六軒島戦隊 うみねこセブン番外編

  〜蒼き戦士グレーテル物語〜


 第四章 争いを望む者


 「……出力12.%、”コア”が一つならこんなものね?」
 シートに座り計器をチェックしながら縁寿は呟く、そして正面に映る地下格納庫の鉄の壁に視線を移した。 しかしその景色は窓から覗くそれではなく巨大な画面――メイン・モニターに映し出された映像だ。
 縁寿がいるのは巨大人型兵器シーキャット07のコクピットである。
 『……どうだ縁寿、機体の完成具合は?』
 「……悪くないわね、OSプログラム『シエスタ』も問題なし、これならファントムとも戦えるわ」
 通信用モニターに現われた金蔵の顔を見ながら言う、そこへ天草の声が割って入って来た。
 『……ファントムどころかこいつ一機あれば世界が征服できるんじゃないですか? スペック・データを見ましたが既存の戦車や戦闘機なんて物の数じゃないですぜ?』
 天草らしく皮肉の利いた言い様に縁寿も金蔵も苦笑した、例えばこの機体の装甲に使われてる【オリハルコン】という合金は精製に莫大なコストが掛る代わりに砲弾やミサイルといった物理攻撃にもファントム側が使う魔法にも揺るがない耐久性を持っていた。 縁寿の時代の八城という人物が開発したという新素材という話である。
 「……そうね、でも残念な事にこの機体はファントムとの戦いが終わったら解体し設計データもすべて破棄する予定なのよ、そんな事は出来ないわね?」
 『へ〜? こんだけ金をかけてるのにもったいないことで……』
 しかし言葉とは裏腹に安堵した声だ。
 『……しかし縁寿よ、分っていると思うが……』
 「ええ、必要となるまではファントムとの戦いには使わないでしょう? 過ぎた力を振りかざして戦うのは危険だものね、相手もきっと対抗する力を使ってくるもの……」
 その縁寿の言葉に金蔵は意外そうな顔をした、少し前の縁寿ならどんな力を使ってでもファントムを滅ぼそうと思っていてもおかしくはないと思っていたからだ。 天草から聞いたエターナやゴートとやらのせいなのかも知れない。
 「さてと、そろそろ……」
 コクピットから出ようと立ち上がろうとした時にふと七つあるシートの一つに目がいった、本来であればこのコクピットのシートは六つであるが縁寿が共に乗り込むことを想定し増設したものだ。
 「四つの”コア”でも化け物じみたパワーを出したって言うのに、この機体……残り二つと七つ目の”コア”が加わったらどれだけのパワーを出すのかしら……?」
 縁寿と七つ目の”コア”という一種のイレギュラーな存在、それが良い結果となるのかそうならないのか……しかし考えても答えがでるはずもなかった。


 足元から見上げる五十メートル級の機体は実際より大きく見えた、頼もしくもあり恐ろしくもあると金蔵は思う。
 「……しかしお嬢のいた未来じゃこんな兵器が普通に使われていたんですかい?」
 「まさか……未来の儂らがファントムに対抗するべく建造したらしい、何故こんな化け物じみた機体を必要と判断したかは知らぬがな」
 コスト面でも間違った使い方をした時の危険度でも万が一の保険とするにも物騒すぎる、未来の”右代宮金蔵”がいったいどういう考えだったのか是非とも知りたいところだった。
 さらに不可思議なのはこの機体は本来に数である六つの”コア”で想定される出力をもってしてもまだ十分すぎる程の機体強度に設計されていたという。 計器の示す百%とは実は本当の意味の百%ではない、機体に無理をさせず常に安定した出力を出し続けるギリギリの値なのだ。
 しかしこの機体は”コア”をあと一つ使用しても余裕があるくらいに設計されていた、だからこそ縁寿用シートの増設が可能だったのだが。
 (……そしてこれだけの物を、南條を持ってしても再建造にすら困難を極めるこの機体を設計し完成させたという八城十八博士か……何者だ?)


 魔女が左腕を翳すとその腕の【永遠の腕輪】が光を放つ。
 「……【レイ・ランサー】!!」
 光の槍が敵である男めがけて飛ぶ、しかしよけるそぶりさせ見せない男の寸前で光の槍は砕け散った。
 「!!? 偽神と呼ばれた私の魔法を弾く!?」
 「貴様何者だ!? 何故俺の邪魔をする?」
 不気味に笑ったような白い仮面に白いスーツの上から黒いマントを羽織った男――ヘンゼルは冷たく言い放つ。 夜の街を散歩するエターナを抹殺しようとした途端の邪魔である、しかも人間達に被害の出ないよう隔離する【結界】を張った上でだ、そうでなければ夜の公園とはいえ近くに民家の多数あるこの場所で騒ぎにならないはずはない。
 「私が誰かなどどうでもいいですよ、ただあの子……エターナに手を出すなら容赦はしません、【永遠の剣(エターナル・ソード)】!!!!」
 腕輪がその形を剣へと変え魔女はそれを右手で握る。
 「……面白い物を持っているな? ならば……【真実の双剣(トゥルー・ツインソード)】!!」
 ヘンゼルの手に紅と蒼の剣が握られる、その剣が侮れない魔力を秘めていることも魔女は感じとった。 僅かではあるが冷や汗が浮かぶ。
 (……あの剣、間違いなく幻想の存在を討つための剣……ならば絶対にエターナに近づけさえるわけにはいかない、この久遠の命に代えてもっ!!)
 魔女――久遠は【永遠の剣】をぎゅっと握りしめる、そして慎重に攻めるタイミングを窺う。
 「……こないならこっちから行くぞ?」
 ヘンゼルが地を蹴り駆け出す、久遠は反射的にそれを迎え撃つべく防御態勢をとる。 そして振われる双剣をバックステップで回避し反撃とばかりに剣を振うがヘンゼルもそれを回避してみせた。
 「……貴方はファントムですか!? 何故エターナを狙うのです!!?」
 「俺をファントム等と一緒にしてくれるなよ! エターナは我らにとって危険な存在かも知れんのだ、今のうちに消しておくのが得策だ!!」
 「そんな身勝手のためにあの子の人生を終わらせません!!!」
 互いに剣を打ち合う、その様子はほぼ互角に見えた。
 「貴様はまさかエターナの……」
 「さてどうでしょうね!? どちらにせよ貴方をこのままにはしませんよっ!!」
 しかし久遠には言うほど余裕はなかった。 剣の腕前は互角でも魔法を使う事で久遠有利にはなるのだがこの男には先程見たとおり魔法が通じない、その理由を彼女は異常なまでの魔法抵抗値によるものと推測している。
 「それほど大事なら何故エターナの傍にいてやらない!?」
 「……私にその資格はない……私には、この血塗られた復讐に手を染めた私にあの子達を幸せにする資格はありません……しかしっ!!!」
 【永遠の剣】がヘンゼルの二の腕を掠めた。
 「あの子達の幸せを奪おうとする者は絶対に排除します!!!!」
 振り降ろされた【永遠の剣】をヘンゼルは双剣をクロスさせ受け止めた、久遠は剣を引かずそのまま力で押しこもうとする。
 「……そこまで親に愛されるかエターナ! ならばなおさら殺してやるよっ!!!!」
 「!!!!?」
 ヘンゼルの口調にぞっとするような殺意が籠っていのに久遠は驚く。
 「……俺の本当の親は知らない、しかしその次に母親になるはずだった女には殺されそうになり……その次の母親はライバルの女を出し抜くため俺を利用したっ!!!」
 「何を……!?」
 「……そして俺の親父や親族共は俺を利用しファントムと戦わせそして俺は死んだっ!!!! そんな俺をあの方は救ってくれたんだよぉっ!!!!」
 久遠の剣が僅かづつだが押し返され始めた。
 「……貴方は……まさかっ!!!?」
  

 不意に胸に小さな痛みを感じて縁寿は両手で胸を抑えた。 しかしその痛みはすぐに何でもなかったかのように消え去っていた。
 「……今のは……?」
 どこが不審に思いながらも縁寿は蛇口をひねり浴びていたシャワーを止めると湯船に向かいゆっくりと浸かった。 熱すぎず温すぎないちょうどいい湯加減であった。
 何気なく天井を見上げながらシーキャット07について考える、子供だった当時は気にもしなかったが改めて考えると規格外の化け物ロボットである。 シーキャットだけではなく未来でファントムに対抗することが出来る武器はほとんどが八城十八という女の開発したものだった、そして考えようによってはそのせいで戦火が拡大し犠牲者が増えたとも言える。
 「……もし人間が負けていたらファントムは人間をどうしたんだろう?」
 今にして思えば人間が側が形勢不利となり一部の穏健派からはファントムとの和平交渉もという話も出始めた時期だったと思う、そんな時に八城が武器を提供したため戦いは続行となったように思う。
 自分をこの時代に送り込んだベルンカステルが八城十八にも何らかの協力をしていたのであろうかと考える。 しかしどこか釈然としない。
 「……この時代にも八城十八はいるはず……調べてみた方がいいかも知れないわね」
 
 



六軒島戦隊 うみねこセブン番外編

  〜蒼き戦士グレーテル物語〜

   ※今回は若干ひぐらしネタを含みます。

 第四章 争いを望む者

 「……助かりましたよ……仮面ランナー…ゴートでした…か?」
 身に纏うローブを鮮血で染めた久遠が苦しそうに言う、その久遠に肩を貸すゴートは無理にしゃべるなと彼女を叱りつけた。
 「彼は……魔女にとっては天敵ですね……」
 魔女幻想を砕くための紅と蒼の剣のみならず、その魔法抵抗値エンドレスナインはその気になれば神クラスの魔女とでもやりあえるレベルだった。
 「しかし奴にも相当のダメージは与えたはず、しばらくは大丈夫なはずだ」
 「……貴方に頼みがあります…」
 「エターナか? 無論こうなれば私は全力であの子を守ろう」
 「感謝します……しかし、それ…だけではないのです……あのヘンゼルと言うのはおそらく……」
 久遠の推測するヘンゼルの正体にゴートは愕然となってしまうのだった、現時点では推測の域を出ないとはいえ、偽神と言われる魔女が戦いながら感じとったことであるから信憑性は決して低くない。
 しかし疑問がないわけではない、何故久遠が彼の事を知っているのかだ。
  「……この世界の私は……『他の世界の私』とは違い…ほんの少しですが『カケラ世界』を覗き見ることができるのですよ……」
   

 「……八城十八、個人で魔術を研究し学会では異端視されているか……」
 天草の運転する車の助手席で縁寿はぽつりと呟いてみた、右代宮の力を持ってすれば八城十八という人物を探すのに時間はかからなかった。 変わり者で滅多に他人とは会おうとしないという話だったが縁寿との面会には意外なほどあっさり応じてくれた。
 「魔術なんてマユツバだ……って言いたいところですが、お嬢達は実際魔女とやりあってるわけですしね。 あながち笑えないですな?」
 「それを言ったらあたし達の【コア】の力だって魔法みたいなものよ? 【天使の双刃】だってあれはレーザーでもビームでもない未知の粒子で構成されてるらしいわ」
 縁寿は【コア】がどこからもたらされたかは知らない、兄の形見とは言えこれまではファントムに対抗しうる武器として使えればそれでいいくらいにしか考えてなかった。
 「……とにかくこの時代ですでに魔術の研究をしていたから未来で対ファントム用の武器を開発できた……辻褄は合うわね。 それより天草、分ってるわね?」
 「…?……ああ、分ってますよ、”北条沙都子”さん?」


 一旦帰還した傷だらけの姿にヘンゼルの姿にフェザリーヌは目を丸くした後でくっくっくっくっ!と笑いだす、そんなフェザリーヌをヘンゼルは睨みつけるが彼女は気にした様子もなかった。
 「……久遠にゴートか、その二人相手では流石のお主も勝てぬか?」
 「ふん! まったくいまいましい……あんな小娘を命懸けで守るとは!」
 (……それが母親というものではあるがな)
 吐き捨てるように言うヘンゼルにフェザリーヌは内心でそう言い返す、彼女としてもあまり本気で怒らせたくないというところだった。
 「まあ、エターナはしばらく放置した方がいいだろうな、久遠やゴートのみならず妹のリムや結社のリリー、エターナの保護者である十夜と宗二にライバルであるセツナとその家具のエクシアもいざとなればエターナの味方となろうからな?」
 本当に忌々しい魔女だとヘンゼルは思う、エターナ自身はヘンゼルにとっては造作もない相手だけに尚更だった。 こうなればまず先に縁寿の方から片付けるしかないと思った。
 

 怪しいという言葉が服を着て歩いているというのが縁寿の八城十八という女性の第一印象だった。
 「……それで、いったい私に何の用でしょうか『にーにーの帰りを待つ健気な妹の北条沙都子さん』?」
 縁寿の表情がむっとしたものに変わり背後に立つ天草も驚いた顔になる、この『北条沙都子』というのは兄の読んでいた小説の登場人物で、まさか八城が『ひぐらしのく頃に』など読んでいるわけもないだろうと思い付けた偽名だったが、それは少し甘かったようだ。
 「……わけあって本名は明かせないだけです。 それとも名前すら明かさない相手との会談は嫌ですか?」
 「うふふふふふ、そんなことはないわよ? むしろその方がミステリアスで面白いわ」
 「それはどうも……では率直にお聞きします、貴女は何故魔術の研究をされているのですか?」
 「……そうね、最初は単純に興味本位というとこかしら? そこからどんどんのめり込んでいたのよ、知れば知るほど興味深い世界よ魔術というものはね?」
 「……成程、では貴女は科学的なものには興味はないと?」
 「そうでもないわよ、科学と魔術は決して相容れないものではないわ。 例えば『コンピュータを使い悪魔を召喚』するとかね?」
 冗談めかした風に八城は笑う、彼女の人を小馬鹿にしたような言い方に縁寿は不機嫌になっていくがここで話を拗らせたくないのでぐっと我慢することにした。
 「……科学技術と魔術の融合ですかい、そりゃすごいや是非お目にかかりたいもんですなお嬢?」
 「……うふふふふ、流石にまだそこまではいってないわよ護衛さん?」
 やはり一筋縄ではいかない女だと天草は心の中で舌打ちした、すでに二つの融合を研究しているならそれらしいそぶりでも見せるかと思ったのだ。 どんな秘密主義者でも心のどこかでは自分の研究成果は他人に自慢したいのは学者のサガであるはずだからだ。
  「まだそこまではいっていない?……ということは研究はしているということですか?」
 「あら? 鋭いわねお嬢さん、そうよ。 と言うより科学的な技術を使い魔術の力を操ろう……と言うとこかしら?……そうね、例えば貴女は当然魔法なんか使えないでしょう?」
 縁寿は黙って頷く。
 「でもね、人は多かれ少なかれ魔力は持っているの。 それを科学的なもので引き出し力に変換しようという理論ね」
 例えば電気はそれだけでは何の役にも立たないが、冷蔵庫やレンジという機械を介することでそのエネルギーを冷気や熱に変換する。 八城はそのエネルギー源に魔力というものを使用しようというのだ。
 「……もしかしたら貴女の方が詳しいんじゃないの?」
 「まさか……」
 八城のこちらの心の内を見透かそうとするかのような視線に縁寿は思わず視線をそらしてしまう,、その仕草が愉快だったのか八城はにやりと口元を歪める、天草の携帯電話が鳴ったのはその時だった。
 「……もしもし?……な! はい、分りました……お嬢!」
 電話を切った天草は八城に聞こえないよう縁寿に小声で耳打ちをする、それを聞いた縁寿の表情が変わる。
 「……なんですって?………八城さん! 申し訳ないけど急用が出来たわ、これで失礼させてもらうわよ!」
 「え?……ええ、残念だけど仕方ないわね」
 八城の返事が終わる前に縁寿と天草は部屋を飛び出していた、八城は呆れたように溜息を吐く。
 「……やれやれ、もうちょっと話をしたかったんだけど……」
 『……そう言うではない、お主なら大丈夫とは思うが変に疑いを持たれても面倒であるからな? それにお主の考案した『オートマタ』のテストにもちょうど良かろう?」
 声がしたのは部屋に壁に掛けられた鏡だ、そこに八城にそっくりな、しかし角にも見える飾りと着物のような衣服をまとい彼女とは明らかに別人である人物が映っている。 
 そう言って鏡の中の女――フェザリーヌ・アウグストゥス・アウローラは愉快そうに笑うのだった。
 
 
 八城宅から数百メートル先にある小学校の校庭では児童達が逃げ惑っていた、その中へ変身したグレーテルは突っ込みながら叫ぶ。
 「急いで!! でも落ち着いて逃げるのよっ!!!! 天草は子供達の避難を援護してっ!!!!」
 「了解っ! お嬢も気を付けてっ!!」
 小学校を襲っていたのは銀色の身体を持つ人間型の物だった、しかし目も鼻も口もないそののっぺらぼうの様な顔は人間どころか生物であることすら疑わしい。 しかもそれは一体だけではなく何体も暴れていたのだ。
 「【天使の双刃(エンジェリック・ツインブレード)】!!!!」
 グレーテルに気がつき襲い掛かって来た二体にブレード展開し斬りかかる、左右それぞれに胴斬りで真っ二つにしたがその時の手ごたえに奇妙な違和感をグレーテルは感じた。
 「黒山羊とも怪人とも違うわ……まるで金属を斬ったような……?」
 そんな事を考えてる間にさらに正面から二体が襲い掛かって来る、それらを斬って捨てた直後に背後に気配を感じ反射的に身体を捻り横へ跳ぶと背後から人形が殴りかかって来ていた。
 「さっきの二体は囮っ!? こいつら……黒山羊より賢いわっ!!」
 戦闘力自体はどっこいどっこいというところだったがこの人形達は簡単とはいえチームプレイをやってのけたのだ、それでもグレーテルは十数分でそのすべてを倒す。
 「……流石にオートマタでは相手にならないようだな?」
 「!!!?」
 その直後に響いた女の声にグレテールはぎょっとなる、いつの間にいたのか黒い鎧を纏った女が立っていた。
 「……オートマタ?……こいつらの事ね……で、あんたは?」
 「あたしの名はゼフィランサス、命令はちょっとこいつらを暴れさせろってだけなんだけどさ……やっぱそれだけじゃ物足りないわ!」
 そう言ってその手にランスを出現させる、グレーテルも反射的に【天使の双刃】を構え直した。
 「この【アルビオン】の威力を甘く見るなよ? 本気でこないとお前のその心臓を貫くぜ、せいぜいあたしを楽しませるんだねぇっ!!」 
 「こいつ……っ!!」
 グレーテルは理解する、この女は戦いを……いや、殺し合いを楽しんでいるのだ。 正義とか大義ではなく己の快楽のために他者を殺す、そういうタイプなのだ。
 「いいわ、せいぜい楽しみなさい! これがあんたの最後の戦いよっ!!!!」





六軒島戦隊 うみねこセブン番外編

  〜蒼き戦士グレーテル物語〜


 第四章 争いを望む者

 
  グレーテルとゼフィランサスの戦いは一方的なものとなっていた、実戦の経験ではグレーテルも決してひけを取らないのだがスピードやパワーいった身体能力に差がありすぎた。
 「ほらほら、どうしたんだいグレーテル!! あんたの力はこの程度かい!?」
 「……くっ!! まだまだぁっ!!!!」
 【アルビオン】の突きをかわしつつ反撃の機会を窺うがその素早く勢いのある攻撃は直撃すれば容易く致命傷になる、しかも槍である【アルビオン】の方が【天使の双刃】よりリーチが長いためグレーテルは自分の間合いが取れないでいた。
 「ふん、所詮は『コア』の……バトルスーツの性能に頼りきりで戦ってきたならそんなもんかね!?」
 「何ですってっ!!?」
 「戦いってのはね、最後の最後じゃ地力が物を言うのさ!!」
 ゼフィランサスは戦いを楽しむ戦闘狂であるが同時に生粋の戦士でもあった、己の肉体と魔力を鍛えることに妥協はしてこなかったからこそのこの強さなどだとグレーテルは理解した。
 「しかもそのバトルスーツの性能だって百%を引き出せていなんじゃないかい?」
 「そんなことっ!!」
 大きく後ろへ跳びながら【天使の飛翔刃】を放つがゼフィランサスは余裕の表情でそれを避けて見せた、隙をついたと思っただけに驚くグレーテル。
 「……その【飛翔刃】は腕を大きく振るモーションがあるからタイミングが掴みやすいんだよ! 自分の技の弱点くらいしっかり覚えていきな!!」
 「偉そうにっ!」
 苛立ちの籠った鋭い目でゼフィランサスを睨む、その気になればいつでも自分を殺せるだろうにそうしないのは自分のことを弄んでいると思え気に入らない。
 「……いいことを教えてやるよ、あたしの身体能力自体はあんたが今まで戦って来た連中とそう大差はない」
 「……な!? そんな馬鹿な事……」
 「そんなに驚く事か? ならあんたが変身すると生身の時を遥かに凌ぐ能力を持つか考えてみな?」 
 「…………!! 魔力ね!?」
 縁寿達うみねこセブンはの『コア』の力――魔力はバトルスーツやその装備を形成しそのエネルギー源となるだけではない、その身体能力も強化するのである。 例えるならRPGのゲーム中にあるような攻撃力や素早さを上げる魔法をかけるようなものである。
 「そういことさ、そんなことすら理解出来てなかったのかい……」
 「忘れてたわ……『未来の南條博士』がそういえばそんなこと言ってた気がしたわね」
 「呆れたもんだね、自分達が使う武器の特性も理解しないまま戦ってたのかい……よくそんなもんに命を預けられるね?」
 ただ与えられた力を頼りにするにではなく、その特性を理解し使いこなす。 それが出来るか出来ないかが戦士の強さを大きく分けるとゼフィランサスは考えている。
 「……ま、おしゃべりはここまでだな。 次で決めるぜ?」
 【アルビオン】を構えその穂先をグレーテルに向ける、その全身から放たれる殺気にグレーテルはぞっとする。 しかしそれも一瞬の事で彼女も【天使の双刃】を構えた。
 「ええ、いいわよ」
 勝算があるわけではないがグレーテルは自信たっぷりに言う、どのみちゼフィランサスに勝てねばファントムを倒すなどできない。 そう腹をくくったのだ。
 (……今思いついてぶっつけ本番って相当に分が悪い賭けね……でもやるしかない!)
 双方慎重にタイミングを計る、そしてゼフィランサスがその姿勢をやや沈め突撃しようという時グレーテルもまた跳び出し叫ぶ。
 「コアパワー・オーバーチャージっっっ!!!!!」
 「何っ!!!?」
 その瞬間グレーテルの身体が光輝くと同時にこれまでとは比べ物にならない驚異的な加速でゼフィランサスに迫った、直感的に攻撃から防御に切り替えたのはゼフィランサスの経験と勘のたまものである。
 それでもその白いブレードに【アルビオン】は易々と両断されてしまいその喉元にブレードが付きつけられた。 【天使の双刃】の出力もけた違いに上がっていた。
 「………殺さないのかい?……?」
 突然にブレードの光が消滅し、グレーテルの身体がぐらりとよろめく。 そして糸の切れた人形のようにその場に倒れてしまうのだった……。
 

 気が付いた縁寿が最初に見たのは白い天井だった、次に自分が病院のベッドに寝かされていると理解出来た。
 「……あたし……あ、そうか……」
 だんだんと記憶が戻って来る、ゼフィランサスにブレードを突き付けたところで意識を失ったのだ。 しかしなら自分は生きているのだろうという疑問が浮かぶ。
 「……あ、気が付いたんだね縁寿!」
 「……エターナ?」
 エターナが縁寿の覚醒を伝えると天草とゴートもやって来た、そこでこの部屋は基地内部の医務室だと教えられる。 もっとも普通の病院にエターナはともかくゴートが出入りできるはずもない。
 「……つまりお嬢は変身時と同等のコアパワーの開放を行ったと? そんな無茶を……」
 文字通り【オーバーチャージ】である。 『コア』の魔力は変身時一気に開放しそれがスーツや装備といったものを形成し身体能力の強化を行う、その後はエネルギーが切れない程度に抑えた魔力の供給を続けるのが普通だが縁寿はそこへもう一回変身に必要な分量の魔力を流し込んだというわけである。
 「仕方ないでしょう、そうでなければゼフィランサスには……って、そういえばあいつは?」
 「……さあ、俺が駆け付けた時にはお嬢だけが倒れていたんです。 だからてっきり敵を倒した後に気絶したんだと思ってたんですが……」
 見逃してくれたのだろうかと思った、戦士としての誇りは高そうな女であったからああいう形での決着は不本意と感じたのかも知れない。 
 「何にしても、もう【オーバーチャージ】は使わんでくださいよお嬢。 こんなことをしてたら命を縮める……いや、死んじまいやすぜ?」
 先程縁寿の検査結果を見た天草はそう言う、診察した入江医師はまるで一週間は休みなしで身体を酷使したような状態だったと驚いていた。
 「……でもこの力を使えればファントムを倒せるかも知れないわ、その後ならどうなったって………」
 「お嬢っ!!!!……」
 天草が思わずその腕を振り上げた、そして次の瞬間ピコっ☆という可愛い音が病室に響き縁寿は『うぎゅううううう』と頭を抱え込んだ。 突然の事に天草だけでなくゴートも唖然となる、ゴートにはエターナの持つ【永遠の音金槌】が縁寿の頭を叩いたのが見えていた。
 「縁寿の馬鹿っ!!!! 何でそんなこと言うの!!? 縁寿が死んじゃったらダメじゃないのさっ!!!!」
 「エターナ……?」
 「縁寿が死んだらあたしは悲しいのっ! だから死んじゃだめなのっ!!!!」
 子供らしい単純な理屈だった、ただ自分が悲しいから生きてほしいとそれだけである。 そこに正義だとか大義だとかの理屈を考えることはしない、自分が幸せになって友達も幸せであってほしいという子供らしい、しかし欲張りで傲慢な考えをするのがエターナだった。
 「……悲しい…か……」
 縁寿はこの時代に自分の死を悲しんでくれる者はいないだろうと考えていた、しかし出会って間もないこの小さな魔女は悲しんでくれるという。 だからつい天草にも聞いてしまう。
 「……貴方はあたしが死んだら悲しんでくれる?」
 天草にはエターナの声は聞こえないから突然の事に戸惑うが、それでも縁寿の表情を見ればとても大事な質問だろうことは理解できたから真剣に答える。
 「当然ですぜ。 あ、もちろん仕事を抜きでの話ですぜ?」
 その横ではゴートも自分も当然という風に頷いていた。 不意に縁寿の視界が滲んできた。
 「……あ、あれ?」
 「お嬢……」
 それは縁寿が長い事流していなかった嬉し涙であった……。
 
 
 薄暗い部屋に蒼い髪の少女が二人、一人はストレートの長髪でもう一人はいわゆるツインテールと言われる髪形である。
 「……コアのオーバーチャージ、面白い事をするわねあの子も……」
 「はい、我が主」
 そのツインテールの少女の報告に我が主と呼ばれた少女――ベルンカステルはにやりと邪悪な笑みを浮かべた。
 「……でも所詮は人間の身体でそうは耐えられるはずもないわね、ファントムを倒すまで持つかしら?」
 ベルンカステルの言い方や表情はまるで消耗品の寿命を気にするのと同等で、人間一人の命について語っているとは思えない。 しかしそれが魔女というものなのだろう。
 ベルンカステルにとっては縁寿や目の前の少女――古戸ヱリカはもちろんラムダデルタやフェザリーヌすら退屈しのぎの玩具でしかないのだ。 


 「……グレーテルへの攻撃中止?」
 ワルギリアは怪訝な顔でそう聞き返す、彼女とロノウェの前に立つピンクの服を着た魔女――ラムダデルタはそうよと笑う。
 ファントムの協力者であるフェザリーヌ・アウグストゥス・アウローラの使いという彼女は時折こうしてフェザリーヌからの伝言を伝えに来る。 協力者ではあるが何を考えてるかがまったく読めない事もありワルギリアもロノウェも油断できない相手だと警戒している、だから出来る限りベアトリーチェにも会わせないようにしていた。
 「フェザリーヌからの伝言よ、グレーテルはヘンゼルが直接カタを付けるってさ〜♪」
 ヘンゼルと言うはじめて聞く名にワルギリアとロノウェは思わず顔を見合わせてしまう、しかしラムダデルタはすべてを承知しているのか愉快そうに笑っていた。
 「ヘンゼルとグレーテルの兄妹対決、面白くなりそうねぇ? きゃはははははははははっ!!!」


 ヘンゼルは一人椅子に座り物思いに耽っていた、久遠との戦いで得た傷を癒すのにしばしの時間が必要だったからだ。
 「……グレーテル……いや、右代宮縁寿、俺と違い親に愛されし幸せな我が妹よ……その首をこの手で刎ねてやるぜ」
 憎悪に満ちた目でここにはいない縁寿を見据えるかのように壁を睨みつける、そこへやった来たのはフェザリーヌである。
 「……ふふふふふふ、もう傷は癒えたか『右代宮戦人』?」
 「俺をその名で呼ぶなっ!! 殺すぞっ!!?」
 「おお怖いものよ……」
 しかし言葉とは裏腹にフェザリーヌの表情は愉快そうである。
 「招待状を出していたな、グレーテルと戦いに行くか?」
 「ああ、俺が死んだ後もぬくぬくと生きているあいつをな……そしていずれ留弗夫も霧江も、そしてカアサン…右代宮夏妃もな?……くっくっくっくっくっくっ!!」
 その光景を想像しヘンゼルは笑う、醜悪に歪んだこそいるがその顔は間違いなく縁寿の兄である右代宮戦人のそれであった。
 (……未来の世界で死んだ右代宮戦人の肉体をリビングデットとして蘇らせそこの『別のカケラ世界の戦人』の人格を移植か、本当に面白い事になりそうであるな) 
 そしてフェザリーヌの方は例えどっちが勝とうと愉快な舞台になりそうだと思っていた。 


 縁寿と天草の家では大惨劇が起こっていた。
 「ぎゃぁぁあああああっ!! 天草、消火器よ消火器っ!!!」
 「ちょっ……お嬢、何で揚げ物なんて高等技術(縁寿にとって)のいる事してんですかいっ!!!?」
 油の入った鍋から火が上がっているだけではない、グリルからも黒い煙がもくもくと上がっていた。
 「……焼き魚っ!!? そんなレベルが高すぎ(やはり縁寿にとって)ですってっ!!?」
 「天草! 砂糖ってこれ!?」
 「それは塩……って何そんな一袋丸ごと入れてんですかいぃぃいいいいいいいいいっっっ!!!?」
 念のため一日医務室で過ごした縁寿は帰って来て早々みんなにお礼をしようと手料理に挑戦したのであった。 しかし残念な事に縁寿とってはレベル1の勇者で大魔王に挑戦するくらい無謀な事であるようだった。
 「あれ? 包丁どこいったの?……仕方ない、ならコアパワー・チャージオン!!……んで【天使の双刃】!!!!」
 「そんな事のために変身しないでくださいってぇぇぇえええええええええええっ!!!!」
 この日、縁寿宅は地獄と化したのであった……そのため天草は気がつく事はなかった、この時の縁寿の表情が年相応の少女のものになっていたということに……。


 そしてそんな騒動があった次の日の朝に縁寿は郵便受けに入った手紙を見つける、片鷲の紋章の封蝋がされたそれにはヘンゼルという名が刻まれていたのだった……。

第四章 終


〜NEXT STORY〜

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