六軒島戦隊 うみねこセブン番外編
幻想刑事 ヴァンダイン
間もなく日も暮れようという時刻の公園で数人の女の子が遊んでいた、そこへ現われたのは狼の様な頭をした怪しげな四人組。
「ぐふふふふふふふ……お嬢ちゃん達、そんな事してないでおじさんといいことして遊ばないかい?」
女の子達は恐怖に顔をひきつらせると慌てて逃げようとするがすでに背後に二人が回り込まれていた。 助けてと悲鳴を上げるが何故か誰も来ない。
「無駄だよぉ? それにどの道人間程度がこのコアック様に勝てるはずもないしなぁっ!!!」
「ほう? なら人間でなければ勝てるのだな?」
突然背後から聞こえた男の声にコアックが振り向くとそこには金属質の銀色のスーツに身を固めた人物がいた。
「き、貴様は!?」
「……コアック・トーヨにその手下三人か、ファントムの侵攻のどさくさで暴れているチンピラ程度に名乗っても仕方ねえよ」
面倒そうなその言い方がコアック・トーヨの癇に障った。
「てめえ……おい! やっちまいなっ!!!」
「はい兄貴! てめえ、このイッチーの拳を受けてみろっ!!」
「この二ーノの蹴りもなっ!!」
「このサーンも忘れんじゃねえぞ!!」
コアックの命令で手下のイッチ−、二ーノ、サーンが男に跳びかかる。 しかし男は慌てることなく拳を構えると反撃に出る、そして数秒後には三人の手下は地面に倒れのびていた。
「な……馬鹿な……」
「後はお前だけだな?」
「……くっ!?……てめえはいったい何者なんだよっ!!?」
噂に聞くうみねこセブンでもないかとも思ったが連中の中に銀色はいないはずである、何とか逃げ出そうと慎重にタイミングを計るコアック。
「……まあいい、教えてやる……だがその前にひとつ言っておく……」
「……?」
「人間界でも幻想界でも幼女誘拐は立派な犯罪だっ!!!! そして俺の名は……」
叫びながら男は地を蹴って跳び出す。
「幻想刑事ヴァンダインだっ!!!!!」
雑居ビルの中の一室に『ウィラード探偵事務所』はある、最近営業を始めた小さな私立探偵事務所だったが腕はいいと評判である。
「……まったく面倒なもんだ、頭痛がすらぁ……」
「事務仕事がですかウィル?」
「……それもだが、ファントムのどさくさで暴れてる連中だ」
助手の理御に返す声もどこか面倒そうなウィルことウィラード・H・ライトである。 そういった連中は彼の任務には直接関係ないので無視もできなくはないがそれが出来ない性格なのがウィルだった。
「……で、そっちはどうだ?」
「ええ、うみねこセブンに先ごろ加わったブルーという戦士が『連中』らしき者と遭遇した可能性ありですね」
「例のグレーテルって奴か? 確かにあいつの周りには奇妙な連中もいたな……?」
「ええ、かつて『マジョッカー』を壊滅させた仮面ランナー・ゴートに時間泥棒の魔女エターナです」
理御は戦闘は出来ないがその情報収集と分析能力は一流だった、奥様方の井戸端会議から果てはハッキングの技術を駆使してあらゆる情報を集める事ができる理御だが、それを悪用しようという発想はない。
「セブンでもファントムでもないイレギュラーか……そうなれば『連中』が目を付けてないはずもないか?」
一度接触してみても良いかもしれないとウィルは思った。
「……ファントムの背後にいる正体不明の存在でしたねウィル、それを調査し場合によっては排除するのが貴方の任務……」
「ああ、幻想界にだってルールはあるからな……それを破る無粋な連中を捨て置くわけにもいかない」
それでも今回はその相手がやっかいすぎだった、下手をすると元老院の魔女もかんでいる可能性もありウィルの所属する組織もおおっぴらに動けないのでウィルがこうして人間界に潜み調査を行っている。
「私としても人間が滅ぶ未来というのは嫌ですからね」
そう言いながら理御はウィルに一枚の写真を渡す、そこには毛並みの良い一匹のペルシャ猫が映っていた。
「……こいつは?」
「まずは『表の仕事』を片付けちゃってくださいね?」
理御はにっこり笑いながら言うのだった。
辺りはすっかり暗くなっていた、迷子の猫探しというのも楽な仕事ではないとつくづく思うウィルである。 しかし手を抜くと理御に尻をおもいきり抓られるので手を抜くに抜くけないのである。
「……ったく、育ちのいい猫だろこいつは? いったいどこにいやがるんだか……」
悪態を吐きながらも今日はそろそろ引き上げ時かと思い始めた、『表の仕事』も大事だが本業を疎かにするわけにもいかない。 そう考えたウィルの横をタッタッタっと一人の少女が走り抜けた、少女の方はウィルを特に気にとめた様子はないがウィルにとっては思いがけない遭遇だ。
「……迷子の猫を探していたら気まぐれ仔猫ちゃんと出くわすとはな……」
呟き少女の後を追いかけようとした時背後に殺気を感じた、本能的に振り向き殺気の主を探すと電柱の上に立つ蒼いツインテールの少女がいた。
「エターナを監視していたら思わぬ獲物が跳びこんできましたわね?」
「……ファントム?……いや『連中』か!?」
「さぁ?」
言いながら少女は巨大な鎌を出現させる、月明かりに照らされて不気味の光るその刀身はいかなるもの切断出来そうに見える。
「……貴方が何者か知りませんが只者ではなさそうですしね、この【偽りを狩る鎌】で……ほへ?」
その時不意に突風が吹いた、ウィルにとっては何でもなかったが足場の狭い電柱の上でバランスの悪い鎌を持った少女にとってはそうでもなかった。 よろめきそして落下しそうになるのをかろうじてこらえるがその拍子に鎌の刀身が電線に触れてしまう。
「……へ?……ぎょえぇぇぇえええええええええええええええええええええっっっ!!!!?」
少女はバシバシと激しくスパークしウィルには体内の骨格すら見えた気がする、やがて黒炭と化した後にブスブスと煙を上げながら地面に落下した。
その光景を唖然と見つめていたウィルだったがやがてはっとなり振り返った時にはエターナの姿も気配も消えていた、やれやれという風に溜息を吐く。
「……どこの誰か知らねえがとんだ邪魔をしてくれたもんだぜ」
せっかく目的の一人と接触出来るチャンスだったのだがこうなっては仕方なかった、ウィルは人がやって来て騒ぎになる前に撤退する事にしたのだった。
近くのコンビニに夜食を買いに外出した理御はその帰りに不審な人物と遭遇した、長身だがやせ型のその男は理御の姿を見るなりその両腕のひじから下を刃物の様な形状へと変えた。
「……なっ!!?」
男と理御の相対距離は約十メートルあったが男は理御が驚く間に一気に距離を詰めた、そして躊躇なくその刃が振り降ろされた。 しかし次に瞬間響いたのは金属同士がぶつかり合うようなガキンという音だった。
「……ああ……?」
「……むっ!?」
「丸腰の相手に剣を向けるというのはあまり関心できませんね?」
いつの間にか男と理御の間にメイド服姿の女性が割って入り両手に持った短剣で男の刃を受け止めていたのだった、メイドさんが蹴りを繰り出すと男はバックステップでそれをかわす。
「……大丈夫?」
茫然とする理御に駆けよって来たのは十歳くらいの金髪の女の子だった、理御は混乱した頭ながらも「ええ……」と頷く。
「貴方はどう見ても人間ではないようですが……大人しく引き下がれば見逃しますよ?」
「そう言うお前も人間じゃないな? 悪魔……か、何故人間を庇う?」
「……我が主に殺人の光景など見せるわけにはいきません! それに私も意味のない殺生など許すわけにはいかないのですよ!」
メイドの言葉に男は一瞬きょとんとした後笑いだす。
「ふふふはははははっ! 意味ならあるさ、俺が楽しい! 人間を斬り殺す時の感覚……最高に愉快じゃねえかぁっ!?」
「……外道がっ!……セツナ様!」
「うん、構わないからやっつけちゃってエクシアっ!!」
主の命を受けメイド――エクシアは男へ向かって突撃する、それは理御の目では瞬間移動にも見えるスピードだったにも関わらずそれを受け止める男。 エクシアはさらに連撃に出るがそれらもすべて防がれる。
「……手強いっ!?」
「……てめえもやるもんだ! このジャック・ザ・リッパーとやりあえるとはなっ!!」
「な……ジャック・ザ・リッパ―!?」
その名はかつてイギリスで起こった連続殺人の犯人とされる人物の名であるのはエクシアも知っていた、当時その犯人は捕まらずじまいだったと聞くが、なるほど人外の悪魔であれば人間に逮捕するのは無理だっただろう。
「そんな危険人物であれば尚更放置はできませんね!」
「何っ!?」
その瞬間からエクシアの動きが早くなり打ち込みの威力も強くなったことに驚くジャック。 これは彼のする由もない事だがエクシアは主であるセツナの前では敵の命を奪う事をしないと誓っていた、そのため実力を知らない相手にいきなり全力で挑むというのはまずしないのである。
(……ちっ、本気になったってわけか……あいつと……ヴァンダインの野郎とやり合う前にケガをするってのは面白くないな……)
ジャックは力任せにエクシアを弾くと後ろへ跳び間合いを開けた、そして上着のポケットから小さな人形を二体取りだすと放り投げる、そしてそれは一瞬の内に人間大まで大きくなる。
「これはオートマタ!?」
エクシアが驚いたのは一瞬の事で瞬時に二体のオートマタの胴体を切断し破壊した、だがその僅かな間にジャック・ザ・リッパ―の姿は闇の中に消えていたのだった。
「何!? ジャック・ザ・リッパ―だと!?」
事務所に戻ってみれば何故かメイドがいた事にも驚いたが理御が襲われたという話とその相手の何はさらに驚くウィルであった。
「ええ、確かにそう名乗っていました。 あ、そういえばまだ自己紹介をしていませんでしたね?……こちらはセツナ・プトレマイオス様、そして私はそのメイドでエクシアと申します」
先程とは打って変わってエクシアの表情も口調はおっとりとしたものである。
「プトレマイオスだと? あの武器を練成する魔法で有名な一族のか?」
「そうよ、もっともあたしはまだ魔女見習いだけどね」
少し悔しそうな顔でセツナは言う、気が強そうな顔立ちをしている見た目通りというか負けず嫌いなのだろうなとウィルは感じた。 そしてエクシアという名前にも聞きおぼえがある
「……【七剣(セブンスソード)のエクシア】か……」
「知っているのですかウィル?」
「ん?……ああ、魔界じゃ結構名の知れた悪魔でな、常に剣を七本持つことから【七剣(セブンスソード)】の異名を持つんだ理御」
メイド兼護衛という事なのだろうかと理御は思った、しかしセツナもだがエクシアは人間と姿は変わらず、しかもどこかほわんとした雰囲気で悪魔と言われてもピンとこなかった。 そしてどうしてそんな二人がこんな所にいるのだろうという疑問が湧いて来たのでそれを訊ねる。
「決ってるわ、エターナを探しに来たのよ! あいつったらいつまでたっても帰ってこないんだものっ!!」
「セツナ様はエターナさんが妙な事件に巻き込まれているようだと聞いてたいそうご心配をされて……」
「ち、違うわよエクシア! あいつはあたしがギャフンと言わせてあげなきゃいけないのよっ!!」
むきになって反論するセツナにエクシアは「うふふふふ」と優しく笑う、それを見ていると主従関係と言うより仲の良い姉妹だなとウィルと理御は思った。
「……とにかく理御を助けてくれたことには礼を言わせてくれ、ありがとう」
「いえいえ、当然の事をしたまでですよ」
「……ねえエクシア、あのジャック・ザ・リッパ―って……まだ……?」
「はい、放っておけばまた誰かを襲い、そして殺すでしょうね」
『殺す』という言葉にセツナは怯えた表情になる、そして恐る恐るという様子で訊ねた。
「……エクシアなら……その……あいつを捕まえられる……?」
顔も知らない人達であっても殺人鬼に襲われ命を奪われるというのは嫌だが、それでエクシアが危険な目に合うというのも嫌なのがセツナだった。 エクシアの強さは十分承知してはいるがそれでもである。
「大丈夫ですよ? 私にお任せ下さい」
「……いや、あいつを倒すのは俺の役目だな……あんた達に迷惑はかけれねえ」
ウィルは険しい目つきでそう言った、有無を言わさない、そんな迫力があったがそれでもエクシアはおっとりとした顔を崩さすに言ったのだった。
「いえいえ、お気になさらず。 私としてもセツナ様の滞在なさる町であんな危険な悪魔を放置するわけにもいきませんしね?」
「……ヴァンダイン……ですか?」
「はい、ボコボコにされたコアック・トーヨとその仲間を捕獲した際に問い詰めたらそいつにやられたと……」
ここのところワルギリアの頭痛の種が尽きない、この前のヘンゼルの件もそうだしファントム侵攻のドサクサで暴れている小悪党達も放置して置けない。 しかも七杭姉妹達が全滅してからはファントムには任せておけないと言う声も聞こえるのであるからやっかいだ。
「……セブンと関係があるのかないのか……コアック達は幻想界へ強制送還としてヴァンダインとやらの方は如何いたしますかマダム?」
ロノウェの問いに答えるのにワルギリアは五分はかかった。
「ひとまず放置して置くしかないでしょう、ルシファー達もいなくなりファントムにはもうそっちにまで割ける戦力の余裕はありません」
ワルギリアの表情を見ればそれが苦渋の選択だとは分かる、ロノウェもそれが今は最善手だとは思えた。
自室の窓から星空を見上げているのは理御だ、彼女はふとここへ来る前の事を思い出していた。
元いた世界では理御はうみねこホワイトとしてファントムと戦い、そして戦人達と力を合わせて彼らを打倒したがそれでめでたしめでたしとはいかなかった。
ファントム打倒のため開発された魔法と科学の融合技術はくだらない野心家を増産するのに十分すぎた、やがて世界は第三次世界大戦へと発展するのである、その結果を理御は知らない、何故なら彼女は戦争が回避不可能となった時点で金蔵により試作品が組み上がったばかりの【カステル・トランスポート・システム】でこの過去世界へやって来たからだ。
しかしそのためには理御の【コア】をシステムの動力として組み込む必要があったためもう理御はホワイトへ変身することは出来ない。
「……この世界のお祖父様はファントムと戦う技術を外へは出していない……つまりここは私のいた世界とは違う『並行世界』という事……」
もっとも『親殺しのタイムパラドックス』を考えれば当然と言えた。
例えば理御が生まれる前の時代の両親を理御が殺せば理御は生まれない事になり『両親を殺す理御』はそもそも存在しないことになるという矛盾である。
だから理御がここに存在する事自体がここが『並行世界』である事の証である、極端な話では理御がここで結婚し家族を、子供を作ったとしてもまったくもって問題はないのである。
「……はぁ」
この思考自体もう何度も繰り返したものだ、『元の世界の未来』を変えられないかと何度考えても結局この結論に行きついてしまう。 過去や未来を変えるなどと人間にはおこがましい事なのかも知れない。
「……しかしもっとも不思議なのはこの世界には『右代宮理御』は存在しない……代わりに紗音という少女がホワイトをしている、どういうことなのだろう?」
エクシアとセツナは今夜はウィルの家に泊って行く事になり空き部屋にお客用の布団を敷いて眠っていたが日付も変わってしばらくという頃エクシアが起き上がりセツナを起さぬようそっと、しかし素早くメイド服に着替えると部屋を出て事務所を出て、そして雑居ビルの外へと出た。
「……あんたも気がついたのか?」
「ええ、これだけの殺気を放たれれば嫌でも……」
先に来ていたウィルにそう言うとエクシアは正面にいるジャック・ザ・リッパーを見据える。
「仕返しにしてはいささか早すぎる気も致しますが?」
「仕返しっちゃあ仕返しだが別にてめえじゃねえ、俺の目的はその男……ヴァンダインだ!」
「……だろうな」
ウィルは苦笑した。 かつてイギリスでジャック・ザ・リッパーが事件を起こした時にウィルは彼と戦い深手を負わせたものの取り逃がしていた、その恨みを晴らそうというのは分かる話である。
しかしウィルの正体や現在の居場所を知っている上にオートマタまで使ったという話は不可解だった。
「……まあ、いいだろう。 俺も今度こそお前を倒すぜ?」
「ふふふふ……そう簡単にはいかないぜ?」
ジャック・ザ・リッパーが笑いながらパチンと指を鳴らすと暗闇の中からガシャガシャと金属的な足音が聞こえそしてオートマタの一団が姿を現した、その数はおよそ五十体。
「オートマタとはな……だがっ!」
ウィルは右腕を掲げると叫ぶ。
「メタル・アーマー装着っ!」
ウィルの身体が発光し、そしてグリーンのワイヤーフレームが銀色のスーツを形成した。 そして変身が完了すると腰にあった筒状の物を外すと剣の様に構えた。 するとその先端から光のブレードが形成された、【レーザー・ブレード】だ。
「幻想刑事ヴァンダインっ!!!! いくぞジャック・ザ・リッパぁぁぁああああああああああああああっっっ!!!!!」
六軒島戦隊 うみねこセブン番外編
幻想刑事 ヴァンダイン
※ヴァンダイン設定
【レーザーブレード】を構えるウィルことヴァンダインの前にエクシアがすっと進み出た。
「……ウィ……ヴァンダインさん、オートマタは私に任せて貴方はジャック・ザ・リッパーを倒してください」
「お、おいおい……オートマタは五十体はいるんだぞ?」
ヴァンダインは驚く、オートマタの戦闘力はそれ程高くはないがそれはヴァンダインなど一流の戦士クラスと比較しての話であるし、黒山羊部隊同様物量戦であれば侮れない相手なのだ。
「ご心配なく、こう見えても一対多数の戦闘の経験は十分にありますからね?」
料理は得意なんですよとでも言う様な笑顔で言うエクシアにヴァンダインは唖然となった、しかし噂に聞く【七剣(セブンスソード)】ならそれも自信過剰という事もないのかもしれない。
「……分かった、そっちは頼むぜ?」
「お任せを……さあ、参りますよオートマタの皆さん!」
エクシアは両手に短剣を携えて躊躇なく跳びこんでいく、そして迫りくるオートマタを踊るような動きで屠っていく様子に大したもんだと思いつつジャック・ザ・リッパーを見据えるヴァンダイン。
「ならこっちもいくぜ!…………?」
「おうさ! こいよヴァンダイン…………って、どうした?」
「いや気のせいか?……妙に殺気の籠った視線みたなものを感じた気がしたが……?」
「何だそりゃ?」
「……まあいい、行くぜっ!!」
ヴァンダインは一気に間合いを詰めると【レーザーブレード】を振り降ろすがリッパーもそれをブレード化させた腕で受け止めてみせる、続けて二回、三回と斬り結びあう。
「イギリスで猟奇殺人を起こしたお前がこの日本で何をする気だ!? 俺への復讐だけではないだろうっ!!?」
「殺人鬼が殺人以外の何をするってんだっ!! だいたい人間なんてこの地球をパンクさせようってくらいうじゃうじゃいるじゃねえか、その中の一握りくらい狩ったってどうってこたねえよ!!」
「冗談じゃねえ!!」
「ああ、本気だぜ!」
リッパーのブレードがヴァンダインのアーマーを何度か掠める、左右の腕の肘から下ががブレード化しいる分手持ちよりやや間合いは短いがその分より自在な動きを見せた。 猟奇殺人鬼とはいっても自らの鍛練をジャック・ザ・リッパーは怠ってはいない。
「だいたい人間だって娯楽のために動物を狩るじゃねえか! なら俺達幻想存在が人間を狩ったところで問題はねえっ!!」
「……!?……だがすべての人間が楽しむために命を奪うわけではないはずだ!!」
僅かに動きが鈍るがヴァンダインもこれまで人間のいい所も悪い所も見てきた男だ、すぐさま迷いを振り払い戦闘に集中する。 リッパーの一撃を回避しつつ【レーザーブレード】をリッパーの胸めがけて突き出したが咄嗟のバックステップでかわされてしまい彼の服に僅かに穴を開け血をにじませた程度だった。
(……やはり以前よりも動きが良くなっているな……?)
次に仕掛けるタイミングを計りつつそう感じるヴァンダインだった。
理御はぞくっとする様な感覚に襲われ目を覚ました、それが近くで戦闘が行われているのを感じていると理解できるのは理御も元は戦士だったからだ。 そしてその戦闘をしているのがウィルだという事に疑問を持つ必要はない。
「……エクシアさんとセツナちゃんは……?」
パジャマのままで二人の部屋に向かいそっと扉を開くとセツナだけがすやすやと眠っていた、つまりエクシアも戦闘に参加しているという事だろう。
「……私にも【コア】があれば……」
その事を悔しい思いと同時にエクシアに対し嫉妬にも近い感情がこみ上げてくる、そして今日初めて会い命を助けられた相手をそう思うという事に驚く理御だった。
しかしすぐにそれらを振り払いウィルの相棒として相応しい行動をするべきだと判断する、ウィル達が負けるとは思わないが不測の事態の時にセツナを守るのが自分の役目だと。
「くっくっくっくっくっくっ!!」
「!!?」
不気味な笑いが響いたのはその時だった。
五十対一という戦力比であってもエクシアは怯む事はない、両手の短剣は無銘の物であっても彼女の腕をもってすればオートマタ程度は十分斬り裂ける代物である。
「!?」
一体のオートマタが味方を踏み台にし高く跳ぶとエクシアの頭上から襲いかかろうとした、それを右手の躊躇なく短剣を投げ頭部を貫く事で迎撃する。 さらに別の一体にも突き刺した後に剣を離し跳ぶのは背後からの攻撃を察知したからだった、だからエクシアは武器を失い丸腰になってしまう。
「……残り三十体程ですか……」
チャンスと見たオートマタが一気にたたみかけようというのにエクシアは冷静に敵の残数を確認した、次の瞬間数体のオートマタが一斉に襲い掛かったがそれらは瞬時に斬り裂かれる。
「……相手に武器がないと油断されない方が良いですよ?」
にっこりと笑うエクシアの手には新たに出現させた三本目、四本目の短剣が握られていた。
剣を七本持ちそれを駆使して戦う、それゆえの【七剣(セブンスソード)のエクシア】なのだ。
「…………!!!?」
不意にオートマタを斬ろうとした手を止めてエクシアは身を振るがすと元来た道を駆けだす。
「申し訳ありませんがここはお願いします!」
「……はっ!? おいっ!」
突然の事に何が何だか分からずヴァンダインは困惑した、しかしリッパーはその間にも攻撃を仕掛けてくる。
「どうした! 仲間に見捨てられたかヴァンダインっ!?」
「……ちっ!?」
オートマタの残りはあと二十数体はいる、目の前にリッパーを置いてとなるとヴァンダインでもやっかいな数だった。 リッパーの斬撃を回避しつつ背後からのオートマタを一体斬るがそこへ再びリッパーの攻撃がくる。
「……ぐっ!?」
【レーザーブレード】で受け止めは出来たがさらに後ろと両サイドから迫るオートマタに対処するすべがなかった、対処すればリッパーの餌食となる。
だからヴァンダインはオートマタは無視した。
「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
「く、くっ……」
リッパーと密着状態になったヴァンダインにオートマタは攻撃してこない、オートマタはジャック・ザ・リッパーには攻撃しないようプログラムされているので彼を傷つける可能性のある状態での攻撃は出来ないのだ。
「やっぱりな! 所詮はお人形さんってことだ!」
「ぐぐぐぐ……だがあの逃げた女はいいのか!? お前を裏切ったのかも知れんぞ!?」
「それはない、その気があるなら最初からこの戦いに参加はしない!」
エクシアがわざわざ出てきた最大の理由は主であるセツナに危険が及ばないため、その戦いを半ばで放棄するとなるとその理由はセツナに迫る危機を感知したに違いなかった。
「つまりお前は囮って事だな!」
「何!?……な、何の事だ!?」
リッパーが僅かに動揺を見せる、それで十分だった。 リッパーは何者かにヴァンダインへの復讐心を利用され日本にやって来たのだ、オートマタもその背後にいる者からの提供だろう。
「ひとつ教えてやるジャック・ザ・リッパー! 確かに世界は他者の命を奪う事で成り立っている、しかしそれは命を粗末に扱って良いって事じゃないんだよっ!!!!」
【レーザーブレード】がリッパーの右腕を切断した、苦痛に叫び声を上げながら後退しようとする彼にヴァンダインはトドメの一撃を放つ。
「土は土に! そして幻は幻へ還れジャック・ザ・リッパぁぁぁああああああああああああああああっっっ!!!!」
ヴァンダインは【レーザーブレード】を上段に構えると地を蹴って跳び上がる、同時に魔力を一気にブレードへと送る、【レーザーブレード】の刃が輝きを増し一回りほど巨大化する。
「【ヴァン・ダイナミック・スラッシュ】!!!!!!」
振り降ろされた光の刃は防御しようとした残った左腕ごとリッパーの身体を縦一文字に斬り裂いた。
「ぐ、ぐぁぁぁああああああああっ!!!……お……おのれ…謀ったなエルぅぅぅうううううううううううっっっ!!!!!」
断末魔の叫びを上げ消滅していくリッパー、それを一瞥すると素早く残ったオートマタを破壊していく。 オートマタには命令する者がいなくなった場合自爆をするようプログラムされている場合も多いが今回のそれはそのタイプではなく数分でガラクタと化す。
だがヴァンダインにとってそんな事どころではないかった、聞き間違えでなければリッパーが最後に発した『エル』という名前……。
「……まさか!?……あいつが……エル・ヴィ・アンノが背後にいるというのかっ!!?」
「あ、あなたはいったい何者です!?」
「俺の名はイナクト、まあ、金さえもらえば何でもやる何でも屋と言ったとこだ」
理御はまだ眠っているセツナを庇うようにポケットから護身用のナイフを取り出した、しかし魔力も宿っていないこのナイフなど幻想の存在相手にはただの鉄の棒のようなものである。
「……くっ!?」
「…………うにゅ……?」
流石に騒ぎに気がつき目を覚ますセツナ、そのセツナが状況を把握し驚く前に何故かイナクトの方が声を上げた。
「む?……き、貴様はセツナ・プトレマイオス!? 何故ここにいるのだっ!!?」
「……ほへ?」
突然の名刺しにまだ寝ぼけまなこのセツナは何?という顔をした、理御も理御でいきなりの事に目を白黒させる。
「き、ききき……貴様がいるという事はまさか……まさか!?」
「…………はい、当然私も一緒におりますよイナクトさん?」
すっかり狼狽するイナクトの首筋にエクシアの短剣が突きつけられた、そしてそのエクシアはセツナに向かい「大丈夫でしたか?」とほほ笑んで見せるがイナクトにはそれが死神の邪悪な笑顔に映っている。
「……あの時……セツナ様のお命を狙って来た時にたっぷりお灸を据えたはずですが、貴方も懲りないですね?」
「ま、まままま待て!? 俺は今回あいつの命を狙いに来たんじゃないっ!?」
ずいぶん前にこのイナクトはセツナの命を狙い一撃の元に返り討ちにあった、その時はセツナの目の前であったためエクシアも止めを刺す事も出来ず結果として見逃す形になったのである。
「……エクシア、その人と知り合いなの?」
「知り合いと言いましょうか何と言いましょうか……まあ、セツナ様がお気になさる程の事ではありません」
セツナの方はイナクトの事は覚えていない様だった、襲いかかって来てすぐにエクシアに倒された相手なので特に印象には残っていないのだろう。 しかしそれはセツナがその程度の事が印象に残らない程に命を狙われているという事であり喜ぶべきではない。
「理御さん、ロープか何か……とにかく彼を縛る物を持ってきていただけますか? 話は後ほどゆっくりと彼から窺いましょう?」
「え?……あ、はい……」
半ば無意識にエクシアの指示を聞く理御の胸中では、結局今回も何もできなかったという想いが渦巻いていた。
「囮のジャック・ザ・リッパーもろともオートマタ部隊は全滅し、理御の抹殺にも失敗……あんな小物を使うからこうなるのだエル・ヴィ・アンノよ」
「……クレルの件を優先されろと言ったのはお前だぞガデラーザ? ニアとメロをそちらに向かわせればそうするしかあるまい?」
応接間の様な部屋のソファーに座ったエルはやれやれと肩をすくめてガデラーザと呼んだ男に応える、ガデラーザは不機嫌な顔でエルを睨みつけたもののそれ以上は何も言わなかった。
「何にしても依頼自体は実行したのだ、これであの方への義理は果たせよう?」
「……本気で理御を殺す気はなかったというわけか……何を考えている?」
しかしエルは「さてな?」と笑うだけだった、ガデラーザもこのエルとはそれなりに付き合いはあるがその心中を計り知れない。 それゆえに油断のならない相手と警戒していた。
「コードネームは『名無しの混沌(ネームレス・カオス)』、真の名は俺も知らない……かつてウィラードと『魔女狩りのライト』の名を競い合ったお前が世界を混沌に導こうとするその『名無しの混沌』に力を貸す、妙なものだな?」
「……もはや人間も幻想存在もどんどん腐敗するだけだ、それを正すには一度すべてをリセットするしかない、そのための我が組織『ブラック・ジャスティス』だ」
悪をチマチマと倒していくだけではもう埒が明かない、人間の文明を破壊し同時に悪しき幻想存在をも抹殺する、当然罪もなく者の犠牲者は多く出るがしそれも大義のためには仕方ないとエルは考えている。
「危険な思想だよ、それは……まあ、それいいとしてクレルの件の方は?」
「居場所は掴んだがそっちも失敗した、護衛についていた傭兵部隊がニアとメロを持ってしても手強かったらしい、リーダーはスローネとかいう女だったそうだ」
ガデラーザもその名は知っていた、その槍使いのスローネを中心にデュナメスやキュリオスと言った実力者ぞろいの傭兵団だ、彼らが相手なら仕方ないと思うしかない。
「分かった、報告は俺がしておくよ……ベルンカステルやラムダデルタが煩いだろうがな……」
面倒そうにそれだけ言ってガデラーザは闇の中へと姿を消した。
「……私と『ブラック・ジャスティス』、『ファントム』とベアトリーチェごときと同じようにいいように出来ると思うなよネームレス・カオス……最後に勝つのは私だ!」
「……へえ? つまりあんたは無様に自滅した上にエターナを見失った……と?」
ウィラードを襲った蒼いツインテールの少女に同じ蒼い髪の少女が冷たい口調で言う。 ツインテールの少女――古戸ヱリカは主であるこの少女――ベルンカステルの命でエターナを監視していたのだ。
「ひ! お、お許しを我が主ぃぃぃいいいいいいいいいいいいっ!!!!?」
必死の形相で赦しを乞うがベルンは冷たい視線を向けるだけであった。 そしてパチンと指を鳴らすとヱリカの背後から女性が現れヱリカの腕を掴む。
「あ、あんたはコーネリア!?」
「謹んで申し上げるヱリカ嬢、拷問など不本意なれどこれも任務であると知り給え★」
「ひぃぃぃいいいいいいいいいっ!!!!? めっちゃさわやかな笑顔で言うなぁぁぁあああああああああああああっっっ!!!!」
「それでは祭具殿へレッツゴー也や〜〜〜〜〜〜★」
コーネリアはジタバタと暴れるヱリカを部屋の外へと引っ張って行く。 その様子をベルンは愉快そうに眺めている。
「結局ここでも私は祭具殿オチなんですのぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!?」
六軒島戦隊 うみねこセブン番外編
幻想刑事 ヴァンダイン
※ヴァンダイン設定
捕獲されたイナクトは最初は口を割ろうと言う気はないようだったがエクシアの『秘義 悶絶くすぐりの刑』を食らい全部を白状した。 その経緯については諸事情により猫箱の中に放り込ませていただきますのでご了承ください。
「……成程、つまり理御さんは未来から来たというわけでしたか」
「……ええ、おそらくこの『世界の時間軸』ではないでしょうが……」
焼き魚を呑みこんでから理御はエクシアに答えた、その横ではウィルが黙々とふりかけ(おかか)のかかったご飯を食べている、昨夜の襲撃からイナクトへの尋問後各々に休息をとりすでに夕方と言える時間だった。
「……エクシア、時間軸って何?」
「そうですねぇ……セツナ様は並行世界という言葉はご存じですか?」
「……えっと……確かいくつもの可能性とか何とかだったっけ?」
エクシアはそんなものですねと頷く。
「つまり理御さんはそのひとつから来たということなのですよセツナ様」
解ったような解らない様な気がするセツナだった。
「……深く考えるな、頭痛がすらァ」
言ってから湯呑の緑茶をズズズと啜るウィル、別に理御が未来から来ようが過去から来ようが自分の相棒には変わりない、そう思えるくらいの時間は過ごしてきた。
「そしてその理御さんを狙ったエル・ヴィ・アンノとは何者なのですかウィルさん?」
ウィルは答えなかった、理御はともかくこのエクシアとセツナという通りすがりの二人に話すべきではないと思うからだ。 二人が信頼出来そうな人物とは思うが、それだけに猶更に任務やエルとの個人的な確執に巻き込みたくないのだった。
「……まあ、無理にお話してとも申せませんが……私としても一戦交えてしまった以上無関係でいたくてもいられないかと」
それを言われるとウィルも困った、確かにエルの一派がこの二人をウィルの仲間と認識していないという保証はない以上報復があるかも知れない。
「……エルは俺の昔の知り合いだ、やたらと正義感が強くてな……それが行き過ぎてS・S・V・Dを去った、その後の行方は不明だったが……」
正義感が強い奴であるから問題など起こす事はないと放っておいたがどうやらそれが甘かったと思わざるを得なかった、行きすぎた正義感が暴走の域まで達したと言う事だろう。
「しかしウィル、私のいた未来ではその様な名前など聞いた事がありません。 少々考えすぎではないですか? もしかしたらそのエル・ヴィ・アンノという者とは別人かも知れませんよ?」
「……それならそれでいいがな」
しかし言葉とは裏腹にウィルの表情からは確信めいたものが見てとれた、何にしてもこの一件を放っておくという選択肢はない、ウィルはすぐにでも調査に乗り出すだろうと理御は思った。
(……しかし、やはり私ではウィルの力になれないんでしょうね……)
その日は午後から急に空が暗くなりだした、じきに一雨降るだろなと事務所の窓から外を見ながら理御は思った。
「……一雨来そうですね?」
事務所を掃除している手を止めずにエクシアが言う、心の内を悟られたようで理御はドキッとなる。
「そうですね……しかし本当に良いのですか?」
「エターナさんが見つかるまでお二人を手伝いというのがセツナ様のご意思ですからね、私はそれに従うまでですよ?」
椅子に座りエクシアの様子を眺めていたセツナもそうだと言う様に頷く、二人は一応滞在しているホテルがあるのだが事態がある程度落ち着くまでこの『ウィラード探偵事務所』に泊りこむ事にしたのだった。 これはウィルが調査の間の理御の護衛役という意味もあった。
「エターナ……ウィルも探していると言っていましたがいったいどんな魔女なのですか?」
「すっ〜〜〜〜〜〜ごく生意気な奴よ! だいたいあたしと同じくらいのなのに何であいつはもう魔女なのよ〜〜〜〜〜〜!!!」
ちなみにセツナはまだまだ『魔女見習い』の身である、彼女はそれが気に入らないらしい。 しかしエターナもまたセツナの胸が(僅かに)自分より大きいのが気に入らないらしく二人はしょっちゅう喧嘩している。
そんな話を聞いた理御は要するに喧嘩友達なんだなと思った、魔女だのなんだの言っても子供は子供という事らしい。 同時にどうしてそんな子供がこの幻想と人間の戦いに関わっているのだろうと疑問に思い訊ねてみた。
「さぁ? まあ、エターナさんは自分の直感に素直と言いますか、思ったままに行動してしまう方ですから……」
「素直にいきあたりばったりでいいのよエクシア! あいつももうちょっと悩むとか考えるとかすればいいのにさ!」
しかしそれでいて物事がいい方向に向かってしまう事が多くセツナしてみるとどうにも面白くない。
「……自分の直感に素直に……ですか……」
うじうじ悩むくらいならそれも良いかも知れないなと理御は思うのだった。
不意にウィルの周囲の景色が灰色に染まり買い物客でにぎわっていた商店街を歩いていた人々の姿が消える、彼は反射的に変身すると身構える。
「……結界……いや、こいつは【SCフィールド】かっ!?」
「そういう事ですわウィラード・H・ライト……いえ、幻想刑事ヴァンダインと呼ぶべきでしょうか?」
「…………ん? お前は……どこかで会ったか?」
特徴的な蒼いツインテールに両手持ちの大鎌を構えた姿は何となく記憶にあるような気がするが思い出せない。
「……って、数日前に会ったでしょうがぁっ!!!!」
「…………数日前だと?……あ、まさかあの時の黒焦げ死体になった奴か!?……生きていたとはな……」
「当然ですわ! あの程度で死んでいてはとても我が主のお仕置きには耐えられません!!…………ううううううううう…言っていて悲しいですぅ……」
よほど酷い目に合っているのか突然泣き出す蒼いツインテッ娘、ウィルはとっととこの場を去りたい気分だがそうもいかないのがこの【SCフェールド】……【シュレディンガー・キャット・フィールド】なのだ。
外界からまったく観測できない空間に閉じ込めるこの魔法はいわば簡易的な『ゲーム盤』であり展開した側は主導権を握る事が出来る、簡単に言うと『自分達の側は存分に力を発揮出来る』という程度のルールを適応させる事が出来るのだ。
そして展開者を倒すかフィールド外へ徹底させなければ解除される事はない、しかし逆に言えば外部への干渉も出来ないので無関係な人間達を巻き込む事も絶対にない。
「……さしずめ今はまだ事を荒立てて目立つのは避けたいってとこか……で、俺に何の用だ?」
「……うううう…そ、そですわ! 私は主の命であなたを抹殺しに来たんでしたわっ!?」
「……そいつは穏やかな話じゃねえな?」
「このゲーム、『人間側の駒』はあの『うみねこセブン』だけで十分だと我が主はおっしゃっていますわ、この『カケラ』の『グレーテル』が予想外のパワーアップを遂げた以上危険な因子は排除するに越したことはない……とですわ?」
「お前の主とは誰だ? エルか?」
すると蒼いツインテッ娘はふふんと鼻で笑った。
「はぁ? あんな奴と『奇跡の魔女』と呼ばれる我が主を一緒にしないで頂きたたいですわねぇ!!」
「ベルンカステルかっ!!?」
「……へ?…………ぎゃぁぁぁあああああああああっしまったぁぁぁああああああああああああああああっっっ!!!?」
頭を抱えて絶叫するツインテッ娘。 もちろんウィルは誘導尋問などしたつもりではない。
「くっ……こうなったら確実に抹殺するだけですわ! クレルと接触されても面倒ですしね……」
「何!? あのクレル・ヴォーブ・ベルナルドゥスがこっちへ来ているのかっ!!?」
「そうですわ、エルの部下に追撃されて…………ぎゃぁぁあああああっまたしてもぉぉぉおおおおおおおおおおっっっ!!!!!?」
「何? やはりエルも動いていたかっ!?」
繰り返すがウィルは誘導尋問はしていない、しかし何故か機密情報が流出しまくりであった。 守秘義務というものがあるのが探偵ではあるが、しかし『真実』を語らずにいられないというのもミステリーの探偵の本能なのかも知れない。
ちなみに現在ツインテッ娘の頭の中でははピンポ〜ンピンポ〜ン♪と祭具殿フラグ音が鳴り響いていた。
「……あの〜〜〜今言った事は全部忘れて頂けないでしょうか?」
「……いや、『知らない』事には出来んだろ?」
「あぅ……そうですよねぇ…………ならばっ!!!!」
ツインテッ娘の目が怪しく光ったと思った次に瞬間に彼女は鎌を振り上げ駆けだす。
「ならここは死人に口なしですわっ! おとなしく死んで下さいウィっルっさぁぁぁああああああああああああああんっっっ!!!!!」
最初から俺を殺りに来たんだろうと心の中で突っ込みながら【レーザーブレード】を構える余裕があるのは二人の距離が十分に空いていたからだった、動揺のあまりツインテッ娘は完全に間合いを間違えていた。
それ以前に地の文で『ウィル』表記だったのですでに変身済みだったのすら失念していた、そう今回はうみねこ本編EP4並みのネタバトルへと突入していたのである。
「……土は土に……以下略! 必殺……」
「……って、ちょ……いきなり必殺技!? それは反則って言うか、お約束無視って言うか……て言うか何ですかこの役目は果たせたからさっさと終わらせようって言う様な噛ませ犬的なこの扱い!?」
「【ヴァン・ダイナミック・スラッシュ】!!!!!!!!」
余談だがこの数時間後の祭具殿に蒼いツインテッ娘こと古戸ヱリカの悲鳴が響き渡ったと言う……。
六軒島にある右代宮の屋敷の書斎で金蔵は考えに耽っていた、そこへ扉をノックする音が聞こえる。
「……入れ」
「……はい」
ガチャリと鍵を開ける音の後に入って来たのは源次だった。
「……お館様、例の件ですがおそらく間違いないかと……」
「……そうか」
金蔵は予想はしていたと言う顔でそれだけ答えた。
うみねこホワイト――紗音という少女を見た時にどこかで見たように感じた、それは気のせいとも思えるおぼろげなものであったが福音の家出身と聞いた時にそれは確信めいたものに変わる、だから源次に調べさせていたのだ。
「……儂の決断があともう少し早ければあの少女は儂の孫になっていたわけか……その少女がうみねこホワイトとして孫達の仲間となるとは因果なものよ……」
子供に恵まれなかった蔵臼と夏妃に養子を取らせるべきか否か金蔵にしては珍しく長い時間迷ったものだった、それは夏妃の心情を慮っての事である。
そして金蔵が決断し手配をした矢先に夏妃が朱志香を妊娠し結果として養子の件は白紙となったわけだがその過程で金蔵はその赤子に何度か会っていた、名前もすでに決めていたのである。
「……そうか、あの紗音という少女が『理御』であったのか……」
六軒島戦隊 うみねこセブン番外編
幻想刑事 ヴァンダイン
※ヴァンダイン設定
「……クレル・ヴォーブ・ベルナルドゥス……?」
口に入れた鯖の味噌煮を呑みこんでから理御はウィルに聞き返した、ウィルはみそ汁のお椀を持とうとした手を止めて答える。
「……平たく言うと穏健派の中心人物って奴だな、ファントムみたく力ずくで事を勧めるのではなく時間を掛けてでも平和的にいこうという連中だ」
「……戦いになればもちろん幻想の側にも多くの犠牲者は出ます、それを望まぬ者達も決して少なくはないですからね」
今はセツナのメイドであるエクシアも昔は多くの戦場を駆けていた戦士だった、敵味方問わず多くの死をその瞳で見つめてきた。
「……お祖父様やお父様はどう考えてるのかなエクシア?」
セツナの実家であるプトレマイオス家はいわば武器商人と言うべき家系であるが、それは自らの利益を求めるためでなく信念を持ち戦いに赴く者の力となるというものである。 そのため彼らの手により練成される武器はオーダーメイドの最高水準の品であり、また武器の創り手の認めぬ相手に武器を供給する事はしない。
それゆえにファントムと人間の戦いにおいても、いや幻想界における戦いすべてに中立の立場をとっていた。
「……申し訳ありません、私にはオーガン様達のお考えまでは……しかしあのお方はプトレマイオス家の理念と信念を良くご理解しておられる方ですからおそらくは今回も中立を貫くのではないかと……」
「オーガン・プトレマイオス、現プトレマイオス家当主か……噂通りの爺さんならそう軽はずみな事はしねえだろうな」
エクシアとウィルのそう言われてセツナはほっと胸を撫で下ろした。
「……ま、とにかくそのクレルって嬢ちゃんをエルが狙ってるってわけだ。 あいつの目的は不明だがおそらくロクな事じゃねえだろうな」
「ではウィルはそのクレルという人の保護に動くと?」
「……ああ、今の幻想界がクレルを失うというのはどう考えてもまずいからな。 下手すりゃ全面戦争だ」
全面戦争という言葉に全員が食事の手を止めて息をのむ。
「……しかしウィル、何か手掛かりはあるのですか?」
「それはこれからだな理御、頼りになる情報屋がいる」
その日の夜、ウィル達四人はある場所へと赴いた。
「……『万里のピラミッド』……ですか?」
看板に書かれた名前を理御は怪訝な顔で読み上げた、ウィルは情報屋と言っていたがここはどう見ても普通のラーメン屋だった。
「情報屋というものは大抵こうやって表向きの職業を持つのですよ理御さん」
「へぇ〜……そうなんだぁ……」
エクシアがそう説明するとセツナは素直に納得する、理御もそんなものなのかな?と思った。
「……邪魔するぜ!」
そんな事をしている間にウィルは引き戸を開け中に入る、理御も慌ててそれを追いかけた。
「我が『万里のピラミッド』へようこそっ! 私はこの店の主のファ・ラ王! 人は私の事を中華の達人ツタンラーメンと呼ぶっ!!」
「「……………………はい?」」
ウィル達を出迎えた店主の姿に理御とセツナは目が点になる、中国の拳法家が着ているような服にエジプトのピラミッドで発掘された様な黄金マスクという何ともアンバランスな格好だ。
それ以前に幻想の存在がこうして堂々と人間界でラーメン屋を営業している事自体が驚きである。
「相変わらず中華なのかエジプトなのか良く分からん奴だ……」
「確かに少々奇抜な格好ですねぇ……」
顔見知りであるはずのウィルも少々呆れた顔になるがエクシアだけがほんわかな笑顔でファ・ラ王を見つめている、戦闘中こそ時に鬼神のごとき形相にもなるが普段は優しい笑顔を絶やさぬメイドさんなのが彼女なのだ。
「……まあいい、今日は情報屋のお前に用があって来たファ・ラ王。 クレル・ヴォーブ・ベルナルドゥスかエル・ヴィ・アンノに関する情報があったら教えてくれ」
「……む?」
ウィルが早速用件を切り出すとファ・ラ王は残念そうに唸る、どうやらラーメン屋というのも単なるカムフラージュではなくそれなりに本気でやっている様だ。
「……ふむ? クレルがエルの部下に襲撃されたのは知っているか?」
「ああ、そうらしいな?」
「その後のクレルの行方は不明だが……数日前からエルの部下らしき者が御津山(おつさん)辺りで何かを探しているという話だ」
「「……おっさん?」」
セツナと理御はその妙なネーミングについ顔を見合わせてしまった。
「……御津山か……割と近いな?」
ウィルはどうしたものかと顎に手を当てて思案する、人里離れた山では反魔法の毒素も弱くクレルのような魔女が隠れるにはうってつけだった。 他に手掛かりがないならクレルを保護するために御津山へ行くのは確定だが問題はエルの部下がいるなら十中八九戦闘になるだろうと言う事だ。
相手の戦力が不明な以上確実を期すためエクシアには同行してもらいたいが前回の襲撃も考えると
セツナと理御を残しても行けない。
「……それにしてもエクシアさん達やここのファ・ラ王さんといい幻想の存在達が当然のように人間社会にいる……何と言うか……」
「そうでもないぞ若者よ、ここだけの話し世界人口の約0.1%は実は我らのような幻想の者だ!」
「…………え!?」
ファ・ラ王の意外な言葉に驚き眼を見開く理御。
「そうですよ理御さん、ほら……あの『デーモン大暮閣下』さんだってそうなんですよ?」
「……あのテレビとかで見る、自称悪魔のっ!?」
エクシアの説明によりとファントム侵攻以前から普通人間社会で生活している幻想存在はいるらしい、もっとも別に侵略のための尖兵とかではなく単に趣味や諸事情で人間界にいついているだけとの事だ。
「あたしも人間界には修行に来てずいぶん経つし……結構いろんな人とも会ってるわよ理御」
セツナにとっても人間界にいる事はごく普通の事だし同胞のみならず普通の人間とも交流してきている、彼女にとって幻想存在だの人間だのという括りはあまり関係ない。
「うむ、私も父が中国在住のラーメン屋で母がエジプト在住の情報屋だったのだよ、故に私はこうしてラーメン屋を営業しつつ副業で情報屋をしているというわけだ」
「「……ラーメン屋の方が本業っ!!!!?」」
またしても驚かされる理御とセツナ。
それにしても理御は思う、かつてうみねこホワイトとして戦っていた頃は幻想存在とは邪悪な人間の敵でしかなかったがウィルと出会い過ごすうちに彼の様な例外もあるんだと思うようになった。 だがそれも少し違っていたようだ、セツナやエクシアさらにはこファ・ラ王を見ていると幻想の者達も人間と同じ心をもった存在なのかこ知れない。
「あ〜〜〜〜〜っ!!!! あんたはっっっ!!!!!!」
突然店内に響いた声に一同が声のした方を向くとそこには席に座り味噌ラーメンを啜る蒼いツインテールの少女がいた。
「「この店にお客さん来るんだ!!?」」
「……驚くのそこっ!?」
「……むぅ……失礼な、三日に一人くらいは来るぞ?」
またしてもセツナと理御の声がハモり店主のファ・ラ王はジト目で抗議した、ウィルは蒼いツインテールの少女をしばらく見つめながら何やら考えていたがやがて口を開いた。
「……ん? お前……どこかで会ったか?」
「すでに二回も会っていますわっ!!……て言うか前回もそれ言いましたわぁぁぁあああああああああああああああああっっっ!!!!!!」
ほとんど泣きそうな勢いの絶叫にウィルはようやく思い出した、電線で黒焦げになったり【ヴァン・ダイナミックスラッシュ】を食らっても何故か復活して来た変態少女だ。
「……ウィルの知り合いですか?」
「……いや、縁もゆかりもない通りすがりも変態だ理御」
「変態言うなっ!!……と、とにかく偶然夕食に立ち寄ったラーメン屋であなたと出会うとはこれぞ宿命、今度こそあなたを倒せと言う神の思し召しですわっ!!!!!」
ヱリカは素早く【シュレディンガーキャットフィールド】を展開すると武器である【偽りを狩る鎌】を召喚し戦闘態勢をとる、だが彼女は気が付いていなかった……。
このSSはすでに特撮番組で言えば二十三分くらいまで経過していた事をっ!!!
ウィルと彼と同等以上の戦闘力をもつエクシアの二人の前にヱリカは約十秒で敗退したのであった……。
「ちょっ!……戦闘描写すらなしなんですのぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!?」
続く
幻想刑事 ヴァンダイン
間もなく日も暮れようという時刻の公園で数人の女の子が遊んでいた、そこへ現われたのは狼の様な頭をした怪しげな四人組。
「ぐふふふふふふふ……お嬢ちゃん達、そんな事してないでおじさんといいことして遊ばないかい?」
女の子達は恐怖に顔をひきつらせると慌てて逃げようとするがすでに背後に二人が回り込まれていた。 助けてと悲鳴を上げるが何故か誰も来ない。
「無駄だよぉ? それにどの道人間程度がこのコアック様に勝てるはずもないしなぁっ!!!」
「ほう? なら人間でなければ勝てるのだな?」
突然背後から聞こえた男の声にコアックが振り向くとそこには金属質の銀色のスーツに身を固めた人物がいた。
「き、貴様は!?」
「……コアック・トーヨにその手下三人か、ファントムの侵攻のどさくさで暴れているチンピラ程度に名乗っても仕方ねえよ」
面倒そうなその言い方がコアック・トーヨの癇に障った。
「てめえ……おい! やっちまいなっ!!!」
「はい兄貴! てめえ、このイッチーの拳を受けてみろっ!!」
「この二ーノの蹴りもなっ!!」
「このサーンも忘れんじゃねえぞ!!」
コアックの命令で手下のイッチ−、二ーノ、サーンが男に跳びかかる。 しかし男は慌てることなく拳を構えると反撃に出る、そして数秒後には三人の手下は地面に倒れのびていた。
「な……馬鹿な……」
「後はお前だけだな?」
「……くっ!?……てめえはいったい何者なんだよっ!!?」
噂に聞くうみねこセブンでもないかとも思ったが連中の中に銀色はいないはずである、何とか逃げ出そうと慎重にタイミングを計るコアック。
「……まあいい、教えてやる……だがその前にひとつ言っておく……」
「……?」
「人間界でも幻想界でも幼女誘拐は立派な犯罪だっ!!!! そして俺の名は……」
叫びながら男は地を蹴って跳び出す。
「幻想刑事ヴァンダインだっ!!!!!」
雑居ビルの中の一室に『ウィラード探偵事務所』はある、最近営業を始めた小さな私立探偵事務所だったが腕はいいと評判である。
「……まったく面倒なもんだ、頭痛がすらぁ……」
「事務仕事がですかウィル?」
「……それもだが、ファントムのどさくさで暴れてる連中だ」
助手の理御に返す声もどこか面倒そうなウィルことウィラード・H・ライトである。 そういった連中は彼の任務には直接関係ないので無視もできなくはないがそれが出来ない性格なのがウィルだった。
「……で、そっちはどうだ?」
「ええ、うみねこセブンに先ごろ加わったブルーという戦士が『連中』らしき者と遭遇した可能性ありですね」
「例のグレーテルって奴か? 確かにあいつの周りには奇妙な連中もいたな……?」
「ええ、かつて『マジョッカー』を壊滅させた仮面ランナー・ゴートに時間泥棒の魔女エターナです」
理御は戦闘は出来ないがその情報収集と分析能力は一流だった、奥様方の井戸端会議から果てはハッキングの技術を駆使してあらゆる情報を集める事ができる理御だが、それを悪用しようという発想はない。
「セブンでもファントムでもないイレギュラーか……そうなれば『連中』が目を付けてないはずもないか?」
一度接触してみても良いかもしれないとウィルは思った。
「……ファントムの背後にいる正体不明の存在でしたねウィル、それを調査し場合によっては排除するのが貴方の任務……」
「ああ、幻想界にだってルールはあるからな……それを破る無粋な連中を捨て置くわけにもいかない」
それでも今回はその相手がやっかいすぎだった、下手をすると元老院の魔女もかんでいる可能性もありウィルの所属する組織もおおっぴらに動けないのでウィルがこうして人間界に潜み調査を行っている。
「私としても人間が滅ぶ未来というのは嫌ですからね」
そう言いながら理御はウィルに一枚の写真を渡す、そこには毛並みの良い一匹のペルシャ猫が映っていた。
「……こいつは?」
「まずは『表の仕事』を片付けちゃってくださいね?」
理御はにっこり笑いながら言うのだった。
辺りはすっかり暗くなっていた、迷子の猫探しというのも楽な仕事ではないとつくづく思うウィルである。 しかし手を抜くと理御に尻をおもいきり抓られるので手を抜くに抜くけないのである。
「……ったく、育ちのいい猫だろこいつは? いったいどこにいやがるんだか……」
悪態を吐きながらも今日はそろそろ引き上げ時かと思い始めた、『表の仕事』も大事だが本業を疎かにするわけにもいかない。 そう考えたウィルの横をタッタッタっと一人の少女が走り抜けた、少女の方はウィルを特に気にとめた様子はないがウィルにとっては思いがけない遭遇だ。
「……迷子の猫を探していたら気まぐれ仔猫ちゃんと出くわすとはな……」
呟き少女の後を追いかけようとした時背後に殺気を感じた、本能的に振り向き殺気の主を探すと電柱の上に立つ蒼いツインテールの少女がいた。
「エターナを監視していたら思わぬ獲物が跳びこんできましたわね?」
「……ファントム?……いや『連中』か!?」
「さぁ?」
言いながら少女は巨大な鎌を出現させる、月明かりに照らされて不気味の光るその刀身はいかなるもの切断出来そうに見える。
「……貴方が何者か知りませんが只者ではなさそうですしね、この【偽りを狩る鎌】で……ほへ?」
その時不意に突風が吹いた、ウィルにとっては何でもなかったが足場の狭い電柱の上でバランスの悪い鎌を持った少女にとってはそうでもなかった。 よろめきそして落下しそうになるのをかろうじてこらえるがその拍子に鎌の刀身が電線に触れてしまう。
「……へ?……ぎょえぇぇぇえええええええええええええええええええええっっっ!!!!?」
少女はバシバシと激しくスパークしウィルには体内の骨格すら見えた気がする、やがて黒炭と化した後にブスブスと煙を上げながら地面に落下した。
その光景を唖然と見つめていたウィルだったがやがてはっとなり振り返った時にはエターナの姿も気配も消えていた、やれやれという風に溜息を吐く。
「……どこの誰か知らねえがとんだ邪魔をしてくれたもんだぜ」
せっかく目的の一人と接触出来るチャンスだったのだがこうなっては仕方なかった、ウィルは人がやって来て騒ぎになる前に撤退する事にしたのだった。
近くのコンビニに夜食を買いに外出した理御はその帰りに不審な人物と遭遇した、長身だがやせ型のその男は理御の姿を見るなりその両腕のひじから下を刃物の様な形状へと変えた。
「……なっ!!?」
男と理御の相対距離は約十メートルあったが男は理御が驚く間に一気に距離を詰めた、そして躊躇なくその刃が振り降ろされた。 しかし次に瞬間響いたのは金属同士がぶつかり合うようなガキンという音だった。
「……ああ……?」
「……むっ!?」
「丸腰の相手に剣を向けるというのはあまり関心できませんね?」
いつの間にか男と理御の間にメイド服姿の女性が割って入り両手に持った短剣で男の刃を受け止めていたのだった、メイドさんが蹴りを繰り出すと男はバックステップでそれをかわす。
「……大丈夫?」
茫然とする理御に駆けよって来たのは十歳くらいの金髪の女の子だった、理御は混乱した頭ながらも「ええ……」と頷く。
「貴方はどう見ても人間ではないようですが……大人しく引き下がれば見逃しますよ?」
「そう言うお前も人間じゃないな? 悪魔……か、何故人間を庇う?」
「……我が主に殺人の光景など見せるわけにはいきません! それに私も意味のない殺生など許すわけにはいかないのですよ!」
メイドの言葉に男は一瞬きょとんとした後笑いだす。
「ふふふはははははっ! 意味ならあるさ、俺が楽しい! 人間を斬り殺す時の感覚……最高に愉快じゃねえかぁっ!?」
「……外道がっ!……セツナ様!」
「うん、構わないからやっつけちゃってエクシアっ!!」
主の命を受けメイド――エクシアは男へ向かって突撃する、それは理御の目では瞬間移動にも見えるスピードだったにも関わらずそれを受け止める男。 エクシアはさらに連撃に出るがそれらもすべて防がれる。
「……手強いっ!?」
「……てめえもやるもんだ! このジャック・ザ・リッパーとやりあえるとはなっ!!」
「な……ジャック・ザ・リッパ―!?」
その名はかつてイギリスで起こった連続殺人の犯人とされる人物の名であるのはエクシアも知っていた、当時その犯人は捕まらずじまいだったと聞くが、なるほど人外の悪魔であれば人間に逮捕するのは無理だっただろう。
「そんな危険人物であれば尚更放置はできませんね!」
「何っ!?」
その瞬間からエクシアの動きが早くなり打ち込みの威力も強くなったことに驚くジャック。 これは彼のする由もない事だがエクシアは主であるセツナの前では敵の命を奪う事をしないと誓っていた、そのため実力を知らない相手にいきなり全力で挑むというのはまずしないのである。
(……ちっ、本気になったってわけか……あいつと……ヴァンダインの野郎とやり合う前にケガをするってのは面白くないな……)
ジャックは力任せにエクシアを弾くと後ろへ跳び間合いを開けた、そして上着のポケットから小さな人形を二体取りだすと放り投げる、そしてそれは一瞬の内に人間大まで大きくなる。
「これはオートマタ!?」
エクシアが驚いたのは一瞬の事で瞬時に二体のオートマタの胴体を切断し破壊した、だがその僅かな間にジャック・ザ・リッパ―の姿は闇の中に消えていたのだった。
「何!? ジャック・ザ・リッパ―だと!?」
事務所に戻ってみれば何故かメイドがいた事にも驚いたが理御が襲われたという話とその相手の何はさらに驚くウィルであった。
「ええ、確かにそう名乗っていました。 あ、そういえばまだ自己紹介をしていませんでしたね?……こちらはセツナ・プトレマイオス様、そして私はそのメイドでエクシアと申します」
先程とは打って変わってエクシアの表情も口調はおっとりとしたものである。
「プトレマイオスだと? あの武器を練成する魔法で有名な一族のか?」
「そうよ、もっともあたしはまだ魔女見習いだけどね」
少し悔しそうな顔でセツナは言う、気が強そうな顔立ちをしている見た目通りというか負けず嫌いなのだろうなとウィルは感じた。 そしてエクシアという名前にも聞きおぼえがある
「……【七剣(セブンスソード)のエクシア】か……」
「知っているのですかウィル?」
「ん?……ああ、魔界じゃ結構名の知れた悪魔でな、常に剣を七本持つことから【七剣(セブンスソード)】の異名を持つんだ理御」
メイド兼護衛という事なのだろうかと理御は思った、しかしセツナもだがエクシアは人間と姿は変わらず、しかもどこかほわんとした雰囲気で悪魔と言われてもピンとこなかった。 そしてどうしてそんな二人がこんな所にいるのだろうという疑問が湧いて来たのでそれを訊ねる。
「決ってるわ、エターナを探しに来たのよ! あいつったらいつまでたっても帰ってこないんだものっ!!」
「セツナ様はエターナさんが妙な事件に巻き込まれているようだと聞いてたいそうご心配をされて……」
「ち、違うわよエクシア! あいつはあたしがギャフンと言わせてあげなきゃいけないのよっ!!」
むきになって反論するセツナにエクシアは「うふふふふ」と優しく笑う、それを見ていると主従関係と言うより仲の良い姉妹だなとウィルと理御は思った。
「……とにかく理御を助けてくれたことには礼を言わせてくれ、ありがとう」
「いえいえ、当然の事をしたまでですよ」
「……ねえエクシア、あのジャック・ザ・リッパ―って……まだ……?」
「はい、放っておけばまた誰かを襲い、そして殺すでしょうね」
『殺す』という言葉にセツナは怯えた表情になる、そして恐る恐るという様子で訊ねた。
「……エクシアなら……その……あいつを捕まえられる……?」
顔も知らない人達であっても殺人鬼に襲われ命を奪われるというのは嫌だが、それでエクシアが危険な目に合うというのも嫌なのがセツナだった。 エクシアの強さは十分承知してはいるがそれでもである。
「大丈夫ですよ? 私にお任せ下さい」
「……いや、あいつを倒すのは俺の役目だな……あんた達に迷惑はかけれねえ」
ウィルは険しい目つきでそう言った、有無を言わさない、そんな迫力があったがそれでもエクシアはおっとりとした顔を崩さすに言ったのだった。
「いえいえ、お気になさらず。 私としてもセツナ様の滞在なさる町であんな危険な悪魔を放置するわけにもいきませんしね?」
「……ヴァンダイン……ですか?」
「はい、ボコボコにされたコアック・トーヨとその仲間を捕獲した際に問い詰めたらそいつにやられたと……」
ここのところワルギリアの頭痛の種が尽きない、この前のヘンゼルの件もそうだしファントム侵攻のドサクサで暴れている小悪党達も放置して置けない。 しかも七杭姉妹達が全滅してからはファントムには任せておけないと言う声も聞こえるのであるからやっかいだ。
「……セブンと関係があるのかないのか……コアック達は幻想界へ強制送還としてヴァンダインとやらの方は如何いたしますかマダム?」
ロノウェの問いに答えるのにワルギリアは五分はかかった。
「ひとまず放置して置くしかないでしょう、ルシファー達もいなくなりファントムにはもうそっちにまで割ける戦力の余裕はありません」
ワルギリアの表情を見ればそれが苦渋の選択だとは分かる、ロノウェもそれが今は最善手だとは思えた。
自室の窓から星空を見上げているのは理御だ、彼女はふとここへ来る前の事を思い出していた。
元いた世界では理御はうみねこホワイトとしてファントムと戦い、そして戦人達と力を合わせて彼らを打倒したがそれでめでたしめでたしとはいかなかった。
ファントム打倒のため開発された魔法と科学の融合技術はくだらない野心家を増産するのに十分すぎた、やがて世界は第三次世界大戦へと発展するのである、その結果を理御は知らない、何故なら彼女は戦争が回避不可能となった時点で金蔵により試作品が組み上がったばかりの【カステル・トランスポート・システム】でこの過去世界へやって来たからだ。
しかしそのためには理御の【コア】をシステムの動力として組み込む必要があったためもう理御はホワイトへ変身することは出来ない。
「……この世界のお祖父様はファントムと戦う技術を外へは出していない……つまりここは私のいた世界とは違う『並行世界』という事……」
もっとも『親殺しのタイムパラドックス』を考えれば当然と言えた。
例えば理御が生まれる前の時代の両親を理御が殺せば理御は生まれない事になり『両親を殺す理御』はそもそも存在しないことになるという矛盾である。
だから理御がここに存在する事自体がここが『並行世界』である事の証である、極端な話では理御がここで結婚し家族を、子供を作ったとしてもまったくもって問題はないのである。
「……はぁ」
この思考自体もう何度も繰り返したものだ、『元の世界の未来』を変えられないかと何度考えても結局この結論に行きついてしまう。 過去や未来を変えるなどと人間にはおこがましい事なのかも知れない。
「……しかしもっとも不思議なのはこの世界には『右代宮理御』は存在しない……代わりに紗音という少女がホワイトをしている、どういうことなのだろう?」
エクシアとセツナは今夜はウィルの家に泊って行く事になり空き部屋にお客用の布団を敷いて眠っていたが日付も変わってしばらくという頃エクシアが起き上がりセツナを起さぬようそっと、しかし素早くメイド服に着替えると部屋を出て事務所を出て、そして雑居ビルの外へと出た。
「……あんたも気がついたのか?」
「ええ、これだけの殺気を放たれれば嫌でも……」
先に来ていたウィルにそう言うとエクシアは正面にいるジャック・ザ・リッパーを見据える。
「仕返しにしてはいささか早すぎる気も致しますが?」
「仕返しっちゃあ仕返しだが別にてめえじゃねえ、俺の目的はその男……ヴァンダインだ!」
「……だろうな」
ウィルは苦笑した。 かつてイギリスでジャック・ザ・リッパーが事件を起こした時にウィルは彼と戦い深手を負わせたものの取り逃がしていた、その恨みを晴らそうというのは分かる話である。
しかしウィルの正体や現在の居場所を知っている上にオートマタまで使ったという話は不可解だった。
「……まあ、いいだろう。 俺も今度こそお前を倒すぜ?」
「ふふふふ……そう簡単にはいかないぜ?」
ジャック・ザ・リッパーが笑いながらパチンと指を鳴らすと暗闇の中からガシャガシャと金属的な足音が聞こえそしてオートマタの一団が姿を現した、その数はおよそ五十体。
「オートマタとはな……だがっ!」
ウィルは右腕を掲げると叫ぶ。
「メタル・アーマー装着っ!」
ウィルの身体が発光し、そしてグリーンのワイヤーフレームが銀色のスーツを形成した。 そして変身が完了すると腰にあった筒状の物を外すと剣の様に構えた。 するとその先端から光のブレードが形成された、【レーザー・ブレード】だ。
「幻想刑事ヴァンダインっ!!!! いくぞジャック・ザ・リッパぁぁぁああああああああああああああっっっ!!!!!」
六軒島戦隊 うみねこセブン番外編
幻想刑事 ヴァンダイン
※ヴァンダイン設定
【レーザーブレード】を構えるウィルことヴァンダインの前にエクシアがすっと進み出た。
「……ウィ……ヴァンダインさん、オートマタは私に任せて貴方はジャック・ザ・リッパーを倒してください」
「お、おいおい……オートマタは五十体はいるんだぞ?」
ヴァンダインは驚く、オートマタの戦闘力はそれ程高くはないがそれはヴァンダインなど一流の戦士クラスと比較しての話であるし、黒山羊部隊同様物量戦であれば侮れない相手なのだ。
「ご心配なく、こう見えても一対多数の戦闘の経験は十分にありますからね?」
料理は得意なんですよとでも言う様な笑顔で言うエクシアにヴァンダインは唖然となった、しかし噂に聞く【七剣(セブンスソード)】ならそれも自信過剰という事もないのかもしれない。
「……分かった、そっちは頼むぜ?」
「お任せを……さあ、参りますよオートマタの皆さん!」
エクシアは両手に短剣を携えて躊躇なく跳びこんでいく、そして迫りくるオートマタを踊るような動きで屠っていく様子に大したもんだと思いつつジャック・ザ・リッパーを見据えるヴァンダイン。
「ならこっちもいくぜ!…………?」
「おうさ! こいよヴァンダイン…………って、どうした?」
「いや気のせいか?……妙に殺気の籠った視線みたなものを感じた気がしたが……?」
「何だそりゃ?」
「……まあいい、行くぜっ!!」
ヴァンダインは一気に間合いを詰めると【レーザーブレード】を振り降ろすがリッパーもそれをブレード化させた腕で受け止めてみせる、続けて二回、三回と斬り結びあう。
「イギリスで猟奇殺人を起こしたお前がこの日本で何をする気だ!? 俺への復讐だけではないだろうっ!!?」
「殺人鬼が殺人以外の何をするってんだっ!! だいたい人間なんてこの地球をパンクさせようってくらいうじゃうじゃいるじゃねえか、その中の一握りくらい狩ったってどうってこたねえよ!!」
「冗談じゃねえ!!」
「ああ、本気だぜ!」
リッパーのブレードがヴァンダインのアーマーを何度か掠める、左右の腕の肘から下ががブレード化しいる分手持ちよりやや間合いは短いがその分より自在な動きを見せた。 猟奇殺人鬼とはいっても自らの鍛練をジャック・ザ・リッパーは怠ってはいない。
「だいたい人間だって娯楽のために動物を狩るじゃねえか! なら俺達幻想存在が人間を狩ったところで問題はねえっ!!」
「……!?……だがすべての人間が楽しむために命を奪うわけではないはずだ!!」
僅かに動きが鈍るがヴァンダインもこれまで人間のいい所も悪い所も見てきた男だ、すぐさま迷いを振り払い戦闘に集中する。 リッパーの一撃を回避しつつ【レーザーブレード】をリッパーの胸めがけて突き出したが咄嗟のバックステップでかわされてしまい彼の服に僅かに穴を開け血をにじませた程度だった。
(……やはり以前よりも動きが良くなっているな……?)
次に仕掛けるタイミングを計りつつそう感じるヴァンダインだった。
理御はぞくっとする様な感覚に襲われ目を覚ました、それが近くで戦闘が行われているのを感じていると理解できるのは理御も元は戦士だったからだ。 そしてその戦闘をしているのがウィルだという事に疑問を持つ必要はない。
「……エクシアさんとセツナちゃんは……?」
パジャマのままで二人の部屋に向かいそっと扉を開くとセツナだけがすやすやと眠っていた、つまりエクシアも戦闘に参加しているという事だろう。
「……私にも【コア】があれば……」
その事を悔しい思いと同時にエクシアに対し嫉妬にも近い感情がこみ上げてくる、そして今日初めて会い命を助けられた相手をそう思うという事に驚く理御だった。
しかしすぐにそれらを振り払いウィルの相棒として相応しい行動をするべきだと判断する、ウィル達が負けるとは思わないが不測の事態の時にセツナを守るのが自分の役目だと。
「くっくっくっくっくっくっ!!」
「!!?」
不気味な笑いが響いたのはその時だった。
五十対一という戦力比であってもエクシアは怯む事はない、両手の短剣は無銘の物であっても彼女の腕をもってすればオートマタ程度は十分斬り裂ける代物である。
「!?」
一体のオートマタが味方を踏み台にし高く跳ぶとエクシアの頭上から襲いかかろうとした、それを右手の躊躇なく短剣を投げ頭部を貫く事で迎撃する。 さらに別の一体にも突き刺した後に剣を離し跳ぶのは背後からの攻撃を察知したからだった、だからエクシアは武器を失い丸腰になってしまう。
「……残り三十体程ですか……」
チャンスと見たオートマタが一気にたたみかけようというのにエクシアは冷静に敵の残数を確認した、次の瞬間数体のオートマタが一斉に襲い掛かったがそれらは瞬時に斬り裂かれる。
「……相手に武器がないと油断されない方が良いですよ?」
にっこりと笑うエクシアの手には新たに出現させた三本目、四本目の短剣が握られていた。
剣を七本持ちそれを駆使して戦う、それゆえの【七剣(セブンスソード)のエクシア】なのだ。
「…………!!!?」
不意にオートマタを斬ろうとした手を止めてエクシアは身を振るがすと元来た道を駆けだす。
「申し訳ありませんがここはお願いします!」
「……はっ!? おいっ!」
突然の事に何が何だか分からずヴァンダインは困惑した、しかしリッパーはその間にも攻撃を仕掛けてくる。
「どうした! 仲間に見捨てられたかヴァンダインっ!?」
「……ちっ!?」
オートマタの残りはあと二十数体はいる、目の前にリッパーを置いてとなるとヴァンダインでもやっかいな数だった。 リッパーの斬撃を回避しつつ背後からのオートマタを一体斬るがそこへ再びリッパーの攻撃がくる。
「……ぐっ!?」
【レーザーブレード】で受け止めは出来たがさらに後ろと両サイドから迫るオートマタに対処するすべがなかった、対処すればリッパーの餌食となる。
だからヴァンダインはオートマタは無視した。
「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
「く、くっ……」
リッパーと密着状態になったヴァンダインにオートマタは攻撃してこない、オートマタはジャック・ザ・リッパーには攻撃しないようプログラムされているので彼を傷つける可能性のある状態での攻撃は出来ないのだ。
「やっぱりな! 所詮はお人形さんってことだ!」
「ぐぐぐぐ……だがあの逃げた女はいいのか!? お前を裏切ったのかも知れんぞ!?」
「それはない、その気があるなら最初からこの戦いに参加はしない!」
エクシアがわざわざ出てきた最大の理由は主であるセツナに危険が及ばないため、その戦いを半ばで放棄するとなるとその理由はセツナに迫る危機を感知したに違いなかった。
「つまりお前は囮って事だな!」
「何!?……な、何の事だ!?」
リッパーが僅かに動揺を見せる、それで十分だった。 リッパーは何者かにヴァンダインへの復讐心を利用され日本にやって来たのだ、オートマタもその背後にいる者からの提供だろう。
「ひとつ教えてやるジャック・ザ・リッパー! 確かに世界は他者の命を奪う事で成り立っている、しかしそれは命を粗末に扱って良いって事じゃないんだよっ!!!!」
【レーザーブレード】がリッパーの右腕を切断した、苦痛に叫び声を上げながら後退しようとする彼にヴァンダインはトドメの一撃を放つ。
「土は土に! そして幻は幻へ還れジャック・ザ・リッパぁぁぁああああああああああああああああっっっ!!!!」
ヴァンダインは【レーザーブレード】を上段に構えると地を蹴って跳び上がる、同時に魔力を一気にブレードへと送る、【レーザーブレード】の刃が輝きを増し一回りほど巨大化する。
「【ヴァン・ダイナミック・スラッシュ】!!!!!!」
振り降ろされた光の刃は防御しようとした残った左腕ごとリッパーの身体を縦一文字に斬り裂いた。
「ぐ、ぐぁぁぁああああああああっ!!!……お……おのれ…謀ったなエルぅぅぅうううううううううううっっっ!!!!!」
断末魔の叫びを上げ消滅していくリッパー、それを一瞥すると素早く残ったオートマタを破壊していく。 オートマタには命令する者がいなくなった場合自爆をするようプログラムされている場合も多いが今回のそれはそのタイプではなく数分でガラクタと化す。
だがヴァンダインにとってそんな事どころではないかった、聞き間違えでなければリッパーが最後に発した『エル』という名前……。
「……まさか!?……あいつが……エル・ヴィ・アンノが背後にいるというのかっ!!?」
「あ、あなたはいったい何者です!?」
「俺の名はイナクト、まあ、金さえもらえば何でもやる何でも屋と言ったとこだ」
理御はまだ眠っているセツナを庇うようにポケットから護身用のナイフを取り出した、しかし魔力も宿っていないこのナイフなど幻想の存在相手にはただの鉄の棒のようなものである。
「……くっ!?」
「…………うにゅ……?」
流石に騒ぎに気がつき目を覚ますセツナ、そのセツナが状況を把握し驚く前に何故かイナクトの方が声を上げた。
「む?……き、貴様はセツナ・プトレマイオス!? 何故ここにいるのだっ!!?」
「……ほへ?」
突然の名刺しにまだ寝ぼけまなこのセツナは何?という顔をした、理御も理御でいきなりの事に目を白黒させる。
「き、ききき……貴様がいるという事はまさか……まさか!?」
「…………はい、当然私も一緒におりますよイナクトさん?」
すっかり狼狽するイナクトの首筋にエクシアの短剣が突きつけられた、そしてそのエクシアはセツナに向かい「大丈夫でしたか?」とほほ笑んで見せるがイナクトにはそれが死神の邪悪な笑顔に映っている。
「……あの時……セツナ様のお命を狙って来た時にたっぷりお灸を据えたはずですが、貴方も懲りないですね?」
「ま、まままま待て!? 俺は今回あいつの命を狙いに来たんじゃないっ!?」
ずいぶん前にこのイナクトはセツナの命を狙い一撃の元に返り討ちにあった、その時はセツナの目の前であったためエクシアも止めを刺す事も出来ず結果として見逃す形になったのである。
「……エクシア、その人と知り合いなの?」
「知り合いと言いましょうか何と言いましょうか……まあ、セツナ様がお気になさる程の事ではありません」
セツナの方はイナクトの事は覚えていない様だった、襲いかかって来てすぐにエクシアに倒された相手なので特に印象には残っていないのだろう。 しかしそれはセツナがその程度の事が印象に残らない程に命を狙われているという事であり喜ぶべきではない。
「理御さん、ロープか何か……とにかく彼を縛る物を持ってきていただけますか? 話は後ほどゆっくりと彼から窺いましょう?」
「え?……あ、はい……」
半ば無意識にエクシアの指示を聞く理御の胸中では、結局今回も何もできなかったという想いが渦巻いていた。
「囮のジャック・ザ・リッパーもろともオートマタ部隊は全滅し、理御の抹殺にも失敗……あんな小物を使うからこうなるのだエル・ヴィ・アンノよ」
「……クレルの件を優先されろと言ったのはお前だぞガデラーザ? ニアとメロをそちらに向かわせればそうするしかあるまい?」
応接間の様な部屋のソファーに座ったエルはやれやれと肩をすくめてガデラーザと呼んだ男に応える、ガデラーザは不機嫌な顔でエルを睨みつけたもののそれ以上は何も言わなかった。
「何にしても依頼自体は実行したのだ、これであの方への義理は果たせよう?」
「……本気で理御を殺す気はなかったというわけか……何を考えている?」
しかしエルは「さてな?」と笑うだけだった、ガデラーザもこのエルとはそれなりに付き合いはあるがその心中を計り知れない。 それゆえに油断のならない相手と警戒していた。
「コードネームは『名無しの混沌(ネームレス・カオス)』、真の名は俺も知らない……かつてウィラードと『魔女狩りのライト』の名を競い合ったお前が世界を混沌に導こうとするその『名無しの混沌』に力を貸す、妙なものだな?」
「……もはや人間も幻想存在もどんどん腐敗するだけだ、それを正すには一度すべてをリセットするしかない、そのための我が組織『ブラック・ジャスティス』だ」
悪をチマチマと倒していくだけではもう埒が明かない、人間の文明を破壊し同時に悪しき幻想存在をも抹殺する、当然罪もなく者の犠牲者は多く出るがしそれも大義のためには仕方ないとエルは考えている。
「危険な思想だよ、それは……まあ、それいいとしてクレルの件の方は?」
「居場所は掴んだがそっちも失敗した、護衛についていた傭兵部隊がニアとメロを持ってしても手強かったらしい、リーダーはスローネとかいう女だったそうだ」
ガデラーザもその名は知っていた、その槍使いのスローネを中心にデュナメスやキュリオスと言った実力者ぞろいの傭兵団だ、彼らが相手なら仕方ないと思うしかない。
「分かった、報告は俺がしておくよ……ベルンカステルやラムダデルタが煩いだろうがな……」
面倒そうにそれだけ言ってガデラーザは闇の中へと姿を消した。
「……私と『ブラック・ジャスティス』、『ファントム』とベアトリーチェごときと同じようにいいように出来ると思うなよネームレス・カオス……最後に勝つのは私だ!」
「……へえ? つまりあんたは無様に自滅した上にエターナを見失った……と?」
ウィラードを襲った蒼いツインテールの少女に同じ蒼い髪の少女が冷たい口調で言う。 ツインテールの少女――古戸ヱリカは主であるこの少女――ベルンカステルの命でエターナを監視していたのだ。
「ひ! お、お許しを我が主ぃぃぃいいいいいいいいいいいいっ!!!!?」
必死の形相で赦しを乞うがベルンは冷たい視線を向けるだけであった。 そしてパチンと指を鳴らすとヱリカの背後から女性が現れヱリカの腕を掴む。
「あ、あんたはコーネリア!?」
「謹んで申し上げるヱリカ嬢、拷問など不本意なれどこれも任務であると知り給え★」
「ひぃぃぃいいいいいいいいいっ!!!!? めっちゃさわやかな笑顔で言うなぁぁぁあああああああああああああっっっ!!!!」
「それでは祭具殿へレッツゴー也や〜〜〜〜〜〜★」
コーネリアはジタバタと暴れるヱリカを部屋の外へと引っ張って行く。 その様子をベルンは愉快そうに眺めている。
「結局ここでも私は祭具殿オチなんですのぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!?」
六軒島戦隊 うみねこセブン番外編
幻想刑事 ヴァンダイン
※ヴァンダイン設定
捕獲されたイナクトは最初は口を割ろうと言う気はないようだったがエクシアの『秘義 悶絶くすぐりの刑』を食らい全部を白状した。 その経緯については諸事情により猫箱の中に放り込ませていただきますのでご了承ください。
「……成程、つまり理御さんは未来から来たというわけでしたか」
「……ええ、おそらくこの『世界の時間軸』ではないでしょうが……」
焼き魚を呑みこんでから理御はエクシアに答えた、その横ではウィルが黙々とふりかけ(おかか)のかかったご飯を食べている、昨夜の襲撃からイナクトへの尋問後各々に休息をとりすでに夕方と言える時間だった。
「……エクシア、時間軸って何?」
「そうですねぇ……セツナ様は並行世界という言葉はご存じですか?」
「……えっと……確かいくつもの可能性とか何とかだったっけ?」
エクシアはそんなものですねと頷く。
「つまり理御さんはそのひとつから来たということなのですよセツナ様」
解ったような解らない様な気がするセツナだった。
「……深く考えるな、頭痛がすらァ」
言ってから湯呑の緑茶をズズズと啜るウィル、別に理御が未来から来ようが過去から来ようが自分の相棒には変わりない、そう思えるくらいの時間は過ごしてきた。
「そしてその理御さんを狙ったエル・ヴィ・アンノとは何者なのですかウィルさん?」
ウィルは答えなかった、理御はともかくこのエクシアとセツナという通りすがりの二人に話すべきではないと思うからだ。 二人が信頼出来そうな人物とは思うが、それだけに猶更に任務やエルとの個人的な確執に巻き込みたくないのだった。
「……まあ、無理にお話してとも申せませんが……私としても一戦交えてしまった以上無関係でいたくてもいられないかと」
それを言われるとウィルも困った、確かにエルの一派がこの二人をウィルの仲間と認識していないという保証はない以上報復があるかも知れない。
「……エルは俺の昔の知り合いだ、やたらと正義感が強くてな……それが行き過ぎてS・S・V・Dを去った、その後の行方は不明だったが……」
正義感が強い奴であるから問題など起こす事はないと放っておいたがどうやらそれが甘かったと思わざるを得なかった、行きすぎた正義感が暴走の域まで達したと言う事だろう。
「しかしウィル、私のいた未来ではその様な名前など聞いた事がありません。 少々考えすぎではないですか? もしかしたらそのエル・ヴィ・アンノという者とは別人かも知れませんよ?」
「……それならそれでいいがな」
しかし言葉とは裏腹にウィルの表情からは確信めいたものが見てとれた、何にしてもこの一件を放っておくという選択肢はない、ウィルはすぐにでも調査に乗り出すだろうと理御は思った。
(……しかし、やはり私ではウィルの力になれないんでしょうね……)
その日は午後から急に空が暗くなりだした、じきに一雨降るだろなと事務所の窓から外を見ながら理御は思った。
「……一雨来そうですね?」
事務所を掃除している手を止めずにエクシアが言う、心の内を悟られたようで理御はドキッとなる。
「そうですね……しかし本当に良いのですか?」
「エターナさんが見つかるまでお二人を手伝いというのがセツナ様のご意思ですからね、私はそれに従うまでですよ?」
椅子に座りエクシアの様子を眺めていたセツナもそうだと言う様に頷く、二人は一応滞在しているホテルがあるのだが事態がある程度落ち着くまでこの『ウィラード探偵事務所』に泊りこむ事にしたのだった。 これはウィルが調査の間の理御の護衛役という意味もあった。
「エターナ……ウィルも探していると言っていましたがいったいどんな魔女なのですか?」
「すっ〜〜〜〜〜〜ごく生意気な奴よ! だいたいあたしと同じくらいのなのに何であいつはもう魔女なのよ〜〜〜〜〜〜!!!」
ちなみにセツナはまだまだ『魔女見習い』の身である、彼女はそれが気に入らないらしい。 しかしエターナもまたセツナの胸が(僅かに)自分より大きいのが気に入らないらしく二人はしょっちゅう喧嘩している。
そんな話を聞いた理御は要するに喧嘩友達なんだなと思った、魔女だのなんだの言っても子供は子供という事らしい。 同時にどうしてそんな子供がこの幻想と人間の戦いに関わっているのだろうと疑問に思い訊ねてみた。
「さぁ? まあ、エターナさんは自分の直感に素直と言いますか、思ったままに行動してしまう方ですから……」
「素直にいきあたりばったりでいいのよエクシア! あいつももうちょっと悩むとか考えるとかすればいいのにさ!」
しかしそれでいて物事がいい方向に向かってしまう事が多くセツナしてみるとどうにも面白くない。
「……自分の直感に素直に……ですか……」
うじうじ悩むくらいならそれも良いかも知れないなと理御は思うのだった。
不意にウィルの周囲の景色が灰色に染まり買い物客でにぎわっていた商店街を歩いていた人々の姿が消える、彼は反射的に変身すると身構える。
「……結界……いや、こいつは【SCフィールド】かっ!?」
「そういう事ですわウィラード・H・ライト……いえ、幻想刑事ヴァンダインと呼ぶべきでしょうか?」
「…………ん? お前は……どこかで会ったか?」
特徴的な蒼いツインテールに両手持ちの大鎌を構えた姿は何となく記憶にあるような気がするが思い出せない。
「……って、数日前に会ったでしょうがぁっ!!!!」
「…………数日前だと?……あ、まさかあの時の黒焦げ死体になった奴か!?……生きていたとはな……」
「当然ですわ! あの程度で死んでいてはとても我が主のお仕置きには耐えられません!!…………ううううううううう…言っていて悲しいですぅ……」
よほど酷い目に合っているのか突然泣き出す蒼いツインテッ娘、ウィルはとっととこの場を去りたい気分だがそうもいかないのがこの【SCフェールド】……【シュレディンガー・キャット・フィールド】なのだ。
外界からまったく観測できない空間に閉じ込めるこの魔法はいわば簡易的な『ゲーム盤』であり展開した側は主導権を握る事が出来る、簡単に言うと『自分達の側は存分に力を発揮出来る』という程度のルールを適応させる事が出来るのだ。
そして展開者を倒すかフィールド外へ徹底させなければ解除される事はない、しかし逆に言えば外部への干渉も出来ないので無関係な人間達を巻き込む事も絶対にない。
「……さしずめ今はまだ事を荒立てて目立つのは避けたいってとこか……で、俺に何の用だ?」
「……うううう…そ、そですわ! 私は主の命であなたを抹殺しに来たんでしたわっ!?」
「……そいつは穏やかな話じゃねえな?」
「このゲーム、『人間側の駒』はあの『うみねこセブン』だけで十分だと我が主はおっしゃっていますわ、この『カケラ』の『グレーテル』が予想外のパワーアップを遂げた以上危険な因子は排除するに越したことはない……とですわ?」
「お前の主とは誰だ? エルか?」
すると蒼いツインテッ娘はふふんと鼻で笑った。
「はぁ? あんな奴と『奇跡の魔女』と呼ばれる我が主を一緒にしないで頂きたたいですわねぇ!!」
「ベルンカステルかっ!!?」
「……へ?…………ぎゃぁぁぁあああああああああっしまったぁぁぁああああああああああああああああっっっ!!!?」
頭を抱えて絶叫するツインテッ娘。 もちろんウィルは誘導尋問などしたつもりではない。
「くっ……こうなったら確実に抹殺するだけですわ! クレルと接触されても面倒ですしね……」
「何!? あのクレル・ヴォーブ・ベルナルドゥスがこっちへ来ているのかっ!!?」
「そうですわ、エルの部下に追撃されて…………ぎゃぁぁあああああっまたしてもぉぉぉおおおおおおおおおおっっっ!!!!!?」
「何? やはりエルも動いていたかっ!?」
繰り返すがウィルは誘導尋問はしていない、しかし何故か機密情報が流出しまくりであった。 守秘義務というものがあるのが探偵ではあるが、しかし『真実』を語らずにいられないというのもミステリーの探偵の本能なのかも知れない。
ちなみに現在ツインテッ娘の頭の中でははピンポ〜ンピンポ〜ン♪と祭具殿フラグ音が鳴り響いていた。
「……あの〜〜〜今言った事は全部忘れて頂けないでしょうか?」
「……いや、『知らない』事には出来んだろ?」
「あぅ……そうですよねぇ…………ならばっ!!!!」
ツインテッ娘の目が怪しく光ったと思った次に瞬間に彼女は鎌を振り上げ駆けだす。
「ならここは死人に口なしですわっ! おとなしく死んで下さいウィっルっさぁぁぁああああああああああああああんっっっ!!!!!」
最初から俺を殺りに来たんだろうと心の中で突っ込みながら【レーザーブレード】を構える余裕があるのは二人の距離が十分に空いていたからだった、動揺のあまりツインテッ娘は完全に間合いを間違えていた。
それ以前に地の文で『ウィル』表記だったのですでに変身済みだったのすら失念していた、そう今回はうみねこ本編EP4並みのネタバトルへと突入していたのである。
「……土は土に……以下略! 必殺……」
「……って、ちょ……いきなり必殺技!? それは反則って言うか、お約束無視って言うか……て言うか何ですかこの役目は果たせたからさっさと終わらせようって言う様な噛ませ犬的なこの扱い!?」
「【ヴァン・ダイナミック・スラッシュ】!!!!!!!!」
余談だがこの数時間後の祭具殿に蒼いツインテッ娘こと古戸ヱリカの悲鳴が響き渡ったと言う……。
六軒島にある右代宮の屋敷の書斎で金蔵は考えに耽っていた、そこへ扉をノックする音が聞こえる。
「……入れ」
「……はい」
ガチャリと鍵を開ける音の後に入って来たのは源次だった。
「……お館様、例の件ですがおそらく間違いないかと……」
「……そうか」
金蔵は予想はしていたと言う顔でそれだけ答えた。
うみねこホワイト――紗音という少女を見た時にどこかで見たように感じた、それは気のせいとも思えるおぼろげなものであったが福音の家出身と聞いた時にそれは確信めいたものに変わる、だから源次に調べさせていたのだ。
「……儂の決断があともう少し早ければあの少女は儂の孫になっていたわけか……その少女がうみねこホワイトとして孫達の仲間となるとは因果なものよ……」
子供に恵まれなかった蔵臼と夏妃に養子を取らせるべきか否か金蔵にしては珍しく長い時間迷ったものだった、それは夏妃の心情を慮っての事である。
そして金蔵が決断し手配をした矢先に夏妃が朱志香を妊娠し結果として養子の件は白紙となったわけだがその過程で金蔵はその赤子に何度か会っていた、名前もすでに決めていたのである。
「……そうか、あの紗音という少女が『理御』であったのか……」
六軒島戦隊 うみねこセブン番外編
幻想刑事 ヴァンダイン
※ヴァンダイン設定
「……クレル・ヴォーブ・ベルナルドゥス……?」
口に入れた鯖の味噌煮を呑みこんでから理御はウィルに聞き返した、ウィルはみそ汁のお椀を持とうとした手を止めて答える。
「……平たく言うと穏健派の中心人物って奴だな、ファントムみたく力ずくで事を勧めるのではなく時間を掛けてでも平和的にいこうという連中だ」
「……戦いになればもちろん幻想の側にも多くの犠牲者は出ます、それを望まぬ者達も決して少なくはないですからね」
今はセツナのメイドであるエクシアも昔は多くの戦場を駆けていた戦士だった、敵味方問わず多くの死をその瞳で見つめてきた。
「……お祖父様やお父様はどう考えてるのかなエクシア?」
セツナの実家であるプトレマイオス家はいわば武器商人と言うべき家系であるが、それは自らの利益を求めるためでなく信念を持ち戦いに赴く者の力となるというものである。 そのため彼らの手により練成される武器はオーダーメイドの最高水準の品であり、また武器の創り手の認めぬ相手に武器を供給する事はしない。
それゆえにファントムと人間の戦いにおいても、いや幻想界における戦いすべてに中立の立場をとっていた。
「……申し訳ありません、私にはオーガン様達のお考えまでは……しかしあのお方はプトレマイオス家の理念と信念を良くご理解しておられる方ですからおそらくは今回も中立を貫くのではないかと……」
「オーガン・プトレマイオス、現プトレマイオス家当主か……噂通りの爺さんならそう軽はずみな事はしねえだろうな」
エクシアとウィルのそう言われてセツナはほっと胸を撫で下ろした。
「……ま、とにかくそのクレルって嬢ちゃんをエルが狙ってるってわけだ。 あいつの目的は不明だがおそらくロクな事じゃねえだろうな」
「ではウィルはそのクレルという人の保護に動くと?」
「……ああ、今の幻想界がクレルを失うというのはどう考えてもまずいからな。 下手すりゃ全面戦争だ」
全面戦争という言葉に全員が食事の手を止めて息をのむ。
「……しかしウィル、何か手掛かりはあるのですか?」
「それはこれからだな理御、頼りになる情報屋がいる」
その日の夜、ウィル達四人はある場所へと赴いた。
「……『万里のピラミッド』……ですか?」
看板に書かれた名前を理御は怪訝な顔で読み上げた、ウィルは情報屋と言っていたがここはどう見ても普通のラーメン屋だった。
「情報屋というものは大抵こうやって表向きの職業を持つのですよ理御さん」
「へぇ〜……そうなんだぁ……」
エクシアがそう説明するとセツナは素直に納得する、理御もそんなものなのかな?と思った。
「……邪魔するぜ!」
そんな事をしている間にウィルは引き戸を開け中に入る、理御も慌ててそれを追いかけた。
「我が『万里のピラミッド』へようこそっ! 私はこの店の主のファ・ラ王! 人は私の事を中華の達人ツタンラーメンと呼ぶっ!!」
「「……………………はい?」」
ウィル達を出迎えた店主の姿に理御とセツナは目が点になる、中国の拳法家が着ているような服にエジプトのピラミッドで発掘された様な黄金マスクという何ともアンバランスな格好だ。
それ以前に幻想の存在がこうして堂々と人間界でラーメン屋を営業している事自体が驚きである。
「相変わらず中華なのかエジプトなのか良く分からん奴だ……」
「確かに少々奇抜な格好ですねぇ……」
顔見知りであるはずのウィルも少々呆れた顔になるがエクシアだけがほんわかな笑顔でファ・ラ王を見つめている、戦闘中こそ時に鬼神のごとき形相にもなるが普段は優しい笑顔を絶やさぬメイドさんなのが彼女なのだ。
「……まあいい、今日は情報屋のお前に用があって来たファ・ラ王。 クレル・ヴォーブ・ベルナルドゥスかエル・ヴィ・アンノに関する情報があったら教えてくれ」
「……む?」
ウィルが早速用件を切り出すとファ・ラ王は残念そうに唸る、どうやらラーメン屋というのも単なるカムフラージュではなくそれなりに本気でやっている様だ。
「……ふむ? クレルがエルの部下に襲撃されたのは知っているか?」
「ああ、そうらしいな?」
「その後のクレルの行方は不明だが……数日前からエルの部下らしき者が御津山(おつさん)辺りで何かを探しているという話だ」
「「……おっさん?」」
セツナと理御はその妙なネーミングについ顔を見合わせてしまった。
「……御津山か……割と近いな?」
ウィルはどうしたものかと顎に手を当てて思案する、人里離れた山では反魔法の毒素も弱くクレルのような魔女が隠れるにはうってつけだった。 他に手掛かりがないならクレルを保護するために御津山へ行くのは確定だが問題はエルの部下がいるなら十中八九戦闘になるだろうと言う事だ。
相手の戦力が不明な以上確実を期すためエクシアには同行してもらいたいが前回の襲撃も考えると
セツナと理御を残しても行けない。
「……それにしてもエクシアさん達やここのファ・ラ王さんといい幻想の存在達が当然のように人間社会にいる……何と言うか……」
「そうでもないぞ若者よ、ここだけの話し世界人口の約0.1%は実は我らのような幻想の者だ!」
「…………え!?」
ファ・ラ王の意外な言葉に驚き眼を見開く理御。
「そうですよ理御さん、ほら……あの『デーモン大暮閣下』さんだってそうなんですよ?」
「……あのテレビとかで見る、自称悪魔のっ!?」
エクシアの説明によりとファントム侵攻以前から普通人間社会で生活している幻想存在はいるらしい、もっとも別に侵略のための尖兵とかではなく単に趣味や諸事情で人間界にいついているだけとの事だ。
「あたしも人間界には修行に来てずいぶん経つし……結構いろんな人とも会ってるわよ理御」
セツナにとっても人間界にいる事はごく普通の事だし同胞のみならず普通の人間とも交流してきている、彼女にとって幻想存在だの人間だのという括りはあまり関係ない。
「うむ、私も父が中国在住のラーメン屋で母がエジプト在住の情報屋だったのだよ、故に私はこうしてラーメン屋を営業しつつ副業で情報屋をしているというわけだ」
「「……ラーメン屋の方が本業っ!!!!?」」
またしても驚かされる理御とセツナ。
それにしても理御は思う、かつてうみねこホワイトとして戦っていた頃は幻想存在とは邪悪な人間の敵でしかなかったがウィルと出会い過ごすうちに彼の様な例外もあるんだと思うようになった。 だがそれも少し違っていたようだ、セツナやエクシアさらにはこファ・ラ王を見ていると幻想の者達も人間と同じ心をもった存在なのかこ知れない。
「あ〜〜〜〜〜っ!!!! あんたはっっっ!!!!!!」
突然店内に響いた声に一同が声のした方を向くとそこには席に座り味噌ラーメンを啜る蒼いツインテールの少女がいた。
「「この店にお客さん来るんだ!!?」」
「……驚くのそこっ!?」
「……むぅ……失礼な、三日に一人くらいは来るぞ?」
またしてもセツナと理御の声がハモり店主のファ・ラ王はジト目で抗議した、ウィルは蒼いツインテールの少女をしばらく見つめながら何やら考えていたがやがて口を開いた。
「……ん? お前……どこかで会ったか?」
「すでに二回も会っていますわっ!!……て言うか前回もそれ言いましたわぁぁぁあああああああああああああああああっっっ!!!!!!」
ほとんど泣きそうな勢いの絶叫にウィルはようやく思い出した、電線で黒焦げになったり【ヴァン・ダイナミックスラッシュ】を食らっても何故か復活して来た変態少女だ。
「……ウィルの知り合いですか?」
「……いや、縁もゆかりもない通りすがりも変態だ理御」
「変態言うなっ!!……と、とにかく偶然夕食に立ち寄ったラーメン屋であなたと出会うとはこれぞ宿命、今度こそあなたを倒せと言う神の思し召しですわっ!!!!!」
ヱリカは素早く【シュレディンガーキャットフィールド】を展開すると武器である【偽りを狩る鎌】を召喚し戦闘態勢をとる、だが彼女は気が付いていなかった……。
このSSはすでに特撮番組で言えば二十三分くらいまで経過していた事をっ!!!
ウィルと彼と同等以上の戦闘力をもつエクシアの二人の前にヱリカは約十秒で敗退したのであった……。
「ちょっ!……戦闘描写すらなしなんですのぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!?」