『今回予告』
やあ、右代宮譲治です。
ええと、今回のお話は転校生、紗音ちゃんと僕の出会いだよ。
なんと初っ端から紗音ちゃんのピンチ!何とか事なきを得るも、立て続けに山羊たちの襲撃が。
ついに僕らの学校にまで幻想の魔の手が忍び寄ってきたということだね……!!
それから、ガァプという悪魔が初登場!彼女とのバトルも見所だよ。
……え?それはどんなヤツかって?
いやぁ何というか、これがまた冗談のようなとんでもない悪魔でね。……あははは。

『六軒島戦隊 うみねこセブン』 第4話 「守るべきもの」

あ、あれ?足元に穴が…………って、うわああああああああ!!!







【オープニング】


うん、と伸びをしながら、右代宮譲治は学校の敷地内を歩いていた。
今日はうみねこセブン基地本部での会議。
しかしメインは学生である譲治たち4人のため、どうせならみんなで合流してから六軒島へ行こうという話になっていた。
ちらりと時計を見ると、すでに約束の時間が近い。
初等部の真里亞はもちろん、高等部の戦人と朱志香も授業は終わっているので、譲治の講義が終わるまで朱志香たちのクラスで待っていることになっているのだ。
「……ん?あれは……」
歩みを小走りに変えて高等部の校舎に駆け込む間際。
ふと、4階の廊下の端っこで、女子生徒がタチの悪そうな男子生徒に囲まれているのが目に入る。
女子生徒の制服はこの学校のものではない。
一瞬他校生かと思ったが、すぐに先日、朱志香と戦人が上機嫌に騒いでいたことを思い出す。
「転校生………確か、紗音ちゃん……だっけ」
ふわふわとした髪の毛に、大きな瞳。……うん、多分間違いない。
戦人たちに約束の時間に遅れることを心の中で謝り、譲治は階段を駆け上がる。
こういうのを見て見ぬフリなどできないのが、譲治の譲治たる所以だった。

「へっへっへ。いいじゃねぇかよぉ。俺らとちょ〜っと遊んでオハナシしようぜっていうお誘いだよ」
「そーそー。親切な俺らがァ、わざわざ転校生に街を案内してやるっつってんだよ」
「ヤサシーよなぁ、俺たち」
ぎゃはははは!と手を叩いて笑う男子生徒3人に取り囲まれて、転校生の少女はすっかり萎縮していた。
はっきり断って逃げ出したい。でもそんなことをすると、これからの学校生活がどうなるか……。
そんな恐怖と逡巡で俯いていたときだ。

「やあ、お待たせ!」

のほほんとした、ひどく場違いな声が響いた。
「いやぁ遅くなって悪かったね、紗音ちゃん。早速行こうか。あ、きみたち3人も一緒に行くんだよね?」
はっと顔を上げると、にこにこと微笑む私服の男性が立っていた。
何で私の名前を、とか。行くってどこへ、とか。いろんな疑問が浮かんだが、それは色めき立つ3人によってかき消された。
「あぁん?」
「んだてめぇ、すっこんでろよコラ」
「大学生ってか?ここはァ、高校なんスけどぉ〜」
凄む3人にも全く動じることもなく、彼は穏やかに笑う。
「うん、そこの彼女に遊園地を案内することになっていてね。友達でも誘ってココで待っててくれることになっていたんだけど、きみたちは違うのかな?……まぁいいか。何かの縁だし、一緒に行こうよ」
「「「……ハァ!??」」」
「あれ、知らない?『Ushiromiya Fantasyland』。ほら、この度メリーゴーランドがリニューアルしてね。かなり豪華になったんだ。まさに夢の国って感じで、木馬や馬車なんかも全部新しくなったんだよ」
ウキウキと語りだす彼に、3人は揃ってげんなりした顔になった。
「……メリー」
「……ゴーランド」
「……夢の国」

「「「………うっぷ」」」

自分たちがメリーゴーランドに乗って、キャッキャウフフとしているところを想像してしまったらしい。
「ということで早速行こうか。はい、割引チケット」
笑顔で差し出したチケットは、パンと払いのけられた。
「いらねぇよ」
「……おい、行こうぜ」
「おう。あーあ、テンションだだ下がり〜」
3人は興が削がれたとでも言いたげに彼を一瞥すると、踵を引きずる不良独特の歩き方で去って行く。
やがて角を曲がり完全に見えなくなったのを見届けると、残された二人は同時に息をついた。
「あ、あの!ありがとうございました。えっと……」
「あぁ、ごめん。自己紹介もしないまま、突然悪かったね。僕は右代宮譲治。この学園の大学院生だよ。きみは……紗音ちゃん、だよね?」
「は、はい。そうですが……何で私の名前を……?」
知らない人物に名前を知られていることに対するものか、ちょっぴり警戒したように肯定する。
「あ、気を悪くしたならごめんね。きみのクラスに、同じ右代宮の苗字で、朱志香ちゃんや戦人くんって子がいないかい?僕ら従兄弟で、クラスの話はよく聞くんだ。特に、最近転校してきた二人についてはね」
「あ……そうだったんですね」
紗音は、少しでも疑ったことを恥じるようにぺこりと頭を下げた。
「えっと、右代宮先輩。さっきは助けて頂いてありがとうございました」
紗音が顔を上げるのを待って、譲治はにっこりと笑う。
「……さぁ?なんのことかな」
「え?でも……」
「この遊園地、経営しているのが僕の祖父なんだ。だから、入客数アップのために貢献をと思ったんだけど……彼らにはフラれちゃったね。残念だ」
ぱちりと片目を瞑る譲治に、紗音も理解する。
どうやらお礼は必要ない、ということらしかった。
「そういうわけだから……はい、これ。こっちはタダ券だから好きに使って。朱志香ちゃんや戦人くんや……嘉音くん、だったかな?みんなで遊びに来るといいよ。あ、嘉音くんの分もあげるね」
「いいんですか?……ありがとうございます、右代宮先輩。嘉音くんもきっと喜びます」
「あはは……遊び甲斐があるところだから、是非リピーターになってもらえれば嬉しいけど……」
「……けど?」
「『右代宮先輩』はナシにしないかい?名前でいいよ。長いしね」
「あ……じゃあ、『譲治先輩』とお呼びします……ね?」
なぜか恥ずかしそうにもごもごと呼ぶ紗音につられて、譲治も意味もなく赤面してしまう。
なんだか自分がとんでもないようなことを言ったように思えて、早々に話題を変えることにする。
「えっと!朱志香ちゃんや戦人くんはまだ教室にいたかな?」
「あ、はい。私が出るときにはいたと思います」
「そうか、よかった。僕は2人に用があるから教室に行くけど、紗音ちゃんはどうする?」
「私もカバンを教室に置いたままなので……」
「うん、じゃあ一緒に行こう」
二人で並んで歩き始める。
「そうだ、紗音ちゃんは前はどこの学校にいたのかな?」
「……えと、須磨寺付属です。隣町の」
私立須磨寺学園付属高等学校。こちらもこの学校と同じく、巨大なマンモス校である。
「あぁ、あの学校も大きいよね。……嘉音くんはどこにいたんだろう。何か聞いてる?」
「はい、嘉音くんも同じ学校でした。……ぁ……」
紗音が何か慌てたように口を噤むが、譲治は気付かない。
「へえ、そうなんだ。……でも、珍しいね。二人同時に同じ学校から転校してきて、二人とも同じ学校の同じクラスなんて」
「え……ええ、そうですね。その、先月二人立て続けに転校して行った人がいたらしくて、それで……だと思います」
「そっか。でも知り合いがいる方がなにかと心強いし、よかったね。もうこの学校には慣れたかい?」
「はい!朱志香ちゃんや戦人くんもすごくよくしてくれて……」
紗音がそこまで言ったとき。
ドォンという凄まじい音と共に、小さく床が揺れる。
「じ、地震?!」
「いや……下か?!」
廊下から身を乗り出して下を覗くと――――。

「メェーーーーーーーー!!」
ガンガンガンガンガンガン!!
「メェーーーーーーーー!!」
バキバキバキバキバキバキ!!
「メェーーーーーーーー!!」
ドンドンドンドンドンドンドン!!

「メェーーーーーーーー!!」
「メェーーーーーーーー!!」
「メェーーーーーーーー!!」

山羊の群れが大挙して押し寄せ、暴れているのが見えた。
「なっ……!!」
幸い、今その場に人影は見えないが、放課後とはいえ残っている生徒や教師は多数いる。
もし他の場所でも山羊が暴れ始めたら……!!
譲治はがつんと手近にあった火災報知機押し割って作動させ、紗音の手を引いた。
「とにかく安全なところへ!!」
ここは4階。追い詰められれば逃げ場がない。
階段を駆け下り、3階から渡り廊下で隣の棟へ。
そこからまた階段を下りる。
しかし2階の踊り場で、地鳴りのような足音が上がってくるのが聞こえた。
「速いな。……逆側の階段へ行こう。大丈夫?」
「は、はい、大丈夫です」
紗音にとっては、走るスピードよりも山羊たちによる恐怖の方が大きいようだった。

ピリリリリリリ―――――

突然の音にびくりとする紗音に「ごめん」と断り、譲治は走りながら携帯電話を取り出す。
表示は……本部、長官室。
ちらりと紗音の方を見て、通話ボタンを押した。
『譲治か。今学校だな?……襲撃だ』
「ええ、…ん………お父さん。今ちょっと大変なんだ」
電話の相手は金蔵。多分、現在の状況などの連絡なのだろう。
……しかし。紗音の前で迂闊なことはしゃべれない。
今の返答で気付いてくれと念じながら耳を澄ます……。
『………ふむ、一般人が一緒にいるようだな。返事だけでよい。聞いておれ』
「……あぁ、助かるよ」
きちんと伝わっていたことに、譲治はほっと息をつく。
『とりあえず、今一緒にいる友達をすぐに安全なところへ避難させ、お前は戦人たちと合流しろ。今は全員校内の避難誘導に動いているが、じきに完了する』
「わかったよ」
『火災報知機を作動させたのはお前だな?いい判断だ。おかげで学校にいた者は皆、早い段階で危険を察知できた。……あぁ、巻き込まれるのを防ぐため、消防はこちらでストップさせたぞ。火は出ていないな?』
「はい。僕もそれを連絡しようと思っていたんだ、ありがとう。……ところでお父さん、怪我の具合はどうだい?」
『うむ。今のところ、重傷者が出たという報告は入っていない。……軽傷の者は多いようだが』
譲治の意図するところを正確に受け取って、金蔵も話す。
『……む。イエローから通信だ。切るぞ』
「うん、わかった」

携帯をポケットにしまうと、紗音と目が合った。
一瞬ギクリとするが、すぐにきょとんとした顔で尋ねられる。
「……先輩のお父様、お怪我をされてるんですか?」
「え?……あ、あぁ!ちょっとギックリ腰をね。まぁ歳だからしょうがないかな。ははは……」
「そうですか……。お大事にとお伝えください」
「うん、ありがとう」
譲治の実の父である秀吉も、電話の相手であった金蔵も、この会話を聞いていたら、きっと憮然とした表情になるのは間違いなかった。



結局、逆側の階段下にも山羊たちが群がっており、もう一つ棟を移動するはめになった。
今度は譲治先輩だけが階段の下へ偵察へ行き、私は階段わきの美術室前で待機。
5分経って戻ってこなければ、また逆側へ移動して……ということになっていたけど。
……ちらりと時計を見る。
まだ2分も経っていない。それなのに、とてつもなく長いような気がする。
先輩は大丈夫だろうか。
こうして待っていると、悪い想像ばかり浮かんできて、やっぱり無理を言ってでもついていけばよかったと思ってしまう。
見に行ってみようか、ううん、それが元で先輩が危険な目にあったら……そんな逡巡をしていたとき。
廊下の向こうから、一匹の山羊が現れた。
他の大勢とは少し装飾が異なる服装。異なる装備。
山羊のリーダーなのだろうか。
………違う違う。そうじゃなくって。
声を出そうにも、息を飲み込んでしまうばかりで、声が出ない。
なぜなら、その山羊だけは銃を持つことを許されているようだったのだ……!!
「紗音ちゃん、こっちは大丈夫みた―――――」
譲治先輩が帰ってくる。
山羊の太い腕が、動く。
私は、動けない。
そして、ぽっかりと穴の開いたような山羊の目と、視線が合った。

……否。

合ったのは――――銃口。

「……ッッ!!紗音ちゃん!!」

そこからはもう、スローモーションのように見えた。

譲治先輩が叫んだ瞬間、引き金が絞られて。
それと同時に、彼が銃と私の間に割って入って。
そして、頭を抱きすくめられるのを感じた。

……あぁ、見える。

次の瞬間には、私を庇って背中を撃たれ、崩れ落ちる譲治先輩が。

―――――いや……。

今日出会ったばかりの、優しい、優しい、人。
それなのに。

―――――いやだ。

それなのに、こんなところで……!!
ぎゅっと目を瞑って先輩にしがみつく。

……やめて。


やめて―――――――――――!!!




「………これは」
うむねこセブン基地本部、長官室。
右代宮金蔵は立ち上がり、部屋の中のある異変に目を見開く。
箱の中に収められている宝玉―――コアが突然白い光を放ち始めたのだ。
戦士としての資質と、強い意志。二つが揃わないと、コアは反応しない。
「一体、誰なのだ……?」




ガシャァアアアアアアアアン!!!

「「?!」」
つんざくようなガラスが破壊される音に、呪縛が解けた。
と同時に、左腕に激痛が走る。
「……ッ……てて……」
「あ……!!だ、大丈夫ですか?!」
左腕を押さえる譲治に、紗音が慌ててハンカチを取り出す。
「だ、大丈夫。かすっただけだよ」
彼女の背後で粉々になった美術室のドアのガラスと自分の左腕を見比べて、譲治は曖昧に笑った。
外れた?外したのか?……この距離で?
銃口は確かに紗音の眉間を狙っていた。まともに当たっていれば、割って入った譲治こそが、あのガラスのようになる運命だったのは間違いない。
ちらり山羊の方を見ると、銃を振ったり叩いたりして、首を傾げているのが見える。
「……故障かな。……とにかく助かった。今のうちに逃げよう!」
「は、はい!」
手早くハンカチを腕に巻きつけてくれた紗音にお礼を言って、再び二人は走り始めた。
山羊は銃に気をとられ、追ってくる気配はない。
そこへメールの着信音。
走りながら内容を確認する。校内全員の避難完了とのことだった。
階段を下りて外へ出る。
中庭を突っ切り、教員用の駐車場を抜けて、裏門へ。
「……よし、追っ手はないね。紗音ちゃん、このまま走って家に帰るんだ」
「え?じょ、譲治先輩はどうするんですか?!」
「……僕はちょっとやることがあるんだ。大丈夫だから気にしないで」
「で、でも……!!」
「いいから早く。門を閉めるよ」
紗音を外へ押し出すと、ガラガラと鉄製の門を引く。閂をかけ、引っかかっていた鎖をぐるぐると巻きつけて、頑丈な南京錠をがちんと嵌める。
「いいかい、真っ直ぐ家に帰るんだよ。ハンカチは今度洗って返すからね。ありがとう」
譲治はちらりと時計を見ると、「それじゃあ」と言って、きた道を走って行った。
残された紗音は―――――。
「………っ……。譲治先輩、ごめんなさい……」



裏門が見えなくなるところまで走ると、すぐさまうみねこグリーンへと変身し、他のメンバーと合流する。
「遅れてごめん!……山羊たちは?」
「それが、いねぇんだ。生徒たちを避難させて、戻ってきたらガランとしててさ」
レッドが首をひねりながら、肩を竦める。
「いない?山羊たちを指揮する人物は見たかい?」
グリーンの問いに、3人は首を横に振る。
「山羊たちが勝手に引き上げたんじゃねーか?」
「うーん、山羊たちが自主的に行動できるのかどうかは微妙なところだね。今までは指揮する人物が一緒にいて、常に山羊たちに命令を与えているような感じだったんだけど……」
「うー!見て!あれが命令する人かな?」
ピンクが指差したのは、校舎の屋上。確かに山羊よりは小さい人影が見える。
「……かもしれないね。回り込もう!グラウンドだ!」
4人がグラウンドへと走ると、それを待っていたかのように屋上の人物が立ち上がる。
「うっふふふふ……!!早速お出ましね。私の名はガァプ!よぉく覚えておきなさい……?くす!」
ガァプと名乗る人物。
その風貌に4人はあんぐりと口を開けた。
まず、名古屋嬢もビックリな金髪縦巻きロールな髪型。
全身真っ赤なドレスに、ピンクのリボンのついた赤い帽子。
そして特筆すべきは……大きく割かれでもしたかのような、側面の大胆すぎるスリット。スリット?(汗
その多分スリットが、大きなリボンで結わえてあるだけの、これまた大胆な露出具合。
「……な、何というか……ド派手な敵だね……」
ぼそりと呟いたグリーンに、全員が大きく頷いた。


【アイキャッチ】


「と、とにかく!こんな無茶苦茶やりやがったのはお前か!?」
ビシリと指を突きつけて、レッドが怒鳴る。
「そうよ、と言ったら?」

「ンの野郎……!!冗談は乳のデカさだけにしやがれッ!!うみねこレッド参上ォ!!」
「レッド、おま……ゴホン!とにかく、冗談は服だけにしやがれってんだ!!うみねこイエロー!!」
「あはは……まぁそうだね。冗談は髪型だけにしてほしいかな。うみねこグリーン!」
「うー。ママも冗談は休み休みにしなさいって言ってた!うみねこピンクー!」

「へっ!冗談言うときは空気を読むぜ!!『六軒島戦隊 うみねこセブン』参上ッ!!」

シン。

距離的にはかなり遠く離れているにも関わらず、なぜかガァプのこめかみがピクリと動くのはわかった。
「い……言いたい放題言ってくれるじゃないのよ……!!とりあえず、髪型についてはそこの赤い坊やも同類でしょ?!ていうか大体、何で4人しかいないのに『セブン』なのよ。空気読むなら『うみねこフォー』くらいにしときなさいよ!」
ごもっともな発言に、イエローが神妙な顔でレッドの肩を叩く。
「……ツッこまれてるぜ、レッド」
「お、俺かぁ?!」
続いてグリーンも。
「……きみだ」
ピンクは肩に手が届かなかったのか、レッドのお尻をポンと叩いた。
「……………………」
「うおおおお!!ピンク、無言でケツ触るんじゃねええええ!!」
そのやり取りを見て、立っているのがアホらしくなったのか、ガァプは屋上の手すりにひょいと座る。
「……仲良しねぇ。でも私、きみたちのコント見にきたわけじゃないんだけど?」
「う、うるせえ!とにかく降りて来い!!」
「やぁよ。めんどくさい」
ガァプが投げやりに言った次の瞬間、空気が変わった。
「くすくす……引きずり降ろせるもんならやってみなさい?」
「……いっひっひ。あぁやってやろうじゃねえか、ふざけやがって……!!」
瞬時にレッドが武器―――機関銃を取り出す。
「じゃあ意地でも降りてきてもらうぜ……?逃げ場はねえ!!食らいやがれ、俺の蒼き機関銃!弾丸数MAXだぁあああああ!!」
レッドの機関銃が轟音を立てて、凄まじい弾丸数を発射していく。
動かなければ間違いなく蜂の巣。動かざるを得ない。誰もがそう思った。
……しかし。

パチン!

自分に向かってくる無数の弾丸を面白くもなさそうに見やり、おもむろにガァプが指を鳴らす。
「なッ?!」
その瞬間、漆黒の闇が……まるで口を開くようにぽっかりと宙に穴を開け、全ての弾丸を飲み込んでしまったのだ。
「なんだ、今のは……?」
グリーンが呟くのを待っていたように、4人の背後に先ほどと同じ大きさの穴が開く。
「ま、まさか……みんな伏せて!!」

ズダダダダダダダダダダダダダダダ!!!!

「わたたたたたたッ!!」
「うわッッ!!!」
「ピンク!!」
「う、うん!!」
グリーンの声に反応して、ピンクがすぐさま結界を張る。
しかしそれでも、レッドの強い想いが込められた数弾は結界を突き破って入ってくる。加えて、結界が張られるまでの数秒間のラグ。
弾丸が止む頃には、致命傷はないものの全員傷にまみれていた。
「畜生……!!どうなってやがるんだ。俺の弾丸が……コピーされたってことか?」
「いや、あの『ガァプ』という名前。聞いたことがあると思ったら……」
「……あぁッ!!そ、そうか!『ガァプシステム』!!」
『ガァプシステム』。本部と支部を繋ぐ瞬間移動のワープシステムだ。
「うん。つまり、あの穴に飲み込んだものを、そのまま好きなところに瞬間移動できる……そういう魔法なんだろうと思う」
「くそ、厄介だなぁ……!!」
イエローがガァプを睨みつけるも、彼女は涼しい顔で手すりに腰掛けている。
「レッド、とにかく銃はまずい。ソードに変形して。ピンクも攻撃魔法は使わない方がいいだろう。さくたろうと一緒に戦ってくれるかい」
「「了解」」
二人が頷くと、見計らったようにガァプが声を発した。
「くすくすくす……相談は済んだ?もうちょっと楽しませてくれないと、ガッカリしちゃうわよ……?」
パチン!
またもガァプが指を鳴らすと、今度は宙に浮いた穴から次々と山羊たちが吐き出される。
先ほどまで学校中を破壊していた山羊を一気に集めてきたのだろう。かなり数が多い。
しかしこの山羊たちを倒さないことには、ガァプを引きずり降ろすことはできないようだった。
「くっ……!!みんな、慎重に……」
グリーンが言ったそばから、レッドが山羊の一匹に踊りかかる。
「とにかくこいつらを倒しゃいいんだろ!?」
「レッド!待っ……」
「うおおおお!食らいやがれえええええ!!……って、おわッ?!」
レッドが剣をまさに振り下ろさんとしたとき。
穴に飲み込まれた。
「え?!」
「なッ?!」
吐き出された先は……イエローの頭上。
剣の勢いは止まらない。
「よ、避けろぉおおおお!!!」
「きゃああああああああ!!!」

ガキィイイン!!

「「ッッ?!」」
レッドの剣を受け止めたのは、爪。
戦闘形態のさくたろうだった。
「うりゅ。イエロー、無事?」
「あ……あぁ、助かったぜ……!!サンキュ。さくたろう、ピンク」
「わ、悪ぃ!迂闊だったぜ……。くそ、やりずれぇな」
「同士討ち狙いかよ……うぜー真似だぜ!!」



その後も、何度となく穴によるかく乱は続いた。
剣を振りかぶっては、拳を振り上げては、唐突に穴に飲み込まれ、眼前には味方が。
『味方に当たるかもしれない』という恐怖は、攻撃を鈍らせる。
そして『味方に攻撃されるかもしれない』という恐怖は、全方位へ意識を向けさせられ、返って注意力散漫になっていた。
その攻撃も防御も中途半端な状態は、接近戦では致命的。
ましてや、パワーと数で押してくる山羊たちだ。
精神的にも肉体的にも、メンバーが苦戦しているのは明白だった。
今更ながらに、戦闘前の『仲良しねぇ』の意味を痛感する……。

「まずいな……」
グリーンは呟く。
今のところは何とかギリギリ凌いではいるが、このままでは遅かれ早かれ同士討ちで潰れてしまう。
そして、体力的にも。
「……っく」
左腕を庇いながら、山羊の攻撃を避ける。
先ほどの機関銃で負った傷もあるが、バトルスーツを着ていない状態で受けた、あのリーダー格の山羊からの銃傷の方が深いようだった。
……何か。何かいい案はないか。
現状では、皆それぞれの持ち味を活かしきれていない。
では……自分は?
グリーンの持ち味は冷静な状況判断、分析。そしてそこから戦闘に活かせるものを導き出す。
サッカーでいえば、キャプテンでもエースストライカーでもない。しかしゲームを組み立てる司令塔。
それがグリーンのポジション。
実際に現場で戦っているからこそ、掴める何かがあるはずなのだ――――。
……と、そのとき。
「らめぇええええ!!落ちる落ちる落ちるううぅぅぅぅ!!!
視界の端でレッドが叫び声をあげてバタバタしながら足元の穴に飲み込まれ。
ぇええええ!!落ちる落ちる落ちるううぅぅぅぅ!!!」
叫び声を上げながらグリーンの上に降ってきた。
ピンと閃く。
「……これだ」
レッドを受け止めてやると、全員に向かって叫んだ。
「声だ!みんな、自分が穴に飲み込まれたと思ったら、とにかくすぐに大きな声を出して!そして闘ってる最中に誰かの声が聞こえたら、すぐに避けるんだ!!攻撃は躊躇しなくていい!!」



このグリーンの指示により、飛躍的に連携が取れるようになった。
全員が接近戦で戦う中、一番速度が速いのは、音。
発した声は穴が開き始めると同時に飛び出し、数瞬遅れて飲み込まれたものが出てくる。その時間差を利用した指示だったのだ。
タイムラグは短いが、メンバーの能力からすれば十分対応できる。
加えて敵である山羊たちにとっても、相手をしている人物が逃げ出したと思った瞬間、別の人物から攻撃を食らうという、一種の不意打ちのごとく作用しているようだった。



「ふぅん……。面白い子じゃない」
屋上から好き勝手に穴を開けては同士討ちをさせていたガァプが、にやりと笑って立ち上がる。
「山羊ども、後は好きに暴れなさい。私も好きにやらせてもらうわ……うっふふふ……!!」
パチン!
漆黒の穴が開く。吐き出されたのは、グリーン。
「避けてッ!!……って、え?」
「……ようこそ、緑の坊や」
待っていたのは鋭いピンヒールの先。
それは寸分の狂いもなく、グリーンの鳩尾に打ち込まれる。
「う……ッぐ!!ゲホゴホ!!」
腹部を押さえて膝をつくグリーンを見下ろしながら、ガァプは腰に手を当てる。
「下のアレ。きみの指示でしょ?なかなか頭イイじゃない、坊や」
「……お褒めにあずかり光栄、とでも言えばいいのかな?物理は得意科目でね」
「そう。勢いと体力だけのお子様チームかと思ってたけど……きみみたいな子もいるのね」
「僕も、きみみたいな魔法を扱う敵は初めてだからね。いろいろと収穫だよ」
苦しい息の下、それでも笑ってみせるグリーンに、ガァプは指を鳴らす。
「その収穫も、持って帰れなきゃイミないわよねぇ!?」
「うッわ?!」
ストン、と穴に落とされて。そして目の前には、またもガァプの踵。
胸を蹴られて息が詰まる。
弾き飛ばされた先には、また漆黒の闇。
そしてまた目の前には――――。
「あら?その腕、怪我してるの?くすくすくす……!!」
左腕へピンヒールが食い込む。
「ッがあぁあああ!!」
足へ腹部へ頭部へ。連蹴り段蹴り。腕へ肩へ膝へ。落として蹴って落として蹴って落として蹴って!!
そしてようやく地面へ這いつくばることを許される。
「ぅ……く…ッ……ぐ……!!」
「痛いでしょう?……ほら、泣いて謝れば今日のところは勘弁してあげてもいいわよ……?」
「……………………れ、が……するか……!!」
その返答に、ガァプがにやりと笑う。
「……そ。じゃ、落ちなさい」
指を鳴らす音と共に、再びグリーンが穴に飲み込まれた。
ガァプは体をひねり、ぐっと膝に力を溜め、後ろ回し蹴りの予備動作を終える。
睨みつけるは斜め上上空。そこが穴が開く場所。

……さあ、おいでなさい。ようこそ、奈落へ。

無様に落ちてくるだろう獲物にガァプが唇を歪めた、そのとき。

―――――ヒュン―――――

場違いとも言える、鮮やかな空を切る音。
穴が開き始めると同時に、銀の輝きが駆け抜けた。
それは正確にガァプの帽子だけを射抜き、背後の地面に縫い止める。
「んなッ?!」
そして、それに気を取られたから。
「……終わりだ、ガァプ」
「くっ…………!!」
ガァプの目の前には、ボロボロになりながらも笑みをたたえてナイフを突きつける、グリーンの姿があった。
「穴が開く場所が確定しているなら、距離を稼げる攻撃の方が有効だ」
「ふ……ふふふ……。数学も、得意そうね?」
「そうだね。公式を使った応用問題なんかは、結構好きだよ」
ガァプの額に汗が浮かぶ。
「それで、どうするつもり……?」
「動かないで。きみを基地に連行する。そして洗いざらい吐いてもらう。聞きたいことは山ほどあるんだ」
「へ、へぇ……?何かしら、聞きたいことって」
「『ファントム』の目的。組織編成。トップは誰か。戦闘員数。本拠地の場所。この間の亀の化け物。きみは幹部の一人なのか?他にもたくさん聞きたいことはある。……だから」
「だから?」
「……だから、おとなしくして。手荒なことはしたくない」
「………………そう」
観念したようにガァプが目を閉じる。
それを見てグリーンがナイフを下ろし、拘束用のロープを取り出した……その刹那。

「……でも」

カッとガァプの瞳が大きく見開かれる。
「縛られるのは御免なのよねぇ♪くす!」
聞こえたのは、ヒュッという鋭い音だけ。
「……ぁ…………」
喉元に、先の尖ったピンヒール。
頬にぺたぺたと当てられているのは、グリーンが投げて、そして確かにガァプの帽子を射抜いたはずの……ナイフ。
帽子は元からそこにあったように、彼女の頭に載せられていた。
代わりに今グリーンが握っていたナイフが、カラカラと乾いた音を立てて地面を転がっている。
形勢逆転。
いつの間に。
……冗談じゃない。
全然視えなかった……!!
「きみ、甘いわよ。男ならもう少しゾクゾクさせてくれなきゃ。……甘甘の坊ちゃんごときじゃ駄目。私が喜んで縛られるような、そのくらいの強さがないとね」
「……………………」
「でも化けると面白くなりそうだわ。だから今日は殺さない。……ま、元々遊びにきただけだったしね」
ガァプはにやりと笑いながらくるりとナイフを回すと、トンと柄の部分でグリーンの額を小突く。
……それだけで、かくんと膝が折れた。
呆然と尻餅をつくグリーンの目の前で、ガァプはひらひらと手を振りながら背を向ける。
「だから今度会うときには、もう少し強くなっておきなさい?そんなんじゃ、何も守れないわよ」
「……………………」
歩きながら優雅に指を鳴らすと、その先に漆黒の穴が口を開けた。
「あ、そうそう。コレは返しておくわね」
体半分闇に飲まれたまま、持ったままだったナイフを無造作に投げてよこす。
……それは正確にグリーンの装着していたインカムだけを射抜き、背後の地面に縫い止めた。
「じゃ、また会いましょ。……うっふふふふ…………!!」
笑い声だけを残して、穴が閉じる。
後には、尻餅をついたままのグリーンだけ。
そのままの体勢でグラウンドを見下ろすと、ちょうどレッドが最後の一匹の山羊を倒し終わったところだった。全員が肩で大きく息をしているのが、ここからでもわかる。……皆、疲労が濃い。
そしてぼんやりと。
本当にぼんやりと、後方に撥ね飛ばされたインカムを見て、装着していた辺りを撫でる。
「……ぅ……ぁ…………」
その瞬間、思わず叫び出したくなる衝動を、口を押さえて何とかやり過ごした。
耳に密着していたインカムを、ナイフで弾き飛ばしたのに。……皮膚には傷一つついていなかったのだ。

…………格が違う。

あのガァプと名乗る悪魔。
遊びにきた、とか言ってなかったっけ?遊び?アレが?!
冗談じゃない。本当に冗談じゃない。
口ぶりや態度からして、幹部かそれ相応の地位や力を持つ人物なのだろう。
すると、ファントムという組織の幹部連中には、あんなのがうようよしているというのだろうか。
……駄目だ。

このままじゃ、駄目だ。

ガァプの言う通り。このままじゃ、何も守れやしない。
もっともっと、強くならないと。
この街に溢れる笑顔や幸せや希望。僕らには守るべきものがたくさんあるんだから。
あのガァプの穴のような漆黒の闇なんかに、絶対にこの街を飲み込まさせやしない。
僕らにできること。
そして、僕らにしかできないこと。
ふらつきながらも立ち上がる。
ガァプが姿を消した辺りの虚空を睨みつけ、ぐっと拳を握った。


……見ていろ、ガァプ。次にお前に会うときを―――――!!



【エンディング】




【Cパート】

「……どうだった、姉さん。何か情報は掴めた?」
「…………う、うぅん。私の方は……何も……」
嘉音が紗音をじっと見つめる。ふい、と視線を外した紗音に、嘉音は軽く息をついた。
「……そう。どちらにせよ、襲撃からうみねこセブンが現れるまでの時間が短すぎる。……メンバーが校内にいることは、間違いないだろうね」
「そ、そうかな?たまたま、学校の近くにいたってことも……」
「……姉さん。僕は正門でチェックしてた。誰も不審な人物は入ってこなかった。……姉さんは裏門でチェックのはずだっただろう?」
「あ……う、うん。そうなんだけど……その前に絡まれて」
「何かされたの!?」
「ううん、大丈夫」
嘉音がほっと息をつく。
「そう。ならよかった。……気をつけてよ?姉さんはそういうのに目を付けられやすいんだから」
「うん、心配してくれてありがとう。嘉音くん」
「……でもまぁ、裏門から入ったって可能性も薄いと思うよ。襲撃が始まって10分経たない内に、うみねこセブンが避難誘導を始めたからね。騒ぎを聞きつけて裏門から入ったとしても、あそこからなら10分は確実にかかるだろうし」
「……………そうなんだ。……ねぇ、嘉音くん。うみねこセブンって、全員が10分以内に集まったの?」
「レッド、イエロー、ピンクは何度か見たよ。グリーンは見なかったけど……別のエリアを担当してたんじゃないかな。ガァプ様の前に現れたときには一緒にいたし」
「…………そう、なんだ…………」
「………?どうしたの、姉さん」
紗音の反応に、訝しげに嘉音が問う。
「……なんでもないよ」
裏門で譲治と別れた後。
これは任務だと自分に言い聞かせて、紗音は閉じられた門をよじ登り、譲治が走って行った方へ向かったのだった。
探す内に着いたのはグラウンド。
ちょうどうみねこセブンと山羊たちが戦っていたところだった。
紗音の目を引いたのは、うみねこグリーン。
背格好や、声。容貌まではよく見えなかったけれど……なんとなく、似ているような気がした。
そして特に、左腕。左腕を庇って戦っているように見えて。
……ううん。見間違えかもしれないし、自分がグラウンドに着くまでに負った怪我かもしれない。
全てにおいて確証なんて、ない。……ない、けど。
「……本当になんでもないの?……何か隠してない?姉さん」
嘉音の声に、びくりと肩を震わせる。
「な、なんでもないよ。……あ、そうだ!その、私たちのことって、山羊たちには知らされてないのかなって。襲撃に巻き込まれて……撃たれそうになったよ」
「……それは微妙なところだね。末端には伝わってないのかもしれない。大体、僕らだけ攻撃を受けなかったら、いくらなんでも怪しすぎるよ」
「そ、そうだよね……」
「……それだけ?」
「うん、それだけだよ。本当に、なんでもない……」
「………そう。ならいいけど。些細なことでも、報告はしなきゃ駄目だよ。……僕らは、ロノウェ様に大恩があるんだから」
「……うん、わかってるよ」
「じゃあ僕は報告に行ってくるからね。これが通れば、とりあえずもう転校しなくて済みそうだ。大きな学校だから、メンバーの特定には苦労しそうだけど……頑張ろうね、姉さん」
「……うん」
紗音の返事を聞いて、嘉音は部屋を出て行った。

一人になると、紗音は大きく深呼吸を繰り返す。
なんでもないと繰り返す。
不確定な情報を上層部に上げるわけにはいかない。だからまだ保留。現在調査中。……それだけだ。

そう。

……それだけのことなのだ。


《This story continues--Chapter 5.》






《追加設定》
【私立須磨寺学園付属高等学校】
隣町にある、うみねこセブンのメンバーたちが通う学校と同じく、エスカレーター式の巨大校。
出資元は須磨寺カンパニー。
紗音と嘉音が転校してくる前に通っていた学校である。
ちなみに茶道部が有名。

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