クリスマス・イブにあの人達と…

 12月24日のこの日町はクリスマスムード一色だった、そんな中を縁寿は少し不機嫌そうに歩いている
 「…どうしたんですかお嬢?」
 「別に…」
 そこかしこで見かけるカップルに腹を立てていると天草には言えずさらにムスっとした顔になる、しかも今回金蔵から受けた依頼はこのカップル達を守れという任務なのである。 この二、三日急に別れるカップルが急増し不審に思った金蔵が調べさせたところ何らかの魔法を受けた痕跡があったということだ
 「…もしかしてお嬢は誰かと一緒にクリスマスを過ごしたいとかですかい? 彼氏?」
 「…そんなものいるわけないでしょう?…ん?」
 「おにいちゃんなんかだいきらいっ!!!」
 不意に聞こえてきた女の子の声、多分兄妹ゲンカなのだろうがどうもどこかで聞いた声だった
 「…おい! 急にどうしたんだよ縁寿っ!!?」
 「…は? はいっ!!!?」
 続いて聞こえたのは間違えようもない兄・戦人である、二人が町を歩いているのはいいのだが兄妹ゲンカとはどういうことだろうと思う
 「…どうやらちっこいお嬢と戦人君が被害にあったようですぜ? たぶんちっこいお嬢が懐きすぎて兄妹じゃなく戦人君がロリコン趣味かなんかと思われたんでしょう…ってお嬢!?」
 縁寿は身体をワナワナと震わせて天草も驚くくらいの怒りのオーラを放っていた
 「そう…ファントムの仕業なのね…許せないわ! よくも”あたし”に”おにいちゃんなんてきらい”なんて言わせたわねぇっ!!! その罪万死に値するわっ!!!!」
 先ほどまでどうでもいい…というかむしろファントムを内心では応援していた縁寿だったががぜん殺る気になってきた
 「いくわよ天草っ!!!」

 
 「見つけたわよ! やはりあんたね嫉妬のレヴァニラ炒め!!!」
 「展開メッチャ早っっっ!!!! てか誰がレヴァニラ炒めよっ!!!!? あたしはレヴィアタンよっ!!」
 ビルの上から次のターゲットを物色していたであろうレヴィアを見つけたブルーはすぐさま階段を駆け上がった。 もちろんビルにはしっかりエレベーターもあったのだが…
 「ええいっ!! こうなったらとにかくやってしまいなさい幻想怪人ブラック・キューピット!!」
 レヴィアの命令のもと黒い服と羽をもつ天使が弓を構える、そこには黒い光の矢が装填されている。 しかしブルーは怯むことなく【天使の双刃(エンジェリック・ツインブレード)】を展開し突貫した
 「と…特攻っ!? ブラック・キューピット、撃ちなさいっ!!」
 ブラック・キューピットの放つ矢の速度はホーミング性こそないがシエスタのそれに匹敵する、この至近距離での回避は不可能だ、しかしブルーはまったく怯まなかった
 「【天使の守護領域(エンジェリック・ガードフィールド)】!!!!」
 ブルーの数センチ手前で矢が粒子となり飛散した、そして一気に懐に飛び込みブラック・キューピットを斬り裂くと唖然としていたレヴィアにブレードを突きつける
 「…くっ!?」
 【天使の守護領域】は対シエスタ戦を想定して開発された機能だが、発動から維持できるのが僅か三秒ということでタイミングを合わせるのにはかなりの経験を必要とする。 しかも魔力で構成されたものにしか効果がないので物理的な剣や槍といったものは防げない
 仕留めたも同然と油断し抵抗することすら出来なかったレヴィアは冷や汗をかきながらブルーを見つめていた
 「…されと、別れたカップルはどうすれば元に戻るのかしら? 最悪ひと組の兄妹だけでもいいんだけど…どうなの?」
 その目が語る、出来なければ斬る…と、そしてレヴィアの心の内に書き手の声(笑)が響く、今回は尺がないんだからさっさと降参しろ…と…


 「…ん? 終わったかな?」
 屋上への出入り口で人が来ないよう見張っていた天草が呟く。 彼にはファントムと戦うための武器がないのでどうしてもこういうバックアップが仕事になってしまう
 「【スナイパー・イーグル】が完成すりゃあな…ま、愚痴っても仕方ないか…」
 天草用に開発しているというその武器は縁寿のコアからエネルギーをチャージすることで一定回数ファントムに対抗できるエネルギー弾を撃ち出せるのだが、そのチャージしたエネルギーを溜めるコンデンサーの開発が遅れていまだに完成していない
 「……お嬢もやせがまんしちゃって…まったくクリスマスのサンタなんてガラじゃないんだが…」
 そう言うと天草は携帯を取り出しボタンを操作する
 「……あ、金蔵の旦那ですかい? はい…ちょっと頼みがありまして……」

 ”Ushiromiya Fantasyland”もすっかりクリスマスムードだった、日も暮れたと言うのにあちらこちらにカップルらしき男女が歩いている
 ”GO田のマジカルレストラン”も例外ではなくクリスマスのディナーをカップルで楽しもうという客でごった返している。 その中に縁寿は一人でつまらなそうに座っていた、髪を下ろし赤いドレスに着替えて天草が来るのを待っている
 「…まったくこんな格好させてどういう気かしら…?」
 縁寿のいるテーブルはあと四人が座れるように椅子が置いてある、一人は天草だとしてあとはおそらく自分の友人でも誘ってパーっと騒ごうと言うのだろう。 その気づかい自体は嬉しいがわざわざドレスに着替えさせた上本名を絶対明かさないようにと釘を刺した意味が分からない
 「…貴女がグレーテル・天草さんね? お義父様のお知り合いの方の娘さんって言うのは?」
 「…えっ!!?」
 このグレーテル・天草と言うのは金蔵が考えた偽名だ、こちらの時代に不慣れなうちは日系の外国人として振舞った方が何かミスをした時に誤魔化しが効くだろうと言う配慮でつけられたものだからその名で呼ばれたことに驚いたのではなく、声をかけてきた女性の声に驚いたのだ
 「…おいおい霧江、いきなりじゃびっくりするだろう? 向こうはこっちの顔は知らないんだからな」
 「へ〜、俺と同じくらいの子か…何か初めて会った気がしねえが…」
 「う〜ん…えんじぇもだよ、おにいちゃん…」
 「あ…あの…これはいったい…?」
 次々と懐かしい声がし唖然としていた縁寿はようやくそれだけ言えた、何しろこの世界の自分の家族が勢ぞろいなのだ
 「…ありゃ? もしかして聞いてなかったのかい?…成程、あんたの親御さんはあんたを驚かせたかったってわけか…?」
 そう言って留弗夫は金蔵の知り合いの家族が仕事の都合で予約していた食事に行けなくなったからその娘さんだけでもと強引に留弗夫達の予約したレストランをキャンセルさせここで一緒に過ごせと言ってきたのであると説明した
 「ま、こんなかわいい子なら一人くらい増えても俺は鎌わねえけどな…痛っ!?」
 「”なんぱ”なんてしないのおにいちゃん! おにいちゃんにはえんじぇがいるでしょう!?」
 ぶく〜と頬を膨らませて怒るえんじぇと戦人のやり取りを後ろの霧江と留弗夫は笑いながら眺めている
 ずっと昔に失い、縁寿が切望してやまない光景がそこにあった。 そして天草の思惑を理解する、正体を明かせなくてもせめて家族でクリスマスを…そういうことなのだ
 (…まったく、そんなことしてもボーナスなんかでないのに…)
 縁寿は零れそうになる涙を拭うとにこりと笑顔を作る、そして今夜はお世話になりますと丁寧にお辞儀をする
 「…あらあら丁寧な子ねぇ? じゃあそろしろ食事にしましょうか?…あら、雪ね…」
 その言葉に全員が窓の外を見た、夜の闇の中しんしんと降る雪が遊園地の明かりに照らされて幻想的な光景を見せていた。 そんな中誰にも聞こえないくらい小声で縁寿は呟くのだった
 「……メリークリスマス…あたしの大事な人達…」 

 
 これはどうでもいい話ではあるが、後日”魔女達の館”に新たに黒い服のキューピットが加わったことを付け加えておく…
 

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