『今回予告』

ついにこの日が来てしまったんですね…。
いつか来る日です。それが思いのほか早かった、ただそれだけです。
ええ、うみねこセブンはついに私達のファントムの本拠地キャッスルファンタジアに乗り込んだわ。
力を付けて来たセブン達は決して甘く見れる奴らじゃないわ。
もちろん、私達もそう簡単にやられるつもりはないけどね、くすくすくす。
ええ、あの子の未来のため、私達は絶対に負けるわけにはいきません。
最後の戦いが、これから始まります。


『六軒島戦隊 うみねこセブン』 第24話 「最終決戦!?ファントムキャッスルでの戦い」







********************

「うみねこセブンにこの場所がバレたってどういうことよぉ!!」



城の中の大広間を早足で駆け抜けながら、一人の魔女、――エヴァが叫ぶ。
その問いかけは、後ろから追いかけてくるシエスタ達が引き継いだ。


「は、はい!!先の戦いで、ベアトリーチェ様が自らお認めになったとのことです……!!」
「にひ、すでにセブン達は私達を倒そうとこっちに向かってるにぇ〜」
「…敵の数は僅かに7人。しかし、徐々に力を付けつつあるレッド達や、能力が未知数のブルーがいます。決して楽観視できる状態ではないかと…」

「…ふん、だからこうしてこの私が直々に出向いてあげてるんじゃないのー!
面倒くさいけどー!…ふふふ、ここで私がセブンを倒したらあいつ等もびっくりするわよー
『さすがエヴァです!見直しました…!』『ああ…、さすがは我が弟子だなぁ!エヴァがいればファントムも安泰だぞぉ!』とかなっちゃって、
私の出番も大幅あーっぷ!人気も鰻登り★後期からは私が主役になっちゃたらどうしようww
さぁ!待ってなさい!うみねこセブン!!私が華麗にキュートに倒してやるんだから!!!」

非常に都合のいい妄想を広げながら、エヴァが城の扉を開く。
元々セブン達が乗り込んでいたという情報を聞き、彼女は頭に血が上っていた。
その上そんなことを考えていたのだ。当然前なんてよく見ているわけがない。
だから、不用意に開けた扉の向こうから近づいてくる青白い”光”に、エヴァはまったく気がつかなかった。



ドカァアアアアアアアアン!!

「「「「!!?き、きやぁああああああああああああああああ!!!」」」」

大きな悲鳴を残して、エヴァが、シエスタ達が大きく吹き飛ぶ!
大きな半円を描いて城を越えた彼女達は、そのまま夜の闇へ放り出されると、やがてお星様になった……。




そして、代わりに城の前の広場からわいわいと騒ぐ数人の声が聞こえて来た。

「凄い…!凄いぜ!南條先生!!こんな威力のある銃、初めて見た!!」

自分の撃った銃で起こした惨劇にはまったく気がつかず、レッドが興奮した様子で叫ぶ。
目の当たりにした新たな武器の威力に、周りに立つグリーンや、イエロー達からも次々に賞賛の言葉が発せられる。
その円の中心で、気恥ずかしそうにその言葉を受け止めていた南條はおずおずと一つの言葉を切り出した。

「ええ、私の自信作です。これさえあればファントムだって敵ではありません!!…しかし、一つだけ問題がありましてな…」
「問題?なんだよ…?」
「一度打ったら次のエネルギーをチャージするまで1日掛かります」


「「「「「「「!!?使えない(ぜ)(ねーぜ)(わ)(です)!!」」」」」」」


「はは、まぁ、スーツなどもパワーアップしておきましたから、頑張ってください。
それでは!私は本部から金蔵さん達と一緒に指揮をとりますので!!」
「あ、ってちょっと!南條先生―――!!…行っちまった」

そう言うと、呼び止める間もなく南條は夜の闇の中に消えて行ってしまった。
はぁ、と大きくため息をついて肩を落としたレッドは、少しだけ迷った後、銃を腰につけた愛用の銃の隣に固定した。
おそらくこの戦いが終わるまでに再び使えるようにはならないだろうけど、捨ててしまうのももったいない。
持って帰って、あとでまた南條に改良してもらうのがいいだろう。


「…ちぇ。ならもっと早く言ってくれよ。
そしたら今打たずにファントムと戦う時まで取ってたのに。もったいねぇ……」
「思いがけず、役に立った気もするけどね…」
「???どういうことだ?ブルー?」
「………なんでもないわ」

そう言い切って、視線を背けてしまったブルーにレッドが首を傾げる。
まぁ、いいか。この様子だとしつこく問いかけても教えてはくれなそうだし、そもそも今大切なのはそんなことではない。
ごくりと、唾を飲み込むと、レッドは背後に聳え立つ一つの城を仰ぎ見た。



「遂に…、この時が来たんだな」

月夜に浮かぶ城を見上げながら、レッドが噛みしめるように言う。
時刻は午前2時。
普段ならばいつもたくさんの人で溢れ返っている遊園地も、さすがにこの時間ならば辺りに人影はない。
それはつまり、今の時間ならば多少派手なことをしても、他の人を巻き込まないということを意味していた。

「遊園地の開演時間は明日の朝9時。
少しぐらいの時間ならお祖父様達がごまかしてくれるだろうけど…。
あんまり時間が掛かれば、外の人達に不振に思われて、人が入ってくると思った方がいいだろうね」
「…つまり、6時間以内に彼らを倒さないといけない、ってことですよね…」

険しい表情で口々にそう言ったのは、グリーンとホワイト。
彼らもまたレッドと同じように、険しい表情でキャッスルを見上げていた。
その前に二つの影が歩み出る。

「大丈夫だって!今までだって私達、何度も敵を倒して来ただろう!?今回だって負けねーぜ!!」
「うー!!ピンクも頑張るよ!ファントム達をやっつけて、皆で帰ろう!
皆でまた一緒にパレードを見よう?七杭達のレストランで一緒にケーキを食べよう!!」

歩み出たのはイエローとピンクだった。
不安げな表情を浮かべる仲間達を元気づけるように、彼女達は力強い口調で叫ぶ。

しかし、自分達を励ます彼女達の満面の笑みにもブラックの険しい表情は崩れなかった。

「…油断は出来ません。確かに僕達はたくさんの敵を退けてきました、…でも。
ロノウェ様に、ワルギリア様。幹部クラスの人達の強さは僕達が破ってきた敵とは比べものにならない…」
「…うん、ロノウェ様達は強い。きっと苦しい戦いになるね。
でも、私達は引かないよ。皆を守るために戦おうって、もう決めたんだから」

暗い表情で俯いたブラックの手をホワイトが優しく包み込む。
穏やかで暖かい笑顔をホワイトは浮かべたが、しかしその瞳の中には今はしっかりとした強い光が灯っていた。

その光に、ブラックが、レッドが、その場にいた仲間達が強く頷く。

「…ああ、そうだな…。もう引けない。これで終わらせるんだ…」

レッドは再び月夜に浮かぶ、城を仰ぎ見る。
今まで自分達を、そして罪もないたくさんの人々を危険にさらして来た元凶が、ここに居る。
そして、彼らを倒すことで漸く誰も傷つかない世界を取り戻すことが出来る。
自分たちが望む未来を手に入れるにはそれしか道がない以上、レッド達も引くことが出来ないのだ。



「行こう…!ファントムの奴らを倒して、皆を守るんだ!!」



「「「「「「ああ!!」」」」」


レッドの言葉にセブン達は深く頷き、答えた。
覚悟を決めた彼らに迷いはない。
力強い足取りで、レッド達はファントムの待つ城の中へと乗り込んで行った。








その中で、一人。

最後尾を歩いていたブルーだけが、一人足を止めた。
彼女達の後ろに立つ気配に、一人だけ気づいたからだ。


「俺は行かなくてもいいんですかい?お嬢?」
「……敵の伏兵が残っていない保証なんてないわ。あんたはここに残って、有事の際には外の皆を守って」

後ろの茂みから聞こえた声に、ブルーは振り向きもせずにそう答えた。
その言葉にほんの少しだけ、戸惑ったような雰囲気が伝わってくる。
幾つかの言葉を言いかけては飲み込んだ彼は、やがて何を言ってもブルーの決意を変えられないことを悟って、深いため息をついた。


「……了解しました。どうか、お気をつけて、お嬢……」
「…ええ、ありがとう…」

最後にそう言い残して、声の気配が消える。
一人取り残された広場の真ん中で、ブルーはレッド達が入っていった城を見上げる。
ぼんやりとした彼女の視界の中に、一瞬。いつか見送った大きな背中と、頭を撫でて”必ず帰る”と笑っていった一人の青年の姿がよぎって、……ブルーは大きく首を左右に振った。



「…もう、二度と繰り返さない。今度は私も一緒よ。必ず守ってみせるわ…”お兄ちゃん”…」

ぎゅっと手を胸の前で握りしめて、そう宣言した。
レッド達を追う彼女の手の中で、赤いコアが鈍く光った。


***


「「…以上。伝令を終わるよ!セブン達ははエヴァとシエスタ姉妹兵を撃破!一回のホールに踏み込んだ模様だよ」」
「そうか…、わかった。ゼパル、フルフル。伝令ご苦労であった」

一方、その頃。
城の最深部に位置する玉座の間では、ファントムの幹部達がセブン達を迎え撃つため集まっていた。

広いホールの中には、ロノウェやガァプ、ワルギリアなど残った幹部の姿が見えるが、彼らにいつもの余裕はない。
そして、その中心で玉座に腰掛ける魔女、――ベアトリーチェも、
ワルギリア達ですら滅多に見たことがない冷たい瞳で伝令の言葉に耳を傾けて行いた。

ゼパル達の報告を聞いたベアトリーチェは小さく頷くと立ち上がった。

ぐるりと彼女が玉座の間に集まった人々へと視線を向ける。
…そこにもう七杭の姿はない、エヴァやシエスタの姿も。
かつて、ワルギリアに手を引かれてこの玉座に初めて座ったあの時とはあまりに変わってしまった光景に、ベアトリーチェの胸が強く痛む。

それに気取られないように彼女は強い視線を保つと、凛とした口調で集まった仲間達に向かって語りかけた。


「総員、戦闘配備!非戦闘員は直ぐに魔界に戻せ!!なんとしてもこの城の中でセブンを打ち倒すのだ!!」
「「「はっ!」」」

残ったファントムの兵士達が強く頷く。
ベアトリーチェの指示の通り持ち場へと散っていく仲間達の中で一人、暗い表情をしてその様子を見守っていた者がいた。
玉座から少し離れた場所でベアトリーチェを見守っていたワルギリアである。

「……このドサクサに紛れて、あの子だけでもここから脱出させることは出来ないのでしょうか…?今でしたら、きっと本部の目も…」
「無理ね」

ワルギリアがぽつりとこぼしてしまった言葉に、瞬時に否定の言葉が返ってくる。
驚いて顔を上げると、いつの間にか彼女の隣には自嘲気味な笑みを浮かべたガァプが立っていた。

「リーチェは遊園地から出られない。仮に出られても、今一人だけ逃げ出すなんてもうリーチェが承知しない。
戦って、今度こそうみねこセブンを破る。もうそれしか私たちが取れる道はないのよ」
「…それしか、道はないのですね……」

絞り出すようにそう言って、ワルギリアが視線を上げる。
もちろんワルギリアだって本気で逃がすことが出来るなんて思ってはいない。
直ぐにいつもの凛とした表情を取り戻した彼女は、互いの気持ちを確認するようにガァプと、横に立つロノウェへと視線を向けた。

その瞳に籠もった意志の意味を理解したロノウェが静かに頷く。


「…さぁ、行きましょう、ガァプ。
ご安心ください、マダム。私達が迎え撃ちます。セブン達がどのような力を持っていても、この部屋には近寄らせはしません」
「ロノウェ…。私も一緒に……」


言いかけたワルギリアの言葉を、ロノウェが彼女の口に指を当てて止めた。
告げることを許されなかったワルギリアは代わりに不安げな視線でロノウェを見上げる。

いつも優しく、凛と強い光を放っていたワルギリアの瞳が、今は危うく揺れていた。
その不安を少しでも減らそうとロノウェはじっとその瞳を見つめると、いつもの食えない笑みをワルギリアに向かって浮かべた。


「いいえ。それには及びません。……どうかマダムはお嬢様の側に…」
「……………そうですね。わかりました」

ほんの少しの迷いの後、ワルギリアもロノウェの言葉に頷いた。
その瞳に強い光が戻ったことを確認したロノウェとガァプは互いに視線を向けると、
それぞれの持ち場に付くため黄金の蝶となって消えていった。



彼らが消え、他のファントムの兵達も部屋から出ていき、騒がしかった玉座の間が急に静かになる。

残されたのはたった二人。
…そしてこんな表情は、残されたもう一人には見せられない。


ワルギリアは大きく息を吸い込むと、いつもの穏やかな表情を作り玉座に座るベアトリーチェの元へと近づいた。



「お師匠様…?ロノウェ達は…」

ワルギリアの存在に気付いたベアトリーチェが顔を上げる。
つい先ほどまで保っていた、凛とした表情はワルギリアの前ではない。
自分の前でだけ見せる、迷子の子供のような表情を見せるベアトリーチェに、ワルギリアは優しく微笑んだ。


「セブン達を迎え討ちに行きました。大丈夫。ロノウェ達でしたら、セブン達など敵ではありませんよ」
「…そう…だよなぁ…。ガァプもロノウェなら…、大丈夫だよなぁ…?お師匠様ぁ…」

自らに言い聞かせるようにベアトがそう繰り返す。
カタカタと小さく震える彼女の手に、ワルギリアはそっと自分の手を重ねた。



「…どうして…」


自分達は、この子にこんな表情をさせてしまっているんだろうか…?

元々、ワルギリア達は人間界への侵略など興味はなかった。
徐々に住処を失っていく自分達の生活には危機感は抱いていたが、
それも、人間界でも生きていけるワルギリア達にとっては切実な問題ではない。

それでも、率先してこの任務に就いたのは、ただベアトリーチェのためのはずだった。

なのに今、自分達はこうして彼女を戦いの場に引っ張りだし、
一つ間違えば、前よりももっと小さな鳥かごに彼女を放り込む口実を本部に与えようとしている。



こんな筈ではなかったと、どうしてこんな風になってしまったのだろうかと。
考えてもどうしようもないことだと解っていても止められなくて、
ワルギリアは疼く胸の痛みを振り払うように、強く強くベアトリーチェの手を握り締めた。


…その時、不安げに俯くベアトの向こうに、
何故か倒れた彼女を運んできてくれた赤毛の青年と、小さな少女の姿が浮かんで消えた。


もしも、彼らならば…、どうするだろうか…?

もしも、彼らならば…。
こんな道しか与えられない自分達とは違い、
もっと広くて光り輝く世界にベアトを連れて行ってくれるのではないだろうか…?





「……馬鹿な考えですね。人間に期待を向けるなんて…」


ふっと自嘲気味に笑って、ワルギリアは頭に浮かんでしまった甘い考えを打ち消す。

あの少女と青年がベアトによくしてくれたのは、”知らなかった”からだ。
ベアトが幻想の住人だと知れば、どうなるかわからない。
彼らだってあっさりと掌を返すかもしれないのだ。


…そう、どこからも助けは来ない。


姿は見えなくとも、本部に残っている”彼女”の部下であるあの少女は、どこかで自分達を監視しているだろう。
そして、少しでもおかしな様子が見せればこの場を乗っ取ろうと、喜々として乗り込んでくるに違いない。

ここから逃げ出すことは出来ず、そして、魔界へ戻ればベアトリーチェに未来はない。
……そのどちらの結末も拒否すると言うのならば、もう選べる道なんて一つしかない。



「大丈夫です…、ベアト。必ず勝ちます。
うみねこセブン達を倒して、この地上をあなたが生きられる世界に変えて見せます……!」

強くベアトリーチェの手を握り締めて、ワルギリアはそう宣言した。
その言葉にベアトリーチェの瞳が僅かに揺れたことに気付いていながら、そう言うしかなかった。




戦って、勝つ。

それしか、道はないのだから。



***



「…誰も、いないな…」

開けた扉の先を注意深く見渡しながら、朱志香が首を傾げる。
彼女の視線の向こうに広がっているのは、薄暗く長い城の廊下。
当然待ちかまえていると思っていた敵の姿はそこにはなく、ただ静かな闇だけが広がっていた。

「…油断しないで、ファントムの作戦かもしれない。
ここが彼らの基地だということはもう間違いないんだ。僕らの侵入をそうやすやすと許すわけがない」

グリーンの言葉に、先に足を踏み入れていたレッドとイエローも頷く。
ここは敵の本拠地。グリーンの言う通り、どんな罠が待ちかまえているかわからないのだ。

「…それで、これからどこに行けばいいんだ?ベアトリーチェ…だっけ?そいつを倒せばいいんだろう?」
「ベアトリーチェ様は、きっと城の最も奥の玉座の間にいらっしゃるはずです……」
「道理だぜ!ラスボスはいつだって一番奥に居るってのが王道だろう!奥へ向かって進んで行けば見つけられるだろう?行こうぜ!」
「ちょっと待って、イエロー、皆も……」

ブラックの言葉に直ぐにでも奥に進もうとしていたイエローを引き止めたのはグリーンだった。
不思議そうに眺める仲間達をグリーンが険しい表情で見つめる。
彼ら一人、一人の顔をしっかりとその脳裏に焼き付けたグリーンは、やがて意を決したように口を開いた。

「皆、よく聞いて。ここから先はどんな罠が待ちかまえているかわからない。
ロノウェやガァプ、ワルギリアと名乗った敵の幹部もきっと待ちかまえてるはずだよ…」
「それは…、わかってるけど…。でも、止まるわけにはいかねーぜ!今更…」

グリーンの言葉に、イエローが不満げに声を漏らした。
その言葉にグリーンも深く頷く。

「そう、僕らは進むしかない。
そして必ず、最深部にいるというベアトリーチェの元にたどり着かないといけないんだ。
たとえ。”僕らのうち誰か一人だけ”だったとしても、ね……」
「!!…グリーン…、それって…!!」

グリーンが告げた言葉に、その場にいた誰しもが息を飲む。彼が言葉の裏で何を言おうとしたのかに気づいたからだ。
不安と、冗談であって欲しいと願う仲間たちの中で、にっこりとグリーンは優しい笑みを浮かべた。

「わかっているはずだよ、レッド。僕らに外にいる皆の未来が掛かってるんだ。
だから君は必ず最深部に辿りつかないといけないんだ。…たとえ、僕を踏み台にしたとしても、ね…!!」





「良い覚悟ね。肝が据わってる男って好きよ?」
「「「「「「!!!?」」」」」


突然、薄暗い闇の中にくすくすという小さな笑い声が響く。
驚いてレッド達が声が聞こえた方を、――天井から釣り下がるシャンデリアを仰ぎ見る。
赤い影が、闇夜に揺れる。廊下のほぼ中心に位置するそのシャンデリアの上には、いつの間にか足を組んだままレッド達を見下ろす一人の悪魔の姿があった。




「ただし、イケメンに限る!!」


強く響いた声と共にレッド達が立っていた床が掻き消える!!
殺気に気づいたレッドが、ブルーが、イエローが、ピンクが、ホワイトを抱えたブラックが左右へと散る。

しかし、その中でグリーンだけは動かなかった。

自ら闇に身を委ねるように、グリーンは地面に空いた穴へと落ちていく。
レッド達が顔を真っ青にして、グリーンの名を呼ぶ。にやりと、赤い悪魔が、――ガァプが笑う。
掛かった獲物を自らの手中に収めるように、ガァプは自分の目の前に、出口となる穴を開いた―――。



「来るのはわかってたよ」

始めに聞こえてきたのは、冷静に保たれた静かな声。
ガァプの瞳が、真っ青に染まっていたレッド達の瞳が見開かれる。
彼らの視線を一身に集めたその暗い穴の中から現れたのは、しっかりとガァプに向かって狙いを定めたグリーンの姿だった!!

「だから…、君はここで僕が止めさせてもらう……!!」
「なんですって…!!?」

鈍い打撃音と共にグリーンとガァプの間に激しい火花が飛ぶ!
その勢いを味方につけ、グリーンは少し離れた廊下へと降り立った。
仲間を背に守るようにガァプを睨みつけるグリーンにレッド達は慌てて駆け寄ろうと立ち上がった。
それを、腕を上げたグリーンが制す。


「グリーン!!」
「皆を連れて行くんだ!!レッド!!ここは…、僕が引き受ける!!」
「グリーン…でも…!!」

グリーンの告げた言葉に、当然レッド達は戸惑う。
彼が対峙しているのはファントムの幹部。
一度自分達が全員で掛かって、それでもなんとか退けることしか出来なかった相手だ。

そんな相手にグリーン一人だけを残して、先に行く。
その選択がどのような未来を連れてくるか、想像するのは簡単だった。



動けずにいる背後の仲間達にほんの一瞬、グリーンは視線を向けた。
レッドが、彼の視線に気づく。

凍り付いた世界の中で、レッドの瞳が大きく見開かれた。
強い意志の籠もった視線をこっちに向けるグリーンの顔は、それでもレッドがよく知る彼の表情で優しく微笑んでいたのだ。

ぎりぎりと血が滲みそうなほど強くレッドは自らの手を握りしめる。
喉まで出掛かった言葉を無理矢理飲み込んだレッドは、やがてくるりとグリーンに向かって背を向けた。


「…わかった。行くぜ、皆」
「レッド!?」
「必ず追いついてきてくれよ…!先に行って待ってるからなぁ!!”兄貴”!!」

止めようとしたイエローの手を掴んで、レッドが走る。その背を追ってブルーが、一瞬の迷いの後に、ピンク達が続く。
その中に、ブラックに手を引かれるようにして闇の中へ消えるホワイトの姿を確認し、グリーンはずっと胸の中に押し止めていた息を吐きだした。

パチパチと、乾いた拍手の音が暗い廊下に響く。



「あら、格好いいわね。でもね。これって死亡フラグよ?たった一人で私に敵うなんてあなたも思ってはいなんでしょう?」
「……」

ガァプの軽口に、グリーンは答えない。
安易な否定を言えば、むしろそれが相手の言葉を肯定することになってしまいそうだと、思ったからだ。

実力の差はわかっている。
接近戦がメインの自分と、彼女の相性も。

それでも、負けるわけにはいかないのだ。
未来を託し自分を信じてくれた仲間のために…!!


身構えたグリーンに向かってガァプが指を鳴らす。
その音を合図に再びグリーンの足下に深い闇が生まれる。
奈落へと落ちる感覚に抗おうと身を堅くしたグリーンを暖かい光が包み込んだ!!



「いいえ、グリーンは一人ではありません!!」
「「!!?」」

光の檻が、グリーンを飲み込もうとした闇を振り払う!
予想のしない展開に目を見開いたグリーンとガァプの前にさっと、華奢な陰が歩み出た。
それは、……さっきブラックと共に先に進んだはずのホワイトだった。


「ホワイト…!どうして君が…!!」
「私にも、お手伝いさせてください。私のバリアーならあの穴を防ぐことができます。
…必ず、お役にたってみせますから…!!」
「でも…!!」


グリーンが言葉の続きを告げるよりも先に、ホワイトは彼の手を取る。
慈しむようにその手を握りしめた彼女はそっと今までの出来事を思い出すように目を閉じた。

「……グリーン、あなたと出会って。私は、とても我儘になりました…」



自分の手よりも一回り大きな暖かな手。
この手が、たくさんのことをホワイトに教えてくれたのだ。

何も出来ない家具だと思いこんでいた自分を、広い世界へと連れ出してくれた。

優しく笑いかけて、遊園地を回ってくれた。
困っていた蹲っていた自分を助けるために立ち上がってくれた。


この世界の楽しいことも、美しいことも。
たくさんのことを彼の隣で見ることが出来た。

…でも、もうそれだけじゃ嫌なんです。


「楽しい時も、苦しいときも、困難な闘いの中でも、
出来るなら最後の最後の瞬間まで、私は……、あなたと共に歩みたい」
「紗…音…」

迷いのない、はっきりとした口調でホワイトが告げる。

もう彼女の中に出会った頃の気弱な光はない。迷いもない。
自分の望む道をしっかりと掴んで微笑むホワイトに向かって、グリーンは静かに頷いた。






「グリーン…!ホワイト…!!」
「立ち止まらないで。足を止めれば敵の妨害にあう可能性もある。そうすれば、彼らの気持ちを無駄にいすることになるのよ」
「わかってる…、わかってるけど……!!」

城の廊下を走りながら、何度も足を止めそうになるイエロー達をブルーが諭す。
その様子をレッドは黙って見つめていた。ブルーが言っていることが正しいと言うことはわかっている。
まだ自分達がいる場所は城の入り口近く。ファントムの幹部だけでもあと3人も残っているのだ。立ち止まっている余裕などないのだ。

大きく首を左右に振ってレッドは脳裏に救った不安を払い落とす。
そして、代わりに最後に見たグリーンの笑顔と彼の言葉を思い浮かべた。
彼は自分達ならば必ず敵のリーダーであるベアトリーチェの所に辿り着けると信じて、道を切り開いてくれたのだ。
そのグリーンを、自分達が信じなくてどうするのだ……!

タン、と強く床を蹴って走るスピードを上げる。
自分を追い抜かしていくレッドの瞳に強い光が戻ったことに気づいたブルーは、そっと小さな笑みを浮かべて、彼の後を追いかけた。






「…今度は何だ?パーティホール…?」

再び現れたドアを開けながら、イエローが首を傾げる。
広い空間の中心に置かれた大きな長い机に、その周囲に並べられた沢山のテーブル。
その上は豪華な食事や食器が所狭しと並べられて居るが、対照的に椅子は一つもない。
そしてもちろん、載せられている料理も本物ではない。意図的に作られたパーティルームがそこには広がっていた。

「……気をつけて。障害物の所為で死角が多いわ。どこから敵が来ても対応できるように注意をして」

ブルーの言葉に、レッドとイエローが静かに頷いて歩き出す。
この部屋の出口は、今自分達が入ってきた扉を除けば一番奥に見えるの一つだけ。
その扉もまるでそこに誘い込むようにすでに開け放たれていた。
そして、そこまでの距離も作り物のパーティホールだけあって、そんなに遠いわけではない。10mもないだろう。
しかし広いテーブルやカーテンなど敵が隠れやすい場所の隣を通り抜けて、なんとかそこまで辿り着かないといけないのだ。
何事もなく進めればいいと願いながらも、そんな甘いことはないだろうときっと誰しもが頭のどこかで思っていた。



そして、その予感は的中する。

丁度、部屋の真ん中に足を踏み出した瞬間。
周囲のテーブルに載せられた食器やテーブルクロスが一斉にセブン達に襲いかかってきたのだ。

「皆!散れ!!」

レッドの掛け声に併せて、セブン達が八方へと飛ぶ。
それと同時に、レッド達が立っていた地面にナイフやフォークが突き刺さる。
その光景を見ながら前方へと飛んでいたイエローが突然はっと息を飲んで振り返った。
彼女の後ろに突如現れた殺気に気が付いたからだ。


「さすが、と言わなければならないのでしょうね。うみねこセブン。
しかし、折角のパーティです。もっとゆっくり楽しんで行ってもらいましょうか?ぷっくっく」

含み笑いと共に、会場全体を揺らすような轟音が鳴り響く。
その閃光の中心にいたのはイエローだった。
突然闇から現れたロノウェが、彼女に向かって薔薇の鞭のようなものを振り降ろしたからだ!!



「!!」

イエローの華奢な体が宙へと舞い上がる。
追撃を掛けるようにロノウェが舞い上がった彼女を1度、2度と、さらに蹴りあげる!
大きく舞った彼女の体に3度の衝撃を与えたロノウェは、そのままイエローを横の壁へと叩きつけた!


「イエロー!!」

壁に叩きつけられた彼女の元へ顔を真っ青にしたブラックが駆け寄る。
残ったレッド達は駆け寄らない。彼ら2人を守るように、レッド達はロノウェと2人の間に立ち塞がった。

「…そう、今度はあんたがお出ましってことなの。暗黒将軍ロノウェ!!!」
「ぷくっく、その名前を知って頂いていたとは大変光栄でございます。
しかし、今の私はただのお嬢様の小間使い、大人しく我らの邪魔を諦めると言うのならば何も命まではとりませんよ?」
「無理ね。……良いから掛かってくれば?余計な口上って嫌いなの」

「おっと、これは失礼。では…、行かせていただきます…!!」

宣言と共に、ロノウェの腕が眩く光る。
それを合図に残された3人は一斉にロノウェに向かって飛び掛った。





「くっ……」
「イエロー!!大丈夫ですか…!?」

くぐもった声を漏らしながら、イエローがゆっくりと両目を開ける。
僅かに床に付いた左腕から、突き刺さるような激痛がした。
ぐらぐらと回るような視界の中で、自分を心配そうに見つめているブラックの姿がはっきりとした形を持つまでには僅かに時間が掛った。

「……皆は?私、どうなったの…?」
「……ロノウェ様の攻撃で気絶したんです。レッド達はあちらに……」

ブラックが視線を向けた部屋の中心部で、激しい閃光が光る。
暗黒将軍ロノウェとうみねこセブン。二つの力がぶつかり合っているのだ。

3対1という数の有利がありながら、状況はロノウェに優勢だった。
レッドが青い弾丸を矢継ぎ早に叩き込み、少し離れた所ではピンクが注意深く隙をを見ながら杖を降っていた。
そして、ブルーは目で追うのがやっとのスピードで、ロノウェに切りかかっていたのだが、その全てを彼は涼しい顔をして避けているのだ。
まるで遊んででもいるかのように、ロノウェは避けるだけで反撃をしようとしない。しかしきっとわざとそうしているのだろう。
レッド達の方に集中しているように見えながら、ロノウェは常に彼らと出口の間に自分の身を置き、強行突破されることを注意深く防いでいた。

明らかな時間稼ぎ。
もしほんの少しでもあの男が気を変えれば、直ぐにでも意識を失うような攻撃が飛んでくるのだろう。
そして、その攻撃の重さと簡単には避けられもしないスピードは、実際に受けたイエローが誰よりもわかっていた。

…きっと、このままでは全員がこの場に縫い止められ、無為に時間だけが過ぎてしまう。
敵の本拠地であるこの場所で足止めを食らうことは、イエロー達にとって不利益でしかないことは明らかだった。

ならば、どうするか。

……きっと答えは、前の部屋を出たあの瞬間からわかっていた。



「…嘉音君、…ごめん。私のわがまま、付き合ってくれる?」






「くっ…、涼しい顔をして…!!いい加減そこを退きなさい!!」
「ぷっくっく、それは出来かねるというものっですね〜。ほらほら、どうしたのですか?先ほどから一撃も当たってないようですが?」
「ち、食えない野郎だぜ、なら、これは……」


「レッド!ブルー!ピンク!!伏せて!!」
「「「!!?」」」

レッドが次の弾を込めたその瞬間、彼らの背後からイエローの声が降り懸かってきた!!
レッド達がその言葉の意味を理解するよりも早く、天井から釣り下げられた大きなシャンデリアの上に一つの影が飛び移る。
まるで猫のような身軽さでシャンデリアへと飛び移ったソレは、――ブラックだった。

「お覚悟を…!ロノウェ様…!!」

耳を突き刺すような甲高い音と共に、自分が乗っていたシャンデリアをブラックが躊躇なく切り落とす!!
重力に抗わずシャンデリアが落ちていく先は当然、レッド達やロノウェがいる地面。
突然目の前を埋め尽くしたガラスの光に思わずレッドが目を瞑り掛けたその瞬間、
ドンという強い衝撃と共に、レッド達3人の体が大きく後ろに吹き飛ばされた。


「とぉおりゃぁああって、なぁ!!」
「!!?」

暖かな太陽な光がレッドの視界の中で揺れる。
自分達を部屋の外、奥の廊下まで吹き飛ばしたイエローの背後に轟音と共にシャンデリアが落ちる。
派手に誇りや、周囲のテーブルの残骸を巻き上げたながら落下したそのシャンデリアの中から一つの影が飛び出る。
きらきらと輝くシャンデリアの残骸を背にして、イエローがとても綺麗に微笑むのが見えて、
…なぜか、レッドは背にぞっと冷たいものを感じた。




「ブラック!!お願い!!」
「はい!!」

叫ぶ間もなかった。
視線さえも合わせないまま二人が叫んだその瞬間、部屋全体を揺らすような音が二重に増える。
まるで滝のように、レッド達とイエロー達の間に崩れ落ちた扉の残骸が落ちてくる。
そしてほんの数度の瞬きの間に、降り積もった瓦礫の山の向こうにイエローとブラックの姿は消えて見えなくなってしまったのだ。


「イエロー!?ブラック!!」

慌てて立ち上がったレッドが、瓦礫の山の向こうへ向かって叫ぶ。
自分達のいる廊下と、イエロー達が居るパーティルームをつなぐ唯一の出入り口だった扉は、今や完全に塞がれてしまっていた。
きっと、コアの力を使おうとも簡単には崩すことはできないだろう。
それでも声ぐらいは伝わるはずだと、レッドは必死に瓦礫の山を叩いてイエロー達に呼びかけた。
その気持ちが届いたように、瓦礫の向こうから場違いな明るい声が聞こえてくる。


「あーあー、やっちまったなぁ〜。迂回してそっち行くぜ。時間が掛かりそうだから先に行っといてよ!!」
「馬鹿なこと言ってないで待ってろ!!今そっちに…!」


「行って、レッド」

「!!……」



有無を言わさない、はっきりとした声だった。
「でも」とレッドが小さく呟く。しかし、その先は続かなかった。
告げたい言葉も、それを肯定するだけの言い訳も、いくらだって彼の頭の中には浮かんでいたのに。
そのどれも、自分よりもよっぽど迷いのないイエローの言葉に飲み込まれて、何一つとして出て来なかった。
彼の様子が解ったかのように、ふっと、瓦礫の向こうでイエローが小さく笑う。


「わかるだろう?私達が今一番にしなきゃいけないことが?
必ず追い付くから。約束するから、だから…、行って!!レッド!!」

堅くて冷たい瓦礫の向こうでイエローが笑ったのが、なぜかレッドにははっきりとわかった。
冷たい瓦礫の向こうで、自分と同じように手を当てるイエローの暖かさが伝わってくる。


まるで永遠のようにすら感じた沈黙の後に、レッドは静かに一つの言葉を口にした。





「……行こう」
「わかったわ、行きましょう」

視線を僅かに足下へとズラしたブルーは、レッドの言葉を受け入れる。
泣きそうな顔で、瓦礫の向こうを見つめていたピンクも、小さく頷いた。

暗い廊下の闇の中に、レッドが足を踏み出す。
もう振り返らない。
ただ、はっきりとイエローが言い切った言葉を信じて、彼らは闇の中へと消えていった――。






足音が遠くなる。
同時に今度は自分の後ろから聞こえてきた含み笑いにイエローとブラックはゆっくりと振り返った。

「……お見事です。
やられてしまった、と言わずにはいれないのでしょうね。
しかし、こうなった以上はあなた達だけでも先に進めるわけにはいきませんよ…?」
「……」

返す言葉を持たず、せめてブラックは強い視線でロノウェを睨みつける。
暗黒将軍ロノウェ。
その力はイエロー達が退けてきたルシファー達とは比べものにならず、現にたった今あのブルーですら軽くあしらわれていたのだ。
そんな彼に、自分が勝てるだろうか?いや、せめて生きて、この場を抜け出すことが…、できるのだろうか…?

「ううん、私達は必ず先に進むよ!
皆で帰るって、君は約束してくれたよね?ねぇ、ブラック?」
「イエロー…」

彼の不安を打ち消すように、イエローがそっとブラックの手を取る。
暖かな温もりがブラックを包む。
顔を上げて見えた彼女の優しい笑顔に、強張っていたブラックの顔が優しい笑みに変わった。

「………」

その笑顔は、ロノウェにとって驚くべきものだった。
いつもどこか下を向いて、険しい表情ばかりしていたあの少年が、
いつの間にか目の前の少女と同じような笑顔を浮かべることが出来るようになったのか。
あのまま自分達と共に居れば恐らく一生できなかっただろうその表情に、自分がらしくもない感情を抱いていることにロノウェは気づき、笑う。
その表情は悪魔には似つかわしくない、とても優しいモノだった。


「そうですか…、ならばこうして相対することは、とても当然で、喜ぶべきことなのっでしょうね?うみねこブラック…?」
「……感謝します、ロノウェ様。僕に、戦うことを教えてくれたことを」


刃を抜いて、ブラックがイエローを背に庇うようにして、ロノウェの前に立ち塞がる。
相対した恩人の姿に、いつか同じようにしてつけてくれた稽古の時の記憶が蘇ってきた。
その全てを噛みしめながら、それでもブラックは先に進む。

やりにくいとは思わない。

悪いと思うことすら、自ら彼らと袂を分けた自分には許されないことだ。


目の前の相手は、ただの敵。
自分が倒し、乗り越えなければいけない相手だと、誰よりもわかっている。


……でも、それでも。



「この人を守る力を、僕にくれたことを」



告げたその一言だけは、
何一つ嘘のない、彼の本心だった。



***

3つの足音が、薄暗い廊下に響いて消える。
響いた足音は何度も反響を繰り返し、闇の向こうへと消えていっていたが、もう構いはしなかった。

どうせ、こちらの動きなどもうバレているのだ。

ガァプや、ロノウェが通り道に待ちかまえていたのがそのなによりの証拠。
音を殺して進んだとしても、きっと敵はまたどうしても通らなければならない所で待ちかまえているだろう。

そう、たとえば……、目の前のホールのような場所で。


ずっと進んできた廊下の終着点。
上の階へと進む大きな階段の目の前に立つ人影に気づいて、ブルーは立ち止まった。
さっと腕を持ち上げて、後から走ってきたレッド達をブルーが制する。
その先に優雅に佇む女性の姿に気づいたレッド達も、すぐに各自の獲物に手を掛け臨戦態勢をとった。



「待っていましたよ。うみねこセブン」

廊下の左右につけられた、僅かな蝋燭の明かりに照らされた女性が、静かに微笑む。
それだけでざわりと、周りの空気が波立った気すらした。

「……ふーん、あんたが出てくるってことは、ファントムもいよいよ後がないってことね。そうでしょう?ワルギリアさん?」
「おっほっほ。それはどうでしょう?案外あなた達が一歩踏み出せば、あちこちからファントムの手勢が襲いかかってくる手筈になっているかもしれませんよ?」
「どうぞ、やればいいじゃない。今ここで」
「……」

ワルギリアの軽口などに、ブルーは今更乗らない。
このタイミングで彼女がベアトリーチェの側を離れると言うことがどういう意味を持つか、わからないわけがないのだ。
グリーンが、ホワイトが、イエローやブラックが道を切り開いてくれたこの道は決して無駄ではなかったのだ。


恐らく、ここが最後の試練。

ワルギリアさえ振り切れば、自分達はファントムのリーダー、ベアトリーチェの所まで至ることが出来るのだ。


……問題は、どうやってこの場を切り抜けるかなのだが。

ただその場に立っているだけのように見えて、ワルギリアには全く隙がない。
仮に死角から斬り掛かったとしても、きっと目の前の相手には軽くあしらわれてしまうだろう。
その光景がまるで見てきたかのようにありありと脳裏に浮かび上がってきて、ブルーは小さく舌打ちをした。

「………なぁ、ブルー…」

その時、だった。
いつの間にかすぐ後ろに立っていたレッドが、ワルギリアに気づかれないような小さな声でブルーに話しかけてきたのは。

このタイミングで一体なんだろうかと、ブルーが訝しげな表情をレッドに向ける。
その視線を意にも返さず、レッドは強い視線をブルーに向けると迷いのない口調でこう切り出した。


「ここは俺が食い止める。だから…、お前はピンクと一緒に先に進んでくれ、ブルー」
「………何を言ってるの…?」

数秒の後に出てきた声は、ブルー自身も驚くような低いものだった。

だけど、その声にも険しい彼女の声にも、レッドは怯んだりはしなかった。
ただ静かな声で彼はこう自分の気持ちを打ち明けたのだ。


「グリーンが言ってただろう?俺たちはこんな所で立ち止まってる暇なんてない。
誰かたった一人でも、奴らのリーダーの所にたどり着かないといけないって。
……だったらそれは、きっと俺たちの中で一番強いお前の役目だ!」
「あなた…、何もわかってないわ…!!」

レッドが意を決して告げた言葉に、ブルーはついに耐えきれなかった。
伸ばされた彼の手を跳ね退け、逆に彼の肩を強く掴む。
痕がつくんじゃないかと思うほど強く掴みあげられた肩にレッドが僅かに眉を潜めたが、構ってなんていられなかった。

わかってない。
この人は戦うという意味を、全然わかってない!!

勝ち続ける戦い。
誰も失われない、まるでドラマのような展開。
そんなのが全てだと思い込んでいるんだろう。

だけど、自分は違う。
そんなものが全てでないことを、
今まではただ運が良かっただけだと言うことを知っている。
……私だけが知ってる!

だから、私がやらないといけないのだ。
戦って、甘い彼らを1人でも守らないといけないのだ。

私が、私が……!!


「あなたが1人で食い止める?!出来るとでも思ってるの?!相手が誰だかわかってるの?!
不完全なコアの力を得たマモン1人すら手に負えなかったあなたが…!!あの魔女に適うとでも本当に思ってるの!?」
「わかってる!!」

勢いに押されて黙ったのは、今度はブルーの方だった。

レッドが深く息を吐き出し、もう一度ブルーに向き合う。
深い青色の瞳が、彼女を覗き込む。今までの彼とは明らかに違う決意の籠もった表情。
その瞳の中に灯った強い光にふと近親感を覚えて、ブルーは背筋に凍り付くような恐怖を覚えた。

「…わかってるつもりだ。
俺だって残ってくれた皆と同じぐらい、ここに残る意味は…わかってるつもりだ。
だから、…行ってくれ。”ピンクを連れて2人で”、行ってくれ」
「あなた…!」

レッドの手は、震えていた。
それでもその瞳に、もう迷いはなかった。

その瞳の強さにブルーは漸く、知る。
甘く考えていたのは、どちらだったのか。
彼が今、どれほどの覚悟を持って魔女に立ち塞がろうとしていたのかを漸く理解する。



「ま、待って…、でも…!」

そう告げて、話は終わったとばかりに離れていこうとするレッドをブルーが止める。
ブルーの頭の中はぐちゃぐちゃで、なんて言って引き留めればいいのかすらわからない。
それでも鳴り止まない心臓の嫌な音が、彼と止めないとと、ブルーを急かしていた。

今にも泣き出してしまいそうなブルーのその表情に、レッドが気づく。
ふっと優しい笑みを浮かべた彼は、彼女を落ち着かせようと、ブルーの頭に手を乗せる。
優しい笑みと、声で自分に語り掛けるその姿は、



「大丈夫。俺、…お前との約束を守るから。必ず俺が…、大切な人達を護るから。だから…、」


”大丈夫、俺が皆を護るから。だから…”




「俺に任せとけ!ブルー!!」


”兄ちゃんに任せてとけ!な、縁寿!!”





「!!――――っ!!!!」


こんなにもはっきりと、
いつか遠い世界で最後に見た兄の後ろ姿に重なってしまった……!!



「嫌………!!
嫌ぁあああああああああ!!行かないで!!行っちゃダメよ…!!!お願い!!!!」
「!!?」

踵を返して歩きだそうとしたレッドの背に縋りついて、子供のように泣き叫んだ。
立ち止まったレッドが驚いた表情でこっちを見ていた。それだけじゃない。
ピンクもワルギリアすらも、あっけにとられた表情で自分を見ていることにも気づいていた。

だけど、そんな視線に構っている余裕はなかったのだ。



笑う彼。
見送る自分。

そして、遠ざかっていく大きな背中。


この光景を、私は何度夢で見たんだろう?
あの頃の私は今よりずっと小さくて、弱くて。
どれだけ泣き叫んでも、一緒について行くことはもちろん。この人を立ち止まらせることすら出来なかった。

…でも、今なら届く。
遠ざかっていく背を、今なら引き留められる…!!


ねぇ、私頑張るから。
強くなるから。
私も戦う。ううん、私が戦うから。
私が皆を護るから。

だから、だから……!!


「お願い、行かないで…!!私だけ置いていかないで…!!
置いていかないでよ…!!おに………レッド!!!!!」

「ブルー……」



ぺたんとその場に崩れてブルーは泣き続けた。
冷たい城の中に、彼女の泣き声だけが響く。
まるで永遠に続くかとすら思われたその重い沈黙を破ったのは、戦人の静かな声だった。



「駄目だ。全然駄目だな」
「え…?」

掛けられた声に、ブルーがやっと顔を上げる。
慰めるでも、励ますでもない冷たい声に彼女は不安げな視線をレッドに向ける。
だけど、僅かにうつむいたレッドの表情は彼女からはわからなくて、それが一層彼女の不安を大きくしていった。

「駄目って…、何がよ!どういう意味よ…!!」
「駄目だから駄目って言ったまでだぜ?お前全然わかってねぇだろう?俺との約束、ちゃんと思い出してみろよ」


その不安を少しでも減らしたくて、ブルーが言葉の意味を説明するように言い立てた。
呆れたような声でそう言いながら、レッドはゆっくりと立ち上がった。

彼を見上げたブルーと、レッドの目が漸く合う。
にやりと不敵な笑みを浮かべたレッドは、まっすぐに彼女へ手を差し出した。


「俺は必ず、大切な人たちを守る。
グリーンとイエローとピンクとホワイトとブラック、…そしてもちろんお前もつれて、一緒に笑顔で皆の元に帰る!」
「!!」
「俺はそうお前と約束したはずだぜ?ブルー?」
「……」

差し出された手の向こうでレッドが満面の笑みを浮かべていた。
その手をどうすればいいのかわからなくて、ブルーは俯く。
そんな彼女の姿に優しく微笑んだレッドは、ブルーが彼の手を取るよりも先に、彼女の手を強く掴んで強引に自分達の方へと引き寄せた。


「!!ちょっと…!何を…!」
「なぁ、ブルー…」

勢いを止めきれずにレッドに寄りかかる体勢にになっってしまい、ブルーは顔を真っ赤にして彼から離れようとした。

ブルーの内心にはまったく気づかずレッドはじっと彼女を見つめる。
手を乗せた彼女の頭は、思っていたよりもずっと小さかった。

今なら、少しはわかるような気がした。
……わかったような気になっているだけかもしれないけど。

きつい言動の裏で、彼女が恐れていた”モノ”の正体を。
そして、この小さな体に彼女が背負い込んできたものの大きさを。


…だからこそ、きっと今はっきりと言葉に出して言う必要があるのだ。

言わなくても当然伝わっているだろうと思い込んで、ちゃんと伝えてなかった言葉を。



「俺はまだお前のことをよく知らない。今までのお前に何があったのかも、どうやって戦ってきたのかも全然知らない。
だけどな……、

もう一人で戦うことはないんだぜ?ブルー。お前は、俺たちの仲間なんだから!」
「!!……レッド…」


溢れてきた涙をブルーはもう止めなかった。
夢の中で何度も延ばし続けた手が、届く。



胸の中に残っていた重りが確かに軽くなることを感じながら、彼女は涙を流し続けた――。










「………あなたの言う通りよ、レッド。
私たちはこんな所で立ち止まっている暇はない。お互いを信じて、たった一人でも先に進むべきだわ…」

レッドから離れながら、ブルーは静かにそう告げた。
その言葉に、ぱっとレッドの表情が輝く。

「!!…あ、ああ!だから俺に任せろ!絶対にお前を先に進めてやるから!!」

レッドの言葉を聞き流しながら、ちらりとブルーはピンクに視線を送った。
その視線に気づいたピンクが小さく頷く。そんな二人の様子など全く気づかずレッドは一歩前に踏み出した。

その瞬間、ブルーがコアに力を溜める。
同時に杖を降りあげたピンクの防御魔法がレッドを包んだのを確認した彼女は、溜めた力を、一気にレッドが立つ床へと解き放った!!

「――っ!!!!!!!??」

悲鳴すら上げる間もなく、レッドが崩れる床と共に地下へと落ちて行く。
ピンクの魔法に守られているのだ、擦り傷一つしないだろう。
落ちていった彼を確認すらせずに体制を立て直した彼女は、床に空いた穴を背に庇うようにワルギリアへと向かい合った。



「おやおや、いいのですか?彼を一人で行かせてしまって?」
「…正直、ベアトリーチェとか言う奴よりあなたの方が、よっぽどやっかいに見えたからね。
私に言わせれば、彼はまだまだ甘いの。とてもじゃないけど、あなたを任せて私が先に行くなんてできないわ」
「きひひひひひ、心配しなくてもピンク達もあなたを倒してすぐに追いつくよ。そのためにピンクもここに残ったんだからね!!」
「そうですか…」

そう言い返したブルーの声はもういつもの、素直じゃない彼女の声だった。
その声に安心したように、ピンクが先を続ける。

はっきりと言い切る少女達の言葉にワルギリアも静かに目を閉じた。

彼女たちの声に、さっきまでは僅かに残っていた迷いは最早ない。
きっと楽な戦いにはならないだろう。そのことを覚悟させるのに十分な強い意志が、今の彼女達からははっきりと伝わってきた。


それでも、戦うしかないのだ。
こうして目を閉じれば浮かんでくる、あの子のあの笑顔を守るためにも。


「…いいでしょう。私もあなた達を倒して、早くあの子の所に戻らないといけません。
全力でお相手させて頂きますよ」


虚空から取り出した杖を降りながら、ワルギリアが宣言する。
黄金の蝶が、彼女の周りを舞う。
その声を合図にして、ブルーとピンクは、一斉に彼女に向かって行った。


***



風を切る音だけが、広いホールに響く。
残像を残したグリーンの蹴りが、彼が投げたナイフが、次々にガァプを襲う。

しかし、その攻撃は一度も赤い悪魔を捕らえてはいない。
転移装置の命名の由来ともなった彼女は、まさに神出鬼没。
たとえ影だけだったとしても、易々と捕らえられるものではないのだ。


かと言って、ガァプの方が優勢かと聞かれれば、そういう訳でもない。
空間移動の力を使い死角から攻撃を仕掛けたとしても、どういうわけか読み切られてよけられてしまったり、
または少し離れた所で守護の術をかけ続けるホワイトのバリアーによって弾かれてしまったり。
どちらも決定打を相手に与えることができず、戦いは長い間膠着状態を続けていた。


「あらあら、この短期間で随分と腕を上げたじゃない?一層男前に磨きがかかったんじゃない?」
「それは…嬉しいね…」

互いに相手の攻撃を避けつつ、地面に降り立ったガァプとグリーンが軽口を言い合う。
しかし、言葉とは違い、向かい合った彼らの状態はすでに大きな違いが出てしまっていた。

くすくすと含み笑いすら浮かべるガァプに比べれば、グリーンにはすでに余裕はない。
すでに息が切れ肩で息をしているし、先ほどからの連続の攻撃も、
徐々にキレがなくなっていることはグリーン自身が誰よりもわかっていた。

長引かせれば長引かせるほど、おそらく不利になるのは運動量の多い自分達。
それを誰よりもわかっていたからこそ、グリーンはガァプを強い視線で睨みつけながら起死回生の一撃を放つ隙を伺っていた。
…もっとも、そう簡単にその隙が見つかるような相手ならばこんなに苦労するわけもないのだけれど。


思うことのたやすさと実際に行う難しさに、
グリーンは思わず苛立ちの篭った視線でガァプを強く睨みつけた。



「グリーン……」

じりじりと追いつめられていくグリーンの姿を、ホワイトは少し離れた場所で見守っていた。
彼の攻撃が外れる度に、そしてガァプの遊ぶような急所をわざと外した攻撃がグリーンの体を掠る度に、
ホワイトは駆け寄りそうになる自分を押さえることに必死だった。

自分の役割は仲間達のサポート。
ブルーのような重い攻撃も、ブラックのような素早い動きも出来ない。
自分が闇雲に突っ込んで行った所で、逆に足を引っ張るだけ。
それでも……、


……自分だから出来ることもきっとあるはずだった。



「グリーン…!!左です!!」


響いた声にグリーンが反射的に左へと体を捻る。
一瞬の間も置かずガァプが開けたワープホールがグリーンがついさっきまでいた場所に開く。
思いがけず避けられた攻撃に、ガァプが大きく目を見開く。
それでも彼女は攻撃の手を止めず、無理な体勢で避け動けなくなっていたグリーンに向かって足を叩きつけた!!

金属をぶつけたような高い音と共に、白い光が弾ける。
グリーンに向かって叩きつけられるはずだったガァプの蹴りがホワイトの放ったバリアーに弾き返されたのだ。



「あれ……?」

手を宙に掲げたまま、ホワイトは小さく呟いた。
目の前で起こった出来事を誰よりも信じられなかったのは当のホワイトだった。
掲げた彼女の手が小刻みに震える。
不安そうな表情のままぱちぱちと何度も、何度も、目を瞬かせていた彼女だったが、


それでも彼女の視線は常に動き続けるガァプの行動の先にあった。








青い刃と、赤い盾。
二つの力がぶつかり合って火花を散らす。

数度、叩きつけるように青い刃で盾を切りつけたブラックは、
やがてその盾がビクともしないことを悟り、小さく舌打ちをして悪魔から離れた。

「ブラック!!」
「大丈夫です、何ともありません…しかし…、僕の攻撃も効いていない…!!」

駆け寄ってきたイエローを止めながら、ブラックは目の前の悪魔から目を離さなかった。
しかし、優雅にお辞儀をするような動作で手にした赤い盾を消したロノウェはこっちに向かって来ようとはしない。
…それは、今だけの話ではない。


ブラックやイエローの攻撃を軽く避けたり、虚空から呼び出した盾で防ぐばかりで、
戦いが始まってから今の今まで、ロノウェは刃の一つもブラック達に向けてはいないのだ。

まるで、自分達など相手にすらならないとでも言うかのようだ。
……いや、”まるで”ではない。恐らくはそうなのだ。

うみねこセブンとして、そしてそれよりもずっと長い間ファントムの一員として、戦ってきたブラックだからわかる。
確かに短期間でうみねこセブン達は力を上げてきたが、ロノウェ達の強さはまるで次元が違うのだ。
その気になれば自分達など城ごと吹き飛ばされてしまうだろう。

だからこそ、自分達の城の奥深くに入り込まれたこの状態であってもロノウェの攻撃は乱れない。
次々と赤い刃を叩きつけてくるブラックの攻撃を、余裕の笑みで受け流すことが出来るのだ。

「ぷっくっく、よろしいのですか?ブラック?このような所で時間を潰して?
あなた達にはあまり時間がないとおっしゃっていたと思うのですが…?」
「くっ……!」

息すら乱さぬまま不敵な笑みを浮かべるロノウェに、
ブラックは小さく舌を打つと苦々しい表情で奥歯を強く噛みしめた。

手にした赤い刃をもう一度降り下す。
さして期待もしていなかったその刃は、左足を軸にくるりと回ったロノウェによってあっさりと避けられてしまった。

左、右、右、左。
フェイントを含めながら、息をつく暇もなくブラックはロノウェに叩きつけるがそのどれも届かない。
募った焦りに耐えきれず、ブラックは大きく刃を降りあげた…!


「……悪いことは言いません、あなた達はこのまま帰りなさい」
「な…!何を…!?」

大きく降りあげられた、隙の大きな一撃。
それをロノウェは見逃さなかった。
ずっとブラックの攻撃を受け流すだけだったロノウェの手が、初めて動く。
彼の攻撃を弾くように受け流した彼はブラックの懐へと一気に踏み込んだ。
そして、ロノウェは淡々とした口調で、一つの言葉をブラックの耳元で呟いた。










「”あなた達には無理だ”と言っているのです」




軽い音と共に、ブラックの手がロノウェによって捕まれる。強く前方へと引かれる。
明らかに自分の物ではなく、相手の間合い。
駒送りのようにゆっくりとした世界の中で、ブラックは目の前のロノウェの手が赤黒く光るのを確かに見た――。


「させるかぁああああああああああああああああ!!」
「!?」
「じぇ…、イエロー?!!」


光が弾ける。
ブラックを飲み込もうとしていた赤黒い光ではなく、彼の後ろから現れた暖かな黄色の光が。
拳に闘志を燃やし、突っ込んできたイエローの勢いに押されロノウェが一歩後ずさる。
深追いはしない。軽く一撃を空で降ったイエローは、すぐにブラックを抱き抱えたまま後ろに飛んだ!!


無理な体勢で飛ぶ退いた代償に、イエローは叩きつけられるようにして床に落ちる。
その衝撃に顔をしかめたのは、彼女よりもむしろ腕の中に抱きしめられたブラックの方だった。


「――っ…、大丈夫だった?ブラック?」
「何をしてるんですか!!?あなたは!!」

起き上がるのが早いか、ブラックはすぐに抗議の声を上げた。その瞳の中に、明らかな怒りの感情が見えイエローが慄く。
困惑の色を浮かべる彼女の目が、ブラックの頭にさらに血を昇らせた。

「何を考えてるんですか?!馬鹿じゃないですか!?
あの状態で突っ込んで…!!相手が引いたから良かったものを……、
もしそうじゃなければ、あなたもロノウェ様の攻撃に巻き込まれていたかもしれないのですよ?!!」
「で、でも…!だからってどうしろって言うんだよ?!あのまま見ていたら、君が……!!」


「だったら僕なんて、見捨てて欲しかった!!」


絞り出すようなブラックの叫び声がホールに響く。
その言葉に驚いて目を見開いたイエローを俯いた視界の端に映しながら、ブラックは血が滲むほどに拳を強く握りしめた。


強くなりたかった。
ならなきゃいけなかったのだ。

かつては、生きるために。
そして今は、前を向く彼女達と堂々と並んで立つために。


なのに、今。
助けるどころか突っ走った挙げ句、自分をフォローさせるために彼女を危険に晒した。
おかげで自分も彼女も助かったけれど、そんなのブラックにとってはただの結果論でしかった。
一つ間違えは、彼女が傷ついていたかもしれない。そのことの方がブラックにとってはよほど大切で、恐ろしいことだった。

人を信じられず、唯一の存在であった姉すら信じられなくなってもがいていた自分。
救ってくれたのは…、彼女達だった。
彼女達が自分に与えてくれたものは計り知れなくて、
強くなり役に立つことでその少しでも返せればいいと思っていたのに。自分にはそれしかなかったのに。

そうでなければ、自分がここに居る意味すらなくなってしまうのに……!!



「僕は…、強くならないといけないんです…!!一人で戦えるくらい、あなたを守れるぐらい!!
そうでないと、僕にここにいる意味がなくなってしまう!!僕には…、ここにいる資格なんてない……!!」



軽い音がホールに響く。

それは、イエローがブラックの頬を強く叩きつけた音だった。
ひりひりと痛み、熱を持った自分の頬をブラックが驚いた表情で押さえる。
その目の前で、イエローは泣き出しそうな表情でブラックを睨みつけていた。


「………わかったよ。ブラック。君は”勝てない”、このままじゃロノウェにはどうやったって敵わないんだ」
「!!…そ、そんなことは……!!」



「ううん、勝てない。
……私たち、一人ずつだとね」


ゆっくりと立ち上がり、イエローが顔を上げる。
彼女の強い視線の先には、不敵な笑みを浮かべる悪魔の姿が佇んでいた。






「グリーン!!次は……左です!!」

ホワイトが叫んだ次の瞬間、グリーンが右に飛び退く。疑いなどあるわけない。
今、自分が従っているのは彼にとって世界中の誰よりも信じると誓った人の言葉だった。

そして、実際に先ほどから何度も彼が飛び退いた一瞬後に、宣言された場所から攻撃が放たれているのだ。
グリーンがホワイトの言葉を疑う理由など一つもなかった。



……わかる。

目の前で演舞のように繰り広げられるグリーンとガァプの攻防線を見ながら、ホワイトはぎゅっとその言葉を噛みしめた。
左、右、左、その次は上。
まるで優雅なダンスのように神出鬼没にあらわれるガァプの動きが自分にだけは手に取るようにわかる。

だってずっと見てきたのだ。
物心ついた頃から、ずっと、ずっと。
自分達の前に立ち、導いてくれた彼女達の背中をずっと羨望と憧れを抱きながら目に焼き付けて来たのだ。

ガァプがよく取るパターンも、現れる一瞬前に変わる空気のほんの僅かな歪みも、ホワイトはよく知っていた。
だからこそ、グリーンに指示を出し、四方八方から現れるガァプの攻撃を全て避けることができていた。
だけど……!



「……このままじゃ…、”勝てません”……!」

絞り出すような声を出して、ホワイトは目の前で繰り広げられる戦いを不安げに見上げた。


確かにグリーンは先ほどからガァプの攻撃を全て避け続けていた。だけど、それだけだ。
ガァプの次の行動がわかっても、避けるのが精一杯。
こちらの攻撃を叩き込むような隙を彼女は決してみせなかった。
このまま硬直状態が続けば、きっと先に体力が尽きるのは人間であるグリーンの方が先だろう。
じりじりと追いつめられている現状を悟っているのだろう。戦い続けるグリーンも険しい表情で目の前の敵を睨みつけていた。

……どうすればいい?
どうすれば、この現状をひっくり返せる……?

先ほどから何度も繰り返した問いを、ホワイトはもう一度頭の中で繰り返す。
だけど、ぼんやりとしたまま、思考ははっきりとしない。答えは出ない、……違う。

出た答えを口に出すことを恐れて、
ホワイトは無意識に頭に浮かんでいた一つの可能性を押し込めていた。


「――っ!!」
「グリーン!!!」

その時、ガァプの蹴りがついにグリーンを掠めた。
体勢を崩したグリーンが、遠くに蹴り飛ばされる。
床に蹲った彼を見てホワイトは真っ青になりながらグリーンの方へと駆け寄った。

「どこか怪我をしたんですか?!待っていてください、今治療を………」
「……ねぇ、ホワイト。君の作戦を教えて?」
「え……?」

ガァプに気づかれないよう俯いたまま、グリーンがそう呟いた。
ざわりと、ホワイトの心が乱れる。
それを察したように、彼女を安心させるようにグリーンはそっと彼女の手に自分の手を重ねた。

「……このままだと、僕達はいずれ負ける。そのことは君も気づいてるだろう…?」
「……でも」
「そして、君にはそれを打開する作戦がある。下から僕達を見る視線を見ていて気づいたよ。そうだろう?」
「でも……!!」


確かに、”ある”。
グリーンの言葉は真実だった。

ホワイトはたった一度だけ、ガァプが大きく隙を見せるだろう場所に気づいていたのだ。
だけどそれは、そんなことこちらがやろうとはしないだろうと確信しているからこそ出来る隙なのだ。
実際にそこを突くなんて危険すぎる。
一歩間違えばグリーンの命すらも危険に晒す作戦ということも、ホワイトは痛いほど気づいていた。

だからこそホワイトはそれを言うことも出来ず、強く目を閉じて俯いた。
真っ青な顔をして震える彼女の肩に、グリーンがそっと手を添える。
そして、彼は。震えるホワイトの体を優しく包み込んだ。


「僕は君を信じるよ、ホワイト」
「……え」

耳元で囁かれた言葉にホワイトが目を開ける。
優しいグリーンの瞳と目が開う。
その中に映った不安げなホワイトに向かって、グリーンは強い口調で語った。


「世界の誰よりも、たとえ、君自身が君を信じられないとしても僕が信じるよ。
一緒に皆の所に帰るために、君の作戦なら僕は命を掛けられる。だから……、君の作戦を、僕に教えて?」
「!!……譲治さん!!」

強い、迷いのない瞳。
「でも」という言葉はもうホワイトからは出てはこなかった。
誰よりも憧れていた人が、今、自分を信じると言ってくれている。
なのにそんな自分を信じられなければ、ホワイトはグリーンすらも信じなかったことになってしまう。
………そんなことは嫌だった。

恐怖がなくなったわけではない。
それでも、しっかりと自分を見つめるその瞳が、ホワイトに何よりの力をくれた。

ぎゅっとホワイトがグリーンの胸に強く抱きつく。
耳元で二言、三言告げられた彼女の言葉に、グリーンはしっかりと頷いた。


「……あらあら、仲が良いのね。焼いちゃうわよ?」

上空から聞こえたくすくすという笑い声にグリーンはゆっくりと立ち上がった。
声が聞こえた方を、見上げる。そこにはゆったりと宙に浮いたガァプの姿があった。

「待たせて悪かったね。それにしても大人しく待ってくれるとは思わなかったよ。意外と優しいんだね?」
「……ええ、そうです。ガァプ様はとてもお優しいお方です」


返事が返ってきたのはグリーンもガァプも予想しなかった所からだった。
グリーンの横に、ホワイトが立つ。
しっかりとガァプの方へ見たホワイトの瞳には懇願するような色が浮かんでいた。

ずっと、見てきたのだ。
戦い続ける凛々しい姿も、ワルギリアやロノウェ達と共に楽しそうに笑う姿も。

拾われてきた人間だった自分達にすら、分け隔てなく話しかけてくれた。
ちょっといたずら好きで困ることも多かったけど、
それでもガァプがなんの意味もなく人を傷つけようとするような人ではないこともホワイトはよく知っていた。

「だから……、私にはわかりません。
あなたがどうして、人間界侵略なんて道を選ぼうとしたのか、
どうしてそんなことをしなければならなかったのか……、教えてください!ガァプ様……!!
本当に、あなた達は人間に幻想の世界を認めさせることだけが目的なのですか?!
何か、きっと何か、他に深い理由があるんじゃないんですか……?!!」
「………」

懇願するようなホワイトの言葉にすっと、ガァプからずっと浮かべていた不敵な笑みが消える。
静かにガァプが目を閉じる。ほんの数秒の沈黙の後に、彼女は静かに口を開いた。


「……さぁ、話はおしまい。武器を取りなさい、うみねこグリーン、ホワイト。
どうせ何を聞いたって、お互いに引く事なんて出来ないのだから」
「ガァプ様……」

震える声でホワイトが尋ねた言葉に、ガァプは答えなかった。
泣き出しそうなホワイトの顔は見ないフリをして、ガァプは再びグリーン達から距離を取る。
彼女のその行動にグリーンとホワイトも再び臨戦態勢を取った。

辛そうにぎゅっと胸の前で手を握りしめるホワイトの肩にグリーンがそっと手を乗せる。
何も言わず、ただ自分の覚悟が決まるまで待ってくれているその優しい瞳にホワイトは強く頷いた。


グリーンが強く地を蹴る。
自分達を不敵に見下ろす、ガァプへ向かって……!

再び始まった戦いを、一瞬でも見逃さまいとホワイトは目を見開いた。
ガァプの攻撃がグリーンの左を掠る、避けながらグリーンが懐のナイフをガァプに叩きつけた。
だがもちろんそんなものはガァプにはすでに読まれている。グリーンの攻撃を鼻で笑った彼女は、姿を消そうと深い闇を空中に呼び出した!!

「グリーン…!”今”です!!!」
「なんですって……!?!」

ホワイトの声に、グリーンはすぐさま方向を変えた。
目的はただ一つ、ガァプが身を消そうとしていたワープホームの中だ!!
自分から飛び込んだ暗闇は、自分達の世界とは別の理によって作られた世界だ。
覚悟はしていたとはいえ、一瞬でも気を抜けば上下の感覚どころか自分の存在すら歪んでしまいそうな奇妙な感覚に、グリーンは顔をしかめて耐える。
それは一瞬だったのか、それとも何日にも渡る長い時間だったのか。それすらよくわからなくなった時、真っ暗闇だったグリーンの視界がさっと大きく開けた。

暗闇の中から放り出された先は、先ほどと同じホールの天井付近だった。
地上からしっかりとした視線で自分を見上げているホワイトの姿が見える。
そちらには視線を向けないまま、グリーンは目の前に一瞬先に暗闇を抜けたガァプの姿をしっかりと瞳に映した。

「――これで終わりにしよう。ガァプー!!」


残っていた力をグリーンは全て右足へと集めた。まばゆい光が彼を包む。
重力を味方につけ、グリーンはガァプへと最後の攻撃を叩き込む。
とっさに腕で受け止めようとしたガァプと、グリーンの攻撃が重なったその瞬間、


まばゆい光と、耳を突くような轟音がホールを包み込んだ。






”何か、きっと何か、他に深い理由があるんじゃないんですか……?!!”


目の前に、グリーンの攻撃が迫る。
まるでコマ送りのようにゆっくりと進む世界の中で、何故かガァプの頭をよぎったのは、先ほどの泣き出しそうなホワイトの顔だった。
……馬鹿な少女だと、ガァプは笑う。この後に及んでまだ自分達を信じようとしている。
自分達のことを勝手に美化して、何か崇高な止むに止まれない事情のために戦っているのだと信じきっている。

「……馬鹿ね、紗音。私達はあんた達とは違うの。
皆の為に〜、なんて甘い理由で動く悪魔なんていないことを、さっさと知りなさい」

残念ながら、彼女が期待していたような綺麗な理由はガァプは持ち合わせていない。
それどころか彼女が信じられないと言った「人間へ幻想の世界を認めさせる」と言うファントムの最優先目的すらも、彼女にとってはさほど重要なものではなかった。

願ったのは、たった一つ。
子供のわがままのような、自分勝手な理由が、一つだけ。


グリーンが振り上げた旋風が、ガァプに襲いかかる。
もう抗わず、その旋風が叩きつけられる最後の瞬間にガァプは静かにその目を閉じた。


……閉じた瞼のその向こうに、弾けるような笑顔とその向こうに広がる広い空が見えた気がした。
ふっと小さくガァプが微笑む。



その記憶を最後に、ガァプの意識は深い闇の中に沈んでいった。





















見上げた空に、涙が出そうになった。

高い天井に開けられた天窓から見える、小さな空に。



どうだぁ〜?ガァプ?
ここは妾のお気に入りの場所なのだが…、そなたは初めての友達であるからなぁ、特別に教えてやろうぞ!
綺麗であろう?この屋敷の中で唯一空が見える場所だからのぉ!
凄いのだぞ、今は青いが夕方になったら赤く染まって……!!?って、ガァプ!!突然何をするのだぁ!離せ!!
そんなに強く抱きしめたら痛いであろうが!!ガァプ!?………どうしたのだぁ?……泣いておるのか……?


自分の腕の中で、ベアトリーチェがきょとんとした表情を浮かべる。
自分がなぜ涙を流すのか、それすらわからない親友に返せる言葉がなくて、ガァプは代わりに更に強くその小さな体を抱きしめた。


古い忘れられた書庫の中が、天窓から照らされた僅かな光で薄暗く光る。
切り取られた空を、きらきらとした瞳で見上げるベアトリーチェを抱きしめながら、



その日ガァプは、たった一つの決意をしたのだ。




***



「ううん、勝てない。……私たち、一人ずつだとね」

ゆっくりと立ち上がり、イエローが顔を上げる。
彼女の強い視線の先には、不敵な笑みを浮かべる悪魔の姿が佇んでいた。

目の前の悪魔から出る巨大なオーラにはイエローも気づいていた。
その力をよく知るからこそ、何とか隙を見つけようと焦るからこそ、ブラックが気づけなかったある事実にも。

ブラックは自分の攻撃を”効いていない”と言った。だが、そうではなかったのだ。
ほんの一瞬、瞬きをするような僅かな時間で修復されてしまってはいたが。
それでもブラックが刃を叩きつけたその瞬間、ロノウェの盾は大きく火花を散らし、時にひび割れを起こしていた。


効いていないわけではない。
ただ、ブラックの攻撃だけではパワーが足りない。

少し離れた場所で、冷静に彼らを観察していたイエローはそのことに気づくことが出来た。
そして、彼一人ではパワーが足りないのならば、どうすればいいか……、そんなことは考えるまでもないことだった。


「やろう!ブラック!!もう休む暇なんてあたえねーぜ!私とブラック、二人であいつの盾がぶっ壊れるまで殴り続けてやるぜ!!」
「待ってください!イエロー!!」


彼女の行動を止めたのは、予想通りブラックだった。
真っ青な顔で叫んだ彼を、イエローは淡々とした表情で見つめる。
その瞳から真意を測りかねて、ブラックは更に声を上げた。

「危険です!!下がっていてください!あなたはロノウェ様の恐ろしさをまるでわかってない!!」
「わかってるつもりだよ。このまま君が一人で戦っても、敵わない相手だってことも」
「それは……!でも、僕の為にあなたを危険に晒すわけには……!」


「…そして、私も君を危険に晒すよ。私に一人であいつを倒す力がないせいで」
「それは……」


「……でもね、私はそれでいいって思ってる」
「え……?」

イエローの言葉に、ブラックが驚いて顔を上げる。
その先で待っていたのは、満面の笑みを浮かべるイエローの姿だった。



「だって、私達は仲間だから」

迷うことなく、イエローはそう言い切る。
強く自分の手のひらに拳を叩きつける。決意が籠もった視線を彼女は今度はロノウェに向かって叩きつけた。

「一人で出来ないから、人は人と一緒に居るんだ。手を取り合うことが出来るんだ。
だから力不足なんて恥じることでも、悔やむことでもない。だから……、
もっと頼って!私達は、”仲間”なんだから!」
「イエロー……」

薄暗い城の中で、何故か彼女の姿だけが眩しいほどに輝いて見えた。
トクン、と、ブラックの鼓動が一つの音を鳴らす。
それが何かはっきりとブラック自身が理解するよりも先に、イエローがブラックの手を強引に掴んだ。
暗い城の床から、自分の方へとイエローがブラックを引っ張り上げる。彼女の手を、もうブラックは拒否しなかった。



「……どうやら、作戦が決まったようですね?ぷっくっく、どのような策が来ることやら」
「作戦なんてねーぜ!あんたが倒れるまで、殴って殴って殴り続ける!!これだけで十分だぜ!!」


作戦なんてないと言い切ったイエローの言葉に、ロノウェの含み笑いが大きくなる。
それでも、もうお手並み拝見などという悠長なことは、もうロノウェも夢にも思っていなかった。
数々の怪人を倒し、七杭を倒し、成長し続けてきた彼らの力を口には出さなくてもロノウェは認めている。
その彼らが手加減なしに向かって来るというのだ。ならば、自分も本気で相手をしなければならないだろう……!!

ロノウェが掲げた腕に、赤黒い光が集まる。
掲げられたのは、あえて先ほどよりも一回り小さな盾。だが、イエローもブラックも気づいていた。
大きさだけを見ればむしろ小さくなったその盾に、先ほどとは比べものにならないほどの魔力が込められているということに。


「では、始めましょうか?第二ラウンドを。あなた方に私の盾が破れるか…、試して差し上げましょう!!」

ロノウェが叫ぶ。
それを合図に、イエローとブラックは強く地面を蹴った――!!


難しいことは考えない。
ただ、力の限りイエローは自分の拳をロノウェの盾へと叩きつけた。
金属をこするような音と共に盾が激しい火花を散らす。もちろんそれでイエローは終わりにするつもりはない。
ほんの瞬きをするような僅かな時間で、続けて3度、イエローは自らの拳を叩きつけた。
盾の軌道をずらし、ロノウェが彼女の攻撃を防ぐ。そして、3度目の攻撃が終わった僅かな隙をついて、ロノウェは彼女を蹴り飛ばした!!

「―――っ!ブラック!!」
「はぁあああああああああ!!!」

次の瞬間、目を見開いたのはロノウェの方だった。
ロノウェの攻撃によってイエローが吹き飛ばされたのと同時に、今度はブラックの刃がロノウェを襲う。
切りつけられた盾が先ほどよりも大きな火花を散らし、僅かに割れた。

完全にロノウェの誤算だった。
まさかブラックが、吹き飛ばされたイエローの方を見もしないとは思わなかった。
今までの彼ならば、イエローに駆け寄り、大きな隙を作っていただろう。だが今、彼はそれをしなかった。
吹き飛ばされた彼女が呼んだ名前一つで彼女の意志を理解し、駆け寄るよりも彼女の意志を継ぐことを選んだのだ。
それは、彼等の間に確かな信頼関係が存在しなければなし得ないものだった。



「ロノウェ様……!!お覚悟を……!!」

その間にもブラックの攻撃は止まらない!休む暇もなく叩きつけられる青い刃に、ロノウェの赤い盾が大きく悲鳴を上げた。
そして、ロノウェがそれを止める一手を打てるよりも先に復帰してきたイエローの拳が盾に叩きつけられた!!

黄色と黒。
二つの攻撃にロノウェの盾が大きく軋む。
無理矢理受け止めたロノウェの盾は、ついにガラスが割れるような音を立てて、無惨に砕け散った――!!


不味い。
最早いつもの余裕めいた笑みすら浮かべる余裕のないままに、ロノウェは胸の内でそう叫んだ。
次の盾を作るよりも、おそらく二人の攻撃の方が早い。ならば、彼らの攻撃よりも先に二人を倒す。それしかない。

ロノウェの周りの闇がさっと強くなる。
本来の悪魔の力を解き放つために。彼は自身の右腕に力を溜める。
その一瞬の時を得るために後ずさったロノウェの足に柱が当り、……ロノウェの表情からさっと血の気が引いた。



食堂の中心に立てられたその一際大きな柱は、魔界に戻る扉を開けるための魔力を城中に届けるための、重要な基幹だったのだ。


無論、ワルギリアやガァプ、ベアトリーチェの力があればこんな装置などなくとも魔界に戻ることが出来る。
……だがそれは、あくまで彼女達が本調子だった場合の話だった。
もし、うみねこセブン達の攻撃で彼女達が深い傷を負ってしまっていれば?
もしも、その時、このシステムに致命的な欠陥が起こってしまっていれば?

彼女達は、魔界に逃げることすらも出来なくなってしまう……!




「これで…、終わりだぁああああああああああ!!」


空に飛び上がったイエローとブラックの二つの光がロノウェに迫る。
一度解き放てば、この部屋ごと簡単に彼女達を葬り去ってしまえただろう悪魔の力を……。







「どうかお逃げください、お嬢様。そして……、ワルギリア様」



結局ロノウェは、最後まで解き放たなかった。







「……え?」

名前を呼ばれたような気がして、ワルギリアは思わず振り返った。
そこに見えるのは、深い闇を含んだ階段だけ。当然、彼女の名を呼ぶような人物の姿は見当たらない。
それでも今聞こえた声がただの気のせいだとは思えなくて、ワルギリアは困惑の表情を浮かべたまま闇を見つめ続けた。

「随分と余裕じゃない?余所見を許すほど私は甘くないわよ?」

その隙を、もちろんブルーは見逃さない。
強く地を蹴ったブルーの剣が大きく光を増す。
すぐ後ろで膨れ上がった殺気にワルギリアは慌てて蝶に姿を変えてその場から逃げ去った。

光が弾ける。
ワルギリアが姿を消した、次の瞬間。何もない空間をブルーの青い刃が斬り裂いたのだ。
瞬間的に彼女の背丈ほど膨れ上がったその刃にはどれほどの力が込められていたのだろう?
ワルギリアの代わりにその刃を受けた城の床には深い穴が開き、その衝撃で天井まで大きく揺れた。

光が止まぬうちに、ブルーはすぐに立ち上がり背後を振り返った。
黄金の蝶が、暗い城の中を舞う。少し離れた場所に無傷で現れたワルギリアの姿を見て、ブルーは舌打ちをした。


「……その通り、だったようですね。しかし心配は無用です。このワルギリア、あなた達のようなお嬢さん達に遅れを取ることはありませんよ?ほっほっほ」
「……そのようね。さすがは歳の甲って奴なのかしら?」
「だ、誰が歳ですか!!誰が!!見ての通り私はまだまだ若いですよ!!失礼な!!」
「……………じゃあ幾つなのよ?」
「ワルギリア★17歳で……」
「さぁ、次行くわよ!!!」

ワルギリアの言葉を遮って、ブルーは大きく地を蹴った。
憎しみだけをその瞳に宿し、こちらに向かってくるブルーにふっとワルギリアが悲しげな笑みを浮かべる。
覚悟を決めた彼女は、無数の槍を背後へと呼び出し。一斉に向かってくるブルーに向かって放った!!

床に、天井に、そして壁に。
叩きつけられた光の槍が爆音と主に大きな砂埃を上げた。遮られた視界の中、ワルギリアは注意深く周囲の気配を探る。
この程度で、倒せる相手とは元より思ってはいない。必ず、無数の槍など物ともせずに自分の首をめがけて彼女は向かってくるだろう。

そして、ワルギリアの予想を裏付けるように、すぐに砂埃の向こうから一つの影がこっちに向かってきた。
ワルギリアは巨大な槌を具現化し、影の攻撃に備える。影が彼女の前に現れるよりも、槌が現れる方が一瞬早い!
砂埃がから少女が飛び出してきたその瞬間、ワルギリアは神の鉄槌を下すため、その手を降ろし……。




「うー!負けない……!!」

声が響いた。
幼い、しかし誰よりも決意の籠もった強い声が。

飛び出して来た人影にワルギリアの動きが一瞬、止まる。
視界を覆う砂埃の中から現れたのは、ブルーではなく、うみねこピンクだったからだ。

ワルギリアが槌を振り降ろすよりも先に、ピンクが杖を振るう。
スピードスターの嵐に煽られて、槌が消える。
軽い音を立ててワルギリアの前に降り立ったピンクは、強い決意をもった目でワルギリアを見つめた。

もしも、予想通りブルーが仕掛けてきた攻撃ならば、……いや。
たとえ予想と違っていたとしても、普段ならばワルギリアは軽くその攻撃を受け流して、ピンクを倒すことが出来ただろう。
それでも放ち掛けた魔法を止めてしまったのは、その声になぜか引っかかるものを感じてしまったためだ。

……なんだろう?この変な感じは。
彼女が口にした変わった口癖を、何故だかワルギリアはまったく違う場所で聞いたことがある気がした。



「ピンク達は負けない……!絶対に皆で一緒に帰るんだもん!!
レッドや、イエローやグリーン、ブラック、ホワイト、ブルーも!一緒にママの所に、皆の所に帰って……!
また一緒に遊園地に行ったり、パレードを見たり…!皆で一緒に遊ぶんだもん……!」


ワルギリアとブルーの間に、ピンクはたった一つの決意を胸に立つ。
それは、ここに来るまでにレッド達と、基地で待つ家族達と、
……そして、彼女の大切な友達と、誓い合ったたった一つの約束だった。


「約束したんだもん!!前は出れなかったけど……、
それでも一緒に遊園地の外に行こうって、水族館や動物園や学校にも行こうって、
……ピンクは約束したんだもん!!うー!!!」




ざわりと、ワルギリアの視界がざわめく。
目の前に立つうみねこピンクの姿が大きく揺らいで見えた。
そしてその姿はこともあろうに、

いつかベアトリーチェと楽しそうに笑いあっていた、あの人間の少女の姿と重なったのだ。






「まさか…!あなたは……?そんな…、それじゃあ、先に行ったあの青年は……?!!」





「油断大敵よ……!」


青ざめたワルギリア視線が、思わずレッドが落ちて行った地下の方へと向く。
その瞬間、ずっと隙を見せなかったワルギリアの意識は完全にブルーから外れてしまった。

その隙を、もちろんブルーは見逃さない!
大きく宙へと飛び上がった彼女の体が青い光に包まれる。
天井付近でくるりと伸び上がるように体勢を変えた彼女は、まるで隕石のような衝撃と共にワルギリアへ向かって降り注いだ!




「じゃあ、またね。シーユーアゲイン!!!!!」


小さく呟いた別れの言葉と共に、青い光が、耳を切り裂くような轟音が、城中を揺らすほどの衝撃が、部屋全体を包む。

部屋全体が光に包まれる最後の瞬間。
真っ青な顔をしたワルギリアの瞳は、ブルーを見てはいなかった。


ふわりと、ワルギリアの前に金色の蝶の白昼夢が舞う。
金色の髪を靡かせて、振り向いた”彼女”の幻は泣き出しそうな虚ろな目をしていた。





「逃げて…、どうか戦わないで、ベアト……、戦人君」



***


長い階段をレッドはひたすら降り続けていた。
走り続けるうちに息は切れ心臓は大きく悲鳴を上げていたが、それでも彼は立ち止まりも振り返りもしなかった。

暗い一本道の階段は、壁に設置されたろうそくの光に怪しく照らされるだけで先はほとんど見えない。
これだけ走ってもまだ先にたどりつかないなんて。
一体この城は地下何階まであると言うんだろうか?このままでは、地球の裏側まででてしまうんじゃないだろうか?

頭を回り掛けた考えをレッドは大きく頭を降って振り払う。
元々魔女などと名乗る非常識な力を持った奴らの根城なのだ。
本当に地球の裏側まで走らされる、…もしくはこうやってどれだけ走っていてもどこにもたどり着かない可能性すらあるのだ。
それがわかっていても、レッドには立ち止まる選択肢も、戻るという選択肢も、微塵も頭に浮かんでは来なかった。

ここで少しでも立ち止まってしまえば、ここまで道を切り開いてくれた仲間達に申し訳がつかない。
このまま進み続ける。それしか自分にはないのだ……!!


だが、永遠に続くかと思われた階段にもついに終わりがやってきた。
それからほんの数分もしないうちに、薄暗い階段の先についに重厚な扉が見えてきたのだ。






「……来たか」


ゆっくりと、ベアトリーチェが青い瞳を開く。

彼女の前に広がるのは、広い城の謁見の間。
ファントムの長である彼女は、今、その肩書きにふさわしい玉座に腰掛けながら長いカーペットの端に見える扉を睨みつけていた。

その扉の向こうに人の気配が有ると言うことが、うみねこセブンがここまで辿り着けてしまったということが、何を意味するのか?
頭をよぎり掛けた可能性を、ベアトリーチェは必死に振り払う。
違う。そんなわけない。彼らの強さは自分が一番よく知っている。
きっと今も、彼らは自分達のために城のどこかで戦い続けてくれているはずなのだ。


だから……!

…………今度は、自分の番だ。


「……守るのだぁ。妾が……!
お師匠様を、ガァプを、ロノウェを、全ての幻想の住人を……!!
妾が守らなければならないのだぁ……!!」


自分にそう言い聞かせるように呟いた。

彼女の目の前で重い音を立てながら、扉が僅かに動く。
蝋燭の僅かな光が扉の隙間から溢れる。





睨みつけるようにその光景を見ていた
ベアトリーチェの目の前で、幻想と人間を隔てていた扉が、





今、ゆっくりと開かれた―――。






《This story continues--Chapter 25.》

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