷槍を喰い破る雷龍を顕現させてエネルギーを完全相殺したピンク。
【天使の幻想砕き(エンジェリック・ファントムブレイカー)】を銃で撃ち出して雷槍の威力を削いでから【幻影の双剣】で雷を斬り凌いで見せたブルー。
そして、気力を振り絞って三度目の【蒼き幻想砕き(ブルー・ファントムブレイカー)】を撃ち放って雷槍を撃ち貫いた後に不可思議な紅の障壁で雷撃の残滓を完全に消し飛ばして見せたレッド。


七者七様の神業をもって天より降り注いだ雷槍の迎撃を成功させて見せていたのだった。


ホワイト「はぁ…はぁ…み…皆さん…ご無事です…か?」


比較的ダメージが浅く済んだホワイトは冷静に周辺の状況を視合う。


ブルー「はぁッ…!!はぁッ…!はぁッ…!…これが……街一つを灰塵に帰したという…魔の雷の…威力…。一部じゃなきゃ…とても……凌げな……かった…」

イエロー「…降って来るタイミングが……読めてなきゃ…ぶん殴れなかった…ぜ。…痛ッてぇ…。…くっ、右腕が…かなり焦げやがった…」

ピンク「うー…ピンクの魔力、ほとんど使い切っちゃった。…恐ろしい魔法だったの」

グリーン「…ぐっ。蹴飛ばした右脚を中心にかなり酷く火傷した…か。あの威力を思えば…この程度なら僥倖なんだろうけど…ね。はぁ、はぁ、はぁ…」

ブラック「こちらもグリーンと同様…です、ね。はぁ、はぁ、…右腕は上腕から動かせそうに…ありません……痛ッ!…拡散した電気で右足もしばらくは動かせそうに…」

レッド「無理やり撃ったにしちゃあ威力はあった…が…何か余計な力まで引き出しちまったのか…無茶苦茶疲れちまった。…反動で一歩も動けねぇ…」


防いだとは言っても相手は雷。弾かれ、斬り裂かれたとしても、拡散した強力な雷光の残滓たる電気はそれだけでも充分な殺傷能力を持った凶器だ。

余波によるダメージは思いの外大きく、辛うじて立っていたのは自分以外ではピンクだけであり、他のメンバーは少なからず火傷を負って片膝を付いているか消耗し切って倒れ込む寸前といった状態。
つまり、ホワイトとピンクの二人以外はルーフィシスの『倒した』の定義にこそ入らぬものの交戦の継続はかなり厳しい戦闘不能寸前レベルであった。


ピンク「うー…みんなボロボロ…なの…」

ホワイト「これは…まずいです…ね」

ルー「うん、戦況としては充分に覆せた、かな。ご教授その3の補足としてのその7。相手が強敵であれば強敵であるほど一発逆転の切り札となる大技、大魔法を有していると考えておくこと。…そして、それは切り札である以上は使い惜しみこそすれ、いざとなれば普通に『切れる』カード。そう易々と発動そのものを防げるというものでは無い…ってところかな」

ピンク「うー、考えておいても発動を防ぐのが難しいなんてご教授されたんじゃ困るだけだと思う。難しいしどうしようもないよ」

ルー「確かに、この辺りも経戦則とか事前情報がものを言うから現場での対応や対策はとても難しい話だけど…それでも、出来ないと命に関わるからせめて警戒だけは怠らない様に、…っていうのが今のお兄ちゃん達には限界かな?…さて、それじゃあ残ったご教授もちゃんと言えたし【サンダークラスター】も見事に戦闘不能者無しで防がれた事だし、終わりにしよっか」


キィンッ!と心地の良い鍔鳴りを鳴らして刀を鞘に納めるルーフィシス。
それは圧倒的優位に立ったにも関わらず、先の宣言通りに戦いを終わらせようという意思表示であった。


ホワイト「見逃してくれる…と言う事ですか?」

ルー「あの一撃で終わりにするって言ったでしょ?第一、私の『凶雷』の二つ名の代名詞とも言える大魔法が防がれたんだから負け扱いにされたっていいぐらいなんだから。…ちょっと悔しいけど」


頬を膨らませて子供らしい表情で拗ねて見せるルーフィシス。
あまり他人の事は言えないが、その幼さに対して備わっている凶悪な戦闘力が実にアンバランスな子供だな、とうみねこピンクは思った。


ルー「…さて、それじゃあそろそろうみねこセブンにとって最大の問題のご教授その8。連携による集団戦での強さに反して個人戦での個々の戦力には危ういまでの脆弱さがあること。複数同時攻撃の【サンダークラスター】によって『戦力の集束』を阻まれた結果が今の状況。…多分、単発で雷球を墜としてそれを七人全員で迎撃していたのなら、あの大きさでもお兄ちゃん達ならほぼ無傷で防ぐ事が出来ていたと思うよ」


最大の問題点と銘打ってルーフィシスはうみねこセブンの個人での戦力の弱さを指摘する。
それは以前から問題として上がり、七姉妹一人一人との戦いやこれまでの訓練によって少なからず克服されてきたものと思われていたが…ルーフィシスという強者から見ればそれはまだ解決したとは言い難い課題だと言う事だった。


グリーン「…やはり問題は防御力…なんだろうね。これまでも広範囲な範囲攻撃や強力な攻撃はホワイトのバリアやピンクの防御魔法を軸にして防がないとまともにダメージを抑えられなかった」

イエロー「武器の方は『いなずまのけん』なのに鎧は『かわのよろい』で盾は『かわのたて』ってところかよ。そりゃ確かにバランス悪ぃぜ」

ルー「そう言う事。幸い強力な装備を造り出せる技術はあるみたいだから、かさ張らない【ビームシールド】の類に防御魔法を掛け合わせる形で使える『盾』と私の【防護魔石】の『自動致命傷防御』みたいな『護り』の防御機能の取り付けと強化が理想的、かな?」

ブラック「『護り』の防御機能の取り付け…か。雷槍の余波さえ防げていれば僕だって無傷でまだ戦えたはずなんだ。…確かに欲しい機能です」

ブルー「…【スナイパー・イーグル】のカートリッジで魔石の代用は可能かしら?他には…試作品のデータの中に携行式の展開循があったわね…南條先生に開発出来るか聞いてみる価値はありそうだわ」

ルー「ああ、そう言えばもう一つ、ご教授その9が出来るかな?戦闘中の五体のダメージ…特に四肢の怪我は戦力低下に直結するから応急処置は戦いながらでも出来るぐらい手馴れておいた方がいいよ」


そう言って右手一つでしゅるしゅるとダメージを負った腹部と左腕、左肩口に包帯を巻き付けた上で、三角巾で左腕を吊って応急処置を終わらせるルーフィシス。丁寧に添え木処置まで行った上で僅か8秒でその全行程を仕上げる手練の技は確かに交戦中ですら行えそうな神懸かった手際であった。


ルー「それじゃあルーはそろそろ帰ろうと思うんだけど…何か聞いておきたい事でもある?」

グリーン「それならキッチリと確認しておきたい事があるね。君はファントムには属していないと言っていたけど、どういう事なんだい?」


質問タイムとでも言いたげなルーフィシスのその言葉にグリーンが喰い付く。
ファントムでは無いという彼女は七姉妹達と比べると義理立てる事も無くいろいろと答えてくれそうだと思ったからだ


ルー「別に、そんなに難しい事じゃなくて簡単な話だよ。様々な利害や利権が絡み合う事で意見が対立すれば当然分裂するってだけのこと。私はお父さんの意見に賛成しているから…中立派ってところかな?過激派、改革派の集まりが『ファントム』で後は穏健派とか保守派って考えるなら基本的には日本の政治情勢と一緒だと思うよ」

イエロー「その割には思いっきり攻撃を仕掛けて来てるじぇねぇか。随分と苛烈な中立があったものだぜ」

ルー「むー。まぁ確かに、お父さんからはちょっと情報を集めて来いって言われてた程度だったんだけどぉ…その、あまりにも戦人お兄ちゃんが鍛え甲斐がありそうだったからつい何時もの癖が出たっていうか…」

レッド「…何時もの癖でボコられてる奴がいるって事かよ?随分と災難な奴がいたもんだなぁ…(大汗)」

グリーン「あはは…。どうやらレッドの才能が今回の戦いの要因になっちゃったとも言えるんだね。いっその事、無能だったらこんな大騒ぎにはならなかったのかな?」

レッド「…冗談で言ってるってのは分かってるし、間違っちゃいねぇんだろうけど…なんだか無性に悔しい気持ちになって来るのはなんでなんだ?」

イエロー「何で半泣きになってんだよ戦人?」

ルー「謎のトラウマに涙する戦人お兄ちゃん、やっぱり可愛い♪」

レッド「うるせぇよチクショーッ!」

ルー「あ、そうそう。私の雷撃魔法で施設にも少なからず被害が出ちゃったはずだから、これでも売って修繕費に充てといてよ」


そう言ってヒョイっと手の平に納まる程度の包みを身近に居たホワイトへと投げ渡すルーフィシス。


ホワイト「はい?えっと、何でしょうかこれって…あの…え?ええええええぇ!?」

グリーン「そんなに驚いてどうしたんだいホワイト?顔色も悪くなったみたいだけど…って……それって…」

ピンク「うー!色違いの綺麗な宝石がいっぱいなの!凄いの!」

イエロー「あー、祭りの時によくあるおもちゃの指輪に付いてそうなやつだなー……って…何か輝き方が…えらく半端ないような…」

グリーン「…多分…全部本物だね。この間寄った宝石店で見たダイヤの輝きとそっくりだよ。それと…見た物とサイズは全然違うけど…その赤いのはルビーだと思うよ」

レッド「じ、じゃあこれ…あいつが俺達を例えたブルーダイヤやイエローダイヤ…ブラックにホワイト、グリーンにピンク。そしてピジョンブラッドって名称のルビーってことなのか?全部ビー玉ぐらいのサイズなんだけど…いくらになるんだよこれ?!」

グリーン「し、修繕費用としては充分過ぎるみたい…だね、ははは…」


いまいち宝石の価値が分かっていない真里亞を除いて全員の表情が苦笑いとなる。
単純に考えて一般的に給料三カ月分と例えられる婚約指輪に付いているダイヤがせいぜい爪先ぐらいの大きさだ。つまり、その何十倍ものサイズを誇るダイヤが色とりどりに複数個ある、という訳である。


ホワイト「ど、どうしましょう!包みから出す時に素手で触っちゃいました!指紋が!指紋がぁッ!!」

ブラック「落ち着いてホワイト。変身しているから手袋越しだよ、拭けば大丈夫なはずだから」

ピンク「うー!ピンクはこのピンク色の石が気に入ったの!もうこれはわたしのなのー!」

イエロー「ちょ!?おいこらピンク!ビー玉じゃねぇんだから握るんじゃねえッ!痛む!割れちまううううぅ!」

ブルー「このくらいの宝石で狼狽えるなんて、みんななってないわね」

グリーン「と、取り敢えずはお爺様に預けてどうするか決めてもらおうか。多分、宝石商にもそれなりの伝手はあるだろうし…」

レッド「…なぁ…何で俺だけダイヤじゃなくてルビーなんだ?レッドダイヤだってちゃんとあるのによぉ…」

ルー「あはは、それはお兄ちゃんの精神がダイヤほど頑丈ってイメージじゃないからかな〜♪それじゃあそろそろ」

ブルー「あ、ちょっと待ちなさい!ルーフィシス」

ルー「ん、まだ何か聞きたいことがあるの、うみねこブルー?」


ルーフィシスからの思わぬ撃破ボーナスで泡食っていたうみねこセブンの面々であったが、ブルーが今度こそ帰ろうとした彼女を今一度引き留める。
その表情は浮ついたものではなく真剣そのものだ。


ブルー「貴女は…自分を『中立派』だと言っているけど…この先、その『中立派』が人間に害を成す事は有り得ない、と断言出来るのかしら?」

ルー「……電子ハッキングをした時に貴女の詳細情報の全てを見せてもらったわ、ブルー…いえ、ヘンゼルを失ったグレーテル。貴女が気に病んでいる雷塵事件、それは確かに私が関わっているでしょうけど…それは貴女が思うようなものではないわ。もう少し、真実を見る勇気を持ちなさい」

ブルー「ッ!レッド、みんな!やっぱりこいつは生かしておけないッ!私達の情報をきっと根こそぎ盗んでる!私の『あの情報』は最重要機密扱いなの!この場で殺さないと…『ファントム』に全部知られる事になる!だから…!!」


ルーフィシスの言葉に激昂して銃を乱射し始めるブルーに戸惑うレッド達。
弾幕に晒されるルーフィシスは瞬時に鞘に納めた刀を取り出しその場から一歩も動かず右手一本で軽々と魔弾を弾いて冷めた目でブルーを見る。


ルー「うみねこブルー、このまま自身の心の闇に向き合えない様なら貴女は呪われたブルーダイヤになるよ」

ブルー「うる、さああああああいッ!!滅びろ『ファントム』の手先!喰らえぇ、【天使の幻想砕き】ッ!!」

ルー「…私は『ファントム』じゃないって言ってるのに…【雷光一閃】!」


下段から上段へと斬り上げられた刀の一閃がうみねこブルーの【天使の幻想砕き】の蒼き魔弾を一刀の元に両断する。
間髪を置かずに二発目のチャージに入ったブルーだったが…その攻撃が放たれる前にルーフィシスは現れた時と同じ様に青天の霹靂をその身に落としてその姿を暗ましていたのだった。


ブルー「逃げられたッ!?すぐに追跡をッ!!」

レッド「おいブルー!いい加減にしろッ!!」

グリーン「落ち着くんだ。彼女はファントムとは対立している立場だと言っていたんだ、そう簡単に情報を流したりはしないよ」

イエロー「そうだぜ。物騒で変な奴だったけど嘘吐きって柄じゃなかった!相手がどんな奴かちゃんと見とけよ!」


ルーフィシスを倒す事しか考えていないブルーを見兼ねてレッド、グリーン、イエローが止めに入る。
ブルーのダメージはいくらか軽減されているとはいえ決して浅くは無いのだ。


ブルー「殺す!…あいつらは…一匹残らず駆逐しないと駄目なのよおおおおおぉおおぉッッ!!」


自身の身も顧みずに戦おうとするそのバーサーカーを彷彿とされるブルーのその姿はレッドやグリーン達にとってはベアトとの戦いの時や出会った頃の苛烈な発言の数々を思い起こすには充分なものだ。


お互いがお互いの事を良く知らなかったから。


ベアトとの戦いが止まらなかった原因として思い至ったその言葉が不意に思い出される。
ルーフィシスが知ったという最高機密扱いのブルーの詳細情報。
それが彼女をこれ程までに激しく怒り狂わせた原因なのだと察した時、レッドは改めてうみねこブルーの事もいつかは知らなければならない、と思った。



【エピローグ】


戦人「…………雷雨…か」


ルーフィシスとの激闘から数か月後の夜。
日付けが変わろうかというその時間帯、戦人の家の周辺地域は激しい雷雨に見舞われていた。

空が輝く度に、稲妻が大地に迸る度に、轟音が大気を震わす度に、戦人の胸には彼女の姿が思い起こされていた。

鮮烈なる雷光をその身に纏った幼い少女。
たった一日の、一期一会とすら思える出会いの中であまりにも多くの事を学ばせてくれた師と仰ぐに値する少女。

あの出会い以来、雷鳴の轟く夜には必ずと言っていいほど目が覚めてしまい、窓の外を眺めて彼女の姿を探してしまう自分が居る。


あの教えの数々はその後の戦いで大きな力となった。
思い出されたその言葉によって何度も何度も命を拾う事になった。

そして…うみねこブルー…いや、『右代宮縁寿』と分かり合う為の力にもなり、
再会したベアトリーチェと心を通わせる上でも大きな役割を果たしていた。


『ファントム』との戦いはまだ終わってはいない。
…だが、何を成せばいいのか、先は見え始めている。

フラグベルトの一族はクレルやウィラード達の組織とはまた違った組織に属するらしく、ファントムとの抗争が激化しつつある今、その生存も定かでは無いらしい。


全てが終われば…また会えるのだろうか?

今ならあの日、『ホイール・オブ・フォーチュン』の観覧車に二人で乗った意味が分かる様な気がする。
譲治兄貴と紗音ちゃん。
ロノウェのおっさんとワルギリア。
そして…俺とベアト。

どうにもあの観覧車は二人で乗ると深い絆で結ばれるという特殊効果がある様だ。
…無論、俺とルーフィシスの場合は恋愛感情としての結び付きでは無い、と否定はしておく(苦笑)


ファントムとの戦いが終わり、何時か平和になったら、また会いたい。
今度会う時は、お互いに隠し事なく、心からあの遊園地を楽しみたい。

ひと際大きな轟音が響き渡り、戦人の家をビリビリと震わせる。
かなり近くに落ちたのだろう。窓の外に見える丘の上の木にうっすらと黒煙が立ち昇っているのが見えた。

そして…その黒煙の脇に…蒼く輝く髪の少女の姿が見えた。


戦人「ルー…フィシス?」


呟いたその一言が聞こえたのか、次の瞬間には再び稲光と共に轟音が轟き、丘の上の木の一本が焼け焦げながら真っ二つに裂けて倒れる。

黒煙の脇に見えていた少女の姿はもうない。

再会にはまだ早い。そう言いたかったのだろうか?

…そう…だ。
その通りだ。
戦いはまだ終わってはいないのだ。
感傷に浸っている場合ではないのだ。

今はまだ、全てが終わった後の事を考えるなどおこがましい事だったのだ。
…やはりルーフィシスと言う少女との関係は師弟というものに近いのだろう、と思い知って苦笑する戦人。

気持ちを落ち着かせてからベッドに潜りこんで明日の特訓に備えようと眠り直す。
『ファントム』との…ミラージュとの決戦の日は…そう遠くないのだから。



『雷鳴の轟く夜に』  終



『雷鳴の轟く夜に Tea Party』 へ続く







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