『今回予告』
ロノウェです。おっさんにもかかわらず今回における出番がほとんどないということで、予告の担当が回ってきました。喜ぶべきなのか嘆くべきなのか……。
今回の見所は、「華麗なる投げナイフを披露するおっさん」「チェスをするおっさんとそれを見守るおっさん」「ヒーローショーのステージで名乗りを上げるうみねこセブン」「山羊から逃げるおっさん(書いてません。脳内補完してください)」「魔女の気まぐれに振り回されるおっさん」「その他色々のおっさん」だそうです。
楽しんでいただければ幸いです。
――六軒島戦隊 うみねこセブン 第9話「幻想の城へようこそ」
おや、おっさんじゃないものが一つ混じっていたような……? ぷっくっくっく。
【オープニング】
――六軒島 右代宮家の屋敷 蔵臼の書斎 22:17
「あなた、お帰りなさい。会議はどうでしたか?」
「うむ、『ウォーターマジックワールド』の件はどこのエリアに配置するかで議論が平行線となり保留となったが……城の件は良い返事を貰えた」
「城の件……ようやくファンタジアからの了承が出たのですね」
「ああ。向こうが出した要求も十分呑める範囲だった」
スーツの上着を脱ぎながらひとりほくそ笑む蔵臼。
「あそこにアトラクションとしての機能が備われば、Ushiromiya Fantasylandはさらに賑わうこと間違いなしだ!」
《第9話 「幻想の城へようこそ」》
――うみねこセブン遊園地支部 訓練控え室 15:09
「戦人お疲れさまー。譲治の兄貴はまだ訓練してるの?」
「ああ。源次さんに投げナイフの手ほどきをしてもらうつもりだってよ」
「そうか。……」
「何だ朱志香、兄貴に訊きたいことでもあるのか。……わかったぞ、テストが近いから勉強のことだろ?」
「う……いやなこと思い出させるんじゃねー!」
「うー。今日のおやつはまだ?」
その時、まさに狙い済ましたようなタイミングで、入口の扉が開き、ワゴンを押した郷田が姿を現した。
「皆様、本日のおやつはケーキバイキングです。紅茶も数種類用意しましたのでお好みに合わせてどうぞ」
「うー!!」
手放しで喜ぶ真里亞。さっそくすぐ近くにあったチョコレートケーキ(と郷田の前で言ったら「ガトーショコラです」と修正が入るだろう)とベリー系果物のトッピングが印象的なケーキを皿に盛る。
「うお、先を越された!? だったら俺はこのチーズケーキをいただきだぜ!」
「いただきだぜ〜! うーうーうー!」
「譲治の兄貴の分も残しとけよ〜」
* *
一方こちらは訓練室。
「……残念ながら僕達には得手不得手というものがあります。例えば僕や朱志香ちゃんには遠距離にいる敵への攻撃が出来ないし、戦人くんには熱くなりすぎると周りが見えなくなるところがあるし、真里亞ちゃんは攻撃力に劣る。けれども劣るものを嘆いてばかりじゃ始まらないんです。これからより厳しくなるであろう戦いを生き抜くためには、持っているものをより伸ばしていかなくてはならない。僕の場合は蹴り技もありますが……せっかく身につけたからには、投げナイフの技も伸ばしていきたいんです」
これまでの戦いを通して譲治は実感していた。自分達にはまだまだ力が足りないことを。
故に説明にも若干力が入ってしまう。しかし力説を受ける源次はあくまでいつも通り、冷静だった。
「……なるほど。譲治様の考えは理解しました。ならば」
数十メートル先の的に向けて腕を一振りする源次。速い、と譲治が息を呑むのとナイフが的のど真ん中に命中したのはほぼ同時だった。
「まずは命中率を限りなく高めるところから始めるのがよろしいかと」
* *
数十分後、再び訓練控え室にて。
「おいクソジジイ、ファントムの連中についてあれから詳しいことは分かったのかよ?」
訓練控え室のモニター画面に現れた金蔵に戦人は質問をした。
「戦いをさっさと終わらせるには、ファントムの本拠地を発見して、それまでに本拠地をさっさと潰せるくらいの力を手に入れなきゃならねぇ。そのために俺達はこうしてたゆまぬ努力をしているわけだが……そもそもファントムについて、どのくらい分かってるんだ?」
『ふはははは、ずいぶん偉そうな口を利くようになったな戦人よ』
「おいおいそれって譲治兄さんが言ってたことじゃんかよ戦人ぁ!」
「あー、そういやそうだったな、まあアレだ、受け売りってやつだ!」
笑う戦人を呆れた表情で見る朱志香。真里亞はというと、古めかしい装丁のノートに何かを書き込んでいる。
そして、訓練をいったん終えた譲治は、紅茶を飲みながら真剣な表情でやりとりを聞いていた。
「ボスのベアトリーチェは黄金の魔女とか名乗ってるけどよ……本当に魔女なのか? そもそも魔女なんてこの地球上に本当に――」
「うー。魔女はいるー!」凝った意匠の万年筆をびしっと戦人に突きつけて言う真里亞。
「真里亞……」
「うー……」
「…………」「…………」
訓練室にはぴりっとした空気が流れる。しかし、
『チェックメイトです』
『おお、この一手は……ふふふ、そこに切り込んでくるとは……』
『金蔵さんはたまに遊びが過ぎるんですよ。よもやこの私が気付かないとでも?』
『…………』無言で金蔵のそばに青汁の入ったグラスを置く源次。
当主の部屋でくつろぐおっさん三人はそんな空気まったく気にしていなかった。
「「「通信の合間にチェスしてんじゃねー(よっ)!!!」」」
ともあれ話は戻った。
金蔵は神妙な顔つきで、かつてはこの世にも確かに魔女はいたのだと語る。今よりも発達していない知識や技術が照らしきれぬ深い「闇」の中に。
しかし今や魔女を初めとした幻想の存在達の居場所は、虚構の中にしかなくなりつつあるのだと。
『そういえば、近日Ushiromiya Fantasylandの中央の城が、アトラクションとして開放されるらしいじゃないか』
「らしいって……祖父様も詳しいこと知らないのかよ?」
驚く朱志香。彼女は昨日の夜蔵臼からその話を聞いたのだが、蔵臼もまた「近日開放」の事項しか知らず、ひたすらどんなアトラクションになるのかを楽しみにしてばかりだった。
「何で教えてくれないんだよ『ファンタジア』は? まさか開放を決めただけでアトラクションの中身は決まってない……ってことは無いよな?」
「『ファンタジア』?」朱志香のセリフに気になる単語を聞きつけて問う戦人。
「『ファンタジア』はこの遊園地を右代宮財閥と共に経営している会社のことだよ」すかさずフォローに回る譲治。
「へー」
頷きつつ戦人は(最近この会社の名前をよく聞くな……)とほんのり思った。
ちょうどその時、通信を知らせるブザーがけたたましく鳴った。
『緊急連絡! 〔フラワープリンセスエリア〕にてファントムの襲撃発生!』
切迫した感じのオペレーターの声に、戦人も朱志香も譲治も真里亞も反射的に立ち上がっていた。
かくして訓練の時間は終わる。ここから先は実践の時間である。
「『六軒島戦隊うみねこセブン』、出動だ!!」
☆ ☆ ☆ ☆
――Ushiromiya Fantasyland 〔フラワープリンセス〕エリア 14:50
「CM撮影!?」
「ああ、中央の城がアトラクションとして近日開放されることだし、その宣伝も兼ねて新たにCMを作ろうと考えたのだが……協力してはくれないかね?」
南條が作った何かの装置のテストを手伝っていた留弗夫と秀吉は、蔵臼に呼び出され、〔フラワープリンセス〕エリア内の「GO田のマジカルレストラン」にやって来ていた。
台詞の字面だけ見れば自信たっぷりだが、その実蔵臼の口調は実に困惑している感じだった。
「協力するのは別に構わねぇけどよ……」
「その様子だと制作プランも決まってないようですなぁ」
「ああ……。最初は〔フラワープリンセス〕エリアを貸し切って撮ろうと思ったのだが、それよりはエリアの背景だけ撮ってから人物を合成する、もしくはその逆で、人物だけ撮ってから背景を合成するのがいいのではないかと言われて、困ってしまったのだよ」
「何に困ってるんだよ?」
「私には合成とやらに関する知識がないのだよ」
「合成……コンピュータグラフィックスとかか? ……俺達にもないぞ。楼座あたりに訊いたほうがいいと思うが」
「確かに、楼座さんならその辺の知識を持っとる人が知り合いに大勢いそうやし、楼座さん自身も持っていそうやからな!」
平日の午後ということもあって客は少ない。店内にまったりとした空気が流れる中、彼らもまた、まったりとした雰囲気で会話をしていた。
他にも様々な話をした後三人は店を出た。
しばらく歩くとイベントスペースが見えてきた。そこではヒーローショーが行われていた。(うみねこセブンのヒーローショーではない。テレビの特撮ヒーロー並みの知名度は彼らにはまだ、ない)
ちょうど始まったばかりらしく、案内役のお姉さんが元気な声で説明をしていた。
ほぼ同時に足を止める三人。
「不思議なもんだな。変身して悪と戦うヒーローなんて――ほんの少し前までは『虚構の中にしか存在しないもの』って思ってたのによ」
「ワシらはただ後ろの方で支えたり、応援したりすることしかできんっちゅうのは、思ってた以上に歯がゆいもんやな……」
「確かにそうだな。だが、私達には他にするべきことがある。……昨日、中央の城の話をした時に朱志香がこう言っていたよ。『守りたいものがあるから私は戦っている。そしてその中には遊園地もちゃんと入ってる』――ならば、Ushiromiya Fantasylandの運営に励むことが、朱志香達の手助けになるとは思わないかね?」
「…………。珍しく感心したぜ兄貴」
この、何か蔵臼にとって聞き捨てならない気がする台詞はスルーされることとなった。
「……! あれは何や?」
秀吉が声を上げたのとほぼ同時に蔵臼も留弗夫も、ヒーローショーに来ていた客達も、ショーのキャスト達も気付いた――ステージにいつの間にか山羊頭の集団が現れたことに。そいつらは腕に展開したブレードでステージを壊し始めた。
「な、なんということだ! 最近改装したばかりのイベントスペースが!」
蔵臼が叫ぶ横で辺りを見回す留弗夫。目に入るのは何かから逃げている人々。どうやら、イベントスペース以外の場所にも山羊達が現れたようだ。
「おのれファントムめ! この遊園地を壊した報いはいずれじっくりと――」
「恨み言はいいから逃げるぞ!!」
* *
「始まったようですね。サタン……うまくやってくれるといいのですが」
花時計の前にワルギリアの姿がある。その服装はいつものドレスではなく、「表の顔」用のスーツである。まあ色々あったのである。表では悪義梨亞と名乗り、『ファンタジア』――正式名『ファンタジア・エンタープライズ』の社長を勤めている彼女には。
――いつまでもここに涼しい顔で留まっていては怪しまれます。早く城へ戻りましょう。
歩き出そうとしたその時、山羊の一人(?)と目が合ったので、ワルギリアは視線で「頑張ってくださいね」と伝えた。つもりだったのだが――
数秒後には五、六体の山羊達に囲まれていた。
「まさか……賢くない山羊はこの姿だと私が分からないのですか!?」
頭を抱えたい気分になるワルギリアであった。
――どうしましょう。ここでいつもの姿に戻ったところを誰かに見られるのは厄介ですが、そうしなければいずれやられてしまいますし。
だが、程なくして山羊達はイベントスペースの方に移動し始めた。二人を囲んでいる面々のみならず、他の面々もいっせいに。
「来ましたか……うみねこセブン」
☆ ☆ ☆ ☆
――Ushiromiya Fantasyland 〔フラワープリンセス〕エリア イベントスペース 16:01
「今日のヒーローは俺達だぜ! うみねこレッド!」
「みんなの声援が私達の力となる! うみねこイエロー!」
「うー! 応援よろしくー! うみねこピンク!」
「って、お客さんも案内役のお姉さんもとっくに逃げちゃってるよ……。うみねこグリーン!」
「輝く未来を守るため! 『六軒島戦隊 うみねこセブン』参上!!!!」
☆ ☆ ☆ ☆
――Ushiromiya Fantasyland 〔フラワープリンセス〕エリア 中央の城入り口付近 16:08
いまだアトラクションとして開放されていないこの城の周りは普段から人気がなく、騒ぎが起きてもそれと気付かないくらい静かだ。
しかし今、ここでちょっとした騒ぎが起こっていた。
「あら、蔵臼さんに秀吉さん。何故ここに……?」
「悪義梨亞さんこそ何故……ああ、今はそれどころではない。――実は、留弗夫が城内に入ってしまったのです」
「山羊の集団から逃げてここでひと休みしとったんですが、留弗夫くんが城の壁に寄りかかったひょうしに壁が回って……」
「な……なんですって?」
* *
その頃留弗夫は山羊達に追われながら城内を疾走していた。広間にいた直立不動の山羊に、「良く出来た像だな」とか思いながら近づいた結果である。
「なんで……こんなところにこいつらがいるんだよ!?」
【アイキャッチ】
――ファントムアジト ベアトリーチェの部屋 16:09
「侵入者?」
「ええ、大人が一名、回転する壁を使って城に侵入したそうです」
「一応山羊達が適当に追い回してるけど……どうするリーチェ?」
ロノウェとガァプの報告を聞いたベアトリーチェはつまらなさそうに言った。
「さっさと痛めつけて放り出せ」
「それは可能だけど……もうすぐアトラクションとして開放されるここでニンゲンが痛めつけられたなんてことがあったら、人が来なくなると思うわよ?」
「それと、どうやら大人が二名、城の周りをうろついているようです。――なぜか、ワルギリア様も一緒に」
「ふーん……」
急に無口で無表情になってしまったベアトリーチェ。しかし幹部二人は何もツッコまない。実に良くあることだからだ。
やがてベアトリーチェは――これも実に良くあることだが――子供のようにぱっと笑って、こう言った。
「面白いことを考えたぞ。――大人三名を城の地下に通せ!」
☆ ☆ ☆ ☆
――Ushiromiya Fantasyland 〔フラワープリンセス〕エリア 中央の城 1F:大広間 16:16
その場所の第一印象は、一言にすると「ダンスフロア」だった。
蔵臼と秀吉はワルギリアの(おそらく)好意で城内に入れてもらえることになった。裏手にある扉から城内に入りしばらく進むとさっきより大きな扉があり、それを開けると大広間に出た。
「ここがスタート地点です。ガイドの人が解説を行っている最中に、床が下降して地下に放り出されるのです。無論、ガイドの人も一緒ですよ」
天井を埋めるシャンデリア、薔薇の模様が彫られた床や壁の柱、その全てが、黄金色を基調としており、眩しく輝いていた。
「ほう……これは綺麗ですなあ」
「確かに綺麗だが、さすがにこれは眩しすぎではないかね」
「そうですか……これくらいが一番幻想的だと思ったのですが」
ため息をつくワルギリア。その時、天井から声が降ってきた。
『――幻想の城へようこそ』
* *
そのアナウンスを、城にいた誰もが聞いた。大広間にいたワルギリアと蔵臼と秀吉も、山羊をなんとかまいて城内をさまよっている留弗夫も、侵入者を追わなくてもいいという命を受けて引き揚げる山羊達も。
『ここは全ての幻想の始まりにして中心の地。ここを訪れた者達に願うことは、ここで起こることをただ信じることのみ』
その声は力強く、
『あなたが信じてくれる限り幻想は続く』
かつ、ひどく悲しげであった。
『あなたが信じてくれる限り――私の存在は続くのです』
* *
「そう。幻想はもはや虚構の中にしか行き場をなくしてしまったのです。人間が幻想の闇を照らす光を手にし、それにすがり続けたために」
ゆっくりと口を開くワルギリア。
「…………。それでは、幻想の望みは、幻想の闇で世界を覆うことかね?」
皮肉っぽい笑みを浮かべながら問う蔵臼。
――ファントムとやらが幻想の闇で世界を覆わんとしていることは分かっている。だが彼女らはファントムではない。ならばどう答える?
「さあ、どうでしょう。少なくとも私は……ここが名実ともにUshiromiya Fantasylandの中心地となるのを願うばかりです」
いかにも当たり障りのない感じの回答。しかし、緊張していた空気を和らげるのには十分だった。
「……堅苦しい話をしてしまいましたが。どうか気にせずにお楽しみください」
ワルギリアが言うと同時に、蔵臼と秀吉が立っている辺りの床が沈みだした。
行く先は――地下。
* *
ろうそくの明かりに照らされる薄暗い廊下でおっさん三人は無事合流した。
出口を探すために歩き回っていると、今まで見かけた扉より一回り大きくて豪華な扉を見つけたので、とりあえず開けてみた。
扉の向こうには、ろうそくの明かりしかない薄暗い部屋があった。手前側には真っ白なテーブルセットが据えてあり、奥側に位置するソファーには、ドレスをまとった女性が座っていて、優雅にお茶を飲んでいた。
「何用だ? まさか……この城に眠る秘密を探りに来たのではあるまいな」
声を放つ女性。暗がりにいるせいで顔は見えないが、その声色には気品がこもっている。
「いや……私達は外への出口を探しているだけだ」
女性の気品に気圧されつつも質問に答える蔵臼。
「そうか……。出口はこの部屋を出て左に曲がって三歩歩いたら見える階段を昇ってすぐの扉だ」
「なんだぁ? ずいぶん親切だな? てっきりボスかと思ったんだが……襲ってこねぇのかよ? ほらアレだ、『秘密を探りに来たのでなくても、ここに来たからには生かしてはおけぬ』ってな感じでよ」
「む……無闇な挑発はいかんで留弗夫くん!」
「何言ってるんですか。ここは遊園地のアトラクションでしょう。(小声で)――そうだ、さっきの山羊達だってきっとアトラクションの一環に違いない」
「しかし……」
秀吉は思う。
アトラクションのキャストにしては、この部屋の雰囲気に合いすぎてやしないか、と。
そう、まるでこの部屋が、初めからこの女性のための部屋であるかのように……!
「ボスか……それもいいかもなぁ……だけど約束が違うし……何より今は掃除中だからなァ!」
暗がりの中でにやりと笑う女性。
「暗がりでお茶飲んでる奴のどこが『掃除中』なんだよ?」
「ここだよ、愚かなニンゲンども」
女性が言うと同時に留弗夫の姿が突如消えた。
蔵臼と秀吉には、留弗夫が突如床に空いた黒い穴に落ちた、ように見えた。だが薄暗い上に、自分の見たものが信じられず、二人はまばたきしながら顔を見合わせた。
「気に入ったゆえ、今日のところは素直に帰してやる。だが次にここを訪れた時には容赦せぬぞ。妾の魔法を骨の髄までたっぷり味あわせてやるからなァ! ひゃはははっはははァ!」
そして――
☆ ☆ ☆ ☆
――Ushiromiya Fantasyland 〔フラワープリンセス〕エリア 中央の城入り口付近 17:01
どさり。
「!?」
足元の床が抜けたような落下感を数秒味わい、落ちた先は、何故か城の外だった。
すぐには立ち上がれず、尻餅をついた格好で辺りを見回す蔵臼。他の二人の姿は見えない。
「……どういうことだ?」
立ち上がり、城の周りを歩いているうちに、他の二人とはすぐに合流できた。どうやら蔵臼とは違う場所に「落とされた」ようだ。
「あの女性は何者なんや?」
「魔法がどうのこうのと言っていたが……まさか本物の魔女だということは……」
「ありえねぇだろ。魔女に扮したアトラクションのキャストに決まってる」
「では、城の地下から突然ここに来たのはどう説明する気かね? どう考えても――」
「落ち着くんや蔵臼兄さん。あの現象は……『ハロウィーン・ミラー・ハウス』から基地に行く時の感じに似とった。つまり、『ガァプシステム』を使ったんとちゃうか?」
「なるほど、それなら一応説明がつくな。あの技術は右代宮が独占しているわけじゃないし」
とりあえず謎の答えが出てほっと一息つくおっさん三人。その時、
「親父! こんなところで何やってるんだ?」
戦人、朱志香、譲治、真里亞が彼らの姿を見かけて近付いてきた。ということは、ここを襲ったファントムの連中は既に片付け終わったということだろう。
子供達の無事を心から喜びつつ、彼らはふと、一つの疑問を頭に浮かべた。
――そういえば、この城って名前ついてるのだろうか?
☆ ☆ ☆ ☆
――ファントムアジト ベアトリーチェの部屋 00:07
「見たか? 見たよなァ? 妾の迫真の演技!! ……楽しかったなぁ。もう一回やりたいなぁ。でも妾はただの『ガイド役』なんだよなぁ……。でもちゃんとやればきっと……!」
遊園地を襲った山羊達や怪人はうみねこセブンに倒されたという報告を聞いても、ベアトリーチェの機嫌が悪くなることはなかった。
「要するに、『城に住む魔女』に扮して、侵入者を相手に退屈しのぎをした、そのことがあまりにも楽しかったのですよ」
疑問を通り越して不審がる七姉妹に事情を軽く説明しながら、ワルギリアは数日前のことを振り返っていた。
「この城をアトラクションとして開放してもいいぞ」
「ニンゲンの毒が入る」とかなんとか言って、この城をアトラクションにすることを断固拒否していたあのベアトリーチェが、いきなりこう言ったのだから、ワルギリアはかなり目を丸くした。
「何なら妾を使っても良い。ただし条件がある。その条件さえ呑めば、妾はなんでもする」
ベアトリーチェが提示した条件をワルギリアが許可し、ワルギリアが与えた役をベアトリーチェが引き受けた。その結果が、この話の冒頭で長男夫妻が話題にしていた会議に繋がったのだ。
ベアトリーチェに与えられた役は「城のガイド役」。
ベアトリーチェが提示した条件は――「彼女が自由に動ける時間を増やす」。
彼女が増えた自由時間を使って何をするかは察しがついた。そのことに関して一応口を挟むことはしたが――
「聞かないでしょうねリーチェは」
「ええ……」
「そんなに悔しい? リーチェを動かしたのは自分ではなく、見知らぬニンゲンだってことが」
「…………。悔しくないと言えば嘘になります」
「私も悔しいわ。でも、リーチェが楽しいならそれはそれでいいって割り切ることにしたわ。……それにしても本当に大丈夫なんでしょうね、あの侵入者達を地下にやっちゃって」
「大丈夫です。入り口を見つけただけではここへは至れませんから」
きっぱり言い切ってから、ロノウェが淹れたコーヒーを一口飲むワルギリア。
蔵臼達に言ったことには何一つ嘘はない。この城が名実共にUshiromiya Fantasylandの中心地となり、Ushiromiya Fantasylandの名が世界に響いた後にファントムの支配が完了すればいい。そう、本気で思っている。なぜなら、この場所を「全ての幻想の始まりにして中心の地」にするために右代宮財閥に手を貸し、この遊園地を作り上げたのだから。
――あなたが信じてくれる限り幻想は続く。あなたが信じてくれる限り――私の存在は続くのです。
力強くかつひどく悲しげな声が脳裏をかすめて消えた。
「ところで、そろそろこの城に名前をつけましょう。 『ファンタジア城』なんてどうです? 素敵だと思うのですが」
「嫌よそんなセンスのない名前」
さて、どうなることやら。
【エンディング】
《This story continues--Chapter 10.》
《追加設定》
「キャッスルファンタジア」
Ushiromiya Fantasylandの中央に位置する城。近日アトラクションとして開放予定。
内容としては、ベアト扮するガイド役の人の案内で城を歩き回り城内で起こる不思議な現象を楽しむものになるかと。
地下にファントムのアジトへの入り口がある。
ロノウェです。おっさんにもかかわらず今回における出番がほとんどないということで、予告の担当が回ってきました。喜ぶべきなのか嘆くべきなのか……。
今回の見所は、「華麗なる投げナイフを披露するおっさん」「チェスをするおっさんとそれを見守るおっさん」「ヒーローショーのステージで名乗りを上げるうみねこセブン」
楽しんでいただければ幸いです。
――六軒島戦隊 うみねこセブン 第9話「幻想の城へようこそ」
おや、おっさんじゃないものが一つ混じっていたような……? ぷっくっくっく。
【オープニング】
――六軒島 右代宮家の屋敷 蔵臼の書斎 22:17
「あなた、お帰りなさい。会議はどうでしたか?」
「うむ、『ウォーターマジックワールド』の件はどこのエリアに配置するかで議論が平行線となり保留となったが……城の件は良い返事を貰えた」
「城の件……ようやくファンタジアからの了承が出たのですね」
「ああ。向こうが出した要求も十分呑める範囲だった」
スーツの上着を脱ぎながらひとりほくそ笑む蔵臼。
「あそこにアトラクションとしての機能が備われば、Ushiromiya Fantasylandはさらに賑わうこと間違いなしだ!」
《第9話 「幻想の城へようこそ」》
――うみねこセブン遊園地支部 訓練控え室 15:09
「戦人お疲れさまー。譲治の兄貴はまだ訓練してるの?」
「ああ。源次さんに投げナイフの手ほどきをしてもらうつもりだってよ」
「そうか。……」
「何だ朱志香、兄貴に訊きたいことでもあるのか。……わかったぞ、テストが近いから勉強のことだろ?」
「う……いやなこと思い出させるんじゃねー!」
「うー。今日のおやつはまだ?」
その時、まさに狙い済ましたようなタイミングで、入口の扉が開き、ワゴンを押した郷田が姿を現した。
「皆様、本日のおやつはケーキバイキングです。紅茶も数種類用意しましたのでお好みに合わせてどうぞ」
「うー!!」
手放しで喜ぶ真里亞。さっそくすぐ近くにあったチョコレートケーキ(と郷田の前で言ったら「ガトーショコラです」と修正が入るだろう)とベリー系果物のトッピングが印象的なケーキを皿に盛る。
「うお、先を越された!? だったら俺はこのチーズケーキをいただきだぜ!」
「いただきだぜ〜! うーうーうー!」
「譲治の兄貴の分も残しとけよ〜」
一方こちらは訓練室。
「……残念ながら僕達には得手不得手というものがあります。例えば僕や朱志香ちゃんには遠距離にいる敵への攻撃が出来ないし、戦人くんには熱くなりすぎると周りが見えなくなるところがあるし、真里亞ちゃんは攻撃力に劣る。けれども劣るものを嘆いてばかりじゃ始まらないんです。これからより厳しくなるであろう戦いを生き抜くためには、持っているものをより伸ばしていかなくてはならない。僕の場合は蹴り技もありますが……せっかく身につけたからには、投げナイフの技も伸ばしていきたいんです」
これまでの戦いを通して譲治は実感していた。自分達にはまだまだ力が足りないことを。
故に説明にも若干力が入ってしまう。しかし力説を受ける源次はあくまでいつも通り、冷静だった。
「……なるほど。譲治様の考えは理解しました。ならば」
数十メートル先の的に向けて腕を一振りする源次。速い、と譲治が息を呑むのとナイフが的のど真ん中に命中したのはほぼ同時だった。
「まずは命中率を限りなく高めるところから始めるのがよろしいかと」
数十分後、再び訓練控え室にて。
「おいクソジジイ、ファントムの連中についてあれから詳しいことは分かったのかよ?」
訓練控え室のモニター画面に現れた金蔵に戦人は質問をした。
「戦いをさっさと終わらせるには、ファントムの本拠地を発見して、それまでに本拠地をさっさと潰せるくらいの力を手に入れなきゃならねぇ。そのために俺達はこうしてたゆまぬ努力をしているわけだが……そもそもファントムについて、どのくらい分かってるんだ?」
『ふはははは、ずいぶん偉そうな口を利くようになったな戦人よ』
「おいおいそれって譲治兄さんが言ってたことじゃんかよ戦人ぁ!」
「あー、そういやそうだったな、まあアレだ、受け売りってやつだ!」
笑う戦人を呆れた表情で見る朱志香。真里亞はというと、古めかしい装丁のノートに何かを書き込んでいる。
そして、訓練をいったん終えた譲治は、紅茶を飲みながら真剣な表情でやりとりを聞いていた。
「ボスのベアトリーチェは黄金の魔女とか名乗ってるけどよ……本当に魔女なのか? そもそも魔女なんてこの地球上に本当に――」
「うー。魔女はいるー!」凝った意匠の万年筆をびしっと戦人に突きつけて言う真里亞。
「真里亞……」
「うー……」
「…………」「…………」
訓練室にはぴりっとした空気が流れる。しかし、
『チェックメイトです』
『おお、この一手は……ふふふ、そこに切り込んでくるとは……』
『金蔵さんはたまに遊びが過ぎるんですよ。よもやこの私が気付かないとでも?』
『…………』無言で金蔵のそばに青汁の入ったグラスを置く源次。
当主の部屋でくつろぐおっさん三人はそんな空気まったく気にしていなかった。
「「「通信の合間にチェスしてんじゃねー(よっ)!!!」」」
ともあれ話は戻った。
金蔵は神妙な顔つきで、かつてはこの世にも確かに魔女はいたのだと語る。今よりも発達していない知識や技術が照らしきれぬ深い「闇」の中に。
しかし今や魔女を初めとした幻想の存在達の居場所は、虚構の中にしかなくなりつつあるのだと。
『そういえば、近日Ushiromiya Fantasylandの中央の城が、アトラクションとして開放されるらしいじゃないか』
「らしいって……祖父様も詳しいこと知らないのかよ?」
驚く朱志香。彼女は昨日の夜蔵臼からその話を聞いたのだが、蔵臼もまた「近日開放」の事項しか知らず、ひたすらどんなアトラクションになるのかを楽しみにしてばかりだった。
「何で教えてくれないんだよ『ファンタジア』は? まさか開放を決めただけでアトラクションの中身は決まってない……ってことは無いよな?」
「『ファンタジア』?」朱志香のセリフに気になる単語を聞きつけて問う戦人。
「『ファンタジア』はこの遊園地を右代宮財閥と共に経営している会社のことだよ」すかさずフォローに回る譲治。
「へー」
頷きつつ戦人は(最近この会社の名前をよく聞くな……)とほんのり思った。
ちょうどその時、通信を知らせるブザーがけたたましく鳴った。
『緊急連絡! 〔フラワープリンセスエリア〕にてファントムの襲撃発生!』
切迫した感じのオペレーターの声に、戦人も朱志香も譲治も真里亞も反射的に立ち上がっていた。
かくして訓練の時間は終わる。ここから先は実践の時間である。
「『六軒島戦隊うみねこセブン』、出動だ!!」
――Ushiromiya Fantasyland 〔フラワープリンセス〕エリア 14:50
「CM撮影!?」
「ああ、中央の城がアトラクションとして近日開放されることだし、その宣伝も兼ねて新たにCMを作ろうと考えたのだが……協力してはくれないかね?」
南條が作った何かの装置のテストを手伝っていた留弗夫と秀吉は、蔵臼に呼び出され、〔フラワープリンセス〕エリア内の「GO田のマジカルレストラン」にやって来ていた。
台詞の字面だけ見れば自信たっぷりだが、その実蔵臼の口調は実に困惑している感じだった。
「協力するのは別に構わねぇけどよ……」
「その様子だと制作プランも決まってないようですなぁ」
「ああ……。最初は〔フラワープリンセス〕エリアを貸し切って撮ろうと思ったのだが、それよりはエリアの背景だけ撮ってから人物を合成する、もしくはその逆で、人物だけ撮ってから背景を合成するのがいいのではないかと言われて、困ってしまったのだよ」
「何に困ってるんだよ?」
「私には合成とやらに関する知識がないのだよ」
「合成……コンピュータグラフィックスとかか? ……俺達にもないぞ。楼座あたりに訊いたほうがいいと思うが」
「確かに、楼座さんならその辺の知識を持っとる人が知り合いに大勢いそうやし、楼座さん自身も持っていそうやからな!」
平日の午後ということもあって客は少ない。店内にまったりとした空気が流れる中、彼らもまた、まったりとした雰囲気で会話をしていた。
他にも様々な話をした後三人は店を出た。
しばらく歩くとイベントスペースが見えてきた。そこではヒーローショーが行われていた。(うみねこセブンのヒーローショーではない。テレビの特撮ヒーロー並みの知名度は彼らにはまだ、ない)
ちょうど始まったばかりらしく、案内役のお姉さんが元気な声で説明をしていた。
ほぼ同時に足を止める三人。
「不思議なもんだな。変身して悪と戦うヒーローなんて――ほんの少し前までは『虚構の中にしか存在しないもの』って思ってたのによ」
「ワシらはただ後ろの方で支えたり、応援したりすることしかできんっちゅうのは、思ってた以上に歯がゆいもんやな……」
「確かにそうだな。だが、私達には他にするべきことがある。……昨日、中央の城の話をした時に朱志香がこう言っていたよ。『守りたいものがあるから私は戦っている。そしてその中には遊園地もちゃんと入ってる』――ならば、Ushiromiya Fantasylandの運営に励むことが、朱志香達の手助けになるとは思わないかね?」
「…………。珍しく感心したぜ兄貴」
この、何か蔵臼にとって聞き捨てならない気がする台詞はスルーされることとなった。
「……! あれは何や?」
秀吉が声を上げたのとほぼ同時に蔵臼も留弗夫も、ヒーローショーに来ていた客達も、ショーのキャスト達も気付いた――ステージにいつの間にか山羊頭の集団が現れたことに。そいつらは腕に展開したブレードでステージを壊し始めた。
「な、なんということだ! 最近改装したばかりのイベントスペースが!」
蔵臼が叫ぶ横で辺りを見回す留弗夫。目に入るのは何かから逃げている人々。どうやら、イベントスペース以外の場所にも山羊達が現れたようだ。
「おのれファントムめ! この遊園地を壊した報いはいずれじっくりと――」
「恨み言はいいから逃げるぞ!!」
「始まったようですね。サタン……うまくやってくれるといいのですが」
花時計の前にワルギリアの姿がある。その服装はいつものドレスではなく、「表の顔」用のスーツである。まあ色々あったのである。表では悪義梨亞と名乗り、『ファンタジア』――正式名『ファンタジア・エンタープライズ』の社長を勤めている彼女には。
――いつまでもここに涼しい顔で留まっていては怪しまれます。早く城へ戻りましょう。
歩き出そうとしたその時、山羊の一人(?)と目が合ったので、ワルギリアは視線で「頑張ってくださいね」と伝えた。つもりだったのだが――
数秒後には五、六体の山羊達に囲まれていた。
「まさか……賢くない山羊はこの姿だと私が分からないのですか!?」
頭を抱えたい気分になるワルギリアであった。
――どうしましょう。ここでいつもの姿に戻ったところを誰かに見られるのは厄介ですが、そうしなければいずれやられてしまいますし。
だが、程なくして山羊達はイベントスペースの方に移動し始めた。二人を囲んでいる面々のみならず、他の面々もいっせいに。
「来ましたか……うみねこセブン」
――Ushiromiya Fantasyland 〔フラワープリンセス〕エリア イベントスペース 16:01
「今日のヒーローは俺達だぜ! うみねこレッド!」
「みんなの声援が私達の力となる! うみねこイエロー!」
「うー! 応援よろしくー! うみねこピンク!」
「って、お客さんも案内役のお姉さんもとっくに逃げちゃってるよ……。うみねこグリーン!」
「輝く未来を守るため! 『六軒島戦隊 うみねこセブン』参上!!!!」
――Ushiromiya Fantasyland 〔フラワープリンセス〕エリア 中央の城入り口付近 16:08
いまだアトラクションとして開放されていないこの城の周りは普段から人気がなく、騒ぎが起きてもそれと気付かないくらい静かだ。
しかし今、ここでちょっとした騒ぎが起こっていた。
「あら、蔵臼さんに秀吉さん。何故ここに……?」
「悪義梨亞さんこそ何故……ああ、今はそれどころではない。――実は、留弗夫が城内に入ってしまったのです」
「山羊の集団から逃げてここでひと休みしとったんですが、留弗夫くんが城の壁に寄りかかったひょうしに壁が回って……」
「な……なんですって?」
その頃留弗夫は山羊達に追われながら城内を疾走していた。広間にいた直立不動の山羊に、「良く出来た像だな」とか思いながら近づいた結果である。
「なんで……こんなところにこいつらがいるんだよ!?」
【アイキャッチ】
――ファントムアジト ベアトリーチェの部屋 16:09
「侵入者?」
「ええ、大人が一名、回転する壁を使って城に侵入したそうです」
「一応山羊達が適当に追い回してるけど……どうするリーチェ?」
ロノウェとガァプの報告を聞いたベアトリーチェはつまらなさそうに言った。
「さっさと痛めつけて放り出せ」
「それは可能だけど……もうすぐアトラクションとして開放されるここでニンゲンが痛めつけられたなんてことがあったら、人が来なくなると思うわよ?」
「それと、どうやら大人が二名、城の周りをうろついているようです。――なぜか、ワルギリア様も一緒に」
「ふーん……」
急に無口で無表情になってしまったベアトリーチェ。しかし幹部二人は何もツッコまない。実に良くあることだからだ。
やがてベアトリーチェは――これも実に良くあることだが――子供のようにぱっと笑って、こう言った。
「面白いことを考えたぞ。――大人三名を城の地下に通せ!」
――Ushiromiya Fantasyland 〔フラワープリンセス〕エリア 中央の城 1F:大広間 16:16
その場所の第一印象は、一言にすると「ダンスフロア」だった。
蔵臼と秀吉はワルギリアの(おそらく)好意で城内に入れてもらえることになった。裏手にある扉から城内に入りしばらく進むとさっきより大きな扉があり、それを開けると大広間に出た。
「ここがスタート地点です。ガイドの人が解説を行っている最中に、床が下降して地下に放り出されるのです。無論、ガイドの人も一緒ですよ」
天井を埋めるシャンデリア、薔薇の模様が彫られた床や壁の柱、その全てが、黄金色を基調としており、眩しく輝いていた。
「ほう……これは綺麗ですなあ」
「確かに綺麗だが、さすがにこれは眩しすぎではないかね」
「そうですか……これくらいが一番幻想的だと思ったのですが」
ため息をつくワルギリア。その時、天井から声が降ってきた。
『――幻想の城へようこそ』
そのアナウンスを、城にいた誰もが聞いた。大広間にいたワルギリアと蔵臼と秀吉も、山羊をなんとかまいて城内をさまよっている留弗夫も、侵入者を追わなくてもいいという命を受けて引き揚げる山羊達も。
『ここは全ての幻想の始まりにして中心の地。ここを訪れた者達に願うことは、ここで起こることをただ信じることのみ』
その声は力強く、
『あなたが信じてくれる限り幻想は続く』
かつ、ひどく悲しげであった。
『あなたが信じてくれる限り――私の存在は続くのです』
「そう。幻想はもはや虚構の中にしか行き場をなくしてしまったのです。人間が幻想の闇を照らす光を手にし、それにすがり続けたために」
ゆっくりと口を開くワルギリア。
「…………。それでは、幻想の望みは、幻想の闇で世界を覆うことかね?」
皮肉っぽい笑みを浮かべながら問う蔵臼。
――ファントムとやらが幻想の闇で世界を覆わんとしていることは分かっている。だが彼女らはファントムではない。ならばどう答える?
「さあ、どうでしょう。少なくとも私は……ここが名実ともにUshiromiya Fantasylandの中心地となるのを願うばかりです」
いかにも当たり障りのない感じの回答。しかし、緊張していた空気を和らげるのには十分だった。
「……堅苦しい話をしてしまいましたが。どうか気にせずにお楽しみください」
ワルギリアが言うと同時に、蔵臼と秀吉が立っている辺りの床が沈みだした。
行く先は――地下。
ろうそくの明かりに照らされる薄暗い廊下でおっさん三人は無事合流した。
出口を探すために歩き回っていると、今まで見かけた扉より一回り大きくて豪華な扉を見つけたので、とりあえず開けてみた。
扉の向こうには、ろうそくの明かりしかない薄暗い部屋があった。手前側には真っ白なテーブルセットが据えてあり、奥側に位置するソファーには、ドレスをまとった女性が座っていて、優雅にお茶を飲んでいた。
「何用だ? まさか……この城に眠る秘密を探りに来たのではあるまいな」
声を放つ女性。暗がりにいるせいで顔は見えないが、その声色には気品がこもっている。
「いや……私達は外への出口を探しているだけだ」
女性の気品に気圧されつつも質問に答える蔵臼。
「そうか……。出口はこの部屋を出て左に曲がって三歩歩いたら見える階段を昇ってすぐの扉だ」
「なんだぁ? ずいぶん親切だな? てっきりボスかと思ったんだが……襲ってこねぇのかよ? ほらアレだ、『秘密を探りに来たのでなくても、ここに来たからには生かしてはおけぬ』ってな感じでよ」
「む……無闇な挑発はいかんで留弗夫くん!」
「何言ってるんですか。ここは遊園地のアトラクションでしょう。(小声で)――そうだ、さっきの山羊達だってきっとアトラクションの一環に違いない」
「しかし……」
秀吉は思う。
アトラクションのキャストにしては、この部屋の雰囲気に合いすぎてやしないか、と。
そう、まるでこの部屋が、初めからこの女性のための部屋であるかのように……!
「ボスか……それもいいかもなぁ……だけど約束が違うし……何より今は掃除中だからなァ!」
暗がりの中でにやりと笑う女性。
「暗がりでお茶飲んでる奴のどこが『掃除中』なんだよ?」
「ここだよ、愚かなニンゲンども」
女性が言うと同時に留弗夫の姿が突如消えた。
蔵臼と秀吉には、留弗夫が突如床に空いた黒い穴に落ちた、ように見えた。だが薄暗い上に、自分の見たものが信じられず、二人はまばたきしながら顔を見合わせた。
「気に入ったゆえ、今日のところは素直に帰してやる。だが次にここを訪れた時には容赦せぬぞ。妾の魔法を骨の髄までたっぷり味あわせてやるからなァ! ひゃはははっはははァ!」
そして――
――Ushiromiya Fantasyland 〔フラワープリンセス〕エリア 中央の城入り口付近 17:01
どさり。
「!?」
足元の床が抜けたような落下感を数秒味わい、落ちた先は、何故か城の外だった。
すぐには立ち上がれず、尻餅をついた格好で辺りを見回す蔵臼。他の二人の姿は見えない。
「……どういうことだ?」
立ち上がり、城の周りを歩いているうちに、他の二人とはすぐに合流できた。どうやら蔵臼とは違う場所に「落とされた」ようだ。
「あの女性は何者なんや?」
「魔法がどうのこうのと言っていたが……まさか本物の魔女だということは……」
「ありえねぇだろ。魔女に扮したアトラクションのキャストに決まってる」
「では、城の地下から突然ここに来たのはどう説明する気かね? どう考えても――」
「落ち着くんや蔵臼兄さん。あの現象は……『ハロウィーン・ミラー・ハウス』から基地に行く時の感じに似とった。つまり、『ガァプシステム』を使ったんとちゃうか?」
「なるほど、それなら一応説明がつくな。あの技術は右代宮が独占しているわけじゃないし」
とりあえず謎の答えが出てほっと一息つくおっさん三人。その時、
「親父! こんなところで何やってるんだ?」
戦人、朱志香、譲治、真里亞が彼らの姿を見かけて近付いてきた。ということは、ここを襲ったファントムの連中は既に片付け終わったということだろう。
子供達の無事を心から喜びつつ、彼らはふと、一つの疑問を頭に浮かべた。
――そういえば、この城って名前ついてるのだろうか?
――ファントムアジト ベアトリーチェの部屋 00:07
「見たか? 見たよなァ? 妾の迫真の演技!! ……楽しかったなぁ。もう一回やりたいなぁ。でも妾はただの『ガイド役』なんだよなぁ……。でもちゃんとやればきっと……!」
遊園地を襲った山羊達や怪人はうみねこセブンに倒されたという報告を聞いても、ベアトリーチェの機嫌が悪くなることはなかった。
「要するに、『城に住む魔女』に扮して、侵入者を相手に退屈しのぎをした、そのことがあまりにも楽しかったのですよ」
疑問を通り越して不審がる七姉妹に事情を軽く説明しながら、ワルギリアは数日前のことを振り返っていた。
「この城をアトラクションとして開放してもいいぞ」
「ニンゲンの毒が入る」とかなんとか言って、この城をアトラクションにすることを断固拒否していたあのベアトリーチェが、いきなりこう言ったのだから、ワルギリアはかなり目を丸くした。
「何なら妾を使っても良い。ただし条件がある。その条件さえ呑めば、妾はなんでもする」
ベアトリーチェが提示した条件をワルギリアが許可し、ワルギリアが与えた役をベアトリーチェが引き受けた。その結果が、この話の冒頭で長男夫妻が話題にしていた会議に繋がったのだ。
ベアトリーチェに与えられた役は「城のガイド役」。
ベアトリーチェが提示した条件は――「彼女が自由に動ける時間を増やす」。
彼女が増えた自由時間を使って何をするかは察しがついた。そのことに関して一応口を挟むことはしたが――
「聞かないでしょうねリーチェは」
「ええ……」
「そんなに悔しい? リーチェを動かしたのは自分ではなく、見知らぬニンゲンだってことが」
「…………。悔しくないと言えば嘘になります」
「私も悔しいわ。でも、リーチェが楽しいならそれはそれでいいって割り切ることにしたわ。……それにしても本当に大丈夫なんでしょうね、あの侵入者達を地下にやっちゃって」
「大丈夫です。入り口を見つけただけではここへは至れませんから」
きっぱり言い切ってから、ロノウェが淹れたコーヒーを一口飲むワルギリア。
蔵臼達に言ったことには何一つ嘘はない。この城が名実共にUshiromiya Fantasylandの中心地となり、Ushiromiya Fantasylandの名が世界に響いた後にファントムの支配が完了すればいい。そう、本気で思っている。なぜなら、この場所を「全ての幻想の始まりにして中心の地」にするために右代宮財閥に手を貸し、この遊園地を作り上げたのだから。
――あなたが信じてくれる限り幻想は続く。あなたが信じてくれる限り――私の存在は続くのです。
力強くかつひどく悲しげな声が脳裏をかすめて消えた。
「ところで、そろそろこの城に名前をつけましょう。 『ファンタジア城』なんてどうです? 素敵だと思うのですが」
「嫌よそんなセンスのない名前」
さて、どうなることやら。
【エンディング】
《This story continues--Chapter 10.》
《追加設定》
「キャッスルファンタジア」
Ushiromiya Fantasylandの中央に位置する城。近日アトラクションとして開放予定。
内容としては、ベアト扮するガイド役の人の案内で城を歩き回り城内で起こる不思議な現象を楽しむものになるかと。
地下にファントムのアジトへの入り口がある。