『今回予告』

人間なんて……

そう思って疑わなかった私の心に、小さな波紋が浮かんでは消える。

触れた彼のやさしさ。
そして人の温もり。

波紋はやがて大きくなり、私の心は揺れ動く。
何が正しいのか、何をしたいのか。

答えがでないまま、しかし決断は突如として迫られる。
またも陥る危機。
彼の決意を垣間見た瞬間、私の心は何を想うのか。

15話 「決意の果てに……。 新たなる力の目覚め!!」

今、想いが集い、新たなる力が目覚める。




【オープニング】


はぁ……

授業中の教室。教壇の前では教師が教鞭をとっている。普段なら勤勉にノートをとるところなのだが、今日は何だか気分が落ち着かず、紗音はぼんやりと空を見上げながらため息をついていた。
どんよりと曇った空は、今の自分の気持ちを表しているようだ。そんなことを紗音は思いながら、再びため息をつく。
悩みの原因はわかっている。それは昨日の出来事。ひとつの予感が確信に変わった瞬間。
空を見上げるのを止め、ノートに視線を動かす。そこには、紗音の悩みの原因が書き綴られていた。
『譲治さん=うみねこグリーン?』
それこそが、紗音の悩みの元凶。
昨日、私に振り返らないでと言った譲治。以前にも同様のことがあった。そして、その後に現れたのは……、うみねこグリーン。
報告すべきだ。そう、今までの紗音であれば迷うことはなかった。だって、人間なんて信じてなかったから。それにロノウェ達には恩義があるから。
だけど、と紗音は頭の中のもやもやしたものを感じる。手で弄んでいた鉛筆が、ノートの文字をくしゃくしゃと塗りつぶしていく。塗り潰されたノートを見つめ、紗音の気持ちは一層沈んでいく。

わからない……

それは心の中での葛藤。頭では、報告すべきだと理解している。だけど、心の奥でそれは間違っているのではと叫んでいる自分がいる。だから、どうすべきかがわからない。

『信じてるよ』

そう、背中越しに声を掛けてきた譲治の言葉が思い出される。誰かにそんな言葉を掛けてもらったことなんてなかった。それに応えたい、どうすれば応えられるだろうか、そう考えている自分がいることに、紗音は驚いていた。そして、それ故に日が変わった今でも、ロノウェ達に報告できないでいた。報告することが、正体を知ってしまったという事実が、譲治の信頼に背いてしまうということを理解していたから。

譲治のやさしさが思い浮かぶ、あの観覧車の一幕。

『誰だって自分が可愛い。自分のためには他人を平気で踏みつけにする。人間なんて所詮そんなもんよ』

まず浮かぶのはレヴィアタンが言い放った一言。今思い出しても心に刺さる。そう、人間なんて、所詮自分が一番なのだ。その言葉で紗音は諦めそうになっていた。
しかし、譲治はその言葉に対し言い返した、言い返してくれた。


『人間は助け合えるから人間なのさ。…確かに、一人ひとりがそれをできる範囲は狭い。手が届くところまで。目が見えるところまで。ときには限りなくゼロに近くなってしまうこともある。…でも、それで繋がる輪は限りなく広く、強い』

その一言で、そしてぎゅっと強く握り締めてくれた手の温もりで、紗音は驚愕し、そして彼を信じたい、そう思ったのだ。

だけども。
それでもロノウェ達から受けた恩は忘れられない、いや忘れてはならないと紗音は思う。
だからこそ、昨日の夜からずっとずっと迷っていた。

はぁ……

今日何度目かわからないため息をついた時、授業が終わるチャイムがなる。さて、これからどうしよう。ふと、いや、考えないようにしていた昨日の約束が頭を過ぎる。

『明日、ケーキでも食べに行かないかい?』

『そう。じゃあ決まり。約束だ』

約束、という言葉に少しだけ胸が熱くなる。これは、一体どんな気持ちなのだろう。暖かいようなこそばゆいような、恥ずかしいようなそんな気持ち。だけど、それと同じくらいに悲しくて、さびしい。
もしかしたら行けば傷つくかもしれない、そんな予感はある。だけど、行かなきゃもうずっと譲治と笑える日は来ないのではないか、それがすごく怖いと思う。
だから、

「うん、行こう」

それは、小さな決意。それを口に出したのは、紗音なりの決心だった。
廊下を歩き、靴箱の前まで行く。そこにまだ譲治の姿がないことに、少しだけ紗音は安堵する。まだ、気持ちを落ち着かせる時間はあるようだと。
手を目の前に翳す。昨日のあの温もりがまだ残ってるかのような気持ちになる。それと同時に、頭にも暖かさが思い出される。それは、紗音が初めて触れた人間達の温もり。

譲治との約束を果たす。それを決意した紗音だったが、ここに来てもまだ紗音は、悩んでいた。
聞くべきか聞かざるべきか。

「やあ、紗音ちゃん、待っててくれたんだね」

そうこう悩んでいる内に、譲治が授業を終え紗音が待つ下駄箱までやってきた。

「あ、う、譲治さん、いえ、今来たところですから」

単なる待ち合わせ、約束を果たすためのもののはずなのに、何故か紗音は恥ずかしく赤くなってしまう。そんな紗音の様子に全く気づかず、譲治は言葉を続ける。

「来てくれてうれしいよ。いろいろと話はあるかもしれないけど、まずは行こうか」

そうやさしく声をかけ、紗音の手をとろうとする。そんな様子に紗音は益々赤くなるが、いざ手が触れ合いそうになった瞬間に、さっと手を引っ込めてしまう。

「…………」

「…………」

譲治と目が合う。数瞬の沈黙。少しだけ彼は驚いているようだった。紗音はそんな彼の様子を感じ、目を逸らし俯く。

「じゃあ、行こうか」

先ほどの驚きを現さないようにしてか、ややぎこちなかったが譲治はそう言い歩き出す。
それにつられ、紗音も後を追うように後ろを歩く。

とことこ
とことこ

二人は共に歩く。譲治が前を歩き、やや後ろを紗音がついていく。二人の距離は縮まらず、無言の時が流れる。紗音は先ほどの自分の行動を悔いていた。何故手をとらなかったのか。何故握り返さなかったのか。
それは、恐れ。
手をとってしまったなら、握り返してしまったなら。もう後には戻れない、そんな予感。
怖かった。何か取り返しのつかないことになりそうなことが、何かを選んでしまうということが、だからすっと手を引いてしまった。

………………
…………
……

沈黙は続く。
何か言わなくちゃ、何か言わなくちゃ、そう紗音は苦悩する。
でも、なんて声を掛けたら言いのだろう。
そんな悶々とした想いを象徴するかのように、

ぽつ、ぽつ、ぽつ

黒々とした空から、ぽつりと雨が零れだしてくる。紗音は慌てて鞄の中を探る。

「…………あっ」

鞄の中には、傘は入ってなかった。
ぼんやりとしていて、学校に忘れてきたようだ。
どうしよう、どうしよう。
わたわたと頭の中が混乱していると、ふと影が差し、頭上の雨が止んだ。
ふと視線を上げる。

「え……」

目の前には譲治がいた。自分は少し濡れながら、紗音に傘を翳している。

「一緒に入る?」

「え?あっ、う」

譲治の言葉に、返事を紡げなくなる。顔が熱い、自分でもわかるくらい赤くなっている。
譲治はやさしそうな瞳で紗音を見つめながら、

「行こう」

とささやく。

「はう、はい」

紗音はそれだけ言うので精一杯だったが、譲治と共に歩き出す。

あ、相合傘……。

紗音の頭はパニックである。

どうしよう、どうしよう、どうしようどうしようどうしよう

繰り返しそんなことがクルクルと頭を回る。言うまでもなく、大パニックである。

「ねえ、紗音ちゃん」

隣から譲治がしゃべり掛けて来る。

「は、はいぃぃぃ!!」

思い切り裏返った声で紗音は答える。そんな紗音の様子にもやさしく譲治は微笑む。

は、恥ずかしい。

益々真っ赤になる紗音。しかし、

「昨日はありがとう」

とくん、と心臓が跳ね上がる音がした。
同時に、先ほどまでの混乱と高揚がすっと引いていくような感覚を紗音は覚えた。

「い、いえ、こちらこそ、その、ありがとうございました」

譲治の方を一度向き、ぺこりと頭を下げお礼を言う。それは偽らざる気持ち。だけど、紗音には次の言葉を紡ぐことができなかった。

うれしかったとか、あの時話掛けてくれてよかった、とかいろいろと言うべきことはあるのに、それも譲治の正体を聞くべきかという悩みの前に霧散する。
そうして、また無言のまま歩き出す二人。

どうしよう。
先ほどまでの混乱とは別の、昨日の出来事からずっと先送りにしてきた悩み。だけど、聞かないと、今日が、いやこれからも、この微妙な距離感が続いてしまう。それは嫌だと紗音は思う。それに、自分を信じてくれたのだ。隠し悩むことはその信頼に背いているような気がしていた。だから、

「ねえ!! 譲治さん」

紗音は譲治に問いかけることにした。
決意というには悩み多く。
決心というには心揺れる。
だからこれは些細な勇気。それに見合うよう、紗音はなるべく勢いよく譲治に呼びかける。

「うん?どうしたの?」

譲治は紗音の方に向き直り、そう応える。

「あの、その」

まごまごしてしまう紗音。うぅー、とは呻きそうになる。

「譲治さんはその……」

それでも、譲治の正体について問いかけようとする。
しかし、

ばん!!

突如として、少し遠くから爆発音が響く。
びくりと体が硬直するのを紗音は感じた。昨日の出来事が脳裏を過ぎる。
音のした方向を見ると、もくもくと煙が上がっている。譲治の方を見やると、彼も驚いているようだった。

ばん!!
ばん!!

二度、三度と爆発音が木霊する。
しかも、近づいてきている!!

ばん!!

四度目の爆発音。すぐ近くまで迫ってきている。
その時、誰かの怒号が辺りに響く。

「うわーーーん、レヴィがやられたー!!許さないんだからーーーー!!」

それは少女の声、紗音が声の方向を見ると、そこには、サタンが宙に浮いて泣きながら、連れてきた怪人と共に爆発を起こしていた。

「うわーーーん、うわーーーーーーん!! みんないなくなっちゃえーーー!!」

どうやら昨日レヴィアタンが敗れたのがショックで暴走しているようだ、と紗音は判断する。

「紗音ちゃん、ここから逃げよう!!」

ふいに、手を引かれる。

「あ、はい!!」

紗音も素早く返事をし、共に被害のないところへ避難しようとする。走る二人、しかしどんどん爆発は近づいてくる。

走りながら、紗音は譲治の顔を見やる。
彼は何かとても苦渋の表情をしていた。悩んでいるようなそんな顔。

紗音は思う。
それは、もしかすると……

ばん!!

そんな思いをかき消すように、すぐ近くで爆発が起こる。
思わず顔を覆い、爆発の衝撃に耐える。
すると、体をふっと覆われている感触に包まれる。目を開くと、紗音を庇うように譲治が抱きついていた。

「じょ、譲治さん!!」

目を見開き、驚く紗音。
まただ。初めに思い浮かんだ想いはそれだった。
また守られている。

ふいに、目の端に映る一つの影があった。それは爆発に巻き込まれた瓦礫の破片。それが譲治に迫っている。彼は紗音を守っているせいで気づいていない。
守らなくちゃ、そう思うと同時に紗音は動いていた。
抱かれている譲治の腕を振り払い、思い切り押す。譲治の体が離れていく。
驚いた譲治の顔。紗音自身も自分の行動に驚いていた。だけど、自然と体が動いていたのだ。途端、体に衝撃が走る。腕には鈍痛。破片が体に刺さった感触。
譲治の顔が一層驚きに満ちる。そして苦渋の表情に。
ああ、そんな顔見たくなかったな、と痛みの中で紗音は思う。爆発が収まってすぐに、譲治が紗音に駆け寄ってくる。その表情は硬い。

「大丈夫?!」

譲治はそう言葉を掛けて、衝撃で倒れた紗音を助け起こす。

「だ、大丈夫です」

痛みはあるが、傷は浅い。それに、紗音は譲治に心配を掛けたくなかった。譲治の手をとり、紗音は立ち上がる。そうしてまた走り出そうとするが、譲治は立ち止まったまま動こうとしない。

「どうしたんですか! 早くしないとまた」

譲治の手をとり、連れて行こうとするが、それでも尚譲治は動こうとしない。そうして、

「紗音ちゃん」

そう酷く暗い、だが力強い口調。その口調に押され、紗音は引っ張っるのを止め、自らも譲治の方を向き直る。

「どうしたんですか?」

只ならぬ譲治の様子に、紗音は少し不安になりながらそう問う。

「ごめんね」

「え?」

突然の謝罪に驚く紗音。そんな紗音の気持ちとは裏腹に、尚も譲治は言葉を続ける。

「僕が、僕が恐れていたから。君を傷つけてしまった。信じるって言ったのに、信じてって言ったのに。知られるのが怖かったんじゃない。恐がられるのが怖かったんだ……」

それは、紗音に言っているのと同時に、自分に対する感情の吐露のような譲治の言葉。そうして、

「だけど、もう恐れないから」

そう言うと、紗音の手をそっと振り解く。

「ごめんね」

もう一度、今度はじっと紗音の目を見つめ、譲治は謝り、背を向け爆発の方へ走っていく。紗音は、それを見つめることしかできなかった。譲治の悲しそうで、それでいて何か決意に満ちた表情が忘れられなかったから。
見つめる先で突然光が走り、その後、サタン達の元へ駆けていく。
あれは、

「うみねこ、グリーン」

見たままをつぶやく。やはり予想は当っていた。今度こそ間違いなく、完膚なく。さめざめと降り注ぐ雨が、傷口にちくりと染みる。それは、心にまで染み渡るような痛み。
報告するべきだ。それは何度も頭の中で繰り返されていた内容。だけど、今この時、紗音の心には、全く別の感情が浮かんでいた。

――守りたい

自分を守ってくれた譲治。昨日も、そして今日も自分を気遣い、信じてくれた彼。そんな彼を、彼の決意を守りたい、そう紗音は思ったのだ。しかし、紗音は歯噛みする。そうするには、あまりにも自分は無力だということを理解していた。
紗音はうみねこグリーンが駆けていった先を見つめる。紗音が見つめた先には、うみねこセブンの面々とそれと対峙するサタンや怪人達。周りの人間たちを気にしてか、彼らの動きがいつもより鈍いような気がする。視線を下げ、周りを見渡す。そこには、阿鼻叫喚と逃げ惑う人間たち。

とくん

心臓が跳ね上がるのを紗音は感じた。同時に脳裏に過ぎったのは昨日の情景。
今まで信じることが、好きになることができなかった人間たち、そんな彼らのやさしさに触れたひと時。
だから、

――守りたい

紗音は再び強く願う。譲治だけでなく、この人間たちも守りたい。
それは、今までこの騒動に手を貸していた自分との決別にも等しいのかもしれない。
だけど、こんな悲しいことは間違っている、そう感じたのだ。
けれど、唯の願いは霧散する。力なき自分にはこの願いを叶えることはできないのかと、紗音は項垂れそうになる。

「力が欲しいか」

そんな紗音の心に反応したかのように、見知らぬ声が掛けられる。声の方を見上げると、そこには、初めて見る、老人というには些か若々しさを残した人物が仁王立ちで佇んでいた。



【アイキャッチ】



「力が欲しいか」

その声に紗音は戸惑う。見上げた先には見知らぬ人物。白髪に白い髭、それとは対照的な黒きマント。体から滲み出るような威圧感は、紗音を自然緊張させる。

「あ、あなたは誰ですか!?」

恐怖とはまた別の、恐れ戦くような口調で紗音はそう男性に問う。
にやり、とその老人は笑い、

「ふ、そんなに緊張するでない。さっきの質問の続きだ。力が欲しいか?」

先ほどと同様に質問を投げかけてくる老人。その姿に疑念を抱きつつも、

「はい!!」

そう力強く紗音は応える。何故だかこの目の前の人物が悪い人には見えなかったし、何より、紗音には力が欲しかった。

「何のために?」

男性が試すような口調で紗音に訊ねる。しかし、紗音は迷うことはなかった。

「譲治さんを、いえ、人間を守るために」

勇気から決心へ、そして決意へと変わる想い。ここにきて紗音の気持ちが晴れやかだった。譲治がくれたやさしさ、そして人間たちがくれた温もり。
それはすごく儚く大切なもの。だからこそ、それを守りたい。
紗音の言葉に呼応するかのように、目の前の男性が持っている何かが光輝く。宝石のようなそんな物体。綺麗な色、そう紗音は感じた。

「やはりな、これはそなたの気持ちの色だ。このコアがそなたに力を与えてくれるだろう」

そう告げ、男性は紗音にコアと呼ばれたものを手渡す。それは、紗音の手に渡ると尚一層光を増す。
実は、この男性は金蔵であり、過去数度光輝いていたコアの持ち主を探していた。光輝くときが決まって譲治が出動している時だったため、彼の近しい者ではないかと調査していたのだ。
だが、そんなことは露も知らない紗音だったが、不思議と手にもったコアと目の前の金蔵は信用できるような気がしていた。紗音はコアの光に身を委ねる。何をすべきかが頭の中に染み渡ってくるようだった。頭の中に閃くその台詞を高々と叫ぶ。

「コアパワー・チャージオン。チェンジホワイト!!」

叫びと共に紗音の体は光に包まれる。気分が高揚していくのを感じる、力がわいてくる。それは決意の力、想いの現れ。光が収まり、自分の姿を見た紗音は驚く。それは、

「うみねこ……セブン……」

そうそれは、正に今視線の先で戦っているうみねこセブンの姿と酷似していた。しかし、驚きは一瞬。だってやることは決まっている。

「ふははははは!!そう、お主こそ新しいうみねこセブンの力。行くのだ!!その想いを叶えるために!!」

金蔵が高らかに笑う。紗音はそれに力強く頷き、駆けていく。仲間の、うみねこセブン達を助けるために。




〜Interlude in〜

うみねこセブンの面々は、苦戦していた。周りには逃げ惑う人々。そんな彼らに被害が及ばないようしながらの戦闘は、予想以上の苦戦を強いられることとなった。

「くっそぉーー。あのサタンとかいうやつもすばしっこいし、強ぇし。何より、あの何とかっていう怪人、今の状況だったら反則じゃねえか」

うみねこレッドがそう口にする。彼が言うように、サタンの隣には一体の怪人が存在していた。その怪人は、お腹の辺りに大きな穴が空いており、そこから雲を吸収。雷に変換して相手を攻撃してくるようだ。今のこの雨雲は好都合なようだった。

「……参ったね。あの怪人の攻撃をどうにかしないと、けが人が増えてしまうし、僕らも攻撃に転じられないね、それに……」

「うわーーーーーん、レヴィ姉ぇーー!!」

「あの女の子、サタンちゃんって言ってたっけ。我を忘れているようだから、手当たり次第だしね」

グリーンが冷静に分析する。彼の言うとおり、現在の状況は好ましくない。怪人の強さに加え、サタンが暴走しているため、明確な狙いなどを定めず手当たり次第に打ち放っているのだ。

「うぜぇぜ!!これじゃキリがねぇ」

「うー、ピンク、頑張る。だけど、ちょっと疲れたかも」

他の面々も、この状況に疲れを感じてきている。しかし、相手の攻撃の手は緩まない。そして、何度目かの攻撃の際、

「あ!!」

叫びと共に、セブン達の横をすり抜けていく光の奔流。行き着く先には、逃げ遅れた一人の女の子。

「くっ?!」

セブンの中で唯一その攻撃の先に追いついたグリーンだったが、防御の態勢を整えるには間が少ない。彼は、少女をかばいながら自ら攻撃を受ける覚悟をする。

しかし、いつまで経ってもグリーンの元へ雷が届くことはなかった。グリーンが見ると、そこには、赤色の透明な壁と、一人の人影が佇んでいた。

「き、君は?!」


〜Interlude out〜





「き、君は?!」

後ろからグリーンの声を受ける。無事だった、そのことに安堵する紗音、いやうみねこホワイト。しかし、今は名乗っている状況ではない。

「じょ、こほん、グリーン!!私が攻撃を止めている間に怪人を!!」

簡単にそう告げる。思わず名前で呼びそうになり、少しだけ焦っていたが。
グリーンも、そんなホワイトの言葉の意図に気づいたのか、それ以上詮索せずに、

「わかった、ありがとう」

それだけ言うと、怪人の方へ向かっていく。怪人は自らの危険を察知したのか、グリーンに向かって、雷を集中砲火する。

「やらせない」

ホワイトは手を目の前に掲げ、小さく呟く。手が光を帯び、その後、グリーンの前に赤き壁のようなものが発生する。雷と壁、光と光が交錯する。ぱりんという音と共に、二つの光は霧散した。幾度となく放たれる雷、そのたびにホワイトが展開する光がそれらを阻む。

――守るんだ

その想いだけが今のホワイトを占めていた。
そうして、何度目かの攻撃の後に、グリーンが怪人の近くまで迫り至る。

「うおぉぉぉ!!」

グリーンは手にもったブレードを怪人に向け放つ。それは、寸分違わぬ狙いにて、怪人の腹部の穴に突き刺さる。それは、正に訓練の現れだったのかもしれない。
尚も雷を放とうとする怪人だが、ブレードが避雷針の代わりをし、光が暴走する。光が怪人を包み、爆発を起こす。後には、爆発に巻き込まれ倒れたサタンだけが残されていた。




「うわーーーん、ううーー」

戦闘に敗れ、泣き叫んでいるサタンを、宥めるレッド、イエロー、ピンク。そんな彼らを近くに見やりながら、ホワイトとグリーンは対峙する。

「さっきは、ありがとう」

グリーンがホワイトへお礼を言ってくる。それに、何故か気恥ずかしくなりながらホワイトは頷く。

「あの、それで、君は?」

核心に至る質問。だけど、当然の疑問。

「私はうみねこホワイト、そして」

と、ホワイトは名乗り、少しだけ間を置き変身を解く。

「紗音です」

「…………」

驚いたような吐息がグリーンから漏れる。沈黙が場を支配する。近くにいたレッド達も、突如として現れたホワイトの正体に驚いているようだ。
少し緊張している、と紗音は自覚する。どう思われるだろうと不安になる。
その沈黙を破ったのは、グリーンだった。

「そう、紗音ちゃんだったか」

と言い、自らも変身を解く。

「気づいていたと思うけど、僕だよ」

短く言い、ふっとやさしく譲治は微笑む。

「改めて、ありがとう」

ぽふっと紗音の頭の上に手が置かれ、撫でられる。

「あう」

何だか照れる。頬が高潮する。

「い、い、いえ、私は唯、譲治さんを、皆さんを守りたいと思っただけで……」

うまく言葉が紡げずに、それだけ呟くように言う。

「誰かを守りたい、か。うれしいよ。僕たちもみんな同じ気持ちさ」

譲治の微笑みが、紗音にはとても眩しかった。これからもこの笑顔を守りたい、そう思わせてくれるくらいに。

「ねえ、紗音ちゃん」

ふいに、譲治が真剣な顔つきで紗音に呼びかける。

「これからも、僕たちと一緒に戦ってくれないかい?みんなを守るために仲間になって欲しい」

その言葉を聞いたとき、体が熱くなるのを感じた。誰かを守る。また譲治達と共に戦える。それは紗音にとって、うれしい誘いのように感じた。
しかし、

「ありがとうございます。少しだけ……一日だけ、待ってもらっていいですか?」

紗音は即答することが出来なかった。誘いを聞いたときに浮かんだのは、一人の少年の顔、弟みたいで一緒に歩み育ってきた大切な人。嘉音のことだった。
彼は、このことをどう思うだろうか。それが、紗音にとって不安で心配なことだったのだ。
そんな想いを抱いていた紗音の表情を見て、譲治はふっと微笑み、

「ああ、いいよ」

短く、だけどやさしくそう言ってくれた。相談する前から、紗音の気持ちは固まっている。だけど、相談しなければ余計に嘉音を傷つけてしまう。そう紗音は思う。
ふと空を見上げる。怪人が雲を中りかまわず吸い取ったからか、周りはまだどんよりと曇っていたが、頭上の空だけは晴れ渡っていた。





「何を考えているんだ!!姉さん!!」

部屋に少年の声が響き渡る。普段は大人しい嘉音が感情を露にしている。紗音はそんな嘉音の傍に立ち、悲しそうに彼を見つめる。

「ごめんね」

それは、嘉音の想いを受け止められない悲しさから来る謝罪。紗音はもうどうするか決めている。それを嘉音にもわかって欲しいと思っていたが、逆に簡単にはわかってもらえない、それも理解していた。それほどまでに嘉音の、いや紗音達の人間に対する闇は、深い。

「何を謝るんだい。だったら、セブンの仲間になったりせずに今までどおりにしようよ」

「ごめんね」

嘉音のそんな誘いに再び謝る紗音。そして言葉を続ける。

「私は、やっぱり人間を信じたい。彼らのやさしさ、彼らの温もりを感じたから。」

人間を信じたい、その想いが今の紗音を突き動かしていた。けれど、

「人間なんて、僕達をずっと裏切ってきただけじゃないか!!それをロノウェ様達が救ってくださって!!そんなロノウェ様達を裏切るのかい」

「……っ」

嘉音には届かない。勿論紗音にもロノウェ達に救ってもらったという恩義はずっと残っているし、感謝もしている。だけど、彼らのやっていることは、結果として人間達を傷つけてしまっている。それは、もう手伝うことは、できない。

「ごめんね」

三度謝り、紗音は寂しそうな顔をし、その場を去っていく。

「今までずっと人間達を信じてこなかった。だけど、私は彼らのやさしさや温もりを知ることができた。嘉音君も今は難しいかもしれない。だけど、いつか知って欲しい、彼らのことを視てほしい」

そう言い残して。そんな紗音に対し、尚も言い放とうとする嘉音を残し、紗音は部屋を出る。去り際に、

「僕だって……」

そんな嘉音の囁きを聞いたような気がした。果たしてその後に何が紡がれるのか、それは紗音にはわからない。






「うー、おいしぃー、これも食べる〜♪」

「あー、真里亞お姉ちゃん、ずるーい」

同席できゃっきゃと騒ぐ真里亞と縁寿を見つめながら、ふふ、と笑う。そしてふぅと少しため息をつく。
紗音は向かい側の席を見つめる。譲治が同じく真里亞達を見つめ微笑んでいる。

(二人で来るつもりだったのになー)

と、紗音は少しだけ寂しく思う

ここは、先日譲治が言っていた、本来ならば昨日来るはずだったケーキ屋。嘉音とのやり取りの後、日が開け、譲治に仲間になることを告げた紗音は、お祝いと約束を守るため、こうしてケーキ屋にやってきていた。二人だけかと思い、真っ赤になっていたのだが、真里亞と縁寿がこうして着いてきてしまったのだ。

(まあ、でもこれも楽しいな)

はしゃぐ二人を見つめていると、そんなほんわかとした気分になれる。この気持ちを譲治と共有できているならうれしいなと紗音は思う。譲治を見つめる。視線に気づいたのか、彼も紗音の方を向き、にこりと微笑む。顔が熱い。

「うー、縁寿、あーん」

「わーい、あーん」

隣では、真里亞と縁寿が食べさせあいをしている。微笑ましい。ふと、譲治にそうしてもらう自分を思い浮かべてしまい、気恥ずかしくなる。

「譲治お兄ちゃん、あーん」

今度は縁寿が譲治に食べさせようとする。それに応じる譲治。

「うー、次は、お兄ちゃんの番♪」

「じゃあ、僕は真里亞ちゃんに食べてもらえばいいのかな?」

譲治は真里亞にスプーンを持っていく。だが、

「うー、ちーがーうー」

と真里亞はそれを拒む。譲治は首を傾げている。真里亞は何だかとても笑顔だ。その笑顔にひんやりと冷や汗が流れるのを紗音は感じる。

「うー♪紗音お姉ちゃんにすーるーのー♪」

「へ、え、えぇーー!!」

真里亞の言葉に思わず紗音は叫んでしまう。冷や汗が一気に沸騰する感覚がする。
ぼんっと頭の中が真っ白になっていくようだ。
譲治はそんな紗音の気持ちを知ってか知らずか、真里亞の申し出に応じ、紗音の口元へスプーンを持ってきて、「はい、紗音ちゃん」とか言っている。

「うぅー」

恥ずかしさでどうにかなりそうだ。呻いていたが、思い切って、

ぱくっ

と差し出されたスプーンでケーキを食べる。

「どう?」

譲治が聞いてくる。味なんて全くわからなかったけれど、

「う、お、おいしいです」

そう俯きながら答える。

そんなやり取りの直後、ぴぴぴとなる携帯。真里亞のもののようで、

「あ、うん、わかったー」

と短いやり取りのあと、

「うー、真里亞と縁寿は、これからお買い物にお母さん達と行くのー。だから、二人で楽しんでー」

と言い残し、二人でさっさと去っていく。
去り際に、

「うー、真里亞空気読んだー♪」

「お姉ちゃん空気読んだー♪」

とか聞こえたような気がした。
後には譲治と紗音だけ残る。先ほどまでの気恥ずかしさで、紗音は俯いてしまう。譲治はそんな紗音に対し、

「はは、二人とも見ていて飽きなかったね。それに紗音ちゃんと一緒に来れてよかったよ」

と言ってきた。何か答えなきゃと思っていると、

「ありがとう」

と続けて譲治がお礼を言ってきた。

「今日一緒に来てくれて、そして仲間になってくれるって言ってくれて。何より、信じてくれて」

その言葉は紗音の心に染み渡っていく。そして、自然と顔を上げ、言葉を発していた。

「わ、私こそありがとうございます。今日一緒に来れてよかったです。そして、私を信じてくれて、仲間になって欲しいって言ってくれて、本当にうれしかったです」

それは偽らざる気持ち。誰かを信じる、信じてもらうことのうれしさ。
嘉音にもいつかわかってほしい、と昨日の出来事を思い出しながら、そう夢想する。

こうして、まったりとしたしばしの平穏が過ぎていく。

【エンディング】


《This story continues--Chapter 16.》




《追加設定》


●うみねこホワイトが仲間になりました。

正体は紗音。赤き光の壁で敵の攻撃を防ぎます。

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