『今回予告』
うー!今回の予告は本編では出番が少ないからって真里亞なの!
…って、真里亞落ち込んでなんかいないの!今回予告も立派な出番なんだからいっぱい頑張るの!
今回はほぼ前回の続き状態から始まるんだけど…ベアトリーチェの記憶がなかったり、みんなびっくりな提案が飛び出したり、それを聞いてグレーテルがバタバターって飛び出し行っちゃったり、観覧車でワーってなったり…かと思ったらとんでもない数の敵まで来ちゃうの!
しかも、非道なヱリカが用意した敵はちょっと困った相手で真里亞…じゃない、ピンク達うみねこセブンはみんな大苦戦なの!
それに、それに!またまたうみねこブルーの不可思議な発言や行動が飛び出したり敵の新しい幹部との闘いだったりドカーンって一撃だったりでもうドタバタだらけッ!
……それに……何か大きなことが起こりそうな予兆も見え隠れしはじめてるの。

『六軒島戦隊 うみねこセブン』 第29話 「変わり始める世界 近付き始める変革の時」

と・に・か・く!いろんな意味で今回は大変なの!うーッ!







【オープニング】


戦人「…南條先生どうなんですか?」

南條「考えられるケースとしては極度のショックによる一時的な記憶喪失か、或いは力を使い果たした事による影響か…何せ彼女は普通の人間と同じ概念で診察出来るとは言い切れませんのでな」

戦人「くっそ…やっと皆の意見もまとまってこれからだって時に…何てこった!」


初診の結果を聞いて悔しそうにドンッ!と激しく右手を壁に打ち付ける戦人。
ドリーマーとの戦いの後、何も覚えていないような受け答えをしたベアトはあの後すぐに気を失ってしまい医療室へと運び込まれる事になったのだ。

それから半日、ようやく目覚めて南條先生による本格的な診察が終わったのがつい今しがたのことだ。

そして…今の診察結果で昨日のベアトの発言が現実のものであったことを実感させられたのだった。


黄金の魔女ベアトリーチェは……その全ての記憶を失っていたのだ。
気を失う前に交わした僅かの会話の中でも確信が持てるほどの、生まれたばかりの雛を思わせる無垢な表情の変化に演技では無いことは誰の目にも明らかだった。
だから…この診察結果はやはりと言えばやはりであったが……それでも、微かな期待を打ち砕かれてしまったのもまた事実だった。


真里亞「うー…やっとお話しできると思ったのに…」

譲治「振り出しに戻った、とまでは言わないけれど…返って彼女をどう扱えばいいのかが一層難しくなってしまったね。彼女が戦う理由を、守りたいものを知ることが出来れば歩み寄ることも理解する事も出来たかも知れないんだけど……こうなってしまっては……」

朱志香「だからって倒すってのは無しだぜ?記憶が無いんじゃ無抵抗な相手よりも寝覚めが悪ぃぜ」

紗音「申し訳ありません。もしかしたら…私の治療の仕方が悪かったせいなのかも…」

嘉音「それは姉さんの気にし過ぎだよ。現にベアトリーチェ様の傷は癒えていたんだ。それが精神にだけ副作用が生じたなんてまず考えられない」

紗音「…でも…」


一つの結論を出すに至って払われていた筈の重苦しい空気が再び彼等を包み込み始めていた。
運命の神とやらはどこまで彼等に試練を与えれば気が済むのか?…いや、此処まで性質が悪いと案外ポップコーンでも食いながら悩み苦しむ姿を見て楽しんでいるのではないかとすら思えてくる。


譲治「とにかく、ベアトの処遇については保留するしかないだろうね」

グレーテル「……保留?それはいつ記憶が戻って攻撃してくるかも分からない時限爆弾を懐深くに抱え込むようなものじゃないの?」

譲治「ッ。…それは…」


グレーテルの厳しい指摘に口籠る譲治。いつ記憶が戻るのか分からない以上、その瞬間に彼等が立ち会えなければ話し合う事が可能かどうかも分からない上にサッサと逃げられて終わりだ。…いや、最悪を想定するならグレーテルが時限爆弾と評した通り、基地内部であの膨大な魔力を炸裂させてうみねこセブン基地が跡形も無く壊滅する可能性でさえ十分に有り得るのだ。

厳重な牢で軟禁しようにも、うみねこセブンの全員を相手取ってでも互角以上に渡り合ってみせた彼女を推し留めて置ける牢など到底作れるわけもない。
…負傷でほとんど動けない状態かつホワイトの治療によって目覚めさせるタイミングが図れたからこそ『話し合う』と言う選択肢は成立していたといっても過言では無かったのだ。


再びの沈黙。

譲治の保留と言う意見に反論したグレーテルではあったが、ドリーマーとの戦闘前の戦人や譲治達の会話を聞いて思うところもあって先程の畳みかける様な抹殺論は出さないでいたからこその議論の停滞ではあったが……だからと言って、実際どうすればいいのか案の出し様が無いのが現状であった。


明確な意志を持ってベアトを倒さない、と誓った戦人もまた沈黙する。自分が譲治と同様に保留を宣言すれば敢えて二の句を続けなかったグレーテルも恐らく折れるであろうとの予想は出来ていた。
…だが、再び状況が二転三転してしまった今のベアトの状態ではグレーテルの危惧を跳ね除けて否定しきれないのだ。


もし、自分達が新たに現れた敵と戦う為に出撃している最中にベアトの記憶が戻ってしまったら……うみねこセブンの基地はファントムの居城の様に瓦礫の山にされてしまいかねない。その時、金蔵を始め大人達、基地の仲間達がどうなるのかは想像したくもない事態だ。


そんなやり場のない沈黙を破ったのは医療室から出て来た南條であった。


南條「うみねこセブンの皆さんは全員揃っていますな。ベアトリーチェさんが皆さんと話をしたがっています。中に入ってもらっても宜しいですかな?」


記憶が無いはずのベアトからの意外な申し出に驚く一同。
今のままでは埒が明かないことからその申し出に乗り七人全員が医療室へと入室する。


ベアト「…ぁ……その…あなた方が…うみねこ……セブンの方々……なのです…か?」


強張った口調で質問するベアトに頷く七人。
その様子から記憶が戻った訳では無いと分かり内心では落胆していたが…ならば何故自分達を招き入れたのかと身構える。


ベアト「…その……南條先生から…ある程度のお話をお聞きしました。……私のこと、ファントムのこと……そして…記憶を失う前の私とあなた方が戦っていたという…うみねこセブンの皆さんとのことを…です」


話を聞いたと言いつつも何処か他人事の様にぽつぽつと語るベアト。
記憶が無い以上無理も無い事ではあったが、それでも自分達が敵対関係にあって、とても友好的に話し合える相手では無い事だけは充分過ぎる程察しているはずだ。


グレーテル「そこまで聞いているなら私達に何の用があるって言うの!?要件をサッサと言いなさいッ!」

ベアト「ひッ!」


真意を掴みかねて苛立ったのかグレーテルがベアトに食って掛かる。
すぐさま隣にいた朱志香と紗音が止めに入ってそれ以上は続かなかったが、お互いの険悪さを身を持って知るには充分過ぎたのか、ベアトは一気に小動物の様に怯えてしまったが…それでも必死に伝えようと唇をキュッと噛み締めてから、敢えて自分達を招き入れて話したかった要件を話し始める。


ベアト「き、記憶を失っているとはいえ……わ…わたし…は皆さんにとって許し難い存在なのだと理解しました。だから……この場で一思いに…」

戦人「…なん……だって?」

ベアト「怖いんです!もし私の記憶が戻ってしまった時……私は…私を助けて頂いた皆さんや罪の無い多くの人々を攻撃してしまうかも知れません!ならいっそのこと…いえ、そんな危険な存在は居てはいけないんです!私を…私を皆さんの手で、殺して下さい!」


誰もが全く想定していなかったベアトからの提案に驚くうみねこセブン。
それを望んでいたグレーテルですら、まさかベアトの口から望んで殺されたいなどと言い出すとは思いもよらず目を見開いて立ち尽くしていた。

そして、驚くと同時に七人全員が今のベアトと言う存在を理解した。
今の彼女は『みたいな』ではなく、正真正銘の『雛』なのだ、と。
記憶を失う前の自分が危険な存在だったと知らされ、そうなるぐらいならばいっその事、と自ら死を選ぼうとしているのだ。

戦人、譲治、朱志香、嘉音、紗音、真里亞の六人はそれを理解した瞬間、彼女の処遇への葛藤を捨て、『保留』で決を出していた。
唯一人、残ったグレーテルは………自身が抱いた答えを否定してその場から逃げ去る様に走り去っていた。




その後、グレーテルを除いた戦人達六人はベアトからの提案について金蔵や南條達大人達とも細かく協議し、最終的に基地の安全保障などの観点からベアト自身の希望と合意の上で遠隔操作で起爆可能な爆弾付きの首輪を取り付ける。と言う事で話はまとまったのだった。
…無論、人道的ではないとの意見も多かったが、記憶が戻った際の暴走を恐れたベアト自身が強く自らを律する枷を求めた事による措置との感が大きかった。




医療室から走り去っていったグレーテルは自ら話し合いの場に出る事を拒否して観覧車の中で協議が終わるのを待っていた。
係員を困らせつつも何周も居座り続け、幾度も回り終えて辺りが暗くなった頃、その対面の席には協議の様子と決定した結果を伝えに来た天草が座り二人での周回が始まっていた。


天草「…って感じで最後は金蔵氏が締めて話は終わりました。…って、ちゃんと聞いてましたか、お嬢?」


肩肘を突いて窓の外を呆然と眺め続けるグレーテルの様子に一声かける天草。
微かだが首が頷き聞いていた事は分かったが…それ以外は依然無反応だ。



周回が頂上に近付き始めた頃、グレーテルはようやくぽつりぽつりと小声で呟き始める。


グレーテル「……性善説って知ってる?簡単に言えば人の本性は善人寄りだって話…」


問い掛けとも取れるグレーテルのその呟きに天草は答えない。それは敢えて無視しているのではなく、答えが欲しくて話しているのでは無いと理解してのことだ。


グレーテル「………私はね…ファントムの連中は例外なく性悪説で成立すると思っていたの。だってそうでしょう?これ以上ないほど人間にとって敵となる、害悪となる連中なんだから……」


なおも天草は沈黙で返す。その呟きの意図を察したからだ。


グレーテル「……それが…さぁ、寄りにも寄ってファントムの首魁が記憶がぶっ飛んだら『私を殺して下さい』ですって?…何それ?記憶が戻ったら悪人になるから?だから殺せ?何処の聖人君子様だってのよ?」


吐き捨てるように呟きながらグレーテルの頬には大粒の涙が幾筋も零れていた。
倒すべき最大の敵が自身の悪人像を完膚なきまでに全否定する善人振りを見せたのだ。
それは…グレーテルにとって戦う意義の根底を揺るがし得るだけの衝撃的な『事件』だったのだ。

嗚咽を漏らし始めたグレーテルを前になおも沈黙を守り続ける天草。
観覧車は頂点を越えて少しずつ降下を始めている。
この観覧車から最も夜景が綺麗に見える時間帯に大泣きして見逃す辺りがいかにも「お嬢らしいなぁ…」と内心で軽く苦笑しつつ、天草はようやく紡ぐべき言葉を決めて第一声をグレーテルに掛ける。


天草「お嬢、性悪説の意味を勘違いしてやせんか?」

グレーテル「……………え?」

天草「あれは「生まれた時は悪だが成長すると善い行いを学ぶ」って意味で「生まれた時からワルで以降も生涯極悪人決定」ってコトじゃあないんですぜ?」

グレーテル「……え?……え?……ええッ?!」

天草「お嬢の言う通りファントムの連中が性悪説に当てはまるんだとしたら、後々良い人になる事もあるんだって、そう思ってたって事ですよねぇ?」

グレーテル「ち、違ッ!そ、そんなつもりじゃ無くて…ッ!!あいつ等は人にとっての天敵であって相容れない存在であってそんな事は…ッ!!」


沈黙を守り続けていた天草のまさかの揚げ足取りに柄にも無く取り乱すグレーテル。
この場で天草の話の真偽は分からないものの、真面目に話して大泣きまでしていた全てが失笑ものの勘違いだったと思われてしまっては堪ったものでは無い。

観覧車は残すところあと数メートルにまで回ってようやく大慌てな騒ぎが収まる。


天草「ははは。まぁ、散々茶化した後に言うのもなんですが…お嬢、人間だろうがファントムだろうが、なんてのは些末な話って事ですよ。武力に長ければ人を制する力に長けるって事で、智謀に長ければ人を騙す事に長けるって事でさぁ。そこには大なり小なり『良し悪し』がある。ファントムの連中が人間よりその辺りが長けてれば必然としてその『良し悪し』の振れ幅も大きくなる。つまりは、『そこだけ』が目に付いちまうって事です」


大人らしい言い回しを気取っているのか難解そうな話を繋げて饒舌に語る天草にグレーテルは苦笑する。
難しく言わずとも要は『彼等の悪目立ち』を自分がピックアップして色眼鏡で見ていただけだ。そう言いたいのだ。


……今日の出来事でその言葉に少なからず同意の意思を示しつつも………内心ではどうしても拭えぬ一抹の反発もあった。
天草の言うファントムの『悪目立ち』と自分が知るファントムの『悪目立ち』は間違いなく大きな差異を孕んでいると分かっていたからだ。

…グレーテルにとって、自分だけが知る『あの事』を知った上でもなお天草に同じ事が言えるのだろうか?



…その思いだけは………今の彼女にはどうしても拭い難いものであったのだ。


【アイキャッチ】


ドラノール「…ヱリカ卿、魔界より帰還してすぐさま立案して実行に移しタその行動力はお見事デスが…今回の作戦、少々杜撰であるト感じマスが……本当に宜しいのデスカ?」

ヱリカ「ええ、ミラージュ様は寛大にも少しずつ戦力を殺げばよい、とおっしゃって下さいましたが結果は早く出すに越したことはありません。それに、今回はこれまでの訓練で傷付き過ぎて殆ど使えなくなった捨て駒用の山羊達を使って活きたデータを収集する事が目的の言わば布石としての一手。どうせ処分するなら少しでも私の実績の為の役に立って貰おうってのが狙いですから作戦と呼ぶのもおこがましいです。強いて名付けるなら…『廃品再利用作戦』とでも名付けましょうか?」


そう言って口端を嫌らしく釣り上げて可笑しそうにクスクスと笑うヱリカの様子に眉をひそめるドラノール。
規律第一の容赦ない猛特訓によって確かに新生ファントムの陣容は兵卒である山羊達でさえこれまでとは比較にならないほどの精強さにまで鍛え上げられていた。
…だが、その陰には数えきれぬほど振るいに掛けられた結果として『脱落』していった者達の血肉が積み上げられての事である。
ファントムの総合力は以前より遥かに上がっているだろうが…数の上では少なく見積もっても2割はまともに戦えなくなっただろう。その『戦傷者』とも言える負傷者達をヱリカは此処で何の慰労も躊躇もなく役立たずとして「捨てる」つもりでいるのだ。

自分がもしヱリカの上司であれば鉄拳の一つもお見舞いしてすぐさまこの暴挙の中止を宣言する所だろうが…残念ながらヱリカは上司であり宰相ミラージュ様からの信頼も篤い。

自分の権限では苦言は呈せても中止を促す事は到底不可能だ。


ヱリカ「さぁって、それじゃあ全員指定の配置に付いたみたいですし、始めましょうかッ!!」


スカートの端を軽く摘まんで誰にともなく一礼して攻撃開始を宣言する古戸ヱリカ。
こうして、既に閉園して月明かりが遊具を照らす深夜にファントムによる突然の夜襲は開始されたのだった。





レッド「クッ。な…何なんだよこいつ等はッ!」

グリーン「これは…一体…?…クッ!」

ホワイト「皆さん、油断しないで下さい!この山羊達…見た目はボロボロですが…気合いが違います!」

イエロー「くそッ!怪我人なら怪我人らしく大人しく寝てやがれってんだッ!!やりにくいッたらねぇぜッ!!」


『Ushiromiya Fantasyland』の入り口付近に当たるクラシックセレナーデエリアにファントム襲来の報を受けてすぐさま出撃したうみねこセブンの面々は今回のファントムの襲撃の『異常さ』にかなりの苦戦を強いられていた。
数こそこれまでにないほどの大軍だったが…現れた山羊達の殆どが全身の至る所に包帯を巻き付けた『負傷者』だったのだ。

負傷の度合いによって攻撃の重さも動きの機敏さもばらばらであり、更には指揮官と呼べる者すら居らずに全くと言っていいほど統制が執れてはいなかったが…個々の気迫が尋常では無かった。
腕の傷が開いたらしく、巻かれた包帯からかなりの血が滲んでいるにも関わらず意にも介さず全力で殴り掛かって来る者。
脚の傷が深く途中で倒れ込んでも這い寄ってでも必死に足を掴んで噛み付こうと地を這いつくばりながら襲い掛かって来る者。
怪我が酷過ぎて辿り着く前に力尽きてもその身が消え失せるまでその爛々とした瞳で射殺さんばかりにこちらを睨み続ける者。
…これほど『死兵』と言う表現が似合う者達もいないという……おぞましさを覚える凄惨な戦いであった。


レッド「く…そぉ!倒される訳にはいかねぇから倒すしかねぇってのに……胸が痛みやがる!」

ホワイト「もう…もう退いて下さいッ!!これ以上は……きゃああッ!!」

ブラック「ッ!気圧されちゃ駄目だ姉さん!!」

グリーン「伏せてホワイトッ!【破岩魔王脚】ッ!!」


ホワイトの張っていたバリアに亡者の如く群がっていた山羊達を強烈な蹴りの一撃で吹き飛ばして一斉に消し去るグリーン。
非情…とも思えたが、あのままではバリアを破られていた事を思えばそれしかなかった。



ヱリカ「いいのが出ましたねぇ。観測班、今のうみねこグリーンの蹴り技の威力値はどうでしたか?」

コーネ「謹啓、上司ヱリカに本作戦における観測担当班班長を任ぜられたコーネリアが謹んで報告申し奉る。今の蹴りにて計測された威力値は1800に上るものと知り給え」

ヱリカ「1800…ですか。うみねこホワイトの先程のバリアの負荷限界値は確認出来た限りで2100…ほぼ破れていましたから誤差はせいぜいプラス500以内でしょう。正に『この程度』、ですね。どうやらあなたの実力なら余裕で吹き飛ばせるようです、ドラノール」

ドラノール「…デスが、緑の戦士も白の戦士も…いえ、七人の何れも全力デハ無いように見受けられマス。ドウやら相手が満身創痍と言う事デ手加減が生じてイる模様デスネ」

ヱリカ「予想以上の甘ちゃん共ですねぇ。これならこのまま攻撃隊も組み込んで一気に倒す作戦に切り替えましょうか。ガートルード、砲魔怪人シュトラールに【魔導粒子砲】のチャージを始めさせておいてください」

ガート「…謹啓、上司ヱリカに謹んで申し立て奉る。シュトラールの超高威力砲の使用は一撃にて現戦場を余さず瓦礫と焦土に帰する殲滅の一撃になると知り給え」

ヱリカ「んなこたぁ言われるまでも無く百も承知です。シュトラールは【GEドライブ】搭載型怪人の試作型の言うなれば残らず皆殺しにする為の大量虐殺用怪人。いいからチャージさせるよう指示してください。それでうみねこセブンの連中が廃品共と一緒にまとめて掃除出来るってんなら安いもんなんですから」


ヱリカの躊躇ない一方的な催促に通信先のガートルードの復唱が返らない。
命令に対しての従順さはドラノール以上であろう彼女でさえ今の命令には明らかな拒否の意を示しているのだ。


ドラノール「…ガートルード、『上司』ヱリカの命令の復唱を」


これ以上の沈黙はヱリカの不興を買うと判断してガートルードに復唱を促すドラノール。
なおも数秒の沈黙が続きヱリカのこめかみに血管が浮き出はじめたところでようやく返答が返る。


ガート「………………真に『遺憾』ながら、上司ヱリカの命を復唱するもの也や。砲魔怪人シュトラールの【魔導粒子砲】のチャージ開始を指示するものと知り給え」

ドラノール「ッ!」

ヱリカ「……いい度胸です。そのぐらいの気概がある部下の方が返って心強いってもんです。ですが、」


その後に続く言葉を敢えて言わぬ事でガートルードへの無言の圧力とするヱリカ。
ヱリカとガートルードの相性は控えめに言ってもあまり良いものだとは言えない。
根本的な部下への価値観の相違から来るものである以上、その軋轢はドラノールのように語る事で埋められるものでは無く、決して相容れない類の『溝』だ。

新生ファントムは確かに強かったが、一個人による急進的な改革にありがちな幹部間での連携と意思疎通という面では全くと言っていいほど信頼関係が構築されずにいたのだった。




全力で戦い切れずに苦戦を強いられ続けていたうみねこセブンであったが、山羊達の負傷による根本的な体力やスタミナの不足が徐々に顕著になって来た事でようやく形勢を巻き返して総数の半分以下にまで撃退する事に成功する。


レッド「はぁ、はぁ、はぁ。……かなり手こずったけど…これだけ削れば大技の二、三発もあれば一掃出来そう…だな」

イエロー「最後通告だてめぇら!ここで退かなきゃ終わりだ!大人しく帰りやがれッ!!」


山羊達に最後の引き際を与えるつもりでイエローが叫ぶ。……が、その声は猛々しい山羊達の雄叫びによって空しくかき消される。
これだけの大軍が戦力の五割以上も損耗すれば少なからず動揺するのが普通だが…山羊達の士気は未だに旺盛だ。一兵たりとも引き下がるつもりがない…殺るか殺られるかの殲滅戦の様相であった。


グリーン「説得は不可能…だね。よし!こうなったら一気に片を付けよう!みんな、レッドとピンク、ブルーの三人に魔力を集束させて大技を使う時間を稼………ッッ?!」


一気に片を付ける為に態勢を整えようとしたグリーンの掛け声が驚愕と共に止まる。
遥か遠方に位置する『ビルからダイブ』のアトラクションの建物の屋上からこちらを狙い撃とうとする高エネルギー反応に気が付いたからだ。


ブラック「あれは…長距離砲!?」

イエロー「『イエロー・アイ』スコープ=オン!……ッ!ヤバいぜみんな!あれは左腕が丸ごと戦車砲みたいな大砲になってる怪人だッ!1km以上離れてるけど集束されてる魔力の量が半端ないッ!あの大口径砲は間違いなく…この辺り一帯を吹っ飛ばす威力があるッ!」

レッド「なッ?!味方もお構いなしってことかよ!!?」

ホワイト「い、急いで防御用の結界を用意します!」

グリーン「いや!いくらホワイトのバリアでも防ぎ切れる保証は無い!ピンク、強力な大魔法で迎撃をッ!!」

ピンク「うー!向こうの方が魔力の集束の方が早いの!先手を取るのも撃ち返すのも無理!間に合わないッ!!」

イエロー「…くっ!万事休す…って奴かよッ?!」

ブルー「いいえ、まだ手はあるわッ!レッド!【ガン・イーグル】の射撃モードを『ブレードショット』に切り替えてッ!!」

レッド「はぁッ?!?『ブレードショット』…って、なんの話だよ?!」

ブルー「ッ!まだ知らなかった?!【ガン・イーグル】のグリップカバーを外してバレルの後部にストックするの!急いで!」


ブルーの発言の意図が分からず困惑しつつも急を要する事態と察して言われた通りに【ガン・イーグル】を組み替えるレッド。
すると…試射した一発が今までにない刃状の魔弾…いや、魔刃として撃ち出されて鋭利な刃物で切り裂いたような傷跡が深々と大地に刻まれた。


レッド「な…なんだこりゃ!?【ガン・イーグル】にこんな機能が…」

ブルー「準備は出来たわね!?さぁ、それで早く屋上で狙い撃とうとしている奴に向かって撃ってッ!!」

レッド「わ、分かったッ!これならあの距離でも届くってんだな!?いっけえええええええぇッッ!!」


レッドの【ガン・イーグル】より撃ち出された魔刃が遠方の射手へと向かって中空を駆けて飛翔する。


ブルー「……これで三度目!上手く行ってッ!」

イエロー「な!?お、おいブルーッ!!?」

ホワイト「何て無茶な事を!!」


その飛翔する魔刃に向かって飛び込んだかと思うとスノーボードの様に魔刃の上に乗って空を駆けてみせるブルー。
変化した魔弾の形状を利用して即席の高速移動ユニットとして用いたのだ。


【ガン・イーグル】より撃ち出される魔弾は火薬式の実包でこそ無いが射撃武器として体を成す上で相応の弾速は当然ながら有している。
…つまり、届きさえすれば1km程度の間合いなど数秒あればすぐにでも詰められる、と言う事だ。


シュトラール「なッ!なにいぃいいいぃいッ!!?」

ブルー「くらえええええええええぇッッ!!【幻影の双剣】ッ!!」


あっという間に間合いを詰めたブルーが魔刃上より【幻影の双剣】の二刀を構えて臨界寸前までチャージしていたシュトラールへと交錯する様に襲い掛かってその身を断ち斬る。


シュトラール「ぐっ!?オオオオォオォォォォオオオオオオッッッ!!!?」


チャージされていた魔導粒子が断たれた身体の左腕を中心に制御不能に陥り大爆発を起こして消し飛ぶシュトラール。

…あとほんの数秒でもチャージの開始が早ければ臨界を迎えてブルーの強襲が間に合わずに逆に撃ち落とされていたことがヱリカに知られなかったのはガートルードにとって不幸中の幸いであった。


ブルー「はぁ!はぁ!はぁ!…痛ッ…何とか…倒せ……ッ!?」

???「見事な機転と敬意を表するものですが…シュトラールに気を取られて私を見逃していたのは致命的な誤りであったと知り給え」


辛うじてシュトラールを倒したものの、斬り掛かった勢いで乗っていた魔刃から転げ落ちた上に断末魔の大爆発を至近で受けた事によって少なからず手傷を負って片膝を衝いていたブルーの周囲に赤き結界が張り巡らされてそのまま身動きの一切を封じられる。
…そう。シュトラールへの指示が遅くなった結果としてガートルードはその直ぐ近くに控えていたのだ。

仲間と大きく離れて単独行動状態の上に消耗したブルーの目の前に奇襲の形で現れた新生ファントムの新幹部ガートルード。

……最悪のシチュエーションである。


ブルー「くッ!【幻影の双剣】ッ!!」

ガート「…。消耗している上にその姿勢の攻撃で威力値2500オーバー…。上司ヱリカの分析通り、やはり貴女が7人の中で最も厄介であるというのは事実の様ですね」

ブルー「そんなッ!?魔力霧散効果がある【幻影の双剣】で斬り裂けないなんて!?」

ガート「この【赤鍵】によって作り出された結界は天界側の属性をも有する特殊結界。よってその構成も魔力のみに依存した軟弱なものではないと知り給え」


押し込められた結界内で双剣を振るえる限り振るって必死の脱出を試みるブルー。
しかし、幾重に斬り付けても結界は傷一つ入らず徒労感と無力感がブルーの脳裏を支配する。


まずいッ!まずいッ!!まずいまずいまずいッッ!!!

今の新生ファントムには以前の様な甘さが一切ない。捕えた以上は余計な舌舐めずりなどせずに一気に始末に来るだろう。


ブルー「こ…こんなところで……」

ガート「好機には確実に仕留めよ、との厳命。…貴女の命、この一撃にて終わるものと知れッ!!」


振り上げられたガートルードの右手に集束された魔力が結界内へと直に放たれ強烈な一撃が内部炸裂する直前


????「ちょっと待ちやがれ、このやろおおおおおおぉおおおッ!!」

ガート「ッ!?うみねこ…イエロー!?」


突如として間に割って入ったうみねこイエローの強烈な右の拳のストレートがガートルードの左頬へと襲い掛かる。
ガートルードは咄嗟に結界へと押し込むつもりだった魔力が集束された右手でその鉄拳をガードし、一気に倒されかねなかったイエローの絶妙な奇襲をその場から数メートルに渡って弾き飛ばされる程度の被害に留める。


イエロー「すまねぇブルー!私がコイツを見逃してたせいで危ない目に遭わせちまった!」


『イエロー=アイ』による遠視に長けたイエローはシュトラール撃破後のブルーの危機にいち早く気付いてすぐさまブルーに倣って魔刃に乗って強引にこの場に駆け付けたのだ。


ガート「…威力値3000オーバー。右手の手袋が破れましたか。これが全力…と言う事ですか、うみねこイエロー」

イエロー「はぁ?なんの数字か分かんねぇけど、そんなもん気持ちや気合いでどうとでも変わるんもんだぜ?」

ガート「………。成程、精神のムラの多さ故の不安定さもまた武器とは、一つ利口になりました」

イエロー「…てめぇ、さり気無く馬鹿にしやがらなかったか?」

ガート「若さ故の強さ、そう感じたまでのこと」

イエロー「…まぁいい、とにかく、この結界をぶっ壊して今すぐ出してやるぜブルーッ!てぃッ!……って、なにぃ!?」

ブルー「無駄よイエロー。この結界はそう簡単に破れない」


外側から鉄拳を喰らわせて結界を砕きに行った拳が軽々と弾かれてたたらを踏むイエロー。
単純な物理破壊力に対する耐性ですら尋常では無い、と言う事だ。


イエロー「くっ!この手応え…まさかロノウェのシールドよりも固ぇってのか…?」

ガート「【赤鍵】で構成されたその結界の強度は魔界でも屈指のもの。拳打で破るは至難の極みであると知り給え」


ブルー「結界を構成している力がまるで違うのよ。私達の力は魔力には強いみたいだけどその力の前には…」

イエロー「……へへ、なぁに悲観的になってんだよブルー、らしくねぇぜッ!私達が今までどうやって強敵達を倒して来たと思ってるんだ!?一人で壊せねぇなら、二人で壊しゃいいんだよッ!!」

ブルー「ッ!!」


イエローの言葉にハッとなるブルー。
自分の攻撃が効かなかった事ですっかり弱気になっていた事を思い知らされる。
…そして、『一人で戦い続けていた事』による思考の停滞についても…だ。


イエロー「行くぜブルー!3、2、1、今だッ!!」

ガート「ッ!これは…」


外側からの拳撃と内側からの斬撃の同時攻撃によって砕け散る赤き結界。
結界を壊されたガートルードは軽く感心した様子で二人を見る。


イエロー「なんだよ、魔界で屈指の結界ってのもこの程度じゃねぇか」

ブルー「…………ありがと…イエロー」


ブルーは小声でわざと聞こえないようイエローに礼を言いつつ、二人は揃ってガートルードに向かって身構える。
対するガートルードは結界を破られた上に二対一になったにも関わらず涼しい顔だ。


ブルー「不利になったのに随分と落ち着いたものね」

ガート「不利?シュトラールを倒して結界を破って見せただけに過ぎない。それは大局としては然したる変化は無いものと知り給え」

イエロー「それは違うぜ。私がこっちに来る前に山羊達との戦いは決着がついてた。今頃他の5人もここを目指してるはずだ」

ガート「山羊達が?…いくらなんでも早過ぎる」

イエロー「レッドとピンク、ウチの火力担当を舐めないで欲しいぜ」

ブルー「何よりも今二対一だって事が大きな変化よッ!!さぁッ!新生ファントムの新幹部ガートルード、討ち取れる好機は最大限に活かさせてもらうわッ!覚悟ォッ!!」

イエロー「幹部ってことは怪我人山羊達をけしかけやがった責任は当然持ってるよな?!ぶん殴って修正してやるから覚悟しやがれッ!!」


二人同時に左右からガートルードを挟み込むようにして攻撃を仕掛けるブルーとイエロー。
流れを味方に付けての反撃態勢に入ったことにより一気に仕留められるかと思えたが…


コーネリア「ッ!その拳打、我が結界によって上司ガートルードへと届く事、罷り成らぬ事と知れッ!!」

イエロー「チィッ!ここで新手かよッ!?けどッ!」

ブルー「この間合いなら(ファントムの奴も後々良い人になる事もあるんだって、そう思ってたって事ですよねぇ?)…ッッ!違うッ!ファントムは敵!全て敵!敵は此処で…倒すッ!もらったァッ!!」

ガート「勇敢なる蒼き戦士よ、我が仲間は一人に非ず。故にその刃、決して我が身に届かぬと知れ」

ブルー「ガッ?!はぁッッ!!?」

イエロー「なッ!!?嘘だろッ!?ブルーーーーーッッ!!」


イエローは見た。ブルーが構えた双剣の刃がガートルードを捉えようとしたその瞬間、彼女の側面より現れたもう一人の新手より放たれた赤き斬撃の一閃がブルーの【幻影の双剣】を叩き折りながら彼女の身に直撃するという悪夢のような光景を。

金属バットで打った野球ボールの様な手軽さと速さで十数メートルに渡って吹き飛び、屋上端の鉄柵へと激しく叩き付けられて倒れ伏すうみねこブルー。
アトラクションの安全の為に設けられて一際頑丈なはずの鉄柵は打ち込まれたコンクリートの根元が露出するほど激しくひしゃげて人型をそのまま象り、受けた衝撃の凄まじさをありありと示していた。
そして…ピクリとも動かないブルーのその様子は良くて気絶、最悪なら即死ですらあり得るほどの酷い打ちのめされ方であり、コーネリアとガートルードと対峙していたイエローがブルーを打ちのめした新手の正体であるドラノールに続いて更にヱリカまで現れたという危機的状況をも無視して駆け寄るのも無理からぬものであった。


イエロー「おいブルー!しっかりしろッ!!おい!おいッ!!…ッ!息が…あるッ!良かった!気絶で済んでるッ!!」

ヱリカ「威力値4000。…アベレージで5000オーバーな貴女がなぁに手加減しちゃってるんですか?」

ドラノール「…うみねこブルーの今のガートルードへの攻撃、その刃ニハ躊躇いと手加減がありまシタ。その意を汲んデこちらも加減をするノハ当然カト?」


既に気を失っていたブルーにとっては実に皮肉な話であった。
戦場には無用と思っていた相手への配慮が結果としてドラノールの刃を鈍らせ、自身の命を救う結果になっていたのだから。


ヱリカ「はぁッ?!意を汲んで手加減ッ?!狩ってナンボの処刑人がなぁに一端に騎士道気取ったセリフほざいてるんですかッ!?こっちは端っからブチ殺せる時には確実に殺っとけって命令出してんだろうがッ!それを」

コーネリア「じ、上司ヱリカに謹んで報告申し奉るッ!うみねこセブンの残りのメンバーがこの屋上まで辿り着くまでの猶予はそう無きものと知り給えッ!」


自分の厳命を反故にして自身の矜持を優先させたドラノールを激しく叱責するヱリカの言葉を遮るようにしてうみねこレッド達の来襲が間近であることを伝えるコーネリア。
報告内容に緊急性があるとはいえ、明らかにその怒りを有耶無耶にしようとの意図は見て取れる行動だ。


ヱリカ「…ちっ。まぁ、いいです。今回のところは此処までにしておきましょう。調子に乗って大技を連発してくれましたので有用なデータは十分に揃いましたからうみねこセブンの戦力はもう丸裸も同然です」


この場でこれ以上咎めても有効ではないと悟り一先ずその怒りを鎮めつつ、手元のデータチップと思しきケースを見ながら妖しく濁った瞳で満足そうな冷笑を浮かべるヱリカ。…その表情は先程までの激情に駆られたものよりも一層寒気を催すおぞましさをまとっていた事はこの場にいた全ての者が感じ取っていた。


ヱリカ「ふふふ、これでもう次の戦いではチェックメイトをすればいいだけ。引き上げますよドラノールッ!ガートルードッ!コーネリアッ!…それでは御機嫌よう、うみねこイエロー。次にお会いした時が皆様の、うみねこセブンの最期の時だとしっかりとお伝え下さいね?!…くっくく、あーーーーっはっはっはっはっはっはっはッッ!!!」


不吉な言葉と嘲る様な高笑いを残して消え去るヱリカと新生ファントムの三幹部達。
4人の姿が完全に消え去って数秒の後にうみねこレッド達が屋上の階段から駆け上がって来て二人の元へと辿り着く。


幸いうみねこブルーのダメージは打撲中心でそれほど酷いものではなく、ホワイトの治療によって数日もあれば全快出来る程度のものであったことだが……


…………イエローから伝えられたヱリカの不吉な予言めいた言葉は彼等の胸に大きな不安を残すことになるのであった。








ほぼ同時刻 ウィッチハートエリア 『魔女の森』 

この主戦場となった二つのエリアから離れた場所で、ヱリカ達が去った事で戦いが終結したと思われていた頃合いを見計らって動き始めた二つの影があった。


45「45より410へのデータリンク完了。第一射、発射可能です」

410「410データ受領。にひひひひひひひ!大きな戦いの直後でまさか私達がこんな所からこっそり狙っているなんてあの連中、ぜ〜んぜん気付いてないにぇ♪」


シュトラールよりも更に遠かったこの場所から木陰に隠れて狙撃の機会をずっと窺い続けていたシエスタ410と45のシエスタの姉妹兵が誰にも気付かれないうちにひっそりと黄金弓の矢の照準を『ビルからダイブ』の建物屋上でうみねこブルーの治療の様子を見守っていたうみねこレッドの脳天へと発射準備を整え終える。

410が独断で45を連れ出し、自らの足で狙撃ポイントを選んでチャンスが来るのを強かに待ち続けていたのだ。

独断行動ながらヱリカですらも知り得ず作戦行動からも完全に切り離されていたその独立遊撃兵としての行動は正に伏兵中の伏兵。
それが狙撃兵ともなれば、狙われた相手はその一撃でその身の生命を穿たれ終えるその刹那に自分が撃たれたのだとようやく気付くというレベルだろう。


410「にひ。発射」


それだけの必殺の一撃であるにも関わらずあまりにも無造作に、無感動に放たれる黄金の一矢。
シエスタ410という完成された狙撃手による『本物の狙撃』である以上、射手は相手をその照準に収めた時点で仕留められるか否かを悟っていたと言って良かった。

…故に、うみねこレッドはこれまでの長きに渡る戦いが嘘の様に、あまりにも呆気なく死を迎えるはずであった。


410「…にぇ?…にぇえええええええッ!?そんな…馬鹿な事が…ッ!!」

45「黄金弓の矢を…素手で止めたッ?!」

???「派手な戦いが終わってやっと静かになったんだ。無粋な横槍はやめてもらいてぇな、シエスタウサギの姉ちゃん達」


青いコートを身に纏った精鍛な男がその左手で掴んだ黄金の矢を握り潰しながらシエスタの二人に語り掛ける。
矢は放たれた『直後』ではなく、確実に百メートル以上に及ぶ距離の中空を独特の無軌道さを以って翔け抜けていた最中だった。
…それを…この男は突如として木立ちの脇から飛び掛かり、そのうねり狂う蛇の如き矢の先端部を素手で掴んで止めてしまったのだ。

矢を斬り払うなどというレベルの芸当ではない。


410「な…何者だにぇお前ッ!名を名乗るにぇッッ!!」

???「…いいのか?俺としちゃあ名乗るのは別に吝かでもねぇんだが……この場で俺が『誰か』を知ってしまったら、姉ちゃん達を見逃して生かして帰す訳には行かなくなるんだが?」

410&45「「ヒッッ!!」」


410と45はその男の金色の双眸から一瞬だけ放たれた殺気に中てられてただけで揃って腰を抜かしてその場にへたり込む。
その一瞬で互いにその身を両断されたと錯覚するだけの『死の恐怖』を与えられてしまったからだ。

…ドラノールやあのお方が脳裏に浮かぶ事を禁じ得ない『別格さ』を思い知らされて竦み上がる二人だったが…45はふとこの男が何者であるかに気付いてしまう。


45「……ぁ……その髪……まさか……二十の……」

???「そこのピンク髪のウサギは此処で死にたいらしいな?」

45「な、何でもないですッ!!」

410「そ、そうだにぇッ!私達は今日は一日部屋でのんびりゴロゴロ寝てたんだにぇッ!何も無かったし誰にも会わなかったんだにぇッ!と言う訳で、お助けえぇーーーだにぇえええーーーッッ!!」

45「あッ!ま、待って下さい410!私もッ!私も今日は一日寝ていましたので何も記憶にありませんのですッ!寝惚けてたら此処に居たんですッ!お、置いてかないでぇえええーーーッッ!!」


これ以上ないほど取り乱しながら慌ててその場から我先にと逃げ出す410と45。
男の腕前をもってすれば十分に追い討つ事は可能ではあったが…例え敵であっても戦意無き者を狩るのは忍びない、と自身の矜持に従ってそのまま見逃すことにした。


???「…正に脱兎の如き逃げっぷりだな。まぁ、あれだけ脅しておけば二度と狙撃する気にはならないだろうし誰かに話すこともねぇだろ。……それにしても」


男は遥か遠方の建物の屋上で命の危機に晒されていたことなど露とも知らずにブルーの治療の様子を見守りつつ、イエローからの報告を受けていたうみねこセブンの面々へと視線を投げ、




???「………あの程度の未熟者の集まりが本当に俺達にとっての『希望』になるってのか?…頭痛がすらぁ」


失意に満ちた口調でそう言い捨てたのであった。



【エンディング】




《To be continued》


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